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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{rellink|1 = 詳細は{{#if:{{{1|}}}|「{{see/core|{{{1}}}|{{{l1|{{{1}}}}}}}}」 | 「{{error|エラー：記事名が入力されていません}}」&lt;br /&gt;
}}{{#if:{{{2|}}}|{{#if:{{{3|}}}|、|および}}「{{see/core|{{{2}}}|{{{l2|{{{2}}}}}}}}」&lt;br /&gt;
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}}{{#if:{{{16|}}}|…{{error|最大15記事までです。}}&lt;br /&gt;
}}を参照}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
== 使用方法 ==&lt;br /&gt;
{{Main|Help:テンプレート}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{Main|Help:テンプレート}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これは記事の内容を補足するリンクを生成するテンプレートです。最大で8つの記事を「詳細は～を参照」と表示します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Main|AAA|BBB|CCC}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{Main|AAA|BBB|CCC}}&lt;br /&gt;
または&lt;br /&gt;
{{Main|1=AAA|2=BBB|3=CCC}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連テンプレート ==&lt;br /&gt;
* [[Template:Main2]]&lt;br /&gt;
* [[Template:See]]&lt;br /&gt;
* [[Template:See also]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:リンク支援テンプレート|Main]]&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

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		<title>テンプレート:rellink</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: ページの作成：「&amp;lt;p class=&amp;quot;rellink {{{extraclasses|}}}&amp;quot; style=&amp;quot;margin-left:2em; font-style:italic;&amp;quot;&amp;gt;{{{1}}}&amp;lt;/p&amp;gt;」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&amp;lt;p class=&amp;quot;rellink {{{extraclasses|}}}&amp;quot; style=&amp;quot;margin-left:2em; font-style:italic;&amp;quot;&amp;gt;{{{1}}}&amp;lt;/p&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

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		<title>東京ディズニーリゾートの橋</title>
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				<updated>2012-02-08T05:00:13Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: ページの作成：「{{Wikipedia/Ja}}  '''東京ディズニーリゾートの橋'''（とうきょうディズニーリゾートのはし）は、[[東京ディズニーランド|東京ディ...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Wikipedia/Ja}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''東京ディズニーリゾートの橋'''（とうきょうディズニーリゾートのはし）は、[[東京ディズニーランド|東京ディズニーランド(TDL)]]および[[東京ディズニーシー|東京ディズニーシー(TDS)]]にある橋の一覧である。リゾート外にある橋（舞浜大橋など）は除く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== パーク外 ==&lt;br /&gt;
=== 東京ディズニーランド・ゲートウェイ ===&lt;br /&gt;
'''東京ディズニーランド・ゲートウェイ'''（''Tokyo Disneyland Gateway''）は、[[東日本旅客鉄道|JR]][[舞浜駅]]とTDLを結んでいる橋（ペデストリアンデッキ）。毎日TDLへ向かう客で混雑する。基調となっている色は[[ワールドバザール]]の屋根などと同じ深緑色。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ゲートウェイの途中には日本最大級のディズニーショップ「[[ボン・ヴォヤージュ (ディズニーショップ)|ボン・ヴォヤージュ]]」がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
通路の途中に「Tokyo Disneyland」と描かれた東屋（正式名称「トレリス」）があり、それよりTDL側の通路は「パーク内」の扱いになっていて、ところどころにはTDLの[[東京ディズニーランドのアトラクション|アトラクション]]の[[ポスター]]やディズニーキャラクターの[[ブロンズ像]]（このブロンズ像のミニチュア版が東京ディズニーランドの[[東京ディズニーランドのショップ|ショップ]]の中で実際に売られている）が飾られ、通路上の街灯の柱の部分には、『[[東京ディズニーランド20thアニバーサリー]]』などのアニバーサリーイベント時にはそれ用のデコレーションがなされる。また、通路の柵の部分にはこの橋で流れている[[バックグラウンドミュージック|BGM]]は東京ディズニーランドのメインエントランスで流れている曲が若干早めにずれて流れている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ペデストリアンデッキ」とは「[[横断歩道橋]]」の意。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 東京ディズニーランド ==&lt;br /&gt;
=== 1号橋 ===&lt;br /&gt;
'''1号橋'''（''No.1 bridge''）は、[[プラザ]]と[[アドベンチャーランド]]を結ぶ橋。[[東京ディズニーランドのレストラン#クリスタルパレスレストラン|クリスタルパレスレストラン]]の横を通りアドベンチャーランドに至る通路の橋、俗称「'''アドベンチャーランドブリッジ'''（''Adventure Bridge''）」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 2号橋 ===&lt;br /&gt;
'''2号橋'''（''No.2 bridge''）は、アドベンチャーランドブリッジの[[プラザ]]側から[[スイスファミリー・ツリーハウス]]の裏を通り[[プラザパビリオン・レストラン]]前に至る通路にある橋。俗称「'''ツリーハウスブリッジ'''（''Tree House Bridge''）」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 3号橋 ===&lt;br /&gt;
'''3号橋'''（''No.3 bridge''）は、[[ウエスタンランド]]の[[プラザパビリオン・レストラン]]前と[[プラザ]]を結ぶ橋。俗称「'''バンドスタンドブリッジ'''（''Band Stand Bridge''）」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 4号橋 ===&lt;br /&gt;
'''4号橋'''（''No.4 bridge''）は、[[プラザ]]から[[シンデレラ城]]の東側に向かい[[ウエスタンランド]]へと至るパレードルート上にある橋。俗称「'''ウエスタンランドブリッジ'''（''Westernland Bridge''）」。この橋は[[パレードルート]]の一部となっているためパレード中はフロートがこの橋を通過するが、橋の幅がフロート1台半程度しかないためパレード実施時は橋が通行禁止になる。そのため、橋の上でのパレード鑑賞もできない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 5号橋 ===&lt;br /&gt;
'''5号橋'''（''No.5 bridge''）は、[[プラザ]]から[[シンデレラ城]]の西側に向かい[[トゥモローランド]]へと至るパレードルート上にある橋。通称「'''トゥモローランドブリッジ'''（''Tomorrowland Bridge''）」、「'''スタージェットブリッジ'''（''Star Jet Bridge''）」。この橋は[[パレードルート]]の一部であり、幅も広くないためパレード実施時には通行止めになる。もちろん鑑賞することもできなくなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 6号橋 ===&lt;br /&gt;
'''6号橋'''（''No.6 bridge''）は、[[プラザ]]から[[トゥモローランド]]の「ミクロアドベンチャー！」と「バズ・ライトイヤーのアストロブラスター」間を通り、スペースマウンテン前へと至る通路にある橋。俗称「'''スペースマウンテンブリッジ'''（''Space Mountain Bridge''）」、「'''ヴィジョナリウムブリッジ'''」、「'''キャプテンEOブリッジ'''」、「'''マジックジャーニーブリッジ'''」など。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 7号橋 ===&lt;br /&gt;
'''7号橋'''（''No.7 bridge''）は、[[ウエスタンランド]]の4号橋付近から[[シンデレラ城]]の裏手へと抜ける通路にある橋。白雪姫の祈りの泉に近い。最近まで命名されていなかったが、エンターテイメントプログラムの法定保安区域設定の際にこの橋が規制されることが増えたため命名された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===補足===&lt;br /&gt;
*シンデレラ城の大木戸前にかかる橋には名前が付いていない。このことから、番号の打ち方は適当である事が分かる。キャッスルフォアコートとの間のエリアを「キャッスルミューラルエリア」と呼ぶ。&lt;br /&gt;
*魅惑のチキルームの横にある橋は名前が付いていない、この一帯を「チキルームランド境」と呼ぶ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 東京ディズニーシー ==&lt;br /&gt;
=== ハドソンリバーブリッジ ===&lt;br /&gt;
'''ハドソンリバーブリッジ'''（''Hudson River Bridge''）は、アメリカンウォーターフロントの[[ニューヨーク]]エリアとケープコッドエリアを結ぶ橋。赤いアーチが特徴。正式名称「1号橋」。この橋の上を「[[ビッグシティ・ヴィークル]]」が通過する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== プエンテ・デル・リオ・ペルディード ===&lt;br /&gt;
'''プエンテ・デル・リオ・ペルディード'''（''puente del río perdido''）は、[[ロストリバーデルタ]]にある3つの橋のうち、一番[[ポートディスカバリー]]側にある橋。正式名称「2号橋」。「プエンテ・デル・リオ・ペルディード」とは[[スペイン語]]で「失われた河（ロストリバー）の橋」という意味。『[[東京ディズニーシー5thアニバーサリー]]』開催中はこの橋に豪華なデコレーションがなされていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== プエンテ・アル・テンプロ ===&lt;br /&gt;
'''プエンテ・アル・テンプロ'''（''puente al templo''）は、ロストリバーデルタにある3つの橋のうち真ん中にあり、「[[インディ・ジョーンズ・アドベンチャー#東京ディズニーシー版|インディ・ジョーンズ・アドベンチャー：クリスタルスカルの魔宮]]」の前と「[[ミゲルズ・エルドラド・キャンティーナ]]」前を結ぶ橋。正式名称「3号橋」。「プエンテ・アル・テンプロ」とはスペイン語で「神殿への橋」という意味。この橋は他の2本と比べて極端に狭く人2人分程度の幅しかない。もともとは「ディズニートランジットスチーマーライン」の出口専用だった。過去に、「冬場気温が下がり過ぎて路面が凍結し通行禁止になった」という珍事がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== プエンテ・ブエナ・ヴィスタ ===&lt;br /&gt;
'''プエンテ・ブエナ・ヴィスタ'''（''puente buena vista''）は、ロストリバーデルタにある3つの橋のうち、一番[[アラビアンコースト]]側にある橋。正式名称「4号橋」。「プエンテ・ブエナ・ヴィスタ」とはスペイン語で「眺めの良い橋」という意味。その名の通り、この橋からはアラビアンコーストがよく見える。以前はこのあたりは施設が全く無く閑散としていたが、[[2005年]]に「[[レイジングスピリッツ]]」がオープンして以降混雑するようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== キングダムブリッジ ===&lt;br /&gt;
'''キングダムブリッジ'''（''Kingdoms Bridge''）は、[[マーメイドラグーン]]から[[アラビアンコースト]]の宮殿側の入り口へと架かる橋。正式名称「5号橋」。橋の名前は、マーメイドラグーンのトリトン王の海底王国とアラビアンコーストのサルタン王の王国の、ふたつの王国（キングダム）を結んでいることに由来する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== コーラルクロッシング ===&lt;br /&gt;
'''コーラルクロッシング'''（''Coral Crossing''）は、マーメイドラグーンからミステリアスアイランドへの入り口へと架かる橋。正式名称「6号橋」。「コーラルクロッシング」とは「[[珊瑚]]の歩道橋」という意味。この橋はマーメイドラグーンに属するので、橋のデザインもマーメイドラグーンの施設にあわせたデザインとなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 7号橋 ===&lt;br /&gt;
'''7号橋'''はミステリアスアイランドとマーメイドラグーンの間のバックステージにある橋。通常ゲストが利用することが出来ない。航空写真などで確認できる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 8号橋 ===&lt;br /&gt;
'''8号橋'''はミステリアスアイランドにある橋。「[[東京ディズニーシーのレストラン|リフレッシュメント・ステーション]]」付近。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 9号橋 ===&lt;br /&gt;
'''9号橋'''はミステリアスアイランドにある橋。ポートディスカバリーへ向かう「カルデラ・コリドー」という通路にある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 10号橋 ===&lt;br /&gt;
'''10号橋'''はミステリアスアイランドにある橋。海底2万マイルの対岸で、センター・オブ・ジ・アースの入り口を迂回する橋。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 11号橋 ===&lt;br /&gt;
'''11号橋'''ミステリアスアイランドにある橋。センター・オブ･ジ・アースのファストパス発券機のキューラインエリア付近。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ポンテ・デレッラ・フォルテッツァ ===&lt;br /&gt;
'''ポンテ・デレッラ・フォルテッツァ'''（''ponte del la fortezza''）は、メディテレーニアンハーバーの「[[フォートレス・エクスプロレーション]]」の北側にある橋。正式名称「12号橋」。「ポンテ・デレッラ・フォルテッツァ」とはイタリア語で「要塞の橋」という意味。ハーバーでショーが行われる時間になるとショーを観覧しようとする人々で混雑する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== アクアダクト・ブリッジ ===&lt;br /&gt;
'''アクアダクト・ブリッジ'''（''Aquaduct Bridge''）は、メディテレーニアンハーバーの「[[ザンビーニ・ブラザーズ・リストランテ]]」横から火山の[[ミステリアスアイランド]]への入り口へ向かう橋。正式名称「13号橋」。メディテレーニアンハーバーにある橋のうち、唯一この橋だけがイタリア語ではなく英語の名称になっている。「アクアダクトブリッジ」とは「水道の橋」という意味。その名の通り、橋の外側には[[ローマ水道]]の名残を模した構造で作成されている。これはバックステージにある船の格納庫を隠す役割がある（ハーバーショーである『[[レジェンド・オブ・ミシカ]]』などの船はこの橋の下を通り、ハーバーと格納庫を行き来する）。船の格納庫は、航空写真で確認できる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===14号橋===&lt;br /&gt;
'''14号橋'''メディテレニアンハーバーの橋、フォートレス・エクスプロレーションの「[[ガリオン船]]」エリアからケープコッドに向かう通路にかかる小さな橋。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ポンテ・ベッキオ ===&lt;br /&gt;
'''ポンテ・ベッキオ'''（''ponte vecchio''）は、[[メディテレーニアンハーバー]]の東側（[[東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ]]側）と西側（[[プロメテウス火山]]側）を結ぶ橋。東京ディズニーシーの中で一番大きい橋である。「ポンテ・ベッキオ」とは[[イタリア語]]で「古い橋」という意味で、[[イタリア]]の[[フィレンツェ]]に実在する[[ヴェッキオ橋]]がモデルになっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
橋の下には「[[ディズニーシー・トランジットスチーマーライン]]」が通過する。この時、ディズニーシー・トランジットスチーマーラインの船内アナウンスで橋の名前が呼ばれ紹介が行われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
隣りにはオールドアーマリーブリッジが平行している（オールドアーマリーブリッジは[[アメリカンウォーターフロント]]内、ポンテ・ベッキオはメディテレーニアンハーバー内となっている）。橋の上には小さな建物が建ち並んでおり、中は通り抜けることができる。正式名称「15号橋」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== オールドアーマリーブリッジ ===&lt;br /&gt;
'''オールドアーマリーブリッジ'''（''Old Armory Bridge''）は、アメリカンウォーターフロントにかかる橋で、「ディズニーシー・エレクトリックレールウェイ」が通過する。メディテレーニアンハーバーのポンテ・ベッキオと平行しており、「ディズニーシー・エレクトリックレールウェイ」からはポンテ・ベッキオを行き来する人々の姿が見られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ポンテ・デイ・ベンヴェヌーティ ===&lt;br /&gt;
'''ポンテ・デイ・ベンヴェヌーティ'''（''ponte di benvenuti''）はメディテレーニアンハーバーとアメリカンウォーターフロントを結んでいる橋。正式名称「16号橋」。「ポンテ・デイ・ベンヴェヌーティ」とはイタリア語で「歓迎の橋」という意味。「ヴェネツィアンゴンドラ」に乗船中、「願いが叶う橋」として紹介されるのがこの橋である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ポンテ・デッラルチスタ ===&lt;br /&gt;
'''ポンテ・デッラルチスタ'''（''ponte dell'Artista''）は、「[[ダ・ヴィンチズ・トラベルフォト]]」（現在は既に閉店）前から「[[リストランテ・ディ・カナレット]]」へ向かう橋。正式名称「17号橋A」。「ポンテ・デッラルスチタ」とはイタリア語で「芸術家の橋」という意味。東京ディズニーシーで開催されるスペシャルイベントによっては、この橋の柵にスペシャルイベントのロゴなどが描かれたバナー（幕）が設置されることがある（『[[ドラマティック・ディズニーシー]]』など）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== イソラ・デル・ゴンドリエーレ ===&lt;br /&gt;
'''イソラ・デル・ゴンドリエーレ'''（''isola del gondliere''）は、メディテレーニアンハーバーのパラッツォ・カナルの陸地から「ヴェネツィアンゴンドラ」の乗り場へと架かる橋。正式名称「17号橋B」。「ヴェネツィアンゴンドラ」へはこの橋を渡らないと乗ることができない。「イソラ・デル・ゴンドリエーレ」とはイタリア語で「ゴンドリエの島」という意味で、「ヴェネツィアンゴンドラ」の乗り場がある島がこの名前となっており、それがそのまま橋の名前になっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===17号橋C===&lt;br /&gt;
'''17号橋C'''メディテレニアンハーバーのバックステージにある橋、ヴェネツィアンゴンドラを利用するゲスト、キャストの全員を脱出させるような緊急時や、負傷、急病などで看護スタッフによる搬送が行われる際にはゲストが使用する可能性があるが、通常は使用することが出来ないキャスト専用の橋。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ポンテ・デル・リド ===&lt;br /&gt;
'''ポンテ・デル・リド'''（''ponte dell lido''）は、ラ・ドルチェ・ヴィスタと同じくメディテレーニアンハーバーとリドアイルを結んでいる橋。正式名称「17号橋D」。「ポンテ・デル・リド」とはイタリア語で「リド橋」という意味。メディテレーニアンハーバーとアメリカンウォーターフロントを結んでいるポンテ・デイ・ベンヴェヌーティとは直角に繋がっている。この橋の上はハーバーやリドアイルでショーが行われる際には[[車椅子]]専用の鑑賞エリアとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ラ・ドルチェ・ヴィスタ ===&lt;br /&gt;
'''ラ・ドルチェ・ヴィスタ'''（''la dolce vista''）は、メディテレーニアンハーバーの陸地から[[リドアイル]]へと架かっている2つの橋のうちの1つ。正式名称「18号橋」。「ラ・ドルチェ・ヴィスタ」とはイタリア語で「美しい風景」という意味であり、その名の通りこの橋の上からはメディテレーニアンハーバーが一望できる。そのため、ハーバーで行われるショーを鑑賞するには絶好の場所であるため、ショーを収録しようと報道機関の[[カメラ]]がここに多数並ぶことがある（特にショーの初日など）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===19号橋===&lt;br /&gt;
'''19号橋'''メディテレニアンハーバーの橋。フォートレス・エクスプロレーションから「ポンテ・ベッキオ」に向かう通路にかかる橋。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===20号橋===&lt;br /&gt;
'''20号橋'''ポートディスカバリーの橋。アクアトピアとその格納庫の間に架かっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連==&lt;br /&gt;
*[[ディズニーリゾート物語]]&lt;br /&gt;
*:クローズアップ東京ディズニーシーの連載にて東京ディズニーシーの橋の名前が、いくつか紹介された。&lt;br /&gt;
*[[夢の通り道]]&lt;br /&gt;
*:2007年4月22日放映の回で、ポンテ・ヴェッキオが取り上げられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://maps.google.co.jp/maps/ms?ie=UTF8&amp;amp;hl=ja&amp;amp;msa=0&amp;amp;ll=35.631663,139.881213&amp;amp;spn=0.007953,0.012016&amp;amp;t=h&amp;amp;z=16&amp;amp;om=1&amp;amp;msid=101738651946111434414.00000112fcfe8238f525d GoogleMap]&lt;br /&gt;
{{東京ディズニーリゾート}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[category:東京ディズニーリゾート|とうきようていすにいりそおとのはし]]&lt;br /&gt;
[[category:千葉県の橋|とうきようていすにいりそおとのはし]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

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		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%BE%E3%83%BC%E3%83%88&amp;diff=151062</id>
		<title>東京ディズニーリゾート</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%BE%E3%83%BC%E3%83%88&amp;diff=151062"/>
				<updated>2012-02-08T04:55:34Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Wikipedia/Ja|東京ディズニーリゾート}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''東京ディズニーリゾート&amp;amp;reg;'''（とうきょうディズニーリゾート、[[英語|英称]]:''Tokyo Disney Resort&amp;amp;reg;''、略称:''TDR''）は、[[日本]]の[[千葉県]][[浦安市]][[舞浜]]にある[[ディズニーパーク]]を中心としたリゾート施設群である。&lt;br /&gt;
[[画像:Tokyo disney resort.jpg|thumb|東京ディズニーリゾート]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
TDRは、2つのディズニーパークとディズニー関連ホテルを核にショッピング施設などから構成される。経営・管理・運営はオフィシャルホテルを除き[[オリエンタルランド|株式会社オリエンタルランド （OLC） ]]および同社の関連会社で構成される「OLCグループ」が行っている。世界のディズニーリゾートでは唯一ライセンス契約による経営・運営であり、経営・運営会社にディズニーの資本が全く入っていない。なおディズニー関連の著作権や商標権ビジネスは[[ウォルト・ディズニー・ジャパン]]が担当しており、[[オリエンタルランド]]は東京ディズニーリゾートの経営・運営のみ担当している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
従業員のことを「'''キャスト'''」、利用客のことを「'''ゲスト'''」と通称するなど、ディズニーのテーマリゾートの手法に倣った展開をしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[アメリカ合衆国|アメリカ]]の[[ウォルト・ディズニー・カンパニー]]は来場者の長期滞在を計る目的として、ディズニーパーク単体の運営から、ディズニーによる特定のコンセプトに沿った複数のディズニーパークとホテルなどから成る長期滞在型の「テーマリゾート」への展開を進めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1971年]]にオープンしたウォルト・ディズニー・ワールド（現在の[[ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート]]）は当初からディズニーパークとホテル（リゾート）の複合体であり、その後の同様の複合施設、ユーロ・ディズニー・リゾート（現在の[[ディズニーランド・リゾート・パリ]]）などの展開の基礎になった。その後、パーク単体だった[[ディズニーランド]]（アメリカ・カリフォルニア）と東京ディズニーランドもそれぞれ第二パークとホテルを増設し名称もそれぞれディズニーランド・リゾート、東京ディズニーリゾート、そしてディズニーパークとホテルを同時に開業した[[香港ディズニーランド|香港ディズニーランド・リゾート]]となり現在にいたる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
上記のように、現在世界5ヶ所のディズニーパークすべてがそれを核に「テーマリゾート」化されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 構成 ==&lt;br /&gt;
東京ディズニーリゾートは以下の施設から構成される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[画像:The Map of Tokyo Disney Resort (Japanese).jpg|center|500px|東京ディズニーリゾートの地図]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ディズニーパーク ===&lt;br /&gt;
{{Main|ディズニーパーク}}&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーランド]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーシー]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: ''東京ディズニーランド・東京ディズニーシーの[[入場券]]については、[[東京ディズニーリゾートのパスポート]]を参照&lt;br /&gt;
''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== シアトリカル・エンタテインメント ===&lt;br /&gt;
* [[シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ディズニーホテル ===&lt;br /&gt;
{{main|東京ディズニーリゾート・ディズニーホテル}}&lt;br /&gt;
* [[ディズニーアンバサダーホテル]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーランドホテル]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 東京ディズニーリゾート・オフィシャルホテル ===&lt;br /&gt;
{{main|東京ディズニーリゾート・オフィシャルホテル}}&lt;br /&gt;
* [[サンルートプラザ東京]]&lt;br /&gt;
* [[東京ベイ舞浜ホテル]]&lt;br /&gt;
* [[東京ベイ舞浜ホテル　クラブリゾート]]&lt;br /&gt;
* [[ヒルトン東京ベイ]]&lt;br /&gt;
* [[ホテルオークラ東京ベイ]]&lt;br /&gt;
* [[シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ショッピング施設 ===&lt;br /&gt;
* [[イクスピアリ]]&lt;br /&gt;
* [[ボン・ヴォヤージュ (ディズニーショップ)|ボン・ヴォヤージュ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== リゾート内の交通機関 ===&lt;br /&gt;
* [[舞浜リゾートラインディズニーリゾートライン線|ディズニーリゾートライン]]&lt;br /&gt;
* [[ディズニーリゾートクルーザー]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 総合サービスセンター ===&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート・ウェルカムセンター]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 駐車場 ===&lt;br /&gt;
{{main|東京ディズニーリゾートの駐車場}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革 ==&lt;br /&gt;
* {{和暦|1983}}&lt;br /&gt;
** [[4月15日]] - 「[[東京ディズニーランド]]」グランドオープン&lt;br /&gt;
* {{和暦|1986}}&lt;br /&gt;
** [[1月]] - [[ウォルト・ディズニー・カンパニー|ディズニー]]がオリエンタルランドに対して「東京ディズニー・ワールド構想」を提案&lt;br /&gt;
** [[7月20日]] - オフィシャルホテル「[[サンルートプラザ東京]]」が開業&lt;br /&gt;
* {{和暦|1988}}&lt;br /&gt;
** [[4月14日]] - オフィシャルホテル「シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル&amp;amp;タワーズ」（現：[[シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル]]）が開業&lt;br /&gt;
** [[4月15日]] - 「東京ディズニーランド」5周年の記者会見において、OLC[[会長]]の[[高橋政知]]（当時）が「第2パーク構想」を発表&lt;br /&gt;
** [[7月2日]] - オフィシャルホテル「東京ベイヒルトン」（現：[[ヒルトン東京ベイ]]）が開業&lt;br /&gt;
** [[7月8日]] - オフィシャルホテル「第一ホテル東京ベイ」（現[[ホテルオークラ東京ベイ]]）が開業&lt;br /&gt;
* {{和暦|1990}}&lt;br /&gt;
** [[5月2日]] - オフィシャルホテル「[[東急ホテルズ#東京ベイホテル東急|東京ベイホテル東急]]」が開業&lt;br /&gt;
* {{和暦|1998}}&lt;br /&gt;
** [[8月1日]] - [[舞浜駅]]前開発事業（「[[イクスピアリ]]」・「[[ディズニーアンバサダーホテル]]」）の建設工事が開始&lt;br /&gt;
** [[10月22日]] - 「[[東京ディズニーシー]]」・「[[東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ]]」の建設工事が開始&lt;br /&gt;
* {{和暦|2000}}&lt;br /&gt;
** [[1月1日]] - 「リゾート宣言」を発表し「東京ディズニーリゾート」が正式にスタート、初代「[[アンバサダー|東京ディズニーリゾート・アンバサダー]]」が就任&lt;br /&gt;
** [[7月7日]] - 「[[イクスピアリ]]」、「[[キャンプ・ネポス]]」、「[[ディズニーアンバサダーホテル]]」が開業&lt;br /&gt;
** [[10月24日]] - 「[[舞浜リゾートラインディズニーリゾートライン線|ディズニーリゾートライン]]」の試運転が開始&lt;br /&gt;
* {{和暦|2001}}&lt;br /&gt;
** [[3月1日]] - 「[[ボン・ヴォヤージュ (ディズニーショップ)|ボン・ヴォヤージュ]]」が開業&lt;br /&gt;
** [[3月23日]] - 「[[東京ディズニーシー]]」の開業日を発表&lt;br /&gt;
** [[7月27日]] - 「ディズニーリゾートライン」が開業&lt;br /&gt;
** [[8月1日]] - 「東京ディズニーシー」および「[[東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ]]」のプレビューが開始&lt;br /&gt;
** [[9月4日]] - 「東京ディズニーシー」がグランドオープン、「東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ」が開業&lt;br /&gt;
* {{和暦|2002}}&lt;br /&gt;
** [[11月8日]] - [[東京ディズニーランド]]、東京ディズニーシー合わせて3億人目のゲストが来園&lt;br /&gt;
* {{和暦|2006}}&lt;br /&gt;
** [[3月1日]] - 「AMCイクスピアリ16」を「シネマイクスピアリ」に名称変更し、リニューアルオープン&lt;br /&gt;
** [[9月3日]] - [[日産自動車]]、[[日本水産]]、[[タカラトミー]]、[[森永製菓]]、[[セイコーホールディングス|セイコー]]、[[日本ヒルズ・コルゲート]]、計6社の参加企業が提供を終了。&lt;br /&gt;
** [[11月1日]] - 東京ディズニーランド、東京ディズニーシー合わせて4億人目のゲストが来園&lt;br /&gt;
** [[11月8日]] - [[タカラトミー]]と公式スポンサー契約を締結。タカラトミーは[[9月3日]]に一旦提供を終了していたため実質復帰となった。&lt;br /&gt;
* {{和暦|2007}}&lt;br /&gt;
** [[3月3日]] - オフィシャルホテル「[[東京ベイ舞浜ホテル]]」が開業&lt;br /&gt;
** [[7月30日]] - [[ニチレイ|ニチレイフーズ]]と公式スポンサー契約を締結&lt;br /&gt;
* {{和暦|2008}}&lt;br /&gt;
** [[4月15日]] - 東京ディズニーランド開業25周年を迎え、[[東京ディズニーリゾート25thアニバーサリー]]を開始。[[そごう]]との公式スポンサー契約終了&lt;br /&gt;
** [[7月8日]] - 「[[東京ディズニーランドホテル]]」が開業&lt;br /&gt;
** [[10月1日]] - 「[[シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京]]」開業、レジデント・ショー「ZED」開幕。&lt;br /&gt;
* {{和暦|2010}}&lt;br /&gt;
** [[8月27日]] - 東京ディズニーランド、東京ディズニーシー合わせて5億人目のゲストが来園。そのゲストには認定証とミッキーマウスのぬいぐるみ、さらに5年間有効のパスポートが贈られた。また、1億人ごとの突破期間では4億人目から3年300日での達成で最速である。&lt;br /&gt;
* {{和暦|2011}}&lt;br /&gt;
** [[3月11日]] - [[東日本大震災]]の影響により、[[東京ディズニーランド]]及び[[東京ディズニーシー]]を臨時休園した。パーク内にいたゲストは安全のためパークの外に出ることが出来ないまま、パーク内に避難した。&lt;br /&gt;
** [[3月12日]] - リゾート全施設が無期限の休業に入る。&lt;br /&gt;
** [[3月28日]] - イクスピアリのみ営業を再開。&lt;br /&gt;
** [[4月1日]] - [[NTTコミュニケーションズ|NTTコミュニケーションズ株式会社]]と公式スポンサー契約を締結。キャストの新規募集を停止。&lt;br /&gt;
** [[4月5日]] - ボン・ヴォヤージュが営業を再開。&lt;br /&gt;
** [[4月15日]] - 東京ディズニーランド・東京ディズニーランドホテル・ディズニーアンバサダーホテルが営業を再開。&lt;br /&gt;
** [[4月28日]] - 東京ディズニーシーが営業を再開。&lt;br /&gt;
** [[8月9日]] - キャストの新規募集面接を再開。&lt;br /&gt;
** [[12月31日]] - 2008年10月1日より「[[シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京]]」にて行ってきた「ZED」公演を完全終了する予定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 名称決定までの流れ ==&lt;br /&gt;
[[1983年]][[4月15日]]、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]国外では初となる「ディズニーパーク」、「[[東京ディズニーランド|東京ディズニーランド (TDL) ]]」が開園した。[[1970年代]]に立て続けに発生した[[オイルショック]]の後の、ゆるやかな経済成長時にオープンしたこのパークは、「余暇をいかに楽しむか」を考える余裕が出てきた日本人の心をつかみ、初年度は1036万人もの入園者を数えた。その後、「[[国際科学技術博覧会|科学万博つくば85]]」の開催や、[[バブル景気]]に影響されて全国各地に建設された[[スキー]]場や[[ゴルフ]]場、[[遊園地]]の中でも、強い独自色を発揮し、着実に入園者数を増やしていった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1986年]][[1月]]、[[ウォルト・ディズニー・カンパニー]]（以下、ディズニー）は、TDLを経営・運営するOLCに対し、[[舞浜]]地区全体の開発を目指した「東京ディズニーワールド構想」を提案してきた。OLCは社内での検討の末、[[1988年]][[4月15日]]に開かれたTDL開園5周年の記者会見の席上で、会長の[[高橋政知]]（当時）が「第2パーク構想」について発表する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※当時ディズニーでは、ディズニーパークとホテルなどの複合体を「リゾート」とは呼んでおらず、唯一複合体をなしていたのは、フロリダのウォルト・ディズニー・ワールドだけであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、いくつものディズニー側からの提案のOLC側での検証や、OLC社内の意見の相違などを経て、TDLに次ぐ第2のディズニーパークである「[[東京ディズニーシー|東京ディズニーシー (TDS) ]]」を始めとして、「[[イクスピアリ]]」、「[[ボン・ヴォヤージュ (ディズニーショップ)|ボン・ヴォヤージュ]]」など、現在のTDRを形作る施設の全体像が決まってきた。そんな中、ウォルト・ディズニー・アトラクション・ジャパン (WDAJ) 社長（当時）のジム・コーラ（現ディズニーレジェンド）とOLCとの間でやり取りされた書簡の文中に「東京ディズニーリゾート」という名称が初めて出てきた。当初、OLCは舞浜地区全体を「舞浜リゾート」と呼び、そのエリアの中にディズニー関連施設とその他の施設が共存するイメージを持っており、自社の敷地すべてに「ディズニー」のブランドをかぶせられることに難色を示した。 その後、OLC独自の施設をリゾートに含む全体計画についてはディズニーと合意できたものの、リゾート全体を表す名称について、ディズニー・OLCで意見の相違が残った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このリゾート全体に「ディズニー」の名称を使えるというアメリカ側の提案について、OLC側は自社「リゾート」の名称に対してディズニーによる一方的な「命名」であると公式に不快感を示したが、最終的にはディズニー側からの「東京ディズニーリゾート」の名称使用の正式な提案を受け入れ、これがそのまま正式な名称となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 公認ホテル ==&lt;br /&gt;
東京ディズニーリゾートの敷地外にある近隣ホテルにも公認ホテルとして提携を行っているものがあり、宿泊客向けの各種特典が存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 東京ディズニーリゾート・パートナーホテル ===&lt;br /&gt;
{{main|東京ディズニーリゾート・パートナーホテル}}&lt;br /&gt;
東京ディズニーリゾート近郊の[[新浦安駅]]地区にある、5つのホテルで構成されており、「ディズニーホテル」、「東京ディズニーリゾート・オフィシャルホテル」に次ぐ内容の宿泊客特典を備えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[パーム&amp;amp;ファウンテンテラスホテル]]&lt;br /&gt;
** パームテラスホテル&lt;br /&gt;
** ファウンテンテラスホテル&lt;br /&gt;
* [[ホテルエミオン東京ベイ]]&lt;br /&gt;
* [[オリエンタルホテル東京ベイ]]&lt;br /&gt;
* [[浦安ブライトンホテル]]&lt;br /&gt;
* [[三井ガーデンホテルプラナ東京ベイ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 東京ディズニーリゾート・グッドネイバーホテル ===&lt;br /&gt;
{{main|東京ディズニーリゾート・グッドネイバーホテル}}&lt;br /&gt;
東京ディズニーリゾートへの無料送迎バス「グッドネイバーホテル・シャトル」（予約制）で結ばれており、パークのチケット付き宿泊パッケージや、ホテル内で東京ディズニーリゾートの最新情報が取得できるなどの特典がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[新宿区|新宿]]・[[千代田区|千代田]]・[[中央区 (東京都)|中央]]エリア&lt;br /&gt;
** [[赤坂エクセルホテル東急]]&lt;br /&gt;
** [[京王プラザホテル]]&lt;br /&gt;
** [[ホテルメトロポリタン エドモント]]&lt;br /&gt;
* [[品川区|品川]]エリア&lt;br /&gt;
** [[グランドプリンスホテル新高輪]]&lt;br /&gt;
** [[ホテルパシフィック東京]]&lt;br /&gt;
* [[お台場|台場]]・[[有明 (江東区)|有明]]エリア&lt;br /&gt;
** [[ホテルグランパシフィック・ル・ダイバ|ホテルグランパシフィック LE DAIBA]]&lt;br /&gt;
** [[ホテル日航東京]]&lt;br /&gt;
** [[東京ベイ有明ワシントンホテル]]&lt;br /&gt;
* [[江東区|江東]]・[[墨田区|墨田]]エリア&lt;br /&gt;
** [[第一ホテル両国]]&lt;br /&gt;
** [[東武ホテルレバント東京]]&lt;br /&gt;
** [[ホテルイースト21東京]]&lt;br /&gt;
* [[千葉市|千葉]]・[[幕張]]エリア&lt;br /&gt;
** [[京成ホテルミラマーレ]]&lt;br /&gt;
** [[ホテルスプリングス幕張]]&lt;br /&gt;
** [[ホテルニューオータニ幕張]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 東日本大震災の発生後の対応 ==&lt;br /&gt;
{{現在進行|section=1|date=2011年3月}}&lt;br /&gt;
[[東日本大震災]]の影響で、[[2011年]][[3月12日]]より休業に入った東京ディズニーリゾートであるが、以下のように対応を行った。&lt;br /&gt;
* 3月11日&lt;br /&gt;
** 地震発生直後、新規入場者の入場を取りやめた。また、パーク内にいたゲストは、舞浜周辺の道路封鎖及び公共交通機関が運休してしまったためにしばらく園内から退出出来ず、11日夜までパークから出られなかった。また、一晩をパーク内で過ごしたゲストもいた。パーク内にいたゲスト・キャストに怪我人は発生しなかった&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|date=2011-03-11|url=http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/03/20110311_01.pdf|format=PDF|title=本日の地震の影響による明日のパーク運営について|publisher=オリエンタルランド|accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 3月12日&lt;br /&gt;
** 終日臨時休園。この日以降も休園続行。&lt;br /&gt;
* 3月13日&lt;br /&gt;
** 各ディズニーホテル及び[[パーム&amp;amp;ファウンテンテラスホテル]]の宿泊とレストラン営業再開については、ディズニーパークが運営開始するまで行わないことを発表した&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|date=2011-03-13|url=http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/03/20110312ホテル営業について.pdf|format=PDF|title=3月13日以降のホテル営業について|publisher=オリエンタルランド|accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 3月18日&lt;br /&gt;
** 2011年3月11日からの休園期間中の日付指定パスポートを持っているゲストは、パーク運営再開後、[[2012年]][[3月31日]]までに[[東京ディズニーランド]]又は[[東京ディズニーシー]]のチケット販売窓口にて手続きすることで、「発効日から1年間有効の再入園パスポートに交換」の処置がなされた&amp;lt;ref name=&amp;quot;TDR&amp;quot;&amp;gt;公式サイトにて発表&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
** ディズニーホテル及びリゾート施設の予約は、[[オリエンタルランド]]にて全て“施設側都合”でキャンセル処理した&amp;lt;ref name=&amp;quot;TDR&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
** [[東京ディズニーシー]]が開園10周年を記念して、全国19都市を回るツアー『[[Be Magical!#東京ディズニーシー10thアニバーサリーツアー“Be Magical!”|東京ディズニーシー10thアニバーサリーツアー“Be Magical!”]]』の開催を全て中止とした&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|date=2011-03-18|url=http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/03/20110318_03.pdf|format=PDF|title=全国ツアー『東京ディズニーシー10thアニバーサリーツアー“Be Magical!”』中止決定のお知らせ|publisher=オリエンタルランド|accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 3月26日&lt;br /&gt;
** 地震発生後に休止していたテレビコマーシャルを被災お見舞いバージョンで再開し、「皆様の笑顔にお会いするために再開に向け準備中」と休園中であることを告知。&lt;br /&gt;
* 3月28日&lt;br /&gt;
** リゾート内の施設「[[イクスピアリ]]」が一部店舗を除いて営業を再開する。営業時間も短縮する。&lt;br /&gt;
** パーク内の状況が写真付きで公式ホームページ上にて公開された&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|date=2011-03-28|url=http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/03/20110328_01.pdf|format=PDF|title=東京ディズニーランド／東京ディズニーシーの建物、施設について(3月28日現在)|publisher=オリエンタルランド|accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 3月30日&lt;br /&gt;
** “4月6日（上旬）には施設の一部について時短で営業を再開する”との意向を関係者が示したと報道される&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news |title=TDR、4月6日にも一部再開へ 営業時間は短縮 |newspaper=朝日新聞 |date=2011-03-30 |url=http://www.asahi.com/national/update/0330/TKY201103290519.html |accessdate=2011-05-07 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news |title=【東日本大震災】東京ディズニーランド、来月にも営業再開へ |newspaper=産経新聞 |date=2011-03-30 |url=http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110330/biz11033013570034-n1.htm |accessdate=2011-05-07 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news |title=東京ディズニーランドとシー、4月上旬にも営業再開 |newspaper=日本経済新聞 |date=2011-03-30 |url=http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819594E1E2E2E2908DE1E2E2E1E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;。一方[[オリエンタルランド]]はこれを“公式に発表したものではなく、現時点で決定した事はない”と否定&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|date=2011-03-30|url=http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/03/20110330_01.pdf|format=PDF|title=東京ディズニーリゾート再開に関する一部報道について|publisher=オリエンタルランド|accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news |title=OLC、東京ディズニー4月6日再開報道を否定 |newspaper=時事通信 |date=2011-03-30 |url=http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&amp;amp;k=2011033000323 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;。実際の再開については、「5日前の午後8時までに公表する」としている。&lt;br /&gt;
* 3月31日&lt;br /&gt;
** 2011年4月1日より公式サイト上の休止施設に「[[ファンダフル・ディズニー]]事務局」「ディズニーホテル レストランインフォメーション」が削除されたため、事実上再開したことになる。&lt;br /&gt;
** 2011年4月2日より[[ディズニーリゾートライン]]が運行再開することをディズニーリゾートライン公式サイトにて発表。当面の間は通常の5割程度の本数で運行。運行時間も9時から22時で13分間隔で運行再開&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |date=2011-04-12 |url=http://www.tokyodisneyresort.co.jp/drl/drl_pop03.html |title=ディズニーリゾートライン運行再開のお知らせ |publisher=東京ディズニーリゾート |accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 4月5日&lt;br /&gt;
** 「[[ボン・ヴォヤージュ (ディズニーショップ)|ボン・ヴォヤージュ]]」が営業時間短縮で再開（前日に公式サイト上にて発表）。&lt;br /&gt;
* 4月6日&lt;br /&gt;
** 一部関係者によって表明されていた“再開予定日”だが休園が続く。オリエンタルランドは計画停電の問題から「5月にずれ込む」との見通しを示す&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news |title=東京ディズニーリゾート、再開は5月以降 計画停電で |newspaper=朝日新聞 |date=2011-04-05 |url=http://www.asahi.com/business/update/0405/TKY201104050595.html |accessdate=2011-05-07 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 4月7日&lt;br /&gt;
** 公式サイト上でパーク運営再開日の発表が「パーク再開日5日前の午後8時までにお知らせ」から「パーク再開日3日前の午後8時までにお知らせ」に修正された。&lt;br /&gt;
* 4月12日&lt;br /&gt;
** 公式サイト上で[[東京ディズニーランド]]・[[東京ディズニーランドホテル]]・[[ディズニーアンバサダーホテル]]・[[シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京]]の運営再開日が発表された&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |date=2011-04-12 |url=http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/04/20110412_011.pdf |format=PDF |title=東京ディズニーランド®の運営再開について |publisher=オリエンタルランド|accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
** 東京ディズニーランド・東京ディズニーシーでは来園者のパスポート代の中から300円を、[[東京ディズニーリゾート・ディズニーホテル|各ディズニーホテル]]の宿泊者の宿泊代金のなかから1000円をそれぞれ被災地復興のための義援金として[[日本赤十字社]]に寄付することを発表&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |date=2011-04-12 |url=http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/04/20110412_02.pdf|format=PDF |title=「東日本大震災」に対する支援について（第3報） |publisher=オリエンタルランド|accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 4月19日&lt;br /&gt;
** 一部で夜間営業再開の記事が報道された&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news |title=TDL、夜間営業23日再開 |newspaper=読売新聞 |date=2011-04-19 |url=http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/enterprises/manda/20110419-OYT8T00318.htm |accessdate=2011-04-22}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。がオリエンタルランドはこの報道を否定&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |date=2011-04-20 |url=http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/04/20110419_02.pdf |format=PDF |title=東京ディズニーランドの夜間営業に関する一部報道について |publisher=オリエンタルランド|accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 4月20日&lt;br /&gt;
** 前日に否定した東京ディズニーランドの夜間営業が4月23日より再開することを発表。また、28日には東京ディズニーシーが運営再開する&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |date=2011-04-20 |url=http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/04/20110420_03.pdf |format=PDF |title=「東京ディズニーシー®」運営再開および「東京ディズニーランド®」夜間運営開始のお知らせ |publisher=オリエンタルランド|accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
** 東京ディズニーシー10周年記念イベント「[[Be Magical!]]」の開催を延期することを発表。&lt;br /&gt;
* 5月6日&lt;br /&gt;
** 東京ディズニーリゾートを運営する[[オリエンタルランド]]は休園期間中、97億円の特別損失を計上。休園中の人件費に53億円、復旧作業費用に44億円かかったことを発表&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news |title=オリエンタルランド、震災で97億円の特損計上 |newspaper=読売新聞 |date=2011-05-06 |url=http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20110506-OYT1T00715.htm |accessdate=2011-05-07 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
** 東京ディズニーシー10周記念イベント「[[Be Magical!]]」の開催時期が[[2011年]][[9月4日]]から[[2012年]][[3月19日]]になることを発表。&lt;br /&gt;
* 6月1日&lt;br /&gt;
** 東京ディズニーリゾート バケーションパッケージの販売再開。&lt;br /&gt;
* 7月30日&lt;br /&gt;
** [[東京ディズニーリゾート・パートナーホテル]]「[[パーム&amp;amp;ファウンテンテラスホテル]]」が[[10月1日]]に営業を再開することを公式サイト上で発表。これにて東京ディズニーリゾート内全施設が営業再開することとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 各施設の営業休止・再開状況 ===&lt;br /&gt;
リゾート内各施設は3月12日から営業休止し、施設によっては10月まで休業を行う予定である。&lt;br /&gt;
* [[イクスピアリ]]（3月28日から）&lt;br /&gt;
* [[ファンダフル・ディズニー]]事務局（4月1日から）&lt;br /&gt;
* ディズニーホテル レストランインフォメーション（4月1日から）&lt;br /&gt;
* [[ディズニーリゾートライン]]（4月2日から）&lt;br /&gt;
* [[ボン・ヴォヤージュ (ディズニーショップ)|ボン・ヴォヤージュ]]（4月5日から）&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート・チケットセンター]]（4月13日から）&lt;br /&gt;
* 東京ディズニーリゾート・オンライン予約・購入サイト（4月14日から）&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーランド]]（4月15日から）&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーランドホテル]]（4月15日から）&lt;br /&gt;
* [[ディズニーアンバサダーホテル]]（4月15日から）&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート・ウェルカムセンター]]（4月15日から）&lt;br /&gt;
* [[シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京]]（4月23日から）&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|date=2011-04-12|url=http://www.zed.co.jp/announcements/detail.php?id=54|title=4月23日からの「ゼッド」上演再開について|publisher=シルク・ドゥ・ソレイユ「ゼッド」|accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。※2011年[[12月31日]]をもって終演する予定。&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーシー]]（4月28日から）&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ]]（4月28日から）&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート キャスティングセンター]]（6月17日から）&lt;br /&gt;
* [[パーム&amp;amp;ファウンテンテラスホテル]]（10月1日から）&lt;br /&gt;
舞浜周辺を含む浦安市南部一帯（[[国道357号]]・[[首都高速湾岸線]]以南）が[[埋立地]]で、[[液状化現象]]により駐車場など立地に被害が出ていることやインフラ（主として下水道）の損壊、また首都圏の交通網の混乱などが当初の問題であったが、それらが回復に向かった後も、[[東京電力]]の電力供給力の長期的な喪失とそれにともない実施された[[計画停電]]によって再開が困難な状況が継続した（全施設が営業すると、東京ドーム10個分、一般家庭6万世帯分に相当する約57万kW/hを消費する）。電力不足は夏期に一層深刻化する課題であり、またインフラの復旧に1ヶ月余りを費やした地元への配慮や震災後の自粛ムードなどもあり、主要施設で1ヶ月以上休業する結果となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== パーク再開後対応 ===&lt;br /&gt;
;東京ディズニーリゾート&lt;br /&gt;
:* 「東京ディズニーリゾート・オンライン予約・購入サイト」では、東京ディズニーシー・ホテルミラコスタを除く[[東京ディズニーリゾート・ディズニーホテル]]のみの宿泊予約が可能となった。&lt;br /&gt;
:* 2011年4月15日再開当日には約1万人のゲストがメインエントランス前で待っていた。当日は5分早い7:55分からの開園を行った。&lt;br /&gt;
:* 2011年4月15日、[[オリエンタルランド]]社長の[[上西京一郎]]は8月下旬までに5000キロワットの自家発電気を3台用意することを発表&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news |title=被災地へのミッキー慰問を検討「ハピネス届ける」 再開のTDL社長 |newspaper=産経新聞 |date=2011-04-15 |url=http://news.livedoor.com/article/detail/5492452/ |accessdate=2011-04-22}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。発電機の投資額は総額およそ30億円になる。&lt;br /&gt;
:* 2011年4月22日より、『&amp;quot;We Are One&amp;quot;心はひとつ』と書かれたチャリティー・リストバンドを1つ300円で販売をし、売上金は全て義援金として[[日本赤十字社]]に寄付するという&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.tokyodisneyresort.co.jp/top_charity.html チャリティリストバンド]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
:* 2011年4月25日より、オンラインでのチケット販売を再開。同時に[[東京ディズニーリゾートのパスポート#ディズニーeチケット|ディズニーeチケット]]の販売もスタート&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.tokyodisneyresort.co.jp/online/ticket/e_ticket.html ディズニーeチケット]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
:* 節電対策は以下の通り行っている&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|date=2011-04-20|url=http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/04/20110419_03.pdf|format=PDF|title=ディズニーテーマパークにおける節電への取り組みについて|publisher=オリエンタルランド|accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。節電対策は東京ディズニーリゾートは勿論のこと、[[オリエンタルランド]]の社内でも同じ節電対策を行っている。&lt;br /&gt;
:** 照明をゲストの安全確保を前提に抑制。（社内のロビー・オフィスも同様。）&lt;br /&gt;
:** [[エスカレーター]]・[[エレベーター]]・[[噴水]]等の使用抑制。&lt;br /&gt;
:** 空調の温度調節。&lt;br /&gt;
:** 各[[トイレ]]のハンドドライヤーの使用停止。&lt;br /&gt;
:** 各パークで行われるパレードやショーの[[山車|フロート]]・[[バージ|水上ショーで使用する船]]（バージ）は、公演中の電力供給を必要とするものではない。フロートに関しては充電式のバッテリーで走行や電飾点灯を行っている。ちなみにバッテリーの充電は電力需要の最も少ない深夜帯も活用しながら行っている。バージに関しては各バージ内に[[発電機]]を搭載し、その力で走行・点灯を行っている。&lt;br /&gt;
:* 2011年5月14日までの期間行ってきた両パークチケットとディズニーホテル宿泊料金などから集まった義援金の合計が4億2099万4855円となった&amp;lt;ref&amp;gt;{{PDF|[http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/05/20110519_01.pdf 「東日本大震災」に対する支援について（第5報）] }} - （株）オリエンタルランド 2011年5月19日&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
:* ショー「ディズニー・マジック・イン・ザ・スカイ」は9月4日に再開予定。&lt;br /&gt;
;東京ディズニーランド&lt;br /&gt;
:2011年4月15日、東京ディズニーランド開園28周年の日にパーク運営再開することが決定された。&lt;br /&gt;
:* 運営再開後暫くの間は運営時間が8:00 - 18:00と短縮運営となる。4月23日以降より通常営業。&lt;br /&gt;
:* 園内の噴水やトイレ内のハンドドライヤーは節電のため停止。&lt;br /&gt;
:* パレード「[[ジュビレーション!]]」は[[4月18日]]まで、「[[東京ディズニーランド・エレクトリカルパレード・ドリームライツ]]」は運営時間短縮の為、当面の期間中止の予定だったが、運営時間が通常に戻ったことと、電力影響に問題ないということで、[[4月23日]]より再開した。&lt;br /&gt;
:* アトラクション「[[シンデレラのフェアリーテイル・ホール]]」は予定通り2011年4月15日にグランドオープン。&lt;br /&gt;
:* アトラクション「[[ビッグサンダーマウンテン]]」は震災の影響によりメンテナンスを2011年4月29日まで継続。&lt;br /&gt;
:* ショーレストランも休止していたが、5月1日より再開。&lt;br /&gt;
;東京ディズニーシー&lt;br /&gt;
:2011年4月28日よりパーク運営再開することが発表された。&lt;br /&gt;
:* 運営時間は通常通り。&lt;br /&gt;
:* 東京ディズニーシー10thアニバーサリーイベント「[[Be Magical!]]」は延期が決定。開催予定日は[[2011年]][[9月4日]]から[[2012年|翌年]][[3月19日]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
{{CommonscatN|Tokyo Disney Resort|東京ディズニーリゾート}}&lt;br /&gt;
* [[ウォルト・ディズニー・カンパニー]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーランド]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーシー]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート・チケットカウンター]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート・コレクションカード]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート・チケットセンター]]&lt;br /&gt;
* [[ディズニーリゾート物語]]&lt;br /&gt;
* [[マジックキングダムクラブ]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾートのCD]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾートの橋]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾートの駐車場]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾートの花火]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾートのパスポート]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート25thアニバーサリー]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/ 東京ディズニーリゾート・オフィシャルホームページ]&lt;br /&gt;
** [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/tdl/ 東京ディズニーランド]&lt;br /&gt;
** [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/tds/ 東京ディズニーシー]&lt;br /&gt;
** [http://www.zed.co.jp/ シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京「ZED」]&lt;br /&gt;
** [http://www.disneyhotels.jp/dah/ ディズニーアンバサダーホテル]&lt;br /&gt;
** [http://www.disneyhotels.jp/dhm/ 東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ]&lt;br /&gt;
** [http://www.disneyhotels.jp/tdh/ 東京ディズニーランドホテル]&lt;br /&gt;
** [http://www.ikspiari.com/ イクスピアリ]&lt;br /&gt;
** [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/bv/ ボン・ヴォヤージュ]&lt;br /&gt;
** [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/drl/ ディズニーリゾートライン]&lt;br /&gt;
** [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/oh/ 東京ディズニーリゾート・オフィシャルホテル]&lt;br /&gt;
** [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/tdr/japanese/plan/hotel/ptn.html 東京ディズニーリゾート・パートナーホテル]&lt;br /&gt;
** [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/tdr/japanese/plan/hotel/gnh.html 東京ディズニーリゾート・グッドネイバーホテル]&lt;br /&gt;
{{wikitravelpar}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{東京ディズニーリゾートの施設}}&lt;br /&gt;
{{東京ディズニーリゾート}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:とうきようていすにいりそおと}}&lt;br /&gt;
[[Category:東京ディズニーリゾート|*とうきようていすにいりそおと]]&lt;br /&gt;
[[Category:千葉県の建築物]]&lt;br /&gt;
[[Category:千葉県の観光地]]&lt;br /&gt;
[[Category:浦安市]]&lt;br /&gt;
[[Category:平成百景]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京湾]]&lt;br /&gt;
[[Category:京成グループ|*]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

