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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<updated>2026-04-22T02:43:56Z</updated>
		<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
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		<title>ハーレム・ヒート</title>
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				<updated>2014-03-16T07:08:06Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ハーレム・ヒート'''とは1990年代のアメリカ・マットで活躍した兄弟プロレスユニットである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
スティービー・レイとブッカー・Tの兄弟レスラーがタッグを組む。当初は'''ハフマン・ブラザーズ'''、'''エボニー・エクスペリンス'''を名乗って、活動していた。90年代に[[WCW]]に登場し、同団体のタッグ王座を獲得する活躍をする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
90年代中頃から弟のブッカーがシングルプレイヤーとしてプッシュ。兄のスティービーは怪我で欠場。復帰後は袂を分かち、[[ニュー・ワールド・オーダー]]に加入。抗争をした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
90年代後半弟ブッカーの説得により再結成。10度目のタッグ王座を獲得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし2000年代に再び分裂。[[アーメッド・ジョンソン|ビッグ・T]]とタッグを組み、'''ハーレム・ヒート2000'''を結成し、「ハーレム・ヒート」の名称使用権を巡って骨肉の争いを起こす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
抗争終了後、スティービーは現役引退しコメンテーターに転身。ブッカーとも復縁したが、ハーレム・ヒートは２度とリユニオンされることはなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年、兄弟の地元[[ヒューストン]]で[[プロレスリング・アカデミー]]併設のインディー団体[[PWA]]を共同で主催している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== メンバー ==&lt;br /&gt;
'''ブッカー・T'''&lt;br /&gt;
* 1965年3月1日生まれ。[[テキサス州]][[ヒューストン]]出身。本名ブッカー・ハフマン。身長191ｃｍ、体重113ｋｇ。兄を上回る身体能力を有している。[[WCW]]、[[WWE]]、[[TNA]]の各団体において黒人選手のトップスターとして活躍。[[マイクパフォーマンス]]においても数々の決めゼリフが存在する。&lt;br /&gt;
* 17歳の時に強盗を犯し19ヶ月の服役期間を経て、[[イワン・プトスキー]]の[[プロレスリング・スクール]]に入門、[[スコット・ケーシー]]のトレーニングを経て、1989年レスラーデビュー。&lt;br /&gt;
* 1997年にシングルプレイヤーとしてプッシュされる。1998年に[[クリス・ベノワ]]と[[WCW・世界TV王座]]を巡って抗争をする。&lt;br /&gt;
* ハーレム・ヒートの再結成、再解散を経て、2000年7月9日の「[[バッシュ・アット・ビーチ]]」で[[ジェフ・ジャレット]]を破って、[[WCW世界ヘビー級王座]]を獲得する。以降はWCWの主役級ポジションを得て、WCWの多くの大物たちから大金星を挙げ、世界王座を5度獲得する。&lt;br /&gt;
* [[WCW]]崩壊後、[[WWE]]と契約を交わす。WCW王者として初登場を果たす。以降[[ダイヤモンド・ダラス・ペイジ]]とともに試合の乱入を繰り返し、WCWと[[ECW]]の連合軍[[アライランス]]を結成し、エース格としてWWEのエース[[ザ・ロック]]と抗争を繰り広げる。&lt;br /&gt;
* 連合軍崩壊後もヒールとして登場。[[ストーン・コールド・スティーブン・オースティン]]と抗争をする。WCW時代と一変してWWE所属時はコミカルなキャラクターとなった。&lt;br /&gt;
* WWEの番組が2リーグ制になったときRAWに所属。フェイスターンを果たし、[[レッスルマニア19]]では[[トリプルH]]の世界王座に挑戦している。&lt;br /&gt;
* 2004年にドラフトでスマックダウンに移籍。ヒールターンをしたが後にフェイスターンを果たし、WWE王座戦線にも参戦を果たす。&lt;br /&gt;
* WWEのスマックダウンに所属していた時はヒールとベビーフェイスのターンを頻繁に起こしている。&lt;br /&gt;
* [[2006年]]に[[ボビー・ラシュリー]]を破り、キング・オブ・ザリングの優勝を果たす。以降、リングネームを'''キング・ブッカー'''と名乗る。「[[グレート・アメリカン・バッシュ]]2006」では、[[チャボ・ゲレロ]]の介入により、[[レイ・ミステリオ]]から世界ヘビー級王座を奪取する。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]6月11日のドラフトで約３年ぶりにRAWに戻る。キングの名称をめぐり、RAWの実況解説者[[ジェリー・ローラー|ジェリー・”ザ・キング”・ローラー]]と抗争するも、[[サマースラム]]で行われたトリプルH戦を最後に9月WWEを解雇される。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]11月、[[TNA]]に電撃参戦。リングネームも'''ブッカー・T'''に戻した。&lt;br /&gt;
