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		<title>富山連続婦女暴行冤罪事件 - 変更履歴</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;新しいページ: &amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;富山連続婦女暴行冤罪事件&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;（とやまれんぞくふじょぼうこうえんざいじけん）とは、&lt;a href=&quot;/wiki/2002%E5%B9%B4&quot; title=&quot;2002年&quot;&gt;2002年&lt;/a&gt;&lt;a href=&quot;/wiki/4%E6%9C%8815%E6%97%A5&quot; title=&quot;4月15日&quot;&gt;4月15日&lt;/a&gt;に起きた&lt;a href=&quot;/wiki/%E5%A9%A6%E5%A5%B3%E6%9A%B4%E8%A1%8C&quot; title=&quot;婦女暴行&quot;&gt;婦女暴行&lt;/a&gt;未...&amp;#039;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;'''富山連続婦女暴行冤罪事件'''（とやまれんぞくふじょぼうこうえんざいじけん）とは、[[2002年]][[4月15日]]に起きた[[婦女暴行]]未遂容疑を始めとした2件の容疑において、2度に渡って逮捕された男性が懲役3年の刑に服した後に、本2件を含めた一連の暴行事件の真犯人が見つかった事件である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事件の経過 ==&lt;br /&gt;
[[2002年]][[4月15日]]、同年3月に当時16歳の少女に暴行を働こうとしたとして、タクシー運転手の柳原浩（当時34歳、以下煩雑さ回避とプライバシー保護の為「甲」で表記）が婦女暴行未遂容疑で[[富山県警察]][[氷見警察署]]に[[逮捕]]され、5月には別の少女への婦女暴行容疑により再逮捕された。逮捕のきっかけは甲が少女らの証言と似ていたこと、とされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
任意捜査として行われた取調べが4月8日以降断続的に3日間朝から晩まで行われ、4月15日の3回目の任意捜査において、既に何が何だかわからなくなり疲れ切っていた甲は、「'''お前の家族も『お前がやったに違いない。どうにでもしてくれ』と言ってるぞ'''」などという、取り調べ警察官の真実に反する誤導により、容疑を認め、自白したものとして逮捕された。甲への逮捕状は既に準備されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この逮捕には氷見署内においても、甲の「自白」に「秘密の暴露が全くない」ことや、甲には犯行当時の明白な[[アリバイ]]（犯行時刻とされた時間帯に自宅から知人に電話をかけたという[[日本電信電話|NTT]]の通話記録など。）が存在したこと、現場証拠である足跡が28センチであるのに対し、足が24.5センチと全く合わないことなどから、甲に対する立件は無理ではないか、という声も強かったようである。それでも捜査は強行され、[[富山地方検察庁]]が立件した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[富山地方裁判所|富山地裁]]における裁判の席でも、甲は容疑を認め、結局自白と少女らの証言が重要視され有罪判決が下り同年[[11月]]に懲役3年が確定。甲は刑に服し[[2005年]][[1月]]に出所した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
富山県警が甲に冤罪事件について謝罪したとされる2007年[[1月23日]]夜の翌日、[[1月24日|24日]]昼に、甲は富山地検に呼び出され、「'''当時の取り調べ捜査官、担当検事を恨んでいません'''」などという内容の調書を意思に反して作成させられた上、甲が知らないはずの事件の詳細についての自白書類が富山県警により捏造され、署名・指印させたことが判明している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 真犯人判明後 ===&lt;br /&gt;
出所した後の[[2006年]][[11月]]、別の事件で他県警察に逮捕された51歳の男が自分が真犯人である旨自供。[[2007年]][[1月17日]]に甲の親族へ経緯を説明し富山県警察が謝罪、[[1月19日]]に記者会見で事実が判明した。また、これを受けては、甲の無罪判決を求める再審請求を富山地裁に行った。また、[[1月29日]]に富山地検の検事正が甲に直接謝罪した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
再審の論告公判は[[8月22日]]に行われ、検察側は無罪を求刑し、[[2007年]][[10月10日]]に無罪判決が言い渡された。また検察側が控訴する権利を放棄したため判決はそのまま確定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
