関東連合
関東連合(かんとうれんごう)は、20世紀から21世紀(2003年)まで存在した東京都内の暴走族の連合体、ならびに、その直系の後裔にあたる半グレ集団。わけても近年メディアを騒がせている「関東連合」は1990年代以後の世代、特にS53年以降の世代の「関東連合」にあたる。
目次
概略
1975年に東京都内の各地区を代表する有名な不良達の団体で構成された暴走族の連合体。当時から敵対する暴走族・愚連隊・暴力団と抗争を巻き起こしてきた。
1990年代(30代~40代)は関東連合OB達と友好団体OB達が集まり集合化し事件を起こす。東京都を中心にして神奈川県(横浜・横須賀・湘南)/静岡県(沼津)/埼玉県(大宮・浦和・川口・上尾・越谷)/千葉県(葛西・津田沼・柏・松戸・茂原)/茨城県(水戸)/群馬県と関東全域に幅広い不良&アウトローの交友関係を持つ。杉並系関東連合の見立氏・柴田氏・松嶋氏は中越氏がケツモチ。石元氏は杉並でないがこの派閥。住吉会幸平一家堺組。世田谷系関東連合の佐野氏・加藤氏がケツモチで弘道会仲政や野内組。伊藤リオン氏の取り合いになった。それが原因で杉並に絶縁でそれに用賀系。健全路線の小次郎派は宮園氏・成田氏・和宇慶氏。 佐野氏と懇意。住吉会幸平一家。
- 市川海老蔵暴行事件
- (石元太一「千歳台ブラックエンペラー」・伊藤リオン「宮前愚連隊」)
- 朝青龍暴行事件
- (川名毅「上町小次郎」・上山信二「住吉会」・中村創「怒羅権」)の朝青龍を引退に追い込んだ後、示談金数千万でカタがつく。
- 六本木山口組襲撃事件
- (馬場義明「怒羅権/住吉会」・石丸俊輔「三鷹スペクター/住吉会」)組織の上が指を詰めて示談金数千万でカタが付く。
- 新宿発砲事件
- (田丸大「TOP-J/住吉会」)
- 六本木クラブ撲殺事件
- 詳細は後述。
六本木クラブ撲殺事件
人物
- ▼見立真一(33)[海外逃亡フィリピンで指名手配中][黒幕][永福ブラックエンペラー]
- ▼石元太一(31)[詐欺罪4件で逮捕中][情報提供][千歳台ブラックエンペラー]
- ▽佐藤幹二→小池幹士(34)[以前出頭10日逮捕][永福町ブラックエンペラー]
- ▽國田正春(34)[以前出頭10日逮捕][チャッピー][永福ブラックエンペラー]
- ▽百井茂(30)[韓国10日逮捕][実行犯で車提供][宮前愚連隊]
- ▽岡崎修一(27)[韓国10日逮捕][実行犯][目出帽かぶってない]
- ▽栗原克一(26)[韓国10日逮捕][実行犯][伊藤リオン子分]
- ▽後藤亮二(26)[韓国10日逮捕][実行犯][出し子]
- ▽藤原修平(23)[韓国10日逮捕][実行犯][石元似のバット所持]
- ▽屋我正英(31)[国内出頭11日逮捕][見張り][]
- ▽元原将輝(24)[国内出頭11日逮捕][見張り][]
- ▽岩渕暁(27)[国内出頭11日逮捕][見張り][ゴールドジム?]
- ▽弓田貴広(25)[国内出頭11日逮捕]運転手1黒色][卍-D.O.G NAUGHTY-卍(サークル)]
- ▽東江力也(23)[国内出頭11日逮捕][見張り 弓田子分][卍-D.O.G NAUGHTY-卍(サークル)]
- ▽本間裕典(20)[国内出頭11日逮捕][見張り][]
- ▽少年(19)[国内出頭11日逮捕][運転手2シルバー色][]
- ▽増元宏明(26)[国内出頭19日逮捕][車両提供][]
- ▽金城勇志(30)[逮捕21日逮捕]
事件概要
所沢へ逃走後に車両を乗り換え都内へ戻る。敵対してる相手は新宿の木村兄弟で間違いないようだね。
木村兄(通称タイチさん)は瓜田氏の親友で後輩思いの弟思い。ステゴロ、優しすぎて詰め甘いとの中傷あり。 弱いものいじめの類のことは一度もしたことない。本職経験。木村弟は危なくてキレやすく下克上が得意な自由人。 18でヤクザの極心の枝のホープであったが破門。 六本木赤札軍団の中心人物。 10代の頃から両者は争いが続いていて木村兄弟は菱の三次団体に加入。
関東連合も住吉会や山口組の人間がいる事で犬猿ながらも組織のパワーバランスによって抗争に至らなかったが、金村氏がヤクザの世界に入った事で事態は一変し、両者のくすぶっていた火種が爆発。
- 2007年9月渋谷の道玄坂の風俗店で木村グループの武田修氏が関東連合の木藤氏&石元氏に襲われて片腕がちぎれる寸前の重傷を負う。(軍用ナタで腕を斬る)
- 2007年12月関東連合ケツモチの金村氏(関東連合)と大田会系幹部武田氏(S54)(新宿ジャックス)が新宿で揉める。
- 2008年3月金村氏が新宿で数十名の男に撲殺される。
- 2008年5月大田会系幹部の木村氏(S55)(新宿ジャックス)が池袋のキャバクラで複数の男に刺される→意識不明の重体。
- 2008年見立氏が木藤氏&石元氏を連れて菱に詫びを入れに行きけじめを付ける為に『関東連合解散』と『繁華街立ち入り禁止』。
- 2008年木村兄弟達数十名に邑井氏と伊藤リオン氏が襲撃に合う。
この事件は弟が被害届けを出さなかった事から警察も手を出すことが出来ず。木村弟も命は助かっていた事で抗争は終わらなかった。木村兄弟は菱の三次団体に所属。組の名前をよく出していて組織の上の人間もこの件について問題視。
金村氏は10代の頃から有名で新宿ジャックスに所属していた。後に関東連合に所属。ある組織の組長と喧嘩になった時には組長を殴って階段から転げ落とし子分達相手に1人で暴れまわるぐらい暴れていた。金村氏は裏社会に入り込むと見境なくやりすぎてしまい事件前には両手を骨折するほど相手を殴りつけていて、周囲の人間は金村氏から離れていく。
金村氏はある日木村グループの人間をボコボコにする。それが原因で金村氏は襲われ、300メートル走って逃げたが捕まり命乞いをしたが数10名による金属バットの暴行で撲殺。顔は原型をとどめず、直視出来ない状態で確実に殺すつもりで頭を狙っていた。目や脳が飛び出しそれを無理矢理戻したような変わり果てた姿だった。
そして六本木襲撃事件が発生。実はこの事件の数週間前に極心連合会に対して『木村兄弟が在籍しているか?』と確認の電話があった。極心連合会は『していない。』と答えたので木村弟はもう堅気か破門扱いされたのかもしれない。それもあって狙われた。
事件前日に石元氏が事件の起きたクラブで木村弟が飲んでいる姿を目撃。そして次の日、店から『その男がまた来た。』という連絡を受けた石元氏が見立氏に連絡。小池氏・国田氏らと現場近くで仲間の誕生日パーティーに参加してた見立氏は石元氏に人を集めるよう指示。見立氏自身も人集め。百井氏所有の車両等で駆け付けたメンバーはドンキで着替え購入。2012年9月2日3時40分頃9人で襲撃。実行役は5人で見立氏は店内で指揮。関東連合メンバーすぐに人数を集めて襲撃。これが人違い。やられた藤本氏は足を引きずるなど身体的特徴が木村孔次郎氏とそっくりで間違えられた。嘘でもなんでもなく本当。襲撃した人数は20人近く。中には参加するのを渋った連中もいた。
- 国田氏は身長180cm程で見立氏と仲が良く、昔はクラブで怒鳴って店員に恐れられていた。
- リーダー見立氏だが、非常に警戒心が強くて写真は絶対に取らせない。自宅の場所も襲撃に備えて教えないという徹底ぶりでとにかく頭がキレる。堅気ではなくて準構の立場で組織に関係するような立場になっても関東連合の仲間を大切にする男。
- 木村兄弟も同様で特定されないように携帯の番号も頻繁に変えたりしていて非常にガードが固い。
- 木村孔次朗氏は新宿を中心に活動していたチーム『新宿ジャックス』の五代目。
- 工藤明生氏は、日本一の規模を誇る「D-1ドリームプロジェクト」を率いた現・山口組最高幹部が面倒見する大物企業舎弟、という設定の架空の人物。
木村兄弟(S54・S55)と練馬の野村氏(S57)は関東連合を解散させた。木村氏は元極心連合会傘下の組員で野村氏は秋良連合会系一蓮会幹部。この内容を週刊文春で激白した与国は谷山秀行氏(S51)。見立真一氏の東田中の先輩に当たる人物。
“関東裏社会を牛耳るマフィア”
各界の有名人や大手企業等(関東連合(個々のネットワークを介してどの企業よりも決断が早く金払いが良いと某雑誌に記載)。関東連合と深く関わりのある芸能人・著名人・有名人や大手企業が多数存在する。
東京は基本的に経済の中心地。その経済を若年層が担っている部分が大きい。クラブ/会員制の飲食クラブ/飲食店/不動産/芸能プロダクション/IT関連企業/ゲームソフト開発/イベント会社/ファッションを始めとする表経済。無許可の人材派遣・金融・不動産/ドラッグ売買/脱法ハーブ/アダルトビデオ製作/性風俗店のグレーソーンの事業を経て、闇金/振り込め詐欺/未公開株・社債詐欺/オレオレ詐欺/出会い系サイト/裏カジノといったブラック分野に至る迄の裏経済。その中枢にいち早く食い込んだのが関東連合。都内のAV・風俗のスカウト・サークルのケツ持ち・クラブ仕切り・レゲー/ヒップホップ/ライブ利権・パー券捌いたりし出したのは川名氏と盛氏の世代。(クラブでは客の入場前にはボディチェックして薬押収して自分達でまた売り捌く。) 渋谷・新宿・六本木のクラブ/パーティー系は関東連合が全部仕切っていた。今のようにはクラブにヤクザが目を付けていない時代だった。関東連合に話しを通さないと潰しに来るから、クラブもイベントもパーティーも開けなかった。
“現役当時皆気合い入りまくり、現役の時はそりゃー全員おっかなかった。ヤクザが何を求めてるか?金を稼げる堅気、要は企業舎弟。必然的企業舎弟のハシリが彼等。単独での武力やコネクションも基本的に半端じゃない。(民主党/政治家/警察官僚/弁護士/指定暴力団/芸能界/メディア/関東の有名アウトロー達)”
“この時代の日本の首都だからこそ生まれた新しいコングロマリット。都内で多少顔の効く人間は彼等に敬意を払う。OB集団で看板が無い(最大の強み)=団体として存在する証拠がない=事務所も無い=暴力団のケツモチもバラバラ=実態は完全に有る=マフィア。後輩の面倒見はもちろん、トラブルが起きれば集結する。地域や年代によって派閥があるけど、現役引退後も結束し活動する。都内でも異色の存在。裏社会で強烈に金と力を持つ奴の共通項は『女を押さえる』に尽きる。伊藤リオン氏に仕事回してた㊥木寸倉リ氏の会社を調べると半端じゃない。行政や経団連企業のお偉いさん達が天下ってる。何でこんな大物がこんな会社にと思ったが斡旋してる女の質が半端じゃない事が分かる。抜いたことあるAV女優はほぼ押さえてるし、外人も凄い。暴走族とか、そんなガキの遊びじゃない。実際にそういう行動を起こして現実に強烈な力を持ってる。元暴走族っていうと連想されて誤解を広めることになるからマフィア化の表現が良い。”
“「闇経済」を支配し始めた不良集団”
「自分は、なんでもビジネスに展開できる自信があります。ニッチな分野を見つけ、仲間を糾合してビジネスモデルを築く。頭が悪い分、カンと度胸はいい方です」こう語るのは、金融/美容/設備などの会社を数社を経営する元暴走族である。32歳の中卒で確かに"学歴"はないが、儲けを探り出す嗅覚に優れ、そのビジネスのためなら集中して勉強・法を学び・知識を蓄えるのだから"地頭"はいい。それに礼儀正しく、頭の回転が速いので話術が巧みだ。その年齢で年商10億円の企業家になったのも頷ける。しかし、手首まで入れた刺青と糾合する仲間が元暴走族で企業全体が特異なムードを醸し出している所にどうしても不安は残る。こうした元暴走族を始めとする不良出身の経営者が、急激に増えている。その進出は目を見張るほどで、東京だけでなく全国現象となっている。そこにもまた「白」から「グレーゾーン」を経て「黒」に至るまでのランク分けがある。
関東連合OBインタビュー
縦社会/パンチパーマ/特攻服が嫌だという奴が現れてアメカジスタイルでチーマーと名乗る“横の繋がりで生きる”愚連隊になる。下の世代はヤクザみたいなことをしていた集団と考えていい、喧嘩も抗争も商売もする。<誰かが統率していたわけじゃなく好き勝手。俺らの時みたく組織としてまとまっていたわけじゃない。聞けば今は、ヤクザの幹部/芸能プロダクション経営者/芸能人/総会屋/AVプロダクション/クラブのオーナー/会社の役員/大手代理店の社員もいるという。今は単なる先輩後輩のネットワークであり、ヤクザのように事務所を構えている組織ではない。「それらの人脈を使い、様々なビジネスをして、業界を牛耳るまでになっている奴もいる。どの世代の奴も『元関東連合』というプライドを持っていて、何かあればすぐにひと肌脱ぐ“真面目さ”を持ってるのが強み。」
「半グレ」→「準暴力団」
東京・六本木などの繁華街で暴力事件などを引き起こしている「半グレ」と呼ばれる元暴走族グループなどについて警察庁は7日、集団で常習的に暴力的不法行為に関与しているとして「準暴力団」と位置づけ組織や活動などの実態解明に乗り出すと発表した。全国の警察本部に通達を出して重点的に捜査するよう指示する。警察庁は準暴力団について暴力団と同程度の明確な組織性はないものの、構成メンバーが集団で常習的に暴力的な不法行為をしているグループと定義。なかには暴力団構成員と密接な関係を持つメンバーもいるとしている。警察庁は、六本木の飲食店内で昨年9月、31歳の男性が襲撃され死亡した事件で元メンバーらが逮捕された暴走族「関東連合」のOBグループや平成23年12月に暴力団幹部らを襲撃した事件で逮捕者が出た中国残留孤児の2、3世で構成される不良グループ「怒羅権」などを準暴力団として想定している。また大阪・ミナミでも、アマチュア格闘技団体「強者」を名乗るグループの一部が半グレ化して傷害事件などを繰り返しているとして、大阪府警が警戒を強めている。警察庁幹部は「一部は暴力団に匹敵するほどの資金源を獲得している可能性がある」と指摘。振り込め詐欺を繰り返して巨額の資金を手にしているとされるほか、特定地域でみかじめ料を徴収し、縄張りを主張する暴力団と対立しているグループもあるという。
構成人数(警視庁発表)
- 結成時の規模は総人数約3,000人/車両台数約1,500台。
- 1970年代:約10,000人
- 1980年代:約3,000人
- 1990年代:約200人
- 2000年代:約50人
- 2003年解散
現在はOBの団体「関東連合=元関東連合OBの団体」。関東連合OBの構成員の多数が住吉会・幸平一家・山口組・山健組/弘道会・稲川会に所属しており暴力団の幹部や構成員。関東連合自体にケツ持ちはいないが、一人一人にケツ持ちが付いている。
経歴
関東連合の誕生
すでに結成されていた暴走族の連合体「CRS連合」/「東京連合」を含めた大連合体の確立を狙い1975年(昭和50年)東京都世田谷区の駒沢オリンピック公園にて関東連合結成式。ブラックエンペラーのドキュメント映画『ゴット・スピード・ユー』に出演して全国に名が知れ渡る。