* [[スコット・スタイナー]]とのタッグで[[TNA世界タッグチーム王座]]を獲得した。&lt;br /&gt;
* 2007年12月20日、[[IGF]]に参戦予定であったが、IGFの書類不備により出場がキャンセルされた。&lt;br /&gt;
* [[2009年]]10月26日、TNAを離脱。[[2010年]]9月にはメキシコの[[Perros del Mal]]に登場した。&lt;br /&gt;
* [[2011年]]1月30日、[[ロイヤルランブル]]にて21番目にサプライズ登場。リング場を制圧したヒール・ユニット[[ネクサス]]相手に一人で立ち向かう形になるも、'''ブック・エンド'''、'''スピン・ルーニー'''を見せ健在ぶりをアピールした。しかし直後に、[[メイソン・ライアン]]に落とされ、短時間での退場となった。その後WWEと長期契約を交わし、２月４日のスマックダウンにおいて、[[カラーコメンテーター]]として登場した。&lt;br /&gt;
* [[2011年]]４月より復活した[[タフ・イナフ]]で教官を担当した。&lt;br /&gt;
* WWE復帰後は主にカラーコメンテーターとして活動し選手としてはセミリタイヤとなったが、ストーリーに応じて試合を行なっている。&lt;br /&gt;
* [[2012年]]のロイヤルランブルでは17番目に登場した。同年８月には[[ビンス・マクマホン]]からスマックダウンのGMに任命される。&lt;br /&gt;
* [[2013年]]、[[WWE殿堂]]入りを果たした。実兄のスティービー・レイがインダクターを務めた。&lt;br /&gt;
'''スティービー・レイ'''&lt;br /&gt;
* [[1960年]]8月22日生まれ。出身地は弟のブッカーと同じ。身長195ｃｍ、体重132ｋｇ。パワー・ファイトを得意とする。本名レーン・スティーブン・ハフマン。&lt;br /&gt;
* [[1989年]]に弟ともにデビュー。&lt;br /&gt;
* [[1997年]]足首を負傷し長期欠場を余儀なくされる。復帰後はnWoに加入。ヒールターンを果たす。&lt;br /&gt;
* [[1999年]]ブッカーの説得で再び結成。&lt;br /&gt;
* [[2000年]]再び袂を分かち、ビッグ・Tとタッグを組み'''ハーレム・ヒート2000'''を結成。ブッカーと再び抗争をする。&lt;br /&gt;
* 抗争終了後、ハーレム・ヒート2000解散。自身も現役を離れる。&lt;br /&gt;
* 2001年[[オーストラリア]]の[[ワールド・レスリング・オールスターズ]]参戦を経て2002年に引退。&lt;br /&gt;
* 2013年WWE殿堂入りを果たしたブッカーのインダクターを務めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 得意技 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ブッカー・T ===&lt;br /&gt;
; シザース・キック&lt;br /&gt;
: 若手時代は'''ゲット・ブラスター'''、以降は'''アックス・キック'''と呼ばれた。前屈状態の相手に、走り込んでジャンピング式のかかと落としを決める。&lt;br /&gt;
: WCW時代は繋ぎ技であったが、WWEではシザース・キックの名称と共に必殺技としていた。&lt;br /&gt;
; ブック・エンド&lt;br /&gt;
: 膝からマットに着地する形の[[ロック・ボトム]]。&lt;br /&gt;
: WCW時代は必殺技としており、多くの大物を倒しWCWの数々の王座を獲得したが、WWE移籍後はザ・ロックが同型の技、ロックボトムを使用していたため稀にしか見せなかった。&lt;br /&gt;
; ハーレム・サイドキック&lt;br /&gt;
: ジャンプして、足の外側を相手の顔面に叩き込む技。&lt;br /&gt;
;[[ドロップキック|ミサイルキック]]&lt;br /&gt;
: フォームの美しさ、飛距離、破壊力共にあり、若手時代は得意技としていた。この他、バックキックや[[スピンキック]]、[[スーパーキック]]、ジャンピング式のスーパーキック等、足の長さや跳躍力を活かした蹴り技を得意としている。&lt;br /&gt;
; シューストン・ハング・オーバー/ハーレム・ハング・オーバー&lt;br /&gt;
: トップロープから全方一回転しての[[ギロチン・ドロップ|ダイビング・レッグ・ドロップ]]。大一番でしか使用しない危険技。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== スティービー・レイ ===&lt;br /&gt;
* '''[[スパイン・バスター|110thストリート・スラム]]'''&lt;br /&gt;
* '''[[ペディグリー|スラップジャック]]'''&lt;br /&gt;
* [[ベアハッグ]]&lt;br /&gt;
* [[バックブリーカー]]&lt;br /&gt;
* [[ラリアット|フライング・クローズライン]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 合体攻撃 ===&lt;br /&gt;
* '''ヒート・シーカー''' - スティービーのエレクトリック・チェアー（肩車リフトアップ）+ ブッカーの[[ドロップキック|ミサイルキック]]&lt;br /&gt;
