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		<title>朝政 - 変更履歴</title>
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		<title>Nodakenta: ページの作成：「'''朝政'''とは、 #'''あさまつりごと'''：早朝、貴族・文武の官人が参集したうえで天皇が政務をみること #'''ちょうせい'''...」</title>
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				<updated>2013-12-14T14:09:43Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ページの作成：「&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;朝政&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;とは、 #&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;あさまつりごと&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;：早朝、貴族・文武の&lt;a href=&quot;/mediawiki/index.php?title=%E5%AE%98%E4%BA%BA&amp;amp;action=edit&amp;amp;redlink=1&quot; class=&quot;new&quot; title=&quot;官人 (存在しないページ)&quot;&gt;官人&lt;/a&gt;が参集したうえで&lt;a href=&quot;/wiki/%E5%A4%A9%E7%9A%87&quot; title=&quot;天皇&quot;&gt;天皇&lt;/a&gt;が政務をみること #&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;ちょうせい&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;...」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;'''朝政'''とは、&lt;br /&gt;
#'''あさまつりごと'''：早朝、貴族・文武の[[官人]]が参集したうえで[[天皇]]が政務をみること&lt;br /&gt;
#'''ちょうせい'''：[[朝廷]]がおこなう政治、朝廷の政務一般&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
である。また、「[[朝座]]に着いた官人による政治」という意味で「'''朝座政'''」と呼称する場合もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここでは、1.について述べる。2.については「[[公事#政務としての公事|公事]]」を参照されたい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 飛鳥時代 ==&lt;br /&gt;
『[[日本書紀]]』には、すでに[[推古天皇|推古朝]]の「[[十七条憲法]]」8条に、「群卿百寮 早朝晏退 公事靡監 終日難盡 」の記事があり、『[[隋書]]』にも[[600年]]に[[隋]]に派遣された[[遣隋使]]が高祖[[楊堅|文帝]]に[[倭]]の[[風俗]]について質問された際、「以天爲兄 以日爲弟 天未明時出聽政 跏趺坐 日出便停理務 云委我弟」と応答したことが記録されており、早朝における天皇の聴政（政治を執ること）が示唆されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、『日本書紀』には[[大化]]3年（[[647年]]）、[[孝徳天皇]]が[[難波]]の小郡宮で「礼法」を定めたということが記されている。冠位を有する官人は、毎朝午前4時ころまでに朝庭南門の外にならび、[[日の出]]とともに庭にはいって天皇に再拝し、そのあと[[正午]]まで朝堂で政務を執ることとした。遅刻した者は入ることができず、また、正午の鐘を聞いたら退庁すべし、としている。[[鐘]]は中庭につるしておき、鐘をつく者は赤い[[頭巾]]をかぶるべきことも定められた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このとき、[[魏志倭人伝|『魏志』倭人伝]]にも記された古くからの伝統である、両手を地面につけ、ひざまずいておこなう礼法（[[跪礼]]（きれい）・匍匐礼（ほふくれい））から、中国ふうの起ったまま[[お辞儀]]する礼法（[[立礼]]（りつれい））に改められ、のちの時代に「難波朝庭（なにわのみかど）の立礼（たついや）」と称された。跪礼・匍匐礼は、のちにもしばしば禁止されていることから、旧来の[[慣習]]はなかなか改まらなかったものと考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 奈良・平安時代 == &lt;br /&gt;
[[奈良時代]]・[[平安時代]]にあっても、早朝の聴政は続いており、「[[養老律令|養老令]]」の[[宮衛令]]（くえいりょう）には、朝夕の鼓に合わせて宮城の門が開閉されることが定められており、午前6時半には朝堂の門を開くものとされている。この規定は「[[大宝律令|大宝令]]」の宮衛令以来のものと考えられる。さらに、「[[延喜式]]」では、季節による日の出・[[日の入り]]の時刻の変化に応じた門の開閉の時刻を、より詳細に定めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「延喜式」によれば、諸司の五位以上の官人は、大雨の日や11月から2月の極寒期をのぞき、基本的には毎朝、[[朝堂院]]で政務を執ることとなっていた。官人たちは、朝堂でみずからの席次（[[朝座]]）に就くと[[官司]]（[[官庁]]・官人組織）ごとに日常の政務を処理する。これを[[常政]]というが、[[弁官]]の決裁が必要な場合は弁官のもとへいって報告することとなっていた。これが[[申政]]である。また、[[太政大臣]]や[[左大臣]]、[[右大臣]]に直接上申する際には、その旨を弁官と[[外記]]に告げることとなっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 研究史 ==&lt;br /&gt;
朝政に関する研究は、[[岸俊男]]『朝堂の初歩的考察』（1975年）を嚆矢としている。岸は、朝堂院が従来はもっぱら「[[朝儀]]の場」として捉えられて考察されてきたことを批判し、本来的にはむしろ推古朝の[[小墾田宮]]から[[平安宮]]まで一貫して「朝政の場」であったことを、[[1960年代]]以降急速に進展した[[都城制|都城]]の[[発掘調査]]の成果をもとに明らかにし、朝堂院のあり方と律令制における政治組織の整備とを関連づけ、近年の研究動向に強い影響をあたえた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、[[鬼頭清明]]は[[藤原京|藤原宮]]における朝堂院の形態を中国と比較してその特異性を論じ、古瀬奈津子が政務の運営と宮の構図との連関を平城宮・[[長岡京|長岡宮]]・平安宮の時系列変化をもとに考察し、[[橋本義則]]は日本古代の朝政の変化について、さまざまな論点にふれながらこれを概括している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出典 ==&lt;br /&gt;
* [[吉村武彦]]『集英社版日本の歴史3 古代王権の展開』[[集英社]]、1991年8月。ISBN 4-08-195003-2&lt;br /&gt;
*[[吉田孝]]『大系日本の歴史3 古代国家の歩み』[[小学館]]&amp;amp;lt;小学館ライブラリー&amp;amp;gt;、1992年10月。ISBN 4-09-461003-0&lt;br /&gt;
*[[黒須利夫]]「朝政と朝儀」阿部猛・[[義江明子]]・槙道雄・相曽貴志編『日本古代史研究事典』[[東京堂出版]]、1995年5月。ISBN 4-490-10396-4&lt;br /&gt;
* 熊谷公男『日本の歴史03 大王から天皇へ』[[講談社]]、2001年1月。ISBN 4-06-268903-0&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[朝堂]]&lt;br /&gt;
*[[朝堂院]]&lt;br /&gt;
*[[朝集殿]]&lt;br /&gt;
*[[朝儀]]&lt;br /&gt;
*[[朝廷]]&lt;br /&gt;
*[[朝庭]] &lt;br /&gt;
*[[公事]]&lt;br /&gt;
*[[外記政]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:あさまつりこと}}&lt;br /&gt;
[[Category:奈良・平安時代の宮廷]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の律令制]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Nodakenta</name></author>	</entry>

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