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		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Wikipedia/Ja|東京ディズニーリゾート}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''東京ディズニーリゾート&amp;amp;reg;'''（とうきょうディズニーリゾート、[[英語|英称]]:''Tokyo Disney Resort&amp;amp;reg;''、略称:''TDR''）は、[[日本]]の[[千葉県]][[浦安市]][[舞浜]]にある[[ディズニーパーク]]を中心としたリゾート施設群である。&lt;br /&gt;
[[画像:Tokyo disney resort.jpg|thumb|東京ディズニーリゾート]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
TDRは、2つのディズニーパークとディズニー関連ホテルを核にショッピング施設などから構成される。経営・管理・運営はオフィシャルホテルを除き[[オリエンタルランド|株式会社オリエンタルランド （OLC） ]]および同社の関連会社で構成される「OLCグループ」が行っている。世界のディズニーリゾートでは唯一ライセンス契約による経営・運営であり、経営・運営会社にディズニーの資本が全く入っていない。なおディズニー関連の著作権や商標権ビジネスは[[ウォルト・ディズニー・ジャパン]]が担当しており、[[オリエンタルランド]]は東京ディズニーリゾートの経営・運営のみ担当している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
従業員のことを「'''キャスト'''」、利用客のことを「'''ゲスト'''」と通称するなど、ディズニーのテーマリゾートの手法に倣った展開をしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[アメリカ合衆国|アメリカ]]の[[ウォルト・ディズニー・カンパニー]]は来場者の長期滞在を計る目的として、ディズニーパーク単体の運営から、ディズニーによる特定のコンセプトに沿った複数のディズニーパークとホテルなどから成る長期滞在型の「テーマリゾート」への展開を進めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1971年]]にオープンしたウォルト・ディズニー・ワールド（現在の[[ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート]]）は当初からディズニーパークとホテル（リゾート）の複合体であり、その後の同様の複合施設、ユーロ・ディズニー・リゾート（現在の[[ディズニーランド・リゾート・パリ]]）などの展開の基礎になった。その後、パーク単体だった[[ディズニーランド]]（アメリカ・カリフォルニア）と東京ディズニーランドもそれぞれ第二パークとホテルを増設し名称もそれぞれディズニーランド・リゾート、東京ディズニーリゾート、そしてディズニーパークとホテルを同時に開業した[[香港ディズニーランド|香港ディズニーランド・リゾート]]となり現在にいたる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
上記のように、現在世界5ヶ所のディズニーパークすべてがそれを核に「テーマリゾート」化されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 構成 ==&lt;br /&gt;
東京ディズニーリゾートは以下の施設から構成される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[画像:The Map of Tokyo Disney Resort (Japanese).jpg|center|500px|東京ディズニーリゾートの地図]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ディズニーパーク ===&lt;br /&gt;
{{Main|ディズニーパーク}}&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーランド]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーシー]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: ''東京ディズニーランド・東京ディズニーシーの[[入場券]]については、[[東京ディズニーリゾートのパスポート]]を参照&lt;br /&gt;
''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== シアトリカル・エンタテインメント ===&lt;br /&gt;
* [[シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ディズニーホテル ===&lt;br /&gt;
{{main|東京ディズニーリゾート・ディズニーホテル}}&lt;br /&gt;
* [[ディズニーアンバサダーホテル]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーランドホテル]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 東京ディズニーリゾート・オフィシャルホテル ===&lt;br /&gt;
{{main|東京ディズニーリゾート・オフィシャルホテル}}&lt;br /&gt;
* [[サンルートプラザ東京]]&lt;br /&gt;
* [[東京ベイ舞浜ホテル]]&lt;br /&gt;
* [[東京ベイ舞浜ホテル　クラブリゾート]]&lt;br /&gt;
* [[ヒルトン東京ベイ]]&lt;br /&gt;
* [[ホテルオークラ東京ベイ]]&lt;br /&gt;
* [[シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ショッピング施設 ===&lt;br /&gt;
* [[イクスピアリ]]&lt;br /&gt;
* [[ボン・ヴォヤージュ (ディズニーショップ)|ボン・ヴォヤージュ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== リゾート内の交通機関 ===&lt;br /&gt;
* [[舞浜リゾートラインディズニーリゾートライン線|ディズニーリゾートライン]]&lt;br /&gt;
* [[ディズニーリゾートクルーザー]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 総合サービスセンター ===&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート・ウェルカムセンター]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 駐車場 ===&lt;br /&gt;
{{main|東京ディズニーリゾートの駐車場}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革 ==&lt;br /&gt;
* {{和暦|1983}}&lt;br /&gt;
** [[4月15日]] - 「[[東京ディズニーランド]]」グランドオープン&lt;br /&gt;
* {{和暦|1986}}&lt;br /&gt;
** [[1月]] - [[ウォルト・ディズニー・カンパニー|ディズニー]]がオリエンタルランドに対して「東京ディズニー・ワールド構想」を提案&lt;br /&gt;
** [[7月20日]] - オフィシャルホテル「[[サンルートプラザ東京]]」が開業&lt;br /&gt;
* {{和暦|1988}}&lt;br /&gt;
** [[4月14日]] - オフィシャルホテル「シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル&amp;amp;タワーズ」（現：[[シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル]]）が開業&lt;br /&gt;
** [[4月15日]] - 「東京ディズニーランド」5周年の記者会見において、OLC[[会長]]の[[高橋政知]]（当時）が「第2パーク構想」を発表&lt;br /&gt;
** [[7月2日]] - オフィシャルホテル「東京ベイヒルトン」（現：[[ヒルトン東京ベイ]]）が開業&lt;br /&gt;
** [[7月8日]] - オフィシャルホテル「第一ホテル東京ベイ」（現[[ホテルオークラ東京ベイ]]）が開業&lt;br /&gt;
* {{和暦|1990}}&lt;br /&gt;
** [[5月2日]] - オフィシャルホテル「[[東急ホテルズ#東京ベイホテル東急|東京ベイホテル東急]]」が開業&lt;br /&gt;
* {{和暦|1998}}&lt;br /&gt;
** [[8月1日]] - [[舞浜駅]]前開発事業（「[[イクスピアリ]]」・「[[ディズニーアンバサダーホテル]]」）の建設工事が開始&lt;br /&gt;
** [[10月22日]] - 「[[東京ディズニーシー]]」・「[[東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ]]」の建設工事が開始&lt;br /&gt;
* {{和暦|2000}}&lt;br /&gt;
** [[1月1日]] - 「リゾート宣言」を発表し「東京ディズニーリゾート」が正式にスタート、初代「[[アンバサダー|東京ディズニーリゾート・アンバサダー]]」が就任&lt;br /&gt;
** [[7月7日]] - 「[[イクスピアリ]]」、「[[キャンプ・ネポス]]」、「[[ディズニーアンバサダーホテル]]」が開業&lt;br /&gt;
** [[10月24日]] - 「[[舞浜リゾートラインディズニーリゾートライン線|ディズニーリゾートライン]]」の試運転が開始&lt;br /&gt;
* {{和暦|2001}}&lt;br /&gt;
** [[3月1日]] - 「[[ボン・ヴォヤージュ (ディズニーショップ)|ボン・ヴォヤージュ]]」が開業&lt;br /&gt;
** [[3月23日]] - 「[[東京ディズニーシー]]」の開業日を発表&lt;br /&gt;
** [[7月27日]] - 「ディズニーリゾートライン」が開業&lt;br /&gt;
** [[8月1日]] - 「東京ディズニーシー」および「[[東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ]]」のプレビューが開始&lt;br /&gt;
** [[9月4日]] - 「東京ディズニーシー」がグランドオープン、「東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ」が開業&lt;br /&gt;
* {{和暦|2002}}&lt;br /&gt;
** [[11月8日]] - [[東京ディズニーランド]]、東京ディズニーシー合わせて3億人目のゲストが来園&lt;br /&gt;
* {{和暦|2006}}&lt;br /&gt;
** [[3月1日]] - 「AMCイクスピアリ16」を「シネマイクスピアリ」に名称変更し、リニューアルオープン&lt;br /&gt;
** [[9月3日]] - [[日産自動車]]、[[日本水産]]、[[タカラトミー]]、[[森永製菓]]、[[セイコーホールディングス|セイコー]]、[[日本ヒルズ・コルゲート]]、計6社の参加企業が提供を終了。&lt;br /&gt;
** [[11月1日]] - 東京ディズニーランド、東京ディズニーシー合わせて4億人目のゲストが来園&lt;br /&gt;
** [[11月8日]] - [[タカラトミー]]と公式スポンサー契約を締結。タカラトミーは[[9月3日]]に一旦提供を終了していたため実質復帰となった。&lt;br /&gt;
* {{和暦|2007}}&lt;br /&gt;
** [[3月3日]] - オフィシャルホテル「[[東京ベイ舞浜ホテル]]」が開業&lt;br /&gt;
** [[7月30日]] - [[ニチレイ|ニチレイフーズ]]と公式スポンサー契約を締結&lt;br /&gt;
* {{和暦|2008}}&lt;br /&gt;
** [[4月15日]] - 東京ディズニーランド開業25周年を迎え、[[東京ディズニーリゾート25thアニバーサリー]]を開始。[[そごう]]との公式スポンサー契約終了&lt;br /&gt;
** [[7月8日]] - 「[[東京ディズニーランドホテル]]」が開業&lt;br /&gt;
** [[10月1日]] - 「[[シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京]]」開業、レジデント・ショー「ZED」開幕。&lt;br /&gt;
* {{和暦|2010}}&lt;br /&gt;
** [[8月27日]] - 東京ディズニーランド、東京ディズニーシー合わせて5億人目のゲストが来園。そのゲストには認定証とミッキーマウスのぬいぐるみ、さらに5年間有効のパスポートが贈られた。また、1億人ごとの突破期間では4億人目から3年300日での達成で最速である。&lt;br /&gt;
* {{和暦|2011}}&lt;br /&gt;
** [[3月11日]] - [[東日本大震災]]の影響により、[[東京ディズニーランド]]及び[[東京ディズニーシー]]を臨時休園した。パーク内にいたゲストは安全のためパークの外に出ることが出来ないまま、パーク内に避難した。&lt;br /&gt;
** [[3月12日]] - リゾート全施設が無期限の休業に入る。&lt;br /&gt;
** [[3月28日]] - イクスピアリのみ営業を再開。&lt;br /&gt;
** [[4月1日]] - [[NTTコミュニケーションズ|NTTコミュニケーションズ株式会社]]と公式スポンサー契約を締結。キャストの新規募集を停止。&lt;br /&gt;
** [[4月5日]] - ボン・ヴォヤージュが営業を再開。&lt;br /&gt;
** [[4月15日]] - 東京ディズニーランド・東京ディズニーランドホテル・ディズニーアンバサダーホテルが営業を再開。&lt;br /&gt;
** [[4月28日]] - 東京ディズニーシーが営業を再開。&lt;br /&gt;
** [[8月9日]] - キャストの新規募集面接を再開。&lt;br /&gt;
** [[12月31日]] - 2008年10月1日より「[[シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京]]」にて行ってきた「ZED」公演を完全終了する予定。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 名称決定までの流れ ==&lt;br /&gt;
[[1983年]][[4月15日]]、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]国外では初となる「ディズニーパーク」、「[[東京ディズニーランド|東京ディズニーランド (TDL) ]]」が開園した。[[1970年代]]に立て続けに発生した[[オイルショック]]の後の、ゆるやかな経済成長時にオープンしたこのパークは、「余暇をいかに楽しむか」を考える余裕が出てきた日本人の心をつかみ、初年度は1036万人もの入園者を数えた。その後、「[[国際科学技術博覧会|科学万博つくば85]]」の開催や、[[バブル景気]]に影響されて全国各地に建設された[[スキー]]場や[[ゴルフ]]場、[[遊園地]]の中でも、強い独自色を発揮し、着実に入園者数を増やしていった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1986年]][[1月]]、[[ウォルト・ディズニー・カンパニー]]（以下、ディズニー）は、TDLを経営・運営するOLCに対し、[[舞浜]]地区全体の開発を目指した「東京ディズニーワールド構想」を提案してきた。OLCは社内での検討の末、[[1988年]][[4月15日]]に開かれたTDL開園5周年の記者会見の席上で、会長の[[高橋政知]]（当時）が「第2パーク構想」について発表する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※当時ディズニーでは、ディズニーパークとホテルなどの複合体を「リゾート」とは呼んでおらず、唯一複合体をなしていたのは、フロリダのウォルト・ディズニー・ワールドだけであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、いくつものディズニー側からの提案のOLC側での検証や、OLC社内の意見の相違などを経て、TDLに次ぐ第2のディズニーパークである「[[東京ディズニーシー|東京ディズニーシー (TDS) ]]」を始めとして、「[[イクスピアリ]]」、「[[ボン・ヴォヤージュ (ディズニーショップ)|ボン・ヴォヤージュ]]」など、現在のTDRを形作る施設の全体像が決まってきた。そんな中、ウォルト・ディズニー・アトラクション・ジャパン (WDAJ) 社長（当時）のジム・コーラ（現ディズニーレジェンド）とOLCとの間でやり取りされた書簡の文中に「東京ディズニーリゾート」という名称が初めて出てきた。当初、OLCは舞浜地区全体を「舞浜リゾート」と呼び、そのエリアの中にディズニー関連施設とその他の施設が共存するイメージを持っており、自社の敷地すべてに「ディズニー」のブランドをかぶせられることに難色を示した。 その後、OLC独自の施設をリゾートに含む全体計画についてはディズニーと合意できたものの、リゾート全体を表す名称について、ディズニー・OLCで意見の相違が残った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このリゾート全体に「ディズニー」の名称を使えるというアメリカ側の提案について、OLC側は自社「リゾート」の名称に対してディズニーによる一方的な「命名」であると公式に不快感を示したが、最終的にはディズニー側からの「東京ディズニーリゾート」の名称使用の正式な提案を受け入れ、これがそのまま正式な名称となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 公認ホテル ==&lt;br /&gt;
東京ディズニーリゾートの敷地外にある近隣ホテルにも公認ホテルとして提携を行っているものがあり、宿泊客向けの各種特典が存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 東京ディズニーリゾート・パートナーホテル ===&lt;br /&gt;
{{main|東京ディズニーリゾート・パートナーホテル}}&lt;br /&gt;
東京ディズニーリゾート近郊の[[新浦安駅]]地区にある、5つのホテルで構成されており、「ディズニーホテル」、「東京ディズニーリゾート・オフィシャルホテル」に次ぐ内容の宿泊客特典を備えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[パーム&amp;amp;ファウンテンテラスホテル]]&lt;br /&gt;
** パームテラスホテル&lt;br /&gt;
** ファウンテンテラスホテル&lt;br /&gt;
* [[ホテルエミオン東京ベイ]]&lt;br /&gt;
* [[オリエンタルホテル東京ベイ]]&lt;br /&gt;
* [[浦安ブライトンホテル]]&lt;br /&gt;
* [[三井ガーデンホテルプラナ東京ベイ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 東京ディズニーリゾート・グッドネイバーホテル ===&lt;br /&gt;
{{main|東京ディズニーリゾート・グッドネイバーホテル}}&lt;br /&gt;
東京ディズニーリゾートへの無料送迎バス「グッドネイバーホテル・シャトル」（予約制）で結ばれており、パークのチケット付き宿泊パッケージや、ホテル内で東京ディズニーリゾートの最新情報が取得できるなどの特典がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[新宿区|新宿]]・[[千代田区|千代田]]・[[中央区 (東京都)|中央]]エリア&lt;br /&gt;
** [[赤坂エクセルホテル東急]]&lt;br /&gt;
** [[京王プラザホテル]]&lt;br /&gt;
** [[ホテルメトロポリタン エドモント]]&lt;br /&gt;
* [[品川区|品川]]エリア&lt;br /&gt;
** [[グランドプリンスホテル新高輪]]&lt;br /&gt;
** [[ホテルパシフィック東京]]&lt;br /&gt;
* [[お台場|台場]]・[[有明 (江東区)|有明]]エリア&lt;br /&gt;
** [[ホテルグランパシフィック・ル・ダイバ|ホテルグランパシフィック LE DAIBA]]&lt;br /&gt;
** [[ホテル日航東京]]&lt;br /&gt;
** [[東京ベイ有明ワシントンホテル]]&lt;br /&gt;
* [[江東区|江東]]・[[墨田区|墨田]]エリア&lt;br /&gt;
** [[第一ホテル両国]]&lt;br /&gt;
** [[東武ホテルレバント東京]]&lt;br /&gt;
** [[ホテルイースト21東京]]&lt;br /&gt;
* [[千葉市|千葉]]・[[幕張]]エリア&lt;br /&gt;
** [[京成ホテルミラマーレ]]&lt;br /&gt;
** [[ホテルスプリングス幕張]]&lt;br /&gt;
** [[ホテルニューオータニ幕張]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 東日本大震災の発生後の対応 ==&lt;br /&gt;
{{現在進行|section=1|date=2011年3月}}&lt;br /&gt;
[[東日本大震災]]の影響で、[[2011年]][[3月12日]]より休業に入った東京ディズニーリゾートであるが、以下のように対応を行った。&lt;br /&gt;
* 3月11日&lt;br /&gt;
** 地震発生直後、新規入場者の入場を取りやめた。また、パーク内にいたゲストは、舞浜周辺の道路封鎖及び公共交通機関が運休してしまったためにしばらく園内から退出出来ず、11日夜までパークから出られなかった。また、一晩をパーク内で過ごしたゲストもいた。パーク内にいたゲスト・キャストに怪我人は発生しなかった&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|date=2011-03-11|url=http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/03/20110311_01.pdf|format=PDF|title=本日の地震の影響による明日のパーク運営について|publisher=オリエンタルランド|accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 3月12日&lt;br /&gt;
** 終日臨時休園。この日以降も休園続行。&lt;br /&gt;
* 3月13日&lt;br /&gt;
** 各ディズニーホテル及び[[パーム&amp;amp;ファウンテンテラスホテル]]の宿泊とレストラン営業再開については、ディズニーパークが運営開始するまで行わないことを発表した&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|date=2011-03-13|url=http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/03/20110312ホテル営業について.pdf|format=PDF|title=3月13日以降のホテル営業について|publisher=オリエンタルランド|accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 3月18日&lt;br /&gt;
** 2011年3月11日からの休園期間中の日付指定パスポートを持っているゲストは、パーク運営再開後、[[2012年]][[3月31日]]までに[[東京ディズニーランド]]又は[[東京ディズニーシー]]のチケット販売窓口にて手続きすることで、「発効日から1年間有効の再入園パスポートに交換」の処置がなされた&amp;lt;ref name=&amp;quot;TDR&amp;quot;&amp;gt;公式サイトにて発表&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
** ディズニーホテル及びリゾート施設の予約は、[[オリエンタルランド]]にて全て“施設側都合”でキャンセル処理した&amp;lt;ref name=&amp;quot;TDR&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
** [[東京ディズニーシー]]が開園10周年を記念して、全国19都市を回るツアー『[[Be Magical!#東京ディズニーシー10thアニバーサリーツアー“Be Magical!”|東京ディズニーシー10thアニバーサリーツアー“Be Magical!”]]』の開催を全て中止とした&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|date=2011-03-18|url=http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/03/20110318_03.pdf|format=PDF|title=全国ツアー『東京ディズニーシー10thアニバーサリーツアー“Be Magical!”』中止決定のお知らせ|publisher=オリエンタルランド|accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 3月26日&lt;br /&gt;
** 地震発生後に休止していたテレビコマーシャルを被災お見舞いバージョンで再開し、「皆様の笑顔にお会いするために再開に向け準備中」と休園中であることを告知。&lt;br /&gt;
* 3月28日&lt;br /&gt;
** リゾート内の施設「[[イクスピアリ]]」が一部店舗を除いて営業を再開する。営業時間も短縮する。&lt;br /&gt;
** パーク内の状況が写真付きで公式ホームページ上にて公開された&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|date=2011-03-28|url=http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/03/20110328_01.pdf|format=PDF|title=東京ディズニーランド／東京ディズニーシーの建物、施設について(3月28日現在)|publisher=オリエンタルランド|accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 3月30日&lt;br /&gt;
** “4月6日（上旬）には施設の一部について時短で営業を再開する”との意向を関係者が示したと報道される&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news |title=TDR、4月6日にも一部再開へ 営業時間は短縮 |newspaper=朝日新聞 |date=2011-03-30 |url=http://www.asahi.com/national/update/0330/TKY201103290519.html |accessdate=2011-05-07 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news |title=【東日本大震災】東京ディズニーランド、来月にも営業再開へ |newspaper=産経新聞 |date=2011-03-30 |url=http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110330/biz11033013570034-n1.htm |accessdate=2011-05-07 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news |title=東京ディズニーランドとシー、4月上旬にも営業再開 |newspaper=日本経済新聞 |date=2011-03-30 |url=http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819594E1E2E2E2908DE1E2E2E1E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;。一方[[オリエンタルランド]]はこれを“公式に発表したものではなく、現時点で決定した事はない”と否定&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|date=2011-03-30|url=http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/03/20110330_01.pdf|format=PDF|title=東京ディズニーリゾート再開に関する一部報道について|publisher=オリエンタルランド|accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news |title=OLC、東京ディズニー4月6日再開報道を否定 |newspaper=時事通信 |date=2011-03-30 |url=http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&amp;amp;k=2011033000323 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;。実際の再開については、「5日前の午後8時までに公表する」としている。&lt;br /&gt;
* 3月31日&lt;br /&gt;
** 2011年4月1日より公式サイト上の休止施設に「[[ファンダフル・ディズニー]]事務局」「ディズニーホテル レストランインフォメーション」が削除されたため、事実上再開したことになる。&lt;br /&gt;
** 2011年4月2日より[[ディズニーリゾートライン]]が運行再開することをディズニーリゾートライン公式サイトにて発表。当面の間は通常の5割程度の本数で運行。運行時間も9時から22時で13分間隔で運行再開&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |date=2011-04-12 |url=http://www.tokyodisneyresort.co.jp/drl/drl_pop03.html |title=ディズニーリゾートライン運行再開のお知らせ |publisher=東京ディズニーリゾート |accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 4月5日&lt;br /&gt;
** 「[[ボン・ヴォヤージュ (ディズニーショップ)|ボン・ヴォヤージュ]]」が営業時間短縮で再開（前日に公式サイト上にて発表）。&lt;br /&gt;
* 4月6日&lt;br /&gt;
** 一部関係者によって表明されていた“再開予定日”だが休園が続く。オリエンタルランドは計画停電の問題から「5月にずれ込む」との見通しを示す&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news |title=東京ディズニーリゾート、再開は5月以降 計画停電で |newspaper=朝日新聞 |date=2011-04-05 |url=http://www.asahi.com/business/update/0405/TKY201104050595.html |accessdate=2011-05-07 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 4月7日&lt;br /&gt;
** 公式サイト上でパーク運営再開日の発表が「パーク再開日5日前の午後8時までにお知らせ」から「パーク再開日3日前の午後8時までにお知らせ」に修正された。&lt;br /&gt;
* 4月12日&lt;br /&gt;
** 公式サイト上で[[東京ディズニーランド]]・[[東京ディズニーランドホテル]]・[[ディズニーアンバサダーホテル]]・[[シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京]]の運営再開日が発表された&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |date=2011-04-12 |url=http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/04/20110412_011.pdf |format=PDF |title=東京ディズニーランド®の運営再開について |publisher=オリエンタルランド|accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
** 東京ディズニーランド・東京ディズニーシーでは来園者のパスポート代の中から300円を、[[東京ディズニーリゾート・ディズニーホテル|各ディズニーホテル]]の宿泊者の宿泊代金のなかから1000円をそれぞれ被災地復興のための義援金として[[日本赤十字社]]に寄付することを発表&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |date=2011-04-12 |url=http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/04/20110412_02.pdf|format=PDF |title=「東日本大震災」に対する支援について（第3報） |publisher=オリエンタルランド|accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 4月19日&lt;br /&gt;
** 一部で夜間営業再開の記事が報道された&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news |title=TDL、夜間営業23日再開 |newspaper=読売新聞 |date=2011-04-19 |url=http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/enterprises/manda/20110419-OYT8T00318.htm |accessdate=2011-04-22}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。がオリエンタルランドはこの報道を否定&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |date=2011-04-20 |url=http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/04/20110419_02.pdf |format=PDF |title=東京ディズニーランドの夜間営業に関する一部報道について |publisher=オリエンタルランド|accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 4月20日&lt;br /&gt;
** 前日に否定した東京ディズニーランドの夜間営業が4月23日より再開することを発表。また、28日には東京ディズニーシーが運営再開する&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web |date=2011-04-20 |url=http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/04/20110420_03.pdf |format=PDF |title=「東京ディズニーシー®」運営再開および「東京ディズニーランド®」夜間運営開始のお知らせ |publisher=オリエンタルランド|accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
** 東京ディズニーシー10周年記念イベント「[[Be Magical!]]」の開催を延期することを発表。&lt;br /&gt;
* 5月6日&lt;br /&gt;
** 東京ディズニーリゾートを運営する[[オリエンタルランド]]は休園期間中、97億円の特別損失を計上。休園中の人件費に53億円、復旧作業費用に44億円かかったことを発表&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news |title=オリエンタルランド、震災で97億円の特損計上 |newspaper=読売新聞 |date=2011-05-06 |url=http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20110506-OYT1T00715.htm |accessdate=2011-05-07 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
** 東京ディズニーシー10周記念イベント「[[Be Magical!]]」の開催時期が[[2011年]][[9月4日]]から[[2012年]][[3月19日]]になることを発表。&lt;br /&gt;
* 6月1日&lt;br /&gt;
** 東京ディズニーリゾート バケーションパッケージの販売再開。&lt;br /&gt;
* 7月30日&lt;br /&gt;
** [[東京ディズニーリゾート・パートナーホテル]]「[[パーム&amp;amp;ファウンテンテラスホテル]]」が[[10月1日]]に営業を再開することを公式サイト上で発表。これにて東京ディズニーリゾート内全施設が営業再開することとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 各施設の営業休止・再開状況 ===&lt;br /&gt;
リゾート内各施設は3月12日から営業休止し、施設によっては10月まで休業を行う予定である。&lt;br /&gt;
* [[イクスピアリ]]（3月28日から）&lt;br /&gt;
* [[ファンダフル・ディズニー]]事務局（4月1日から）&lt;br /&gt;
* ディズニーホテル レストランインフォメーション（4月1日から）&lt;br /&gt;
* [[ディズニーリゾートライン]]（4月2日から）&lt;br /&gt;
* [[ボン・ヴォヤージュ (ディズニーショップ)|ボン・ヴォヤージュ]]（4月5日から）&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート・チケットセンター]]（4月13日から）&lt;br /&gt;
* 東京ディズニーリゾート・オンライン予約・購入サイト（4月14日から）&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーランド]]（4月15日から）&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーランドホテル]]（4月15日から）&lt;br /&gt;
* [[ディズニーアンバサダーホテル]]（4月15日から）&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート・ウェルカムセンター]]（4月15日から）&lt;br /&gt;
* [[シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京]]（4月23日から）&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|date=2011-04-12|url=http://www.zed.co.jp/announcements/detail.php?id=54|title=4月23日からの「ゼッド」上演再開について|publisher=シルク・ドゥ・ソレイユ「ゼッド」|accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。※2011年[[12月31日]]をもって終演する予定。&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーシー]]（4月28日から）&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ]]（4月28日から）&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート キャスティングセンター]]（6月17日から）&lt;br /&gt;
* [[パーム&amp;amp;ファウンテンテラスホテル]]（10月1日から）&lt;br /&gt;
舞浜周辺を含む浦安市南部一帯（[[国道357号]]・[[首都高速湾岸線]]以南）が[[埋立地]]で、[[液状化現象]]により駐車場など立地に被害が出ていることやインフラ（主として下水道）の損壊、また首都圏の交通網の混乱などが当初の問題であったが、それらが回復に向かった後も、[[東京電力]]の電力供給力の長期的な喪失とそれにともない実施された[[計画停電]]によって再開が困難な状況が継続した（全施設が営業すると、東京ドーム10個分、一般家庭6万世帯分に相当する約57万kW/hを消費する）。電力不足は夏期に一層深刻化する課題であり、またインフラの復旧に1ヶ月余りを費やした地元への配慮や震災後の自粛ムードなどもあり、主要施設で1ヶ月以上休業する結果となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== パーク再開後対応 ===&lt;br /&gt;
;東京ディズニーリゾート&lt;br /&gt;
:* 「東京ディズニーリゾート・オンライン予約・購入サイト」では、東京ディズニーシー・ホテルミラコスタを除く[[東京ディズニーリゾート・ディズニーホテル]]のみの宿泊予約が可能となった。&lt;br /&gt;
:* 2011年4月15日再開当日には約1万人のゲストがメインエントランス前で待っていた。当日は5分早い7:55分からの開園を行った。&lt;br /&gt;
:* 2011年4月15日、[[オリエンタルランド]]社長の[[上西京一郎]]は8月下旬までに5000キロワットの自家発電気を3台用意することを発表&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news |title=被災地へのミッキー慰問を検討「ハピネス届ける」 再開のTDL社長 |newspaper=産経新聞 |date=2011-04-15 |url=http://news.livedoor.com/article/detail/5492452/ |accessdate=2011-04-22}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。発電機の投資額は総額およそ30億円になる。&lt;br /&gt;
:* 2011年4月22日より、『&amp;quot;We Are One&amp;quot;心はひとつ』と書かれたチャリティー・リストバンドを1つ300円で販売をし、売上金は全て義援金として[[日本赤十字社]]に寄付するという&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.tokyodisneyresort.co.jp/top_charity.html チャリティリストバンド]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
:* 2011年4月25日より、オンラインでのチケット販売を再開。同時に[[東京ディズニーリゾートのパスポート#ディズニーeチケット|ディズニーeチケット]]の販売もスタート&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.tokyodisneyresort.co.jp/online/ticket/e_ticket.html ディズニーeチケット]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
:* 節電対策は以下の通り行っている&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|date=2011-04-20|url=http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/04/20110419_03.pdf|format=PDF|title=ディズニーテーマパークにおける節電への取り組みについて|publisher=オリエンタルランド|accessdate=2011-05-07}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。節電対策は東京ディズニーリゾートは勿論のこと、[[オリエンタルランド]]の社内でも同じ節電対策を行っている。&lt;br /&gt;
:** 照明をゲストの安全確保を前提に抑制。（社内のロビー・オフィスも同様。）&lt;br /&gt;
:** [[エスカレーター]]・[[エレベーター]]・[[噴水]]等の使用抑制。&lt;br /&gt;
:** 空調の温度調節。&lt;br /&gt;
:** 各[[トイレ]]のハンドドライヤーの使用停止。&lt;br /&gt;
:** 各パークで行われるパレードやショーの[[山車|フロート]]・[[バージ|水上ショーで使用する船]]（バージ）は、公演中の電力供給を必要とするものではない。フロートに関しては充電式のバッテリーで走行や電飾点灯を行っている。ちなみにバッテリーの充電は電力需要の最も少ない深夜帯も活用しながら行っている。バージに関しては各バージ内に[[発電機]]を搭載し、その力で走行・点灯を行っている。&lt;br /&gt;
:* 2011年5月14日までの期間行ってきた両パークチケットとディズニーホテル宿泊料金などから集まった義援金の合計が4億2099万4855円となった&amp;lt;ref&amp;gt;{{PDF|[http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/05/20110519_01.pdf 「東日本大震災」に対する支援について（第5報）] }} - （株）オリエンタルランド 2011年5月19日&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
:* ショー「ディズニー・マジック・イン・ザ・スカイ」は9月4日に再開予定。&lt;br /&gt;
;東京ディズニーランド&lt;br /&gt;
:2011年4月15日、東京ディズニーランド開園28周年の日にパーク運営再開することが決定された。&lt;br /&gt;
:* 運営再開後暫くの間は運営時間が8:00 - 18:00と短縮運営となる。4月23日以降より通常営業。&lt;br /&gt;
:* 園内の噴水やトイレ内のハンドドライヤーは節電のため停止。&lt;br /&gt;
:* パレード「[[ジュビレーション!]]」は[[4月18日]]まで、「[[東京ディズニーランド・エレクトリカルパレード・ドリームライツ]]」は運営時間短縮の為、当面の期間中止の予定だったが、運営時間が通常に戻ったことと、電力影響に問題ないということで、[[4月23日]]より再開した。&lt;br /&gt;
:* アトラクション「[[シンデレラのフェアリーテイル・ホール]]」は予定通り2011年4月15日にグランドオープン。&lt;br /&gt;
:* アトラクション「[[ビッグサンダーマウンテン]]」は震災の影響によりメンテナンスを2011年4月29日まで継続。&lt;br /&gt;
:* ショーレストランも休止していたが、5月1日より再開。&lt;br /&gt;
;東京ディズニーシー&lt;br /&gt;
:2011年4月28日よりパーク運営再開することが発表された。&lt;br /&gt;
:* 運営時間は通常通り。&lt;br /&gt;
:* 東京ディズニーシー10thアニバーサリーイベント「[[Be Magical!]]」は延期が決定。開催予定日は[[2011年]][[9月4日]]から[[2012年|翌年]][[3月19日]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
{{CommonscatN|Tokyo Disney Resort|東京ディズニーリゾート}}&lt;br /&gt;
* [[ウォルト・ディズニー・カンパニー]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーランド]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーシー]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート・チケットカウンター]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート・コレクションカード]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート・チケットセンター]]&lt;br /&gt;
* [[ディズニーリゾート物語]]&lt;br /&gt;
* [[マジックキングダムクラブ]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾートのCD]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾートの橋]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾートの駐車場]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾートの花火]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾートのパスポート]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート25thアニバーサリー]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/ 東京ディズニーリゾート・オフィシャルホームページ]&lt;br /&gt;
** [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/tdl/ 東京ディズニーランド]&lt;br /&gt;
** [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/tds/ 東京ディズニーシー]&lt;br /&gt;
** [http://www.zed.co.jp/ シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京「ZED」]&lt;br /&gt;
** [http://www.disneyhotels.jp/dah/ ディズニーアンバサダーホテル]&lt;br /&gt;
** [http://www.disneyhotels.jp/dhm/ 東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ]&lt;br /&gt;
** [http://www.disneyhotels.jp/tdh/ 東京ディズニーランドホテル]&lt;br /&gt;
** [http://www.ikspiari.com/ イクスピアリ]&lt;br /&gt;
** [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/bv/ ボン・ヴォヤージュ]&lt;br /&gt;
** [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/drl/ ディズニーリゾートライン]&lt;br /&gt;
** [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/oh/ 東京ディズニーリゾート・オフィシャルホテル]&lt;br /&gt;
** [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/tdr/japanese/plan/hotel/ptn.html 東京ディズニーリゾート・パートナーホテル]&lt;br /&gt;
** [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/tdr/japanese/plan/hotel/gnh.html 東京ディズニーリゾート・グッドネイバーホテル]&lt;br /&gt;
{{wikitravelpar}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{東京ディズニーリゾートの施設}}&lt;br /&gt;
{{ウォルト・ディズニー・パークス・アンド・リゾーツ}}&lt;br /&gt;
{{東京ディズニーリゾート}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:とうきようていすにいりそおと}}&lt;br /&gt;
[[Category:東京ディズニーリゾート|*とうきようていすにいりそおと]]&lt;br /&gt;
[[Category:千葉県の建築物]]&lt;br /&gt;
[[Category:千葉県の観光地]]&lt;br /&gt;
[[Category:浦安市]]&lt;br /&gt;
[[Category:平成百景]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京湾]]&lt;br /&gt;
[[Category:京成グループ|*]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