* '''ビッグ・アップル・ブラスト''' - スティービーの[[ベアハッグ]] + ブッカーのハーレム・サイドキック&lt;br /&gt;
* '''ヒート・ボム''' - スティービーの[[パワーボム]] + ブッカーの[[エルボー・ドロップ|ダイビング・エルボー・ドロップ]]&lt;br /&gt;
* '''タワーリング・インフェルノ''' - スティービーの[[バック・ブリーカー]] + ブッカーの[[ギロチン・ドロップ|ダイビング・レッグ・ドロップ]]&lt;br /&gt;
* '''ハーレム・ハングオーバー''' - スティービーのサイドウォーク・スラム + ブッカーのダイビング・サマーソルト・レッグ・ドロップ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
* 決め台詞の「5 time WCW champion」が定着していることが災いしてか、WWEに移籍してWCW王座陥落以降は、後継王座である、[[WWE・世界ヘビー級王座]]には一度も載冠できなかったが、2006年の[[グレート・アメリカン・バッシュ]]にて王座載冠を果たした。ただの載冠ではなく、WCWのPPVだったグレート・アメリカン・バッシュ、対戦相手は元WCW選手の[[レイ・ミステリオ]]、介入した[[チャボ・ゲレロ]]、王座もWCW王座の後継王座等、WCW関連のものが多かった。&lt;br /&gt;
* [[ロッキー・ジョンソン]]と[[トニー・アトラス]]のソウル・パトロール、[[ココ・B・ウェア]]と[[ノーベル・オースチン]]のプリティ・ヤング・シングス、[[イライジャ・アキーム]]と[[カリーム・モハメッド]]のザンブイ・エクスプレス、[[ブッチ・リード]]と[[ロン・シモンズ]]のドゥームなど、彼ら以前にも黒人タッグチームが存在したが、10年間にも及ぶ活動期間や[[WCW世界タッグチーム王座]]を通算10回獲得した載冠歴において、比類なき実績を残した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 入場曲 ==&lt;br /&gt;
* Can You Dig It?&lt;br /&gt;
* Rap Sheet&lt;br /&gt;
* All Hail, King Booker&lt;br /&gt;
* Dead White Guys&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ブッカー・Tの主な決めゼリフ ==&lt;br /&gt;
括弧内は日本語訳&lt;br /&gt;
* Tell me you didn't just say that!（言ってないよな?そんなこと言ってないと言ってくれ）&lt;br /&gt;
* Can you did it, Sucka?!（わかったかこのタコッ！）&lt;br /&gt;
* I am the 5 time, 5 time, 5 time, 5 time, 5 time, WCW champion!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 獲得タイトル ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ブッカー・T ===&lt;br /&gt;
'''WCW'''&lt;br /&gt;
* [[WCW・世界ヘビー級王座]]：4回&lt;br /&gt;
* [[WCW世界タッグチーム王座]]：10回&lt;br /&gt;
* [[WCW世界TV王座]]：6回&lt;br /&gt;
* WCW・US王座：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''WWE'''&lt;br /&gt;
* WCW・世界ヘビー級王座：1回&lt;br /&gt;
* WCW世界タッグチーム王座：１回（w/[[アンドリュー・マーチン|テスト]]）&lt;br /&gt;
* [[WWE・世界ヘビー級王座]]：１回&lt;br /&gt;
* [[WWE・インターコンチネンタル王座|IC王座]]：１回&lt;br /&gt;
* [[WWE・ユナイテッドステイツ王座|US王座]]：２回&lt;br /&gt;
* [[WWE・世界タッグチーム王座]]：３回（w/テスト、[[ゴールダスト]]、[[ロブ・ヴァン・ダム]]）&lt;br /&gt;
* [[WWE・ハードコア王座]]：２回&lt;br /&gt;
* [[キング・オブ・ザ・リング]]2006優勝&lt;br /&gt;
* 2013年[[WWE殿堂]]入り&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''TNA'''&lt;br /&gt;
* [[TNA TV王座]]：１回&lt;br /&gt;
* [[TNA世界タッグチーム王座]]：１回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''UWF'''&lt;br /&gt;
* UWFヘビー級王座：１回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== スティービー・レイ ===&lt;br /&gt;
'''GWF'''&lt;br /&gt;
* GWF北米ヘビー級王座：1回&lt;br /&gt;
* GWFタッグ王座：3回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''WCW'''&lt;br /&gt;
* WCW世界タッグチーム王座：10回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ハーレム・ヒート ===&lt;br /&gt;
