梶原雄太
梶原 雄太(かじわら ゆうた、1980年8月7日 - )、およびそのYouTubeにおける活動名義である「カジサック」とは、知名度のあるお笑い芸人の名を今でも一応冠しておきながら、最もお笑いファンから相手にされていない存在。
かつてはフジテレビの深夜番組『はねるのトびら』のレギュラーとして、キングコングの「ボケ」担当として一世を風靡したかのように演出されたが、現在、彼をお笑い芸人と認識しているのは、彼が所属する吉本興業の経理担当と、彼に巨額のスポンサー料を支払っている企業の担当者、そして彼のご家族だけである。
一般のお笑いファンにとって、彼はもはや「芸人」ではなく、「家族全員のプライバシーを切り売りして再生数を稼ぐ、謎の赤い人」という、全く新しいカテゴリの生命体である。
目次
概要[編集]
TKOを凌駕する「嫌われ」の質[編集]
お笑い界において、「コンビのどちらもが世間から嫌われている」という点で、TKOは、ある種の金字塔を打ち立てた。
しかし、キングコング(梶原:面白くないのに偉そう、西野:宗教)は、そのTKOの「実害」ベースの嫌われ方とは異なり、「存在そのもの」の不快感という、より高次なステージにおいて、彼らを凌駕している。TKOは「あいつら、面白い『こと』はあったけど、人間がクソだった」という評価だが、キングコングは「面白い『こと』も特になかったし、人間もなんかヤだ」という、救いのない評価軸に君臨しているのである。
唯一の功績[編集]
彼が歴史に名を刻んだ、唯一の「功績」。それは、「テレビで成功した芸人が、本格的にYouTubeに参入する先駆けとなった」ことである。 しかし、これこそが最大の悲劇であり、別に彼でなくても良かった。
本人は「若者にもっと芸人やお笑いを見てもらいたい」という、涙ぐましい大義名分を掲げてYouTubeを開始した。だが、その高尚な目的は、後に続いた中田敦彦、かまいたち、江頭2:50、霜降り明星といった、本物の「お笑い」と「カリスマ」を持つ芸人たちによって、完全に達成されている。結果として、カジサック(梶原)の役割は、「芸人YouTubeの面白さ」を提示することではなく、「芸人でも、こんなに『面白くない』動画を、毎日投稿し続けられるんだ」という、謎の耐久実験の被験体としてしか機能しなくなった。
四天王からの除外[編集]
読者諸君は、「中田敦彦」「宮迫博之」「西野亮廣」、そして「梶原雄太」を、同じ「テレビを捨てた(あるいは捨てられた)厄介な芸人たち」として、一緒くたに考えてはいないだろうか?それは、断じて否である。
- 中田敦彦には、「武勇伝」という一世を風靡した実績と、「YouTube大学」という新ジャンルを確立したカリスマ性(自己啓発セミナー力)がある。
- 宮迫博之には、「雨上がり決死隊」としての圧倒的な実績と、闇営業からの転落劇という、破滅型のカリスマ性がある。
- 西野亮廣には、「絵本作家」「オンラインサロン教祖」としての、熱狂的な信者を獲得するカルト的カリスマ性がある。
しかし、梶原雄太には、それがない。彼には、「カリスマ」と呼ばれる要素が、一切存在しない。彼にあるのは、「先輩にペコペコする処世術」と「後輩スタッフをこき使う内弁慶さ」だけである。
上位互換[編集]
かつて、彼は「ポスト・ナインティナイン」と呼ばれた。そして、彼自身も岡村隆史を強く意識し、そのポジションを狙っているフシがあった。だが、現実は無情である。梶原は、岡村隆史に対し、身長以外のほぼすべての要素で完全敗北している。
- 面白さ:岡村の圧勝
- 資産:岡村の圧勝
- 学歴:岡村(立命館大学夜間部)の勝利
- カリスマ性:岡村の圧勝
- 好感度:岡村の圧勝
- ダンススキル:比較するのも失礼なレベルで、岡村の圧勝
- スキャンダルからの復帰劇:岡村は日本中の「愛」によって許された。梶原の失踪は…(後述)
岡村隆史という、あまりにも巨大で、愛すべき「上位互換」が存在する限り、梶原が「ボケ」としてお笑い界の頂点に立つことは、物理的に不可能なのである。
芸人の敵・ヒカルへの絶対服従[編集]
宮迫博之が、ヒカル(全芸人が潜在的に敵視する成金)とコラボし、そのブランド力に屈した際、多くのお笑いファンは「宮迫さん、落ちたな…」と、ある種の屈辱と悲哀を感じた。
しかし、梶原雄太である。彼は、宮迫同様にヒカルに完全服従し、その軍門に下っている。だが、我々は彼を見て「屈辱的だ」とは、一切感じない。なぜなら、彼がヒカルにペコペコし、高級車を買い与えられている(という体の)動画を見ても、そこに何の「屈辱」も「悲哀」も感じないからだ。それは、彼が元々「そういう人間(格下に媚び、金に魂を売る)」であることを、我々が本能的に知っているからである。彼にとって、ヒカルへの服従は、屈辱ではなく、最適解なのである。
キングコングという名の「主従」[編集]
コンビとしてのキングコングは、一見するとナインティナイン(ナイナイ)のような、「小柄なボケ(梶原)と、長身のツッコミ(西野)」という、伝統的なフォーマットを踏襲している。しかし、その実態は、ナイナイとは似ても似つかない、恐ろしいほどの「主従関係」によって成立している。
ナイナイは、ボケの岡村隆史がコンビの「核」であり、彼が放つ予測不能な狂気によって主導権を握っている。一方、キングコングの場合、ボケであるはずの梶原が、完全にツッコミの西野亮廣に主導権を渡してしまっている。実際、全盛期のキングコングの漫才は、それなりには評価されていた。M-1グランプリでも、決勝の常連であった。しかし、その漫才の「面白さ」とは、何だったのか?