関東連合結成時に東京連合鏖の末端メンバーに話が行った為こじれる(幹部に話しを通せば聞かない訳でもなかった)。1960年代からの伝統を持つ城南地区のZEROも顔を揃えた。下町地区で“喧嘩一筋”・“走る暴力団”・“単独硬派”を売りにする無差別暴力集団極悪は集会に参加するも途中退席。日本最大の走りチームと言われたCRS連合は無視。東京下町地区・千葉県・埼玉県・茨城県を中心に「ナンバーワン」・「愛死美絵無」を中心に結成された鬼羅連合も無視。
関東連合はブラックエンペラー&マッドスペシャルが主体である。その他にも、赤蜻蛉/鼠小僧/ファニーダック/寿限無/鬼面党/ホワイトローズ/MEDUSA/零拠/小次郎/鯨/エンジェル/狂乱恋命/バラモン/幻/烏山/狛江という、既存の連合体に加入していない100チーム以上が関東連合に参加。結成式直後CRS連合のルート20との抗争で、結成と同時に有名無実な存在となる。七里ヶ浜抗争事件以来警察の取締りは一段と強化され、暴走族はこれに挑戦するように内部抗争を日々深めていった。関東連合の結成に携わり、初代の最高顧問のアクセスジャーナルで連載中の渡辺正次郎氏(当時は国会議員の秘書)「暴走族同士の抗争事件を避ける為に、全国の暴走族に一斉に呼びかけて大同団結したい。」と相談されて考えを聞いて賛成し「団体の名前を決めろ。」それで決まったのが「関東連合」。初代会長が渡邉康司氏で初代最高顧問。警視庁幹部と話し合いが行なわれ、参加する全国の暴走族幹部達に“大同団結し関東連合を設立した趣旨説明”する為の第一回集会を駒沢公園(S49年)の許可が降りる。
「駒沢公園にはTV局から新聞社からみんなきましたよね。普段は暴走族を目の仇にしていたようなマスコミが、今日は暴れる様子もないから行ってみようてなもんだったんじゃないのかな。それに代議士が一枚からんだとなれば、それなりにマスコミにも動員かけてきたんじゃないかと思いますね。」
関東連合の結成式には警視庁交通執行課職員トップキャリアを含む20人以上が参加していた為、警察との深い関わりもあったという。マッドスペシャルの会長が右翼団体の国防青年隊隊長を担っていたこともあり、会長の根回しがあって関東連合は誕生した。S49に駒沢公園で行われた「連合結成集会」には北海道を除く全国から駆けつけた暴走族リーダーと幹部約6000人の暴走族メンバーや警察・各マスコミ・右翼団体・暴力団が応援に駆け付け、政治家までもが演説をするという異常な事態を巻き起こした。
1970年代関東連合
鯨は関東連合結成初期からの名門チーム。70年代水戸を中心に県内各地に支部があった巨大暴走族でメンバー数百人。水戸連合の勢いに押されて自然消滅。90年代茨城町中心に復活した「関東連合・鯨」は別名ボルディが誕生。茨城町と水戸の一部が加入。それが解散して同じ地元に出来たのが「関東連合・影」別名シャドウが誕生。
1980年代関東連合
1980年代の関東連合はブラックエンペラー(下北沢/千歳台/永福町/三多摩)&マッドスペシャル(阿佐ヶ谷/荻窪)が主軸で鬼面党/メデューサ/狂乱恋命/小次郎/鼠小僧が加盟。S51世代が現役の頃の20代の関東連合OBが強烈過ぎた。東京連合と本気で殺し合いしてた。関東連合が五反田の全狂連の集会に殴り込みして相手を刺す。刺したのはS41のブラックエンペラーの人。東京連合がなくなったのはS49世代。東京連合が解散後に関東連合が台頭して来たけど、昭和の関東連合も当時のバリバリの統慎や金鹿相手に自宅襲撃や裸のままさらって監禁ヤキとか耳そぎとかキチガイ系の事してた。
1990年代 (新生「関東連合」)
渋谷区/世田谷区/杉並区で続いていた「関東連合」殉國青年隊(関東連合=カントウレン)が類い希なる凶暴さを発揮し、殺人上等を地で行くキチガイ集団と化した。
「上町小次郎」・「上北沢鬼面党」・「阿佐ヶ谷魔悪怒」・「荻窪魔悪怒」・「久我山狂乱恋命」・「下北沢黒帝會」・「千歳台黒帝會」・「永福町黒帝會」・「新宿十二社蛇女」。杉並区の「和泉愚連隊」・「久我山愚連隊」も関東連合に加盟。世田谷区の「三軒茶屋黒帝會」解散後に結成された「三軒茶屋愚連隊」も関東連合に加盟。1990年代に自らを「都内最強無情殺人集団」と謳う宮前愚連隊も後に『単独硬派』から友好関係を築き関東連合として活動する。「田無ブラックエンペラー、田無連合(耐悪難悪刺連合)」も関東連合に加盟。
関東連合加盟組織でも同時期に存在していた足立区「鹿浜ジェロニモ」・稲城市「ナポレオン」・多摩市の「白薔薇(ホワイトローズ)」・国分寺市の「江流死土(エルシド)」・神奈川県川崎市「向ヶ丘遊園メデューサ」・「向ヶ丘遊園ブラックエンペラー」・横浜市「十日市場ブラックエンペラー」などのグループと合同で集会を行うことなどは皆無となる。
異常な程の敵対組織への襲撃(実家を崩壊や車破壊)・刺殺事件・検問・拉致監禁・拷問・ヤキ・スプレー落書きの宣戦布告・売名行為・日中特攻服を着て電車に乗り都心を練り歩き警備した。
1990年代前半にブラックエンペラー=黒帝會・マッドスペシャル=魔悪怒・メデューサ=蛇女とチーム名を漢字表記に変更。
1990年代後半の「関東連合」は東京都内の暴走族/愚連隊/チーマー/ギャングを吸収して実質的に暴力団にも似た組織力・統率力・イメージ戦略で都内の未成年不良少年達の頂点に君臨した。女にモテる事は度外視でとにかく「恐れられる事」「手段を問わず喧嘩に勝つ事」を掲げていた。S52-S57年メンバー(内部抗争もかなり勃発し受け継ぐ者がおらず、抗争で長期別荘続出でこの世代で解散(2003年)。極悪・凶悪・残虐非道性質は他の暴走族や愚連隊とは比べ物にならない程で的にされたくない&関わりを持ちたくないNo.1暴走族とまで言われた。少年法改正前であった為、殺人でも別荘に2年~3年弱で娑婆に出れるので少年ヒットマンが大量生産。合言葉は「殺人上等」/「メッタ刺し」(抗争相手死者多数)。
抗争・喧嘩に際し、集団暴走中にチーム同士の抗争から、敵対・対立するグループに所属する者を狙う時は生活環境(実家・恋人・知人までも手にかける)・行動パターン等を用意周到に徹底的に調べ上げ、一人または少人数で居る所に奇襲をかけ拉致(夜道でいきなり喉元に包丁突きつけたり、暗闇でいきなり後ろから単車で轢いたり、相手の家に火炎ビン何本も放ったり)し、暴力(半殺しにした後)と玩具(男同士でシックスナイン・フェラチオ・オナニー・ホモSEX・飲尿・食糞等をさせて写真撮影や動画撮影をする)と金品強奪にして悲惨な目に合わせるといった相手に恐怖感(負けを認めても反抗的だと腕を再起不能になるくらいに金属バットでグシャグシャに潰したり、ナイフでめった刺しにして腕を懐死させたり刺殺したり)と羞恥心(傷口に汚物(うんこ)を塗り込まれたり、食べさせたり、素っ裸にして山まで連れて行きガードレールに縛り付けたり)を植えつけさせて二度と逆らえない程痛めつけるゲリラ戦へと変化。
昭和51年生まれの人間が上町小次郎を継承し、杉並・永福町の1978年(昭和53年・残虐王子の見立氏/凌辱の松嶋氏)世代の人間が22代目永福町ブラックエンペラーを復活させた世代は金属バット・鉄パイプ・ツルハシ・包丁・ナイフ・日本刀・拳銃といった暴力団顔負けのスタイルに変更。この世代の抗争はタイマン勝負やステゴロ勝負より奇襲/襲撃/拉致監禁/刃物を使った刺し喧嘩が主流となった時代。めった刺し(殺人)/キチガイ度(拷問)/鬼畜度(ヤキ)/凶暴度(喧嘩の強さ)の4拍子が揃った人達が各地区で有名人(ビッグネーム)になっていた。
S52年世代
昭和52年生まれの世代が中心のチーム。
井上勇氏と田丸大氏が所属してたPBBとイラプションが合流してTOP-Jを旗揚げ。武闘派集団のTOP-Jは他のチームを次々に吸収して拡大(約200人)。それを気にいらないヤクザや先輩もいて吸収されようにも断固として拒んだ為、ヤキも半端じゃなかったが勢いは止まらなかった。23区とまでいかないが渋谷は完全に牛耳って千葉や埼玉にも繰り出した。その後田丸氏が市原少年院から出た時は世界が変わっておりTOP-Jは解散状態になっていた。それまで20人しかいなかった宇田川警備隊が100人になっていたり、もともとKGB(200人)の頭と仲良かった関係でTOP-Jの半分がKGB(200人)になっていたりした。そこで2代目はどうするか話し合った結果一代で終えて伝説になったチーム。それから残った各メンバーは用賀喧嘩会に合流。
「女にモテること」と「不良」を両立させようというコンセプトであった。この世代の2個下(S54年世代)までBAD-G・イラプション・ジャックスといったチームが存在していた。
新々生「関東連合」
- “...私たちはそういった規定路線には進まなかった。杉並区と世田谷区という閑静な住宅街の中で育った現代っ子の私たちは、あえて昭和の蔵の中に眠るような古典的な暴走族チームを再結成して活動を始めたのであった。” ―S54年世代関東連合メンバー・工藤明男(仮名)(―工藤明男著『いびつな絆 関東連合の真実』:“中学受験からのドロップアウター”(p.66) 宝島社 ISBN 978-4-8002-0991-7)
- “自分が高一の時だから96年か。センター街の関東連の歩き集会に出くわした時は生きた心地がしなかったな。名前と顔が一致するほど知らなかったから見立や松嶋がいたかは分からないけど拡声器や警棒とか包丁持って歩く姿は異質だった。先輩からはとにかく関わるな、トラブっても助けられないからって言われてた。” ―匿名(464・名無番長) 2013年7月1日(―http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/4649/1372438624/464)
- “いまの時代にこんな奴らがまだいたのか、と衝撃的だった。こいつらをこの場で潰すのはもったいないと思ったんだ。” ―川名毅、新々生関東連合「渋谷センター街歩き集会」の現場に初めて出くわした1996年クリスマスイブを述懐して。当時既に「渋谷センター街の黒幕」として名が通っていた川名は、臨戦態勢に入ったこの10数名の「パンチパーマに特攻服」の集団に対し、ねぎらいの言葉を掛け、握手を求めた。(―工藤明男著『いびつな絆 関東連合の真実』:“渋谷・六本木の「別世界」へ”(p.85) 宝島社 ISBN 978-4-8002-0991-7)
S53年世代
S53の見立真一が永福21代目の高橋氏(稲川会系暴力団員)に話を通し復活させた「永福町ブラックエンペラー」が徹底的に仕切っていた。主な活動目的=自宅襲撃・奇襲・凌辱・拉致監禁・脅迫。「歩き集会」をチーマー達の本拠地・渋谷で行うこともあった。「楽しけりゃいいじゃん。」のチーマー達にとって暴走族は抗争相手としては厄介な相手でだった。暴走族達はチーマー達を「眼中なし」としていた。
S53のキチガイ達が出てきてから楽しかったはずの渋谷が地獄絵図になった。S53の関東連合のメンバーはS52のTOP-Jのメンバーを先輩として立てているようには見えなかった。襲撃は加藤氏の代を遥かに超え、ゲリラ・奇襲・凶器戦・恐怖心を与えることに関しては相当長けていて関東連合の知名度を一気に上げた。S53の西川氏・山田氏率いるこの世代の用賀喧嘩会も凄かった。見立氏達とつるんでるうちに関東連合に加盟。CRS連合の三鷹スペクターの鈴木氏と小俣氏が22代目黒皇帝の佐藤氏とメデューサ邑井氏が教護院が一緒で仲良かった関係で友好団体で各地の抗争に参加。
見立氏が行った襲撃方法は、検問を張って原チャリ2ケツで金属バット持って奇襲とか自宅襲撃してさらってヤキとかは代々の永福町ブラックエンペラーの伝統で、上から教えられる襲撃の仕方。これは弱小グループ等はバイクの音を聞いただけで隠れたり逃亡されてしまう為、音が静かで小回りの利く原チャリで奇襲をする方法が効果的であった。東京連合等の城北地区の武闘派暴走族とバチバチに抗争してた80年代の襲撃の仕方を引き継ぐ。
S54年世代
この辺りから宮前愚連隊が出てくる。吉田安清氏・小池氏・柴田大輔氏、見立真一氏と仲良かった関係から宮前愚連隊も関東連合に加入。S54は宮前愚連隊の柴田大輔氏人気で総勢50人以上(キック/ボクサーやら格闘技経験者と喧嘩が出来る奴ばかりが集まり、めった刺しも普通にやるキチガイも集まった喧嘩殺人集団)。片腕がグチャグチャになるまでバットで叩き続けたり、腕を数十ヶ箇所刺して刺殺したりといった相手の精神まで崩壊させるような手段は背筋を寒くさせるものがあった。抗争相手に顔面をバーナーで焼いたり(相手は後に自殺)、10Kgの鉄アレイを膝の皿に落として破壊したり(車イス生活)、くるぶしを砕いたり、腕をナイフでめった刺しにして壊死させたりした。拉致って裸にしてさんざんボコってる途中に一人が糞を漏らした。「てめぇー汚ねえなー。」とさらにボコり、処理するのが嫌だったから自分で食わせたのが始まり。「シゲルは変態です。これから自分の糞を食います。」龍の刺青をした奴がうんこ食べてる動画がチェーンメールで全国に流れる。
鬼面党の西山氏と金井氏も見立氏に認められ関東連合に参加(当時のブラックエンペラーの見立氏達と宮前愚連隊の柴田氏達相手に二人で全面戦争仕掛けた気合いの入った男達)。人数関係なし(全狂連30人に襲われるが一歩も引かず闘う)に引かないので、数十人の武装してる敵対チームに襲われることが多い。千歳台ブラックエンペラーも加わり、関東連合・鬼面党・宮前愚連隊・用賀喧嘩会・小次郎の時代が始まる。用賀喧嘩会がチーマーから暴走族に変更。
S55年世代
宮園、吉村、成田、ヤカン、に加え、イラプションから加入した江口(芦花公園ホモ狩り殺人事件実行犯)や直井(三茶愚連隊の安田にタイマンで勝利)らが用賀喧嘩会にいた。しかし途中から宮園と吉村の関係が凄まじく悪化。宮園と成田は用賀喧嘩会から小次郎に移籍。OB勢の目の前で宮園と吉村がタイマンをはり宮園が勝利。しかも宮園はOBにヤキを入れられた後で、頭を勝ち割られていた。
S55年の宮前愚連隊は柴田氏のヤキヤキヤキで全員バックレ。OBのカンパが激し過ぎたのとミスを犯した連中達で男同士でハメ撮りしろって言われて耐えられなくなり飛んだ。
あとあまり知られてはいないが宮園、吉村、とJACKS木村は、斉藤英二(渋谷本町/金村後輩/JACKS)や佐藤勇介(渋谷松涛/egg/JACKS)の仲介で仲良くしていた時期があり、宇田川警備隊やSKG(山口組がケツを持っていた新宿歌舞伎町愚連隊)との抗争や、六本木や新宿でのパーティー荒らしをしていた過去がある。
S55年関東連合は抗争・抗争で長期別荘の期間が長すぎて、現役の時期はほとんどシャバに居なかった。
関東連合S55世代総長の宮園が『実話ナックルズ』2004年10月号にて現役時の様子について語っている。