'''GWF'''&lt;br /&gt;
* GWFタッグ王座：3回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''WCW'''&lt;br /&gt;
* WCW世界タッグチーム王座：10回&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>ハーレム・ヒート</title>
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				<updated>2014-03-16T06:47:42Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ハーレム・ヒート'''とは1990年代のアメリカ・マットで活躍した兄弟プロレスユニットである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
スティービー・レイとブッカー・Tの兄弟レスラーがタッグを組む。当初は'''ハフマン・ブラザーズ'''、'''エボニー・エクスペリンス'''を名乗って、活動していた。90年代に[[WCW]]に登場し、同団体のタッグ王座を獲得する活躍をする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
90年代中頃から弟のブッカーがシングルプレイヤーとしてプッシュ。兄のスティービーは怪我で欠場。復帰後は袂を分かち、[[ニュー・ワールド・オーダー]]に加入。抗争をした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
90年代後半弟ブッカーの説得により再結成。10度目のタッグ王座を獲得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし2000年代に再び分裂。[[アーメッド・ジョンソン|ビッグ・T]]とタッグを組み、'''ハーレム・ヒート2000'''を結成し、「ハーレム・ヒート」の名称使用権を巡って骨肉の争いを起こす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
抗争終了後、スティービーは現役引退しコメンテーターに転身。ブッカーとも復縁したが、ハーレム・ヒートは２度とリユニオンされることはなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年、兄弟の地元[[ヒューストン]]で[[プロレスリング・アカデミー]]併設のインディー団体[[PWA]]を共同で主催している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== メンバー ==&lt;br /&gt;
'''ブッカー・T'''&lt;br /&gt;
* 1965年3月1日生まれ。[[テキサス州]][[ヒューストン]]出身。本名ブッカー・ハフマン。身長191ｃｍ、体重113ｋｇ。兄を上回る身体能力を有している。[[WCW]]、[[WWE]]、[[TNA]]の各団体において黒人選手のトップスターとして活躍。[[マイクパフォーマンス]]においても数々の決めゼリフが存在する。&lt;br /&gt;
* 17歳の時に強盗を犯し19ヶ月の服役期間を経て、[[イワン・プトスキー]]の[[プロレスリング・スクール]]に入門、[[スコット・ケーシー]]のトレーニングを経て、1989年レスラーデビュー。&lt;br /&gt;
* 1997年にシングルプレイヤーとしてプッシュされる。1998年に[[クリス・ベノワ]]と[[WCW・世界TV王座]]を巡って抗争をする。&lt;br /&gt;
* ハーレム・ヒートの再結成、再解散を経て、2000年7月9日の「[[バッシュ・アット・ビーチ]]」で[[ジェフ・ジャレット]]を破って、[[WCW世界ヘビー級王座]]を獲得する。以降はWCWの主役級ポジションを得て、WCWの多くの大物たちから大金星を挙げ、世界王座を5度獲得する。&lt;br /&gt;
* [[WCW]]崩壊後、[[WWE]]と契約を交わす。WCW王者として初登場を果たす。以降[[ダイヤモンド・ダラス・ペイジ]]とともに試合の乱入を繰り返し、WCWと[[ECW]]の連合軍[[アライランス]]を結成し、エース格としてWWEのエース[[ザ・ロック]]と抗争を繰り広げる。&lt;br /&gt;
* 連合軍崩壊後もヒールとして登場。[[ストーン・コールド・スティーブン・オースティン]]と抗争をする。WCW時代と一変してWWE所属時はコミカルなキャラクターとなった。&lt;br /&gt;
* WWEの番組が2リーグ制になったときRAWに所属。フェイスターンを果たし、[[レッスルマニア19]]では[[トリプルH]]の世界王座に挑戦している。&lt;br /&gt;
* 2004年にドラフトでスマックダウンに移籍。ヒールターンをしたが後にフェイスターンを果たし、WWE王座戦線にも参戦を果たす。&lt;br /&gt;
* WWEのスマックダウンに所属していた時はヒールとベビーフェイスのターンを頻繁に起こしている。&lt;br /&gt;
* [[2006年]]に[[ボビー・ラシュリー]]を破り、キング・オブ・ザリングの優勝を果たす。以降、リングネームを'''キング・ブッカー'''と名乗る。「[[グレート・アメリカン・バッシュ]]2006」では、[[チャボ・ゲレロ]]の介入により、[[レイ・ミステリオ]]から世界ヘビー級王座を奪取する。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]6月11日のドラフトで約３年ぶりにRAWに戻る。キングの名称をめぐり、RAWの実況解説者[[ジェリー・ローラー|ジェリー・”ザ・キング”・ローラー]]と抗争するも、[[サマースラム]]で行われたトリプルH戦を最後に9月WWEを解雇される。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]11月、[[TNA]]に電撃参戦。リングネームも'''ブッカー・T'''に戻した。&lt;br /&gt;