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&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Wikipedia/Ja|東京ディズニーリゾート}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''東京ディズニーリゾート&amp;amp;reg;'''（とうきょうディズニーリゾート、[[英語|英称]]:''Tokyo Disney Resort&amp;amp;reg;''、略称:''TDR''）とは、[[日本]]の[[千葉県]][[浦安市]][[舞浜]]にある[[ディズニーパーク]]を中心としたリゾート施設群である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
TDRは、2つのディズニーパークとディズニー関連ホテルを核にショッピング施設などから構成される。経営・管理・運営はオフィシャルホテルを除き[[オリエンタルランド|株式会社オリエンタルランド (OLC)]]および同社の関連会社で構成される「OLCグループ」が行っている。世界のディズニーリゾートでは唯一ライセンス契約による経営・運営であり、経営・運営会社にディズニーの資本が全く入っていない。なおディズニー関連の著作権や商標権ビジネスは[[ウォルト・ディズニー・ジャパン]]が担当しており、[[オリエンタルランド]]は東京ディズニーリゾートの経営・運営のみ担当している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
従業員のことを「'''キャスト'''」、利用客のことを「'''ゲスト'''」と通称するなど、ディズニーのテーマリゾートの手法に倣った展開をしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[アメリカ合衆国|アメリカ]]の[[ウォルト・ディズニー・カンパニー]]は来場者の長期滞在を計る目的として、ディズニーパーク単体の運営から、ディズニーによる特定のコンセプトに沿った複数のディズニーパークとホテルなどから成る長期滞在型の「テーマリゾート」への展開を進めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1971年]]にオープンしたウォルト・ディズニー・ワールド（現在の[[ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート]]）は当初からディズニーパークとホテル（リゾート）の複合体であり、その後の同様の複合施設、ユーロ・ディズニー・リゾート（現在の[[ディズニーランド・リゾート・パリ]]）などの展開の基礎になった。その後、パーク単体だった[[ディズニーランド]]（アメリカ・カリフォルニア）と東京ディズニーランドもそれぞれ第二パークとホテルを増設し名称もそれぞれディズニーランド・リゾート、東京ディズニーリゾート、そしてディズニーパークとホテルを同時に開業した[[香港ディズニーランド|香港ディズニーランド・リゾート]]となり現在にいたる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
上記のように、現在世界5ヶ所のディズニーパークすべてがそれを核に「テーマリゾート」化されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 構成 ==&lt;br /&gt;
東京ディズニーリゾートは以下の施設から構成される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[画像:The Map of Tokyo Disney Resort (Japanese).jpg|center|500px|東京ディズニーリゾートの地図]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ディズニーパーク ===&lt;br /&gt;
{{Main|ディズニーパーク}}&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーランド]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーシー]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: ''東京ディズニーランド・東京ディズニーシーの[[入場券]]については、[[東京ディズニーリゾートのパスポート]]を参照&lt;br /&gt;
''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== シアトリカル・エンタテインメント ===&lt;br /&gt;
* [[シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ディズニーホテル ===&lt;br /&gt;
{{main|東京ディズニーリゾート・ディズニーホテル}}&lt;br /&gt;
* [[ディズニーアンバサダーホテル]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーランドホテル]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 東京ディズニーリゾート・オフィシャルホテル ===&lt;br /&gt;
{{main|東京ディズニーリゾート・オフィシャルホテル}}&lt;br /&gt;
* [[サンルートプラザ東京]]&lt;br /&gt;
* [[東京ベイ舞浜ホテル]]&lt;br /&gt;
* [[東急ホテルズ#東京ベイホテル東急|東京ベイホテル東急]]&lt;br /&gt;
* [[ヒルトン東京ベイ]]&lt;br /&gt;
* [[ホテルオークラ東京ベイ]]&lt;br /&gt;
* [[シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ショッピング施設 ===&lt;br /&gt;
* [[イクスピアリ]]&lt;br /&gt;
* [[ボン・ヴォヤージュ (ディズニーショップ)|ボン・ヴォヤージュ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== リゾート内の交通機関 ===&lt;br /&gt;
* [[舞浜リゾートラインディズニーリゾートライン線|ディズニーリゾートライン]]&lt;br /&gt;
* [[ディズニーリゾートクルーザー]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 総合サービスセンター ===&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート・ウェルカムセンター]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 駐車場 ===&lt;br /&gt;
{{main|東京ディズニーリゾートの駐車場}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革 ==&lt;br /&gt;
* [[1983年]]&lt;br /&gt;
** [[4月15日]] 「[[東京ディズニーランド]]」グランドオープン&lt;br /&gt;
* [[1986年]]&lt;br /&gt;
** [[1月]] [[ウォルト・ディズニー・カンパニー|ディズニー]]がオリエンタルランドに対して「東京ディズニー・ワールド構想」を提案&lt;br /&gt;
** [[7月20日]] オフィシャルホテル「[[サンルートプラザ東京]]」が開業&lt;br /&gt;
* [[1988年]]&lt;br /&gt;
** [[4月14日]] オフィシャルホテル「シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル&amp;amp;タワーズ」（現：[[シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル]]）が開業&lt;br /&gt;
** [[4月15日]] 「東京ディズニーランド」5周年の記者会見において、OLC[[会長]]の[[高橋政知]]（当時）が「第2パーク構想」を発表&lt;br /&gt;
** [[7月2日]] オフィシャルホテル「東京ベイヒルトン」（現：[[ヒルトン東京ベイ]]）が開業&lt;br /&gt;
** [[7月8日]] オフィシャルホテル「第一ホテル東京ベイ」（現[[ホテルオークラ東京ベイ]]）が開業&lt;br /&gt;
* [[1990年]]&lt;br /&gt;
** [[5月2日]] オフィシャルホテル「[[東急ホテルズ#東京ベイホテル東急|東京ベイホテル東急]]」が開業&lt;br /&gt;
* [[1998年]]&lt;br /&gt;
** [[8月1日]] 舞浜駅前開発事業（「[[イクスピアリ]]」・「[[ディズニーアンバサダーホテル]]」）の建設工事が開始&lt;br /&gt;
** [[10月22日]] 「[[東京ディズニーシー]]」・「[[東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ]]」の建設工事が開始&lt;br /&gt;
* [[2000年]]&lt;br /&gt;
** [[1月1日]] 「リゾート宣言」を発表し「東京ディズニーリゾート」が正式にスタート、初代「[[アンバサダー|東京ディズニーリゾート・アンバサダー]]」が就任&lt;br /&gt;
** [[7月7日]] 「[[イクスピアリ]]」、「[[キャンプ・ネポス]]」、「[[ディズニーアンバサダーホテル]]」が開業&lt;br /&gt;
** [[10月24日]] 「[[舞浜リゾートラインディズニーリゾートライン線|ディズニーリゾートライン]]」の試運転が開始&lt;br /&gt;
* [[2001年]]&lt;br /&gt;
** [[3月1日]] 「[[ボン・ヴォヤージュ (ディズニーショップ)|ボン・ヴォヤージュ]]」が開業&lt;br /&gt;
** [[3月23日]] 「[[東京ディズニーシー]]」の開業日を発表&lt;br /&gt;
** [[7月27日]] 「ディズニーリゾートライン」が開業&lt;br /&gt;
** [[8月1日]] 「東京ディズニーシー」および「[[東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ]]」のプレビューが開始&lt;br /&gt;
** [[9月4日]] 「東京ディズニーシー」がグランドオープン、「東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ」が開業&lt;br /&gt;
* [[2002年]]&lt;br /&gt;
** [[11月8日]] [[東京ディズニーランド]]、東京ディズニーシー合わせて3億人目のゲストが来園&lt;br /&gt;
* [[2006年]]&lt;br /&gt;
** [[3月1日]] 「AMCイクスピアリ16」を「シネマイクスピアリ」に名称変更し、リニューアルオープン&lt;br /&gt;
** [[9月3日]] [[日産自動車]]、[[日本水産]]、[[タカラトミー]]、[[森永製菓]]、[[セイコーホールディングス|セイコー]]、[[日本ヒルズ・コルゲート]]の計6社が参加企業が提供を終了。&lt;br /&gt;
** [[11月1日]] 東京ディズニーランド、東京ディズニーシー合わせて4億人目のゲストが来園&lt;br /&gt;
** [[11月8日]] [[タカラトミー]]と公式スポンサー契約を締結。タカラトミーは[[9月3日]]に一旦提供を終了していたため実質復帰となった。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]&lt;br /&gt;
** [[3月3日]] オフィシャルホテル「[[東京ベイ舞浜ホテル]]」が開業&lt;br /&gt;
** [[7月30日]] [[ニチレイ|ニチレイフーズ]]と公式スポンサー契約を締結&lt;br /&gt;
* [[2008年]]&lt;br /&gt;
** [[4月15日]] 東京ディズニーランド開業25周年を迎え、[[東京ディズニーリゾート25thアニバーサリー]]を開始。[[そごう]]との公式スポンサー契約終了&lt;br /&gt;
** [[7月8日]] 「[[東京ディズニーランドホテル]]」が開業&lt;br /&gt;
** [[10月1日]] 「[[シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京]]」開業、レジデント・ショー「ZED」開幕。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 名称決定までの流れ ==&lt;br /&gt;
[[1983年]][[4月15日]]、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]国外では初となる「ディズニーパーク」、「[[東京ディズニーランド|東京ディズニーランド (TDL)]]」が開園した。[[1970年]]代に立て続けに発生した[[オイルショック]]の後の、ゆるやかな経済成長時にオープンしたこのパークは、「余暇をいかに楽しむか」を考える余裕が出てきた日本人の心をつかみ、初年度は1036万人もの入園者を数えた。その後、「[[国際科学技術博覧会|科学万博つくば85]]」の開催や、[[バブル景気]]に影響されて全国各地に建設された[[スキー]]場や[[ゴルフ]]場、[[遊園地]]の中でも、強い独自色を発揮し、着実に入園者数を増やしていくのであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1986年]][[1月]]、[[ウォルト・ディズニー・カンパニー]]（以下、ディズニー）は、TDLを経営・運営するOLCに対し、[[舞浜]]地区全体の開発を目指した「東京ディズニーワールド構想」を提案してきた。OLCは社内での検討の末、[[1988年]][[4月15日]]に開かれたTDL開園5周年の記者会見の席上で、会長の[[高橋政知]]（当時）が「第2パーク構想」について発表する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※当時ディズニーでは、ディズニーパークとホテルなどの複合体を「リゾート」とは呼んでおらず、唯一複合体をなしていたのは、フロリダのウォルト・ディズニー・ワールドだけであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、いくつものディズニー側からの提案のOLC側での検証や、OLC社内の意見の相違などを経て、TDLに次ぐ第2のディズニーパークである「[[東京ディズニーシー|東京ディズニーシー (TDS)]]」を始めとして、「[[イクスピアリ]]」、「[[ボン・ヴォヤージュ (ディズニーショップ)|ボン・ヴォヤージュ]]」など、現在のTDRを形作る施設の全体像が決まってきた。そんな中、ウォルト・ディズニー・アトラクション・ジャパン（WDAJ）社長（当時）のジム・コーラ（現ディズニーレジェンド）とOLCとの間でやり取りされた書簡の文中に「東京ディズニーリゾート」という名称が初めて出てきた。当初、OLCは舞浜地区全体を「舞浜リゾート」と呼び、そのエリアの中にディズニー関連施設とその他の施設が共存するイメージを持っており、自社の敷地すべてに「ディズニー」のブランドをかぶせられることに難色を示した。 その後、OLC独自の施設をリゾートに含む全体計画についてはディズニーと合意できたものの、リゾート全体を表す名称について、ディズニー・OLCで意見の相違が残った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このリゾート全体に「ディズニー」の名称を使えるというアメリカ側の提案について、OLC側は自社「リゾート」の名称に対してディズニーによる一方的な「命名」であると公式に不快感を示したが、最終的にはディズニー側からの「東京ディズニーリゾート」の名称使用の正式な提案を受け入れ、これがそのまま正式な名称となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 公認ホテル ==&lt;br /&gt;
東京ディズニーリゾートの敷地外にある近隣ホテルにも公認ホテルとして提携を行っているものがあり、宿泊客向けの各種特典が存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 東京ディズニーリゾート・パートナーホテル ===&lt;br /&gt;
{{main|東京ディズニーリゾート・パートナーホテル}}&lt;br /&gt;
東京ディズニーリゾート近郊の[[新浦安駅]]地区にある、5つのホテルで構成されており、「ディズニーホテル」、「東京ディズニーリゾート・オフィシャルホテル」に次ぐ内容の宿泊客特典を備えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[パーム&amp;amp;ファウンテンテラスホテル]]&lt;br /&gt;
*: パームテラスホテル&lt;br /&gt;
*: ファウンテンテラスホテル&lt;br /&gt;
* [[ホテルエミオン東京ベイ]]&lt;br /&gt;
* [[オリエンタルホテル東京ベイ]]&lt;br /&gt;
* [[浦安ブライトンホテル]]&lt;br /&gt;
* [[三井ガーデンホテルプラナ東京ベイ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 東京ディズニーリゾート・グッドネイバーホテル ===&lt;br /&gt;
{{main|東京ディズニーリゾート・グッドネイバーホテル}}&lt;br /&gt;
東京ディズニーリゾートへの無料送迎バス「グッドネイバーホテル・シャトル」（予約制）で結ばれており、パークのチケット付き宿泊パッケージや、ホテル内で東京ディズニーリゾートの最新情報が取得できるなどの特典がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[新宿区|新宿]]・[[千代田区|千代田]]・[[中央区 (東京都)|中央]]エリア&lt;br /&gt;
** [[東急ホテルズ#赤坂エクセルホテル東急|赤坂エクセルホテル東急]]&lt;br /&gt;
** [[京王プラザホテル]]&lt;br /&gt;
** [[ホテルメトロポリタン エドモント]]&lt;br /&gt;
* [[品川区|品川]]エリア&lt;br /&gt;
** [[グランドプリンスホテル新高輪]]&lt;br /&gt;
** [[ホテルパシフィック東京]]&lt;br /&gt;
* [[お台場|台場]]・[[有明 (江東区)|有明]]エリア&lt;br /&gt;
** [[ホテルグランパシフィック・ル・ダイバ|ホテルグランパシフィック LE DAIBA]]&lt;br /&gt;
** [[ホテル日航東京]]&lt;br /&gt;
** [[東京ベイ有明ワシントンホテル]]&lt;br /&gt;
* [[江東区|江東]]・[[墨田区|墨田]]エリア&lt;br /&gt;
** [[第一ホテル両国]]&lt;br /&gt;
** [[東武ホテルレバント東京]]&lt;br /&gt;
** [[ホテルイースト21東京]]&lt;br /&gt;
* [[千葉市|千葉]]・[[幕張]]エリア&lt;br /&gt;
** [[京成ホテルミラマーレ]]&lt;br /&gt;
** [[ホテルスプリングス幕張]]&lt;br /&gt;
** [[ホテルニューオータニ幕張]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 今後の計画 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
{{CommonscatN|Tokyo Disney Resort|東京ディズニーリゾート}}&lt;br /&gt;
{{Wikitravel}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[ウォルト・ディズニー・カンパニー]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーランド]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーシー]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート・チケットカウンター]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート・コレクションカード]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート・チケットセンター]]&lt;br /&gt;
* [[ディズニーリゾート物語]]&lt;br /&gt;
* [[マジックキングダムクラブ]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾートのCD]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾートの橋]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾートの駐車場]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾートの花火]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾートのパスポート]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート25thアニバーサリー]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/ 東京ディズニーリゾート・オフィシャルホームページ]&lt;br /&gt;
** [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/tdl/ 東京ディズニーランド]&lt;br /&gt;
** [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/tds/ 東京ディズニーシー]&lt;br /&gt;
** [http://www.zed.co.jp/ シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京「ZED」]&lt;br /&gt;
** [http://www.disneyhotels.jp/dah/ ディズニーアンバサダーホテル]&lt;br /&gt;
** [http://www.disneyhotels.jp/dhm/ 東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ]&lt;br /&gt;
** [http://www.disneyhotels.jp/tdh/ 東京ディズニーランドホテル]&lt;br /&gt;
** [http://www.ikspiari.com/ イクスピアリ]&lt;br /&gt;
** [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/bv/ ボン・ヴォヤージュ]&lt;br /&gt;
** [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/drl/ ディズニーリゾートライン]&lt;br /&gt;
** [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/oh/ 東京ディズニーリゾート・オフィシャルホテル]&lt;br /&gt;
** [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/tdr/japanese/plan/hotel/ptn.html 東京ディズニーリゾート・パートナーホテル]&lt;br /&gt;
** [http://www.tokyodisneyresort.co.jp/tdr/japanese/plan/hotel/gnh.html 東京ディズニーリゾート・グッドネイバーホテル]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{ウォルト・ディズニー・パークス・アンド・リゾーツ}}&lt;br /&gt;
{{東京ディズニーリゾート}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:とうきようていすにいりそおと}}&lt;br /&gt;
[[Category:東京ディズニーリゾート|*とうきようていすにいりそおと]]&lt;br /&gt;
[[Category:千葉県の建築物]]&lt;br /&gt;
[[Category:千葉県の観光地]]&lt;br /&gt;
[[Category:浦安市]]&lt;br /&gt;
[[Category:平成百景]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京湾]]&lt;br /&gt;
[[Category:京成グループ|*]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