- 「先輩に連れられて、敵対していた暴走族のメンバーをさらったことがあるんですけど、その時はチビるぐらい滅茶苦茶ビビりましたね。2,3日拉致監禁して、顔もわからなくなるぐらい徹底的に殴り続ける先輩を見てビビったんですよ。あれだけは今でも強烈な印象を受けていますね。人間って、ある種のタカが外れてしまうとぶっ壊れるものだと思った。集団でいると、危険な暴力がどんどんエスカレートして行くっていうか…」
- 「イケイケで暴走族やって、17歳の時に品川で大きな抗争が起こったんですよ。そしたらやりすぎて人が死んじゃって、それで仲間が30人ぐらい捕まって、自分も少年院に行くことになった。結局その事件が原因で関東連合は一時的に解散状態になっちゃった」
S56年世代
S56は石元太一。16代目千歳台ブラックエンペラー総長。彼の人気で千歳台に猛者が集る。叔父は“殺しの軍団”として知られた「柳川組」に所属、父親や親戚は全員暴力団といったアウトロー一族。東洋ボール殺人事件の実行犯はこの世代。車は三田次男から借りて、親名義で後にマスコミに叩かれた。関東連合vs練馬の抗争の時は互いに全員包丁を持ち刺したり、刺されたり、拉致ったり拉致られてり、何人死んで、何人植物になって、何人懲役いったか分からない程の世代。
推移と動向
1978年の道交法改正後にも試行錯誤して大きな集会を開いていたCRS連合/東京連合/全日本狂走連盟と違って台数が激減した都内のブラックエンペラー等は16歳から18歳中心で構成され愚連隊化。街道沿いで待ち伏せて奇襲(原付2ケツフルフェイスで敵対組織にばれないように襲撃)。その結果警察の摘発にあいメンバー減少。多くはチーマー/愚連隊に移行。暴力行為がエスカレートし殺人・拉致監禁・卑猥なリンチと歯止めが利かなくなり消滅。「チーマー/ストリートギャングの影響も受けて服装はカジュアルなストリート系。 単車にこだわらない『都市型暴走族』で喧嘩に特化した『愚連隊』。“変異”の背景には、道路交通法改正による集団暴走の取り締まりの厳格化。目立つ特攻服で暴走すれば一網打尽。結果的に世間でいう『非行』が潜在化した。武器で相手を叩きのめす事も躊躇しない。不良の気質が変化し、警察の存在や逮捕も恐れなくなった。
東京都内有名人年表
- S50
- 大京寺(落合・ブットバス)/ゲン(落合・ブットバス)/楠瀬(牛込1・ブットバス)/和田(東戸山・白蛇)/原田(明大・イラプション)/河野(明大・イラプション)/沢田(明大・サイコエンジェルス)/進藤(ジャックス)/神原(笹塚・ジェイソンズ)/シン(ボムズ)/ニベ(ボムズ)/小野田(マックス)/シシクラ(マックス)/島村(開進3・中競)/純平(ブロスト)/眞樹(ブロスト)/桂田(浅草・山谷ロッカーズ)/ハシカノ(浅草・山谷ロッカーズ)/金剛弘(朝鮮7・ジャックス)/山崎(ジャックス)/岡沢高宏(ジャックス)/保科爵介(東田・ジャックス)/竹内(三鷹スペクター)/シン(ボムズ)/広瀬(MAD)/豊田(永福町黒帝會)/吉沢(狂乱恋命)/竹林(杉並連合)/山田(宮前・宮前愚連隊)/宮崎(宮前愚連隊)/岩崎(宮前愚連隊)
- S51
- 谷山秀行(東田)/平原宏一(東陽)/村上アリ(神明・サイコエンジェルス)/大隈(湖池屋)/佐藤兄弟(ボムズ)/山本(東田・ジャックス)/大嶽伸次(東田・ジャックス)/天野信也(若林・PBB)/原田英俊(上祖師谷・PBB)/佐藤(上祖師谷・PBB)/セイノ(PBB)/高橋(PBB)/ニラ(千歳)/大原(道潅・変態倶楽部)/向井(変態倶楽部)/田中コウセイ(浅草・変態倶楽部)/落合(宇田川警備隊)/渡辺(大森東)/知野(大森5・ブルース)/林(荏原3・ZERO)/鈴木(大久保・ダムド)/佐野光治(千歳台黒帝會)/加藤伸雄(小次郎)/鴨志田昌也(三鷹スペクター)/西浦(三鷹スペクター)
- S52
- 井上勇(池尻・TOP-J→下北沢黒帝會)/田丸大(砧南・TOP-J→用賀喧嘩會)/伊勢リュウジ(梅ヶ丘・TOP-J)/宮崎(明大・TOP-J)/島田(明大・TOP-J)/豊田(目黒5・TOP-J)/清水(砧南・用賀喧嘩會)/赤堀信夫(井荻・井荻麗心愚)/難波幸史(井荻・井荻麗心愚)/吉田安清(宮前・宮前愚連隊)/小山(御園・宇田川警備隊)/キミオ(御園・宇田川警備隊)/佐々木省吾(深川7・宇田川警備隊)/山本ゴウジ(糀谷)/木村ショウタロウ(六郷)/ブル(荏原6・ZERO神)/十鳥(荏原3・ZERO)/岩淵(荏原3)/野中(池袋)/ツトム(雑司ヶ谷)/伊藤(浅草・山谷ロッカーズ)/園田(志村4)/信義(亀有・KGB)/高谷裕之(津田沼KGB)/矢尻哲朗(津田沼KGB)/中村創(深川4・怒羅権)/鈴木(新宿愚連隊)
- S53
- 見立真一(東田・永福町黒帝會)/松嶋重(高南・永福町黒帝會)/中越健二郎(永福町黒帝會)/佐藤幹二(東田・永福町黒帝會)/國田正春(東田・永福町黒帝會)/邑井祐介(外苑・蛇女)/古味良輔(駒留・三茶愚連隊)/西川(瀬田・用賀喧嘩會)/山田大輔(用賀喧嘩會)/小池(西宮・宮前愚連隊)/小山英吾(宇田川警備隊)/宗像晋司(中野10・宇田川警備隊)/佐々木勝吾(深川7・宇田川警備隊)/渡辺(雪谷R20G)/小島(雪谷R20G)/漢那(鈴ヶ森・流狼)/斎藤(鈴ヶ森・流狼)/伊藤(荒川)/小松龍(花畑)/阿部(志村4)/田中(池袋)/次郎(怒羅権)/青木(上野)
- S54
- 柴田大輔(宮前・宮前愚連隊)/大嶽正史(東田・宮前愚連隊)/西山友紀(向陽・魔天使→鬼面党)/金井直哉(向陽・魔天使→鬼面党)/瓜田純士(高南・新宿)/横手(新宿)/カン(大久保)/甲斐(怒羅権)/斉藤重人(華魂)/樺沢大輔(御園・宇田川警備隊)/岩崎勇太(無法)/古田(無法→三茶愚連隊)/郡司(大森8)/高田(大森6)/大木(鈴ヶ森・流狼)/高橋英樹(ZERO忍)/錦織昭(荏原6・ZERO神)/萩野竜次(尾久八幡・山谷連合)/竹内星二(山谷ロッカーズ)/篠崎義朗(石神井西・最古利伊達)/木村泰一郎(淀橋2・ジャックス)/武田修(中瀬・ジャックス)/黒沢(中瀬・ジャックス)/熊谷(BAD-G)/松田(志村4)/船越(富士見台悪霊)/東(緑丘)
- S55
- 宮園泰人(弦巻・用賀喧嘩會→小次郎)/吉村亮輔(瀬田・用賀喧嘩會)/成田(弦巻・用賀喧嘩會→小次郎)/西佑介(神龍)/藤岡剛(葛西怒羅権)/馬場義明(葛西怒羅権)/中鉢正人(上野・変態倶楽部)/加藤ジョー(大森東・宇田川警備隊)/横山(大森東・宇田川警備隊)/青木哲也(ZERO忍)/佐野(荏原6・ZERO→ノーティーズ)/ユキオ(荏原6・ノーティーズ)/金城(大森3・流狼)/金山(大森3・流狼)/渋谷(常盤台龍神會)/平山(池袋・変態倶楽部)/木村孔次郎(淀橋2・ジャックス)/金子(華魂)/渡辺(墨田)
- S56
- 石元太一(烏山・千歳台黒帝會)/野間悟(高井戸・宮前愚連隊)/有信(本木)/デケン(神龍)/銀次(怒羅権)/岡崎(墨田)/本山(山谷連合)/川嶋(山谷連合)/近藤(宇田川警備隊)/山田(月島)/堀江(本町)/吉川(落合)/石垣(新宿)/栗田智仁(練馬警備隊)
- S57
- 木藤幸一郎(千歳台黒帝會)/百井茂(東田・宮前愚連隊)/宇田川芳明(流れ星)/勝坊(荒武者)/大原(怒羅権)/ブラックス(山谷連合)/佐野(夜櫻)/五十嵐(怒羅権)/マサムネ(志4)/野村祐司(石神井西・最古利伊達)/トーマス(練馬愚連隊)/矢板(ホワイトオーガ)
- S58
- 伊藤リオン(富士見ヶ丘・千歳台黒帝會→宮前愚連隊)/ランホー(怒羅権)/佐々木高徳(安方・鐘馗)/野村(足立連)/貫一(山谷連合)/鉄峰(華人連)
友好団体
- メデューサ=蛇女(東京都十二社・向ヶ丘遊園)
- 鼠小僧(東京都狛江・喜多見)
- 狂乱恋命(東京都渋谷本町・久我山・富士見ヶ丘)
- JERONIMO(東京都足立)
- ナポレオン(東京都稲城)
- 鯨
- ホワイトローズ
- 赫夜姫
- ファニーダック
- 鬼面党(東京都上北沢・高井戸)
- 小次郎(東京都上町)
- 宮前愚連隊
- 見立氏が永福町ブラックエンペラーを復活させた時に宮前愚連隊は関東連合と友好団体。中学の時から見立氏の東田中と宮前愚連隊のメンバーが通う宮前・西宮中とは仲が良く当時宮前愚連隊は勢力も小さく地元の不良グループ。S52吉田安清氏、見立氏のタメの小池氏、S54年柴田氏などが当時の主力。S52以外は全て中学生で見立氏もこの時は無所属の宮前愚連隊とつるむ地元不良中学生。中学卒業と同時にOBに話しをつけて永福二十二代目を継承して怒号の快進撃で都内を制圧。急激に膨れ上がった宮前愚連隊も勢力を拡大。世田谷の関東連合(上町・千歳台)をまとめTOP-Jの総長/井上氏・副総長/田丸氏も合流。怒羅権とも交流し世田谷の関東連合の先輩の川名氏に師事。品川・大田・練馬・新宿・山谷などのチームと各地で抗争する度に逮捕者を出す。現在はメンバー達は金融・不動産・芸能界・格闘関係・店舗経営・水商売・極道の世界で活躍。暴走族の域を超えたネットワークを張り巡らせてる。
- 永福町ブラックエンペラーと宮前愚連隊は友好だし切っても切れない仲だけど利権に関してはよく揉めていた。一緒に敵対組織と揉めて相手から詫び料を取る際に相手にこっちに払えとそれぞれが詰め寄る(結局相手がダブルで払う羽目になる)。
- 宮前愚連隊の柴田氏は見立氏の事は認めてたけど他の五人は認めて無いとまではいかないが暴走族として自分のが上と思ってて、頭って自覚があったから年上でも永福の人間達には絶対に指図させなかった。どっかで見立氏、柴田氏はタイマン強くないとか言ってたけど、不良の喧嘩の強さはそんな単純じゃない。気合い・根性・危なさ・執念深さで二度とあいつらとは絶対に関わり合いたく無いって思わせること。格闘家とリングでルール有りでやれば不良は勝てない。でも家族がいて、可愛い彼女がいて、友達がいて、仕事を毎日してる奴が毎日、毎日何度も何度も襲撃されたり、懲役上等の攻撃を仕掛けてきたり、次から次へと兵隊送るような相手とは勝負にならないでしょ。頭の見立氏の存在が大きかったし、先輩達も認めてたし、敵じゃなくて本当に良かったって内心思ってたよ。
- KGB(キングオブギャングボーイズ)▼[1]
- 全盛期200名(TOP-Jの主力メンバーが別荘に入り残ったメンバーはKGBに加入)。喧嘩は矢尻氏がKGB最強だったけど、派閥つーかチーム内で最大勢力持ってたのが田中氏。二代目が田中氏で三代目が矢尻氏だけど二人の仲がよくなかったから矢尻氏が田中氏の後の代目はいらねーみたいになって名前変えたりかなりゴタゴタしてた。実際KGBが一番勢いあったのは二代目の時で千葉連が加入してた睦会とバックなしでやりあってた。あと矢尻氏は喧嘩負けなしだよ。気合いの入り方が半端じゃないし、気持ちが本当に強いから当時は勝つには殺さないと無理だからタイマンで負けた事はない。バックやら何やらの関係で形で負けた事はあるかもだけど純粋なタイマンで負けた事は一度もない。矢尻氏にしても邑井氏にしても自分が強いタイプは上手い事会社ごっこで金集めたりできないモンなんだな 。ただ頭回らないから身内にも敵ばっか作ってシノギ潰されまくってる。タタキも上納金の関係で切羽詰まってやったみたい。
- 東京都八王子市で昨年1月に現金2千万円が強奪された事件で、警視庁組織犯罪対策4課は強盗の疑いで、新たに指定暴力団山口組系組員の矢尻哲朗容疑者(33)=千葉市稲毛区長沼町=を逮捕した。同課によると矢尻容疑者は容疑を否認している。この強盗事件の逮捕者は7人目。矢尻容疑者は犯行前日、現場に下見に行っており、強奪金のうち400~500万円を受け取っていたという。同課は矢尻容疑者が主犯格とみている。同課の調べによると、矢尻容疑者は別の山口組系組員、岡本健二被告(31)=同罪で起訴=らと共謀し、昨年1月19日八王子市東町の駐車場で、パチンコ店の売上金を軽乗用車に積み込む作業をしていた信用組合の男性職員にスタンガンを押しつけるなどし、約2千万円が入った手提げカバンを奪った疑いが持たれている。共犯の岡本被告ら6人は7月に強盗致傷容疑で逮捕され、うち5人が強盗罪で起訴されている。
- 宇田川警備隊
- 全盛期総勢100人(TOP-Jの主力メンバーが別荘に入り残ったメンバーは宇田川警備隊に加入)
- TOP-J
- 渋谷はTOP-Jの天下。毎週土曜日、センター街を総勢200人近くで『ここは俺達のモンだ。誰のもんでもねぇ。』と練り歩いた。俺達が歩くとみんな退けてくし、信号も車も関係なし。中には道を譲らないヤクザと喧嘩して、露店をメチャクチャにしたら、後日センター街のマック前で40人以上のヤクザに突然囲まれ事務所で監禁されたりした。当時は突然襲撃されることが週2ペースであった。東京23区まではいかないにしても渋谷は完全に牛耳ったし、埼玉や千葉までも乗り込んだ。
- 先輩やヤクザは気にいらなかったみたいで、吸収しようとしても断固拒否。その分ヤキも入れられた。上の人に砂利の駐車場で手を後ろに組まれたまま正座させられ、数人の先輩に角材やスパナで殴られ、蹴られ放題。喧嘩で一番を目指す20人のチームでPBBを作ったんだけど、渋谷と言う場所は仲間と落ち合ったり繁華街で何でもあったり都合が良かった。
- イラプションとPBBと同タイプのチームがいて良くツルむことから意気投合して合同で大きくして出来上がったのがTOP-J。TOP-Jのメンバー年齢は15~17歳、カシラ一人を置いてカシラを支える形でキーパーソンが数名いた。ペンチで歯を一本一本抜いたり、爪剥がしたり、そこに根性焼きしたり、チンコの皮にアロンアルファつけて包茎にしたりしていたチーム。
- 用賀喧嘩會
- 三軒茶屋愚連隊(東京都世田谷)
- 三軒茶屋ブラックエンペラー解散後に三軒茶屋愚連隊を旗上げ。三軒茶屋愚連隊は初代の川崎さん(S46)が上の先輩達をしめて単独で始めた武闘派チーム。古味達(S53)の代は狂走連/全狂連/大田連合と揉めていた時の用賀喧嘩会は認めない。何故か?こいつらは本当に都合がよすぎ。この時、最初は同じ世田谷との理由で一緒に喧嘩をしていたのにもかかわらず、途中で分が悪くなり古味達が奪い取った特攻服を敵側に勝手に返したあげく狂走連と一緒に集会をやりだした。裏切り行為だったが当時三茶愚連隊は単独と言う名目もあったので品川区/港区/大田区/目黒区の奴らとやりあっていたのが事実。関東連はその時ほとんどがパクられていたのであまり知られていない。結局最後はZERO神の土井と毘沙門天の福場が目黒警察に泣きを入れ、三茶愚連隊が勝った。用賀喧嘩会はその後、古味達の代が引退し関東連がシャバに出てきた途端、今度は狂走連から関東連に密着するようになった。何でだろうな?これを見てむかつく奴、あの時の三茶のガキどもはかっこよかったぞ。裏切られても最後までやりとげたんだ。本当だったら関東連と一番近くなっていたのは古味達の代だったんじゃないかな。永福も宮前も最強伝説を創ったけど当時の三茶も時代に埋もれてしまったが少なからず伝説を創った。古味なんかはシャバ復帰したての関東連(見立氏・松嶋氏・邑井氏)なんかに意味なく車破壊されてた。
