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		<summary type="html">&lt;p&gt;新しいページ: &amp;#039;新しい複雑性 新しい複雑性の生みの親とされているのはブライアン・ファニホウであり、彼もデビューから幸先が良かった訳では...&amp;#039;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;新しい複雑性&lt;br /&gt;
新しい複雑性の生みの親とされているのはブライアン・ファニホウであり、彼もデビューから幸先が良かった訳ではなく、「遅れてやってきたセリー主義者」という不名誉なレッテルを張られた。後に、トータル・セリー、ポスト・セリーの欠陥を合理的に追及し、1970年代に「ユニティ・カプセル」、「時間と運動の習作第一～三番」、「地は人」、といった作品群で、譜面の隅々まで繊細に描きこまれた作風を樹立する。バス・クラリネット奏者として最高峰のレヴェルを維持するハリー・スパルナーイに「これどうやって演奏するの？」とまで言わせた作曲家は彼だけである。現在、ファニホウの作品はドイツの音楽大学の学生でも演奏する。「新しい」複雑性は演奏不可能の作品の概念と大いに関係している。&lt;br /&gt;
この楽派が有名になった背景には、もう既に使命を終えていたものとされたダルムシュタット夏期講習会から、ファニホウの影響を受けたイギリスの作曲家が次々とここからデビューしたことも大きな原因だ。ジェームズ・ディロン、リチャード・バーレット、クリス・デンクはクラーニヒシュタイン音楽賞を受賞。またイタリアの作曲家のアレッサンドロ・メルキオーレ、マリオ・ガルーティ、アメリカの作曲家兼チェリストフランク・コックスも受賞し、影響がいよいよ国際的になってくる。&lt;br /&gt;
「複雑系」の恵み&lt;br /&gt;
現代音楽界に限らず、限界への挑戦を志す音楽家は少なくなかった。19世紀はベートーヴェンの死後、技巧そのものを売りにするリストなどのピアニストが誰が一番強いかを競い合った。その後のワーグナーの「トリスタン」を通り、マックス・レーガーは師のフーゴー・リーマンから書法の煩雑さを問題とされ、ジョルジュ・エネスコも自作の交響曲第二番の複雑さを改訂すべきものと考えていた。そのような時代の変遷を知った上なら、別に「新しい複雑性」も西洋音楽特有の流行の一翼であった、と言い切ることも可能ではある。&lt;br /&gt;
しかし、「新しい複雑性」が現代音楽界を震え上がらせた理由は「セリー理論に忠実に」音楽を書くことを理想としていたはずのダルムシュタット夏期講習会の内部から、作曲家自らが聞きたい音楽のための「理論を創出する」事へ転換することであった。元々全ての作曲家の課題であったはずのこの考えが前衛の世代からは導けなかったのである。近代のシェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」から始まりブーレーズの「持ち主のない杖」や「婚礼の顔」を経た後、70年代は前衛の停滞が叫ばれ、なぜポスト・セリエルが行き詰まるのか、ほとんど誰もわからなかった。&lt;br /&gt;
「ポスト・セリエルには欠陥がある。音楽的密度の増減を自らが律してしまう」といった声を、音楽文化の僻地としか捉えられていなかったイギリスから発し、アイディアの欠如から来る苦し紛れから始まりながらも、ハイパー・ロマンチックな思考を駆使してまで解決したファニホウの功績はそれでも大きい。が、ポスト・ファニホウにも新たなしかしまったく同じ問題が横たわっていて、ヘルムート・ラッヘンマンやハンス・ツェンダーはファニホウが本当の複雑系の最終限界と言い、前者はドナウエッシンゲン75周年記念の講演で「音楽はそうやってすでに死んだ」とも言っている。&lt;br /&gt;
クラウス・フーバーなどは1990年代のベルリンの現代音楽の講習会で「それでも音楽が時代を経るに連れて複雑になるのは、エントロピーの法則のように自然であり可能性がないわけではない」と言っている。事実アーロン・カッシディーは全編複雑極まりないタブラチュアで音符のない作品を生み出すことに成功し、ゲラルト・エッケルトは「特殊奏法の複雑性」をテーマとした作品に取り組みつづけている。&lt;/div&gt;</summary>
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