	<entry>
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		<title>東京ディズニーリゾート</title>
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				<updated>2008-03-18T04:52:37Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Wikipedia/Ja|東京ディズニーリゾート}}&lt;br /&gt;
'''東京ディズニーリゾート'''（'''とうきょうディズニーリゾート'''、''Tokyo Disney Resort''、略称:'''TDR'''）とは、[[日本]]の[[千葉県]][[浦安市]][[舞浜]]にある[[ディズニーパーク]]を中心としたリゾート施設群である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
TDRは、2つのディズニーパークとディズニー関連ホテルを核にショッピング施設などから構成される。経営・管理・運営はオフィシャルホテルを除き[[オリエンタルランド|株式会社オリエンタルランド(OLC)]]および同社の関連会社で構成される「OLCグループ」が行っている。世界のディズニーリゾートでは唯一、経営・運営会社にディズニーの資本が全く入らない、ライセンス契約による経営・運営を行っている。従業員のことを「キャスト」、利用客のことを「ゲスト」と通称するなど、ディズニー直営のテーマリゾートの手法に倣った展開をしている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[アメリカ合衆国|アメリカ]]の[[ウォルト・ディズニー・カンパニー]]は来場者の長期滞在を計る目的として、ディズニーパーク単体の運営から、ディズニーによる特定のコンセプトに沿った複数のディズニーパークとホテルなどから成る長期滞在型の「テーマリゾート」への展開を進めている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1971年]]にオープンしたウォルト・ディズニー・ワールド（現在の[[ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート]]）は当初からディズニーパークとホテル（リゾート）の複合体であり、その後の同様の複合施設、ユーロ・ディズニー・リゾート（現在の[[ディズニーランド・リゾート・パリ]]）などの展開の基礎になった。その後、パーク単体だった[[ディズニーランド]]（アメリカ・カリフォルニア）と東京ディズニーランドもそれぞれ第二パークとホテルを増設し名称もそれぞれディズニーランド・リゾート、東京ディズニーリゾート、そしてディズニーパークとホテルを同時に開業した[[香港ディズニーランド|香港ディズニーランド・リゾート]]となり現在にいたる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
上記のように、現在世界5ヶ所のディズニーパークすべてがそれを核に「テーマリゾート」化されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 構成 ==&lt;br /&gt;
東京ディズニーリゾートは以下の施設から構成される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[画像:Tokyo Disney Resort-map.JPG|center|500px]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ディズニーパーク === &lt;br /&gt;
{{Main|ディズニーパーク}}&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーランド]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーシー]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:''東京ディズニーランド・東京ディズニーシーの[[入場券]]については、[[東京ディズニーリゾートのパスポート]]を参照してください。&lt;br /&gt;
''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ディズニーホテル ===&lt;br /&gt;
* [[ディズニーアンバサダーホテル]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーランドホテル]]（[[2008年]]度開業予定、[[#今後の計画|下記参照]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:''ディズニーホテル共通の宿泊者特典については、[[東京ディズニーリゾート・ディズニーホテル]]を参照してください。&lt;br /&gt;
''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 東京ディズニーリゾート・オフィシャルホテル ===&lt;br /&gt;
* [[サンルートプラザ東京]]&lt;br /&gt;
* [[東京ベイ舞浜ホテル]]&lt;br /&gt;
* [[東急ホテルズ#東京ベイホテル東急|東京ベイホテル東急]]&lt;br /&gt;
* [[ヒルトン東京ベイ]]&lt;br /&gt;
* [[ホテルオークラ東京ベイ]]&lt;br /&gt;
* [[シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:''オフィシャルホテル共通の宿泊者特典については、[[東京ディズニーリゾート・オフィシャルホテル]]を参照してください。''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ショッピング施設 ===&lt;br /&gt;
* [[イクスピアリ]]&lt;br /&gt;
* [[ボン・ヴォヤージュ (ディズニーショップ)|ボン・ヴォヤージュ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== リゾート内の交通機関 ===&lt;br /&gt;
* [[舞浜リゾートラインディズニーリゾートライン線|ディズニーリゾートライン]]&lt;br /&gt;
* [[ディズニーリゾートクルーザー]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 総合サービスセンター ===&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート・ウェルカムセンター]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 駐車場 ===&lt;br /&gt;
{{main|東京ディズニーリゾートの駐車場}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革 ==&lt;br /&gt;
*[[1983年]]&lt;br /&gt;
**[[4月15日]]　「[[東京ディズニーランド]]」が開業&lt;br /&gt;
*[[1986年]]&lt;br /&gt;
**[[1月]]　[[ウォルト・ディズニー・カンパニー|ディズニー]]がオリエンタルランドに対して「東京ディズニー・ワールド構想」を提案&lt;br /&gt;
*[[1988年]]&lt;br /&gt;
**[[4月15日]]　「東京ディズニーランド」5周年の記者会見において、OLC[[会長]]の[[高橋政知]]（当時）が「第2パーク構想」を発表&lt;br /&gt;
*[[1998年]]&lt;br /&gt;
**[[8月1日]]　舞浜駅前開発事業（「[[イクスピアリ]]」・「[[ディズニーアンバサダーホテル]]」）の建設工事が開始&lt;br /&gt;
**[[10月22日]]　「[[東京ディズニーシー]]」・「[[東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ]]」の建設工事が開始&lt;br /&gt;
*[[2000年]]&lt;br /&gt;
**[[1月1日]]　「リゾート宣言」を発表し「[[東京ディズニーリゾート]]」が正式にスタート、初代「[[アンバサダー|東京ディズニーリゾート・アンバサダー]]」が就任&lt;br /&gt;
**[[7月7日]]　「[[イクスピアリ]]」、「[[キャンプ・ネポス]]」、「[[ディズニーアンバサダーホテル]]」が開業&lt;br /&gt;
**[[10月24日]]　「[[ディズニーリゾートライン]]」の試運転が開始&lt;br /&gt;
*[[2001年]]&lt;br /&gt;
**[[3月1日]]　「[[ボン・ヴォヤージュ (ディズニーショップ)|ボン・ヴォヤージュ]]」が開業&lt;br /&gt;
**[[3月23日]]　「[[東京ディズニーシー]]」の開業日を発表&lt;br /&gt;
**[[7月27日]]　「ディズニーリゾートライン」が開業&lt;br /&gt;
**[[8月1日]]　「東京ディズニーシー」および「[[東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ]]」のプレビューが開始&lt;br /&gt;
**[[9月4日]]　「東京ディズニーシー」がグランドオープン、「東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ」が開業&lt;br /&gt;
*[[2002年]]&lt;br /&gt;
**[[11月8日]]　[[東京ディズニーランド]]、東京ディズニーシー合わせて3億人目のゲストが来園&lt;br /&gt;
*[[2005年]]&lt;br /&gt;
**[[2月25日]]　[[パーム&amp;amp;ファウンテンテラスホテル]]が開業&lt;br /&gt;
*[[2006年]]&lt;br /&gt;
**[[3月1日]]　「AMCイクスピアリ16」を「シネマイクスピアリ」に名称変更し、リニューアルオープン&lt;br /&gt;
**[[9月3日]]　[[日産自動車]]、[[日本水産]]、[[タカラトミー]]、[[森永製菓]]、[[セイコー]]、[[日本ヒルズ・コルゲート]]の計6社が参加企業が提供を終了。&lt;br /&gt;
**[[11月1日]]　東京ディズニーランド、東京ディズニーシー合わせて4億人目のゲストが来園&lt;br /&gt;
**[[11月8日]]　[[タカラトミー]]と公式スポンサー契約を締結。タカラトミーは[[9月3日]]に一旦提供を終了していたため実質復帰となった。&lt;br /&gt;
*[[2007年]]&lt;br /&gt;
**[[3月3日]]　[[東京ベイ舞浜ホテル]]が開業&lt;br /&gt;
**[[6月1日]]　[[三井ガーデンホテルプラナ東京ベイ]]が開業&lt;br /&gt;
**[[7月30日]]　[[ニチレイ|ニチレイフーズ]]と公式スポンサー契約を締結&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 名称決定までの流れ ==&lt;br /&gt;
[[1983年]][[4月15日]]、[[アメリカ]]国外では初となる「ディズニーパーク」、「[[東京ディズニーランド|東京ディズニーランド(TDL)]]」が開園した。[[1970年]]代に立て続けに発生した[[オイルショック]]の後の、ゆるやかな経済成長時にオープンしたこのパークは、「余暇をいかに楽しむか」を考える余裕が出てきた日本人の心をつかみ、初年度は1036万人もの入園者を数えた。その後、「[[国際科学技術博覧会|科学万博つくば85]]」の開催や、[[バブル景気]]に影響されて全国各地に建設された[[スキー]]場や[[ゴルフ]]場、[[遊園地]]の中でも、強い独自色を発揮し、着実に入園者数を増やしていくのであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1986年]][[1月]]、[[ウォルト・ディズニー・カンパニー]]（以下、ディズニー）は、TDLを経営・運営するOLCに対し、[[舞浜]]地区全体の開発を目指した「東京ディズニーワールド構想」を提案してきた。OLCは社内での検討の末、[[1988年]][[4月15日]]に開かれたTDL開園5周年の記者会見の席上で、会長の[[高橋政知]]（当時）が「第2パーク構想」について発表する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※当時ディズニーでは、ディズニーパークとホテルなどの複合体を「リゾート」とは呼んでおらず、唯一複合体をなしていたのは、フロリダのウォルト・ディズニー・ワールドだけであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、いくつものディズニー側からの提案のOLC側での検証や、OLC社内の意見の相違などを経て、TDLに次ぐ第2のディズニーパークである「[[東京ディズニーシー|東京ディズニーシー(TDS)]]」を始めとして、「[[イクスピアリ]]」、「[[ボン・ヴォヤージュ (ディズニーショップ)|ボン・ヴォヤージュ]]」など、現在のTDRを形作る施設の全体像が決まってきた。そんな中、ウォルト・ディズニー・アトラクション・ジャパン（WDAJ）社長（当時）のジム・コーラ（現ディズニーレジェンド）とOLCとの間でやり取りされた書簡の文中に「東京ディズニーリゾート」という名称が初めて出てきた。当初、OLCは舞浜地区全体を「舞浜リゾート」と呼び、そのエリアの中にディズニー関連施設とその他の施設が共存するイメージを持っており、自社の敷地すべてに「ディズニー」のブランドをかぶせられることに難色を示した。　その後、OLC独自の施設をリゾートに含む全体計画についてはディズニーと合意できたものの、リゾート全体を表す名称について、ディズニー・OLCで意見の相違が残った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このリゾート全体に「ディズニー」の名称を使えるというアメリカ側の提案について、OLC側は自社「リゾート」の名称に対してディズニーによる一方的な「命名」であると公式に不快感を示したが、最終的にはディズニー側からの「東京ディズニーリゾート」の名称使用の正式な提案を受け入れ、これがそのまま正式な名称となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==公認ホテル==&lt;br /&gt;
東京ディズニーリゾートの敷地外にある近隣ホテルにも公認ホテルとして提携を行っているものがあり、宿泊客向けの各種特典が存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===東京ディズニーリゾート・パートナーホテル ===&lt;br /&gt;
東京ディズニーリゾート近郊の[[新浦安駅]]地区にある、5つのホテルで構成されており、「ディズニーホテル」、「東京ディズニーリゾート・オフィシャルホテル」に次ぐ内容の宿泊客特典を備えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[パーム&amp;amp;ファウンテンテラスホテル]]&lt;br /&gt;
:パームテラスホテル&lt;br /&gt;
:ファウンテンテラスホテル&lt;br /&gt;
*[[ホテルエミオン東京ベイ]]&lt;br /&gt;
*[[オリエンタルホテル東京ベイ]] &lt;br /&gt;
*[[浦安ブライトンホテル]]&lt;br /&gt;
*[[三井不動産ホテルマネジメント#三井ガーデンホテルプラナ東京ベイ|三井ガーデンホテルプラナ東京ベイ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:''パートナーホテル共通の宿泊者特典については、[[東京ディズニーリゾート・パートナーホテル]]を参照してください。''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===東京ディズニーリゾート・グッドネイバーホテル===&lt;br /&gt;
東京ディズニーリゾートへの無料送迎バス「グッドネイバーホテル・シャトル」（予約制）で結ばれており、パークのチケット付き宿泊パッケージや、ホテル内で東京ディズニーリゾートの最新情報が取得できるなどの特典がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[新宿区|新宿]]・[[千代田区|千代田]]・[[中央区 (東京都)|中央]]エリア&lt;br /&gt;
**[[東急ホテルズ#赤坂エクセルホテル東急|赤坂エクセルホテル東急]] &lt;br /&gt;
**[[京王プラザホテル]] &lt;br /&gt;
**[[ホテルメトロポリタン エドモント]] &lt;br /&gt;
*[[品川区|品川]]エリア&lt;br /&gt;
**[[グランドプリンスホテル新高輪]]&lt;br /&gt;
**[[ホテルパシフィック東京]] &lt;br /&gt;
*[[お台場|台場]]・[[有明 (江東区)|有明]]エリア&lt;br /&gt;
**[[ホテル・グランパシフィック・メリディアン]] &lt;br /&gt;
**[[ホテル日航東京]]&lt;br /&gt;
**[[東京ベイ有明ワシントンホテル]]  &lt;br /&gt;
*[[江東区|江東]]・[[墨田区|墨田]]エリア&lt;br /&gt;
**[[第一ホテル両国]] &lt;br /&gt;
**[[東武ホテルレバント東京]]&lt;br /&gt;
**[[ホテルイースト21東京]]&lt;br /&gt;
*[[千葉市|千葉]]・[[幕張]]エリア&lt;br /&gt;
**[[京成ホテルミラマーレ]] &lt;br /&gt;
**[[ホテルスプリングス幕張]] &lt;br /&gt;
**[[ホテルニューオータニ幕張]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:''グッドネイバーホテル共通の宿泊者特典については、[[東京ディズニーリゾート・グッドネイバーホテル]]を参照してください。''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==今後の計画==&lt;br /&gt;
{{予定}}&lt;br /&gt;
===東京ディズニーリゾート25thアニバーサリー===&lt;br /&gt;
[[2008年]][[4月15日]]～[[2009年]][[4月14日]]&lt;br /&gt;
{{main|東京ディズニーリゾート25thアニバーサリー}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:TDR最初の一歩となったTDL開園から25周年を記念し、1年を通じてのアニバーサリーイベントをリゾート全体で開催する。従来アニバーサリーイベントは各パーク独自のものだったが、今回の25thアニバーサリーに関してはリゾート全体のイベントとして行われる。なお、以下の2つも25thアニバーサリーの一環として扱われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 東京ディズニーランドホテル ====&lt;br /&gt;
[[2008年]][[7月8日]]開業予定&lt;br /&gt;
{{main|東京ディズニーランドホテル}}&lt;br /&gt;
:かつて東京ディズニーランド・ゲストパーキング・ミッキー区画となっていた約89,000m&amp;amp;sup2;の敷地に、9階建て700室のホテル「[[東京ディズニーランドホテル]]」を開業する。3つめの「ディズニーホテル」となる。デザインコンセプトは[[東京ディズニーランド・ステーション]]や東京ディズニーランド・メインエントランスに合わせヴィクトリア朝様式とし、東京ディズニーランド・ステーションを挟んで東京ディズニーランドと向き合う位置に整備される。ホテル建設で削減される駐車場は、現駐車場を一部立体化して対応する。駐車場改装関連費用も含め、総事業費は約440億円。駐車場の立体化は完成。ホテル本体は現在建設中。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京 ====&lt;br /&gt;
[[2008年]][[10月1日]]開業予定&lt;br /&gt;
{{main|シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京}}&lt;br /&gt;
:ディズニーアンバサダーホテル前に、北米地域以外で初めての[[シルク・ドゥ・ソレイユ]]専用常設劇場「[[シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京]]」が新設される。総事業費は約140億円で、客席数は約2000席強、地上7階建てとなる。経営・運営は、OLCシアトリカル事業部が行う。現在建設中。なお、劇場オリジナル演目に関しては、[[ジェーシービー]]が特別協賛（プレゼンティング・スポンサー）を行う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 提供番組 ==&lt;br /&gt;
;[[テレビ番組|テレビ]]&lt;br /&gt;
* [[夢の通り道]]（[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]・[[一社提供]]）&lt;br /&gt;
* [[学校へ行こう!MAX]]（[[東京放送|TBS]]系列）&lt;br /&gt;
* [[クイズヘキサゴンII]]（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]系列）&lt;br /&gt;
* [[ネプリーグ]]（フジテレビ系列、[[関東広域圏]]のみ）&lt;br /&gt;
* [[Disney Time]]（[[テレビ東京]]系列・[[金曜日]]のみ）&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--未確認情報のためコメントアウト&lt;br /&gt;
* [[中居正広の金曜日のスマたちへ]]（[[東京放送|TBS]]系列、[[2008年]]～）--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;過去の提供番組&lt;br /&gt;
* [[ザ・ベストハウス123]]（フジテレビ系列）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[ウォルト・ディズニー・カンパニー]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート・チケットカウンター]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート・コレクションカード]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾート・チケットセンター]]&lt;br /&gt;
* [[ディズニーリゾート物語]]&lt;br /&gt;
* [[マジックキングダムクラブ]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾートのCD]]&lt;br /&gt;
* [[東京ディズニーリゾートの橋]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.tokyodisneyresort.co.jp/ 東京ディズニーリゾート・オフィシャルホームページ]&lt;br /&gt;
**[http://www.tokyodisneyresort.co.jp/tdl/index.html 東京ディズニーランド]&lt;br /&gt;
**[http://www.tokyodisneyresort.co.jp/tds/index.html 東京ディズニーシー]&lt;br /&gt;
**[http://www.disneyhotels.jp/dah/index.html ディズニーアンバサダーホテル]&lt;br /&gt;
**[http://www.disneyhotels.jp/dhm/index.html 東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ]&lt;br /&gt;
**[http://www.ikspiari.com/ イクスピアリ]&lt;br /&gt;
**[http://www.tokyodisneyresort.co.jp/bv/index.html ボン・ヴォヤージュ]&lt;br /&gt;
**[http://www.tokyodisneyresort.co.jp/drl/index.html ディズニーリゾートライン]&lt;br /&gt;
**[http://www.tokyodisneyresort.co.jp/oh/index.html 東京ディズニーリゾート・オフィシャルホテル]&lt;br /&gt;
**[http://www.tokyodisneyresort.co.jp/tdr/japanese/plan/hotel/ptn.html 東京ディズニーリゾート・パートナーホテル]&lt;br /&gt;
**[http://www.tokyodisneyresort.co.jp/tdr/japanese/plan/hotel/gnh.html 東京ディズニーリゾート・グッドネイバーホテル]&lt;br /&gt;
*[http://wiki.chakuriki.net/index.php/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%BE%E3%83%BC%E3%83%88 東京ディズニーリゾート(chakuwiki)]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Template:東京ディズニーリゾート}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:とうきようていすにいりそおと}}&lt;br /&gt;
[[Category:東京ディズニーリゾート|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:ディズニーのテーマパーク]]&lt;br /&gt;
[[Category:千葉県の建築物・観光名所]]&lt;br /&gt;
[[Category:浦安市]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E7%89%88&amp;diff=9954</id>
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				<updated>2007-07-22T21:44:30Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: /* テツ（鉄道オタク） */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ウィキペディア日本語版'''は、フリー百科事典[[ウィキペディア|Wikipedia]]の中で、主として[[日本語]]を用いて記述されている[[ウィキ]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本語版のあゆみ ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[英語]]での発足は早く、2001年には存在したと言われているが、日本語表記が可能になったのは2002年。2003年初めにスラドで紹介されたときに、新し物好きたちがどっと参加したのが、実質的な始まりだとされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、最初の歩みは遅々たるものだった。開拓者たちはまず方針文書やライセンスの翻訳から始めなければならなかった。Google検索でトップページにリストされれば、コミュニティ内で大きく話題になったという、牧歌的黎明期であった。1行、2行の記事がぽつぽつあり、たまに、5KBの記事があれば大変な長文だとみなされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2004年、2005年と、先端的なメディアがぽつぽつ話題に取り上げ始めるが、まだまだ「百科事典」としての体をなしていない段階であり、一般人の認知度は低かった。これを利用して2004年度以降、組織的な工作を画策する利用者が現れる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
goo検索がウィキペディアを辞書検索の仲間に入れた。アサヒ新聞が一面トップの特集で取り上げた。NHKが紹介した。管理者のひとりがまるごとウィキペディアに関する本を上梓した。ウィキペディアンにとってはほとんど分かりきった情報ばかりもと言えるが、外の人にはおそらく貴重な情報源。これらがあい前後して、ウィキペディア日本語版は日本国内で一気に認知度を高めた。熱心な執筆者も格段に増えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、有名化には負の面もある。運営に関心を持つユーザーが増えるにつれ、バックシートドライバー的ユーザーが、[[2ちゃんねる]]上やウィキペディア本体上で、あれこれ、アクティブユーザーの批判を始めたのだ。「管理者性悪説」とでも呼ぼうか、非常事態に臨んで管理者はしばしば方針にない対処を余儀なくされるのだが、それをもって「管理者おーぼー！！」「強権的！」などと「正義派ユーザー」はかまびすしい。しかし、面倒がってまともに答えない管理者にも問題はある。黙っていれば、相手の言い分が正しいように見えてしまうから、他のユーザーが納得する程度には反論すべきなのだ。とはいえ、当該管理者にとってはこれまで対処してきた数え切れないほどの荒らしの同類にしか見えていないのだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
使命感に燃える「正義派」は「解任規定」の整備を進めてついにこれを正式化し、管理者を片っ端から解任プロセスに乗せ始めた。叩き派と擁護派の攻防は横で見ている分にはなかなかの見ものではあるが、アクティブな管理者ほど荒らしの恨みを買っているため前途を悲観しているユーザーもいるようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、政治活動に熱心で記事をほとんど、もしくは「投票権」を失わない程度にしか記事空間を編集しない「正義派ユーザー」に眉をひそめる穏健派ユーザーも少なくない。が、正義派ユーザーの議論につきあうほどの政治的熱意は持たないため、彼らの本音がうかがえるのはほとんど投票フェーズだけといってもよい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:（2004年から[[2ちゃんねる]]運営、Mixi、はてななどの外部サイトを利用し、人手不足の解消に全力で取り組んでいるが、それほど効果は出ていない。Suisuiのアカウント取得は2003年だが、スチュワード推薦まで驚くほど時間がかかっていない。Mixiで徹底的に追い詰められたKMT、Radioactive、kzhrはMixi上の活動を停止するか法的措置によって謝罪に追い込まれているが、このことは一切[[2ちゃんねる]]の趣味一般板で触れられていない。FasoのMixiアカウントも消滅している。Miyaは自分の身が追い詰められると、日記を全て削除して、その上なんの謝罪もない。）&lt;br /&gt;
:（KMTはさんづけで呼ばれる数少ない管理者の一人である。この男も、WIKIMEDIA内部でSuisuiと同じく異常に昇進が速い。ウィキブレイクに入ったといいつつログインを欠かさない。Mixiのアカウントも定期的にログインしている）&lt;br /&gt;
:（近年明らかになっているのがkwansaiやsnty-tactなどの海外組である。海外に在住しているために、意図的に歴史関係の項目などを書き換えることが出来る。追及の手が及びにくいことから、荒らし退治には重宝されているが、やっていることは親中および親韓路線への「意図的な」工作である。2007年7月には海外組の一人を京都に招いて、工作会議を行うことが決まっている。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 野田憲太郎の行動 ==&lt;br /&gt;
作曲家野田憲太郎も標的となったひとりである。京芸を経てワイオミング大学音楽学部やノースフロリダ大学音楽学部に学び、数々の作曲コンクールでも入賞している野田氏の貢献は、ウィキペディア日本語版の方針により抹殺されることになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本国内ではまだ「ウィキペディア日本語版の管理者共」に知られていない音楽家や学説を執筆したが、記事の信憑性、検証可能性を求められた際、自分の体験や記事にした本人との間で交わされた会話を拠り所としたため、迫害され追放されたことになっている。しかしながら[[ラドゥレスク事件]]に見られるように管理側の出典の調査不足については不問のままであるので、この追放は妥当ではない。信憑性が薄いと連呼するユーザーに対して、野田が出典を示しても無視するが今堀が出典を提示すると歓迎するという、馬鹿馬鹿しい八百長迫害が多数行われた。（そのログはバーチャルネットコンポーザーピアニストちゅちゅもえらー18歳のサイト上に保存されている）その後は散発的に捨てアカウントで抗議を続けるも、ことごとく荒らしとしてブロックされていることになっているが、使っていないアカウントまで使ったことにされるなど管理ユーザーの攻撃は頂点に達した。この直後、フライング無期限ブロック発動で話題となった利用者:KMTはなぜかウィキブレイクを取っているが、実際にはソックパペット使いに降格しただけである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野田の無期限ブロックに賛同したユーザーのうち、半数がウィキブレイクを取るかアカウントを使い捨てているか、あるいはアカウントを他者と共有している。WP:から始まる文書はサーバーを落としてその間に木津尚子らIRC組によって作成している。彼の行動によって、「仮想アカウント」の存在、単一人が使用する違法な多重アカウント、複数人が使用する単一アカウント、BOTを使う一般編集者の迫害、WP:から始まる文書の攻撃的な作成、プロクシを使う管理者の存在が明らかになっている。在日中国人または在日韓国人スタッフが日本語版を海外の同胞の助力に頼って遠隔操作している可能性も指摘されており（歴史に関する項目はおおむねこのような操作で書き換えを行っている）、なりすましのためのプロクシ使用が常習化している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つい最近、日本語版スタッフがCUのパスポート提出を拒否していた事実が判明した。このことによって、日本語版のCUは全て仮想アカウントで管理していたことがウィキメディア財団に発覚した。このことを執拗に追及した矢先、株式会社はてなは野田憲太郎のはてなキーワード編集権を剥奪した。木津尚子の行動を暴いただけなのに、「すべてが虚偽である」と判断。これにより、ウィキペディア日本語版とはてなが共謀していたことも明らかとなった。どうかんがえてもmiya夫妻などの日本語版スタッフの中枢が写真に写っているにもかかわらず「写っていない」という編集の許可や、削除依頼キーワードに移動する複数の工作員が潜伏していることにより、はてなは元から日本語版ウィキペディアの成立に関わった企業である可能性が指摘されている。はてな側は「工作を行った覚えはない」と否認しているが、それならなぜWP関係者が写真に写っていることを隠蔽したのかの説明がつかない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利用者 ==&lt;br /&gt;
ウィキペディアはMediaWikiにおける「User」を「利用者」と翻訳している。この中でもいろいろなステータスがある。&lt;br /&gt;
* banned user（追放された利用者）&lt;br /&gt;
*: 破壊行為や個人攻撃のゆえに編集を差し止められたユーザー。有期限、無期限、どちらもありうる。&lt;br /&gt;
*: 彼らは通常「荒らし」と呼ばれる。「トロル（Troll）」と呼ぶユーザーもいる。彼らは相手をしてやるとますます喜んで破壊の限りを尽くす。ゆえに「スルー力」が必要となる。合言葉は&amp;quot;Don't feed the troll!&amp;quot;（トロルにえさをやるな）である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* bot（ボット)&lt;br /&gt;
*: プログラムにしたがってリンク付けや表記の置換を自動編集する存在&lt;br /&gt;
*: 単純編集を繰り返すユーザーを「生体ボット」と罵る向きもあるが、無論、これは本物の「ボット」ではない。&lt;br /&gt;
*: 利用者:Radioactiveがゲロしたように、都合の悪いことを書き込む利用者を撃退するのにもボットが使われる。&lt;br /&gt;
* anonymous user（匿名ユーザー、またはIPユーザー）&lt;br /&gt;
*: ログインせずに編集すると履歴に使用IPがはっきり残る。フシアナサンに大騒ぎする２ちゃんねらたちも、ウィキペディアで編集ごとにIPを晒すのは平気。&lt;br /&gt;
*: 職場や学校のIPで編集すれば身元はばれたも同然である。荒らし行為をすれば、ネットワーク管理者に苦情メールが送られる。大手プロバイダの場合、最悪、契約を打ち切ってくる程度である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* registered user（ログインユーザー）&lt;br /&gt;
*: アカウントを登録してログインすれば、編集履歴にはそのアカウントが記録され、IPはCU（後述）権限を持っているユーザーにしか見えなくなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* sockpuppet（ソックパペット、靴下、靴下人形）&lt;br /&gt;
*: ウィキペディアにおいて、新しいアカウントを作るのは実に簡単だ。アカウント名とパスワードさえ考えれば良い。メールアドレス登録さえ、2007年5月現在のところ義務化されていない。そのため、新規アカウントは作り放題である。荒らしの中には、何百もの靴下を誇る猛者もいるが、作るのは「ウィキペディア日本語版運営からの命令」である。IPチェック（CU）とその結果としての広域ブロック（後述）がたびたび必要となっている。しかしながら、ネットカフェなどを用いて永久に荒らすことが可能であるはずなのに、広域ブロックという無駄な手段に頼っている。この事情に、いくつかのプロバイダは毅然とした態度を取り続けている。非公開企業として代表者を多く２ちゃんねるとちがって、IPから強制解約を行うことは本来は不可能である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ログインユーザーの中でも、もう少し広範囲な権限を保有しているユーザーがいる。&lt;br /&gt;
* administrator/sysop&lt;br /&gt;
*:  「管理者」と翻訳されているが、その管理的響きを嫌って「sysop」、「シスオペ」と書く管理者もいる）：削除と復帰、保護と保護解除、保護されたページの移動や編集、ブロックとブロック解除、MediaWikiテキストの改変などが可能。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* bureaucrat（ビューロクラット、ビューロ）&lt;br /&gt;
*: 管理者やビューロの任命権を持つ。ユーザーのアカウント名変更もビューロの仕事である。&lt;br /&gt;
*: 一時期は和訳も検討された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* checkuser（チェックユーザー、CU、CU係）&lt;br /&gt;
*:  ログインユーザーの投稿履歴からIPをチェックする権限を有するユーザー。荒らし対策上、実際にどこまでどのようにチェックが可能であるかは公表されていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
::自分の持ち物ではないサーバーからIPを照会してプロバイダ情報またはPCに関わる個人情報を得ることは日本で禁止されているため、チェックユーザーアカウントにて実名や所属を名乗りIPを調べることが日本では不可能となる。この点アメリカにサーバーをおいた[[2ちゃんねる]]とは事情が異なる。そのために、チェックユーザーは匿名の上さらに仮想アカウントにして、複数人でそのアカウントを使いまわす必要に追われている。最も有名な仮想アカウントに「ちゃたま」がいる。高卒の38歳という「設定」は、英語版がそれほど高学歴のユーザーに頼らず成長したことへの皮肉から生まれた。合衆国法に違反のないように、現在のウィキメディア財団はCU係のパスポートのコピー明示を義務付けており、当然ちゃたまにも要求された模様だがこれをちゃたまが拒否。このことにより仮想アカウントでCUさせていることが財団に発覚して、大問題となった。ウィキペディア日本語版のサーバはアメリカのフロリダにあり、一時期は韓国のサーバも使っていたが、保守上の問題などがあり今はアメリカに戻っていることが確認された。これらの事項を都市伝説として否定したいユーザーがユアペディアを荒らしている。おそらくFasoとKMTのパスポートは財団に提出されているものと思われるので、両氏の実名がネットに流れるのも時間の問題であろう。最近ちゃたまが「運転免許証で身分証明が可能になった」という報告を行ったそうだが、この報告が事実である保証はない。パスポート提出役が見つかっただけの話である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*  oversight（オーバーサイト：日本語版未導入）&lt;br /&gt;
*:  過去の版に著しい権利侵害などがあった場合、sysopにも見えないように覆い隠す権限を持つらしい。日本語版未導入につき、これに関する詳細な日本語情報は無いと思われる。アメリカと日本の訴訟制度の違いから、オーバーサイトは日本語版では導入されていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* steward（スチュワード）&lt;br /&gt;
*:  権限は大きいものの、「執事」というにふさわしく、各プロジェクトの求めに応じて必要な権限を抑制的に行使する立場。sysop不在の折に荒らしの急襲があれば、IRCのスチュワードチャンネルで居合わせたスチュワードをつかまえてブロックを依頼することが出来る。しかし、一字も読めないプロジェクト上で権限行使をするのは、なかなか冷汗ものだろうと思う。&lt;br /&gt;
*: Metaウィキの選挙で推薦され、財団理事会から任命されるらしい。しかしながら、日本語をほとんど読むことの出来ない理事がどうやってSuisuiの資質を調べたのかは不明。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* developer（開発者）&lt;br /&gt;
*:  MediaWikiをハックしたり鯖のお守をするのだろう。一般ユーザーには雲の上の存在である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2007年4月11日以降、プライバシー情報にアクセス可能なCU、オーバーサイト、スチュワード、開発者は「18歳以上」「居住地において成人年齢」であり、かつ「財団に対して進んで身元を明かす」ことが求められるようになった。恐らくこれは「Essjay事件の教訓」を踏まえたものであろう。&lt;br /&gt;
:（meta:Resolution:Access to nonpublic data）&lt;br /&gt;
:（英語版ではこのような虚偽が追求されることが多いが、日本語版では管理者の国籍や学歴、本名はほとんど公表されていない。これは、ひとつには、身元を公開したユーザーは[[2ちゃんねる]]にさらされてしまう可能性が高いためである。しかし、2001年以前の[[2ちゃんねる]]に晒されるのなら危険であったかもしれないが、ログやIPを全て取得している現在の[[2ちゃんねる]]に晒されたところで、それほどの被害はない。本当の理由は、学歴を公開した場合、才能もないのに大学院に入り浸っている研究員の出来損ないが多いことが判明するためである。特に理由もないのに、博士課程在籍者が非常に多い。その全てが単位取得満期退学者である可能性が指摘されている。事実、利用者:Lemは「論文がかけないぃー！ウヴォァー！」と断末魔の叫びを上げている。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===日本語版の管理者===&lt;br /&gt;
日本語版はその黎明期に「administrator/sysop」を「管理者」と翻訳した。しかし、「管理者」というと結構「えらそー」なイメージを与えたため、開拓者たちはたちまち後悔してもっと他の言葉に代えようとしたが、議論百出するも一向に代案が決まらず、現在に至る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「管理者」というと、[[西村博之]]のような強大な権限を持つ「管理人」としばしば混同されやすいが、実際の権限はそれほど大きいわけではないし、人数も格段に多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とはいえ、日本語版の場合、規模拡大に管理者の増員がなかなか追いつかない。管理者の増加よりも、記事や利用者の増加のほうがはるかに早いのと、権限をあまり行使しない管理者や働きすぎや他の利用者との確執で燃え尽きて辞める管理者がいるため慢性的に人手不足ぎみである。また適任と思われるユーザーがなかなか立候補してくれず、かえって参加間もない中学生が恐れ気も無く無邪気に立候補しては涙を呑んでいる。&lt;br /&gt;
:（↑中学生を騙る仮想アカウントである可能性もある）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''日本支部が関西に存在するにもかかわらず'''管理者は建前上「ボランティア」という事になっており、「管理者」がウィキペディアの責任者であるという明示はウィキペディア内に存在しない。この為、ウィキペディア内で繰り返されている犯罪的行為を訴えた場合、管理者達が「俺は責任者じゃない。文句はジミー・ウェールズに言え」などと喚いて責任逃れしているのは常識となっている。（利用者:KMTのMixiメッセージ）&amp;lt;ref&amp;gt;「Wikipedia:管理者」には「責任を負わされるリスクは管理者の方が多少高いと思われます[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E7%AE%A1%E7%90%86%E8%80%85#.E4.B8.80.E8.88.AC.E3.81.AE.E5.8F.82.E5.8A.A0.E8.80.85.E3.81.A8.E3.81.A9.E3.81.86.E9.81.95.E3.81.86.E3.81.AE.E3.81.8B]」などとまるで他人事のような物言いで注意書きが書かれている。&amp;lt;/ref&amp;gt;。実際、プライバシー侵害や名誉毀損、デマや侮辱が書き込まれても、管理責任を放棄した管理者達は削除せずに知らん振りしている&amp;lt;ref&amp;gt;時折、管理者等が「問題のある書き込みは削除した」と喚きだす事もあるが、実際には編集による上書きで問題の書き込みを一時的に本文から隠蔽しているだけであり、履歴にはしっかりと悪質な書き込みが保存、公開され続けている。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本語版の管理者の学歴は往々にして低く、一昔前なら高卒で終わっていたレヴェルの利用者が'''CU'''アカウントや管理アカウントを担っているために、余計評価が低くなっている現実がある。日本語版において、管理アカウントを持つということはsysopであることを意味せず、sysopではないが管理アカウントを所有するスタッフは総じて攻撃的ではない。 逆にsysopでありながら管理アカウントを持たずに攻撃投稿を繰り返す者もいる。このタイプにゆきちがいる。sysopでかつ管理アカウントを所有するtietew、suisui、aphaiaなどの連中は「全員日本人ではなく在日」であり、海外に住む同胞の助力すら利用する。この「海外組」の存在はほとんど知られていないが、ほとんど日本の歴史に関わる項目を親中か親韓に書き換える人々である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===利用者の態度===&lt;br /&gt;
普段の利用者達は礼儀正しい模範的な[[ボランティア]]であるかのように振舞っているが、実際には自己流を押し通そうとし、それを認めない参加者を排除する事だけを考えている者しかいない。他の利用者と協調しようとする意志も無ければ、公明正大で万人に受け入れられる百科事典を作ろうとする心構えも毛頭無い。2004年以降の2ちゃんねる運営との提携は、結局「管理者になりたいと思う人を、多重アカウントで阻止すること」と「一年以内でソックパペットを管理者に出来ること」しかメリットがない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
利用者達は仲間内で「派閥」を形成しており、他の利用者と編集方針で対立すると、本性をあらわにして「派閥」総がかりで暴言を書き殴り、敵対者をコミュニティから追放しようとする。さらに気に食わない利用者に根拠も無く、「荒らし」のレッテルを貼って吊るし上げようとする行為が日常的に横行している&amp;lt;ref&amp;gt;ウィキペディアで「荒らし」と呼ばれた人の大半は完全に無実である。ウィキペディアのノートや会話のページを見て分かるように、レッテルを貼る側は一切対話しない場合が非常に多く（そりゃーBOTだから対話できないだろうな！）、ウィキペディアの容量を使って気に食わない利用者を「荒らし」としてリストアップするという自分勝手な行為までも野放しにされている。この問題に関しても管理者は見てるだけで何もしない。&amp;lt;/ref&amp;gt;。ちなみに、この「派閥」の多くは、一人の利用者が大量のソックパペットを保持して自作自演を行い、多数派を装っているだけでしかないという実態は2ちゃんねる等でも暗黙の事実として語られている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウィキペディアは表向きには誹謗中傷を書く事を禁止しており、書いた者は投稿ブロックの対象とされているが、実際の管理者達の対応は「対話不足」だとか、「ウィキペディアに貢献している」だとかという主観的な理由でブロックせずに放置している。また、被害者が管理者の仲間でない限り、誹謗中傷が削除される事もまず無い。しかも、取り締まる側であるべき管理者達も自身の[[ブログ]]や2ちゃんねるで他の編集者に対する陰口を熱心に書き込んでいるという有様である。そのブログの多くははてなのスペースに置かれており、はてなグループは軒並みプライベートモードに設定されている。単純に批判が怖いらしい。FasoやKMTのような強権管理者がすぐにMixiをやめるのはそのためである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現実の世界では、外見や挙動や性格のせいか、苛められている若しくは自分の発現が出来ないと推測されるが、ここぞとばかり、普段の憂さ晴らしのごとくいじめを行ったり自分の発言や考えを突き通そうとする。確かに現時点で著名な業績を残している管理者は存在せず研究者の出来損ないが多いことは事実だが、こういった保守言説が現在のウィキペディア日本語版に当てはまるのかどうかは不明である。たとえば、かつての２ちゃんねるも「敗北者のたまり場」などと形容されていたが、現実は決して敗北者オンリーのたまり場とは言いがたい。Mixiは各界著名人も平気で使用するツールの一つである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== [[2ちゃんねる]] ==&lt;br /&gt;
ほかの言語版と異なる側面の一つに、[[2ちゃんねる]]趣味一般板にある、ウィキペディアスレッドの存在がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 雰囲気の変遷&lt;br /&gt;
2003年、2004年段階では、実にゆっくりと流れるスレッドで、[[2ちゃんねる]]とも思われない穏やかな雰囲気だったが、ウィキペディアの知名度が上がるにつれてどんどん過激になっていき、ユーザーの名前を挙げての匿名攻撃も日常化し、今では手出しをする分、ネトヲチ版よりもひどいともいえる状態になっている。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--&lt;br /&gt;
前述の野田氏たたきも、この[[2ちゃんねる]]のスレッドでたくまれたものらしい。←別の場所でたくまれています。IRCが最有力。{{要出典}}&lt;br /&gt;
↑良く考えたら、２ｃｈでもIRCでもなく、音楽PJあたりで議論がはじまったのかも。野田氏と一番対立していた音楽分野ユーザはIRCにも２ｃｈにも参加していないようだ--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:（現在はNekosuki600、Lonicera、Yassieの三人で趣味一般板の夜勤に当たることが多い。「それでも、スレッドは10人以上で動いたためしがない」）&amp;lt;!--夜勤ってなんですかぁｗｗｗ--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; ロビー活動&lt;br /&gt;
また、管理者の解任や削除依頼、投稿ブロック依頼で組織票を投ずることを呼びかける場としても利用されている。ウィキペディア日本語版では正式に制定されている基本方針とガイドラインはあるものの、''利用者による多数決''で議論の方向性や記事の内容が決められることもあるため、数が多い[[2ちゃんねらー]]の干渉を受ける場合があると見られている。ただし、あくまでも[[2ちゃんねる]]限定であり、ジサクジエンも可能であるため、[[2ちゃんねる]]で多数派に見える「世論」もウィキペディア本体で主張するとあっさり否決される場合もありうる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== オタク ==&lt;br /&gt;
ウィキペディア日本語版は[[オタク]]文化に関する怪しげな記事が大量に投稿されている。ごく少数のオタクの間でしか通用しないようなオタク用語の記事が頻繁に投稿されており、挙句の果てにはウィキペディアンのお気に入りのアニメキャラクターを長々と紹介する記事まである。それらの記事の大多数は出典が示されていない記述（いわゆる独自研究）で埋め尽くされており、感想文同然の代物なのだが、オタク系の利用者のごね得のおかげで削除されずにそのまま放置されている。日本語版の利用者達が自画自賛している記事数の多さは、前述のような役に立たない大量の記事によって水増しされているだけに過ぎないというのが実態である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== テツ（鉄道オタク） ===&lt;br /&gt;
ウィキペディアには鉄道に関心の深いユーザーが多数参加している。内容は日本のものに偏っているが、日本における鉄道情報源としては屈指の存在に成長している。彼らは日本語版黎明期から日本の鉄道線と鉄道駅の網羅をめざして実に根気良く活動を続けた。あまりのオタクぶりに顰蹙を買いながらも日本の現在の鉄道駅網羅を成し遂げ、今度は廃駅網羅に邁進している。&lt;br /&gt;
: 「Wikipedia:ウィキプロジェクト 鉄道」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== バスオタク ===&lt;br /&gt;
ウィキペディアにはバスに関心の深いユーザーが一部参加している。内容は鉄道分野に比べてバス関連記事が少ない事に引け目を感じている。彼らは鉄道オタクが鉄道駅の網羅を成し遂げた事に便乗して、バス会社とバス路線の記事の網羅を目指して活動を続けている。しかしテンプレートの量産には懐疑的である。 また鉄道用語の記事が多い事に対してバス記事が少ない為に、ファンによる造語なども記事化しようともくろんでいる。「例：バスファン等」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「Wikipedia:ウィキプロジェクト バス」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 声優オタク ===&lt;br /&gt;
日本語版最大の特徴は[[声優]]の記事が大量に存在する事である。殆どはマイナーな人物に関する物ばかりで、その内容も出演作品をひたすら羅列しただけでしかない。一方、人気声優の記事には「高い演技力を持つ」だとか、「高く評価されている」だとかという主観的且つ個人的な意見が書き込まれていたり、更には[[ラジオ]]や[[イベント]]での発言等といった確認しようの無いエピソードばかりで記事が埋め尽くされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== マンガ・アニメオタク ===&lt;br /&gt;
400円ほどあれば安易に手に入る漫画を熟読すれば済むだけの情報を延々と書き連ねる。物によってはウィキペディアを参照するより対象になった漫画を読んだ方が早いという滑稽な事がよくある。さらに対象になった漫画でしか使われない名称だけを羅列しただけの１円の価値も生み出さない物を放置し続けている。ドラゴンクエストなどのクリアするのに何十時間もかかるゲームならオチを知るには便利ではあるが、マンガやアニメでは全くの無駄である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに問題なのが、ウィキペディアンの大好きな漫画やその作家のページが過大評価を通り越して過剰評価される傾向がある事である。そのためウィキペディアを参考に漫画を買うと失望する事があるが、その責任は購買者にある。尚そういったページで熱狂的ファンが好まない編集をしようとすると多くの時間を奪われる事になるので注意が必要である。この事情には日本の漫画評論そのものの歴史が浅いことが大きい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 広域ブロック ==&lt;br /&gt;
荒らしの大多数は単純なラクガキ、タメシガキ、そんなつもりは無かったのにうっかり編集画面を開いて白紙化してしまった･･･など一過性のもの、短期で終わるものであることが多いが、ウィキペディアの運営方針や存在そのものに反対する人の一部が「荒らし」という手段で攻撃してくる事も少なくない。音声おじさん、純血主義者、ゆかりん、影武者など、非常に根気良く繰り返し日本語版を攻撃する長期荒らしユーザーがいる。&amp;lt;nowiki&amp;gt;&amp;lt;!--その何割かはウィキペディア日本語版を盛り上げる陰の工作員であるという説もあるが、--&amp;gt;&amp;lt;/nowiki&amp;gt;これに対処するべく使用されるのが「広域ブロック」である。「/24」だけでは足らず、「/16」レンジブロックが発動されることもある。広域ブロックであるため、善良な一般ウィキペディアンが巻き添えになることも少なくない。ソネットの時には、巻き添えユーザーは泣きながらも耐えるしかなかったが、その後、「穴あけ」による救済が可能になった。ただしそのため、より頻繁に広域ブロックが発動されるようにもなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
広域ブロックの対象には、大手プロバイダでは、2005年にソネット、2006年、2007年にはOCN、biglobe、@niftyなどがその対象となった。その他、大学を始めとする学校からの接続、漫画喫茶、図書館、携帯からの接続などもある。管理側が「大学へ連絡」と書き込みを行っていても、本当に連絡したかどうかまではわからない。単なるプロバイダゆすりである可能性も指摘されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
面白いことに、巻き添えになったユーザーは、穴あけをしてもらえば満足するのに対して、横で見ている「正義派」ユーザー達の方が広域ブロックに激しい「義憤」を感じて、大々的に管理者批判キャンペーンを繰りひろげた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E5%BA%83%E5%9F%9F%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF/rangeblocklist Wikipedia:広域ブロック/rangeblocklist（広域ブロックリスト）]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==中立と偽善と偏見==&lt;br /&gt;
ウィキペディア日本語版及び英語版は中立を謳っていますが、かなり偏見に満ち溢れている。本来のかかげた中立の趣旨は良いが、それを解釈し実行する人の能力に欠けるため、若しくは偏見のため偽善に終わっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ウィキペディア周辺 ==&lt;br /&gt;
=== 批判サイト ===&lt;br /&gt;
英語版ではWikitruthのようなたくさんのアンチ・サイトがすでに存在するが、ウィキペディア日本語版も多方面から怨みを買っているために複数のアンチ・サイトもしくは批判サイトが立ち上げられ始めている。日本語サイトでは、もちろんMediaWikiを用いたこの'''Yourpedia'''がその最右翼である。（←なんだその言い分）「'''市民団体＠wiki''' (SPC避難所)」は、有名ユーザーの「悪事」や管理者のソックパペットを告発している個人サイト。これはウィキペディア正史の解釈であり、市民団体＠wikiは厳密にはアンチ・サイトとはみなせない。管理人は正体不明だが、生存は確認されている。'''日本語版wikitruth'''は[[野田憲太郎]]がはてなのサーバに打ち立てた個人サイト。はてなは「ウィキペディアを含むキーワード」表示を数日間無効にしたことが確認されている。さらに、野田憲太郎の編集権を剥奪し、木津尚子の多重アカウント行為は正当であると結論付けており、今後の動向が注目される。はてなが日本語版ウィキペディアと最初から共謀していたかどうかがわかるわけである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [http://en.wikipedia.org/wiki/Criticism_of_Wikipedia Criticism_of_Wikipedia]&lt;br /&gt;
* [http://www.wikitruth.info/index.php?title=Main_Page Wikitruth（本家）]&lt;br /&gt;
* [http://wiki.spc.gr.jp/Wikipedia/ 市民団体＠wiki (SPC避難所)]&lt;br /&gt;
* [http://d.hatena.ne.jp/Kasumoerer/ 日本語版wikitruth]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== パロディサイト・コピーサイト ===&lt;br /&gt;
[http://ja.uncyclopedia.info/ Uncyclopedia]は受けをねらったパロディサイト。笑えるかどうかはあなたの器次第。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これらのほかに、オリジナリティをほとんど持たないコピーサイトや「引用」と称してGFDL違反もなんのそののアフィリエイト目的の個人ブログが数限りなく存在し、今日も増殖中である。これらはウィキペディアのコピペでサイトを作ればアフィリエイトで稼げるとイイカゲンなことを教える[[情報商材]]の影響が大きいと見られている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [http://ja.wikipedia.org/wiki/WP:CFW ウィキペディアを情報源とするサイト]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア日本語版の利用者]]&lt;br /&gt;
*[[始祖鳥事件]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
* [http://wikimediafoundation.org ウィキメディア財団]&lt;br /&gt;
* [http://ja.wikipedia.org ウィキペディア日本語版]&lt;br /&gt;
* [http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E7%89%88 ウィキペディア日本語版当該項目]&lt;br /&gt;
* [http://beyond.2log.net/akutoku/topics/2007/0408.html Wikipedia日本語版の異常な偏向具合]&lt;br /&gt;
* [http://beyond.cocolog-nifty.com/akutoku/2007/03/wikipedia_80af.html Wikipediaの記述に不満のある人は、クレームを送ると良いようです。]&lt;br /&gt;
* [http://www.13hz.jp/2007/03/wikipedia_569c.html 日本のWikipediaは企業の広告媒体に成り下がるかもしれません]&lt;br /&gt;
* [http://www.13hz.jp/2007/04/wikipediano.html Wikipediaの削除問題、表現の自由とかいうレベルじゃなくて‥‥]&lt;br /&gt;
* [http://blog.sakichan.org/ja/index.php/2007/04/06/wikipedian_dont_know_encyclopedie Wikipedia日本語版管理者は百科全書とか知らないんだろうか？]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Internet-stub}}&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}} &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディア]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E8%91%97%E4%BD%9C%E6%A8%A9&amp;diff=9953</id>
		<title>著作権</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E8%91%97%E4%BD%9C%E6%A8%A9&amp;diff=9953"/>
				<updated>2007-07-22T21:17:06Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: 新しいページ: ''''著作権'''（ちょさくけん）とは、典型的には、著作物の創作者である著作者に保障される権利の総称であり、[[知的財産...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''著作権'''（ちょさくけん）とは、典型的には、[[著作物]]の創作者である[[著作者]]に保障される[[権利]]の総称であり、[[知的財産権]]の一種である。大きくは[[著作者人格権]]と[[著作財産権]]に分けられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
他の多くの権利と同様、国ごとに権利の具体的な様態が異なっているが、著作権を扱う[[著作権法]]によって保護の範囲や対象などを規定する場合が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国際的には、[[ベルヌ条約]]や[[万国著作権条約]]などの[[条約]]が各国共通・最低限の権利保護範囲を定めている。ベルヌ条約加盟国の場合、国内の著作権法は、ベルヌ条約より広い保護を定めるのが通例である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
作って形として残ったものすべてのものには必ず発生する権利のことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 種類と類似の権利 ==&lt;br /&gt;
狭義の著作権は、[[日本国憲法]]でいう財産権に含まれる。これは著作物を財産として利用する権利である。ただし、[[著作権法]]ではこのような著作財産権の他に、[[著作者人格権]]、著作隣接権に関する規定を設けることも多く、これらを総称して広義の著作権と呼ぶこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
著作者人格権は、著作者の人格的権利であり、主に作品の公表（公表権）、作者名の表示の有無（氏名表示権）、作者の名誉声望などを害する作品の改変などについての権利（同一性保持権）である。また、この権利は他人に譲渡することは出来ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
著作隣接権は、著作権が対象としている著作物に密接に関連している権利であり、財産権と人格権を含む。作曲家によって制作された楽曲は著作物であり、著作者である作曲家は著作権を有しているが、この[[楽曲]]を[[演奏]]する演奏者やそれを[[録音]]する[[レコード]]製作者、[[コンサート]]を放送する放送事業者は、著作物の著作者ではないが、著作物に密接に関わる活動を業としている。このような著作物の利用者に発生する権利が、著作隣接権として扱われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
著作権は[[特許権]]、[[意匠権]]、[[商標権]]などと並ぶ知的財産権の一種である。特許権は発明に対する保護を与えるのに対して、著作権は「表現」すなわち著作物（「思想又は感情」の「創作的」な「表現」であり、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの）に対する保護を与える。ここで、「創作的」については、表現者の個性が表れていれば足り、新規性や独創性までは要せず、他と区別できる程度であればよいとされる（判例・通説）。なお、[[発想|アイディア]]は一般的に保護されない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美術的分野では、意匠権は[[工業デザイン]]の権利を保護するものであるが、著作権は原則として[[美術]]鑑賞のための作品などに適用され、実用品には適用されないとする。但し、この境界線は必ずしも明解ではなく、美術工芸品は双方の権利が及ぶとする説もある。また、国によっては意匠法と著作権法をまとめて扱っている場合もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、特許権、意匠権、商標権などは登録が権利発生の要件であるが（方式主義）、日本法においては著作権は[[著作物]]の創作をもって発生し、登録は不要である（無方式主義）。[[著作権の登録制度|著作権の登録]]は、[[対抗要件|第三者対抗要件]]に過ぎない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 権利としての特徴 ==&lt;br /&gt;
著作権は、著作者に対して、著作権の対象である著作物を独占排他的に利用する権利を認めるものである。例えば、小説の作者は、その小説を独占排他的に出版、映画化、翻訳する権利を有しており、他人が無断で出版、映画化、翻訳した場合には、著作権を侵害することになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
著作権は[[無体財産権]]であるが、著作者が作品の[[所有権]]を他人に譲渡した場合でも、その行為によって著作権が消滅したり、移転したりすることはない。例えば、小説家は執筆原稿を出版者に譲渡するが、依然として著作者としての諸権利を有している。ただし、美術の著作物についての原作品の所有者による著作物の展示や展示に伴う複製などの行為には、著作権の効力が及ばないとする規定がある(著作権法45条、47条)。所有権者による当該行為にまで著作権の効力が及ぶものとすると、美術品の所有権を得た者の利益が著しく損なわれるため、著作権と所有権の調整を図ったものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
著作権は相対的独占権であり、特許権や意匠権のような絶対的独占権ではない。すなわち、既存の著作物Aと同一の著作物Bが作成された場合であっても、著作物Bが既存の著作物Aに依拠することなく独立して創作されたものであれば、両著作物の創作や公表の先後にかかわらず、著作物Aの著作権の効力は、著作物Bの利用行為に及ばない。同様の性質は、[[回路配置利用権]]にもみられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 保護の対象 ==&lt;br /&gt;
著作権の対象として想定されるのは、典型的には美術、音楽、文芸、学術に属する作品である。絵画、彫刻、建築、楽曲、詩、小説、戯曲、エッセイ、研究書などがその代表的な例である。他に写真、映画、テレビゲームなど、新しい技術によって出現した著作物についても、保護の対象として追加されてきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国によって保護の対象が異なる場合があり、例えばフランスの著作権法では、著作物本体のほかにそのタイトルも創作性があれば保護する旨を規定している。同じく、一部の衣服のデザインが保護されることが特に定められている。米国の著作権法では、船舶の船体デザインを保護するために特に設けられた規定がある。他に、明文規定によるものではないが、活字の書体は日本法では原則として保護されないが、保護する国もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
著作権の保護の対象にならないものとして、典型的には全く創作性のない表現と、情報やアイディアがある。例えば、五十音順に人名と電話番号を配しただけの電話帳や丁寧に書かれただけの正方形などは著作物ではないので、保護されない。最低限どのような創作性が必要になるかについては、必ずしも明瞭な判断基準は存在しない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、非常に独創的な思想や非常に貴重な情報であっても、そうした思想自体、情報自体が著作権法によって保護されることはない。ここから、ある数学の問題の解法やニュース報道で取り上げられる事実などは、その発見や取材に非常な努力を要することがあっても、著作権で保護されることはない。但し、その解法の表現や、ニュース報道における事実の表現などは著作権で保護されることがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著作権の歴史 ==&lt;br /&gt;
古来から書籍は貴重なもので、その閲覧や複写を制限しようという考え（著作財産権）はあり、また、真の著者をめぐって争われる（著作者人格権）こともあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、本格的に考慮されるようになったのは、15世紀に[[ヨハネス・グーテンベルク|グーテンベルク]]による印刷術が確立し、読者層が従来の聖職者、学者から[[ブルジョワ]]階級に広がって以降である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
16世紀になると[[ヴェネツィア]]など出版の盛んな地域で出版権が認められるようになり、&lt;br /&gt;
[[イギリス]]でも[[特許]]の一種としてしばしば、個別の著作が認定されていたが、1662年に最初の出版権を定めた法が制定された。1709年には[[アン (イギリス女王)|アン女王]]の法律で、著作者の権利、即ち著作権が認められた。この法では、著作権の有効期間（著者の死後14年、1度更新可能で最大28年）や、その後の[[パブリック・ドメイン]]の概念も制定されている(もっともこの時代は、著作権の対象は書籍だけで、音楽などは対象外であり、[[ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト|モーツァルト]]も盛んに[[盗作]]【既存の音楽の再利用、改変】を行っていた)。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[フランス]]では[[フランス革命|革命]]時に、著作者の権利が宣言され、[[アメリカ合衆国]]では1790年に著作権法が制定されている。19世紀に入ると著作権の対象は印刷物以外（[[音楽]]、[[写真]]等）に拡大されていく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、1886年の[[ベルヌ条約]]で国際的な著作権の取り決めができ、1952年に[[万国著作権条約]]が締結された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
著作権法および著作権についての考え方は、著作者・著作権者・利用者など利害関係者の様々な要請を受け、広く一般に主張が起きたり、専門家の間で議論が起きたり、[[立法]]の場で話し合われたり、[[行政]]の場で検討されたり、[[司法]]の場で争われたりするなど絶えず変更を受け続けている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近年、20～21世紀では、テクノロジーの著しい進歩及び[[権利ビジネス]]の伸張など[[経済]][[社会]]の変化を受けた、[[産業]]保護の観点からの要請と、著作物の自由な利用の要請（時には自由な言論の存続の希望を含む）との衝突が、顕著な争点の一つになっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1984年]]に判決が出た米国のベータマックス事件（ソニー勝訴）、[[1992年]]に生まれた日本の[[私的録音録画補償金制度]]、[[1997年]]に創設されたインタラクティブ送信に係る[[公衆送信権]]・送信可能化権（日本）、[[1999年]]に起こされた[[著作権延長法|ソニー・ボノ法]]への違憲訴訟（米国、[[2003年]]に合憲判決）、[[2001年]]の[[Napster|ナップスター]]敗訴（米国）などである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本における著作権 ==&lt;br /&gt;
{{law}}&lt;br /&gt;
=== 歴史 ===&lt;br /&gt;
日本では著作権法は、19世紀末に制定されたが、一部の権利については版権としてそれ以前から保護を受けていた。著作権法の制定はベルヌ条約への加盟のための国内法の整備として行われたとされる。この著作権法は旧著作権法とも呼ばれるもので、1970年に制定された新著作権法とは通常区別される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[1886年]] - [[ベルヌ条約]]（Berne Convention）締結&lt;br /&gt;
* [[1887年]] - 版権條令制定&lt;br /&gt;
* [[1893年]] - 版権法制定&lt;br /&gt;
* [[1899年]] - 日本がベルヌ条約に加盟&lt;br /&gt;
* [[1899年]] - 著作権法制定（版権法等関連旧法は廃止）&lt;br /&gt;
* [[1931年]] - プラーゲが音楽著作権の使用料を要求（[[日本音楽著作権協会#プラーゲ旋風と仲介業務法|プラーゲ旋風]]）&lt;br /&gt;
* [[1939年]] - [[仲介業務法]]施行&lt;br /&gt;
* [[1951年]] - [[日本国との平和条約|サンフランシスコ平和条約]]第15条C項により[[戦時加算 (著作権法)]]&lt;br /&gt;
* [[1970年]] - 新著作権法制定&lt;br /&gt;
* [[2000年]] - [[著作権等管理事業法]]施行にともない、[[仲介業務法]]廃止&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[20世紀]]半ば以降、企業により著作物が製作されるようになると、便宜的に架空の人物を著作者とした（[[八手三郎]]、[[アラン・スミシー]]など）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 権利の内容と譲渡可能性 ===&lt;br /&gt;
日本の著作権法の下では、以下の全ての[[権利]]は創作の時点で自動的に創作者（[[著作者]]）に発生する（[[無方式主義]]　cf.[[方式主義]]）。また、日本の商業ベースでの著作権譲渡の特色として、著作財産権の一括譲渡ではなく譲渡対象を明示・限定する「[[使用許諾方式]]」が一般的で、当初の目的と異なる使用法を行う場合（自動公衆送信可能化権や翻案権の行使など）には新たに権利関係を整理する必要があり、著作物の二次利用に支障を来たしていると指摘されている（[[総務省]]情報通信審議会答申[[2005年]][[7月29日]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* '''[[著作者人格権]]''' 著作者個人が専有し、譲渡、相続することができない&lt;br /&gt;
** 公表権   未発表の著作物を公に発表する権利&lt;br /&gt;
** 氏名表示権   著作物の公表の際に著作者の氏名を表示する権利&lt;br /&gt;
** [[同一性保持権]]    著作物の公表の際に著作者の意に反して改変されない権利&lt;br /&gt;
* '''[[著作財産権]]'''   創作の時点で著作者個人が専有するが、譲渡、相続することができる&lt;br /&gt;
** 複製権　　著作物を複製する権利&lt;br /&gt;
** 上演権及び演奏権　　著作物を公に上演したり演奏したりする権利&lt;br /&gt;
** 上映権　　著作物を公に上映する権利&lt;br /&gt;
** [[公衆送信権]]等　　著作物を公衆送信したり、自動公衆送信の場合は送信可能化する権利。また、公衆送信されるその著作物を受信装置を用いて公に伝達する権利&lt;br /&gt;
** 口述権　　言語の著作物を公に口述する権利&lt;br /&gt;
** 展示権　　美術の著作物や未発行の写真の著作物を原作品により公に展示する権利&lt;br /&gt;
** 頒布権　　[[映画の著作物]]をその複製によって頒布する権利&lt;br /&gt;
** 譲渡権　　著作物を原作品か複製物の譲渡により、公衆に伝達する権利(ただし映画の著作物は除く)&lt;br /&gt;
** 貸与権　　著作物をその複製物の貸与により公衆に提供する権利&lt;br /&gt;
** 翻訳権、[[翻案権]]　　著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
(著作物の種類等については[[著作物]]を参照のこと)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 権利行使 ===&lt;br /&gt;
[[著作者|著作権者]]は、他人に対し、その[[著作物]]の利用を[[許諾]]することができる（63条1項）。この許諾を得た者は、その許諾に係る利用方法及び条件の範囲内において、その許諾に係る著作物を利用することができる（63条2項）。また、この許諾に係る著作物を利用する権利は、著作権者の承諾を得ない限り、[[譲渡]]することができない（63条3項）。&lt;br /&gt;
*著作物の放送又は有線放送についての許諾は、契約に別段の定めがない限り、当該著作物の録音又は録画の許諾を含まないものとする（63条4項）。&lt;br /&gt;
*著作物の送信可能化についての許諾を得た者が、その許諾に係る利用方法及び条件（送信可能化の回数又は送信可能化に用いる自動公衆送信装置に係るものを除く。）の範囲内において反復して又は他の自動公衆送信装置を用いて行う当該著作物の送信可能化については、23条1項の規定は、適用しない（63条5項）。23条1項の規定とは、「著作者は、その著作物について、公衆送信（自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。）を行う権利を専有する」とするものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
共同著作物の著作者人格権は、著作者全員の合意によらなければ、行使することができないが（64条1項）、共同著作物の各著作者は、[[信義]]に反して前項の合意の成立を妨げることができない（64条2項）。共同著作物の著作者は、そのうちからその著作者人格権を[[代表]]して行使する者を定めることができるが（64条3項）、この者の代表権に加えられた制限は、[[善意]]の第三者に対抗することができない（64条4項）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
共有著作権（共同著作物の著作権その他共有に係る著作権）は、その共有者全員の合意によらなければ、行使することができないが（65条2項）、各共有者は、正当な理由がない限り、合意の成立を妨げることができない（65条3項）し、信義に反して合意の成立を妨げることができない（65条4項、64条2項）。また、代表権に加えられた制限は、善意の第三者に対抗することができない（65条4項、64条4項）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===著作権の対象とならないもの===&lt;br /&gt;
著作権法第10条2項は、「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道は、前項第1号に掲げる[[著作物]]に該当しない。」と規定している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
著作権法第13条は、次の著作物が「この章の規定による権利の目的となることができない。」と規定している。これらの著作物の内容は、国民の権利や義務を形成するものであり、一般国民に対して広く周知されるべきものであるため、著作権による保護対象とすることは妥当でないと考えられるからである。&lt;br /&gt;
#[[日本国憲法|憲法]]その他の[[法令]]&lt;br /&gt;
#*[[条約]]（未批准条約を含む）、外国の法令、廃止された法令も含まれる。また、政府作成の法律案、法律草案、改正試案なども、本号に含まれるものと解する。ただし、[[新聞社]]が作成した[[日本国憲法]]改正私案のように、私人が作成した法令案は本号の対象外であって、著作権の対象となりうる。&lt;br /&gt;
#[[政府|国]]若しくは[[地方公共団体]]の機関又は[[独立行政法人]]（独立行政法人通則法（平成11年法律第103号）第2条第1項に規定する独立行政法人をいう。以下同じ。）が発する告示、訓令、通達その他これらに類するもの&lt;br /&gt;
#[[裁判所]]の判決、決定、命令及び審判並びに行政庁の裁決及び決定で裁判に準ずる手続により行われるもの&lt;br /&gt;
#前2号に掲げるものの翻訳物及び編集物で、国若しくは地方公共団体の機関又は独立行政法人が作成するもの&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著作隣接権（日本） ==&lt;br /&gt;
著作物を伝達する場合に、実演家、レコード製作者、放送事業者、有線放送事業者に与えられる権利で、もとの著作物の著作権に抵触しない範囲で'''伝達者に認められる権利'''。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、[[映画の著作物]]に固定化されたものについては、実演家及びレコード製作者の著作隣接権は認められない（[[ワンチャンス主義]]）。また、実演家が録音権・録画権を認めたものを「放送」するには実演家の追加許諾が及ばない点や、放送事業者等が放送権行使のために「録音・録画」することは著作隣接権に定める録音権、録画権の許諾を要しないなど、著作権法の法令用語と日常用語との混乱には留意を要する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* '''実演家''' （[[演奏者]]、[[歌手]]、[[俳優]]、[[演出家]]など）に認められるもの&lt;br /&gt;
** 実演家には、実演に際して[[芸能]]的性質を付加する場合、著作者人格権に相当する権利として氏名表示権と同一性保持権が認められている。&lt;br /&gt;
** 録音権・録画権　自らの実演を録音、録画させる権利&lt;br /&gt;
** 放送権・有線放送権　自らの実演を放送・[[CATV]]放送させる権利&lt;br /&gt;
** 二次使用料受領権　自らの実演したCDやビデオなどが放送等で二次使用された場合に使用料を収受する権利&lt;br /&gt;
** 送信可能化権 [[インターネット]]通信により自らの実演を公衆送信させる権利&lt;br /&gt;
** 譲渡権　自らの実演を録画・録音したものを公衆へ譲渡する権利&lt;br /&gt;
** 貸与権　自らの実演したCDやビデオなどを[[レンタル]]利用させる権利&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* '''レコード製作者''' （レコード・CD製作会社など）に認められるもの&lt;br /&gt;
** 複製権　レコードを複製する権利&lt;br /&gt;
** 二次使用料受領権　レコードを放送等で二次使用された場合に使用料を収受する権利&lt;br /&gt;
** 送信可能化権 インターネット通信によりレコードを公衆送信させる権利&lt;br /&gt;
** 譲渡権　レコードの複製物を公衆へ譲渡する権利&lt;br /&gt;
** 貸与権　レコードをレンタル利用させる権利&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* '''放送事業者・有線放送事業者''' （放送局・CATV局など）に認められるもの&lt;br /&gt;
** 複製権　放送を録画・録音及び写真的方法により複製する権利&lt;br /&gt;
** 再放送権・有線放送権　[[キー局]]放送を[[地方局]]放送したり、CATV放送したりする権利&lt;br /&gt;
** 送信可能化権 インターネット通信により放送を公衆送信させる権利&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著作権の制限 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
著作物の利用・使用について、その便宜上必要とされる範囲または著作権者の利権を害しない範囲において著作権が制限されることがある。主なものは以下の通り。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 私的使用を目的とした複製（第30条）&lt;br /&gt;
:個人的に又は家庭内、或いはこれに準ずる限られた範囲内において使用する場合は、権利者の承諾を得なくても複製を行うことが出来る。但し、複製を行う装置・媒体がデジタル方式の場合は「補償金」を権利者に払わなければならないとされる（一般に「補償金」はそれらの装置や媒体を購入する時の値段に含まれる。詳しくは[[私的録音録画補償金制度]]を参照）。また、技術的保護手段（いわゆる「[[コピーガード]]」）を回避しての複製を意図的に行うことは、私的使用であっても[http://www.cric.or.jp/qa/hajime/hajime7.html '''権利者の承諾があった場合に初めて認められる''']としている(ただ、[[エンドユーザー|ユーザー]]の間では、[[合法]]的に代金を支払って正規の[[ソフトウェア]]を購入した場合においては、[[私的]]目的の範囲であれば、たとえそのソフトウェアのガードを回避して[[コピー]]を作成したとしても、「権利者に対し事前の複製許可を求めなくても、正規の[[お金]]を払ったのだから、実質的には問題無い。」とも考えられているようだ。しかしその「正規のお金」は有体物としてのソフトウェアの所有権に対する対価であって著作権に対する対価ではなく、所有権と著作権を混同したエンドユーザーの誤解に過ぎない。このことは、「顔真卿自書建中告身帖事件」（最高裁昭和59年1月20日第2小法廷・別冊ジュリスト著作権判例百選第3版No.157 4頁）で明らかになっているところである)。&lt;br /&gt;
; [[図書館]]における複製（第31条）&lt;br /&gt;
:政令で定められた図書館（公立図書館、国立国会図書館及び社団法人、財団法人並びに日本赤十字社の設置する図書館）において、利用者の求めに応じ、その調査研究の用に供するために、公表された著作物の一部分（判例により当該著作物の半分以下．発行後相当期間を経過した（次の号が発行された）定期刊行物に掲載された個個の著作物にあっては、その全部）の複製物を1人につき1部提供する場合、図書館資料の保存の必要性がある場合、他の図書館等の求めに応じて絶版等の理由により一般に入手することが困難な図書館資料の複製物を提供する場合、権利者の承諾が無くても複製が出来る。但し、いずれも営利を目的としない場合に限られる。&lt;br /&gt;
; [[引用]]（第32条）&lt;br /&gt;
:公表された著作物は自由に引用して利用することが出来る。但しそれは公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道・批評・研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならないとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著作権の保護期間 ==&lt;br /&gt;
{{See|著作権の保護期間}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本以外の国・地域の著作権法 ==&lt;br /&gt;
* [[:en:United States copyright law|アメリカ合衆国の著作権法]] (英語)&lt;br /&gt;
* [[:en:Australian copyright law|オーストラリアの著作権法]] (英語)&lt;br /&gt;
* [[:en:Copyright law of the European Union|ヨーロッパ連合の著作権法]] (英語)&lt;br /&gt;
* [[:en:Copyright law of the United Kingdom|イギリスの著作権法]] (英語)&lt;br /&gt;
* [[:en:Hong Kong copyright law|香港の著作権法]] (英語)&lt;br /&gt;
* [[:en:Canadian copyright law|カナダの著作権法]] (英語)&lt;br /&gt;
* [[:en:Philippine copyright law|フィリピンの著作権法]] (英語)&lt;br /&gt;
* [[:en:Netherlands copyright law|オランダの著作権法]] (英語)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[著作権法]]&lt;br /&gt;
* [[著作者]]&lt;br /&gt;
** 著作者の[[実名の登録]]&lt;br /&gt;
* [[著作権者]]&lt;br /&gt;
* [[著作物]]&lt;br /&gt;
** [[映画の著作物]]&lt;br /&gt;
* [[著作権の保護期間]]&lt;br /&gt;
** [[戦時加算]]&lt;br /&gt;
* [[著作権の準拠法]]&lt;br /&gt;
* [[著作権の登録制度]]&lt;br /&gt;
* [[カラオケ法理]]&lt;br /&gt;
* [[版権]]（現在では法律用語ではないので使わない方が良い）&lt;br /&gt;
* [[印税]]&lt;br /&gt;
* 著作権の制限&lt;br /&gt;
** [[引用]]&lt;br /&gt;
** [[複写]]&lt;br /&gt;
** [[図書館]]&lt;br /&gt;
* [[著作権侵害]]&lt;br /&gt;
** [[無断放映]]&lt;br /&gt;
* 権利と利用&lt;br /&gt;
** [[オープンソース]]&lt;br /&gt;
** [[コピーレフト]]&lt;br /&gt;
** [[クリエイティブ・コモンズ]]&lt;br /&gt;
** [[自由利用マーク]]&lt;br /&gt;
** [[電子フロンティア財団]]&lt;br /&gt;
** [[フリーソフトウェア財団]] (FSF)&lt;br /&gt;
** [[権利開放団体]]&lt;br /&gt;
* 関連団体&lt;br /&gt;
** [[コンピュータソフトウェア著作権協会]]（ACCS）&lt;br /&gt;
** [[日本音楽著作権協会]]（JASRAC）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連書籍 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--- 実務書・解説書？ ---&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[田村善之]]『著作権法概説』有斐閣、2001年。&lt;br /&gt;
*北村行夫、雪丸真吾編『Q&amp;amp;A 引用・転載の実務と著作権法』中央経済社、2005年 ISBN 4-502-92680-9。&lt;br /&gt;
*作花文雄『詳解著作権法』ぎょうせい、2004年。&lt;br /&gt;
*[[加戸守行]]『著作権法逐条講義』著作権情報センター、2006年：ISBN 4885260523 &lt;br /&gt;
*斉藤博・半田正夫共監修『著作権判例百選』有斐閣、2001年。&lt;br /&gt;
*本橋光一郎『要約 著作権判例212』学陽書房、2005年。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--- 著作権についての理念・考え方・哲学・発想について ---&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--- （１）表現への自由なアクセス、表現の自由を守ることは重要ではないだろうか？ ---&amp;gt;&lt;br /&gt;
*福井健策『著作権とは何か　文化と創造のゆくえ』集英社新書、2005年 ISBN 4087202941。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--- （２）著作権について、思想の部分は、国民が決めることである。 ---&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[岡本薫]] 『著作権の考え方』 岩波新書：ISBN 4004308690&lt;br /&gt;
*[[岡本薫]] 『この1冊で誰でも分かる著作権』 全日本社会教育連合会：ISBN 4793701329&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--- 入門書？ ---&amp;gt;&lt;br /&gt;
*千野直邦、尾中普子『著作権法の解説』一橋出版、 ISBN 4834836207。&lt;br /&gt;
*中村俊介、植村元雄監修『「どこまでＯＫ？」迷ったときのネット著作権ハンドブック』翔泳社　2006年　ISBN 4798109428。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==参考文献== &lt;br /&gt;
*千野直邦、尾中普子『著作権法の解説』一橋出版 - 著作権年表、はしがき、P117 第10章 著作権法制の動向、ほか &lt;br /&gt;
*福井健策『著作権とは何か　文化と創造のゆくえ』集英社新書 - P77 第三章 模倣とオリジナルの境界、P119 第四章 既存作品を自由に利用できる場合、P193 第六章「反著作権」と表現の未来、ほか&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==	 &lt;br /&gt;
*[http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S45/S45HO048.html 著作権法]&lt;br /&gt;
*[http://www.cric.or.jp/ (社)著作権情報センター]:[http://www.cric.or.jp/qa/qa.html 著作権Q&amp;amp;A]・[http://www.cric.or.jp/db/dbfront.html 著作権データベース]&lt;br /&gt;
*[http://www.jasrac.or.jp/park/ JASRAC Park]（音楽の著作権と日本音楽著作権協会について）&lt;br /&gt;
*[http://bushclover.nime.ac.jp/c-edu/ 著作権なるほど質問箱（文化庁内）]&lt;br /&gt;
*[http://www.kidscric.com/ 楽しく学ぼう著作権]&lt;br /&gt;
*[http://www.geocities.jp/shun_disney7/ しゅんしゅんの著作権講座]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:著作権法|*]]&lt;br /&gt;
[[category:図書館情報学|ちよさくけん]]&lt;br /&gt;
[[Category:情報社会|ちよさくけん]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Template:Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

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		<title>万国著作権条約</title>
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&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''万国著作権条約'''（ばんこくちょさくけんじょうやく、[[英|英語]]：Universal Copyright Convention : UCC）は、[[1952年]]に[[ジュネーヴ]]で採択された、主要な著作権保護条約のうちの一つである。日本は[[1956年]]に本条約を批准した。日本における正式名称は「千九百五十二年九月六日にジュネーヴで署名された万国著作権条約」である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1971年]]に[[パリ]]で改正が行われ、[[1977年]]に改正条約が締結されており、これが最新のものとなっている。こちらの日本における正式名称は「千九百七十一年七月二十四日にパリで改正された万国著作権条約」である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他の著作権保護条約には、[[文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約|ベルヌ条約]]、[[知的所有権の貿易関連の側面に関する協定|TRIPs協定]]、[[著作権に関する世界知的所有権機関条約|WIPO著作権条約]]がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==歴史と背景==&lt;br /&gt;
万国著作権条約は、国内法の関係でベルヌ条約を批准できなかった諸国のために、ベルヌ条約を補完するものとして[[国際連合教育科学文化機関]]（UNESCO）により提唱された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この条約提唱の発端には、次のような理由がある。まず[[開発途上国]]や、[[ソビエト連邦]]（当時）は、ベルヌ条約によって当時で言う西側先進国に与えられる著作権保護があまりにも強力であるとみた。また、[[アメリカ合衆国]]及びラテンアメリカ諸国は、自国の法制面に見合わないものとして、ベルヌ条約を批准しなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
特に、アメリカ合衆国およびラテンアメリカ諸国のうちいくつかは、ベルヌ条約より前にパン・アメリカン著作権条約（Pan-American copyright convention）を制定しており、主にアメリカと各国間で個別に著作権保護協定を締結していたが、これらの制定内容はベルヌ条約よりも弱いものであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ベルヌ条約の締結国諸国はほとんど全て、万国著作権条約を批准した。このためベルヌ条約批准国の著作権は、ベルヌ条約批准国にも存在することとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==アメリカ合衆国における事情==&lt;br /&gt;
アメリカ合衆国は独特の著作権保護政策を採っていた。主に方式主義と呼ばれるもので、(C)マーク等の必要事項を記載した上で、著作権は登録申請しなければ保護されなかった。これに対し、ベルヌ条約式の'''無方式主義'''は、登録等を行わなくても公表した時点で著作権が効力を持つこととなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このように、アメリカ合衆国がベルヌ条約を批准するためには、国内法および各国協定を大幅に変更しなければならなかった。しかし、合衆国連邦政府は変更するつもりがなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
従って万国著作権条約は、このような方式主義などの著作権保護体系を採用している、アメリカ合衆国などの国家との橋渡し的役割を果たすこととなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結局、アメリカ合衆国はベルヌ条約に参加する準備を始め、必要に応じた国内法の改正を開始した。最終的に[[1988年]]、同国はベルヌ条約を批准した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
万国著作権条約の二回目の改正（パリ改正）には、アメリカ合衆国著作権法について、国連の専門機関およびアメリカ合衆国内の機関による保護がなされることについて規定されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==制定後==&lt;br /&gt;
ベルヌ条約協定国は、万国著作権条約の存在により、ベルヌ条約締結国が協定を脱退し、代わりに万国著作権条約を採用するのを奨励することを憂慮していた。そこで万国著作権条約には、ベルヌ条約批准国であった国家が1951年以降に協定を脱退した場合には、旧ベルヌ条約も適用されないこと、また代わりに万国著作権条約を採用するならば、ベルヌ条約を批准しているどんな国家からもペナルティを受けることとされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このような経緯があった上、世界のほぼ全ての国家が[[世界貿易機関]]（WTO）の加盟国か準加盟国であり、WTO協定の附属書である[[知的所有権の貿易関連の側面に関する協定]]（TRIPs協定）を受け入れている。さらにその後、[[著作権に関する世界知的所有権機関条約]]（WIPO著作権条約）が制定された。このため、万国著作権条約はその重要性を失っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ベルヌ条約と万国著作権条約を両方批准している場合には、ベルヌ条約が適用される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==日本における事情==&lt;br /&gt;
日本においては批准にあたり、「万国著作権条約の実施に伴う著作権法の特例に関する法律」（昭和三一年法律第八六号）が制定された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==参考文献==&lt;br /&gt;
* 文化庁編著 『著作権法入門（平成17年版）』 社団法人著作権情報センター、2005 ISBN 4-88526-048-5&lt;br /&gt;
* 半田正夫 『著作権法概説（第12版）』 法学書院、2005 ISBN 4-587-03446-0&lt;br /&gt;
* 斉藤博 『著作権法（第2版）』 有斐閣、2004 ISBN 4-641-14339-0&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
* [[著作権]]&lt;br /&gt;
** [[著作権法]]&lt;br /&gt;
** [[著作権の準拠法]]&lt;br /&gt;
* [[知的所有権の貿易関連の側面に関する協定]]（TRIPs協定）&lt;br /&gt;
* [[世界知的所有権機関]]&lt;br /&gt;
** [[文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約]]&lt;br /&gt;
** [[著作権に関する世界知的所有権機関条約]]（WIPO著作権条約）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
* 万国著作権条約（ジュネーブ条文）[http://ipmall.info/hosted_resources/lipa/copyrights/The%20Universal%20Copyright%20Convention%20_Geneva%20Text--September.pdf Geneva text of the UCC]（英文、PDF）&lt;br /&gt;
* 万国著作権条約（パリ改正）[http://www.ifla.org/documents/infopol/copyright/ucc.txt Paris text of the UCC]（英文、txt）&lt;br /&gt;
* [http://www.unesco.org/culture/copyright/html_eng/ucc52ms.pdf List of countries having ratified, accepted, or acceeded to the UCC in the 1952 version]（英文、PDF）&lt;br /&gt;
* [http://www.unesco.org/culture/copyright/html_eng/ucc71ms.pdf List of countries having ratified, accepted, or acceeded to the UCC in the 1971 version]（英文、UNESCOサイト、pdf）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:知的財産権保護に関する条約|はんこくちよさくけんしようやく]]&lt;br /&gt;
[[Category:著作権法|はんこくちよさくけんしようやく]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