- 1.西野が構築した、緻密な理論(脚本)
- 2.西野が繰り出す、圧倒的な速度と熱量の「ツッコミ」
この二点に尽きる。では、梶原は何をしていたのか?
何もしていない。
彼は、西野が設計した「脚本」の上で、西野の指示通りに「奇声を発し」「飛び跳ねる」という、高性能な「駒」、あるいは西野の才能を可視化するための「スピーカー」として機能していたに過ぎない。彼自身の「ボケ」によって笑いが起きたことは、デビュー以来、一度としてないのである。
共演者・スタッフへの対応[編集]
彼の人間性を語る上で、二つの有名なエピソードがある。
『はねるのトびら』時代、梶原は、番組カースト最下層であった鈴木を含めた共演芸人やスタッフに対し、カメラの回っていない場所で、執拗かつ陰湿な「いじめ」を行っていた。結果、鈴木は梶原のことを「ガチで共演NG」としており、その怨嗟は今なお消えていない。
- 多くの「聖人」芸人たちの存在
しかし、不思議なことに、彼のYouTubeチャンネル「カジサックの部屋」には、千鳥のノブや、オリエンタルラジオの藤森慎吾などの大物や中堅の芸人たちが(嫌々だろうが)多数出演している。これは、何を意味するのか?
梶原雄太は、芸人としての面白さではなく、「あいつ(梶原)とコラボしてあげる俺、優しくね?」という、相手の「聖人」性を引き出すための「リトマス試験紙」として機能しているのである。彼とコラボすることは、面白さを追求する行為ではなく、自らの「好感度」を上げるための「徳積み」の一環なのだ。
スタッフ(家族)への無茶振り[編集]
一方、カメラの外、あるいはYouTubeの編集室では、彼は「聖人」とは真逆の顔を見せるという。「カジサックの部屋」のスタッフは、「チームカジサック」と呼ばれ、一見すると和気藹々とした仲間のように見える。しかし、その実態は、梶原という名の暴君に仕える、疲弊した奴隷たちである。
- 無間編集地獄:「カジサックの面白さ」は、自然発生しない。それは、編集スタッフが、4時間の撮影素材(主に梶原の無意味な雑談と、子供が騒いでいるだけの映像)から、奇跡的に面白く「見えるかもしれない」30秒を探し出すため、72時間不眠不休で作業することによって、人工的に「捏造」されている。
- 恫喝:動画の再生数が伸び悩んだ日、スタジオ(という名の梶原家のリビング)には、「俺がおもんないのは、全部お前らの編集が悪いからや!」「なんであの時のヨメサックの『可愛い』一言を撮り逃がしてんねん!」という、理不尽な恫喝が響き渡るとか、渡らないとか。
- ヨメサック(妻)への過剰な要求:彼の妻、通称「ヨメサック」は、このチャンネルの「良心」であり「聖母」として扱われている。しかし、関係者によれば、彼女は、6人目(?)の出産直後、まだ麻酔が抜けきらぬ分娩台の上で、梶原から「なあ、今どんな気持ち?カメラ回そか?」と、サイコパス的な要求を突きつけられたという。
失踪と不祥事[編集]
彼のキャリアにおいて、最大の汚点であり、同時に彼という人間の「価値」を決定づけたのが、2003年の「失踪事件」である。彼は、仕事のプレッシャーなどを理由に、数ヶ月間にわたり、全ての連絡を絶ち、失踪した。この事件は、しばしば、ナインティナインの岡村隆史の「活動休止」と比較される。しかし、その内実は、天と地ほどに異なる。
- 岡村隆史の休養(2010年):長年の激務による心身の疲弊。このニュースが流れた時、日本中のお笑いファン、そして数多くの芸人仲間が、彼の身を本気で心配した。相方の矢部浩之は、ラジオのオールナイトニッポンの枠を守り続け、出川哲朗や東野幸治といった盟友たちが、愛を持って彼の「居場所」を守り続けた。彼の復帰は、日本中からの祝福によって迎えられた。
- 梶原雄太の失踪(2003年):
- 日本中の反応:「あ、いなくなったんだ」