- 最後は大崎の抗争の件で川名に匿われていた柴田大輔の潜伏先を三茶の川又弟(S56)がチンコロ。激怒した関東連の現役&OB総動員されて三茶は永久解散に追い込まれる。当時は危険だから夜の三茶には一歩も近づくなと注意されていた。
- 高校生ら6人を脅して建設現場で働かせていたなどとして警視庁少年育成課と渋谷署などは11日までに職業安定法違反(暴行脅迫監禁による職業紹介)の疑いで少年2人を含む7人を逮捕した。逮捕されたのは東京都世田谷区、古味良輔容疑者(21)ら18歳から21歳までの7人。古味容疑者らは今年4月1日、川崎市と東京都町田市に住む17歳から19歳までの少年6人を渋谷区内に呼び出し、ビニール袋に入れた食塩を「覚せい剤」と偽って少年らに預け少年らが車の中に置いた袋をこっそり抜き取り「覚せい剤がなくなった。4000万円もする。殺されたくなかったらマグロ漁船に乗って働け」などと因縁をつけたそのうえで、6人を軟禁しマグロ漁船に送り込もうとしたが失敗。東京都多摩市の建築会社に作業員として紹介し、8月20日から9月7日まで、建築現場14カ所で働かせた疑い。6人は建設会社の寮から逃げ出し、警視庁に保護された。
- 成城愚連隊(東京都世田谷)
- 葛西怒羅権
- 深川怒羅権
- 王子華魂
- 怒羅権は東京都江東区/港区台場/江戸川区を拠点とする暴走族。中国残留孤児の2、3世を中心としたグループ。構成員は成人すると東北系チャイニーズマフィアとして裏社会に進出。『怒羅権』とは「日本人に対する怒り・団結・権利」の意。中国残留孤児帰国者は日本語が不自由な為授業に付いていくことが困難であり、差別やイジメなどによって自分達が日本人なのか中国人なのか分からなくなり、同じ境遇であった中国残留孤児の2、3世で自然と集合化。葛西怒羅権や深川怒羅権のようにいくつかのグループがある。1990年代には関東連合に負けない凶悪な事件を度々起こす。構成員は包丁・ナイフ・青竜刀で全員武装していた。「包丁軍団」 敵対する暴走族だけでなく、ヤクザの耳を切り落としたり、仲間が警察に捕まり交番、パトカーを襲撃して仲間を奪還したり、脱退しようとした構成員や暴力団員や通行中の一般市民を殺害したりしていた。怒羅権はヤクザを殺しても潰されず、新宿のシマ持ちの住吉会からも認められる存在になった。新宿のクラブやディファ有明、レイブパーティーで喧嘩の話を聞くと必ず耳にするのが「怒羅権」。怒羅権が来るとパーティーが打ち切りになると言われている。
- 新宿ジャックス
- S53までは関東連合でS54からは反目組織(新宿木村一派)
- 荒川暴走愚連隊
- 和泉愚連隊
関東連合抗争史
井荻レーシングホモ69事件
S52井荻レーシング総長の赤堀ノブオが雑誌『ティーンズロード』に出演し「杉並最強の男」と宣言。中学時代に杉並区の中学30校全部シメただとか、ケンカ相手の中学の廊下を原付で走り回っただとか、むかつく教師を毎日殴って登校拒否にしただとかと武勇伝を語り、関東連合の標的にされる。井荻側も環八に大きく「卍狩り実施中」と落書きし宣戦布告。互いに襲撃し合う小競り合いがしばらく続いた。
しかし、ついに井荻の連中がたまり場に少人数で居た所を関東連合に発見され囲まれてしまう(「タイマンで決着を付けよう」と呼び出された説もある)。出刃包丁を突きつけられ車で拉致。一時間ほど脅されながら連れまわされてさすがのノブオも戦意喪失。善福寺川の公園にて全裸で凌辱されオナニー写真を撮られ、さらには伝説の総長&副総長のホモ69プレイと記念撮影が決行される。写真をネタに多額の金銭を要求されたノブオは、その場では払うと約束するもバックれ、後日知り合いのヤクザに頼み写真のネガを渡せと永福に迫る。激怒した関東連合に自宅に乗り込まれて家を破壊され、さらに全裸ホモ写真を電話ボックスやら電柱やら井荻中学の校門など杉並中に貼られる事態になった。一夜にして地元の有名人。小学生まで知ってたんだからいい恥晒し。当時は写真の焼き増しだけで結構な値段かかったんだが。ついでに言うとこの件で松嶋は少年院送りになった。
その後ノブオは後ろ盾だったTC連盟の会長や友好チームに助っ人を頼むも無視される。最後には繋がりのあるOB同士の掛け合いで宮前愚連隊の柴田大輔(新宿メデューサの邑井祐介との説もある)とタイマン勝負するも完敗し、井荻レーシングは正式に解散した。以降も井荻の残党は「幹二を殺す」と公言し、永福側も警戒していたが結局うやむやで終わった。解散後もノブオはTC連盟の集会には参加していたらしい。
井荻レーシングホモ69写真は後に雑誌『実話マッドマックスvol.7』や『劇画マッドマックスvol.2』に掲載されてしまう。さらにその雑誌がネットにアップロードされ、一生デジタルの海を漂うことになった。
- 同年代の中瀬中学出身者の話
- 俺は暴走族というより当時流行ってたNSRみたいな走り屋系が好きだったから、暴走族やってた奴らとも単車の話で結構盛り上がってた。武闘派うんぬんというより井荻の連中はどこの地区にもいる集団だと怖い印象のヤンキー少年的な感じだった。割と良い奴が多かった印象だね。だからホモ事件は笑い話というよりあいつらでもこんなにヤラれちゃうんだって驚きだった。ネットが一般的になる前は1年もしたらみんな忘れてるような話だったのに画像まで出ちゃうのは怖いね。
- (事件の詳細について)まあホモ事件の話はだいたい出回ってる通りの話だと思う。 見てると絶対に当時関東連側だったり井荻の周りだった奴じゃないと知らない話もちらほらあるよ(69させられたのが善福寺川の公園だったとか) 。持ってる包丁で刺されるか全裸でホモやるかって脅されたとは聞いた時ある。家も知られて持ってる財布の中身まで調べられて写真まで撮られたら従うしかなかっただろうね。
- (ノブオの近況について)ここ最近の近況までは知らないけど元気にしてるとは思うよ。地元の人間はホモ事件に関しては言われてやっと思い出すくらいの話だよ。俺は少しでも関わったことあるから出来ればそっとしてやって欲しいと思うけど、正直不良同士の喧嘩でボコボコにヤラれてる様子見るのは面白いから仕方ないよね。
- 柴田大輔は自著『破戒の連鎖』の中でこう語っている。
- 当時、東京の暴走族ではないが、走りを中心とした大きな暴走族グループで「TC連盟」というチームがあった。TC連盟のメンバーの親戚が杉並区出身のS52世代の不良少年・P(ノブオ)で、私と宮前愚連隊のリーダー・清田(仮名)も知っている人物だった。Pは前の年にTC連盟の支部として「井荻レーシング」という暴走族チームを立ち上げたが、即座に見立君とX(松嶋クロス)による制圧を受けて解散同然の状態になっていた。その制圧時の写真が、後にXが某雑誌(実話マッドマックス)に掲載させた陵辱写真だ。(同著126ページより)
- いつの間にか「アーリーキャッツ」「井荻レーシング」対「宮前愚連隊」「永福町ブラックエンペラー」のタッグ戦という話になった。「上等だ。やってやろうじゃねえか」なぜかその場にいた私が、井荻レーシングの総長に指名されて直接タイマンを張ることになった。(略)私の相手(井荻レーシング総長)は、すでに見立君たちから一度やられていたからだろう、タイマンを張る前から気持ちが折れていたように思う。私が一方的に殴って、最後は相手が「勘弁してください」と謝ってあっけなく終わった。(略)ケジメとして、その日以来井荻レーシングは正式に解散している。だから成人後、自分の武勇伝を誇示して目立とうとするために凌辱写真を掲載したXの行為に対して、私は納得していない。いや、私以外の関東連合のOBも誰一人として快くは思っていないだろう。いたずらに遺恨を煽り、関東連合の残虐性だけを世に伝える結果となったからだ。(同著128-129ページより)
- 柴田大輔のブログによる説明。
- 「(前略)2chでも語られ続ける陵辱写真の背景なのですが、あの3人は卍と綺麗な正式のタイマンで本当にやられたのでしょうか?S51の方が「大人数で探しててとっ捕まえてリンチ」と言ってましたが真相は?(中略)関係ないのにリベンジマッチに参加することになった工藤さんですが、その元々の原因は正式なタイマンだったのか奇襲でさらったのかそこだけ教えて下さい」
- コメントありがとうございます。奇襲です[1]。
用賀喧嘩会と抗争
TOP-J&用賀喧嘩会OBを永福町ブラックエンペラー&宮前愚連隊が7~8人で金属バットで襲撃した事件。環八デニーズで起きたこの事件は新聞沙汰。酋長(清水)は渋谷など繁華街に出て勢力拡大したかったが、ブットバースの先輩に「お前は地元を守れ」「人に安目にするな」「夜は地元に居ろ」って言われてできなかった。なので同年代では田丸の方が名が売れてた。 下北卍やってその後永福卍復活してちょっかい出したら逆にデニーズで襲撃受けた。
1997年7月7日 五反田七夕抗争事件・暴走族100人乱闘事件
品川区西五反田の路上で品川区や大田区を拠点とする暴走族グループが別のグループに襲われ約100人の乱闘となった。この乱闘で区内の少年(18歳)が腰を刺され死亡、他2名も重軽傷を負った。この抗争の原因は縄張りをめぐる落書きによるもので以前からいざこざがあったという。グループの少年達は店のシャッターなどにスプレーでグループ名を落書きしていたが、自分達の縄張り内で相手の落書きを見つけると上から×印を書き、対立を深めていた。両グループの少年達は凶器準備集合罪等で逮捕。
- 全狂連OB談
- 100人以上の品川での抗争は凄かった。死人は出るしお互い負傷者も沢山出たし、ヤクザも出張ってきた。あの時は恐かったよ。殺伐とした空気が漂っていた。ここ十年で一番激しい抗争だった。宮前愚連隊の柴田氏に刺されて五反田の交差点の車屋の横の路地道の自動販売機の前で死に絶えた。関東連合にビビッて逃げた話、OBも裸足で逃げ出した話、五反田刺殺の時は50人対7台で逃げた事などを狂走連盟ZERO忍のOBが実話マッドマックスの誌面で明かしている。
- 全狂連OB談2
- 自分は当時の品川側の人間だけど、五反田抗争前に城南地区(世間では全狂連で纏められてるが)の単独チーム戸越流狼が宮前の集まっていたデニーズを襲撃した。皆が逃げた中で一人だけ逃げ遅れた田中鉄也をさらい爪をペンチで剥ぎ取ったり拷問を続け川崎の河川敷に捨てた。宮前のステッカーを持ってて現役で間違い無いのに、最後まで宮前と認めず仲間の事は一つもうたわない根性者。もちろんそのときに所持品も全てチェックし名前と住所も控えた。やられた宮前側も関東連と共に後日に山手通りを五反田方面に攻めに来て、山手通りと目黒通りの立体交差のトンネルで反対車線から襲って来た。うちら全狂連側は追われ逃げたが、こちらのOBが一人コケてボコられた。
- 当日この逃げた戸越流狼が上からヤキヤキ。翌日流狼指揮の元、宮前のたまり場だったミニストップを襲撃。但し襲撃メンバーは全狂連側はほんの少数。うちら全狂連はぶっちゃけヤル気無かったんだけど当時は単独チームの流狼が城南地区(全狂連側)を牛耳りケツ持ちしていた事実もあり半強制であった。五反田抗争後にも関東連側が総パクで急に何故か品川に走りに来た三茶、幻の集会の先頭を囲んで包丁突きつけて退かせたり色々とあった。 正直うちら城南地区は宮前関東連と構える気がなかったけど流狼のお陰でとばっちりだった。全狂連、城南地区は喧嘩出来ないと言われても仕方ないけど気合い入ってたチームがあったのだけは把握してくれ。コイツらは五反田抗争でも先頭切って戦ってた。五反田抗争で全狂連もほとんどパクられてた中で最後まで世田谷杉並に攻めに行ってた奴ら。宮前関東連は美化しすぎだよ。五反田抗争翌日、全狂連側でも報復しに毘沙門と流れは包丁口に加えなから世田谷、杉並に単車で乗り込んだよ。これは実話。結局宮前関東連は発見できなかったけど。
- 三茶は五反田抗争の前日に「うちら三茶は関東連とは無関係だから勘弁してくれ」って泣き言いに清水池公園に来てたね。これ以降三茶は城南地区と若干繋がっていた。全狂連の一部は三茶から単車買ったりしてたからね。でも流狼はそんなのそっちのけで古味よりも上の三茶OBを関東連と間違えて世田谷で叩いたりと余計な事をしやがった。三茶OBの古味がカンパ回しにうちらの溜まり場に来たけど、流狼頭が「払わねえ」って言ったらそれで済んだ。三茶現役も一緒に来たけど何もなくダンマリ。
- 流狼って全狂連じゃないし零やルートと違ってマイナー過ぎて他元にあまり把握されてなかったね。S54世代の更に上の17代目流狼は関東連小次郎OB川名見届け人のタイマン合戦にも圧勝してたり色々と話はあるのに全く話題に上がらないw。流狼は数年振りに復活したけど結局S54の頭が最後で後輩も皆厳し過ぎて飛んだ。五反田抗争の時はS55の24代目が二人居ただけで実質三人だったよ。城南地区一OBの厳しいチームと言われてたしなww。幹部会で流狼だけドスと果物ナイフ持ってた。抗争前に凶器配布したり、気合い入れと称して後輩顔面パンチとかやることが酷い。何でもよいから勝てばいいと頭の奴はよく言ってた。世間じゃ全狂連対関東連&宮前なんていうが、叩いたり頑張ってたメンバーは全狂連で一人も居ない。単独チームの戸越と狂走連盟の零とルートの一部だけ。
- (柴田著『破壊の連鎖』について)無法が気合い入ってたは無いな… 完全にヤル気見せてるふりのポーズだったよ。無法のS54頭の勇太なんて宮前と五反田抗争起こす直前の幹部会でも「見立君たちはヤバい、見立君ヤバい」ばかり口にしてたし。五反田抗争が新聞沙汰になって翌日の幹部会て最前列で叩きあった、零と流狼を代表出頭メンバーに指名だもん。柴田目線で無法を認める理由が解らないわ。
- 全狂連OB談3
- まず電話で宮前一派と話して五反田の三角地帯に居ることを伝えて、こっちは現役同士のタイマンって聞いてたから武器は持たずにかち合った時に交渉しようとしてた。何か合ったときの為に草むらやマンションの影に武器は沢山隠してたけどね。んで、零神の錦織昭が先頭切って山手通りにいた宮前に詰め寄った瞬間、柴田大輔に尻を刺された。「刺された、刺された!」と叫んで歩いて戻ってこようとするがそのまま倒れた。その声を聞いて殆どの奴らは逃げたね、人数は宮前の何倍も居たけど。隠した武器を持って逃げる奴とか多数で意味が分からんかったよ。その後宮前、関東連合側が原付で特攻してくるが裏路地の狭い通りで数名がバットフルスイングで応戦。体勢崩して倒れた相手メンバー叩きまくって意識不明の重体に。パトカーは数台居たが抗争の人数が多すぎてお巡りは出てこない。柴田は刺した直後に原付に乗ってUターンして逃走した。見立や関東連合OBは車で来て現場から少し離れた白金高輪付近に路駐して待機。何度か五反田往復して様子見してたけどな。