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&lt;hr /&gt;
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		<title>著作権の保護期間</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: 新しいページ: ''''著作権の保護期間'''（ちょさくけんのほごきかん）とは、著作権の発生から消滅までの期間をいう。  この期間において著作...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''著作権の保護期間'''（ちょさくけんのほごきかん）とは、[[著作権]]の発生から消滅までの期間をいう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この期間において著作権は保護され、著作権者は権利の対象である[[著作物]]を、原則として独占排他的に利用することができる。著作権の発生要件と消滅時期は各国の国内法令に委ねられているが、世界160ヶ国以上（[[2006年]]現在）が締結する[[文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約]]が、権利の発生要件として「無方式主義」（同条約5条(2)）、著作権の保護期間として「著作者の生存期間および著作者の死後50年」（同条約7条(1)）を原則としていることから、著作権は著作物の創作と同時に発生し、著作者の死後50年（あるいはそれ以上）まで存続するものと規定する国が多数を占める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
広義の「著作権」には[[著作者]]の人格的権利（[[著作者人格権]]）や、著作権に隣接する権利（著作隣接権）も含まれることがあるが、本項目では狭義の著作権、すなわち著作者の[[財産権|財産的権利]]に限定し、その保護期間について説明する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 総説 ==&lt;br /&gt;
=== 保護期間の意義 ===&lt;br /&gt;
著作権保護の目的は、大きく分けて2つの側面から説明されることが多い。一つは著作権を著作者の自然権ととらえて、著作者の[[人格]]的利益を保護することである。もう一つは著作物の独占的利用権を与えることによって、著作者に正当な[[利益]]が分配されることを促し、その結果として創作活動へのインセンティブを高めることである。前者は[[ヨーロッパ]]を中心とした[[大陸法]]系の国において現れた考え方であり、後者は[[イギリス]]や[[アメリカ]]を中心とした[[英米法]]系に由来する考え方であるといわれる。いずれの説明を採ったとしても、著作権の保護期間が短期に過ぎれば、著作者の私益の保護が不十分となり、結果として著作者の創作意欲が減退するおそれがあるといえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方で、著作物が著作者の独力で創作されることはなく、先人の業績に何らかの形で依拠して創作されるのが常である。そのため、著作権を永続的なものとすると、その著作物を利用することで可能となる新たな創作活動が困難となり、文化の発展が阻害される結果を招く。そうすると、新しく創作された著作物であっても、いつかは万人がそれを自由に利用できる状態に置くべきであり、著作権の保護期間が長期に過ぎることも妥当ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そこで、著作者に著作物の独占的利用権を与えることによる著作者の利益（私益）の保護と、著作物の利用促進による社会的利益（公益）の保護の均衡を図るために、著作権の保護期間は適切な期間に調整されるべきである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 著作権発生の特徴 ===&lt;br /&gt;
著作権の発生要件を定める法制には「[[無方式主義]]」と「[[方式主義]]」がある。無方式主義とは、著作物を創作することによって著作権は当然に発生するもので、著作権を発生させるためには、いかなる方式（手続）の履行も必要としない[[主義]]をいう。一方、方式主義とは、著作権を発生させるためには、[[官庁]]への納入、登録、登録[[手数料]]の支払いなど、何らかの方式（手続）の履行を求める主義をいう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
無方式主義は[[大陸法]]系に由来する法制であり、方式主義は[[英米法]]系に由来する法制であるといわれる。著作物の創作によって著作権が当然に発生する無方式主義は、著作権を著作者の自然権としてとらえる大陸法系の思想に合致する。一方、著作権の保護目的を[[功利主義]]的にとらえる英米法系の思想からは、著作権を発生させるために、官庁への登録などの手続を求めることは自然である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
世界160ヶ国以上（2006年現在）が加盟するベルヌ条約は無方式主義を原則としていることから（ベルヌ条約5条(2)）、世界のほとんどの国が無方式主義を採用している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[画像:Copyright.svg|thumb|right|130px|万国著作権条約3条に基づく記号]]&lt;br /&gt;
一方で、英米法系のアメリカ合衆国や[[ラテンアメリカ]]諸国は、ベルヌ条約に加盟することなく、独自の著作権保護同盟（パン・アメリカン条約）を形成し、方式主義を適用してきた。そのため、世界に無方式主義国と方式主義国が混在し、無方式主義国で創作された著作物が方式主義国では保護されないという問題が生じた。そこで、[[1952年]]、この問題を解決するために[[万国著作権条約]]が制定された。同条約3条によれば、以下の3つを著作物の複製物に対して表示することによって、方式主義国においても方式が履行されたものとみなし、保護を受けられることとしたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
#「c」を○で囲んだ記号（右図）&lt;br /&gt;
#著作権者の名称&lt;br /&gt;
#著作物の最初の発行年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、アメリカ合衆国は[[1989年]]にベルヌ条約に加盟し、方式主義から無方式主義への転換をはかった。その他の方式主義国も次々と無方式主義に転じたことから、2006年現在、方式主義を採用する国はほとんど存在しない。そのため、万国著作権条約3条に基づく著作権表示の法的な意味はほとんど失われたといってよく、現在では著作者や著作権者の名称、著作物の創作年や発行年、著作権の存在自体を表示するために慣用的に使用されているのみであり、その使用法や意味づけは必ずしも統一されていないのが実情である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 著作権消滅の特徴 ===&lt;br /&gt;
著作権の消滅時期を定める法制には、「[[死亡時起算主義]]」と「[[公表時起算主義]]」がある。死亡時起算主義は著作者の死亡時を起算時として著作権の消滅時期を決定する主義であり、公表時起算主義は、著作物の公表日を起算日として著作権の消滅時期を決定する主義である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ベルヌ条約は死亡時起算主義を原則としている（ベルヌ条約7条(1)）。ただし、無名や変名、団体名義の著作物については、著作者の死亡時を客観的に把握することが困難であるため、公表時起算を適用することを容認している（ベルヌ条約7条(4)）。また、[[映画]]の著作物についても、公表時起算を適用することを容認している（ベルヌ条約7条(2)）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、ベルヌ条約7条(1)によれば、加盟国は、著作者の死亡から著作権の消滅までの期間を50年としなければならない。著作者の死後50年まで著作権を保護する趣旨は、著作者本人およびその子孫2代までを保護するためであるとされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、より長い保護期間を与えることも認められているため（ベルヌ条約7条(6)）、保護期間が50年を超える加盟国も実際に多数存在する。[[欧州連合]]諸国、およびアメリカ合衆国は死後70年を適用し（いずれも[[1990年代]]に保護期間を延長する法改正を実施）、[[メキシコ]]（死後100年）や[[コートジボワール]]（死後99年）のように、さらに長期間にわたって著作権を保護する国もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本は最短期間である死後50年を採用しているが（著作権法51条2項）、[[欧米]]並みの水準に保護期間を延長すべきであるとする意見が[[コンテンツ]]産業界や権利者団体を中心に根強い。一方で、著作物の利用促進の観点から保護期間延長に反対する意見も強いことから、保護期間延長の妥当性について、政府、民間の双方で論争が続いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 条約が定める著作権の保護期間 ==&lt;br /&gt;
=== 文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約 ===&lt;br /&gt;
文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約7条は、加盟国が定めるべき著作権の保護期間の要件を以下のとおり規定している。ただし、加盟国は、より長期間の保護期間を認めることができる（ベルヌ条約7条(6)）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
#著作物の保護期間を、著作者の生存期間および著作者の死後50年とする（7条(1)）。&lt;br /&gt;
#映画の著作物の保護期間を、公衆への提供時から50年、またはこの期間に公表されないときは、製作時から50年とすることができる（7条(2)）。&lt;br /&gt;
#無名または変名の著作物の保護期間は、公衆への提供時から50年で満了する。ただし、この期間内に、著作者が用いた変名が、その著作者を示すことが明らかになったとき、無名または変名の著作者がその著作物の著作者であることを明らかにしたときは、著作者の死後50年とする（7条(4)）。&lt;br /&gt;
#写真の著作物および応用美術の著作物の保護期間は、各同盟国が独自に定めることができる。ただし、保護期間は、著作物の製作時から25年より短くしてはならない（7条(4)）。&lt;br /&gt;
#著作物の保護期間は、著作者の死亡および上記の事実（公衆への提供、製作）が発生した時から始まる。ただし、これらの事実が発生した年の翌年の1月1日から計算する（7条(5)）。&lt;br /&gt;
#著作物の保護期間は、保護が要求される同盟国の法令が定めるところによる。ただし、その国の法令に別段の定めがない限り、保護期間は、著作物の本国において定められる保護期間を超えることはない（相互主義）（7条(8)）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 著作権に関する世界知的所有権機関条約 ===&lt;br /&gt;
[[著作権に関する世界知的所有権機関条約]]（[[WIPO]]著作権条約）の締約国は、ベルヌ条約1条～21条の規定を遵守しなければならないことを規定し（WIPO著作権条約1条(4)）、著作物の保護期間に関するベルヌ条約7条の規定もその中に含まれる。しかし、写真の著作物については、ベルヌ条約7条(4)の規定の適用を除外している（WIPO著作権条約9条）。したがって、WIPO著作権条約の締約国は、写真の著作物に対して、他の一般著作物と同期間の保護期間を与えなければならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本国も、WIPO著作権条約9条の規定にしたがい、写真の著作物の保護期間を公表後50年までとしていた著作権法55条を、1996年12月の著作権法改正によって削除した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 知的所有権の貿易関連の側面に関する協定 ===&lt;br /&gt;
[[知的所有権の貿易関連の側面に関する協定]]（[[世界貿易機関]]を設立するマラケシュ協定附属書1C、TRIPS協定）は、著作権を含む知的財産権の保護に関して世界貿易機関(WTO)加盟国が遵守すべき条件を定めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まず、TRIPS協定9条(1)は、WTO加盟国がベルヌ条約1条～21条の規定を遵守しなければならないことを規定し、その中には7条も含まれる。したがって、WTO加盟国は、ベルヌ条約が定める著作権の保護期間の要件をまず遵守しなければならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、TRIPS協定12条は、著作物の保護期間が[[自然人]]の生存期間に基づいて計算されない場合の扱いを規定している。同条によれば、WTO加盟国は、著作物の公表の年の終わりから少なくとも50年間（著作物の製作から50年以内に公表が行われない場合には、製作の年の終わりから少なくとも50年間）、著作物を保護しなければならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 世界各国における著作権の保護期間 ==&lt;br /&gt;
:''[[世界各国の著作権保護期間の一覧]]も参照。''&lt;br /&gt;
世界各国における著作権の保護期間、および保護期間延長に関連する法改正の動向について概説する。なお、[[2007年]]1月現在の世界最長は[[メキシコ]]の「100年」であり、以下[[コートジボワール]]（99年）、[[コロンビア]]（80年）、[[ホンジュラス]]・[[グアテマラ]]・[[セントビンセントおよびグレナディーン諸島]]・[[サモア]]（各75年）と続く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 欧州 ===&lt;br /&gt;
1993年の[[欧州連合域内における著作権保護期間の調和に関する指令]]により義務付けられていることから、著作者の死後70年としている国が多数を占める。その背景には、20世紀半ばにドイツでクラシック作曲家の子孫たち（その多くは、作曲家ではない）が延長運動を行った結果、[[1965年]]よりドイツにおいて死後70年が採用され、EU指令においてもドイツの保護期間が基準とされたことが大きいといわれる。その一方、EUでは著作隣接権を公表後50年から延長することについては2004年に断念している。&amp;lt;ref&amp;gt;Commission of The European Communities, ''[http://europa.eu.int/comm/internal_market/copyright/docs/review/sec-2004-995_en.pdf COMMISSION STAFF WORKING PAPER on the review of the EC legal framework in the field of copyright and related rights]'', 2004&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== スペイン ====&lt;br /&gt;
著作者の生存期間および死後70年までを保護期間の原則とする。[[1879年]]に保護期間を死後80年までと規定したが、[[1987年]]に死後60年に短縮し、[[1993年]]のEU指令に基づき[[1995年]]に死後70年に再延長した。1987年における保護期間短縮は、ベルヌ条約加盟国では唯一の事例であるとされる。なお、保護期間短縮にともなう経過措置では改正法施行時に生存している著作者が既に公表している著作物は短縮前の死後80年が適用される一方、既に故人である著作者については例外無く保護期間が短縮された。そのため、[[パブロ・ピカソ]]（[[1973年]]没）の保護期間は（1995年のEU指令に伴い）死後70年の[[2043年]]までである一方、[[サルバドール・ダリ]]（[[1989年]]没）の保護期間は死後80年の[[2069年]]までである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== ポルトガル ====&lt;br /&gt;
著作者の生存期間および死後70年までを保護期間の原則とする。[[1948年]]のベルヌ条約[[ブリュッセル|ブラッセル]]改正に伴う調査では保護期間を「無期限」と定めていたことが知られているが、この規定は[[1971年]]の[[パリ]]改正までに撤回されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== アメリカ合衆国 ===&lt;br /&gt;
著作者の生存期間および死後70年までを保護期間の原則とする（{{合衆国法典|17|302}}(a)）。無名著作物、変名著作物または職務著作物の場合、最初の発行年から95年間、または創作年から120年間のいずれか短い期間だけ存続する（17 U.S.C. § 302(c)前段）。ただし、この期間内に無名著作物または変名著作物の著作者が記録から明らかとなった場合は、保護期間は原則どおり著作者の死後70年までとなる（同後段）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 著作権延長法 ====&lt;br /&gt;
{{Main|著作権延長法}}&lt;br /&gt;
1976年著作権法(Copyright Act of 1976)の規定では、著作権の保護期間は著作者の死後50年まで（最初の発行年から75年まで）とされていた。これを20年延長し、現在の保護期間である死後70年まで（最初の発行年から95年まで）とした改正法が、[[1998年]]に成立した「[[著作権延長法|ソニー・ボノ著作権保護期間延長法]]」(Sonny Bono Copyright Term Extension Act, CTEA)である。「ソニー・ボノ」の名称は、[[カリフォルニア州]]選出の[[共和党 (アメリカ)|共和党]]下院議員で、この法案の成立に中心的役割を果たしたソニー・ボノ(Sonny Bono)にちなむ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1999年]][[1月11日]]、元[[プログラマー]]である[[エリック・エルドレッド]]([[:en:Eric Eldred]])は、CTEAが[[アメリカ合衆国憲法]]1条8節8項（特許、著作権）および修正1条（表現の自由）に違反するとして、コロンビア特別区連邦地方裁判所に提訴した（[[エルドレッド-アシュクロフト訴訟]](''[[:en:Eldred v. Ashcroft]]'')）。しかし、[[2003年]][[1月15日]]、[[アメリカ合衆国連邦最高裁判所|合衆国最高裁判所]]は、CTEAが合憲であるとの最終判断を示した(Eric Eldred, et al. v. John D. Ashcroft, Attorney General, 123 S. Ct. 769 (2003))。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 日本 ===&lt;br /&gt;
著作者の生存期間および死後50年までを保護期間の原則とする（著作権法51条2項）。無名または周知ではない変名の著作物、および団体名義の著作物の著作権は、公表後50年まで保護される（著作権法52条1項、53条1項）。また、映画の著作物の著作権は、公表後70年まで保護される（著作権法54条1項）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 法改正の動向 ====&lt;br /&gt;
{{節現在進行}}&lt;br /&gt;
日本では、[[2004年]][[1月1日]]、映画の著作物の著作権の保護期間を公表後50年から70年に延長する改正著作権法が施行されたが、映画以外の著作物の保護期間は、[[1970年]]の著作権法全面改正で死後38年から50年に延長されて以来、2006年現在に至るまで変更されていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1990年代]]、[[欧州連合]]諸国およびアメリカ合衆国で、著作権の保護期間を著作者の死後70年に延長する法改正が相次いだ。また、アメリカ合衆国政府は、「日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本国政府への米国政府要望書」&amp;lt;ref&amp;gt;U.S. Government, ''Annual Reform Recommendations from the Government of the United States to the Government of Japan under the U.S.-Japan Regulatory Reform and Competition Policy Initiative'', 2002, 2003, 2004, 2005 and 2006&amp;lt;/ref&amp;gt;の中で、著作権の保護期間を著作者の死後70年（著作者の死亡時に関係しない保護期間は公表後95年）に延長することを日本政府に対して求めている。こうした状況を受けて、日本国内でも、著作権の保護期間の延長問題に対する関心が高まってきている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]][[1月24日]]、[[文部科学省]]の諮問機関である[[文化審議会]]著作権分科会は、『著作権法に関する今後の検討課題』を公表し、「欧米諸国において著作者の権利の保護期間が著作者の死後70年までとされている世界的趨勢等を踏まえて、著作者の権利を著作者の死後50年から70年に延長すること等に関して検討する」&amp;lt;ref&amp;gt;文化審議会著作権分科会『著作権法に関する今後の検討課題』(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/05012501.htm)&amp;lt;/ref&amp;gt;として、著作物の保護期間の延長が同審議会における検討課題の一つであることを正式に表明した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]][[9月22日]]、[[日本文藝家協会]]副理事長の[[三田誠広]]を議長とする「著作権問題を考える創作者団体協議会」は、著作権の保護期間を著作者の死後70年までに延長する法律改正を求める声明を発表した&amp;lt;ref&amp;gt;著作権問題を考える創作者団体協議会の『共同声明』（2006年9月22日）(http://www.mpaj.or.jp/topics/pdf/kyoudou.pdf)&amp;lt;/ref&amp;gt;。同協議会は、日本文藝家協会、日本音楽著作権協会(JASRAC)、日本芸能実演家団体協議会（芸団協）、[[日本レコード協会]]などの16団体（発足時）から構成されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]][[11月8日]]、[[劇作家]]、[[法律家]]、[[学者]]など64名（発足時）を発起人として、「著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム」（発足時名称は「･･･考える国民会議」）が発足し、国民的な議論をつくさないまま保護期間を延長すべきでないとする声明を発表した。また、[[青空文庫]]は、[[2007年]][[1月1日]]より保護期間延長に反対する趣旨の[[請願]]署名を開始している。&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.aozora.gr.jp/shomei/ 著作権保護期間の延長を行わないよう求める請願署名]（青空文庫）&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本国における著作権の保護期間 ==&lt;br /&gt;
日本国はベルヌ条約、万国著作権条約、WIPO著作権条約の締約国である。また、TRIPS協定を遵守すべきWTO加盟国でもある。したがって、これらの条約、協定で定められた保護期間の要件をすべて満たすように、国内法で著作権の保護期間を規定している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 著作権の発生（始期） ===&lt;br /&gt;
著作権は、著作物を創作した時に発生する（著作権法51条1項）。[[登録]]を権利の発生要件とする[[特許権]]や[[商標権]]などとは異なり、著作権の発生のためには、いかなる方式（登録手続き等）も要しない（著作権法17条2項）。ベルヌ条約の無方式主義の原則（同条約5条(2)）を適用したものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 著作権の消滅（終期） ===&lt;br /&gt;
==== 終期の原則 ====&lt;br /&gt;
著作権は、著作者が死亡してから50年を経過するまでの間、存続する（著作権法51条2項）。ベルヌ条約7条(1)に対応する規定である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;共同著作物の場合&lt;br /&gt;
共同著作物の場合は、最後に死亡した著作者の死亡時から起算する（同項かっこ書）。これは、最後に死亡した著作者が、日本の著作権法6条に基づく権利の享有が認められない者（条約非加盟国の国民など）であっても同様であると解する&amp;lt;ref&amp;gt;作花文雄『詳解著作権法（第3版）』（ぎょうせい、2004年）、393頁&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、自然人と団体の共同著作物の場合、本項を適用して自然人である著作者の死亡時から起算するのか、後述する53条1項を適用して公表時から起算するのかが問題となる。この場合、自然人である著作者の死亡時から起算するのが妥当であると解する。保護期間の長い方による方が著作権保護の趣旨に合致するし、公表時起算は死亡時起算が適用できない場合の例外的規定だからである&amp;lt;ref&amp;gt;金井重彦、[[小倉秀夫]]編著『著作権法コンメンタール（上巻）』（東京布井出版、2002年）、510頁（本間伸也執筆部分）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;保護期間の沿革&lt;br /&gt;
一般的な著作物（写真や映画の著作物を除く）の原則的な保護期間は、[[1899年]]7月15日に施行された旧著作権法では、著作者の死後30年までと規定されていた。その後は、以下のような変遷をたどっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*1962年4月5日　死後33年に延長（昭和37年法律第74号、第1次暫定延長措置）&lt;br /&gt;
*1965年5月18日　死後35年に延長（昭和40年法律第67号、第2次暫定延長措置）&lt;br /&gt;
*1967年7月27日　死後37年に延長（昭和42年法律第87号、第3次暫定延長措置）&lt;br /&gt;
*1969年12月8日　死後38年に延長（昭和44年法律第82号、第4次暫定延長措置）&lt;br /&gt;
*1971年1月1日　死後50年に延長（著作権法全面改正）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのため、過去に創作された著作物の著作権の保護期間は、著作者の死後50年とならないことがある。たとえば、[[芥川龍之介]]、[[梶井基次郎]]、[[島崎藤村]]&amp;lt;ref&amp;gt;3人の作家の選択は、Ytterbium 175『わたしたちの著作権講座』（http://neo-luna.cside.ne.jp/copyright/ncr14b.htm, 2006年6月30日URL確認）にならった。&amp;lt;/ref&amp;gt;の作品の著作権の保護期間は以下のとおりとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 芥川龍之介（1927年7月24日没）の作品の著作権は、1963年1月1日の第1次暫定延長措置が適用されることなく、1957年12月31日（死後30年）をもって消滅した。&lt;br /&gt;
* 梶井基次郎（1932年3月24日没）の作品の著作権は、第1次～第4次暫定延長措置が適用されたが、1971年1月1日の改正法の適用を受けることなく、1970年12月31日（死後38年）をもって消滅した。&lt;br /&gt;
* 島崎藤村（1943年8月22日没）の作品の著作権は、第1次～第4次暫定延長措置および1971年の改正法が適用されたため、1993年12月31日（死後50年）をもって消滅した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 終期の例外 ====&lt;br /&gt;
===== 無名または変名の著作物 =====&lt;br /&gt;
無名または変名の著作物の著作権は、その著作物の公表後50年を経過するまでの間、存続する（著作権法52条1項本文）。無名または変名の著作物では著作者の死亡時点を客観的に把握することが困難であるから、ベルヌ条約7条(4)が容認する公表時起算を適用した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、公表後50年までの間に、著作者が死亡してから50年が経過していると認められる著作物は、著作者の死後50年が経過していると認められる時点において著作権は消滅したものとされる（同項但書）。また、以下の場合には著作者の死亡時点を把握することができるから、原則どおり死亡時起算主義が適用され、著作権は著作者の死後50年を経過するまでの間存続する（著作権法52条2項）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
#変名の著作物において、著作者の変名が、著作者のものであるとして周知である場合（同条2項1号）　&lt;br /&gt;
#著作物の公表後50年が経過するまでの間に、著作者名の登録（著作権法75条1項）があったとき（同項2号）&lt;br /&gt;
#著作者が、著作物の公表後50年が経過するまでの間に、その実名または変名（周知なもの）を著作者名として表示して著作物を公表したとき（同項3号）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここで、「無名の著作物」とは、著作者名が表示されていない著作物をいう。「変名」とは「[[雅号]]、[[筆名]]、[[略称]]その他実名に代えて用いられるもの」（著作権法14条）であり、「その他実名に代えて用いられるもの」の例としては[[俳号]]、[[芸名]]、[[四股名]]、[[ニックネーム]]、[[ハンドルネーム]]などが挙げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、「周知」とは、その変名が著作者本人の呼称であることが一般人に明らかであって、その実在人が社会的に認識可能な程度に知られている状態をいうものと解する&amp;lt;ref&amp;gt;金井重彦、[[小倉秀夫]]編著『著作権法コンメンタール（上巻）』（東京布井出版、2002年）、254頁（小畑明彦執筆部分）&amp;lt;/ref&amp;gt;。たとえば、漫画家「[[手塚治虫]]」の名は[[ペンネーム]]（筆名）であるが、周知の変名でもある。したがって、「手塚治虫」の名のもとで公表された漫画の著作物の著作権は、手塚治虫（[[1989年]][[2月9日]]没）の死後50年の経過をもって消滅する（著作権法52条2項1号）。したがって、今後保護期間を変更する著作権法改正がないものと仮定すると、手塚治虫作品の著作権は[[2039年]][[12月31日]]まで存続する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===== 団体名義の著作物 =====&lt;br /&gt;
[[法人]]その他[[団体]]が著作の名義を持っている著作物の著作権は、その著作物の公表後50年（著作物の創作後50年以内に公表されなかったときは創作後50年）を経過するまでの間、存続する（著作権法53条1項）。[[団体]]名義の著作物においては、著作者の死亡を認定できないため、公表時起算を例外的に適用した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
団体名義の著作物とは、団体が著作者となるいわゆる[[職務著作]]（著作権法15条）の著作物に限らず、著作者は[[自然人]]であるが、団体の名において公表される著作物を含む。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、上記の著作物の著作者である個人が、上記の期間内に、当該個人の実名、あるいは周知な変名を著作者名として著作物を公表したときは、原則どおり著作者の死後50年の経過をもって著作権が消滅する（著作権法53条2項）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===== 映画の著作物 =====&lt;br /&gt;
[[映画の著作物]]の著作権は、その映画の'''公表後'''70年を経過するまでの間、存続する（著作権法54条1項）。ただし、映画の創作後70年を経過しても公表されなかった場合には、創作後70年を経過するまでの間、存続する（同項但書）。映画の著作物の著作者は「制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者」（著作権法16条本文抜粋）と規定されているが、映画が様々なスタッフの寄与によって創作される総合芸術であり、著作者が誰であるかを実際に確定するのは困難であるため、ベルヌ条約7条(2)に従い、公表時起算主義を採用した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2003年]]（平成15年）[[6月12日]]、[[映画]]の著作物の保護期間を公表後70年に延長すること等を盛り込んだ改正著作権法が、衆院本会議で可決、成立した。これにより、企業が著作権を有する[[アニメ]]・[[テレビゲーム]]等の活気がある分野のコンテンツの保護期間が欧米でのそれに近づくことになる点がメリットであるとされる。しかし、そうしたごく少数の作品と同時期に公開された圧倒的多数の作品を死蔵・散逸させるデメリットの方が大きいという批判も強い（→[[ローレンス・レッシグ]]）。また、この改正著作権法の施行日が1月1日であったことから、1953年公開の映画について、著作権保護期間が50年か70年か争いがある。→'''[[1953年問題 (日本)|1953年問題]]'''を参照のこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、[[1971年]]（昭和46年）より前に製作された映画作品は、旧著作権法の規定と比べ長い方の期間になるので注意が必要である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===== 写真の著作物 =====&lt;br /&gt;
[[写真]]の著作物の保護期間を他の著作物を区別して特別に定める規定は存在しない。したがって、一般の著作物と同様に、写真の著作物の保護期間は死亡時起算の原則により決定される（著作権法51条2項）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
写真の著作物の保護期間は、[[1899年]]7月15日に施行された旧著作権法では、発行後10年（その期間発行されなかった場合は製作後10年）と規定されていた。その後は、以下のような変遷をたどっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*1967年7月27日　発行後12年（未発行の場合は製作後12年）に延長（昭和42年法律第87号、暫定延長措置）&lt;br /&gt;
*1969年12月8日　発行後13年（未発行の場合は製作後13年）に延長（昭和44年法律第82号、暫定延長措置）&lt;br /&gt;
*1971年1月1日　公表後50年に延長（著作権法全面改正）&lt;br /&gt;
*1997年3月25日　著作者の死後50年に変更（WIPO著作権条約への対応）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
上記によれば、1956年12月31日までに発行された写真の著作物の著作権は1966年12月31日までに消滅し、翌年7月27日の暫定延長措置の適用を受けられなかったことから、著作権は消滅している。また、1946年12月31日までに製作された写真についても、未発行であれば1956年12月31日までに著作権は消滅するし、その日までに発行されたとしても、遅くとも1966年12月31日までには著作権は消滅するので、1967年7月27日の暫定延長措置の適用は受けられない。したがって、著作権は消滅している。いずれの場合も、著作者が生存していても同様である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このように、写真の著作物は他の著作物と比べて短い保護期間しか与えられてこなかったため、保護の均衡を失するとして、[[日本写真著作権協会]]などは消滅した著作権の復活措置を政府に対して要望していた。しかし、既に消滅した著作権を復活させることは法的安定性を害し、著作物の利用者との関係で混乱を招くなどの理由から、平成11年度の著作権審議会は、復活措置を見送る答申を行っている&amp;lt;ref&amp;gt;著作権審議会第1小委員会『著作権審議会第1小委員会審議のまとめ』（1999年12月1日）(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/12/chosaku/toushin/991201.htm)&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、[[1996年]]12月の著作権法改正によって（翌年3月25日施行）、写真の著作物の保護期間を公表後50年までとしていた著作権法55条が削除され、写真の著作物に対しても、他の一般著作物と同等の保護期間が適用されることになった。これは、1996年12月の世界知的所有権機関(WIPO)外交会議によってWIPO著作権条約が採択されたことを受けたものであり、同条約9条は、写真の著作物に対して他の一般著作物と同期間の保護期間を与えることを義務づけているからである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 継続的刊行物、逐次刊行物等の公表時 ====&lt;br /&gt;
著作物を、冊、号または回を追って公表する場合、著作物を一部分ずつを逐次公表する場合、それぞれ公表時をいつとすべきかについて、著作権法56条は以下の通り規定している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===== 継続的刊行物 =====&lt;br /&gt;
冊、号または回を追って公表される著作物について、公表時を起算時として著作権が消滅する場合、その「公表時」とは、毎冊、毎号または毎回の公表時期とされる（著作権法56条1項）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「冊、号または回を追って公表される著作物」の例としては、[[新聞]]、[[雑誌]]、[[年報]]、[[メールマガジン]]のような、継続的に刊行、公表される[[編集著作物]]、各回でストーリーが完結する[[テレビ]]の[[連続ドラマ]]などが挙げられる。たとえば、[[テレビアニメ]]『[[タイムボカン]]』（[[1975年]][[10月4日]]から[[1976年]][[12月25日]]にかけて放送）は毎放送回でストーリーが完結する映画の著作物である。したがって、第1話の著作物の著作権の消滅時期は、公表時を1975年10月4日（第1話公表時）として計算される（著作権法56条1項前段）。そうすると、『タイムボカン』の第1話が自由に利用可能になるのは、今後保護期間を変更する著作権法改正がないものと仮定すれば、2046年1月1日午前0時からである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===== 逐次的刊行物 =====&lt;br /&gt;
一部分ずつを逐次公表して完成する著作物について、公表時を起算点として著作権が消滅する場合、その「公表時」は最終部分の公表時とされる（著作権法56条1項）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「一部分ずつを逐次公表して完成する著作物」の例としては、[[文学全集]]、新聞連載小説、ストーリーが連続して最終回に完結するテレビドラマなどが挙げられる。たとえば、[[NHK]]の[[連続テレビ小説]]『[[おしん]]』は最終回にストーリーが完結するものである。したがって、第1話のみであっても、その著作権の消滅時期は、公表時を1984年3月31日（最終話の公表時）として計算される（著作権法56条1項後段）。そうすると、『おしん』の第1話が自由に利用可能になるのは、今後保護期間を変更する著作権法改正がないものと仮定すると、2055年1月1日午前0時からである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、直近の公表時から3年を経過しても次回の公表がない場合は、直近の公表時が最終部分の公表時とみなされる（著作権法56条2項）。公表間隔を長くすることにより、著作権の保護期間が不当に延長されることを防ぐためである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 保護期間の計算方法（暦年主義） ====&lt;br /&gt;
上述した「'''死後50年'''」、「'''公表後50年'''（映画では70年）」、「'''創作後50年'''（映画では70年）」の期間の計算方法には、いわゆる[[暦年主義]]が採用されている点に注意しなければならない。すなわち、「50年」または「70年」の起算点は、著作者が死亡した日、または著作物の公表日・創作日が属する年の翌年1月1日となる（著作権法57条、[[民法]]140条但書、民法141条）。暦年主義を採用したのは、その方が保護期間の計算が簡便にできること、著作者の死亡時や著作物の公表、創作時がはっきりとしない例が多いことによる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たとえば、作家 [[池波正太郎]]（[[1990年]][[5月3日]]没）の作品の著作権は、2040年5月3日をもって消滅するのではなく、1991年1月1日から起算して50年後である、2040年12月31日をもって消滅する。したがって、自由な利用が可能となるのは2041年1月1日午前0時からである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 相互主義に基づく保護期間の特例 ====&lt;br /&gt;
著作権法58条は、ベルヌ条約7条(8)、TRIPS協定3条(1)但書の規定が容認する[[相互主義]]を採用している。したがって、著作権法は、ベルヌ条約同盟国または世界貿易機関(WTO)の加盟国（日本国を除く）を本国とする著作物に対して、それらの本国の国内法が定める著作権の保護期間が、著作権法51条～55条が定める保護期間よりも短いときは、それらの国内法が定める保護期間しか与えない（著作権法58条）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たとえば、日本国ではないベルヌ条約同盟国であるA国の国内法が、映画の著作物の保護期間を公表後50年と定めているとする。「公表後50年」は、日本国著作権法が定める映画の著作物の保護期間（公表後70年、著作権法54条）よりも短い。したがって、A国を本国とする（A国で第一発行された）映画の著作物の保護期間は、日本国著作権法においても公表後50年までしか保護されない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、日本国民の著作物に対しては、著作権法58条は適用しない（同条かっこ書）。したがって、日本国民の著作物は、第一発行国によらず、著作権法51条～55条が定める保護期間が満期で与えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 戦時加算 ====&lt;br /&gt;
{{Main|戦時加算 (著作権法)}}&lt;br /&gt;
[[第二次世界大戦]]における[[連合国]]（[[アメリカ合衆国|アメリカ]]、[[イギリス]]、[[カナダ]]など）やその国民が有する著作権であって、日本国と当該連合国との間で平和条約が発効した日の前日以前に取得された著作権に対しては、上述の通り認められる通常の著作権の保護期間に加えて、いわゆる[[戦時加算]]による保護期間の加算が認められる（連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律4条）。第二次世界大戦中は、連合国や連合国民の著作権保護に、日本国は十分に取り組んでいなかったと考えられたためである。加算される期間は以下のとおりとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[太平洋戦争]]の開戦日の前日である[[1941年]][[12月7日]]に連合国および連合国民が有していた著作権'''&lt;br /&gt;
**1941年[[12月8日]]から、日本国と当該連合国との間の平和条約発効日の前日までの期間が加算される（4条1項）。たとえば、[[イギリス]]、[[オーストラリア]]、[[カナダ]]、[[フランス]]、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]またはその国民の著作権の保護期間には3794日が加算される。この場合、通常の保護期間によれば[[1978年]][[12月31日]]をもって保護期間が満了する著作権は、3794日の加算によって、[[1989年]][[5月21日]]まで存続する。&lt;br /&gt;
*'''1941年12月8日から、日本国と連合国との間の平和条約発効日の前日までに当該連合国および連合国民が取得した著作権'''&lt;br /&gt;
**著作権の取得日から、日本国と連合国との間の平和条約発効日の前日までの期間が加算される（4条2項）。たとえば、1944年8月1日に、上記連合国またはその国民が取得した著作権の保護期間には2827日が加算される。この場合、通常の保護期間によれば1978年12月31日をもって保護期間が満了する著作権は、2827日の加算によって、1986年9月27日まで存続する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 著作権の消滅（期間満了以外の事由） ===&lt;br /&gt;
==== 相続人不存在等 ====&lt;br /&gt;
著作権者が死亡したが[[相続]]人が存在しない場合（[[民法]]959条に該当する場合）、あるいは著作権者である法人が解散した場合において、その著作権を帰属させるべき者が存在しない場合（民法72条3項に該当する場合）には、著作権は法定の保護期間満了を待つことなく消滅する（著作権法62条1項、2項）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
民法の原則をそのまま適用すれば、著作権はいずれの場合も[[国庫]]に帰属するはずである（民法959条、民法72条2項）。しかし、著作権法では上記のような特別規定をおき、著作権を消滅させることとした。著作物が文化的な所産であることを考慮すると、著作権を国庫に帰属させるよりは、広く国民一般に利用させるのが適切だからである。同様の権利消滅規定は、特許法、意匠法、商標法などの[[産業財産権]]法でも存在する（特許法76条、意匠法36条・商標法35条で準用する特許法76条）。いずれの規定も、著作権と同様に、権利の対象が知的所産であることを考慮したものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 著作権の放棄 ====&lt;br /&gt;
著作権法には、著作権を放棄できるとする明文の規定が存在しない。しかし、著作権は放棄できると解するのが、著作権の[[財産権]]的性質（著作権法61条、63条等）からも妥当である。ただし、放棄の[[効力発生要件]]としての登録制度が存在しないことから（著作権法77条）、著作権放棄の効力を発生させるためには、著作権者による、[[新聞広告]]その他への明示的な放棄の意思表示が必要であると解されている&amp;lt;ref&amp;gt;[[加戸守行]]『著作権法逐条講義（五訂新版）』（[[著作権情報センター]]、2006年）、377頁&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方で、著作権は放棄できないとする見解もある。仮に著作権は放棄できないとすると、著作権者が「著作権を放棄する」旨の意思表示をした場合の法的効果が問題となる。この場合、著作権者の意思を合理的に解釈して、著作権者は「著作権は保有しているが、それを行使しない（他人が著作物を利用することを禁止しない）」旨の意思表示をしたと解すべきである。したがって、そのような意思表示をした著作権者が、当該著作物の利用者に対して差止請求権や損害賠償請求権を行使することは、もはや[[信義誠実の原則]]から認められないと解すべきである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 著作権消滅の効果 ===&lt;br /&gt;
{{Main|パブリックドメイン}}&lt;br /&gt;
著作権が消滅すると、その著作物は[[パブリックドメイン]]に帰し、原則として誰でも自由に利用することができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、公表時起算によって著作権が消滅すると、著作権消滅後も著作者が生存し、著作者人格権が存続していることがある。その場合、著作者人格権を侵害する態様で著作物を利用することはできない（著作権法18条～20条）。また、その後著作者が死亡し、著作者人格権が消滅しても、著作者が生存しているならば著作者人格権の侵害となるような利用行為、著作者の声望[[名誉]]を害する方法による著作物の利用行為は引き続き禁止される（著作権法60条、113条6項）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 二次的著作物の著作権との関係 ====&lt;br /&gt;
著作物を[[翻訳]]、[[編曲]]、[[変形]]、[[翻案]]して創作された[[二次的著作物]]の著作権の保護期間は、原著作物の著作権の保護期間とは独立して認められる。すなわち、創作（翻訳、編曲、変形、翻案）のときに著作権が発生し、著作者（翻訳、編曲、変形、翻案した者）の死亡時期、その二次的著作物の公表時期、あるいは創作時期を起算時として著作権の消滅時期が決定される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
したがって、原著作物の著作権が保護期間満了等の事由により消滅していても、二次的著作物の著作権が消滅しているとは限らない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たとえば、アメリカ民謡『My Grandfather's Clock』（邦題『[[大きな古時計]]』）の作詞者である[[ヘンリ・クレイ・ワーク|ヘンリー・クレイ・ワーク]]は[[1884年]]に死去したから、歌詞の著作権は存在しない。一方、[[保富康午]]（[[1984年]][[9月19日]]没）による著名な日本語訳詞の著作権は、今後保護期間を変更する著作権法改正がないものと仮定すると、[[2034年]][[12月31日]]まで存続する。したがって、2006年現在、英語による原歌詞は自由に利用可能であるが、保富康午の日本語歌詞を利用するには、著作権法で定められた例外を除いて著作権者（2006年6月現在、[[日本音楽著作権協会]]）の許諾が必要である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
逆に、原著作物の著作権が存続したままの状態で、二次的著作物の著作権が先に消滅することもある。この場合、当該二次的著作物を利用するには当該原著作物の著作権者の許諾が必要であり、原著作物の著作権が消滅するまでは、二次的著作物を自由に利用することはできない（著作権法28条）。ただし、映画の著作物の利用については、次節のような特別な規定が存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 映画の著作物の場合 ====&lt;br /&gt;
映画の著作物の著作権が保護期間満了によって消滅しても、その映画において翻案されている著作物（[[脚本]]や、原作となった[[小説]]や[[漫画]]等）の著作権は存続している場合がある。この場合、その映画の利用に関するそれらの原著作物の著作権は、映画の著作物の著作権とともに消滅したものとされる（著作権法54条2項）。したがって、映画の著作物を利用する限りにおいては、脚本や、原作となった小説や漫画等に係る著作権者の許諾を得る必要はない。この規定は、著作権が消滅した映画の円滑な利用を促進することをねらいとする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただし、著作権が消滅したものと扱われる著作物は、映画において翻案されたものに限られ、[[録音]]、[[録画]]されているに過ぎない著作物（[[字幕]]、[[映画音楽]]、[[美術品]]等）の著作権は消滅したものとされない。したがって、映画の著作物を利用するためには、字幕、映画音楽、美術品等に係る著作権者の許諾を得る必要がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著作権の保護期間に関する裁判例 ==&lt;br /&gt;
{{節現在進行}}&lt;br /&gt;
=== 1953年に公表された映画の著作物の保護期間 ===&lt;br /&gt;
{{Main|1953年問題 (日本)}}&lt;br /&gt;
;「ローマの休日」事件、「シェーン」事件&lt;br /&gt;
2004年1月1日に施行された改正著作権法は、映画の著作物の保護期間を公表後50年から公表後70年へ延長する規定を含んでいた。ただし、施行前に著作権が消滅した映画の著作物に対しては、遡って新法を適用して著作権を復活させることはない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この新法の解釈に関する文化庁の見解は、「2003年12月31日午後12時と2004年1月1日午前0時は同時」という理由から、1953年に公表された映画の著作物は、新法の適用を受けて[[2023年]]12月31日まで保護されるというものである。これに対し、新旧両法の文理解釈からすれば、1953年公表の映画の保護期間は2003年12月31日までであり、2004年1月1日には消滅するという反対の見解もあった。これらの見解の対立は[[1953年問題 (日本)|1953年問題]]ともよばれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年5月、『[[ローマの休日]]』（1953年公開）などの著作権者である[[パラマウント映画|パラマウント・ピクチャーズ・コーポレーション]]（パラマウント社）が、1953年に公開された映画の著作物の著作権は2023年12月31日まで存続すると主張し、同作品の格安DVDを製造販売しているファーストトレーディング社に対し、同作品の格安DVDの製造販売の差止めを求めて、[[東京地方裁判所|東京地裁]]に[[仮処分]]の申請を行った。さらに、同年公開の映画『[[シェーン]]』についても、別の2社を相手取り、DVDの製造販売の差止めを求めて東京地方裁判所に提訴した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年7月、東京地方裁判所は「ローマの休日」の仮処分申請に対し、1953年に公表された映画の著作物の著作権は2003年12月31日まで存続し、2004年1月1日には消滅しているとして、パラマウント社の申請を却下した。また、10月には「シェーン」に対しても同様の理由によってパラマウント社の請求を棄却する判決を言い渡した（東京地方裁判所判決平成18年10月5日）。「ローマの休日」の仮処分申請却下を不服とするパラマウント社は[[即時抗告]]を行ったが、10月に「シェーン」で敗訴したことを受けて「ローマの休日」については抗告を取り下げた。パラマウント社は「シェーン」についてのみ知的財産高等裁判所に控訴したが、同裁判所は2007年3月29日、著作権は2003年12月31日をもって消滅したとする一審判決を支持し、パラマウント社の控訴を棄却する判決を言い渡した（知的財産高等裁判所判決平成19年3月29日）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 自然人を著作者とする映画の著作物の保護期間 ===&lt;br /&gt;
;「モダン・タイムス」事件&lt;br /&gt;
[[2006年]][[7月]]、[[チャーリー・チャップリン]]の映画の著作権を管理する[[リヒテンシュタイン]]の[[法人]]が、「[[モダン・タイムス]]」（[[1936年]]製作）などチャップリン映画の格安DVDを販売する[[東京]]の2社に対し、格安DVDの販売差止めと約9400万円の[[損害賠償]]を求めて、[[東京地方裁判所|東京地裁]]に提訴した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
原告の主張によれば、被告2社は「モダン・タイムス」など原告が著作権を保持管理する9作品について、原告の許諾を得ずに格安DVDを販売したことにより、原告の著作権を侵害したとする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
原告は、著作権存続の法的根拠について、旧著作権法（明治32年法律第39号。新著作権法（昭和45年法律第48号）の施行により、昭和46年1月1日廃止。）22条ノ3、3条1項、52条1項、および新著作権法の昭和45年附則7条により、著作権保護期間は著作者の死後38年であることなどを挙げる。すなわち、原告の主張によれば、9作品のうち7作品はチャップリン個人の作品であるため、チャップリンが死亡した1977年から著作権保護期間が起算され、それから38年経過後の2015年まで著作権が保護されることになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、文化庁は『平成18年度著作権テキスト』の中で、著作権が保護される「映画の著作物」（独創性のあるもの）として、「昭和11年（1936年）から昭和27年（1952年）までに公表された実名の著作物のうち，昭和40年（1965年）に著作者が生存していたもの」を挙げ、原告の主張に沿う見解を示している&amp;lt;ref&amp;gt;[[文化庁]]『平成18年度著作権テキスト』(http://www.bunka.go.jp/1tyosaku/pdf/chosaku_text_18.pdf)&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著作権が消滅した著作物の活用事例 ==&lt;br /&gt;
著作権が消滅し、パブリックドメインに帰した著作物を有効活用する事例がみられる。近年の情報技術の発達、[[インターネット]]の普及を受けて、著作物をデジタル化し、[[インターネット]]を介して誰でも閲覧することを可能とするものが多い。しかし、著作権の保護期間を延長する法改正が各国で相次いでいることから、その存続が危ぶまれているものも存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[青空文庫]]&lt;br /&gt;
:著作権が消滅した[[文学作品]]を収集・公開しているインターネット上の[[電子図書館]]である。[[1997年]]、[[著述家]]の[[富田倫生]]が開設した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[プロジェクト・グーテンベルク]]&lt;br /&gt;
:青空文庫と同様に、著作権が消滅した文書を電子化し、インターネット上で公開しようとする計画である。1971年、[[マイケル・ハート]]が開設した。最近では著作権の保護期間を延長する法改正が各国で相次ぎ、[[オーストラリア]]を始め事実上の活動停止や大幅な活動規模の縮小を強いられる事例も相次いでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[長野電波技術研究所附属図書館]]&lt;br /&gt;
:[[江戸時代]]の和本・典籍・古文書などを扱う[[専門図書館]]である。著作権が消滅した古文献を電子化して配布し、集められた収益は散逸した史料収集にあてられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[ウィキソース]]&lt;br /&gt;
:著作権が消滅した著作物およびフリーライセンスのもとにある著作物を集積し、公開するためのプロジェクトである。アメリカの[[ウィキメディア財団]]が運営している。2003年に開設された。[[ウィキクォート]]も参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[パブリックドメインDVD|格安DVD]]ソフト&lt;br /&gt;
:『ファンタジア』（1940年）、『ローマの休日』（1953年）など、著作権が消滅した映画を格安DVDソフトとして販売する事例がある。権利者にライセンス料を支払う必要がないため、著作権が存続している映画のDVDソフトと比較して、販売価格は1～2割程度に抑えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[著作物]]&lt;br /&gt;
*[[著作権]]&lt;br /&gt;
*[[永久著作権]]&lt;br /&gt;
*[[戦時加算 (著作権法)]]&lt;br /&gt;
*[[権利の所在が不明な著作物]]&lt;br /&gt;
*[[青空文庫]]&lt;br /&gt;
*[[プロジェクト・グーテンベルク]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.jca.apc.org/~earthian/aozora/dead.html 死せる作家の会]&lt;br /&gt;
* [http://thinkcopyright.org/ 著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム]&lt;br /&gt;
** [http://thinkcopyright.org/reason.html 保護期間延長「賛成」「反対」それぞれのワケ]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;div class=&amp;quot;references-small&amp;quot;&amp;gt;{{脚注ヘルプ}}&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:著作権の保護期間|*]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