- お笑いファンの反応:「(西野)一人でも別に困らなくね?」
- 芸人仲間の反応:「(コメントなし)」
そう。誰も、本気で心配しなかったのである。岡村の休養が「愛」によって支えられたのに対し、梶原の失踪は「無関心」によって処理された。それどころか、相方の西野亮廣は、梶原が失踪している間、「相方がいなくて可哀想な僕」を演じるどころか、「これで、俺一人の才能を、思う存分世に問えるぜ!」とばかりに、絵本の執筆やオンラインサロンの構想に、目を輝かせながら勤しんでいた。梶原が復帰できたのは、彼が愛されていたからではない。ただ単に、「吉本興業」という巨大な会社組織の「契約」によって、引き戻されたに過ぎない。
家族という最終兵器[編集]
お笑い芸人として、完全に「手詰まり」となった梶原。相方(西野)は、宗教家という新しい道を見つけてイキイキしている。自分には、岡村のような「愛され力」も、「ダンス」もない。スタッフをいじめていた過去がバレて、「好感度」もない。そんな彼が、起死回生のために手にした「最終兵器」。それが、「家族」である。
彼のYouTubeチャンネル「カジサックの部屋」の真の主役は、梶原雄太ではない。「ヨメサック(美人妻)」「コサックたち(5人[現在はそれ以上]の子供たち)」である。梶原は、自らの面白さで勝負することを早々に放棄し、「美人妻と、可愛い子供たちと、ワイワイやっている、幸せなパパ(俺)」という、誰もが(表立っては)批判しづらいコンテンツへと逃げ込んだ。
これは、極めて巧妙な戦略である。もし、視聴者が彼の動画に対し、「カジサック、今日もおもんないぞ」とコメントしようものなら、即座に「お前、こんなに頑張ってる家族を、子供たちを、叩くのか? この鬼!」という、無言の同調圧力が返ってくる。「家族」は、彼の「面白くなさ」を覆い隠す、最強の盾なのである。
プライバシーの侵害[編集]
彼のチャンネルの投稿頻度は、異常に高い(かつてはほぼ毎日)。これは、何を意味するか?
梶原の子供たちは、学校から帰宅した瞬間から、寝るまで、常に「カジサック」のカメラに晒され続けるという、現代の『トゥルーマン・ショー』を生きているに他ならない。彼らの「反抗期」や「初めての失恋」すらも、全てが「カジサック」のコンテンツ(再生数)のために消費されることが、生まれた瞬間から宿命づけられているのである。
なお、遺伝子のバグ(あるいは奇跡)としか言いようがないが、「梶原自体は美形ではないが、梶原の娘は梶原そっくりであるにもかかわらず超のつく美人である」という現象は、進化論の専門家を今なお悩ませている。
損失としての「先駆け」[編集]
結論として、梶原雄太(カジサック)が、「芸人YouTubeの先駆け」であったこと自体が、日本のお笑い界にとって、取り返しのつかない「大きな損失」であった。
もし、この「先駆け」が、江頭2:50(体を張った伝説)であったなら。もし、この「先駆け」が、かまいたち(卓越した企画力)であったなら。YouTubeにおける「芸人のお笑い」のスタンダードは、もっとハイレベルなものになっていたはずだ。 しかし、不幸にも、その「玉座」に最初に座ってしまったのが、「家族との内輪ノリ」を「お笑い」だと勘違いした男、梶原雄太であった。その結果、多くの後発芸人が「あ、このレベル(家族と飯食って雑談)でも、金になるんだ」と勘違いし、YouTubeは「芸人の楽屋オチ」で溢れかえることになった。
彼が、再び「お笑いファン」から見直される日は来るのだろうか。いや、彼がまず「お笑いファン」の方を見ない限り、その日は永遠に来ないだろう。彼は、これからも、カメラの向こうの「お笑いファン」ではなく、カメラの横にいる「ヨメサック」と「子供たち」の顔色だけを窺いながら、動画を投稿し続けるのである。