無実となった甲は真犯人発覚後にマスコミのインタビューに答え、尋問した刑事から「身内が間違いないと認めている」と告げられ弁明しても聞いて貰えず、罪を認めざるを得ない状況に陥ったと答えている。また、同意すること以外は意見を述べることを刑事から禁じられた上で、刑事の言うことが事実だという念書を書かされ署名させられていたとも告白している。同様の捜査手法は、同じく冤罪が確定した[[志布志事件]]でも採られている。すなわち、「お前の家族も、お前が犯人だと言っている」と告げたり、偽造まがいの手法により作られた家族の手紙を見せることで、被疑者を絶望に追い込み、自暴自棄になったところで自白を採るという手法が行われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
無罪判決が確定したものの、取調べをした警察官等の[[証人尋問]]及び[[処分]]が実施されていないなど冤罪事件が発生した真実が解明されておらず、今後、国家賠償訴訟を起こすことを甲側が明らかにしているため、この訴訟によって真相についての解明は待たれる見通しである。[[2009年]]5月14日提訴。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
再審では尋問した取調官の証人尋問が却下されている。[[藤田敏]]裁判長が「ただ単に無罪判決を出す手続きにすぎない」と理由を述べたためで、この発言に対し、「本気で真相を究明し、反省する気があるのか」という疑問や非難が出た。さらに判決公判でも謝罪は裁判所側からは一切行われておらず、判決中述べた裁判官のあまりにも他人事な発言に甲は「むかついた」と裁判長に対し怒りをあらわにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== その後 ==&lt;br /&gt;
冤罪事件の被害者たちが同じような証言をしている事から、このような方法は冤罪を生み出す手法として時代や場所を選ばずに行われている方法であるとも指摘される。6月6日には、[[日本弁護士連合会]]主催で「えん罪を生み出す取調べの実態」というシンポジウムが緊急に開かれている。日弁連側は取調べを録画・録音（「可視化」）する事でこのような事態を防ぐべしと主張している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、当時尋問した取調官の一部はすでに民間企業などに天下っており、「天下りに有利になり、かつ警察の責任を回避させるためにこのような取調べ方法がとられている」という批判がある。だが、[[警察庁]]、[[検察庁]]、各[[裁判所]]ならびに[[法務省]]はこれらの問題に対しては一切触れることは無かった。また、再発防止策に対しての発言はあったが、その後、[[警察庁]]、[[検察庁]]、各[[裁判所]]及び[[法務省]]のいずれにおいても、発言自体が無かったことにされてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、[[長勢甚遠]][[法務大臣]]（当時）が再審前の平成19年[[1月26日]]に甲に対し謝罪した際、甲が述べた自白の強要については違法性が無いと述べ、当時の捜査員に対して処分は行わないことを決定している。その上、長勢法相が感情を抑えきれずに声を出して笑う場面も報じられており、批判を集めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、甲の父親は逮捕当時入院中で、息子である甲自身の逮捕は知らされず服役中に亡くなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし周囲からの共感を得たのか、福祉施設を運営するＮＰＯ法人理事長からの申し出で富山市内の福祉施設で働くことが決まった。理事長は「冤罪で苦しみ、人の痛みを分かる柳原さんなら、人の気持ちへの理解が必要な仕事に向いているのではと思った」と話す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==文献==&lt;br /&gt;
*柳原浩「『ごめん』で済むなら警察はいらない　―冤罪の『真犯人』は誰なのか―」桂書房（事件および裁判の体験記）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
* [[冤罪]]&lt;br /&gt;
* [[警察不祥事]]&lt;br /&gt;
* [[足利事件]] - 警察の強要により自白したが、のち否認。無期懲役中、DNAを再鑑定し、釈放される（真犯人は別に存在している）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://www.kitanippon.co.jp/contents/knpnews/20070322/3717.html 母の遺影持たせ自供強要　県警誤認逮捕の男性告白]（北日本新聞2007年03月22日付）&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:とやまれんそくふしよほうこうえんさいしけん}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の性犯罪]]&lt;br /&gt;
[[Category:平成時代の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:警察不祥事]]&lt;br /&gt;
[[Category:冤罪]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Fromm</name></author>	</entry>

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