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&lt;hr /&gt;
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[[en:Template:Current-section]]&lt;br /&gt;
[[Category:お知らせテンプレート|*]]&lt;br /&gt;
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&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&amp;lt;span class=&amp;quot;plainlinksneverexpand&amp;quot;&amp;gt;{{{1}}}&amp;amp;nbsp;U.S.C.&amp;amp;nbsp;[http://www.law.cornell.edu/uscode/{{{1}}}/{{{2}}}.html §&amp;amp;nbsp;{{{2}}}]&amp;lt;/span&amp;gt;&amp;lt;noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==使い方==&lt;br /&gt;
このテンプレートはCornell大学の[[合衆国法典]]データベースにリンクを作ります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「合衆国法典タイトルxセクションy」(x U.S.C. § y) のリンクを作るには、'''&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{合衆国法典|x|y}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;'''と記述します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:アメリカ合衆国関連のテンプレート|ほうてん]]&lt;br /&gt;
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&lt;hr /&gt;
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|-&lt;br /&gt;
|rowspan=&amp;quot;2&amp;quot;|[[画像:Yourpedia PD.jpg|70px|]]&lt;br /&gt;
|This image has been released into the '''[[パブリックドメイン|public domain]]''' by the [[Yourpedia:著作権|copyright]] holder, its copyright has expired, or it is ineligible for copyright. This applies worldwide.&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
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|}&lt;br /&gt;
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&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0;background-color:#f6f6f6;border:1px solid #ccc;padding:3px;font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
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&lt;br /&gt;
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		<author><name>TS</name></author>	</entry>

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&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0;background-color:#f6f6f6;border:1px solid #ccc;padding:3px;font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
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&lt;br /&gt;
[[Category:Wikipedia出典元の記事|{{PAGENAME}}]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E8%85%90%E5%A5%B3%E5%AD%90&amp;diff=9376</id>
		<title>腐女子</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: 新しいページ: ''''腐女子'''（ふじょし）とは、男性同士の恋愛を扱った小説や漫画を好む趣味を持った女性を指す、「婦女子」（ふじょし）を...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''腐女子'''（ふじょし）とは、男性同士の恋愛を扱った小説や漫画を好む趣味を持った[[女性]]を指す、「婦女子」（ふじょし）をもじった[[俗語]]である。[[ホモセクシャル]]な要素を含まない作品の男性キャラを同性愛的視点で捉えてしまう自らの思考や発想を、自嘲的に「腐っているから」と称したのが始まり。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
腐女子は[[漫画]]・[[アニメ]]・他の[[二次元]]作品、時には芸能などの[[三次元]]をして、男性キャラ同士が「恋愛していたら」という妄想で楽しむ[[同人]]女性。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ボーイズラブ]](BL)というジャンル自体が普及し、BL市場が発展したことにより、原作の[[漫画]]・[[アニメ]]・ゲーム自体がボーイズラブである作品を愛好する女性を含む呼称となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
若くない腐女子を「'''貴腐人'''（もしくは'''既腐人'''）（きふじん）、汚超腐人（おちょうふじん）、麻婆豆腐（まーぼーどうふ）」などと呼ぶ事もまれにある。この呼び名は「腐女子」自身が自嘲の意味を込めて言い始めた言葉だが、その呼び名が広く知れ渡った現在では、オタク女性全般に対する呼称としても使われる事もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、男性同性愛ばかりを好む傾向があると見られがちだが、腐女子向けのいわゆる｢執事喫茶｣の店員は、殆どの場合男装した女性である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 腐女子用語 ==&lt;br /&gt;
;攻め:優位にある側、あるいは「する」側のキャラ。ホモセクシャル（レズビアン）でいうところの「タチ（歌舞伎で男役を「立ち役」というところから）」。&lt;br /&gt;
;受け:非優位にある側、あるいは「される」側のキャラ。ホモセクシャル（レズビアン）でいうところの「ネコ（工事現場などで用いられるネコ車;所謂一輪車 を押す姿勢から転じたと言われる）」。&lt;br /&gt;
;[[カップリング (同人)|カップリング]]:攻め・受けのキャラの組み合わせの事。後述のリバも含めて、同じ作品のファン同士であってもカップリングの違いにより激しく対立する事が多く、[[同人誌即売会]]ではサークル配置などに配慮が行われる。&lt;br /&gt;
;誘い受け:普段の人間関係では基本的に優位に立っているが、行為のときは一転して受けになる側。&lt;br /&gt;
;リバ:リバーシブルの略で、通常は攻めか受けのどちらか専門なのだが、どちらもできる人物をこう呼ぶ。また、あるカップリングと受け攻めが逆転したカップリングのこと、受け攻めが入れ替わることが可能なカップリングのことを指す場合もある。&lt;br /&gt;
:しかし、リバを嫌う腐女子も多いため、同人・やおいを取り扱うサイトでは注意書きがなされている。&lt;br /&gt;
;ヘテロ（異性愛）:多くは女性のオタク・腐女子において、[[やおい]]と区別するために用い、『男女のカップリング』を指す。腐女子にもやおいとヘテロ、両方を好む女性オタクも当然いるが、ヘテロに対して批判的な女性オタク、腐女子もいる。&lt;br /&gt;
;総攻め:作品中の、どのキャラクターとカップルにしても必ず攻めになると思われるキャラクターをいう。（例「～って総攻めだよね」） &lt;br /&gt;
;総受け:作品中の、どのキャラクターとカップルにしても必ず受けになると思われるキャラクターをいう。（例「～って総受けだよね」） &lt;br /&gt;
;[[鬼畜]]:読んで字の如く、カップリングにおいて主に攻め側の人間が受けに対し、辛辣な言葉を吐いたり、時に、人道的とは言い難い行為を強制したりすること。&lt;br /&gt;
;ナマモノ:芸能などの実在の人物を扱うこと。[[肖像権]]侵害や[[名誉毀損]]の恐れもあるので注意を要する。&lt;br /&gt;
;ヤオラー:[[やおい]]が好きな人。腐女子とほぼ同義。&lt;br /&gt;
;隠れヤオラー:やおいが好きだが、他人には秘密にしている人を指す。隠れ腐女子。&lt;br /&gt;
;やおい穴:受けの男性の穴の描かれ方、様態や位置が生物学的に無理がある場合、やおい穴と揶揄される、あるいは本人たちの間で揶揄することがある。[[ボーイズラブ]]の記事にも説明あり。&lt;br /&gt;
;[[女体化]]:受け側となる、もとは男性のキャラクターを女性化すること。男性同士の絡みを好む人や女体を好まない人からは敬遠され、少数派である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[同性愛]]&lt;br /&gt;
* [[同人女]]&lt;br /&gt;
* [[腐男子]]&lt;br /&gt;
* [[ショタコン]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:やおい|ふしよし]]&lt;br /&gt;
[[Category:おたく|ふしよし]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:Fujoshi]]&lt;br /&gt;
[[ko:부녀자 (동인)]]&lt;br /&gt;
[[zh:腐女]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E8%85%90%E7%94%B7%E5%AD%90&amp;diff=9375</id>
		<title>腐男子</title>
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				<updated>2007-07-08T00:32:19Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: /* 外部リンク */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''腐男子'''（ふだんし）とは、[[やおい]]作品を好む男性のこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
「やおい」は男性同士の恋愛（及び性的関係）を描く[[小説]]や[[漫画]]などのジャンルであり、愛好者の多くは[[腐女子]]と呼ばれる女性である。しかし、一部に男性のやおい愛好者もおり、'''腐男子'''と呼ばれる。またBLオタクとも呼ばれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
やおい自体は妄想の産物であり、現実の男性の[[同性愛]]と乖離していることが多いこともあり、男性のやおい愛好者だからといって必ずしも本人が[[ゲイ]]とは限らないし、実際の[[ゲイ]]に対しては嫌悪感を露にする者もいる。その為、単に異性の代用として萌える者や少年の肉体に萌える者、少女漫画的な恋愛に惹かれる者など様々な趣向に分かれており、腐女子同様一筋縄ではいかないようだ。&lt;br /&gt;
なお、'''腐男子'''は、特に性的描写を重視した男性向け[[ショタコン]]雑誌の増加に見られるように、ショタコンを中心に広まりつつある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 腐兄 ==&lt;br /&gt;
'''腐兄'''（ふけい）腐兄は父兄のもじりである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当初は腐男子の別称として使用されていた時期もあったが、最近では、女性同士の恋愛を描いたいわゆる[[ガールズラブ|百合]]作品を好む男性を指す言葉として使われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[腐女子]]&lt;br /&gt;
* [[ゲイ]]&lt;br /&gt;
* [[美少年]]&lt;br /&gt;
* [[少年愛]]&lt;br /&gt;
* [[ショタコン]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%C9%E5%C3%CB%BB%D2&amp;amp;kind=jn&amp;amp;mode=0&amp;amp;base=1&amp;amp;row=0 腐男子-goo辞書（三省堂デイリー新語辞典＋α）]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{stub}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:やおい|ふたんし]]&lt;br /&gt;
[[Category:おたく|ふたんし]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

	<entry>
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		<title>腐男子</title>
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				<updated>2007-07-08T00:32:03Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: 新しいページ: ''''腐男子'''（ふだんし）とは、やおい作品を好む男性のこと。  == 概要 == 「やおい」は男性同士の恋愛（及び性的関係）を描く[...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''腐男子'''（ふだんし）とは、[[やおい]]作品を好む男性のこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
「やおい」は男性同士の恋愛（及び性的関係）を描く[[小説]]や[[漫画]]などのジャンルであり、愛好者の多くは[[腐女子]]と呼ばれる女性である。しかし、一部に男性のやおい愛好者もおり、'''腐男子'''と呼ばれる。またBLオタクとも呼ばれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
やおい自体は妄想の産物であり、現実の男性の[[同性愛]]と乖離していることが多いこともあり、男性のやおい愛好者だからといって必ずしも本人が[[ゲイ]]とは限らないし、実際の[[ゲイ]]に対しては嫌悪感を露にする者もいる。その為、単に異性の代用として萌える者や少年の肉体に萌える者、少女漫画的な恋愛に惹かれる者など様々な趣向に分かれており、腐女子同様一筋縄ではいかないようだ。&lt;br /&gt;
なお、'''腐男子'''は、特に性的描写を重視した男性向け[[ショタコン]]雑誌の増加に見られるように、ショタコンを中心に広まりつつある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 腐兄 ==&lt;br /&gt;
'''腐兄'''（ふけい）腐兄は父兄のもじりである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当初は腐男子の別称として使用されていた時期もあったが、最近では、女性同士の恋愛を描いたいわゆる[[ガールズラブ|百合]]作品を好む男性を指す言葉として使われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[腐女子]]&lt;br /&gt;
* [[ゲイ]]&lt;br /&gt;
* [[美少年]]&lt;br /&gt;
* [[少年愛]]&lt;br /&gt;
* [[ショタコン]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%C9%E5%C3%CB%BB%D2&amp;amp;kind=jn&amp;amp;mode=0&amp;amp;base=1&amp;amp;row=0 腐男子-goo辞書（三省堂デイリー新語辞典＋α）]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{stub}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:やおい|ふたんし]]&lt;br /&gt;
[[Category:おたく|ふたんし]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ko:부남자]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

	<entry>
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		<title>カテゴリ:スタブ</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{topicpath|[[:Category:主要カテゴリ|主要カテゴリ]] &amp;gt; スタブ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このカテゴリはユアペディアでの[[Yourpedia:スタブ|スタブ]]（書きかけの項目）を集めています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
特定分野のスタブのためのカテゴリをつくったときには、ここではなく、[[:Category:スタブカテゴリ]]のサブカテゴリとしてください。&lt;br /&gt;
{{StubCategoryTOC}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{StubCategoryTOC漢}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

	<entry>
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				<updated>2007-06-10T19:10:42Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: 新しいページ: '{|class=&amp;quot;toc plainlinks&amp;quot; style=&amp;quot;margin:auto; text-align:center&amp;quot; !colspan=&amp;quot;11&amp;quot;|{{int:toc}} |- |[{{fullurl:{{FULLPAGENAME}}|from=%E3%81%82}} あ] |[{{fullurl:{{FULLPAGENAME}}|fro...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{|class=&amp;quot;toc plainlinks&amp;quot; style=&amp;quot;margin:auto; text-align:center&amp;quot;&lt;br /&gt;
!colspan=&amp;quot;11&amp;quot;|{{int:toc}}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|[{{fullurl:{{FULLPAGENAME}}|from=%E3%81%82}} あ]&lt;br /&gt;
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|-&lt;br /&gt;
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|[{{fullurl:{{FULLPAGENAME}}|from=D}} DEF]&lt;br /&gt;
|[{{fullurl:{{FULLPAGENAME}}|from=G}} GHI]&lt;br /&gt;
|[{{fullurl:{{FULLPAGENAME}}|from=J}} JKL]&lt;br /&gt;
|[{{fullurl:{{FULLPAGENAME}}|from=M}} MNO]&lt;br /&gt;
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|[{{fullurl:{{FULLPAGENAME}}|from=S}} STU]&lt;br /&gt;
|[{{fullurl:{{FULLPAGENAME}}|from=V}} VWX]&lt;br /&gt;
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|}&amp;lt;noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:目次テンプレート|StubCategoryTOC]]&lt;br /&gt;
[[Category:カテゴリページ用テンプレート|TOCstub]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E6%A0%83%E6%9C%A8%E7%9C%8C%E8%BE%B2%E6%A5%AD%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E6%A0%A1&amp;diff=6995</id>
		<title>栃木県農業大学校</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E6%A0%83%E6%9C%A8%E7%9C%8C%E8%BE%B2%E6%A5%AD%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E6%A0%A1&amp;diff=6995"/>
				<updated>2007-06-10T19:08:55Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: /* 外部リンク */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''栃木県農業大学校''' （とちぎけんのうぎょうだいがっこう） は、[[栃木県]][[宇都宮市]]にある[[公立|県立]]の[[大学校|農業大学校]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[国立大学]]より安い授業料と高い就職率が特徴である。また、農学部本科を卒業し国または栃木県職員に採用された場合には、[[人事院規則]]などにより2年制[[短期大学]]卒、農学部研究科を卒業し国または栃木県職員に採用された場合には4年制[[大学]]卒の者と同等に格付けられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 設置学科 ==&lt;br /&gt;
農学部 (本科)&lt;br /&gt;
* 総合農学科&lt;br /&gt;
** 作物コース&lt;br /&gt;
** 畜産コース &lt;br /&gt;
** 農産科学コース&lt;br /&gt;
* 園芸学科&lt;br /&gt;
** 花きコース&lt;br /&gt;
** 果樹コース&lt;br /&gt;
** 野菜コース&lt;br /&gt;
農学部 (研究科)&lt;br /&gt;
* 研究科&lt;br /&gt;
** 作物コース&lt;br /&gt;
** 園芸コース&lt;br /&gt;
** 畜産コース&lt;br /&gt;
** 食品科学コース&lt;br /&gt;
研修部&lt;br /&gt;
* 生涯学習科&lt;br /&gt;
* 農業機械科&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革 ==&lt;br /&gt;
* [[1905年]]（明治38年) - 芳賀町下延生に「下延生農業補習学校」を創設&lt;br /&gt;
* [[1915年]]（大正4年） - 農事試験場に「農業練習部」が設置される。 &lt;br /&gt;
* [[1938年]]（昭和13年） - 「下延生農業補習学校」が上野原農学校、上野原農学寮を経て宇都宮市清原に移転「清原農学寮」となる。&lt;br /&gt;
* [[1949年]]（昭和24年） - 「農業練習部」が農会技術員養成所、農業技術員養成所を経て「農業講習所」となる。 &lt;br /&gt;
* [[1965年]]（昭和40年） - 「農業講習所」が「農業[[短期大学校]]」と改称&lt;br /&gt;
* [[1966年]]（昭和41年） - 「清原農学寮」他４施設が統合し、「農業教育センター」が発足&lt;br /&gt;
* [[1977年]]（昭和52年） - 「農業短期大学校」と「農業教育センター」が合併し、新「農業短期大学校」となる&lt;br /&gt;
* [[1985年]]（昭和60年） - 「農業大学校」発足&lt;br /&gt;
* [[1995年]]（平成7年)  -  [[農業改良助長法]]の改正に伴い、[[単位制]]が導入される。&lt;br /&gt;
* [[1999年]]（平成11年) -  農学部は4科を2科、6コース制に改め、研修部は生涯学習科、農業機械科の2科に改めた。&lt;br /&gt;
* [[2005年]]（平成17年) -  栃木農業大学校創立100周年を迎える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==教育目標==&lt;br /&gt;
#農業及び農家生活の実際に対応できる実践的な技術能力を向上させる。　　　&lt;br /&gt;
#専門化した高度な農業経営が営める経営管理能力を向上させる。　　　　　　&lt;br /&gt;
#農業・農村に求められる多様な役割を担える指導力を向上させる。&lt;br /&gt;
#新しい技術を創造し、社会の進歩に対応できる創造応用能力を向上させる。&lt;br /&gt;
#協力して郷土を守り育てる組織活動能力を向上させる。&lt;br /&gt;
#地域社会の中核として必要な判断企画能力を向上させる。　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 所在地 ==&lt;br /&gt;
* 栃木県宇都宮市上籠谷町1145-1&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[大学校一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.nodai.pref.tochigi.jp/ 栃木県農業大学校]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Template:stub}}&lt;br /&gt;
[[Category:栃木県の大学|とちぎけんけんのうきよう]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の大学校|とちぎけんけんのうきよう]]&lt;br /&gt;
[[Category:宇都宮市|とちぎけんけんのうきよう]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E5%8D%97%E4%BA%AC%E3%81%A7%E3%81%82%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%A8%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%81%84%E3%82%8F%E3%82%86%E3%82%8B%E8%99%90%E6%AE%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6&amp;diff=5600</id>
		<title>南京であったとされるいわゆる虐殺事件</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E5%8D%97%E4%BA%AC%E3%81%A7%E3%81%82%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%A8%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%81%84%E3%82%8F%E3%82%86%E3%82%8B%E8%99%90%E6%AE%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6&amp;diff=5600"/>
				<updated>2007-05-29T17:57:16Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{正確性}}&lt;br /&gt;
{{観点}}&lt;br /&gt;
'''南京大虐殺'''（'''なんきんだいぎゃくさつ'''）という名で知られる事件は、[[1937年]]（[[昭和]]12年）に[[日本軍]]が[[中華民国]]の首都 [[南京]]市を占領した際、約6週間 - 2ヶ月にわたって多数の中国軍[[捕虜]]、[[敗残兵]]、[[便衣兵]]及び一般市民を不法に虐殺したとされる事件である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[中国]]では'''南京大屠殺'''と呼び、欧米では''Nanking Atrocities&amp;lt;!--（南京残虐）--&amp;gt;''あるいは''Rape of Nanking&amp;lt;!--（南京破壊）--&amp;gt;''と呼ぶ。[[日本]]では単に'''南京虐殺'''、'''[[南京事件]]'''とも呼ばれる。南京事件という呼び方は、不法殺害の他に暴行・略奪・放火も含めて事件全体を論じる場合によく使われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、この問題は事実存否や規模などを巡って現在でも議論が続けられている（[[南京大虐殺論争]]を参照）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事件の概要 ==&lt;br /&gt;
=== 南京攻略戦 ===&lt;br /&gt;
1937年8月9日から始まった第二次上海事変の戦闘に破れた中国軍は撤退を始め、当時、中華民国の首都であった南京を中心として防衛線（複郭陣地）を構築し、抗戦する構えを見せた。日本軍は、撤退する中国軍に対し追及を始めたが、兵站が整わない、多分に無理のある進撃であった。日本軍は、中国軍の複郭陣地を次々と突破し、12月9日、南京城を包囲し、翌日正午を期限とする投降勧告を行った。中国軍がこの投降勧告に応じなかったため、12月10日より日本軍の総攻撃が始り、12月13日、南京は陥落した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 残虐行為について ===&lt;br /&gt;
{{節の正確性 }}&lt;br /&gt;
日本軍は、南京への進撃中から諸種の残虐行為を行ったと言われている。その為、南京周辺の町村において、被害の報告が挙げられている。また、1937年12月13日の南京陥落の翌日から約6週間にわたって行われた南京城の城内・城外の掃討でも、大規模な残虐行為が行われたと言われている（城内は主に第16師団（師団長：中島今朝吾）が掃討を行った）。&lt;br /&gt;
====市民への虐殺====&lt;br /&gt;
{{正確性S}}&lt;br /&gt;
: 市民への虐殺については、そのことを直接指示する命令書は確認できないが、当時、戦闘に参加した日本軍将兵の多くが、女性、子供を含めた市民を無差別に殺害するよう指示を受けたことの記録や証言を残している。{{要出典}}&lt;br /&gt;
: 被害者側である中国人の証言からも、理由もなく暴行を受けたり、家族や周辺の人々が殺害されたことが多く確認できる。{{要出典}}&lt;br /&gt;
: 当時南京に残留して南京国際安全区委員長を務めていたジョン・ラーベは、安全区の警護のために残されていた警察官全員や発電所の技術者が、日本軍によって大量殺害されたことを記録に書き残している。{{要出典}}&lt;br /&gt;
====捕虜・投降兵の虐殺====&lt;br /&gt;
{{正確性S}}&lt;br /&gt;
: 第16師団長である中島今朝吾中将は、日記において、捕虜を取らず、殺害する方針であることを書いている。この方針に基づいて、南京城内外での掃討で、多くの捕虜や投降兵が殺害されたのではないかと見られている。{{要出典}}&lt;br /&gt;
: 南京の北方に位置する幕府山では、山田支隊（第65連隊基幹、長・山田栴二少将）が捕虜約14,000名を殺害したと言われている。山田少将は、この処置は上部組織からの命令であったことを日記に書いている。{{要出典}}&lt;br /&gt;
: 南京北部の下関では、捕虜が収容された後に殺害され長江に捨てられたことが、日本側、中国側、そして残留外国人の記録や証言に示されている。{{要出典}}&lt;br /&gt;
: 第114師団第66連隊第1大隊の戦闘詳報では、旅団命令によって捕虜を殺害したことが記録されている。{{要出典}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 報道 ===&lt;br /&gt;
{{節の正確性 }}&lt;br /&gt;
この事件は主に軍人や外国の情報に触れる事の多かった[[外交官]]の間で伝わっており（前者の代表的な例としては陸軍中将 [[岡村寧次]]関係の記録が、後者の代表的な例としては[[外務省]]欧亜局長 [[石井猪太郎]]の日記が、夫々挙げられる）、日本の民衆の間でも流言蜚語として広まっていた（流言の伝わるルートとしては軍人が戦地から内地に宛てた手紙が挙げられる）。また、日本の外へ目を向けてみると、欧米では『[[シカゴ・デイリーニューズ]]』や『[[ニューヨークタイムズ]]』、中国では『[[大公報]]』などのマスコミによって“Nanking Massacre Story”,“The Rape of Nanking”,“Nanking Atrocities”として報道されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
南京に在留していた[[ジャーナリスト]]は日本軍の南京占領後しばらくして脱出したため、事件の全容が報じられたわけではないが、事件初期における日本軍による殺人、傷害、強姦、略奪などの犯罪行為がほぼリアルタイムで伝えられていた。[[無線]]が日本軍によって管理されていたため、彼らは南京を脱出して日本軍の占領後に行なわれた略奪や大量殺害を[[船舶]]の無線を使って報道した。{{要出典}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 被害者数について ===&lt;br /&gt;
{{節の正確性 }}&lt;br /&gt;
被害者数については数千人とする説から、数十万人にのぼるとするものまで様々であり、虐殺事件の存在自体を否定する説もある。一般的な都市陥落で起こりうる程度かそれ以下とする説から、最も多いもので60万人に上る。当時の南京の人口は都市部だけで約100万人程度で、農村部をあわせた南京特別市全体では260万人を超えていたとされる。日本軍侵攻の直前に多くの市民が都市部を脱出したとも言われ、日本軍侵攻時には都市部の安全区内の人口は20万人だったと言う説もある（安全区以外の人口は不明）。また、陥落後、安全区内の人口は30万人に戻ったとも言われる。人口が戻った理由としては、疎開していたが帰ってきた、一度陥落したからこれ以後先頭は起こらないと踏んで移住してきた、農村部で日本軍の蛮行にあった市民が比較的安全と考えられる都市部に移動してきた、日本軍に物資を売るため商人が移り住んだ、等があげられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
南京占領後&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 事件の背景について ===&lt;br /&gt;
{{節の正確性}} &lt;br /&gt;
事件の背景として、南京の前にも、日本軍は移動中に[[上海]]、[[蘇州]]、[[無錫]]、[[嘉興]]、[[杭州]]、[[紹興]]、[[常州]]のような場所でも捕虜や市民への虐殺・略奪を続けていたとされ、日本軍兵士・将校の従軍日記や回想録から、進軍中にそれらが常態化していたのではないかと疑われている。また、中国軍も軍服を着用せず民間人にまぎれる[[ゲリラ戦術]]を採っていたため、無差別虐殺に走らざるを得なかったと言う見方もある（[[ベトナム戦争]]でも同じことが起こっている）。同様に、中国軍が後退する中で後に来る日本軍に何も与えない為に行った空室清野戦術（焦土作戦）によると見る向きもある。{{要出典}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 戦争裁判 ==&lt;br /&gt;
この事件は[[第二次世界大戦]]後、[[戦争犯罪]]として[[極東国際軍事裁判]]と[[南京軍事法廷]]で審判された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
極東国際軍事裁判では、事件当時に[[中支那方面軍]]司令官であった[[松井石根]]（当時、陸軍大将）が、不法行為の防止や阻止、関係者の処罰を怠ったとして死刑となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
南京軍事法廷では、当時、[[第6師団]]長だった[[谷寿夫]]（当時、陸軍中将）が起訴され死刑となった。谷は申弁書の中で虐殺は中島部隊（[[第16師団]]）で起きたものであり、自分の第6師団は無関係と申し立てを行っている。その他、[[百人斬り競争]]として報道された[[野田毅]]（当時、陸軍少尉）と[[向井敏明]]（当時、陸軍少尉）、非戦闘員の三百人斬りを行ったとして[[田中軍吉]]（当時、陸軍大尉）が死刑となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、[[上海派遣軍]]の司令官であった[[朝香宮鳩彦]]（当時、陸軍中将）については訴追されなかった。これは朝香宮が[[皇族]]であり、[[天皇]]をはじめ皇族の戦争犯罪を問わないという[[アメリカ]]の方針に基づいている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 南京陥落までの状況 ==&lt;br /&gt;
=== 日本側 ===&lt;br /&gt;
1937年11月、第2次上海事件に投入された[[上海派遣軍]]と[[第10軍]]は、上海で中国軍を撃ち破った勢いに乗り、軍中央の不拡大方針を無視して首都 南京に攻め上った。[[12月1日]]、軍中央は、現地軍の方針無視を追認する形で、中支那方面軍（上海派遣軍と第10軍）に対し南京攻略命令を下達する。[[12月8日]]、中支那方面軍は南京を包囲、[[12月9日]]、同軍司令官の陸軍大将 松井石根は、中国軍に対し開城（降伏）を勧告する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中国軍が開城勧告に応じなかったため、[[12月10日]]、日本軍は攻撃を開始し、[[12月13日]]に南京城を陥落させた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 中国（中華民国）側 ===&lt;br /&gt;
1937年[[11月5日]]、上海防衛に当たっていた中国軍は、杭州湾に上陸した日本陸軍第10軍に背後を襲われる形となり、指揮命令系統に混乱を来たしたまま総退却する。[[11月15日]] - [[11月18日]]、南京において高級幕僚会議が行われ、トラウトマン和平調停工作の影響の考慮から、南京固守作戦の方針が決まる。[[11月20日]][[蒋介石]]は南京防衛司令官に[[唐生智]]を任命する。同時に、[[重慶]]に遷都することを宣言し、暫定首都となる[[漢口]]に中央諸機関の移動を始める。11月下旬、南京防衛作戦のため、緊急的（場当たり的）な増兵を行なった結果、南京防衛軍の動員兵力は約10万人に達したと言われる（台湾の公刊戦史他）。[[12月7日]]、南京郊外の外囲陣地が突破される。南京は日本軍の砲撃の射程内に入り、また、空爆が激しくなってきたことから、蒋介石は南京を離れる。この後、中国軍の戦線は崩壊し続け、[[12月11日]]、蒋介石は南京固守を諦め、唐生智に撤退を命令する。一方、唐生智は死守作戦にこだわったが、[[12月12日]]夕方には撤退命令を出す。しかし、すでに命令伝達系統が破壊されつつあり、命令は全軍に伝わらなかった。12月13日、南京城壁は突破され、中国軍は総崩れとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 中支那方面軍の編成 ==&lt;br /&gt;
中支那方面軍は上海派遣軍と第10軍から構成される。南京攻略時の主な部隊を示した。攻略に参加していない部隊、通信隊や鉄道隊、航空隊、工兵隊、兵站部隊などは略している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 中支那方面軍 - 司令官：陸軍大将 松井石根&lt;br /&gt;
** 上海派遣軍 - 司令官：陸軍中将 朝香宮鳩彦王&lt;br /&gt;
*** [[第3師団 (日本軍)|第3師団]]先遣隊 - 連隊長：陸軍大佐 [[鷹森孝]]&lt;br /&gt;
*** [[第9師団 (日本軍)|第9師団]] - 師団長：陸軍中将 [[吉住良輔]]&lt;br /&gt;
*** 第16師団 - 師団長：陸軍中将 中島今朝吾&lt;br /&gt;
*** 山田支隊（第13師団の一部） - 歩兵第103旅団長：陸軍少将 [[山田栴二]]&lt;br /&gt;
** 第10軍 - 司令官：陸軍中将 [[柳川平助]]&lt;br /&gt;
*** 第6師団 - 師団長：陸軍中将 谷寿夫&lt;br /&gt;
*** [[第18師団 (日本軍)|第18師団]] - 師団長：陸軍中将 [[牛島貞雄]]&lt;br /&gt;
*** [[第114師団 (日本軍)|第114師団]] - 師団長：陸軍中将 [[末松茂治]]&lt;br /&gt;
*** 国崎支隊（[[第5師団 (日本軍)|第5師団]]歩兵第9旅団） - 支隊長：陸軍少将 [[国崎登]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 南京大虐殺を描いた作品 ==&lt;br /&gt;
* 『[[南京1937]]』（香港・中国合作映画）&lt;br /&gt;
* 『[[ラストエンペラー]]』&lt;br /&gt;
* 『[[東京裁判]]』&lt;br /&gt;
* 『[[太陽待ち]]』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[南京大虐殺論争]] - [[百人斬り競争]] - [[南京安全区国際委員会]]&lt;br /&gt;
* [[マイナー・シール・ベイツ|ベイツ]] - [[ジョージ・アシュモア・フィッチ|フィッチ]] - [[ティンパーリー]] - [[エドガー・スノー]]&lt;br /&gt;
* [[歴史修正主義]] - [[自虐史観]] - [[否認主義]]&lt;br /&gt;
* [[日本の戦争犯罪]] - [[日本の戦争謝罪発言一覧]]&lt;br /&gt;
* [[中国之怒吼]] - [[ザ・バトル・オブ・チャイナ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
リンク集へのリンク集を中心に&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--　リンクを追加する場合はノートによる議論を経ること　--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [http://en.wikipedia.org/wiki/Nanjing_Massacre ウィキペディア英語版]&lt;br /&gt;
* [http://members.at.infoseek.co.jp/NankingMassacre/Link.htm 南京大虐殺関連リンク集] (WP「南京事件資料集」のリンク集)&lt;br /&gt;
* [http://dmoz.org/Society/Issues/Warfare_and_Conflict/War_Crimes/Japan/Sino-Japanese_War/Nanking_Massacre/ オープンディレクトリー : Society: Issues: Warfare and Conflict: War Crimes: Japan: Sino-Japanese War: Nanking Massacre]（英語）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{substub}}&lt;br /&gt;
[[Category:南京大虐殺|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:日中戦争|なんきんきやくさつ]]&lt;br /&gt;
[[Category:大量虐殺|なんきんきやくさつ]]&lt;br /&gt;
[[Category:Wikipedia出典元の記事]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

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		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88:%E8%A6%81%E5%87%BA%E5%85%B8&amp;diff=5599</id>
		<title>テンプレート:要出典</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&amp;lt;sup&amp;gt;&amp;lt;span title=&amp;quot;要出典&amp;quot;&amp;gt;''&amp;lt;nowiki&amp;gt;[&amp;lt;/nowiki&amp;gt;[[Yourpedia:「要出典」をクリックされた方へ|&amp;lt;span title=&amp;quot;要出典&amp;quot;&amp;gt;要出典&amp;lt;/span&amp;gt;]]&amp;lt;nowiki&amp;gt;]&amp;lt;/nowiki&amp;gt;''&amp;lt;/span&amp;gt;&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;includeonly&amp;gt;[[Category:出典を必要とする記事]]&amp;lt;/includeonly&amp;gt;&amp;lt;noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- テンプレート本体は上で終了．下の文はテンプレートには反映されない。 --&amp;gt;&lt;br /&gt;
== 使用法 ==&lt;br /&gt;
記事の本文中に、下のように書き加えると&lt;br /&gt;
 &amp;lt;nowiki&amp;gt;この文は例です{{要出典}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&lt;br /&gt;
下のように表示されます。&lt;br /&gt;
 この文は例です&amp;lt;sup&amp;gt;&amp;lt;span title=&amp;quot;要出典&amp;quot;&amp;gt;''&amp;lt;nowiki&amp;gt;[&amp;lt;/nowiki&amp;gt;[[Yourpedia:「要出典」をクリックされた方へ|&amp;lt;span title=&amp;quot;要出典&amp;quot;&amp;gt;要出典&amp;lt;/span&amp;gt;]]&amp;lt;nowiki&amp;gt;]&amp;lt;/nowiki&amp;gt;''&amp;lt;/span&amp;gt;&amp;lt;/sup&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「要出典」の文字のリンク先は [[Yourpedia:「要出典」をクリックされた方へ]] となっています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 解説 ==&lt;br /&gt;
このテンプレートは、ある記事の内容について出典を求めるとき、記事中のどの場所の内容について出典を求めているのかを特定するために用います。単独で使っても構いませんが、記事の内容に問題があり、以下のテンプレートを貼る、あるいは貼られているときに、問題がある場所を特定するためにも使えます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[Template:Unreferenced]]（注）&lt;br /&gt;
* [[Template:観点]]&lt;br /&gt;
* [[Template:正確性]]&lt;br /&gt;
* [[Template:精度]]&lt;br /&gt;
* [[Template:SeeTalk]]&lt;br /&gt;
* [[Template:出典の明記]]&lt;br /&gt;
* [[Template:未検証]]&lt;br /&gt;
* [[Template:独自研究]]&lt;br /&gt;
* [[Template:出典の信頼性]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
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&lt;br /&gt;
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&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[Yourpedia:検証可能性]]&lt;br /&gt;
*[[Yourpedia:出典を明記する]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:お知らせテンプレート|論 ようしゅってん]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88:%E6%AD%A3%E7%A2%BA%E6%80%A7S&amp;diff=5598</id>
		<title>テンプレート:正確性S</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&amp;lt;div style=&amp;quot;margin: 0.5em 0; background-color: #f2f2f2; border: 1px solid #aaa; padding: 3px; font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;[[画像:Blue question mark.svg|15px|正確さに疑問がある記事]] &amp;amp;nbsp;この記事の[[Yourpedia:正確さに疑問がある記事|正確さ]]については[[{{TALKPAGENAME}}|疑問が提出]]されています。&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;includeonly&amp;gt;[[category:正確性]]&amp;lt;/includeonly&amp;gt;&amp;lt;noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[Template:正確性]]&lt;br /&gt;
* [[Template:節の正確性]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:お知らせテンプレート|論 せいかくせいS]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

	<entry>
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		<title>テンプレート:節の正確性</title>
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&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{| style=&amp;quot;border:solid #999 1px; background:#f8f8f8; padding:0.5em; margin:0.5em auto&amp;quot;&lt;br /&gt;
|[[画像:Blue question mark.svg|25px|正確さに疑問がある記事]]&lt;br /&gt;
|この節の[[Yourpedia:正確さに疑問がある記事|正確さ]]については疑問が提出されているか、あるいは議論中です。詳しくは、[[{{TALKPAGENAME}}|この記事のノート]]を参照してください。&lt;br /&gt;
|}&amp;lt;includeonly&amp;gt;[[category:正確性]]&amp;lt;/includeonly&amp;gt;&amp;lt;noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[Template:正確性]]&lt;br /&gt;
* [[Template:正確性S]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:お知らせテンプレート|論 せいかくせい せつ]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88:%E6%AD%A3%E7%A2%BA%E6%80%A7&amp;diff=5596</id>
		<title>テンプレート:正確性</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{| style=&amp;quot;border:solid #999 1px; background:#f8f8f8; padding:0.5em; margin:0.5em auto&amp;quot;&lt;br /&gt;
|[[画像:Blue question mark.svg|25px|正確さに疑問がある記事]]&lt;br /&gt;
|&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:117%;color:#880000&amp;quot;&amp;gt;'''記事の正確さ'''&amp;lt;/span&amp;gt;：この記事の[[Yourpedia:正確さに疑問がある記事|正確さ]]については疑問が提出されているか、あるいは議論中です。詳しくは、[[{{TALKPAGENAME}}|この記事のノート]]を参照してください。&lt;br /&gt;
|}&amp;lt;includeonly&amp;gt;[[category:正確性]]&amp;lt;/includeonly&amp;gt;&amp;lt;noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[Template:正確性S]]&lt;br /&gt;
* [[Template:節の正確性]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:お知らせテンプレート|論 せいかくせい]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E5%8D%97%E4%BA%AC%E3%81%A7%E3%81%82%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%A8%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%81%84%E3%82%8F%E3%82%86%E3%82%8B%E8%99%90%E6%AE%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6&amp;diff=5595</id>
		<title>南京であったとされるいわゆる虐殺事件</title>
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				<updated>2007-05-29T17:48:16Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''南京大虐殺'''（'''なんきんだいぎゃくさつ'''）という名で知られる事件は、[[1937年]]（[[昭和]]12年）に[[日本軍]]が[[中華民国]]の首都 [[南京]]市を占領した際、約6週間 - 2ヶ月にわたって多数の中国軍[[捕虜]]、[[敗残兵]]、[[便衣兵]]及び一般市民を不法に虐殺したとされる事件である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[中国]]では'''南京大屠殺'''と呼び、欧米では''Nanking Atrocities&amp;lt;!--（南京残虐）--&amp;gt;''あるいは''Rape of Nanking&amp;lt;!--（南京破壊）--&amp;gt;''と呼ぶ。[[日本]]では単に'''南京虐殺'''、'''[[南京事件]]'''とも呼ばれる。南京事件という呼び方は、不法殺害の他に暴行・略奪・放火も含めて事件全体を論じる場合によく使われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、この問題は事実存否や規模などを巡って現在でも議論が続けられている（[[南京大虐殺論争]]を参照）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事件の概要 ==&lt;br /&gt;
=== 南京攻略戦 ===&lt;br /&gt;
1937年8月9日から始まった第二次上海事変の戦闘に破れた中国軍は撤退を始め、当時、中華民国の首都であった南京を中心として防衛線（複郭陣地）を構築し、抗戦する構えを見せた。日本軍は、撤退する中国軍に対し追及を始めたが、兵站が整わない、多分に無理のある進撃であった。日本軍は、中国軍の複郭陣地を次々と突破し、12月9日、南京城を包囲し、翌日正午を期限とする投降勧告を行った。中国軍がこの投降勧告に応じなかったため、12月10日より日本軍の総攻撃が始り、12月13日、南京は陥落した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 残虐行為について ===&lt;br /&gt;
日本軍は、南京への進撃中から諸種の残虐行為を行ったと言われている。その為、南京周辺の町村において、被害の報告が挙げられている。また、1937年12月13日の南京陥落の翌日から約6週間にわたって行われた南京城の城内・城外の掃討でも、大規模な残虐行為が行われたと言われている（城内は主に第16師団（師団長：中島今朝吾）が掃討を行った）。&lt;br /&gt;
: '''市民への虐殺'''&lt;br /&gt;
: 市民への虐殺については、そのことを直接指示する命令書は確認できないが、当時、戦闘に参加した日本軍将兵の多くが、女性、子供を含めた市民を無差別に殺害するよう指示を受けたことの記録や証言を残している。{{要出典}}&lt;br /&gt;
: 被害者側である中国人の証言からも、理由もなく暴行を受けたり、家族や周辺の人々が殺害されたことが多く確認できる。{{要出典}}{{正確性}}&lt;br /&gt;
: 当時南京に残留して南京国際安全区委員長を務めていたジョン・ラーベは、安全区の警護のために残されていた警察官全員や発電所の技術者が、日本軍によって大量殺害されたことを記録に書き残している。{{要出典}}{{正確性}}&lt;br /&gt;
: '''捕虜・投降兵の虐殺'''&lt;br /&gt;
: 第16師団長である中島今朝吾中将は、日記において、捕虜を取らず、殺害する方針であることを書いている。この方針に基づいて、南京城内外での掃討で、多くの捕虜や投降兵が殺害されたのではないかと見られている。{{要出典}}{{正確性}}&lt;br /&gt;
: 南京の北方に位置する幕府山では、山田支隊（第65連隊基幹、長・山田栴二少将）が捕虜約14,000名を殺害したと言われている。山田少将は、この処置は上部組織からの命令であったことを日記に書いている。{{要出典}}{{正確性}}&lt;br /&gt;
: 南京北部の下関では、捕虜が収容された後に殺害され長江に捨てられたことが、日本側、中国側、そして残留外国人の記録や証言に示されている。{{要出典}}{{正確性}}&lt;br /&gt;
: 第114師団第66連隊第1大隊の戦闘詳報では、旅団命令によって捕虜を殺害したことが記録されている。{{要出典}}{{正確性}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 報道 ===&lt;br /&gt;
この事件は主に軍人や外国の情報に触れる事の多かった[[外交官]]の間で伝わっており（前者の代表的な例としては陸軍中将 [[岡村寧次]]関係の記録が、後者の代表的な例としては[[外務省]]欧亜局長 [[石井猪太郎]]の日記が、夫々挙げられる）、日本の民衆の間でも流言蜚語として広まっていた（流言の伝わるルートとしては軍人が戦地から内地に宛てた手紙が挙げられる）。また、日本の外へ目を向けてみると、欧米では『[[シカゴ・デイリーニューズ]]』や『[[ニューヨークタイムズ]]』、中国では『[[大公報]]』などのマスコミによって“Nanking Massacre Story”,“The Rape of Nanking”,“Nanking Atrocities”として報道されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
南京に在留していた[[ジャーナリスト]]は日本軍の南京占領後しばらくして脱出したため、事件の全容が報じられたわけではないが、事件初期における日本軍による殺人、傷害、強姦、略奪などの犯罪行為がほぼリアルタイムで伝えられていた。[[無線]]が日本軍によって管理されていたため、彼らは南京を脱出して日本軍の占領後に行なわれた略奪や大量殺害を[[船舶]]の無線を使って報道した。{{要出典}}{{正確性}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 被害者数について ===&lt;br /&gt;
被害者数については数千人とする説から、数十万人にのぼるとするものまで様々であり、虐殺事件の存在自体を否定する説もある。一般的な都市陥落で起こりうる程度かそれ以下とする説から、最も多いもので60万人に上る。当時の南京の人口は都市部だけで約100万人程度で、農村部をあわせた南京特別市全体では260万人を超えていたとされる。日本軍侵攻の直前に多くの市民が都市部を脱出したとも言われ、日本軍侵攻時には都市部の安全区内の人口は20万人だったと言う説もある（安全区以外の人口は不明）。また、陥落後、安全区内の人口は30万人に戻ったとも言われる。人口が戻った理由としては、疎開していたが帰ってきた、一度陥落したからこれ以後先頭は起こらないと踏んで移住してきた、農村部で日本軍の蛮行にあった市民が比較的安全と考えられる都市部に移動してきた、日本軍に物資を売るため商人が移り住んだ、等があげられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
南京占領後&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 事件の背景について ===&lt;br /&gt;
事件の背景として、南京の前にも、日本軍は移動中に[[上海]]、[[蘇州]]、[[無錫]]、[[嘉興]]、[[杭州]]、[[紹興]]、[[常州]]のような場所でも捕虜や市民への虐殺・略奪を続けていたとされ、日本軍兵士・将校の従軍日記や回想録から、進軍中にそれらが常態化していたのではないかと疑われている。また、中国軍も軍服を着用せず民間人にまぎれる[[ゲリラ戦術]]を採っていたため、無差別虐殺に走らざるを得なかったと言う見方もある（[[ベトナム戦争]]でも同じことが起こっている）。同様に、中国軍が後退する中で後に来る日本軍に何も与えない為に行った空室清野戦術（焦土作戦）によると見る向きもある。{{要出典}}{{正確性}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 戦争裁判 ==&lt;br /&gt;
この事件は[[第二次世界大戦]]後、[[戦争犯罪]]として[[極東国際軍事裁判]]と[[南京軍事法廷]]で審判された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
極東国際軍事裁判では、事件当時に[[中支那方面軍]]司令官であった[[松井石根]]（当時、陸軍大将）が、不法行為の防止や阻止、関係者の処罰を怠ったとして死刑となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
南京軍事法廷では、当時、[[第6師団]]長だった[[谷寿夫]]（当時、陸軍中将）が起訴され死刑となった。谷は申弁書の中で虐殺は中島部隊（[[第16師団]]）で起きたものであり、自分の第6師団は無関係と申し立てを行っている。その他、[[百人斬り競争]]として報道された[[野田毅]]（当時、陸軍少尉）と[[向井敏明]]（当時、陸軍少尉）、非戦闘員の三百人斬りを行ったとして[[田中軍吉]]（当時、陸軍大尉）が死刑となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、[[上海派遣軍]]の司令官であった[[朝香宮鳩彦]]（当時、陸軍中将）については訴追されなかった。これは朝香宮が[[皇族]]であり、[[天皇]]をはじめ皇族の戦争犯罪を問わないという[[アメリカ]]の方針に基づいている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 南京陥落までの状況 ==&lt;br /&gt;
=== 日本側 ===&lt;br /&gt;
1937年11月、第2次上海事件に投入された[[上海派遣軍]]と[[第10軍]]は、上海で中国軍を撃ち破った勢いに乗り、軍中央の不拡大方針を無視して首都 南京に攻め上った。[[12月1日]]、軍中央は、現地軍の方針無視を追認する形で、中支那方面軍（上海派遣軍と第10軍）に対し南京攻略命令を下達する。[[12月8日]]、中支那方面軍は南京を包囲、[[12月9日]]、同軍司令官の陸軍大将 松井石根は、中国軍に対し開城（降伏）を勧告する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中国軍が開城勧告に応じなかったため、[[12月10日]]、日本軍は攻撃を開始し、[[12月13日]]に南京城を陥落させた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 中国（中華民国）側 ===&lt;br /&gt;
1937年[[11月5日]]、上海防衛に当たっていた中国軍は、杭州湾に上陸した日本陸軍第10軍に背後を襲われる形となり、指揮命令系統に混乱を来たしたまま総退却する。[[11月15日]] - [[11月18日]]、南京において高級幕僚会議が行われ、トラウトマン和平調停工作の影響の考慮から、南京固守作戦の方針が決まる。[[11月20日]][[蒋介石]]は南京防衛司令官に[[唐生智]]を任命する。同時に、[[重慶]]に遷都することを宣言し、暫定首都となる[[漢口]]に中央諸機関の移動を始める。11月下旬、南京防衛作戦のため、緊急的（場当たり的）な増兵を行なった結果、南京防衛軍の動員兵力は約10万人に達したと言われる（台湾の公刊戦史他）。[[12月7日]]、南京郊外の外囲陣地が突破される。南京は日本軍の砲撃の射程内に入り、また、空爆が激しくなってきたことから、蒋介石は南京を離れる。この後、中国軍の戦線は崩壊し続け、[[12月11日]]、蒋介石は南京固守を諦め、唐生智に撤退を命令する。一方、唐生智は死守作戦にこだわったが、[[12月12日]]夕方には撤退命令を出す。しかし、すでに命令伝達系統が破壊されつつあり、命令は全軍に伝わらなかった。12月13日、南京城壁は突破され、中国軍は総崩れとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 中支那方面軍の編成 ==&lt;br /&gt;
中支那方面軍は上海派遣軍と第10軍から構成される。南京攻略時の主な部隊を示した。攻略に参加していない部隊、通信隊や鉄道隊、航空隊、工兵隊、兵站部隊などは略している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 中支那方面軍 - 司令官：陸軍大将 松井石根&lt;br /&gt;
** 上海派遣軍 - 司令官：陸軍中将 朝香宮鳩彦王&lt;br /&gt;
*** [[第3師団 (日本軍)|第3師団]]先遣隊 - 連隊長：陸軍大佐 [[鷹森孝]]&lt;br /&gt;
*** [[第9師団 (日本軍)|第9師団]] - 師団長：陸軍中将 [[吉住良輔]]&lt;br /&gt;
*** 第16師団 - 師団長：陸軍中将 中島今朝吾&lt;br /&gt;
*** 山田支隊（第13師団の一部） - 歩兵第103旅団長：陸軍少将 [[山田栴二]]&lt;br /&gt;
** 第10軍 - 司令官：陸軍中将 [[柳川平助]]&lt;br /&gt;
*** 第6師団 - 師団長：陸軍中将 谷寿夫&lt;br /&gt;
*** [[第18師団 (日本軍)|第18師団]] - 師団長：陸軍中将 [[牛島貞雄]]&lt;br /&gt;
*** [[第114師団 (日本軍)|第114師団]] - 師団長：陸軍中将 [[末松茂治]]&lt;br /&gt;
*** 国崎支隊（[[第5師団 (日本軍)|第5師団]]歩兵第9旅団） - 支隊長：陸軍少将 [[国崎登]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 南京大虐殺を描いた作品 ==&lt;br /&gt;
* 『[[南京1937]]』（香港・中国合作映画）&lt;br /&gt;
* 『[[ラストエンペラー]]』&lt;br /&gt;
* 『[[東京裁判]]』&lt;br /&gt;
* 『[[太陽待ち]]』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[南京大虐殺論争]] - [[百人斬り競争]] - [[南京安全区国際委員会]]&lt;br /&gt;
* [[マイナー・シール・ベイツ|ベイツ]] - [[ジョージ・アシュモア・フィッチ|フィッチ]] - [[ティンパーリー]] - [[エドガー・スノー]]&lt;br /&gt;
* [[歴史修正主義]] - [[自虐史観]] - [[否認主義]]&lt;br /&gt;
* [[日本の戦争犯罪]] - [[日本の戦争謝罪発言一覧]]&lt;br /&gt;
* [[中国之怒吼]] - [[ザ・バトル・オブ・チャイナ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
リンク集へのリンク集を中心に&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--　リンクを追加する場合はノートによる議論を経ること　--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [http://en.wikipedia.org/wiki/Nanjing_Massacre ウィキペディア英語版]&lt;br /&gt;
* [http://members.at.infoseek.co.jp/NankingMassacre/Link.htm 南京大虐殺関連リンク集] (WP「南京事件資料集」のリンク集)&lt;br /&gt;
* [http://dmoz.org/Society/Issues/Warfare_and_Conflict/War_Crimes/Japan/Sino-Japanese_War/Nanking_Massacre/ オープンディレクトリー : Society: Issues: Warfare and Conflict: War Crimes: Japan: Sino-Japanese War: Nanking Massacre]（英語）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{History-stub}}&lt;br /&gt;
[[Category:南京大虐殺|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:日中戦争|なんきんきやくさつ]]&lt;br /&gt;
[[Category:大量虐殺|なんきんきやくさつ]]&lt;br /&gt;
[[Category:Wikipedia出典元の記事]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