* [[スコット・スタイナー]]とのタッグで[[TNA世界タッグチーム王座]]を獲得した。&lt;br /&gt;
* 2007年12月20日、[[IGF]]に参戦予定であったが、IGFの書類不備により出場がキャンセルされた。&lt;br /&gt;
* [[2009年]]10月26日、TNAを離脱。[[2010年]]9月にはメキシコの[[Perros del Mal]]に登場した。&lt;br /&gt;
* [[2011年]]1月30日、[[ロイヤルランブル]]にて21番目にサプライズ登場。リング場を制圧したヒール・ユニット[[ネクサス]]相手に一人で立ち向かう形になるも、'''ブック・エンド'''、'''スピン・ルーニー'''を見せ健在ぶりをアピールした。しかし直後に、[[メイソン・ライアン]]に落とされ、短時間での退場となった。その後WWEと長期契約を交わし、２月４日のスマックダウンにおいて、[[カラーコメンテーター]]として登場した。&lt;br /&gt;
* [[2011年]]４月より復活した[[タフ・イナフ]]で教官を担当した。&lt;br /&gt;
* WWE復帰後は主にカラーコメンテーターとして活動し選手としてはセミリタイヤとなったが、ストーリーに応じて試合を行なっている。&lt;br /&gt;
* [[2012年]]のロイヤルランブルでは17番目に登場した。同年８月には[[ビンス・マクマホン]]からスマックダウンのGMに任命される。&lt;br /&gt;
* [[2013年]]、[[WWE殿堂]]入りを果たした。実兄のスティービー・レイがインダクターを務めた。&lt;br /&gt;
'''スティービー・レイ'''&lt;br /&gt;
* [[1960年]]8月22日生まれ。出身地は弟のブッカーと同じ。身長195ｃｍ、体重132ｋｇ。パワー・ファイトを得意とする。本名レーン・スティーブン・ハフマン。&lt;br /&gt;
* [[1989年]]に弟ともにデビュー。&lt;br /&gt;
* [[1997年]]足首を負傷し長期欠場を余儀なくされる。復帰後はnWoに加入。ヒールターンを果たす。&lt;br /&gt;
* [[1999年]]ブッカーの説得で再び結成。&lt;br /&gt;
* [[2000年]]再び袂を分かち、ビッグ・Tとタッグを組み'''ハーレム・ヒート2000'''を結成。ブッカーと再び抗争をする。&lt;br /&gt;
* 抗争終了後、ハーレム・ヒート2000解散。自身も現役を離れる。&lt;br /&gt;
* 2001年[[オーストラリア]]の[[ワールド・レスリング・オールスターズ]]参戦を経て2002年に引退。&lt;br /&gt;
* 2013年WWE殿堂入りを果たしたブッカーのインダクターを務めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 得意技 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ブッカー・T ===&lt;br /&gt;
; シザース・キック&lt;br /&gt;
: 若手時代は'''ゲット・ブラスター'''、以降は'''アックス・キック'''と呼ばれた。前屈状態の相手に、走り込んでジャンピング式のかかと落としを決める。&lt;br /&gt;
: WCW時代は繋ぎ技であったが、WWEではシザース・キックの名称と共に必殺技としていた。&lt;br /&gt;
; ブック・エンド&lt;br /&gt;
: 膝からマットに着地する形の[[ロック・ボトム]]。&lt;br /&gt;
: WCW時代は必殺技としており、多くの大物を倒しWCWの数々の王座を獲得したが、WWE移籍後はザ・ロックが同型の技、ロックボトムを使用していたため稀にしか見せなかった。&lt;br /&gt;
; ハーレム・サイドキック&lt;br /&gt;
: ジャンプして、足の外側を相手の顔面に叩き込む技。&lt;br /&gt;
;[[ドロップキック|ミサイルキック]]&lt;br /&gt;
: フォームの美しさ、飛距離、破壊力共にあり、若手時代は得意技としていた。この他、バックキックや[[スピンキック]]、[[スーパーキック]]、ジャンピング式のスーパーキック等、足の長さや跳躍力を活かした蹴り技を得意としている。&lt;br /&gt;
; シューストン・ハング・オーバー/ハーレム・ハング・オーバー&lt;br /&gt;
: トップロープから全方一回転しての[[ギロチン・ドロップ|ダイビング・レッグ・ドロップ]]。大一番でしか使用しない危険技。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== スティービー・レイ ===&lt;br /&gt;
* '''[[スパイン・バスター|110thストリート・スラム]]'''&lt;br /&gt;
* '''[[ペディグリー|スラップジャック]]'''&lt;br /&gt;
* [[ベアハッグ]]&lt;br /&gt;
* [[バックブリーカー]]&lt;br /&gt;
* [[ラリアット|フライング・クローズライン]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 合体攻撃 ===&lt;br /&gt;
* '''ヒート・シーカー''' - スティービーのエレクトリック・チェアー（肩車リフトアップ）+ ブッカーの[[ドロップキック|ミサイルキック]]&lt;br /&gt;