- 最後まで戦ったメンバーが何かの勘違いで「宮前一派を殺した」と発言。抗争翌日の幹部会で中目黒無法の頭が、叩いたメンバーを出頭させて終わらせようと言いだす。零忍の頭は責任取って出頭すると言うも、流狼と零が激怒。抗争直前の幹部会でも中目黒無法の頭は「用賀とは事を構えられない」などと言い抗争には消極的だった。49日に亡くなった錦織昭の追悼集会をやった後に全員出頭。五反田抗争と追悼集会の件で大半のメンバーが年少入り。拘置所や年少では宮前や鬼面党のメンバーと一緒になったりして複雑な気持ちになった。年少から出てきたS54は殆どビビって引退。戻って返しに行ってたのなんて流狼、大井、零忍、ルートの一部だけ。やられた零神はみんな辞めた。
- (ZERO忍のOBが実話マッドマックスで語った内容について)内容合ってないよ。最後まで戦ってた零のメンバーが亡くなったんだは無い。最初に戦ってた零メンバーが殺された。最後に残ったメンバーは叩きまくって逆に無傷だったけどね。まず関東連合側が最初にゼロにトカレフ撃ったんでビビってみんな散り散りになったのに、その話を青木が全然してないんだよな。だからそれ読んだ時こいつ遅れてあとから来たんだろうなと思ったよ。それ前提で読むと先輩が倒れたって部分とか納得がいくんだ。こっちに居たのは流狼・無法・ジョーカーズ・琴・ZERO(大井・荏原・北品川)・大森ルートぐらい。最後まで戦ったのは大森ルート一人、流狼の三人、零忍二人だけ。トカレフ音聞いても最後まで居た、叩きあったアイツらは英雄だったよ。
平成10年(1998)7月31日凶悪暴走族『関東連合』壊滅へ幹部12人逮捕
警視庁少年二課と荻窪/杉並署は31日迄に対立する暴走族や一般人への死傷事件を起こしている暴走族「関東連合」の幹部12人を傷害や暴行容疑で逮捕した。同グループは抗争相手を拉致して全裸写真を撮影。『写真をばらまかれたくなければ金を出せ』と恐喝する手口で勢力を拡大。幹部が50万円から100万円を持ち歩き箱根で芸者遊びをするなど資金の潤沢さが指摘されており、警視庁は組織の全容解明を進めるとともに、幹部らの一斉摘発に踏み切ることで同グループの壊滅を目指す。「関東連合」は数グループからなり、構成員は約百二十人。逮捕されたのは「用賀喧嘩会」会長の高校三年生(十九)や「宮前愚連隊」リーダーの杉並区の高校一年生(十八)。調べでは、グループは二月八日夜、七十万円の資金カンパを拒否した十九歳の少年ら三人を杉並区内の公園に呼び出して暴行、最高全治二ヶ月のけがを負わせた疑い。三人はそれまでに数十万円を恐喝されていた。
平成12年(2000)5.13「暴走族関東連合が傷害致死」
少年襲われ大怪我[2件発生東京・大田区]。13日未明、東京都大田区で少年らが関東連合に襲われる事件が2件発生。警視庁は傷害と逮捕監禁の疑いで男達の行方を追っている。午前1時15分頃、同区池上3のボウリング場駐車場で18歳前後の少年少女11人が乗用車とオートバイで乗りつけた20人の男達に金属バットなどで殴られた。男達はさらに飲食店店員と会社員の少年2人(18歳)を乗用車で連れ去った。2人は約1時間半後、約20km離れた調布市内の病院前に放置されており、店員は全身打撲で意識不明の重体。会社員も頭や腕を殴られ重傷を負った。他の少年ら3人も背中などに怪我。池上署の調べでは11人は大田区内に住む会社員やアルバイトでこの日はたまたま駐車場に居合わせて踊っていた。暴走族関東連合14人(16歳~26歳)は、対立する狂走連盟と間違えて寿司屋見習いの少年(18)を金属バットで殴り、車で連れ去り拉致した。数時間後、少年は病院の前に置き去られたがまもなく脳挫傷で死亡した。
また、同5時5分頃、ボウリング場から約3km離れた同区大森北4のファミリーレストランに若い男数人が乱入。食事をしていた区内のアルバイトの少年2人(17歳)が金属バットで頭を殴られ、1人が車で連れ去られた。少年は約5時間後、区内の病院に収容されているのが確認されたが、全身打撲の怪我。もう1人も全治1週間の怪我。大森署の調べでは、少年達は友人らと食事中に店の駐車場でたむろしていた約20人の男らに手招きされ、不安になって逃げようとした所を襲われた。
あの事件の経緯はまず目黒の毘沙門天が集会中に関東連合OBと揉めたんだよ。当時毘沙門天は単独と語ってはいたが、実際は全狂連(大井ZERO、荏原ZERO神)とつるんでいた。後日報復で関東連合OBが三鷹スペクターの現役を引き連れて全狂連の溜まり場だった駐車場を襲撃。運悪くそこにいた連中が襲われた。三鷹の現役が相手を金属バットで殴り倒し、その後も金属バットを何回も顔面に振り下ろした。ちなみに襲われた連中は全狂連ではなかったが、関係者は何人かいた。青山組のテキ屋やっていたせいか、パンチ巻いていた。それが原因で襲われたかも。それから数日後も、溜まり場だった田園調布の公園にて鵜ノ木ルート20ゴーストを襲撃。現場にいたメンバーは、持っていた金属バットを投げて逃走。1人は向かってきたが、周りの人間が逃げたのを見てビックリしたのかあわてて向きを変えて逃走。周囲には、鍵付き原付5,6台とバット数本が転がっていた・・・。
当時、関東連合の襲撃部隊は4、5人で行動し、全狂連(コルク半着用が目印)らしい輩を襲撃していた。時には拉致して溜まり場や集会の日を聞き出していた。全狂連側も五反田七夕の事件で悔しい思いをした後だったからか、先輩に焚きつけられたのかは分らないがやる気になってたのは事実。甲州街道や環七、環八を20台~30台の原付や単車で攻めて来ていた。二子玉川では小次郎OBがZERO神と毘沙門天に襲撃されて目黒の現役の家に拉致監禁されたりした。そういう日が何度か続いた夜、ついに事件は起きた。ある時、甲州街道にて暴走族が走り回っているという情報を聞きつけた関東連合はすぐに現場へ直行。20~30の集団を見つけた彼らは、車で突っ込み轢きまくった。関東連合の気迫に押されたのか、全狂連の集団は次第に消えていった。車は廃車になるくらいボコボコになったが、幸い拉致された人間はおらず、なんとか地元の面目を守った。
- OB談
- 大田区の事件とかすごいもんな。大森北の八幡通り入り口のデニーズにバット持った関東連合が突然乱入してきてチーム関係者を襲撃(大森ZERO鬼)。大田区の人間は殺されると思って『奇襲だ!奇襲だ!』と叫び続けて必死に逃げて冷蔵庫に隠れた者もいた。店内は地獄絵図だったろうね。Vシネとか漫画の世界だもんなそんな襲撃は。その後寿司職人の少年を拉致って当時ニュースでも報道されてたね。この時使用された車の名義が女優の三田佳子のものでさらに話題になった。被害者の少年の写真を見る限り坊主頭で眉毛細くしてピアスしてて見た目は暴走族の構成員だったよ。それで偶然捕まって拉致られてバットでボコボコ。そのまま脳挫傷で意識失って病院前に放置されて数時間後に死亡。この時の関東連合は26ぐらいのヤクザOBもいた。あの揉め事の際は、六郷と萩中の馬鹿ヤンキー女共が関東連合側についたため、ルート20ゴーストの現役の住所、溜まり場等筒抜けだった。羽田などその他地域にも密告した男がいました。発覚した時には飛んだが。
練馬悪霊&菊乱会&殺人会との抗争
千歳台ブラックエンペラー/用賀喧嘩会/小次郎と調布の神州連合や三鷹スペクターも参加。トーヨーボール殺人事件の直後で伊藤リオンとか主力メンバーがごっそりパクられてる中での抗争だったからね。経緯で言えば最初に宮前愚連隊が悪霊襲って負傷者出す。その返しで悪霊側が宮前愚連隊の大嶽氏の家を襲撃。何から何まで金属バットでボコボコにして外壁が半壊した。さらにその返しで宮前愚連隊が悪霊のメンバーさらって腕数十箇所刺して病院前に放置。その後も菊乱が千歳台の奴メッタ刺しにして半身不随にしたり、悪霊が世田谷乗り込んで用賀喧嘩会OBメッタ刺して植物人間にしたり、怒羅権も巻き込んで拉致ったり拉致られたり刺したり刺されたり。1番都内が荒れてた頃。
関東連合側は10人足らずで練馬側は50人ほど。練馬側は抗争直前に頭格だったモッコリーズの野村と石坂が特少入りした。この抗争は当初練馬側が圧倒しており、殺気立った練馬の現役が連日原付フルフェイス2ケツで世田谷杉並を襲撃して関東連合狩り。練馬の勢いに押されていた関東連合の現役は毎日OBに呼びだされてヤキ。散々プレッシャーかけられて精神的に追い詰められていったんだろう、ついには刃物で背中を刺して1人殺害。あの時は本当に危なかった。少年法の改正前だからか喧嘩で刺すのは当たり前、殺したら地元の英雄みたいな空気があった。マインドコントロールして煽ってる先輩連中もどうかと思うが。この世代の奴らがガキの頃はかなりイカレてたよ。何人死んで何人懲役いってんだよ。少年法改正前だったら殺人でも一年ちょいで娑婆出れたもんな。それを利用して関東連合のOB達が少年ヒットマン大量生産してた。年少くらいで地元のヒーローになれるなら喜んで刺してた。当時殺し合いしてたの16、7のガキだぞ。
最終的にOB同士の掛け合いで埼玉県和光市で悪霊の土志田・平和台・富士見台の各頭+菊乱の頭vs関東連合で4対4のタイマン合戦となるも、卑怯にも関東連合が石井館長の運転手をやっていた川名毅のツテで正道会館の現役空手家を連れてきた。全く歯が立たない状態で悪霊3人があっさり負ける。この時点でもう勝負は関東連合の勝ちが決まってたんだけど最後の4人目、菊乱会頭の彼は気合いが違った。殴られながらもなんとか組み合い、膝をくらいながらも必死に相手の耳にかじりつきそして食いちぎった。悲鳴と共に倒れる相手。狂気ってのはああゆうのを言う。これぞ喧嘩。体を張って意地を見せた菊乱の彼に拍手。
松嶋クロスが自分のサイトに掲載していたポエム。内容から練馬抗争の事だとみられる。
[短編小説ごっこ] vol.2「真っ直ぐな殺人犯」 M田とK野とS藤は、夏が終わりを告げる頃、秋の夜風と共に消えた。 忘れもしない九月の夜。仲間の一人が半殺しにされた。それも喉、急所、背中、足をメッタ刺しに。 暴走族に対する知識の無さや、先輩達への甘えが、そんな結果を招いたのだろう。 彼等は怯えていた。相手の勢い、先輩からのヤキ、全てに対し怯えていた。 結果が出せない彼等に与えられた、数え切れないヤキ、罵倒。そして自分達の看板の重みが、いつの日か彼等を変えた。 変わり果てた姿と瞳。それは正に特攻隊の様だった。 「俺の仲間をあんな目に遭わせやがって」「俺達は死んでも負けねぇ」彼等のそんな心の葛藤がありありと目に浮かぶ。 少数精鋭の度重なる襲撃、OBはOBを叩くという圧力作戦。たった七人で五〇人に挑む彼等の心境とは、どんなものなのだろう。 彼等の勢いは抗争のペースを完全に自分達のものに変えた。 途中一人が入院し、二人の者が恐喝と窃盗で逮捕され四人になっても、その勢いは止む事を知らなかった。 止まぬ彼等の勢いは、まるで六月の雨の様だった。 相手宅へのカチ込み。まずは龍神曾を刺し、続いて殺人曾を攫い、少しずつやる気と答えを見せ始めた。 全てを賭け、負ける喧嘩に挑む彼等の姿に、誰もが感動を覚えた。 そして一〇月一三日。彼等は菊乱曾を殺した。敵の背中を貫いた一本の包丁は、彼等の魂だった。 仲間をやられた悔しさ、傷つけられたプライド。 世間はやり過ぎだと騒ぐけれども、数知れぬ屈辱を受けた彼等に、やり過ぎという言葉などない。 翌日の新聞で相手の死亡を確認してから、彼等はきっと眠れぬ夜が続いた事だろう。 そんな彼等を支えたのは、敵を取ったという満足感だけだった。仲間の為に人を殺す。 そんな不器用な人間がいるのだろうか。しかし、晴れた青空は続かない。 半殺しにされた本人は、その時何をしていたのだろう。彼の為に仲間は動いた。 だが彼は、刺された傷を理由に一度も襲撃に参加していない。 怯え。いや、それだけではない。彼は事件の翌日、「仲間の為に俺が行く」と言った。 「俺の為にやってくれたのだから、俺が出頭するのなんて当たり前だ」という、飾り文句と共に。 この世の中に神様はいない。彼はそのまま姿を消した。「有り難う、ごめんね」そんな言葉もなく。 しかし仲間は、それを当然の事の様に受け止めた。 仲間の為にやれという、先輩の言葉を良い意味で裏切り、自分達の為に闘い抜いたからだ。 張本人は逃げた上に警察に全てタレ込んだという事実も知っていながら、顔色一つ変える事なく、ただ黙って拳を握り締めていたのだと思う。 彼は人間のクズだ。男の風上にもおけないとはこの事だろう。 彼という人間に対し、苛立ちを覚えない人間などいる訳がないと言い切れる。 身内からのタレ込みがあれば、捜査本部の動きは光の様に速い。気がつけばY口はもう、娑婆の中にはいなかった。 残り三人に札が出るのかなど、考える必要がない。札が出てる人間を匿えば、OBもやられる。 警察がくれた時間は一週間。一〇代の少年達に一週間で何が出来ただろう。 先輩達に迷惑は掛けられない。そんなチンケな拘わりの為だけに、彼等は首を縦に振った。 彼等の潔さに、僕達は感動せざるを得なかった。出て来る頃には、皆成人。一〇代最後の一週間は彼等に何をくれたのだろう。 神社の中での待ち合わせ。笑顔で撮った最後の写真。 先輩達から貰った逃亡資金五〇万でキャバクラに行き、大人の真似事もしてみた。 しかし、時間は止まらない。約束の日一〇月二五日、彼等は笑顔で消えて行った。 むしろ泣きたかったのは、僕達だった。暴走族というチッポケな世界で、彼等はチッポケな英雄になった。 だけど僕は。そんなチッポケな英雄に、心の底からエールを送りたい。 頑張れ。そして、何にもしてあげられなかったこんな僕達を許して欲しい。 今彼等は留置場という檻の中で、何を思っているのだろう。彼等が出頭した頃に、東京は珍しく雨が降った。 それは、不器用過ぎた真っ直ぐな殺人犯が、決して見せる事の出来なかった最後の涙なのかも知れない。
2001/7/14(土)正午入場-18:00開始~15(日)
- 場所:一松海水浴場(千葉県長生村)