	<entry>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: 新しいページ: 'テンプレート関係とカテゴリー関係を整備しているみたいです  先に言いますが、気が向かないと編集しません。'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;テンプレート関係とカテゴリー関係を整備しているみたいです&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先に言いますが、気が向かないと編集しません。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

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		<title>ニュースシャトル</title>
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				<updated>2007-05-29T12:28:03Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: /* 番組の入れ替わり */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Anotheruse|[[All-nippon News Network|ANN]]系列で放送されたニュース番組|[[NHK北九州放送局]]で放送されているニュース番組|ニュースシャトル北九州}}&lt;br /&gt;
'''ニュースシャトル'''は、[[テレビ朝日]]（[[All-nippon News Network|ANN]]）で、[[1987年]][[10月19日]]～[[1989年]][[9月29日]]にかけて放送していた[[ニュース]][[テレビ番組|番組]]である。&amp;lt;br&amp;gt;『[[ANNニュースレーダー]]』の後番組（平日のみ放送。週末版は『[[ANNニュース&amp;amp;スポーツ (1980年代)|ANNニュース&amp;amp;スポーツ]]』に改題）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==番組の歴史、概略==&lt;br /&gt;
[[1987年]][[10月19日]]（[[ブラックマンデー]]の日として有名）スタート。キャッチコピーは、「'''なんだ、なんだの、ナナ・ニイ・マル。'''」。テーマ曲は、[[高中正義]]が担当した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[テレビ東京]]を除き、当時各局横並びで18時台に放送した夕方ニュースを19時台に移した画期的な編成と、メインキャスターを務めた女優、[[星野知子]]の番組冒頭のセリフ「7時20分、ニュースシャトルです」で注目を集めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
午後7時20分という開始時間は、ニュースシャトル開始まで[[東京放送|TBS]]系の「[[JNNニュースコープ]]」の終了時刻だったが、同期改編で午後7時終了に短縮されているため、ゴールデンタイムでのニュース番組のポジションをバトンタッチされたことになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし19時台はNHKニュース（[[NHKニュース (午後7時)|7時のニュース]]）が支持されており、また他局は[[アニメ]]や[[バラエティ番組]]、[[プロ野球中継]]などの強力なソフトがそろう激戦区でもあり（ニュースシャトル自らも、プロ野球中継で放送時間を繰り上げることもあった）、1年半後には他局と同じ18時台に移動した（星野知子の台詞は「○月○日○曜日、ニュースシャトルです」となって時間移動後も引き継がれた）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
開始時に新聞に掲載されていた広告には、「ローカルニュース」の文言が見られるものもあり、実際、番組後半は[[ローカルセールス枠]]となっていたので、当初は番組内にローカルニュースを内包可能とする意図もあったと思われる。しかし、実際には内包した局はなく、従来通り夕方にローカルワイドニュースを編成する局が殆どだった。後述の通り、朝日放送と広島ホームテレビがプロ野球のローカル中継（阪神戦・広島戦）のために10分間で飛び降りることがあった程度である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、18時台に移動した後、テレビ朝日以外の系列民放では在来の18時台ローカルニュース番組（但しテレビ朝日では18時台にローカルニュースは組まれていなかった）と合併という形となったこともあり、タイトルに局の略称を被せるようになった（例：『[[朝日放送|ABC]]ニュースシャトル』なお、ABCなど『ニュースシャトル』に略称をかぶせる一方、引き続きローカルニュースを別番組扱いとする地域もあった）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1989年]]（週末版は[[1990年]]）[[9月]]に打ち切りになり、[[ニュースステーション|Nステ]]や[[ミュージックステーション (テレビ番組)|Mステ]]の様なステーションを冠した後番組の『[[600ステーション]]』（週末版は『[[530ステーション]]』）に受け継がれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==メインキャスター==&lt;br /&gt;
*1987年10月～1989年3月 - 星野知子、[[朝岡聡]]&lt;br /&gt;
*1989年4月～9月 - 星野知子、[[高井正憲]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==放送時間==&lt;br /&gt;
*1987年10月～1989年3月 - 19:20～20:00（※巨人戦中継の時は18:30～19:00、西武戦・ヤクルト戦中継の時は18:50～19:20に繰り上げた）&lt;br /&gt;
**朝日放送と広島ホームテレビは、プロ野球のローカル中継を19:30から放送する場合に、19:30前に飛び降り、自局でネットスポンサーのCM・提供クレジット・エンディングを挿入していた。&lt;br /&gt;
*1989年4月～9月 - 18:00～18:50&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==ネットしていた局==&lt;br /&gt;
*[[テレビ朝日]]（制作・幹事局）&lt;br /&gt;
*[[北海道テレビ放送|北海道テレビ]]&lt;br /&gt;
*[[東日本放送]]&lt;br /&gt;
*[[福島放送]]&lt;br /&gt;
*[[新潟テレビ21]]&lt;br /&gt;
*[[テレビ信州]]&lt;br /&gt;
*[[静岡朝日テレビ|静岡けんみんテレビ]]（現：静岡朝日テレビ）&lt;br /&gt;
*[[名古屋テレビ放送|名古屋テレビ]]&lt;br /&gt;
*[[朝日放送]]&lt;br /&gt;
*[[瀬戸内海放送]]&lt;br /&gt;
*[[広島ホームテレビ]]&lt;br /&gt;
*[[九州朝日放送]]&lt;br /&gt;
*[[鹿児島放送]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==この番組のスタートに影響された主な番組枠==&lt;br /&gt;
*[[水曜スペシャル|新・水曜スペシャル]]（水曜夜7時～8時51分の単発番組）&lt;br /&gt;
**本番組の開始時刻が午後6時に繰り上がる1989年9月まで一旦単発枠は廃止された。そのため水曜午後8時枠は「[[ナイトライダー]]」(～1988年2月)→「[[ビートたけしのスポーツ大将]]」(第2期)(同年2月11日～)となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[藤子不二雄ワイド]]（火曜7時台。『[[パーマン]]』『[[プロゴルファー猿]]』『[[エスパー魔美]]』のコンプレックス枠）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[藤子不二雄劇場]]（日曜朝。『[[ウルトラB]]』『[[オバケのQ太郎]]』のコンプレックス枠）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[メタルヒーローシリーズ]]（月曜7時～7時半。当時は『[[超人機メタルダー]]』）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
**本番組の枠確保のため『藤子不二雄ワイド』を終了させる必要が生じ、その代替編成として、日曜朝の『藤子不二雄劇場』を『メタルヒーローシリーズ』の枠（当時低視聴率に喘いでいた）と交換して月曜夜に移行、『[[藤子不二雄ワールド]]』（『ウルトラB』『プロゴルファー猿』のコンプレックス枠）を開始。旧来の『～ワイド』の枠は30分に縮小して『エスパー魔美』の単独放送となり、月・火曜の30分枠に藤子アニメを並べる編成に変更された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==備考==&lt;br /&gt;
===ニュースシャトルの失敗とクロスネット局の系列選択〜長野の場合===&lt;br /&gt;
この番組のネット局のうち、唯一クロスネット局だったテレビ信州は、ニュースシャトル放送開始当時（昭和62年）の時点では、4局化後テレビ朝日系列になる予定だった。テレビ信州では、[[日本テレビ]]とテレビ朝日の編成比率50対50を厳格に守っていた。ニュースも朝、深夜はNNN、昼、夕方はANNだった。この番組の開始以前（昭和62年9月）は曜日別クロスネットで、テレビ信州は曜日により、視聴率が高く見込めるほうを選択していた。曜日別クロス編成では、遅れネットを含め、両局の人気番組はほぼ見られた。テレビ信州も夕方はANNという規定から、この番組のネット受けに合わせた改編を行った。民放の夜7時台のニュースの編成は、全国的に受け入れられなかったので、当然3局地区だったテレビ信州の編成にも多大な影響を及ぼした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
検討段階では、枠交換の上、夕方のニュースを「[[NNNライブオンネットワーク]]」・深夜のニュースを「[[ニュースステーション]]」とする案もあった他、「ニュースシャトル」をテレビ朝日がテレビ信州向けに夕方6時台に別制作する案もあったが、これも実現しなかった。（前者の場合、NNN加盟局は原則として「[[NNNきょうの出来事]]」をネットしなければならないという内規が影響した模様）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この変更により、曜日別ネットでは日テレネット受け日の「プロ野球・巨人戦」は日曜以外は延長されたが、変更後は、金・土・日のみとなり、飛び乗りまたは飛び降りせざるを得なくなった。また、[[木曜スペシャル]]、[[土曜グランド劇場]]といった人気番組が打ち切られたり、ローカルセールス枠での遅れネットになったり・[[信越放送]]（[[東京放送|TBS]]系）への[[番組販売]]になったりした。この編成への不満が殺到し、この当時テレビ信州への抗議の電話が多々あった。また全国的な視聴率も、この辺りからテレビ朝日は低下し、日本テレビは上昇傾向となった。このような事情と読売との関係から、テレビ信州は長野地区第4局開局のメドがついた時、当初予定のテレビ朝日系列から、正式に日本テレビ系列に変更する事を決断した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==番組の入れ替わり==&lt;br /&gt;
{{前後番組|&lt;br /&gt;
放送局=[[All-nippon News Network|ANN]]|&lt;br /&gt;
放送枠=平日夕方のニュース|&lt;br /&gt;
番組名=ニュースシャトル ANN|&lt;br /&gt;
前番組=[[ANNニュースレーダー]]|&lt;br /&gt;
次番組=[[600ステーション]]|&lt;br /&gt;
2放送局=[[テレビ朝日]]系|&lt;br /&gt;
2放送枠=平日19時台後半|&lt;br /&gt;
2番組名=ニュースシャトル ANN|&lt;br /&gt;
2前番組=【月】[[世界どっきりウォッチ]]（19:30～）&amp;lt;br&amp;gt;【火】[[藤子不二雄ワイド]]（19:00～）&amp;lt;br&amp;gt;【水】[[水曜スペシャル#新・水曜スペシャル|新・水曜スペシャル]]&amp;lt;br&amp;gt;（19:00～20:51）&amp;lt;br&amp;gt;【木】[[ガミー・ベアの冒険]]（19:30～）&amp;lt;br&amp;gt;【金】[[宇宙船サジタリウス]]（19:30～）|&lt;br /&gt;
2次番組=【月】[[いつか行く旅]]（19:30～）&amp;lt;br&amp;gt;【火】[[ビートたけしのスポーツ大将]]&amp;lt;br&amp;gt;（枠移動・19:00～）&amp;lt;br&amp;gt;【水】[[水曜スペシャル#水曜スーパーテレビ|水曜スーパーテレビ]]&amp;lt;br&amp;gt;（19:30～20:54）&amp;lt;br&amp;gt;【木】[[エスパー魔美]]&amp;lt;br&amp;gt;（枠移動・19:30～）&amp;lt;br&amp;gt;【金】[[はなきんデータランド]]（19:30～）|&lt;br /&gt;
3放送局=[[テレビ朝日]]系|&lt;br /&gt;
3放送枠=平日18時台|&lt;br /&gt;
3番組名=ニュースシャトル ANN|&lt;br /&gt;
3前番組=[[パオパオチャンネル]]&amp;lt;br&amp;gt;（17時台に移動）|&lt;br /&gt;
3次番組=600ステーション|&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{tv-stub}}&lt;br /&gt;
[[Category:報道番組|にゆすしやとる]]&lt;br /&gt;
[[Category:テレビ朝日系番組|にゆすしやとる]]&lt;br /&gt;
{{Expand|スポーツ·天気担当について早急に加筆をお願いします。}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0;background-color:#f6f6f6;border:1px solid #ccc;padding:3px;font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
このページは [http://ja.wikipedia.org/ Wikipedia日本語版]由来のコンテンツを利用しています。もとの記事は[http://ja.wikipedia.org/wiki/ニュースシャトル '''ニュースシャトル''']にあります。執筆者のリストは[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=ニュースシャトル&amp;amp;amp;action=history '''履歴''']をご覧ください。 &lt;br /&gt;
[[Yourpedia]]と同じく、[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia Wikipedia]は[http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html GFDLのライセンス]で提供されています。&lt;br /&gt;
コンテンツを再利用する際には同じくGFDLのライセンスを採用してください。&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[Category:Wikipedia出典元の記事|{{PAGENAME}}]]&lt;/div&gt;</summary>
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&lt;hr /&gt;
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|-&lt;br /&gt;
| [[画像:Crystal_Clear_app_kedit.jpg|35px|加筆をお願いします]]&lt;br /&gt;
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&lt;br /&gt;
==使用方法==&lt;br /&gt;
*ページの一番上に、'''{{expand'''（または'''&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{加筆&amp;lt;/nowiki&amp;gt;'''）と入力。次に'''|'''と入力し、加筆すべき点を書いてから、最後に'''}}'''と入力。&lt;br /&gt;
**'''&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{expand|加筆すべき点}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;'''&lt;br /&gt;
*加筆すべき点が二つある場合は、次のように入力する。&lt;br /&gt;
**'''&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{expand|加筆すべき点1|加筆すべき点2}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;'''&lt;br /&gt;
*タイトルを指定する場合。&lt;br /&gt;
**'''&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{expand|タイトル=いろはにほへと|加筆すべき点}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:お知らせテンプレート|依 かひついらい]]&lt;br /&gt;
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==使用方法==&lt;br /&gt;
*ページの一番上に、'''{{expand'''（または'''&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{加筆&amp;lt;/nowiki&amp;gt;'''）と入力。次に'''|'''と入力し、加筆すべき点を書いてから、最後に'''}}'''と入力。&lt;br /&gt;
**'''&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{expand|加筆すべき点}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;'''&lt;br /&gt;
*加筆すべき点が二つある場合は、次のように入力する。&lt;br /&gt;
**'''&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{expand|加筆すべき点1|加筆すべき点2}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;'''&lt;br /&gt;
*タイトルを指定する場合。&lt;br /&gt;
**'''&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{expand|タイトル=いろはにほへと|加筆すべき点}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:お知らせテンプレート|依 かひついらい]]&lt;br /&gt;
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		<title>テンプレート:加筆依頼</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: 新しいページ: '&amp;lt;noinclude&amp;gt;'''このページは加筆依頼の上部に置くためのテンプレートファイルです。実際の依頼やコメントはWikipedia:加筆依頼に記...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&amp;lt;noinclude&amp;gt;'''このページは加筆依頼の上部に置くためのテンプレートファイルです。実際の依頼やコメントは[[Wikipedia:加筆依頼]]に記入してください。'''&amp;lt;hr/&amp;gt;&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{topicpath|[[Wikipedia:プロジェクト関連文書]] &amp;gt; [[Wikipedia:依頼と提案|依頼と提案]] &amp;gt; '''加筆依頼'''}}&lt;br /&gt;
{{ショートカット|[[WP:RFE]]}}&lt;br /&gt;
ここは、他の利用者に項目に対する'''加筆'''を依頼するページです。それ以外の依頼については、[[Wikipedia:依頼と提案|依頼と提案]]を参照してください。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
書かれるべき内容が書かれていないか、さらなる充実が必要である項目について、自らでは知識が及ばないために他の利用者に加筆を依頼する場合には、ここでリクエストしてください。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{依頼}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== このページのガイドライン ==&lt;br /&gt;
* 下の加筆して欲しい項目の節に、分野別の節に沿って依頼を追加します。&lt;br /&gt;
* 依頼する文章には、加筆して欲しい内容を具体的に挙げてください。何が必要とされているのかわかりやすく、また加筆がされたときに依頼を除去しやすくするためです。&lt;br /&gt;
* 依頼には署名&amp;lt;nowiki&amp;gt;~~~~&amp;lt;/nowiki&amp;gt;を入れてください。署名のないものは削除されます。&lt;br /&gt;
* [[:Template:expand]]を、項目の一番下に&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{expand|加筆すべき点}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;と記述する事で挿入します。「加筆すべき点」には、加筆依頼にて掲載した文章と主旨が同じものを記載してください。このテンプレートを貼る事で[[:Category:加筆依頼]]内にカテゴリされます。&lt;br /&gt;
* 依頼より3か月経過したものは一旦除去されます。除去されたものについてまだ加筆が必要な場合には、コメントを工夫して提示し直しても構いません。&lt;br /&gt;
** 項目に添付したテンプレートは、引き続きテンプレートのみででも他の利用者へ呼びかける場合であれば、剥がさなくても構いませんが、ノートに依頼文章を転記の上除去する事を検討してください。&lt;br /&gt;
* 加筆されたものや加筆の必要がなくなったものは、リストから除去してください。十分に加筆された依頼項目を除去するときは、[[Wikipedia:最近大幅加筆された記事|最近大幅加筆された記事]]への掲載もご検討ください。&lt;br /&gt;
*もし、この依頼に掲載しようとしている項目で、単に全体的な加筆が必要な場合等、[[:Template:substub]]や[[:Template:stub]]（もしくは[[Wikipedia:スタブカテゴリ|スタブカテゴリ]]）を貼って済ませられる場合にはそのようにしてください。ただし、そのような記事でもある特定の点に対して加筆を依頼したい場合には加筆依頼の方針に従ってください。&lt;br /&gt;
*系統別の加筆依頼テンプレート・加筆依頼カテゴリを新たに作成する場合は、まずそれを扱う[[Wikipedia:ウィキポータル|ウィキポータル]]もしくは[[Wikipedia:ウィキプロジェクト|ウィキプロジェクト]]での議論をお願いします。もし、多数のプロジェクト、及びポータルに関連すると思われる場合（学者の加筆依頼や芸術家の加筆依頼等。）、このページのノートで相談してみて下さい。テンプレートとカテゴリのひな型として[[Template:expand]]が利用できますが、スタイルを統一すべきといった合意は今のところありません。実際に作成された加筆依頼カテゴリについては[[:Category:加筆依頼]]を確認ください。プロジェクト又はポータルに専用の依頼場所も設けてください。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
__TOC__&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 分野別加筆依頼テンプレート ==&lt;br /&gt;
{| border=&amp;quot;1&amp;quot;  cellspacing=&amp;quot;0&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;5&amp;quot; style=&amp;quot;border:1px solid #666; border-collapse:collapse&amp;quot;&lt;br /&gt;
|- &amp;lt;!--携帯電話--&amp;gt;&lt;br /&gt;
| &amp;lt;code&amp;gt;&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{&amp;lt;/nowiki&amp;gt;[[Template:Keitai-expand|Keitai-expand]]}}&amp;lt;/code&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[Template‐ノート:Keitai-expand|ノート]]、[[:Category:携帯電話関連の加筆依頼項目|カテゴリ]]&lt;br /&gt;
*'''プロジェクト'''：[[Wikipedia:ウィキプロジェクト 携帯電話|携帯電話]]&lt;br /&gt;
*'''用途'''：携帯電話に関する加筆依頼&lt;br /&gt;
| {{Keitai-expand}}&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;includeonly&amp;gt;[[Category:加筆依頼|*]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/includeonly&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
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&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;#REDIRECT[[Template:Expand]]&lt;/div&gt;</summary>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: ページ Template:expand を Template:Expand へ移動&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{| style=&amp;quot;border:solid #699 1px; background:#eff; padding:0.1em; margin: 0.1em; margin-left:auto; margin-right:auto;&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| [[画像:Crystal_Clear_app_kedit.png|35px|加筆をお願いします]]&lt;br /&gt;
| &amp;lt;div style=&amp;quot;text-align:left;&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;span style=&amp;quot;text-align:center;font-size:117%;&amp;quot;&amp;gt;'''加筆依頼'''&amp;lt;/span&amp;gt;：この項目「'''{{{タイトル|{{FULLPAGENAME}}}}}'''」は、'''[[Wikipedia:加筆依頼|加筆依頼]]'''に出されており、内容をより充実させるために次の点に関する[{{fullurl:{{FULLPAGENAME}}|action=edit}} 加筆]が求められています。&amp;lt;br /&amp;gt;'''加筆の要点''' - {{ #if: {{{2|}}}|&amp;lt;br&amp;gt;1.|}}{{{1}}}{{ #if: {{{2|}}}|&amp;lt;br&amp;gt;2.{{{2}}}|}}&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;/div&amp;gt;&amp;lt;includeonly&amp;gt;[[Category:加筆依頼]]&amp;lt;/includeonly&amp;gt;&lt;br /&gt;
|}&amp;lt;noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==使用方法==&lt;br /&gt;
*ページの一番上に、'''{{expand'''（または'''&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{加筆&amp;lt;/nowiki&amp;gt;'''）と入力。次に'''|'''と入力し、加筆すべき点を書いてから、最後に'''}}'''と入力。&lt;br /&gt;
**'''&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{expand|加筆すべき点}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;'''&lt;br /&gt;
*加筆すべき点が二つある場合は、次のように入力する。&lt;br /&gt;
**'''&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{expand|加筆すべき点1|加筆すべき点2}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;'''&lt;br /&gt;
*タイトルを指定する場合。&lt;br /&gt;
**'''&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{expand|タイトル=いろはにほへと|加筆すべき点}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:お知らせテンプレート|依 かひついらい]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

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&lt;br /&gt;
==使用方法==&lt;br /&gt;
*ページの一番上に、'''{{expand'''（または'''&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{加筆&amp;lt;/nowiki&amp;gt;'''）と入力。次に'''|'''と入力し、加筆すべき点を書いてから、最後に'''}}'''と入力。&lt;br /&gt;
**'''&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{expand|加筆すべき点}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;'''&lt;br /&gt;
*加筆すべき点が二つある場合は、次のように入力する。&lt;br /&gt;
**'''&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{expand|加筆すべき点1|加筆すべき点2}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;'''&lt;br /&gt;
*タイトルを指定する場合。&lt;br /&gt;
**'''&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{expand|タイトル=いろはにほへと|加筆すべき点}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:お知らせテンプレート|依 かひついらい]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

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		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E7%84%A1%E6%9C%9F%E9%99%90%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF%E3%81%AE%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B&amp;diff=5391</id>
		<title>無期限ブロックのお知らせ</title>
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項目名にその他の用例や曖昧さ回避ページがある場合、パラメータの指定方法によって柔軟な使い方のできるテンプレートです。&lt;br /&gt;
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== 使い方 ==&lt;br /&gt;
*他の項目への誘導&lt;br /&gt;
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== 使い方（応用編） ==&lt;br /&gt;
*複数項目への誘導（現在は6項目まで対応）&lt;br /&gt;
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*説明の省略&lt;br /&gt;
冒頭部の説明は省くことができます。1番目のパラメータを空欄にしてください。&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
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*異なる名前の曖昧さ回避ページへの誘導&lt;br /&gt;
誘導したい曖昧さ回避ページ名が本項目と異なる場合、「その他」の次にパラメータを追加することで任意のページを指定できます。&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
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*その他の用例の主要項目と同名の曖昧さ回避ページの併用&lt;br /&gt;
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[[Category:曖昧さ回避テンプレート|{{PAGENAME}}]]&lt;br /&gt;
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		<author><name>TS</name></author>	</entry>

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		<title>無期限ブロックのお知らせ</title>
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項目名にその他の用例や曖昧さ回避ページがある場合、パラメータの指定方法によって柔軟な使い方のできるテンプレートです。&lt;br /&gt;
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== 使い方 ==&lt;br /&gt;
*他の項目への誘導&lt;br /&gt;
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== 使い方 ==&lt;br /&gt;
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&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 使い方（応用編） ==&lt;br /&gt;
*複数項目への誘導（現在は6項目まで対応）&lt;br /&gt;
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&amp;lt;div style=&amp;quot;margin: 0.5em 0; background-color: #f8f8f8; border: 1px solid #aaa; padding: 3px; font-size: 90%&amp;quot; class=&amp;quot;noprint&amp;quot;&amp;gt;[[Image:Disambig.svg|25px|Disambiguation]]この項目ではhogeについて記述しています。aについては[[A]]を、bについては[[B]]を、cについては[[C]]を、dについては[[D]]を、eについては[[E]]を、fについては[[F]]をご覧ください。&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*説明の省略&lt;br /&gt;
冒頭部の説明は省くことができます。1番目のパラメータを空欄にしてください。&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;code&amp;gt;&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{otheruses||その他}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&amp;lt;/code&amp;gt;　または　&amp;lt;code&amp;gt;&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{otheruses}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&amp;lt;/code&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin: 0.5em 0; background-color: #f8f8f8; border: 1px solid #aaa; padding: 3px; font-size: 90%&amp;quot; class=&amp;quot;noprint&amp;quot;&amp;gt;[[Image:Disambig.svg|25px|Disambiguation]]&amp;quot;項目名&amp;quot; のその他の用例については[[項目名 (曖昧さ回避)]]をご覧ください。&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
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誘導したい曖昧さ回避ページ名が本項目と異なる場合、「その他」の次にパラメータを追加することで任意のページを指定できます。&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
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&amp;lt;div style=&amp;quot;margin: 0.5em 0; background-color: #f8f8f8; border: 1px solid #aaa; padding: 3px; font-size: 90%&amp;quot; class=&amp;quot;noprint&amp;quot;&amp;gt;[[Image:Disambig.svg|25px|Disambiguation]]この項目ではhogeについて記述しています。その他の用例については[[こうもく名]]をご覧ください。&lt;br /&gt;
&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*その他の用例の主要項目と同名の曖昧さ回避ページの併用&lt;br /&gt;
&amp;lt;code&amp;gt;&amp;lt;nowiki&amp;gt;{{otheruses|hoge|a|A|その他}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&amp;lt;/code&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin: 0.5em 0; background-color: #f8f8f8; border: 1px solid #aaa; padding: 3px; font-size: 90%&amp;quot; class=&amp;quot;noprint&amp;quot;&amp;gt;[[Image:Disambig.svg|25px|Disambiguation]]この項目ではhogeについて記述しています。aについては[[A]]を、その他の用例については[[項目名 (曖昧さ回避)]]をご覧ください。&lt;br /&gt;
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&lt;br /&gt;
[[Category:曖昧さ回避テンプレート|{{PAGENAME}}]]&lt;br /&gt;
[[Category:条件文|{{PAGENAME}}]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;/includeonly&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