* '''ビッグ・アップル・ブラスト''' - スティービーの[[ベアハッグ]] + ブッカーのハーレム・サイドキック&lt;br /&gt;
* '''ヒート・ボム''' - スティービーの[[パワーボム]] + ブッカーの[[エルボー・ドロップ|ダイビング・エルボー・ドロップ]]&lt;br /&gt;
* '''タワーリング・インフェルノ''' - スティービーの[[バック・ブリーカー]] + ブッカーの[[ギロチン・ドロップ|ダイビング・レッグ・ドロップ]]&lt;br /&gt;
* '''ハーレム・ハングオーバー''' - スティービーのサイドウォーク・スラム + ブッカーのダイビング・サマーソルト・レッグ・ドロップ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
* 決め台詞の「5 time WCW champion」が定着していることが災いしてか、WWEに移籍してWCW王座陥落以降は、後継王座である、[[WWE・世界ヘビー級王座]]には一度も載冠できなかったが、2006年の[[グレート・アメリカン・バッシュ]]にて王座載冠を果たした。ただの載冠ではなく、WCWのPPVだったグレート・アメリカン・バッシュ、対戦相手は元WCW選手の[[レイ・ミステリオ]]、介入した[[チャボ・ゲレロ]]、王座もWCW王座の後継王座等、WCW関連のものが多かった。&lt;br /&gt;
* [[ロッキー・ジョンソン]]と[[トニー・アトラス]]のソウル・パトロール、[[ココ・B・ウェア]]と[[ノーベル・オースチン]]のプリティ・ヤング・シングス、[[イライジャ・アキーム]]と[[カリーム・モハメッド]]のザンブイ・エクスプレス、[[ブッチ・リード]]と[[ロン・シモンズ]]のドゥームなど、彼ら以前にも黒人タッグチームが存在したが、10年間にも及ぶ活動期間や[[WCW世界タッグチーム王座]]を通算10回獲得した載冠歴において、比類なき実績を残した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 入場曲 ==&lt;br /&gt;
* Can You Dig It?&lt;br /&gt;
* Rap Sheet&lt;br /&gt;
* All Hail, King Booker&lt;br /&gt;
* Dead White Guys&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ブッカー・Tの主な決めゼリフ ==&lt;br /&gt;
括弧内は日本語訳&lt;br /&gt;
* Tell me you didn't just say that!（言ってないよな?そんなこと言ってないと言ってくれ）&lt;br /&gt;
* Can you did it, Sucka?!（わかったかこのタコッ！）&lt;br /&gt;
* I am the 5 time, 5 time, 5 time, 5 time, 5 time, WCW champion!&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%BC%E3%83%88&amp;diff=222454</id>
		<title>ハーレム・ヒート</title>
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				<updated>2014-03-16T06:37:17Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ハーレム・ヒート'''とは1990年代のアメリカ・マットで活躍した兄弟プロレスユニットである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
スティービー・レイとブッカー・Tの兄弟レスラーがタッグを組む。当初は'''ハフマン・ブラザーズ'''、'''エボニー・エクスペリンス'''を名乗って、活動していた。90年代に[[WCW]]に登場し、同団体のタッグ王座を獲得する活躍をする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
90年代中頃から弟のブッカーがシングルプレイヤーとしてプッシュ。兄のスティービーは怪我で欠場。復帰後は袂を分かち、[[ニュー・ワールド・オーダー]]に加入。抗争をした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
90年代後半弟ブッカーの説得により再結成。10度目のタッグ王座を獲得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし2000年代に再び分裂。[[アーメッド・ジョンソン|ビッグ・T]]とタッグを組み、'''ハーレム・ヒート2000'''を結成し、「ハーレム・ヒート」の名称使用権を巡って骨肉の争いを起こす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
抗争終了後、スティービーは現役引退しコメンテーターに転身。ブッカーとも復縁したが、ハーレム・ヒートは２度とリユニオンされることはなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年、兄弟の地元[[ヒューストン]]で[[プロレスリング・アカデミー]]併設のインディー団体[[PWA]]を共同で主催している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== メンバー ==&lt;br /&gt;
'''ブッカー・T'''&lt;br /&gt;