関東連合はオーガナイザーと仲良くて呼ばれたみたいなんだが、オーガ達はロイヤリティ払って村の許可とって大型サウナ施設の駐車場とか提携して使わせてもらったり全面的に協力して貰ってたのに、茂原のヤクザが準備中に現地に来てショバ代?面倒見代?払えって言ってきて断ったら、夜中に地元のガキ達使って嫌がらせしてきたのね。午前3時半頃からバットやパター持った少年数十人が回ってて、踊ってる前を何回も通ってて『なんだこいつらは?』と思ってたんだけど、その後悲鳴が聞こえてきて客が走って散開してきたのね。見たらベッカムヘアの用賀喧嘩会の某人が血まみれで肩がだらーんと外れてんのに闘ってんのよ。それからゴチャマンで少年達はボッコボコ。リーダー格の小錦級のデブな少年はバット奪われてケツバット何回もされて、何回も海の中に落とされてた。2丁目にいそうな当時最先端のレイバーファッションの有名な人に『てめーのバットだろ!いてーか!』と言われながらフルスイングされてて折れた後沖に投げてた。その時はちょうど陽が出始めた瞬間で、砂浜の波際に2人でやりあい、その後ろ20メートルくらいにほかの人間達が半円で囲ってかなりシュールな光景だった。オ-ガも止めに来たが『こんなんでいきなり殴られたら熱くなんだろ邪魔すんな!』って小突かれてた。関東連合は2,3人最初の不意打ちで怪我したが、ガキ達は全員頭から流血してべったり砂が付いてた。その後にぶっとい200か300Gの喜平を付けた180以上はある長身の意外と若そうな30代前半くらいのヤクザが一人で関東連の前に来て『どっから来たの?』って聞いて『関東連だ!てめー!』ってH君が名乗ってた。そのヤクザは一人で輪の中に入って行って、一番やられた用賀の奴に肩組んでなだめてて、関東連合はみんな殺気だって囲んでるのにある意味勇気あるやくざだなと思った。そのちょっと前にションベンしに海の家の方にいったら、逃げれた少年の1人がそのやくざに関東連の事をサーファー達と説明してたんだが、どう見ても一般的なサーファーの格好した奴はいないのに田舎の人達から見ると関東連はそういう風に見えるんだと・・・ まぁ夏なんでみんなラフな格好だったし、関東連は当時墨入れてるのがあまりいなかったから仕方ないのかなと・・・ で、その後に結構デカい海の家を早朝なのに関東連に使わせてあげてた。この件は関東連合はKファミリーとか上原、幡ヶ谷の渋谷勢と世田谷が人間がメインで年配も多く友達とか含め70人くらいで来てたし、レイブ全体で4、500人以上居た。伊豆でもここまで大きな喧嘩はなかったと思うから、東京以外で起こした喧嘩の中で一番大きな喧嘩だっただろうと思う。
神奈川横浜ジョーカーズ
渋谷のチーマーvsジョーカーズ。ジョーカーズが圧倒して、その後の残党狩りに友好チームがくっついて行った時、俺も弱小アメリカンのバイクチーム入ってたので招集された。絶対に2ケツで行けと、言われて後輩のFTRに借りて、後ろにツレのっけて参加したんだけど、保土ヶ谷で族狩りに巻き込まれて遅刻して着いたら、既にセンター街~宮下公園全部掃討が終わってて、しかもジョーカーズの友好チーマーもジョーカーズと合流してて、バイク100台以上、人も150人はいるのに相手が全然いなくてつまらないって話だったんで砧公園の側のバイクショップ店員の先輩に要らないパーツ譲ってもらって帰ろうって走ってた所、関東連合の検問に遭遇した。普通の田舎ヤンキーの格好で、スクーター乗ってて、いきなり金属バットをニンジンみたいにしてバイク止めようとしてきたから、素直にバイク降りるふりして、後ろのツレが思いっきり二発スラッパーで金属バットの奴の顔面引っ叩いた。前運転してた奴はそのままスクーターで逃げて、後ろの奴は顔面押さえてしゃがみこんでたんだけど、「てめぇら、顔とバイク覚えたからな!絶対ぇぶっ殺すからな!」(俺ら二人ともタートルヘルにサングラス)とか言ってて、ツレがエンジニアで押さえてる手ごと顔面蹴っ飛ばして、軽く罵った後に、単車またがったら「お前ら、関東連合のコロスリストに入ったからなぁ~っ、ぶっ殺すからなっ!ナンバーも覚えたぞ 横浜 ×××の×」とか言い始めて、これはヤバイなって思った。すげーガリガリで漫画みたいな髪型してるゴブリンみたいな奴が、喚きまくってる姿は本当に恐怖で、帰った後に、ジョーカーズじゃない大規模チームの頭にだけこっそり話して聞いたら、ナンバーも変えて、オールペンしろって話だったからFTR買い取ってナンバー変えて、オールペンしたよ。後輩には代わりに俺のビラーゴ譲った。タイミングが全く思い出せないけど、ベイブリッジで人が殺されて、その話を数年後聞いた時に、横浜の走り屋チームが関東連合の検問に引っかかってうっかり止まったらいきなり頭がアイスピックで刺されて、その後、他のメンバーも金属バットでぶん殴られて拉致られて耳の穴にバクチク入れて火をつけられたってのと、多摩川に埋められて首だけ出してる状態で暴行数時間受けたって話を聞いてあんときのツレに心から感謝したわチビだし、ガリガリだし、スクーターだし、舐める要素しか無かったからなその事件の後から、走り屋チームが東京行くのも減ったし、走り屋も武装を最低限し始めた。バトルスーツ着てる奴とか走り屋でいただろ?あの辺はそれから増え始めたんだよ。何にしても、当時横浜にまで、関東連合とは関わるなって話は届いてたって話。関係無いけど、関東連合関連のイベント仕切り利権の半グレが、ベイホの横のマトリックスに来て、客がガチでヤクザとチンピラしか居なくてこりゃ駄目だって引き上げようとしたら、ヤクザに捕まって結構大事になったって話があったんだけど、そのちょっと前に俺もマトリックスでヤクザに絡まれて散々な目にあってて、その話を聞いた時は大爆笑したよ。その後にアゲハで怒羅権と関東連が大暴れしてた時期はちょうど遊んでた時期と重なるけど、マトリックスに比べたらまだましだなぁと思ってた。あいつらは金回りが良さそうでラリラリの奴を目をつけて駐車場から拉致とかやってたけど、マトリックスなんて、普通にいるだけでヤクザに絡まれてたからね。
関東連合事件史
- 1997年五反田七夕抗争事件
- 7月8日未明、品川区西五反田の路上で品川区や大田区を拠点とする暴走族グループが別のグループに襲われ約100人の乱闘となった。この乱闘で区内の少年(18歳)が腰を刺され死亡、他2名も重軽傷を負った。この抗争の原因は縄張りをめぐる落書きによるもので以前からいざこざがあったという。グループの少年達は店のシャッターなどにスプレーでグループ名を落書きしていたが、自分達の縄張り内で相手の落書きを見つけると上から×印を書き、対立を深めていた。両グループの少年達は凶器準備集合罪等で逮捕。
- 1998年芦花公園ホモ狩り殺人事件
- 世田谷区粕谷の「都立芦花公園」で男性同性愛者が、ふとももをナイフで刺され殺害された事件は犯人が逮捕され一応の解決を見たが、強盗殺人より罪状の軽い暴走族同士の抗争における「人違い殺人」として処理。
- 1998年4月26日午前1時35分頃、同性愛者の発展場(ハッテン公園)として知られている世田谷区粕谷の都立芦花公園内公衆トイレにて、山梨県韮崎市内の食品製造販売業手伝い伊藤人支さん(40)が暴走族風の集団に刃物で左大腿部を刺され、病院に運ばれたが、まもなく出血多量で死亡した。成城署によると、この男性はその日知り合ったばかりの会社員の男性(38)と話をしていた所、数台のバイクで乗り付けたグループに襲われたという。男性らは二人で公園内の公衆トイレに逃げ込み、内側から鍵をかけて潜んでいたが、集団は金属バットなどでドアを叩き壊そうと外側から襲撃。しばらくしてバイクが去った音がしたので外へ出てみたところ、待ち伏せしていた男性に刺されたという。もう一人の男性も重傷を負ったが「襲われた理由がわからない」と話している。
- 1998年杉並公園暴行恐喝事件
- 警視庁少年二課と荻窪、杉並署は31日までに、対立する暴走族や一般人への死傷事件を起こしている暴走族「関東連合」の幹部ら十二人を傷害や暴行容疑で逮捕した。同グループは抗争相手を拉致(らち)して全裸写真を撮影「写真をばらまかれたくなければ金を出せ」と恐喝する手口で勢力を拡大していた。幹部が五十万円から百万円を持ち歩き、箱根で芸者遊びをするなど資金の潤沢さが指摘されており、 警視庁は組織の全容解明を進めるとともに、幹部らの一斉摘発に踏み切ることで、同グループの壊滅を目指す。東京都杉並区や世田谷区を拠点とする「関東連合」は数グループからなり、構成員は約百二十人。逮捕されたのは「用賀喧嘩会」会長の高校三年生(十九)や「宮前愚連隊」リーダーの杉並区の高校一年生(十八)。調べでは、グループは二月八日夜、七十万円の資金カンパを拒否した十九歳の少年ら三人を杉並区内の公園に呼び出して暴行、最高全治二ヶ月のけがを負わせた疑い。三人はそれまでに数十万円を恐喝されていた。
- 1998年巨人戦前売り券買占め事件
- 東京ドームのプロ野球巨人戦の前売り券発売時に、整理券を入手するために高校生ら数百人を動員させていたことが分かっており、警視庁で捜査している。
- 2000年東洋ボール殺人事件&大森デニーズ襲撃事件
- 2000年5月13日午前1時頃、大田区池上3丁目のボウリング場「トーヨーボール」の駐車場において暴走族(関東連合)14人(16歳~26歳)は、対立する暴走族と間違えて寿司屋見習いの少年(18)ら2人を金属バットで殴り、車で連れ去り拉致した。少年は午前2時40分ごろ、調布市国領町3丁目の病院の前に置き去られたがまもなく脳挫傷で死亡した。
- また、同日午前5時すぎ、大田区池上3丁目の現場から北東約2.5キロの同区大森北4丁目のレストラン「デニーズ大森北店」で、客の17歳の少年2人が、20人前後の若い男たちに暴行を受けた。2人は金属バットのようなもので全身を殴打され重傷。警視庁大森署は傷害と逮捕監禁致傷の疑いで男たちを捜している。調べでは、同区内のアルバイトの少年2人が、仲間5人とともに店内で飲食中、店外から男たちに手招きされた。5人は危険を感じ逃げ出したが、2人が男たちに捕まり、金属バットのようなもので頭や顔を殴られたという。
- 2000年練馬刺殺事件
- 東京都練馬区の路上で10月24日未明、都立高校三年の村井純一さん(18)が刺殺された事件で、警視庁少年事件課と光が丘署の特捜本部は二十一日までに、世田谷区内の都立高校一年の男子生徒(15)を殺人の疑いで逮捕、同区内などに住む十六歳から十八歳の少年三人を同容疑で指名手配した。 調べによると、男子生徒は十四日午前一時ごろ、少年三人とともに、練馬区高松の歩道上でバイクを修理していた村井さんに「お前はどこ(の暴走族)だ」などと因縁を付け、約三十メートル先の区立中学脇の歩道上で村井さんの背中を包丁で刺し、失血死させた疑い。四人はいずれも世田谷区内などに拠点をおく暴走族のメンバーで、うち男子生徒ら三人が別の傷害事件などで保護観察期間中だった。 九月二十六日には、同グループのメンバー三人が世田谷区内で、練馬区内の暴走族に襲われて重傷を負う事件が発生しており、同本部では、四人は報復の機会をうかがっていたとみて調べている。調べに対し、男子生徒は「一緒にいた先輩が刺した。仲間が襲われてから毎日のように練馬に行き、壁にスプレーで落書きするなどして勢力を誇示していた」などと供述しているという。
- 2000年世田谷一家殺人事件
- 12月30日午後11時頃から翌31日の未明にかけて、東京都世田谷区上祖師谷3丁目の会社員宅で、父親(当時44歳)・母親(当時41歳)・長女(当時8歳)・長男(当時6歳)の4人が殺害された事件。20世紀最後の大晦日に差し掛かろうとする年の瀬の犯行だったことや、犯人の指紋や血痕など個人を特定可能なもの、靴の跡(足跡)の他、数多くの遺留品を残している点、子供もめった刺しにする残忍な犯行、さらに殺害後に長時間現場に留まった可能性や、パソコンを触ったりアイスクリームを食べたりするなどの行動、これらの多くの事柄が明らかになっていながら、犯人の特定に至っていないことでも注目される未解決事件である。
- 事件の数日前に父親の宮沢みきおさんは、自宅前の公園にたむろしていた三軒茶屋愚連隊に「バイクの空ぶかしがうるさい」と注意し、トラブルになっていた。
- 【石元太一談】あの事件、俺が特少にいた時に起きた事件なんだけど、知った時は衝撃だったもんな。俺なんか中にいたのに、社会に戻った時に成城警察に呼び出されたもん。被害者の家の近くにエンペラーのスプレー書きがある、何か知っているんだろうって。いやいや、そんな大胆な事する奴ならもう捕まってるって。
- 2003年スーパーフリー事件(実行リーダー:和田真一郎)
- 2003年5月18日午後8時半ごろ、スーパーフリーの代表者及び男子大学生メンバー(合計5人)は慶應義塾大学医学部ヨット部主催のパーティに客として参加。そこで知り合った女性数名と共に東京都港区六本木のビルにある居酒屋へ場所を移して二次会を開き、この席上で女子大生(20歳)にゲームを仕掛け、集中的に負けさせてスペシャルサワー(後述)を大量に飲ませ泥酔させた上、「吐ける場所あるから行こうよ」と誘い、人通りのないエレベータフロアに連れ出し、集団で強姦した。同日、被害者が警視庁麻布署に被害届を提出した。取調べにより多数の余罪が判明したが、上記の事件以外では2001年12月19日、東京都豊島区高田のスーパーフリー代表者の自宅兼事務所における鍋パーティで19歳の女性を泥酔させ3人で輪姦した事件。2003年4月27日、東京都港区六本木の居酒屋における二次会で18歳の女性を泥酔させ、人通りのない場所の玄関マットに寝かせ、1時間半にわたり13人で輪姦した事件のみが立件に至った。6月19日、麻布署はメンバー5人を強姦容疑で逮捕する。当初、容疑者らは「合意の上」と容疑を否認したが、6月22日にはスーパーフリーが解散し、6月30日東京地検は容疑者2名を強姦容疑で起訴する。7月4日には東京地検はさらに2名の容疑者を準強姦罪で起訴する。7月9日には東京地検はさらに1名の容疑者を準強姦罪で起訴。8月21日には東京地検はスーパーフリーの代表者を含む3名の容疑者を準強姦罪で起訴した。2004年11月2日、代表に対して懲役14年の実刑判決が下る。被告人側は判決を不服として同年11月17日に控訴する。2005年6月16日には最高裁第2小法廷(古田佑紀裁判長)に上告したが2005年11月1日付で棄却され、主犯を懲役14年の実刑とした1、2審判決が確定する。また、主犯を除く13人には懲役10年〜2年4ヶ月の実刑判決が確定した。
- 2004年オレオレ詐欺、関東連合OB逮捕者(逮捕:藤岡「怒羅権S55」・西「神龍S55」)
- 振り込め詐欺被害6500万円。孫を装い現金600万円をだまし取ったとして、群馬県警捜査2課などは26日、東京都江東区塩浜1、自称会社役員、藤岡剛容疑者(29)ら5人を詐欺容疑で再逮捕したと発表した。県警によると藤岡容疑者をリーダー格に5人は9件の詐欺罪で既に起訴され、他に10件の振り込め詐欺への関与を供述しているという。同課は、被害が東京や神奈川など8都県で少なくとも20件、総額約6500万円に上るとみている。逮捕容疑は、昨年8月29日午前11時頃、新潟市の無職女性(80)方に孫を装って電話をかけ、「先輩の会社の保証人になったが倒産した。600万円必要。弁護士が行くから金を渡してほしい」などと要求。同日午後1時ごろ、女性方で600万円をだまし取ったとしている。同課によると、藤岡容疑者ら2人は「知らない」と否認し、他の3人は容疑を認めているという。
- 2006年ライブドア野口英昭刺殺事件