	<entry>
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		<title>日本の普通科高等学校一覧</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: /* リンク */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''日本の普通科高等学校一覧'''（にほんのふつうかこうとうがっこういちらん）は、全国の[[普通科高等学校]]または[[全国普通科高等学校長会]]会員校の一覧である。[[普通科 (学校)|普通科]]に関連する学科・専攻・コースがある[[高等学校]]も含める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{| id=&amp;quot;toc&amp;quot; style=&amp;quot;align:left;clear:all;&amp;quot; align=&amp;quot;left&amp;quot; cellpadding=&amp;quot;5&amp;quot;&lt;br /&gt;
! style=&amp;quot;background:#ccccff; text-align:left;&amp;quot; colspan=&amp;quot;2&amp;quot; | 普通科高等学校一覧目次&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;text-align:right; font-size: 0.86em;&amp;quot;| &lt;br /&gt;
'''[[#北海道|北海道]]''':&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
'''[[#東北地方|東北地方]]''':&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
'''[[#関東地方|関東地方]]''':&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
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'''[[#四国地方|四国地方]]''':&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
'''[[#九州地方|九州地方]]''':&lt;br /&gt;
| style=&amp;quot;text-align:left; font-size: 0.86em;&amp;quot;| &lt;br /&gt;
[[#北海道|北海道]] &amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
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[[#神奈川県|神奈川県]] &amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[#山梨県|山梨県]] |&lt;br /&gt;
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[[#愛知県|愛知県]] |&lt;br /&gt;
[[#岐阜県|岐阜県]] &amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[#三重県|三重県]] |&lt;br /&gt;
[[#滋賀県|滋賀県]] |&lt;br /&gt;
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[[#兵庫県|兵庫県]] |&lt;br /&gt;
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|}&lt;br /&gt;
&amp;lt;br style=&amp;quot;clear:both;&amp;quot; /&amp;gt;&lt;br /&gt;
__notoc__&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 北海道 ==&lt;br /&gt;
*[[北海道札幌啓成高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[北海道室蘭栄高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[北海道滝川高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[北海道旭川西高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[北海道釧路湖陵高等学校]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 東北地方 ==&lt;br /&gt;
=== 青森県 ===&lt;br /&gt;
*[[青森県立八戸北高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[青森県立五所川原高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[青森県立三本木高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[青森山田高等学校]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 岩手県 ===&lt;br /&gt;
*[[岩手県立盛岡第一高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[岩手県立一関第一高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[岩手県立水沢高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[岩手県立釜石南高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[岩手県立不来方高等学校]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 宮城県 ===&lt;br /&gt;
*[[宮城県仙台第三高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[宮城県第一女子高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[宮城県仙台向山高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[宮城県富谷高等学校]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 秋田県 ===&lt;br /&gt;
*[[秋田県立秋田高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[秋田県立横手高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[秋田県立大館鳳鳴高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[秋田県立湯沢高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[秋田県立能代高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[秋田県立由利高等学校]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 山形県 ===&lt;br /&gt;
*[[山形県立山形南高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[山形県立米沢興譲館高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[山形県立鶴岡南高等学校]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 福島県 ===&lt;br /&gt;
*[[福島県立福島西高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[福島県立相馬高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[福島県立白河高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[福島県立須賀川桐陽高等学校]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関東地方 ==&lt;br /&gt;
=== 茨城県 ===&lt;br /&gt;
*[[茨城県立緑岡高等学校]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 栃木県 ===&lt;br /&gt;
*[[栃木県立小山高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[栃木県立黒磯高等学校]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 群馬県 ===&lt;br /&gt;
*[[群馬県立中央高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[群馬県立桐生高等学校]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 埼玉県 ===&lt;br /&gt;
*[[埼玉県立大宮高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[埼玉県立熊谷西高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[埼玉県立越谷北高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[埼玉県立松山高等学校]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 千葉県 ===&lt;br /&gt;
*[[千葉市立千葉高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[千葉県立船橋高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[千葉県立佐原高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[千葉県立長生高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[千葉県立柏高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[千葉県立匝瑳高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[千葉県立成東高等学校]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 東京都 ===&lt;br /&gt;
*[[東京都立田柄高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[日本大学豊山女子中学校・高等学校|日本大学豊山女子高等学校]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 神奈川県 ===&lt;br /&gt;
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== 中部地方 ==&lt;br /&gt;
=== 新潟県 ===&lt;br /&gt;
*[[新潟県立長岡高等学校]]&lt;br /&gt;
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*[[新潟県立高田高等学校]] &lt;br /&gt;
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*[[新潟市立万代高等学校]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 富山県 ===&lt;br /&gt;
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=== 石川県 ===&lt;br /&gt;
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=== 福井県 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 山梨県 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 長野県 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 岐阜県 ===&lt;br /&gt;
*[[岐阜県立恵那高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[岐阜県立大垣東高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[岐阜県立各務原高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[岐阜県立加茂高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[岐阜県立岐山高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[岐阜県立関有知高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[岐阜県立吉城高等学校]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 静岡県 ===&lt;br /&gt;
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=== 愛知県 ===&lt;br /&gt;
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=== 三重県 ===&lt;br /&gt;
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*[[三重県立桑名高等学校]]&lt;br /&gt;
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&lt;br /&gt;
== 近畿地方 ==&lt;br /&gt;
=== 滋賀県 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 京都府 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 大阪府 ===&lt;br /&gt;
* [[大阪府立大手前高等学校]]&lt;br /&gt;
* [[大阪府立天王寺高等学校]]&lt;br /&gt;
* [[大阪市立高等学校]]&lt;br /&gt;
* [[大阪市立東高等学校]]&lt;br /&gt;
* [[大阪府立千里高等学校]]&lt;br /&gt;
* [[大阪府立住吉高等学校]]&lt;br /&gt;
* [[大阪府立泉北高等学校]]&lt;br /&gt;
* [[近畿大学附属高等学校]]&lt;br /&gt;
* [[清風高等学校]]&lt;br /&gt;
* [[浪速中学校・高等学校|浪速高等学校]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 兵庫県 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 奈良県 ===&lt;br /&gt;
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=== 和歌山県 ===&lt;br /&gt;
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== 中国地方 ==&lt;br /&gt;
=== 鳥取県 ===&lt;br /&gt;
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=== 島根県 ===&lt;br /&gt;
* [[島根県立松江北高等学校]]&lt;br /&gt;
* [[島根県立松江南高等学校]]&lt;br /&gt;
* [[島根県立出雲高等学校]]&lt;br /&gt;
* [[島根県立大田高等学校]]&lt;br /&gt;
* [[島根県立浜田高等学校]]&lt;br /&gt;
* [[島根県立益田高等学校]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 岡山県 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 広島県 ===&lt;br /&gt;
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=== 山口県 ===&lt;br /&gt;
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== 四国地方 ==&lt;br /&gt;
=== 徳島県 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 香川県 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
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=== 愛媛県 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
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=== 高知県 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 九州地方 ==&lt;br /&gt;
=== 福岡県 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 佐賀県 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 長崎県 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 熊本県 ===&lt;br /&gt;
*[[熊本県立熊本高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[熊本県立熊本北高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[熊本県立熊本西高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[熊本県立第一高等学校]]&lt;br /&gt;
*[[熊本県立第二高等学校]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 大分県 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 宮崎県 ===&lt;br /&gt;
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=== 鹿児島県 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 沖縄県 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[日本の高等学校一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== リンク ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:教育関連一覧|ふつうかこうとうかつこういちらん]]&lt;br /&gt;
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{{stub}}&lt;br /&gt;
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&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0;background-color:#f6f6f6;border:1px solid #ccc;padding:3px;font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;&lt;br /&gt;
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&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:Wikipediaで削除依頼された記事|{{PAGENAME}}]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E7%8B%AC%E7%AB%8B%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%A5%B3%E6%80%A7%E9%81%94&amp;diff=5355</id>
		<title>アメリカ独立戦争における女性達</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E7%8B%AC%E7%AB%8B%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%A5%B3%E6%80%A7%E9%81%94&amp;diff=5355"/>
				<updated>2007-05-29T03:39:14Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: ページ メリカ独立戦争における女性達 を アメリカ独立戦争における女性達 へ移動&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''アメリカ独立戦争における女性達'''（アメリカどくりつせんそうにおけるじょせいたち、英:Women in the American Revolution）では、[[アメリカ独立戦争]]中とその前後で、様々な立場に置かれた女性達がどのように行動し、またその立場がどう変わっていったかについて述べる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
独立戦争の頃、政治と戦争に参加するのは男性に限られていた。しかし、女性がいなければ政治も戦争も動かなかったことも事実である。積極的に戦争の遂行に協力した女性の中には歴史に名を留めた者もいる。8年間にも及ぶ戦争とその前後の激動の時代を生き抜くためには多くの試練に耐え、また生活様式を変えていくことを女性達に強要した。新生したアメリカ合衆国の中で、女性の姿がすこしづつ社会の表に現れ始めた時代とも考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アングロサクソン系のアメリカ人で愛国者の女性 ==&lt;br /&gt;
[[アメリカ独立戦争]]は、戦うのは自分達だと考えていた男達によって遂行されたものと認識されている。しかし、この戦争は広く伝えられた主義信条がなければ続けられなかったのと同様に、アメリカ植民地中の男性と女性両方の住人によって物質的に支えられなければ遂行できなかった。公の政治の場面には女性が登場しないが、女性が戦争に直面し、戦争が政治や公衆・家庭内の生活のあらゆる面で浸透してくるに連れて、通常の家庭の振る舞いが政治的に重要な意味合いを持つようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
女性が自発的に愛国者であったかどうかという質問を戦争は投げかけるが、政治的な同一性を維持しつつ、植民地の女性達が態度で表してみせた。伝統的な女性の職業による支援がこのことをよく表した。戦場で起こったことは既に家庭でも、国内の経済でも、また夫や父親の実業の世界で受け入れられていたことだった。女性達は[[イギリス]]製品のボイコットに参加し、兵士のための物資を生産し、[[イギリス軍]]の情報収集活動をやり、軍隊と行動を共にして兵士達のために洗濯や料理を行い、極秘の伝令となり、時には男性に扮して戦場で戦った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 国内の支援 ===&lt;br /&gt;
独立戦争の当時、女性は家庭内の諸事を遣り繰りする責任があった。このことに関連して女性はホームスパン運動で働いた（ホームスパンは手織りの布）。輸入されたイギリス製の衣服を着たり購入する代わりに、愛国者の女性達は長く伝統のある機織りや紡績をやって自分達の衣類を家族の衣類に作り替えた。独立戦争の前の数年間における事態の推移により、この行動は政治的な意味合いを与えられた。糸を紡ぎ機を織られた「アメリカ製の」衣類は反抗の中の一機構となり、消費についても同じような行動となった。[[1769年]]、クリストファー・ギャスデンは植民地の女性達に直接呼びかけた「この危機に及んで我々の政治が動いていくかは、緊縮財政に係っており、それをなすためには女性達が主となって礼節とともに遣り繰りしていくかに掛かっている。（サウスカロライナの農園主、機械工、不動産の自由保有権者に。イギリス製品の輸入を閉ざせ。1769年[[6月22日]]）。イギリス製織物のボイコットに加えてホームスパン運動は[[大陸軍 (アメリカ)|大陸軍]]が必要とする衣類や毛布を生産することで貢献した。男性の製造業者はそのような製品と交換に徴兵を免れていたが、同じことをやる女性にはそのような代償も無かった。紡績、機織り、縫製は植民地の女性達の一部の仕事になった。愛国者としてその技能を使い独立戦争に荷担したことになった。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
国内経済が沈滞する中で、主婦はその購買力を使って愛国者側の製造者を支援した。女性はイギリス製品を家庭用に購入することを拒絶した。例えば紅茶のボイコットは自分やその家庭が愛国者の立場に立っていることを表明する比較的やさしい方法であった。[[1773年]]の[[ボストン茶会事件]]はボイコットの表れとして最も広く認識されているが、この爆発的な行動の何年も前に愛国者の女性達が政治的声明としてまさにそのイギリス製品の消費を拒んでいたことは重要である。同様なボイコットは様々なイギリス製品に広がり、女性達は購入する代わりにアメリカ製品を作り出す道を選んだ。この「非消費ボイコット」が国家的政策によっていた（作ったのは男性）としても、女性はその支配する家庭の中で実行に移したのである。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
女性達は経済活動にも積極的に関わった。[[1778年]]、一団の女性が、コーヒーを貯蔵しているという商人の噂に接してその倉庫に乗り込んだ。女性達はは倉庫を開放し、コーヒーを取り出して「没収」した。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
独立戦争中、アメリカ製品を買うことは愛国者であるという姿勢を見せることであった。加えて倹約（独立戦争前は賞賛される女性の美徳）は政治声明となり、家事の切り盛りで戦時体制に貢献するよう求められた。しかし、戦時体制を維持するための女性達に対する要求は家庭内経済による貢献を超えるものになった。女性達はその家屋そのものを公衆の益のために差し出すことを求められ、共和制が形を取るにつれて大陸軍の兵士や役人の宿舎にも提供された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
女性達は[[フィラデルフィア]]婦人協会のような組織を通じても愛国者側に貢献した。この組織は戦時体制に貢献する女性の能力を組織として活用したものである。フィラデルフィアの女性達は資金を集めて戦費の助けとした。これは[[マーサ・ワシントン]]が受け取って、その夫[[ジョージ・ワシントン]]将軍に渡された。他の植民地でもこの例に倣い、エスター・デバート・リード（ペンシルバニア知事の妻）やサラ・フランクリン・バッチ（[[ベンジャミン・フランクリン]]の娘）が起案者となった。[[1780年]]、戦争も半ばの頃、植民地から上がった女性組織によって集められた資金は34万ドル以上にもなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 愛国者の女性と前線 ===&lt;br /&gt;
多くの愛国者女性は自分の家で植民地軍を支える活動を行ったが、戦争の最前線にいて厳しい現実に直面した女性もいた。戦闘が家産に近づくにつれて、それを守ろうと奮闘する女性達は暴力の脅威に直面することになった。敵の軍隊による陵辱は常に可能性があり、一人で家を守る女性には恐怖の根源であった。イギリス軍の略奪者から守るために武器と度胸を備えなければならない女性もいた。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
周りに男性がいない家に留まることを拒む女性がいれば、夫の留守中に経済的にやっていけない女性もいた。このような女性達は大陸軍に付いていき、将兵達の洗濯女、料理人、看護婦、裁縫師、性の相手、清掃人などをこなし、時には兵士あるいはスパイとなった。軍隊についていく女性達は、指揮官達によって「必要な厄介者」とか「お荷物」と呼ばれた。それでもこれらの女性達は軍宿営地の運営を円滑にする役割を果たした。売春婦もいたが、性病の蔓延を恐れた軍の指導者にとっては迷惑な存在であった。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
上級士官の妻（例えばマーサ・ワシントン）がしばしば宿営地を訪れた。宿営地にいる貧乏な女性達とは異なり、これら富裕層の女性が宿営地を訪れることの価値は実用というよりも象徴的なことであった。彼女たちがいるだけで、すべてのものが戦争になんらかの犠牲を捧げているという宣言になった。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
大陸軍についていく女性達の数は資料によって異なり、2万人というものもあり、少なく見積もっても宿営地全体の3％はいたということである。女性達は様々な理由で軍隊に加わった。飢えや陵辱の恐れ、寂しさ、切迫した貧乏、最後の頼みの綱、夫に付いてきた、などであった。宿営地の女性達は兵士と同じ指揮官に従ったが、あれこれと言うことは許されなかった。激しい戦闘が行われた地域や敵に占領された地域では、安全な地域よりも女性の数が多かった。これは戦闘が行われた地域では大陸軍の保護を求める女性が多かったことによる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦争で戦った女性達は、その女性の動機や行動によって賞賛と侮蔑の間で揺れ動く二律背反の感情で迎えられた。男に従って献身的に尽くした女性は賞賛され、徴兵の報奨金欲しさに入ってきたような女性は男達の侮蔑をかった。（前者の例はアンナ・マリア・レーン、マーガレット・コルビンなど、後者の例はアン・ベイリー（偽名サミュエル・ゲイ）である。ベイリーは除隊され、罰金を科され、2週間刑務所に入れられた。またアン・スミスは報奨金のために軍隊に入ろうとしたことで非難された。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
デボラ・サンプソン、ハンナ・スネル、サリー・セントクレアは巧妙にその性別を隠した（セントクレアの場合は死ぬまで）。サンプソンは見つかったが名誉の除隊を遂げ、古参兵の年金を数年後に貰えた。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
軍隊の機密情報を含む伝言や手紙をペチコートの下に隠して敵の占領地をすり抜け届けた女性もいた。デボラ・チャンピオン、ハリエット・プルーデンス・パターソン・ホールおよび[[アメリカ独立戦争の情報戦略#リディア・ダラー|リディア・ダラー]]がこれにあたる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 政治的活動 ===&lt;br /&gt;
[[画像:Abigail Adams.jpg|right|thumb|200px|アビゲイル・アダムズ]]&lt;br /&gt;
建国の父達によって信奉された自由と平等そして独立という理念は、女性達の生活を特に改善するものではなかった。女性達は家庭とその周りの領域に属するものとされ、政治や経済の領域では歓迎されなかった。ホィッグの政治理論化の考えでは、男性の独立（土地の所有に基づく）が投票権となったが、女性の場合は夫、息子あるいは父親に依存していたために政治や経済の領域では独り立ちして振る舞うことはできなかった。理想的なホィッグの女性は自分の領域から愛国者達を助け、家庭内の雑用をこなし、独立のために戦う男性の価値観に従って次世代を教育する準備をした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大部分の女性は政治的なものを手紙や日記の範囲に留めたがアビゲイル・アダムズ([[ジョン・アダムズ]]の妻）やマーシー・オーティス・ウォーレンのような女性は公衆の面前で政治の世界に入っていった。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
しかし独立戦争後は、様々な女性の活動や社会の変革が家庭内の美徳を通じた共和国の改良に向かって動き出した。これらの組織は当初希なものであったが、愛国者の女性達が共和制の母の役目を果たすようになった（子供達に共和制の価値と理想を吹き込んで良き市民となる準備をさせた）。子供達が成長するにつれて、アメリカの母親達は独立した共和制の新しい理想を子供達に教え込むことを任されるようになり、その結果新しいアメリカ的共和制が発展を続けることになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アングロサクソン系のアメリカ人で王党派の女性 ==&lt;br /&gt;
イギリス王室に対する政治的忠誠心の危機は、植民地アメリカの女性の社会構造を崩壊させた。男性が国王に対する連帯を表明しようとしていまいと、階級、家庭、友情の絆が解かれ、以前の結びつきから女性を孤立化させた。女性の夫に対する忠誠心はかっては私的なことであったが、イギリスに対する忠誠を表明した夫に対する場合は特に政治的な行動に変わった。これら王党派の女性達は独立戦争の間大変な逆境に直面した。女性達は夫が反逆者という理由で自警団や暴徒によって有罪とされ犠牲にされた。富裕な王党派の妻は特に、反逆者と考えられる男の財産を没収したい革命政府の格好のターゲットになった。自分自身の財産を持っている女性の場合は、没収行動が通常は持参金の部分を除外していたので、愛国者の圧力にも耐えられた。しかし社会的な立場がどうあれ、王党派の女性は政治的少数派の一部であり、それゆえに近所や友人の支援も無くなっていった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
多くの王党派女性達は敵の中で生活するよりもその社会を離れる道を選んだ。一人の女性が突然立ち退くとしても、この選択は家財一切を持たずに出て行くことを意味した。王党派の多くは[[カナダ]]に移動した。そこでは沢山の王党派の仲間がいた。古参兵、家族、寡婦、子供達が[[ノバスコシア]]に殺到した。王党派の中には土地の愛国者政府に安全な通行を願い出て、家財を持ってイギリスの領土に移動する者もいた。このような場合でも愛国者の役人は女性が持って行くものを制限し、移動のために支払う費用を請求した。最悪の事態では、12歳を超える息子の場合に愛国者軍隊への従軍を求められ残して行くしかなかった。&lt;br /&gt;
           &lt;br /&gt;
王党派の女性にとって抵抗が別の選択肢となった。[[1779年]]、3人の女性、マーガレット・イングリス、スザンナ・ロビンソン、メアリー・モリスは[[オールバニ (ニューヨーク州)|オールバニ]]市長の子供の誘拐計画を立てた。新しい政府に対する忠誠を誓うことを拒否するように友人を唆す者もいた。イギリス王を積極的に支持する女性達の多くは王党派軍隊を支援するために従軍し、あるいはイギリス軍のために情報を集めた。夫を逮捕から免れるように隠す女性がいたし、重要な書類や金を当局に取られないよう隠す女性もいた。これらの行動は女性達の政治的活動で自主性に関する問題を投げかけた。つまりその行動は妻としての忠誠なのか、あるいは政治的に独立した選択なのかということであった。&lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
役人は反逆罪を定義する規則に使う言葉を変えることにより、王党派女性の自発的行動の可能性を徐々に認めていった。初めに使われていた言葉は「男」であったが、「人」に置き換えられ、「彼」は「彼または彼女」に置き換えられた。[[1779年]]のマサチューセッツの反逆罪に関する規則では、反逆者の資産没収をうたっていたが、伝統的な定義に従って、その妻の私有財産権は保護されていた。不在の男に関する規則は罰則が厳しくなり、女性が夫の資産の中で自分の財産権の保護を求めるならば、自分自身で政治的関与をしなければならないとした。これらの規則では、女性が夫に従って逃げ出す場合には、その財産も没収の対象とするとしていた。この留まる妻と立ち去る妻との間の識別で、マサチューセッツの規則は家族の分割と妻の独立した政治的決断を促した。戦争が終わって逃亡王党派の寡婦が自身の財産権を主張したので、結婚した女性が何に対して忠実であるかという問題が生じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 先住民の女性、愛国者および王党派 ==&lt;br /&gt;
[[アメリカ州の先住民族]]にとって、独立戦争は愛国主義でも独立でもなかった。[[七年戦争]]の結果として多くの土地が[[フランス]]からイギリスに渡ったが、西部辺境の土地は実際には先住民族のものであった。北アメリカの「開拓されていない」部分の「所有権」は、闘争によって決着がつけられる感があった。イギリスの西方に対する利権はヨーロッパでは認められていたものの、先住民は蚕食する開拓者やイギリス軍の大部隊の存在に直面することになった。アメリカ独立戦争が近くなると、イギリスの戦略は海岸に近い[[ニューヨーク]]や[[ボストン]]を支配することになったので、兵士達の多くがそこに移動し、西部辺境は白人の開拓者と先住民との絶え間ない紛争が急増していった。これに加えて[[1763年]]までに飢饉や伝染病が先住民社会に広く広がる問題となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アメリカ先住民の多くは、ヨーロッパの紛争に巻き込まれても何の得にもならないので中立を望んでいたが、実際にはどちらかの側に付くことを強制された。独立戦争中、愛国者民兵によって先住民の集落が襲われることがあったが、特定の種族がどちらの側に付いているかなどにはお構いなしのこともあった。白人にとって先住民はすべて同じように見えた。先住民の大多数がイギリス側についた。先住民にとって愛国者側が勝てばそれは西方への進出を意味し、彼らの土地を蚕食されることを意味した。一方そこには住んでいないイギリスであればよりましと考えていた。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
先住民の女性にとって戦争の最も基本的な影響は、家、家庭、農耕生活の破壊であった。一般に先住民の女性は農耕に対する責任があり、戦争による収穫物や家産の破壊は特に大きな打撃であった。女性達は同族の繋がりを保ち裁定する者であり、家庭内の領域では大きな支配力があった。戦時には白人の開拓者やヨーローッパの交易業者と先住民との交易も難しくなった。とりわけ異なる種族間の交易は打撃であった。女性達はその社会での交易者でもあったので生活を維持して行く上での困難さが増していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
白人との接触は、戦争に絡む変化とアメリカの戦後政策の結果として伝統的な家庭内領域にあった女性の地位を変化させたと主張する歴史家もいる。独立戦争の後の指導要綱は先住民の「文明化」であり、ほとんどすべての先住民社会が女性による農耕を行っていたという事実にも拘わらず、狩猟社会から農耕社会への転換が主唱された。しかし、アメリカ合衆国の政策立案者は女性が主な農耕従事者であるならば、先住民社会において農耕が主要部分とはなっていないと信じていた。アメリカ合衆国政府は先住民の女性達に紡績や機織りを行わせ、男達に農耕を行わせるよう奨励した。性の役割を変えることは先住民の文化に悪影響を与える大きな社会問題となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== イロコイ族の女性達 ===&lt;br /&gt;
独立戦争は[[イロコイ連邦|イロコイ族]]にとっては特に大きな問題となった。イロコイ連邦の諸種族は当初アメリカ独立戦争に対し中立であろうと努めた。イロコイ族は他の多くの先住民と同じく、紛争には何の利点も見いだしていなかった。むしろ先の七年戦争に参加したことによって、逆境に陥ってもいた。しかし、ウィリアム・ジョンソン卿の説得によって、幾つかの種族がイギリス側に荷担することになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この同盟の結果、大陸軍の[[ジョン・サリバン]]将軍の遠征隊によって、今日のニューヨーク州北部の約40の村が焼かれ完全に破壊され、多くのイロコイ族住人が追放された。この結果、先住民女性達が育てていた数百エーカーの土地の作物と果樹が失われ、その後に続く飢餓で多くのイロコイ族が殺された。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
=== チェロキー族の女性達 ===&lt;br /&gt;
七年戦争では、[[チェロキー]]族はイギリス軍とともにフランスと戦い、アメリカ独立戦争では大陸軍に対して戦うことに決めた。これは土地に飢えた愛国者開拓民の蚕食を防ぐためという理由が大きかった。独立戦争中はチェロキー族が特に大きな被害を受け多くの男達が殺されたために、多くの寡婦ができてしまった。戦争終結後チェロキー族の女性の数は男性の数の10倍にもなったという試算もある。この両性の数の違いは戦士の位置付けを上昇させチェロキー族社会の両性の役割と力関係を変えたという歴史家もいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
チェロキー族は多くの意味でアメリカ先住民の経験した途方もない例であるが、最も変化し積極的に「文明化」を取り入れた集団でもある。多くのチェロキー族男女が完全に白人社会に融け込んだ。しかし、1830年に制定されたアメリカ・インディアン移住法によって、「涙の道」を辿って移住を強制され、現在は[[オクラホマ州]]に住んでいる。新政府の同化政策に強く抵抗したチェロキー族もいた。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
結局、チェロキー族のように強制移住させられた先住民は独立戦争中にアメリカ愛国者側についたといっても結果は変わらなかった。愛国者側についた者も、イギリスについた者も、また中立であった者も一様に強化された居住地制限を課されることになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== カトーバ族の女性達 ===&lt;br /&gt;
アメリカ独立戦争の前、[[カトーバ族]]とヨーロッパ系移住者の間の関係は用心しながら敵対的なものであり、どちらも開戦に興味を抱かなかった。土地の所有問題での緊張が紛争を生んだ。開拓者達が私有地と信じ土地の周りに柵を張り巡らせる一方で、カトーバ族は何者も土地の所有権を主張できないものと信じて柵を倒してしまった。カトーバ族の男達は「ゲーム」を求めて辺りをうろつき回り、開拓者達は狩人を侵略者と見なして狩りの宿営地を壊した。開拓者達は新しい農耕法ももたらし、カトーバ族の生活様式を変えた。どの社会も農耕に深く依存していたようにカトーバ族もその存続の道を農耕の追求に変えていった。この変化は男達が狩りをする傍らで農耕に励んでいた女性達に特に影響した。他の部族のようにカトーバ族は伝統的な生活様式を維持できなかった。生き残るためには開拓者との共存の道を探らねばならなかった。カトーバ族の女性が作った生活用品を開拓者達と取引し、伝統工芸が益の出る事業に変わった。[[1772年]]頃にはカトーバ族の女性達が工芸品を持って開拓者達の家に売り歩いた。&lt;br /&gt;
       &lt;br /&gt;
カトーバ族が開拓者達との関係を改善する最良の道はアメリカ独立戦争に参加することだった。その居住地の位置から見て選択肢はあまりなかった。南部先住民の監督者ジョン・スチュアートは[[1775年]]に「彼らは[[ノースカロライナ州|ノースカロライナ]]と[[サウスカロライナ州|サウスカロライナ]]の開拓地に散らばって住んでいる」と記録した。[[1775年]]7月、2人のカトーバ族が[[チャールストン (サウスカロライナ州)|チャールストン]]を訪れ、王党派と植民地人の争いについて多くを学んでいった。植民地人の安全委員会は植民地の不満を説明する文書を携えた代表団を派遣し、カトーバ族が南部カロライナと友好を保つこと、交易を続け働いてくれたカトーバ族には賃金を支払うことを伝え、カトーバ族が協力を拒めば何が起こるかを警告した。それに続く8年以上の間、カトーバ族は愛国者側で戦い、愛国者側に対する忠誠を示しもした。イギリス軍は先住民を家から追い出し、村や作物を破壊した。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
独立戦争中カトーバ族の戦士は南部の多くの戦いで大陸軍について戦った。家に残っていたカトーバ族は愛国者達に食料を供給した。カトーバ族においても伝統的に女性と子供達が農業に携わる役目であったので、戦時に愛国者側に供給する責任が女性達に重く課せられた。カトーバ族の中にはその隣人、他の種族に非公式の外交大使となったものもいた。その一人がサリー・ニュー・リバーという女性で、同族の人からもまた土地の白人からも敬意をもって迎えられた。訪問者が予告無しに到着した時、リバーは準備ができていると請け合った。リバーは家長がカトーバ族の土地を初めて賃貸した白人であるスプラット家との付き合いが長かった。彼女の死後50年経っても、土地の白人達は「老いたるサリーおばさん」と言って懐かしんだ。&lt;br /&gt;
    &lt;br /&gt;
しかし全体的に見て、カトーバ族の戦争における役割は「むしろ無視できる」程度のものだった。戦争に参加した者の数も少なく、この種族が戦闘の勝敗を決するようなことはなかった。カトーバ族の貢献の意味はその活動的で目に見える支持であった。愛国者側との同盟は急速に変化する環境への適応を容易にした。[[1782年]]に州政府は夏を乗り切るためのトウモロコシ500ブッシェル (1760 リットル)を送り、軍隊に協力した者に給与を支払い、供給した物資に対する補償を行った。しかし、カトーバ族に対する開拓者達の一時的な親密感は将来を保証するものではなかった。先住民は[[キリスト教]]に対する無関心を続け、カトーバ族の中から選ばれた者を[[ウィリアム・アンド・メアリー大学]]で教育し彼らが村に帰って改宗しあるいは他のものを改宗させることを期待していた開拓者達をいらつかせた。この努力は失敗したが、先住民の劣等性について一般の感情をかき立てる役割は果たした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
カトーバ族と開拓者達の間の関係は、カトーバ族が愛国者側で戦うと決断したにも拘わらず、長い間改善されなかった。独立戦争の後で、以前先住民から土地を借りていたものが所有者になることを要求した。[[1830年代]]には、サウスカロライナ議会が土地の売却について交渉団を派遣した。続く圧力と合衆国政府の移住政策により、[[1840年]]の春、ネーション・フォード条約の調印ということになった。この条約では、カトーバ族は144,000エーカー (576 平方km)の土地をサウスカロライナに譲渡することになった。この同意によってカトーバ族の国家は絶えた。サウスカロライナ州知事デイビッド・ジョンソンは[[1847年]]にカトーバ族について「国家として、彼らは事実上解体された」と語った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アフリカ系アメリカ人の女性、愛国者及び王党派 ==&lt;br /&gt;
アメリカ独立戦争の自由と平等という美辞麗句の影に隠れて、間もなく合衆国となる国で最も虐げられた集団は同時期の学者達にも忘れられる存在だった。[[アフリカ系アメリカ人]]の女性達は、その大多数は奴隷であり、戦中に重要な役割を果たしたものの、その始まりに期待した程には得るものが少なかった者達である。&lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
[[1770年代]]、アフリカ系アメリカ人の大多数は北部でも南部でも奴隷であった。戦争への緊張が高まった時に、イギリスは奴隷が植民地の弱点であることに気付いた。実際にアメリカ独立戦争の前後の20年間というものは、奴隷社会の動揺が最も大きかった。[[1775年]]1月、[[英国議会|イギリスの議会]]はすべてのイギリス領土における一般の開放が提案され、「バージニアや南部植民地の謙虚な貴族階級の精神」を政治的に操作しようとした。（イギリス議会及びウェストミンスター・ホールにおける[[エドマンド・バーク]]の演説）植民地の奴隷達はその要求に対するイギリスの開放性を認めた。[[1774年]]2人の奴隷が、イギリス軍の総司令官でマサチューセッツ総督の[[トマス・ゲイジ]]に、戦争で戦う替わりに自由を請願した。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
奴隷制度は南部社会の根幹であり、イギリスはその解体が南部の抵抗を弱めるものと考えた。[[1775年]]4月、[[バージニア植民地]]知事のダンモア卿はバージニア議会が反抗を企んでいると疑い、植民地の火薬庫を押収した。このことが武器を取った暴動に繋がった。ダンモア卿はバージニアの海岸から軍艦で逃げる際にダンモアの宣言を発した。この宣言は戒厳令を発し、「すべての契約に基づく召使い、黒人その他の者は自分の意志で武器を取ることができる」として解放を提案していた。1775年のイギリス議会提案と同様に、ダンモアの宣言はバージニアの奴隷保有者を怖がらせ奴隷達を勇気づける意図があった。特に黒人男性は主人を捨て、平等の理念に基づく反乱を起こさないように意図された。&lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
ダンモアの宣言に反応した奴隷の3分の1は女性であった。植民地時代に逃亡者の約8分の1は女性だった。逃亡を試みた女性の比率が小さかったのは、彼女たちが奴隷家族をつなぎ止める役目を果たしていたからであった。大部分の女性は家族、特に子供を残して逃げることはなく、もし大集団で走れば捕まる可能性を急激に増すものだったので、単に逃亡しない選択をしていただけだった。もし奴隷の女性が所有者のもとを離れるとすれば、売られてしまった家族と再会するためであることが多かった。&lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
ダンモア卿の宿営地に殺到した男達の中には実際に戦闘に参加する者もいた。ダンモアは元奴隷の中から約500名の「エチオピア連隊」を作り、彼らの前の主人との戦いに加わらせた。しばしば彼らの妻達も従軍させ、宿営地の料理人、洗濯女、看護婦をやらせた。ダンモアの主宿営地にいた独身女性も同じような仕事に就いた。&lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
[[1776年]]6月、[[ヘンリー・クリントン]]将軍が、主人のもとから逃れイギリス軍宿営地に駆け込んだ奴隷は「この戦線の内側での安全と適当と考える職業を保証する」約束を宣言した。イギリスの奴隷に関する宣言と同様に、クリントンの宣言は自己中心的で二律背反的であり、戦後の自由を得るために大陸軍に加わったアフリカ系アメリカ人の存在によって警告を発せられた。しかし南部の奴隷所有者達は、クリントンのフィリスバーグ宣言を彼らの財産と人生に対する攻撃であり、無政府状態を生むものと見なした。この宣言は反イギリス感情を喚起し、南部愛国者を励ます声を強くすることになった。&lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
フィリスバーグ宣言後にクリントン将軍のもとに加わった奴隷達の多くは家族ごと家を離れたものであった。クリントンはこれらの黒人を登録して、平和と秩序を脅かすとも見られる主のない多くの男達を管理しようとした。この登録作業の中でクリントンは、王党派のシンパから逃げ出した奴隷をすべて元に帰らせた。&lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
留まることを許された奴隷の中で、労働の仕分けは性別で分けられた。男は通常、砲兵部隊や工兵部隊で、大工、車輪修理工、鍛冶、木こり、道具の修理人、馬車や台座の作成と修理を行う者などとして雇われた。男も女もマスケット銃の薬包を作ったり、飢えた兵士のために食肉処理したり保存したりした。南部の黒人女性と子供達は辺りの地形を良く知っていたので、間違えやすく湿地の多い地域では道案内を務めた。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
イギリス軍はこれらの奴隷達を戦利品と見ていた。士官達は奴隷を自分のものにし、多くの元奴隷が個人的な召使いとして仕えた。イギリス政府はこれに対する異議を唱え、彼らは王室の財産であり、公的な作業計画での労働、あるいは一般的な形で農耕に従事させるべきであるとした。大部隊のイギリス軍は常に食料の補給を必要とし、船で運ぶのは高くついたので、農耕労働は是非とも必要なものであった。これらの奴隷達は奉仕の見返りとして解放を約束された。&lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
南部における多くの奴隷所有者は逃亡や戦争による奴隷の殺害を防ぐために、その奴隷達を匿うようになった。彼らは実戦とは遠く離れた地域、通常はフロリダや西部辺境域の所有地に送られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
イギリス軍と同様に、アメリカ政府も黒人達を軍隊の潜在的な戦力と認識していた。しかし、ジョージ・ワシントン将軍は当初、人種問題に基づく反論のために、また管理できなくなるくらい多くの黒人が徴兵されることを恐れて、解放と引き替えに奴隷達を戦争に駆り立てることを逡巡していた。それゆえに、戦争の開始とともに自由黒人、人口でみればほんの数パーセントが従軍することを許された。しかし、[[1777年]]から[[1778年]]にかけての[[バレーフォージ]]の冬、ワシントンは戦力の不足を感じて、あらゆる黒人男性の入隊を認めた。さらに黒人奴隷はその主人のもとで、あるいは監督下で従軍できるものとした。イギリス軍にいたドイツ人傭兵の士官は1777年に「黒人が沢山いない連隊はみあたらない」としている。大陸軍には、ダンモアのエチオピア連隊と同じく、すべて黒人からなる大隊が2個あった。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
南部の愛国者にとって、黒人奴隷の女性は必要なものであった。彼女たちは、[[チャールストン (サウスカロライナ州)|チャールストン]]や[[サバンナ (ジョージア州)|サバンナ]]などあちこちの町や都市の包囲戦で防壁を作ったり修理したりする大量の労働力であった。&lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
戦争の終わった直後の期間はアフリカ系アメリカ人にとって多くの期待と優柔不断が続いた時期であった。新国家はその理想に則って奴隷制度を廃止するものと予測する者が多かった。しかし、奴隷制度は事実上新憲法にも組み入れられた。奴隷制度が通常見られず特に利益にも繋がらなかった北部諸州ですら、段階的奴隷制度廃止に多くの年月と法廷闘争を要することになった。&lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
法廷闘争の有名な例は西部マサチューセッツで育った奴隷のマム・ベット事件である。[[1781年]]にマム・ベットは所有者のもとを離れ弁護士セオドル・セジウィックの支援により、裁判所に請願した。その内容は奴隷制度が「人間は生まれながらに自由で平等である」とうたった新しいマサチューセッツ憲法前文に相容れないものであるということであった。州裁判所は2年後に判決を下し、奴隷制度はマサチューセッツ州では違法であると宣言した。マム・ベットはもはや奴隷ではなくなったので、エリザベス・フリーマンを名乗った。同様に[[1782年]]、ベリンダという名の奴隷女性が、その解放のためではなく、奴隷として仕えた50年間に対する補償を求めてマサチューセッツ議会に請願を行った。しかし、すべての州がマサチューセッツの先例に素早く反応したわけではなく、[[1810年]]でも北部諸州にまだ27,000名の奴隷が存在した。&lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
終戦後、[[17世紀]]の大陸移民ほど多くはないにしても、多くの黒人が北部の都市に移動した。この移動は大部分が女性であった。独立戦争前の北部の都市人口は男性が圧倒的多数であった。[[1806年]]までにニューヨーク市の女性人口は男性に対して4対3にまでなった。この不均衡の拡大は海洋産業が独立戦争後の最大の黒人男性雇用者となったことで、多くの若い黒人男性が一時に数年間海に出て行ったことによっていた。北部の農村地帯にいるアフリカ系アメリカ人はまだ男性の方が多かった。&lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
北部の都市に住んだ黒人の多くはサービス産業に雇われた。料理や配達、馬小屋の掃除、散髪や御者などであった。この都市黒人社会では家庭生活が崩壊した。多くの家族は独立戦争の間に、その混乱の中であるいは奴隷に戻って、家族の一員を失っていた。多くの雇用者は黒人の家族を丸抱えすることは拒み、家庭内の女性あるいは男性の労働者のみを雇うことを好んだ。一緒に住むことを選んだ家庭は下宿人をとって収入を補うか、他の黒人家族と同居して、独立戦争後の伝統に囚われない黒人家庭の生活様式を作っていった。&lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
南部では奴隷制度がより揺るぎないものになり、西部にも広がるにつれて、崩壊する家庭が増えた。例えばチェサピーク地域では、農耕と経済の態様が戦後に変わった。現金を生む作物としての煙草は労働集約的であったので、これを嫌って他の作物に転換する農場主が多かった。奴隷による農業が拡張していた低地南部や西部に多くの奴隷が売られて行った。売られない奴隷であっても技能を持った男達は賃貸されて家族からは切り離された。&lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
戦後、多くの王党派が合衆国を離れ、ノバスコシアやイギリス領[[バミューダ諸島]]に移住した。彼らは奴隷も帯同したが、奴隷にされたアフリカ系アメリカ人は解放を経験することもなく、偏見が減るでもなく、また自由黒人は多くの試練を味わうことになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
独立戦争の美辞麗句は多くの変化を約束したが、アフリカ系アメリカ人、特にその女性にとっては約束はほとんど果たされなかった。多くの女性の位置付けは、いいようには変わらなかった。南部では家庭生活が不安定なものになり、北部では奴隷制度が徐々に廃止されたが、経済的な機会や家族の安定は都市部でゆっくりと失われていった。黒人女性は愛国者側にも王党派側にも大きく貢献したが、その進む方向は予想外のものになっていった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;div style=&amp;quot;margin:0.5em 0;background-color:#f6f6f6;border:1px solid #ccc;padding:3px;font-size:80%&amp;quot;&amp;gt;このページは [http://ja.wikipedia.org/ Wikipedia日本語版]由来のコンテンツを利用しています。もとの記事は[http://ja.wikipedia.org/wiki/アメリカ独立戦争における女性達 '''アメリカ独立戦争における女性達''']にあります。執筆者のリストは[http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=アメリカ独立戦争における女性達&amp;amp;amp;action=history '''履歴''']をご覧ください。 [[Yourpedia]]と同じく、[http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia Wikipedia]は[http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html GFDLのライセンス]で提供されています。コンテンツを再利用する際には同じくGFDLのライセンスを採用してください。&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:Wikipedia出典元の記事|{{PAGENAME}}]]&lt;br /&gt;
[[Category:アメリカ独立戦争|あめりかとくりつせんそうにおけるしよせいたち]]&lt;br /&gt;
[[Category:アメリカ合衆国の歴史 (1776-1865)|あめりかとくりつせんそうにおけるしよせいたち]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

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		<title>トーク:アメリカ独立戦争における女性達</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: ページ ノート:メリカ独立戦争における女性達 を ノート:アメリカ独立戦争における女性達 へ移動&lt;/p&gt;
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&lt;div&gt;== すみません、記事名を間違いました ==&lt;br /&gt;
すみません。コピペミスで記事名を間違いました。ログインユーザの方、どなたか移動しておいて下さい。--[[利用者:128.197.11.30|128.197.11.30]] 2007年5月29日 (火) 12:27 (JST)&lt;/div&gt;</summary>
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		<title>ボリス・エリツィン</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: 新しいページ: '{{現在進行}} {{大統領 | 人名=ボリス・エリツィン | 各国語表記=Борис Николаевич Ельцин | 画像=Boris Yeltsin 1993.jpg | キャプシ...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{現在進行}}&lt;br /&gt;
{{大統領 | 人名=ボリス・エリツィン&lt;br /&gt;
| 各国語表記=Борис Николаевич Ельцин&lt;br /&gt;
| 画像=Boris Yeltsin 1993.jpg&lt;br /&gt;
| キャプション=[[第二次戦略兵器削減条約|STARTII]]の調印式でのエリツィン大統領。&amp;lt;br/&amp;gt;（[[1993年]][[1月3日]]、[[モスクワ]]）&lt;br /&gt;
| 代数=初&lt;br /&gt;
| 職名=大統領&lt;br /&gt;
| 国名=[[ロシア連邦]]&lt;br /&gt;
| 就任日=[[1991年]][[7月10日]]&lt;br /&gt;
| 退任日=[[1999年]][[12月31日]]&lt;br /&gt;
| 代数2=3&lt;br /&gt;
| 職名2=[[ロシアの首相|首相]]&lt;br /&gt;
| 国名2=[[ロシア連邦]]&lt;br /&gt;
| 就任日2=[[1991年]][[11月6日]]&lt;br /&gt;
| 退任日2=[[1992年]][[6月15日]]&lt;br /&gt;
| 出生日=[[1931年]][[2月1日]]&lt;br /&gt;
| 生地=スヴェルドロフスク&lt;br /&gt;
| 生死=死去&lt;br /&gt;
| 死亡日=2007年4月23日&lt;br /&gt;
| 没地=&lt;br /&gt;
| 配偶者=ナイーナ・エリツィナ&lt;br /&gt;
| サイン=Yeltsin signature.jpg&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
'''ボリス・ニコライェヴィチ・エリツィン'''（'''&amp;lt;font lang=ru&amp;gt;Борис Николаевич Ельцин&amp;lt;/font&amp;gt;''', Boris Nikolayevich Yeltsin, [[1931年]][[2月1日]] - [[2007年]][[4月23日]]）は、[[ロシア|ロシア連邦]]の[[政治家]]で、同国の初代[[大統領]]（在任: [[1991年]] - [[1999年]]）である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大統領在任中に[[冷戦]]の終結に成功しロシア連邦の民主化を行なったことへの評価と共に、後の強権政治や政治腐敗への批判もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 青年期 ==&lt;br /&gt;
スヴェルドロフスク（現[[エカテリンブルク]]）市生まれ。家系はウラル地方の独立農民。父は富農撲滅運動で無実の罪を着せられ収容所生活を送った。第二次世界大戦中に武器庫から盗んだ手榴弾を分解している最中に、手榴弾が暴発し、左手の親指と人さし指が失われた。Bereznikiにあるプーシキン高校(Pushkin High School)を卒業。スヴェルドロフスク（現：[[エカテリンブルク]]）にある[[ウラル工科大学]]建築科卒業。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ソビエト連邦期 ==&lt;br /&gt;
スヴェルドロフスク州党[[第一書記]]に就任。[[1976年]]に[[ソビエト連邦|ソ連]]共産党中央委員会建設部長に就任。さらに、[[レオニード・ブレジネフ]]書記長に抜擢され、[[1981年]]にソ連共産党中央委員となる。[[ミハイル・ゴルバチョフ|ゴルバチョフ]]政権発足後、[[1985年]]にソ連共産党政治局員候補兼中央委員会書記に就任。更に[[ヴィクトル・グリシン|グリシン]]・モスクワ党第一書記解任後は、その後を襲ってモスクワ党第一書記に就任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===エピソード===&lt;br /&gt;
議員時代に、泥酔し足を滑らせて川に転落。危うく命を落としかけるところを通りがかった警官に保護されて一命を取り留めるという珍事件に遭遇している。後にこれが「エリツィン議員殺人未遂事件」として騒ぎになった。本人も後年回顧録で非常に恥らいながら回想している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===離党宣言の経緯・ソ連崩壊===&lt;br /&gt;
ゴルバチョフの下では改革派として行動したが、他の[[政治局員]]からのエリツィンに対する批判はゴルバチョフを驚かせるほど強かった。[[1987年]]にブレジネフ派の大物[[エゴール・リガチョフ]]と対立しモスクワ市の党第一書記を解任された。さらに[[1988年]]2月には政治局員候補からも解任される。しかし、[[1989年]]3月のモスクワ人民代議員選挙に当選し政界への復帰を果たす。この年民主綱領派のリーダーとなる。翌年の[[1990年]]5月にロシア共和国の最高会議議長（実質大統領）に就任。同年[[7月13日]]にはソ連共産党を離党宣言し世界に衝撃を与えた。1991年7月にはロシア共和国の大統領に就任。その年の8月に[[ゲンナジー・ヤナーエフ]]・ソ連副大統領が起こした[[ソ連8月クーデター]]の際には戦車の上からロシア国民に対しゼネストを呼びかけるなど徹底抗戦し、民衆もこれを支持。結果として[[クーデター]]を失敗に終わらせた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ロシア連邦期 ==&lt;br /&gt;
===大統領就任===&lt;br /&gt;
[[Image:George H. W. Bush and Boris Yeltsin 1993.jpg|thumb|250px|[[1993年]]、[[アメリカ合衆国大統領]][[ジョージ・H・W・ブッシュ]]と]]&lt;br /&gt;
[[Image:Bill Clinton and Boris Yeltsin 1994.jpg|thumb|250px|[[1994年]]、[[アメリカ合衆国大統領]][[ビル・クリントン]]と]]&lt;br /&gt;
1991年12月31日をもって独立国家共同体（CIS）樹立を宣言、ソ連は解体し、エリツィンはロシア共和国から引き続いてロシア連邦の大統領となった。[[アメリカ合衆国|アメリカ]]との関係改善が進み（連邦崩壊後も、ソ連時代の全ての核兵器をロシア共和国が所有することをウクライナや白ロシアに認めさせたのは、アメリカの助言によるところが大きい）、[[1992年]]には第2次戦略兵器削減条約（START II）に調印。また市場経済導入を目指したが、その過程で発生した[[アレクサンドル・ルツコイ]]副大統領、[[ルスラン・ハズブラートフ]]最高会議議長ら議会との対立は[[1993年]]9月の議会による大統領解任劇に発展。これをみたエリツィンは最高会議と人民代議員大会を強制解体し、両者の対立は頂点に達した。翌10月には反大統領派がたてこもる[[ベールイ・ドーム|最高会議ビル]]を戦車で砲撃し、議会側は降伏した（[[モスクワ騒擾事件]]）。その後12月には大統領に強大な権限を与え、議会を連邦院と国家院の[[両院制]]にする事を定めた新しい[[ロシア連邦憲法]]が制定された。西側の主要国はエリツィンを支持したが、これが正しかったのか、歴史はまだ判断を下していないと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===ロシアの威勢低下===&lt;br /&gt;
その後[[第一次チェチェン紛争|チェチェン侵攻]]の失敗と急激な市場経済化によって支持率が低下し、そして持病の心臓病の手術による過労がたたり、政権に不安定さが目立つようになる。[[1996年]]の[[大統領]]選挙では、ソ連と共に解体していた[[ロシア連邦共産党]]の[[ゲンナジー・ジュガーノフ]]議長に肉薄され、大苦戦。劣勢を逆転させたい一念でアメリカから選挙キャンペーンのプロを呼び、又、テレビカメラの前で若者に混じりダンスを披露したが、その後心臓発作を起こしたという。又、[[ボリス・ベレゾフスキー]]、[[ウラジーミル・グシンスキー]]など経済界の巨頭から巨額の選挙資金を捻出させ、また第三の候補・[[アレクサンドル・レベジ]]退役大将を取り込むなどしてなり振りかまわぬ選挙戦を展開し、そのかいあってか結果的に再選を果たした。ちなみに、このダンスを収めた写真は翌年の[[1997年]]に[[ピューリツァー賞]]を受賞している。また、このころから（各国で報じられて有名な）「'''[[酔っ払い]]'''」あるいは「白熊エリツィン」と呼ばれるようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===相次ぐ首相交代===&lt;br /&gt;
[[Image:BorisYeltsin and BillClinton 1999-11-18.jpg|thumb|250px|[[1998年]]、[[アメリカ合衆国大統領]][[ビル・クリントン]]と]]&lt;br /&gt;
[[1998年]]5月、経済復興を実現するには力不足だとして、[[ヴィクトル・チェルノムイルジン]]首相を解任した。同首相は、5年間にわたる長期首相だったが、一説によると病身の大統領に代わり副大統領然として振舞っていたこと、あるいは経済界との腐れ縁を大統領が嫌っての解任とも言われる。後任には35歳の[[セルゲイ・キリエンコ]]第一副首相兼燃料エネルギー相が就任したが、[[8月17日]]に[[ロシア金融危機]]が発生。短期[[国債]]の取引を停止し、事実上の[[債務超過]]に陥った。就任直後の出来事だったが、責任をとらされ、解任された。キリエンコに替わって首相に任命されたのは諜報機関[[ソ連国家保安委員会|KGB]]出身の[[エフゲニー・プリマコフ]]であった。プリマコフは、ゴルバチョフ時代にソ連共産党政治局員候補で、ソ連崩壊後のロシアで[[ロシア対外情報庁|対外情報庁]]（SVR）長官や[[外相]]を歴任した実力者であった。やわな若手改革派ではこの危機を乗りきれないと考えられたのであろう。プリマコフ首相は、[[大統領]]よりも、議会重視のスタンスを打ち出し、[[共産党]]からも閣僚を一本釣りの形で起用し、議会の支持に依拠する珍しい内閣であった。ロシアは、[[金融危機]]を乗り切るため、[[国際通貨基金]] (IMF) に支援を要請、金融危機を沈静化させた。また、エリツィン大統領周辺の「ファミリー」「オリガルヒ」と呼ばれる側近グループの排除に乗り出し、[[スクラトフ]][[検事総長]]に命じて汚職摘発を開始した。これによってプリマコフ首相の支持率は上昇したが、一方これに危機感を抱いた大統領によって1999年5月解任された。後任の[[セルゲイ・ステパーシン]]首相も僅か3ヶ月で解職されるなど、首相を短期間で次々に挿げ替え、自らの権力を維持するためになりふり構わぬようにも見える行動を繰り返した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===政権移譲と晩年===&lt;br /&gt;
1999年[[12月31日]]にはテレビ演説を行い、電撃辞任を発表。ステパーシンの後任として、当時首相だった[[ウラジーミル・プーチン]]を後継の大統領に指名した。その後表舞台からは姿を消し、悠々自適の[[年金]]生活を送ったという。[[2006年]][[6月3日]]、[[パリ]]で開催されていた[[全仏オープン]]7日目を夫妻で観戦し、[[マリア・シャラポワ|シャラポワ]]から帽子にサインしてもらう姿が撮られている。くしくもこれが最後の公の姿となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2007年]][[4月23日]]、長年の心臓疾患による[[多臓器不全]]（一部報道では[[心血管不全症]]とも）により死去。76歳だった。[[4月25日]]に[[救世主キリスト大聖堂]]にて[[国葬]]が行われ、プーチンはこの日を「国民服喪の日」とすることを宣言した。葬儀後、遺体はノボデビッチ修道院の墓地に埋葬された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==著書==&lt;br /&gt;
*『告白』（[[草思社]], 1990年）&lt;br /&gt;
*『エリツィンの手記――崩壊・対決の舞台裏〈上・下〉』（[[同朋舎出版]], 1994年） &lt;br /&gt;
*『ボリス・エリツィン最後の証言』（[[NCコミュニケーションズ]], 2004年） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
{{commons|Борис Николаевич Ельцин|{{PAGENAME}}}}&lt;br /&gt;
*[http://www.cnn.com/SPECIALS/cold.war/kbank/profiles/yeltsin/ CNN Cold War - Profile: Boris Nikolayevich Yeltsin]&lt;br /&gt;
*[http://www.elvispresleynews.com/BorisYeltsin.html Boris Yeltsin the Elvis Fan]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[ロシアの大統領|ロシア連邦大統領]]|[[1991年]] - [[1999年]]|[[ミハイル・ゴルバチョフ]]|[[ウラジーミル・プーチン]]}}&lt;br /&gt;
{{先代次代|[[ロシアの首相|ロシア連邦首相]]|[[1991年]] - [[1992年]]|[[オレグ・ロボフ]]|[[エゴール・ガイダル]]}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:ロシアの政治家|えりついん ほりす]]&lt;br /&gt;
[[Category:ソビエト連邦の政治家|えりついん ほりす]]&lt;br /&gt;
[[Category:1931年生|えりついん ほりす]]&lt;br /&gt;
[[Category:2007年没|えりついん ほりす]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

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		<title>慈恵病院</title>
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&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{otheruses|熊本県熊本市の慈恵病院|東京都の医科大学|東京慈恵会医科大学}}&lt;br /&gt;
{{現在進行}}&lt;br /&gt;
'''慈恵病院'''（じけいびょういん）は、[[熊本県]][[熊本市]]にある、[[キリスト教]]（[[カトリック教会|カトリック]]）系の[[医療法人]]聖粒会が設置・運営する[[病院]]。なお、東京にある[[社団法人東京慈恵会]]、[[東京慈恵会医科大学]]および系列五病院、系列四看護学校とは一切関係がない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
* 所在地 [[熊本県]][[熊本市]]島崎6-1-27&lt;br /&gt;
* 最寄の公共交通機関 [[熊本市交通局|熊本市営バス]]「慈恵病院前」バス停下車。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革 ==&lt;br /&gt;
* [[1898年]] - カトリック宣教師J.M.コール神父と5名の修道女により慈恵診療所開設。&lt;br /&gt;
* [[1952年]] - [[社会福祉法人]]聖母会、琵琶崎聖母慈恵病院となる。&lt;br /&gt;
* [[1978年]] - 医療法人聖粒会慈恵病院発足。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 組織・診療体制 ==&lt;br /&gt;
* 外科・消化器科・肛門科&lt;br /&gt;
* 内科&lt;br /&gt;
* 産婦人科&lt;br /&gt;
* 小児科&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[赤ちゃんポスト]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www010.upp.so-net.ne.jp/jikei/ 慈恵病院]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{medical-stub|しけいひよういん}}&lt;br /&gt;
[[Category:熊本県の医療機関|しけいひよういん]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の医療機関 (医療法人)|しけいひよういん]]&lt;br /&gt;
[[Category:熊本市|しけいひよういん]]&lt;/div&gt;</summary>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: 新しいページ: '&amp;lt;includeonly&amp;gt; &amp;lt;div id=&amp;quot;topicpath&amp;quot; title=&amp;quot;トピックパス&amp;quot; style=&amp;quot;border:1px outset #eef;padding:0.3em 0.6em;margin:0 0 0.5em 0;background:#eef;clear:both;font-size:90%;&amp;quot;&amp;gt;{{{...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&amp;lt;includeonly&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;div id=&amp;quot;topicpath&amp;quot; title=&amp;quot;トピックパス&amp;quot; style=&amp;quot;border:1px outset #eef;padding:0.3em 0.6em;margin:0 0 0.5em 0;background:#eef;clear:both;font-size:90%;&amp;quot;&amp;gt;{{{1}}}&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;/includeonly&amp;gt;&amp;lt;noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
== テンプレートのサンプル ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 編集ページの上部に追記サンプル例 ====&lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&amp;lt;nowiki&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{topicpath | [[:Category:主要カテゴリ|主要カテゴリ]]&lt;br /&gt;
 &amp;gt; [[:Category:ウィキペディア|ウィキペディア]] &amp;gt; {{PAGENAME}}  }}&lt;br /&gt;
&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 表示サンプル ====&lt;br /&gt;
「ヘルプ」のページに追記した場合：&lt;br /&gt;
{{topicpath | [[:Category:主要カテゴリ|主要カテゴリ]] &amp;gt; [[:Category:ウィキペディア|ウィキペディア]] &amp;gt; ヘルプ }}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[Template:Catnav]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:リンク支援テンプレート|{{PAGENAME}}]]&lt;br /&gt;
[[Category:カテゴリページ用テンプレート|{{PAGENAME}}]]&lt;br /&gt;
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		<author><name>TS</name></author>	</entry>

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		<title>テンプレート:Catnav/doc</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: 新しいページ: '&amp;lt;includeonly&amp;gt;{{テンプレート文書呼出}}&amp;lt;/includeonly&amp;gt;&amp;lt;noinclude&amp;gt;{{テンプレート文書直接表示}}&amp;lt;/noinclude&amp;gt; &amp;lt;!-- 以下でテンプレートの解説を編集...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&amp;lt;includeonly&amp;gt;{{テンプレート文書呼出}}&amp;lt;/includeonly&amp;gt;&amp;lt;noinclude&amp;gt;{{テンプレート文書直接表示}}&amp;lt;/noinclude&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 以下でテンプレートの解説を編集してください --&amp;gt;&lt;br /&gt;
== これは何? ==&lt;br /&gt;
カテゴリページの先頭に貼り付けるナビゲーションリンクを簡単に作成します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 使い方 ==&lt;br /&gt;
例えば、[[:Category:日本]]でこのようにすると、&lt;br /&gt;
 &amp;lt;nowiki&amp;gt;* {{catnav|主要カテゴリ|世界|アジア}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&lt;br /&gt;
 &amp;lt;nowiki&amp;gt;* {{catnav|主要カテゴリ|地理|国}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* {{catnav|主要カテゴリ|世界|アジア|hide=1}}&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:smaller;&amp;quot;&amp;gt; &amp;amp;gt; 日本&amp;lt;/span&amp;gt;&lt;br /&gt;
* {{catnav|主要カテゴリ|地理|国|hide=1}}&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:smaller;&amp;quot;&amp;gt; &amp;amp;gt; 日本&amp;lt;/span&amp;gt;&lt;br /&gt;
このようになります。引数は9つまで使用可能。また、&lt;br /&gt;
 &amp;lt;nowiki&amp;gt;* {{catnav|主要カテゴリ|…|日本}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&lt;br /&gt;
* {{catnav|主要カテゴリ|…|日本|hide=1}}&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:smaller;&amp;quot;&amp;gt; &amp;amp;gt; 日本の文化&amp;lt;/span&amp;gt;&lt;br /&gt;
のようにもできます。例に挙げた3点リーダに限らず、カテゴリの名称として正しくない文字列はリンクせずそのまま表示します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== オプション ===&lt;br /&gt;
hideオプションに空白以外を指定すると、呼出元のカテゴリ名称を省略します。&lt;br /&gt;
 &amp;lt;nowiki&amp;gt;* {{catnav|主要カテゴリ|世界|アジア|hide=1}}&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&lt;br /&gt;
* {{catnav|主要カテゴリ|世界|アジア|hide=1}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[Template:Topicpath]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;includeonly&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- カテゴリは以下に追加してください --&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[Category:リンク支援テンプレート|{{PAGENAME}}]]&lt;br /&gt;
[[Category:カテゴリページ用テンプレート|{{PAGENAME}}]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 言語間リンクは以下に追加してください --&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[zh:Template:Catnav]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;/includeonly&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>TS</name></author>	</entry>

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		<title>テンプレート:Catnav</title>
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				<updated>2007-05-27T08:07:38Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;TS: 新しいページ: '&amp;lt;includeonly&amp;gt;&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:smaller;&amp;quot;&amp;gt;{{{1}}}{{ #if: {{{2|}}}|&amp;amp;nbsp;&amp;amp;gt; {{#ifexist: Category:{{{2}}}|{{{2}}}|{{{2}}}}}}}{{ ...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&amp;lt;includeonly&amp;gt;&amp;lt;span style=&amp;quot;font-size:smaller;&amp;quot;&amp;gt;[[:Category:{{{1}}}|{{{1}}}]]{{&lt;br /&gt;
#if: {{{2|}}}|&amp;amp;nbsp;&amp;amp;gt; {{#ifexist: Category:{{{2}}}|[[:Category:{{{2}}}|{{{2}}}]]|{{{2}}}}}}}{{&lt;br /&gt;
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{{{{FULLPAGENAME}}/doc}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- カテゴリと言語間リンクはここではなく、/doc サブページに追加してください --&amp;gt;&lt;br /&gt;
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