* 1965年3月1日生まれ。[[テキサス州]][[ヒューストン]]出身。本名ブッカー・ハフマン。身長191ｃｍ、体重113ｋｇ。兄を上回る身体能力を有している。[[WCW]]、[[WWE]]、[[TNA]]の各団体において黒人選手のトップスターとして活躍。[[マイクパフォーマンス]]においても数々の決めゼリフが存在する。&lt;br /&gt;
* 17歳の時に強盗を犯し19ヶ月の服役期間を経て、[[イワン・プトスキー]]の[[プロレスリング・スクール]]に入門、[[スコット・ケーシー]]のトレーニングを経て、1989年レスラーデビュー。&lt;br /&gt;
* 1997年にシングルプレイヤーとしてプッシュされる。1998年に[[クリス・ベノワ]]と[[WCW・世界TV王座]]を巡って抗争をする。&lt;br /&gt;
* ハーレム・ヒートの再結成、再解散を経て、2000年7月9日の「[[バッシュ・アット・ビーチ]]」で[[ジェフ・ジャレット]]を破って、[[WCW世界ヘビー級王座]]を獲得する。以降はWCWの主役級ポジションを得て、WCWの多くの大物たちから大金星を挙げ、世界王座を5度獲得する。&lt;br /&gt;
* [[WCW]]崩壊後、[[WWE]]と契約を交わす。WCW王者として初登場を果たす。以降[[ダイヤモンド・ダラス・ペイジ]]とともに試合の乱入を繰り返し、WCWと[[ECW]]の連合軍[[アライランス]]を結成し、エース格としてWWEのエース[[ザ・ロック]]と抗争を繰り広げる。&lt;br /&gt;
* 連合軍崩壊後もヒールとして登場。[[ストーン・コールド・スティーブン・オースティン]]と抗争をする。WCW時代と一変してWWE所属時はコミカルなキャラクターとなった。&lt;br /&gt;
* WWEの番組が2リーグ制になったときRAWに所属。フェイスターンを果たし、[[レッスルマニア19]]では[[トリプルH]]の世界王座に挑戦している。&lt;br /&gt;
* 2004年にドラフトでスマックダウンに移籍。ヒールターンをしたが後にフェイスターンを果たし、WWE王座戦線にも参戦を果たす。&lt;br /&gt;
* WWEのスマックダウンに所属していた時はヒールとベビーフェイスのターンを頻繁に起こしている。&lt;br /&gt;
* [[2006年]]に[[ボビー・ラシュリー]]を破り、キング・オブ・ザリングの優勝を果たす。以降、リングネームを'''キング・ブッカー'''と名乗る。「[[グレート・アメリカン・バッシュ]]2006」では、[[チャボ・ゲレロ]]の介入により、[[レイ・ミステリオ]]から世界ヘビー級王座を奪取する。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]6月11日のドラフトで約３年ぶりにRAWに戻る。キングの名称をめぐり、RAWの実況解説者[[ジェリー・ローラー|ジェリー・”ザ・キング”・ローラー]]と抗争するも、[[サマースラム]]で行われたトリプルH戦を最後に9月WWEを解雇される。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]11月、[[TNA]]に電撃参戦。リングネームも'''ブッカー・T'''に戻した。&lt;br /&gt;
* [[スコット・スタイナー]]とのタッグで[[TNA世界タッグチーム王座]]を獲得した。&lt;br /&gt;
* 2007年12月20日、[[IGF]]に参戦予定であったが、IGFの書類不備により出場がキャンセルされた。&lt;br /&gt;
* [[2009年]]10月26日、TNAを離脱。[[2010年]]9月にはメキシコの[[Perros del Mal]]に登場した。&lt;br /&gt;
* [[2011年]]1月30日、[[ロイヤルランブル]]にて21番目にサプライズ登場。リング場を制圧したヒール・ユニット[[ネクサス]]相手に一人で立ち向かう形になるも、'''ブック・エンド'''、'''スピン・ルーニー'''を見せ健在ぶりをアピールした。しかし直後に、[[メイソン・ライアン]]に落とされ、短時間での退場となった。その後WWEと長期契約を交わし、２月４日のスマックダウンにおいて、[[カラーコメンテーター]]として登場した。&lt;br /&gt;
* [[2011年]]４月より復活した[[タフ・イナフ]]で教官を担当した。&lt;br /&gt;
* WWE復帰後は主にカラーコメンテーターとして活動し選手としてはセミリタイヤとなったが、ストーリーに応じて試合を行なっている。&lt;br /&gt;
* [[2012年]]のロイヤルランブルでは17番目に登場した。同年８月には[[ビンス・マクマホン]]からスマックダウンのGMに任命される。&lt;br /&gt;
* [[2013年]]、[[WWE殿堂]]入りを果たした。実兄のスティービー・レイがインダクターを務めた。&lt;br /&gt;
'''スティービー・レイ'''&lt;br /&gt;
* [[1960年]]8月22日生まれ。出身地は弟のブッカーと同じ。身長195ｃｍ、体重132ｋｇ。パワー・ファイトを得意とする。本名レーン・スティーブン・ハフマン。&lt;br /&gt;
* [[1989年]]に弟ともにデビュー。&lt;br /&gt;
* [[1997年]]足首を負傷し長期欠場を余儀なくされる。復帰後はnWoに加入。ヒールターンを果たす。&lt;br /&gt;
* [[1999年]]ブッカーの説得で再び結成。&lt;br /&gt;
* [[2000年]]再び袂を分かち、ビッグ・Tとタッグを組み'''ハーレム・ヒート2000'''を結成。ブッカーと再び抗争をする。&lt;br /&gt;
* 抗争終了後、ハーレム・ヒート2000解散。自身も現役を離れる。&lt;br /&gt;
* 2001年[[オーストラリア]]の[[ワールド・レスリング・オールスターズ]]参戦を経て2002年に引退。&lt;br /&gt;