- 音楽評論家・阿子島たけし(65)が「2005年日本レコード大賞」の審査委員長に決まった同年9月、阿子島氏に対して、「音楽業界有志一同」名で、阿子島をとんでもない人物と名指しし「業界関係者との金銭授受があった」「阿子島はレコ大委員長を辞めろ」等の文書が阿子島並びに関係者に送りつけられていた。阿子島は文書について、「全く根も葉もないこととまで言わないが、事実関係を捻じ曲げている」「出した人間は分かっている。詳しいことは後日話す」とコメントしていた。そして問題の事件が起きた。阿子島は12日朝に家を出て以降、行方不明となり14日に家族から神奈川県警戸塚署に捜査願いが出された。しかも13日には、阿子島の自宅(神奈川県横浜市)が全焼するという事件も起きている。12日に行方不明になり13日に自宅が全焼という不可解な事件で、当然警察は本人を捜索していたが全焼から3日後の16日に突如自宅敷地内から遺体となって発見された。14、15日とさほど広くもない自宅敷地内を多数の警官が捜索していたにも関わらず3日後になって遺体が発見されたことについて警察は「16日に初めて屋外を捜索し始めた」としている。司法解剖では煙を吸い込んでいないと診断された。つまり火事が発生する前に死亡したということだ。その上で警察の発表は、死因は焼死で、出火原因は放火ではなく失火と断定。事件性がないと判断したと発表した。日本レコード大賞といえば、わが国でもっとも権威ある音楽賞で、利権も絡む故、その関係で何らかのトラブルに巻き込まれたとのではないかとの憶測も出ている。
- 2006年山口組秋良連合会一蓮会武田修刺傷事件(実行犯:千歳台黒帝会S57木藤幸一郎)
- 2006年長良プロダクション不法侵入事件(実行犯:上山伸治)
- 氷川きよしさんが所属する芸能プロダクション「長良プロダクション」(東京都港区六本木)の事務所に暴力団幹部ら二人が押しかけ、住居侵入の現行犯で警視庁麻布署に逮捕されていた事が八日、分かった。暴力団幹部らはプロダクション会長(67)から借金をしていたという。同署で金銭トラブルが原因とみて調べている。逮捕されたのは住所不詳、指定暴力団住吉会系幹部、増田孝雄容疑者(58)と港区六本木、会社役員、上山伸治容疑者(45)。調べでは、増田容疑者らは2月15日正午すぎ、六本木の長良プロダクションの事務所に押しかけ、「会長に会わせろ」と強要。職員らが「会長はいない。帰ってほしい」と求めたが、居座り続けたため110番通報で駆けつけた同署員に現行犯逮捕された。長良プロダクションは氷川さんのほか、歌手の山川豊さん、タレントの梅宮辰夫さん、中村玉緒さんらが所属している。
- 1998年/2002年/2007年 三田佳子息子(高橋祐也)覚せい剤取締法違反逮捕事件
- 2007年11月15日、コンビニエンスストアのトイレで覚せい剤を吸引していたことが店員の通報により発覚し、かけつけた警察官が路上で職務質問したところ、覚せい剤約0.1グラムを所持していたため、三たび覚せい剤取締役法違反で現行犯逮捕される。三田佳子は記者会見において、「すべては私たち夫婦の教育の失敗」と全面的に謝罪した上で、2006年までは一人暮らしをするほど精神状態が安定したものの、2007年に入り鬱病にかかって入院。逮捕前には鬱病が再び悪化したため再度入院させようとしていたことを明らかにした。但し3度目の同じ犯行ということもあり、三田は女優活動の自粛はせず、「彼も少年ではないので親としてかかわれる限界はあります。心の中では放り出して当然という気持ちもある」と息子を突き放すとも受け取れる発言をした一方で、現在も月70万円のこづかいを渡していたことが発覚する。また、かつては身元引受人であった唐十郎は、3年以上会っていないことを明らかにした上で「自分で痛みを感じるしかないでしょう」とコメントを残している。
- 2008年西新宿撲殺事件(被害者の金剛弘は関東連合S50、武田修刺傷が原因)
- 東京都新宿区西新宿5丁目の路上で16日早朝、韓国籍の有限会社「一力物産」社員、金剛弘(通名は金村剛弘)が数人組の男に金属バットで殴られ死亡した。事件数日前に金さんが暴力団関係者を含むグループとトラブルになっており、犯行グループは金さんの帰宅を待ち伏せし、逃げる金さんを約300メートル追いかけて執拗(しつよう)に暴行していた。捜査1課は、金さんが意図的に狙われたと断定、トラブルとの関連や交友関係を調べている。
- 調べでは、金さんは3月16日未明、新宿区西新宿の路上で、複数の男に鉄パイプなどで襲われた。金さんは「ごめんなさい」と泣きながら命ごいしたが、男らは「殺せ殺せ」と言いながら暴行を続けた。悲鳴を聞いた住民の通報で警察官が駆け付けたが、男らは既に逃走。金さんは病院で21日に死亡した。
- 目撃証言から、男らは十数人で事件直前に金さんを自宅周辺で待ち伏せしていたことが判明。全員が目出し帽で顔を隠しており、捜査1課は顔見知りのグループとみて捜査を始めた。金さんは父親が経営する韓国食品の輸入販売会社で働く一方、地元暴力団周辺者や不良グループともつながりがあり、別の不良グループと対立を繰り返していた。事件直前に都内の飲食店で対立グループとトラブルになっていたという。
- 2009年押尾学事件
- 8月2日、押尾学が合成麻薬MDMAを服用したとして同年8月3日に麻薬取締法違反で逮捕される事件が発生した。その際、六本木ヒルズのマンションの部屋で押尾と一緒にMDMAを使用したホステスの女性が全裸で死亡していたことや、事件現場の部屋の名義が押尾の知人であるピーチ・ジョン代表取締役社長の野口美佳であったことなどにより、スキャンダラスな観点から報道がなされた。
- 2010年朝青龍暴行事件(朝青龍に暴行をされた被害者:川名毅)
- 1月16日午前4時過ぎ、泥酔した横綱朝青龍が六本木のクラブ「フェリア」の男性責任者「川名毅」に激高し、乗用車に無理やり乗せ拉致。後部座席で顔面を殴打するなど暴行を続け、運転手に「川へ行け」と命じ「おまえをそこで殺してやる」などと脅したという。車が西麻布に差し掛かったところで川名が飛び降り、交通事故処理を行っていた麻布署の警察官に助けを求めたという。
- 現場近くにいたタクシー運転手の男性が、騒ぎの様子を目撃していた。運転手は、「『助けて拉致される』っていうふうな声が聞こえた。せっぱ詰まったような声ですね。『助けてください』。その声を聞いて、お巡りさんがダーッと走って行きましたんで。 『お巡りさん見てるでしょ、あご殴ったでしょ』というような話が聞こえて」と話している。
- 当時を振り返った住民男性(61)は「意味不明の大声が聞こえ、あまりにうるさいので、文句を言おうと外に出た」という。目の前に黒い乗用車が止まり、車の近くに2、3人の男性が立っていた。そのうち、被害者と思われる男性が、警察官に伴われ現場を離れたが、振り向きざま、朝青龍に「絶対許さねぇからな!」と捨てぜりふを吐いたという。
- 2010年邑井祐介ひったくりを繰り返し逮捕
- 警視庁捜査3課は13日までに、ひったくりをしてけがをさせたとして強盗致傷の疑いで横浜市旭区市沢町、店員邑井祐介容疑者(31)を逮捕した。捜査3課によると、250ccスクーターでひったくりを繰り返し、昨年7月以降、都内で約50件、計約350万円相当の金品を盗んだとみて裏付けを進めている。逮捕容疑は2月5日夜、渋谷区の路上で女性会社員(25)から現金約1万6000円入りの財布などが入ったバッグをひったくり、転倒させて約1カ月の重傷を負わせた疑い。
- 捜査3課は邑井容疑者が盗んだとみられる商品券を偽名で売却したとして詐欺容疑でアルバイトの稲沢 晋(すすむ)容疑者(30)を逮捕。盗品の処分役とみて調べている。
- 2010年市川海老蔵暴行事件(海老蔵に暴行された人物:千歳台黒帝会S56総長石元太一)
- 11月24日、歌舞伎役者の市川海老蔵は午後11時ごろから仲間らと飲食していた。その後日付が変わった25日明け方に知人たちと別れて西麻布2丁目にある「バルビゾン27」11階にある会員制バーで独りで飲んでいたところ、居合わせた関東連合の石元太一や伊藤リオンら数人とトラブルになり、殴られたという。
- 海老蔵は「飲食店で知り合った仲間と飲んでいて、その後酔いつぶれた人を介抱していたらいきなり殴られた」と説明しているが、石元によれば、海老蔵とは3年前に西麻布のバーで知り合い、その後も一緒に飲むことがある仲。事件当日は、海老蔵の方から声をかけてきて一緒に飲むことになったが、海老蔵は他のテーブルの酒を勝手に飲んだり、シャンパンをボトルごと飲ませようと強要したり、灰皿でテキーラを飲ませようとしたり、ボトルの酒を頭にかけたりとやりたい放題していた。さらには「俺は人間国宝(または「平成の助六」)だ!」などと暴言を吐いていたという。石元が帰ろうとすると、海老蔵は「オレと一緒に飲みたくないワケ?」と髪をつかみ酒を強要。仲裁に入ったリオンの胸ぐらを掴み、さらに石元に頭突き。怒ったリオンが海老蔵に殴りかかるが、泥酔していた海老蔵は蹴りを入れて反撃。さらに怒り狂ったリオンにより、海老蔵は顔面が半壊してしまうまで殴られる。海老蔵は携帯電話と家の鍵が入ったバッグを置いたまま非常階段から逃走。追いかけてきた関東連合メンバーに「もう殴らないでください」と路上で土下座して謝罪するところを複数のサラリーマンに目撃されている。その後、血だらけのまま目黒区の自宅に戻った海老蔵に驚いた妻・小林麻央の通報により事件が発覚した。
- また、事件現場から逃げ出しタクシーで自宅に帰る際に、料金1320円のうち320円を値切っていたことが関係者の証言で分かった。事件直後、海老蔵は約3キロの道のりを「赤信号でも急げ」などと運転手に指示。運転手が要求を拒否したことから、海老蔵は1320円の会計で1万円を渡すと、「お前はキッチリ行かなかった」と言って9000円のおつりを要求。運転手はこれに従ったという。
- 2011年石元太一歌舞伎町で知人男性を殴り逮捕
- 東京・新宿区歌舞伎町の飲食店で4月、暴走族の元リーダーの男らが、店に居合わせた知り合いの男性の頭を殴るなどし、けがをさせた疑いで警視庁に逮捕されていたことがわかった。傷害の疑いで逮捕されたのは、暴走族の元リーダー・石元太一容疑者(29)ら2人。警視庁の調べによると、石元容疑者らは4月8日、歌舞伎町1丁目の飲食店で、同じ店に居合わせた知り合いの男性に対し、「よく飲んでいられるな」などと言って、男性の頭を殴るなどし、全治1週間のけがをさせた疑いが持たれている。その後、被害者の男性が警視庁に被害届を提出し、5月18日、警視庁が石元容疑者らを逮捕したもの。事件当時、現場にはもう1人仲間がいたということで、警視庁が行方を追っている。
- 2011年六本木山口組襲撃事件(実行犯/怒羅権S55馬場義明・三鷹スペクターS55総長石丸俊輔幸平一家堺組)
- 12月14日午前―都内港区六本木の雑居ビル内飲食店にて、山口組系組幹部を含む4名がおよそ20名の男らからビール瓶などを用いての集団暴行を受けるという事件が発生。その4名のうち3名は傘下保科一家の構成員で、残りの1名が極心連合会の元構成員であった。うち1名は脳挫傷で生死の境を彷徨う事態に陥ったものの、一命を取り留めている。住吉会幸平一家関係者ならびに関東連合元関係者らによる加害であったという。
- 指定暴力団山口組関係者らが襲撃された事件で傷害容疑などで逮捕された指定暴力団住吉会系組員の男が暴走族の元総長で、暴走族グループ「関東連合」OBと現在も交友が深いことが26日、警視庁組織犯罪対策4課への取材で分かった。同課によると、逮捕されたのは、住吉会系組員、石丸俊輔容疑者(32)=住所不定=で東京都三鷹市を拠点とする暴走族の元総長だったという。調べに対し「今は何も言えません」と黙秘している。逮捕容疑は、昨年12月14日未明、港区六本木の飲食店で山口組系元組幹部ら5人の頭をビール瓶で殴るなどして全治1~2カ月の重傷を負わせるなどしたとしている。石丸容疑者らは襲撃の直前、六本木の交差点付近で山口組関係者とトラブルになっていたといい、同課は、襲撃には関東連合関係者らも関与したとみて実体解明を進めている。東京・六本木のキャバクラで暴力団幹部らが約20人の集団に襲われた事件で、警視庁は15日逮捕状を取って行方を追っていた主犯格で不良グループ怒羅権の幹部・馬場義明容疑者ら3人を逮捕した。警視庁によると、馬場容疑者らは11年12月、約20人で六本木のキャバクラに押し入り、客の山口組系幹部ら5人に対し、ビール瓶で頭を殴るなどして、重軽傷を負わせた疑いが持たれている。警視庁の調べに対し、馬場容疑者は「事実についてはわかっています」と話しているという。警視庁は、馬場容疑者が事件の主犯格であり、山口組系組員とのトラブルをめぐる報復だったとみている。また馬場容疑者は、暴走族グループ関東連合と関わりが深く警視庁は関東連合の関係者も事件に関わっているとみて捜査している。
- 外で揉めた木村をやるために20人に集めて店へ入ったら現役ヤクザのHとかと合流してて、Hに重傷負わせてしまった。それで破門、上が指詰めて金持って詫び入れた。
- 2012年六本木クラブ襲撃事件
- 東京・六本木のクラブで9月、焼き肉店経営藤本亮介さん(31)が目出し帽姿のグループに襲われ殺害された事件で、警視庁捜査1課は6日までに、現場近くに金属バットを持って集まったとして凶器準備集合の疑いで元暴走族グループ関東連合のメンバーら15人の逮捕状を取った。所在を確認次第、同容疑で逮捕し、藤本さん襲撃への関与についても調べる。また容疑者グループの男が事件後「男性は人違いだった」と周囲に話していたことも判明した。捜査1課は、現場のクラブに近い路上で金属バットを持ったり、目出し帽をかぶったりしながら歩く男約10人が写った防犯カメラの画像を事件後に公開。寄せられた情報などから、六本木を拠点とする関東連合の元メンバーらを特定した。15人の多くは20~30代で、少年も含まれているという。うち数人は事件直後にハワイや中国などに出国していることが確認され、行方を追っている。藤本さんは9月2日午前3時40分頃、港区六本木5丁目のクラブで知人と飲食中、目出し帽の男らに金属バットで頭を殴られ殺害された。 東京・六本木のクラブで飲食店経営藤本亮介さん(31)が男らに金属バットなどで殴られ殺害された事件で、警視庁捜査1課は15日、凶器準備集合容疑で首謀格の見立真一容疑者(33)ら海外に逃亡している男2人を国際手配する方針を固めた。
- 2012年石元太一詐欺で逮捕
- 2012年9月8日、警視庁組織犯罪対策特別捜査隊などは自分の住むマンションの部屋を不正に契約した詐欺容疑の疑いで石元太一容疑者を逮捕。別の振り込め詐欺事件にも関わった疑いがあり余罪を追及している。
- 警視庁組織対策犯罪特別捜査隊などは28日、同容疑者が振り込め詐欺事件にも関わった疑いが強まったとして、詐欺容疑で再逮捕した。振り込め事件で既に逮捕した職業不詳、藤田周作容疑者(26)ら2人も別の詐欺容疑で再逮捕。3人の役割などを解明する。石元容疑者の逮捕容疑は2010年1~3月、藤田容疑者らと共謀し、「パチンコ店のサクラをすれば高額収入が得られる」と偽り、大阪市の女性(25)から約136万円を詐取した疑い。警視庁がすでに逮捕した振り込め詐欺グループのメンバーから石元宛てに「きょうは○万円です」といった詐取した金の報告メールが09年9月から10年3月にかけて定期的に送られていた。被害者は全国で174人、被害額は約5800万円にも上る。
- 2013年新宿発砲事件
- 拳銃1丁と実弾13発を所持していたとして、警視庁戸塚署は5日未明に同署に出頭した、指定暴力団住吉会系暴力団幹部、田丸大容疑者(35)=東京都新宿区=を銃刀法違反(加重所持)容疑で現行犯逮捕した。「自分のものに間違いない」と供述している。田丸容疑者の自宅近くでは4日深夜、拳銃発砲事件があり、同署が関連を調べている。田丸容疑者は暴走族「関東連合」(03年に解散)のメンバーだったという。拳銃が撃ち込まれたのは昨年9月に起こった六本木襲撃事件で逮捕された金城勇志(30)の父親の会社だった。
- 2015年川名毅タクシー強盗で逮捕
- タクシー運転手から現金3万5千円を奪ったとして、警視庁麻布署は15日、事後強盗の疑いで、東京都世田谷区、職業不詳、川名毅容疑者(44)を現行犯逮捕した。川名容疑者は暴走族「関東連合」(解散)の元リーダーで、平成22年1月には港区六本木で元横綱朝青龍とトラブルになって殴られ負傷していた。逮捕容疑は、15日午前5時40分ごろ、港区六本木のホテル敷地内で、乗車していたタクシーを降りた後、運転手の男性(64)に「運転手がなんでこんなに金を持っているんだ」などといって、胸ポケットに入っていた現金3万5千円を抜き取った。男性が現金を取り戻そうとした際、顔面などを殴ったとしている。警視庁によると、川名容疑者は殴ったことは認めているが、現金を取ったことは否認している。
- 2016年歌舞伎町で一般男性に因縁をつけ集団で暴行(逮捕された人物:千歳台黒帝会S57蒔田航)
- 東京・歌舞伎町で、一般人の男性に因縁をつけて暴行し、重傷を負わせた疑いで、男らが逮捕された。涌井敬容疑者(32)と蒔田航容疑者(34)ら3人は、2016年5月、新宿・歌舞伎町の路上で、会社役員の男性(46)に「お前、どこの組の者だ」と因縁をつけ、男性が「暴力団員ではない」と否定したにもかかわらず、数十発殴るなどして、顔の骨を折る重傷を負わせた疑いが持たれている。警視庁によると、涌井容疑者と蒔田容疑者は、暴力団事務所に出入りしていて、調べに対し、黙秘している。
- 2017年歌舞伎町で一般男性に因縁をつけ集団で暴行(逮捕された人物:東洋ボール殺人事件主犯格、原田英俊)
- 東京・新宿区歌舞伎町で面識のない男性に因縁を付けたうえ、集団で殴る蹴るの暴行を加えてけがをさせたとして、暴力団員幹部の男らが逮捕された。指定暴力団住吉会系の幹部・原田英俊容疑者(41)ら4人は、去年5月14日の朝、新宿区歌舞伎町の路上で無職の男性(36)に因縁を付けて暴行し、けがをさせた疑いが持たれている。警視庁によると、原田容疑者らは酒を飲んだ帰りで、「何こっち見てんだよ」と男性に因縁を付け、集団で殴る蹴るの暴行を加え「今度、歌舞伎町で見たら殺すぞ」と言って立ち去ったが、防犯カメラの映像から4人の関与が浮上した。
- 2018年AV男優への恐喝未遂容疑で松嶋クロス逮捕
- AV男優から現金を脅し取ろうとしたとして、関東連合の元幹部で元AV監督の松嶋クロスこと松嶋重容疑者(39)、ストリップ劇場の社長、松本和彦容疑者(49)ら3人を恐喝未遂容疑で逮捕。3人はおととし2月、東京・台東区にある「浅草ロック座」の応接室などで、AV男優の38歳の男性に対し「業界で仕事をできないようにする」などと5回にわたって脅し、現金200万円を脅し取ろうとした疑いが持たれている。3人は男性と仕事仲間で、「男性の後輩がAV女優と交際し、業界のルールを破った」などとして因縁をつけていた。松嶋容疑者は黙秘し、松本容疑者は「脅したつもりはない」と容疑を否認。
- 松嶋容疑者は松嶋クロス名義でAV監督として活動。AV製作会社の代表を務めるなどしていたほか、鼠先輩のプロデュースを手がけるなど音楽プロデューサーとしても活動していた。平成22年11月、東京都港区西麻布の飲食店で歌舞伎俳優の市川海老蔵(40)が暴走族「関東連合」のOBグループに殴打された事件では、グループ側として取材対応を担当。23年9月には、覚せい剤取締法違反容疑で逮捕、不起訴となった小向美奈子のAVデビューに携わった。
- 警視庁渋谷署は恐喝容疑で、指定暴力団住吉会系組員、松嶋重(39)=中野区中野、無職、佐久間孝文(34)=足立区東綾瀬、同会系組員、河野哲大(39)=中野区弥生町=の3容疑者を逮捕した。逮捕容疑は昨年6月6日、松嶋容疑者の知人である河野容疑者が代表を務める芸能事務所に所属していたAV女優に、別の仕事を紹介しようとした会社役員の男性(30)に「どう責任を取るんだ」と因縁をつけ、渋谷区の飲食店で現金100万円と腕時計1個(250万円相当)を脅し取ったとしている。松嶋容疑者と佐久間容疑者は1月、別の脅迫容疑で逮捕され、既に起訴されている。
- 2018年ATM18億円不正引き出し事件、首謀者の関東連合元メンバー逮捕
- 2016年5月に全国17都府県のコンビニエンスストアの現金自動受払機(ATM)から18億円超が不正に引き出された事件で、福岡県警は21日、東京都世田谷区梅丘2、無職、斉藤祐輔容疑者(33)を不正作出支払用カード電磁的記録供用と窃盗の容疑で逮捕したと発表した。県警は、斉藤容疑者が事件を首謀したグループの一人で、暴走族「関東連合」(03年に解散)の元メンバーとみている。県警によると、逮捕したのは今月20日。逮捕容疑は16年5月15日早朝、指定暴力団「神戸山口組」系組員ら計10人と共謀し、福岡県内のコンビニ43店舗のATMで偽造クレジットカードを使って438回にわたり計4380万円を不正に引き出したなどとしている。
- 2018年覚醒剤と大麻所持の疑いで邑井祐介逮捕
- 警視庁渋谷署は20日までに、覚せい剤取締法違反と大麻取締法違反(いずれも所持)の疑いで、関東連合元幹部の無職邑井祐介容疑者(39)を逮捕した。逮捕容疑は2016年10月、渋谷区にある店で微量の覚醒剤と大麻を所持した疑い。捜査関係者によると、「証拠があるなら自分のものだと思う」と容疑を認めている。店の関係者から「薬物のようなものが入った袋が落ちている」と通報があり発覚。袋に付いていたDNA型などから邑井容疑者が浮上した。警視庁中野署は、東京都歌舞伎町のマンションに違法に暴力団事務所を開設したとして、準暴力団・関東連合の元メンバーで、指定暴力団・住吉会系幹部の男らを逮捕した。
- 2018年暴力団事務所を開設した中越健二郎逮捕
- 東京・歌舞伎町のマンションに違法に暴力団事務所を開設したとして、東京都暴力団排除条例違反の疑いで「関東連合」の元メンバー、住吉会系暴力団幹部の中越健二郎こと、田丸健二郎容疑者ら4人が逮捕された。警視庁によると、中越容疑者らは2016年、歌舞伎町で、小学校から200メートル以内は暴力団事務所の開設が禁止されているにもかかわらず、事務所を開いた疑いが持たれている。中越容疑者らは、「暴力団事務所ではなく、セカンドハウスだ」などと容疑を否認しているということだが、警視庁は「関東連合」の元メンバーらを中心に、新たな暴力団組織を作ろうとしているとみて、詳しく調べている。
- 同年11月にも2017年11月に中野区の中学校近くに組事務所を開設した容疑で逮捕。組事務所であることを隠すため「スポーツジム運営」をかたった実体のない合同会社を設立していた。警視庁の調べに対し「事務所ではない、スポーツジムだ」と、容疑を否認。
- 2018年三田佳子次男・高橋祐也に覚醒剤を譲渡した境谷誠逮捕
- 11月9日に覚醒剤取締法違反(使用)の容疑で逮捕された高橋祐也(38)に覚醒剤0.1グラムを3万円で受け渡した疑いで、渋谷署は12月7日、覚せい剤取締り法違反(譲渡)で住所不定の会社役員、境谷誠(41)を逮捕した。2人は1年ほど前からお互いの自宅で覚醒剤を火であぶって吸っていた。境谷容疑者は「事実関係含めて話すことはありません」と供述している。
- 高橋祐也と境谷誠の関係は20年ほど前から続いていた。2000年5月に起きた大田区のボーリング場「トーヨーボール」の駐車場でダンスをしていた少年が「関東連合」に連れ去られてリンチの末殺害された「トーヨーボール殺人事件」で、境谷は逮捕された加害者の1人だった。被害者の少年が『助けてくれ』と懇願しても、凶器で顔面を殴られ、舌をハサミで切られ、ライターで頭髪を焼かれるというおぞましく凄惨な事件で、しかも被害者は人違いだった。このとき犯行で使われた車が三田家の車だったことから、関東連合との関係が注目され、連日大きく報道された。
- 2018年11月原野売却持ちかけ470万円詐取疑い 13人逮捕
- 原野や山林の所有者に土地の売却を持ちかけて仲介料などの名目で約470万円をだまし取ったとして、警視庁組織犯罪対策4課は28日、会社役員、天野遥(よう)容疑者(30)=東京都港区白金1=ら男13人を詐欺容疑で逮捕した。過去に原野商法で土地を購入した人を狙った疑いがある。
- 組対4課によると、天野容疑者は否認している。13人の中には暴走族グループ「関東連合」(解散)の元メンバーもいるという。逮捕容疑は2017年から18年にかけて、栃木県那須町に土地を所有する男性ら4人に売却を持ちかけ、約470万円を詐取した疑い。同様の手口による被害相談が約190件(被害額約4億円)寄せられており、関連を調べる。
- 2018年11月集団暴行の容疑で関東連合OBの男ら逮捕
- 浅草三社祭の会場で、集団で男性に殴るなどの暴行を加え重傷を負わせたとして、関東連合OBで指定暴力団住吉会系組員の田丸隆夫容疑者(40)ら3人を逮捕。2018年5月、東京・台東区で行われた浅草三社祭の会場で男性に暴行を加え、脳挫傷など全治およそ4カ月の重傷を負わせた。
- 警視庁によると当時、被害者の男性が別の関東連合OBの男と食事をしていた際に口論になり、その後田丸容疑者らが暴行に加わったという。調べに対して、田丸容疑者は「今は話せない」と供述している。
- 2019年1月全国ATM不正引き出し事件の主導者の井上勇を逮捕
- 17都府県のコンビニの現金自動預払機(ATM)から約18億円が不正に引き出された事件で、福岡、千葉両県警は28日、不正作出支払用カード電磁的記録供用と窃盗容疑で、井上勇容疑者(41)の公開捜査に踏み切った。同容疑者は準暴力団「関東連合」元メンバーで、一連の事件を主導したとみられる。
- 福岡県警によると、井上容疑者は2016年5月15日、福岡市博多区のコンビニ43店舗のATMに、南アフリカで発行された偽造カードを挿入し、計4380万円を引き出した疑いがある。事件は同日、同様の手口で東京、愛知、大阪など17都府県のコンビニで一斉に発生し、被害総額は約18億円に達した。
- 井上容疑者は身長169センチで、去年夏ごろまでは東京都内に潜伏していたことが確認されている。
- 17都府県のコンビニのATMで2016年、約18億6千万円が一斉に引き出された事件で、福岡県警は4日、窃盗の疑いなどで指名手配していた井上勇容疑者(41)を神奈川県内で逮捕した。井上容疑者は福岡、千葉の両県警が顔写真を公開して行方を追っていた。
- 2019年2月暴力団事務所を開設した松嶋重逮捕
- 中学校の近くに暴力団事務所を開設したとして、警視庁は13日、暴走族「関東連合」元メンバーで指定暴力団住吉会系組員の松嶋重容疑者(40)を東京都暴力団排除条例違反などの疑いで逮捕した。逮捕容疑は他の組員らと共謀して昨年11月、中学校から200メートル以内の東京都中野区弥生町3丁目の住宅に合同会社と偽って暴力団事務所を開設したというもの。警視庁は賭博を運営するための拠点にしようとしていたとみている。
- 2019年3月暴力団組員に暴行した容疑で岸野成利(千歳台黒帝会S58)を逮捕
東京・新宿歌舞伎町で車のクラクションを鳴らされたことに腹を立て、暴力団組員に暴行したとして住吉会系暴力団組員の岸野成利(きしのなりとし)容疑者ら6人を逮捕。去年6月、新宿区歌舞伎町の路上でクラクションを鳴らされたことに腹を立て、車に乗っていた別の暴力団の組員2人に「この野郎、降りてこい」と怒鳴り、降りてきた2人の腕をつかんで引きずり回すなどの暴行を加えた疑い。
- 2019年5月全国ATM不正引き出し事件の主導者の井上勇を再逮捕
- 17都府県のコンビニのATMから18億円超が不正に引き出された事件で、千葉県警は22日窃盗などの疑いで、住所不定無職井上勇容疑者(41)=窃盗罪などで起訴=を再逮捕した。既に福岡県警が逮捕しており、21日に身柄を移送した。
- 事件を巡っては、全国で警察による現金の引き出し役などの摘発が相次いだ。捜査関係者によると、井上容疑者は暴走族グループ「関東連合」(解散)のメンバーだった。千葉県警は不正に得た金の一部が暴力団に渡ったとみて捜査している。
- 2019年6月振り込め詐欺の主犯格として佐野光治を逮捕
- 親族を装い現金300万円をだまし取ったとして、警視庁組織犯罪対策4課は指定暴力団山口組弘道会系組幹部の佐野光治容疑者(43)ら2人を逮捕した。同容疑者は黙秘しているという。
- 逮捕容疑は2017年5月8日、神奈川県の女性(87)に孫を装い電話をかけ、「会社の金を使い込んだ」などとうそを言って、現金300万円をだまし取った疑い。同課によると、佐野容疑者は詐取金の回収や現金受け取り役の「受け子」の指導などをしていたとみられる。25日には、水戸市にある佐野容疑者の所属組織を家宅捜索しており、同課は詐取金が弘道会に渡った可能性もあるとみて捜査を進める。
メディア出演
- 鬼面党(烈士伝)
- 新宿メデューサ(アウトロー狂走曲)
- 阿佐ヶ谷マッドスペシャル(烈士伝)
- 永福町ブラックエンペラー(マッドマックス・アウトロー狂走曲)
- 用賀喧嘩會(EGG)(アウトロー狂走曲)
- 宮前愚連隊(チャンプロード・アウトロー狂走曲)
- 三軒茶屋愚連隊(吉永マサユキ撮影本「slang」)
- 上町小次郎(実話ナックルズ・メンズナックル)
- スーパーティーンズ写真集「BADGE LESS バッジレス 勲章なんかいらない」(撮影:高橋宏幸、編集:森田浩章)
関東連合出身有名人&有名関係者
関東連合関係者の一覧を参照。