* 2013年WWE殿堂入りを果たしたブッカーのインダクターを務めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 得意技 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ブッカー・T ===&lt;br /&gt;
; シザース・キック&lt;br /&gt;
: 若手時代は'''ゲット・ブラスター'''、以降は'''アックス・キック'''と呼ばれた。前屈状態の相手に、走り込んでジャンピング式のかかと落としを決める。&lt;br /&gt;
: WCW時代は繋ぎ技であったが、WWEではシザース・キックの名称と共に必殺技としていた。&lt;br /&gt;
; ブック・エンド&lt;br /&gt;
: 膝からマットに着地する形の[[ロック・ボトム]]。&lt;br /&gt;
: WCW時代は必殺技としており、多くの大物を倒しWCWの数々の王座を獲得したが、WWE移籍後はザ・ロックが同型の技、ロックボトムを使用していたため稀にしか見せなかった。&lt;br /&gt;
; ハーレム・サイドキック&lt;br /&gt;
: ジャンプして、足の外側を相手の顔面に叩き込む技。&lt;br /&gt;
;[[ドロップキック|ミサイルキック]]&lt;br /&gt;
: フォームの美しさ、飛距離、破壊力共にあり、若手時代は得意技としていた。この他、バックキックや[[スピンキック]]、[[スーパーキック]]、ジャンピング式のスーパーキック等、足の長さや跳躍力を活かした蹴り技を得意としている。&lt;br /&gt;
; シューストン・ハング・オーバー/ハーレム・ハング・オーバー&lt;br /&gt;
: トップロープから全方一回転しての[[ギロチン・ドロップ|ダイビング・レッグ・ドロップ]]。大一番でしか使用しない危険技。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== スティービー・レイ ===&lt;br /&gt;
* '''[[スパイン・バスター|110thストリート・スラム]]'''&lt;br /&gt;
* '''[[ペディグリー|スラップジャック]]'''&lt;br /&gt;
* [[ベアハッグ]]&lt;br /&gt;
* [[バックブリーカー]]&lt;br /&gt;
* [[ラリアット|フライング・クローズライン]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 合体攻撃 ===&lt;br /&gt;
* '''ヒート・シーカー''' - スティービーのエレクトリック・チェアー（肩車リフトアップ）+ ブッカーの[[ドロップキック|ミサイルキック]]&lt;br /&gt;
* '''ビッグ・アップル・ブラスト''' - スティービーの[[ベアハッグ]] + ブッカーのハーレム・サイドキック&lt;br /&gt;
* '''ヒート・ボム''' - スティービーの[[パワーボム]] + ブッカーの[[エルボー・ドロップ|ダイビング・エルボー・ドロップ]]&lt;br /&gt;
* '''タワーリング・インフェルノ''' - スティービーの[[バック・ブリーカー]] + ブッカーの[[ギロチン・ドロップ|ダイビング・レッグ・ドロップ]]&lt;br /&gt;
* '''ハーレム・ハングオーバー''' - スティービーのサイドウォーク・スラム + ブッカーのダイビング・サマーソルト・レッグ・ドロップ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
* 決め台詞の「5 time WCW champion」が定着していることが災いしてか、WWEに移籍してWCW王座陥落以降は、後継王座である、[[WWE・世界ヘビー級王座]]には一度も載冠できなかったが、2006年の[[グレート・アメリカン・バッシュ]]にて王座載冠を果たした。ただの載冠ではなく、WCWのPPVだったグレート・アメリカン・バッシュ、対戦相手は元WCW選手の[[レイ・ミステリオ]]、介入した[[チャボ・ゲレロ]]、王座もWCW王座の後継王座等、WCW関連のものが多かった。&lt;br /&gt;
* [[ロッキー・ジョンソン]]と[[トニー・アトラス]]のソウル・パトロール、[[ココ・B・ウェア]]と[[ノーベル・オースチン]]のプリティ・ヤング・シングス、[[イライジャ・アキーム]]と[[カリーム・モハメッド]]のザンブイ・エクスプレス、[[ブッチ・リード]]と[[ロン・シモンズ]]のドゥームなど、彼ら以前にも黒人タッグチームが存在したが、10年間にも及ぶ活動期間や[[WCW世界タッグチーム王座]]を通算10回獲得した載冠歴において、比類なき実績を残した。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>ハーレム・ヒート</title>
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				<updated>2014-03-16T06:21:57Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ハーレム・ヒート'''とは1990年代のアメリカ・マットで活躍した兄弟プロレスユニットである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
スティービー・レイとブッカー・Tの兄弟レスラーがタッグを組む。当初は'''ハフマン・ブラザーズ'''、'''エボニー・エクスペリンス'''を名乗って、活動していた。90年代に[[WCW]]に登場し、同団体のタッグ王座を獲得する活躍をする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
90年代中頃から弟のブッカーがシングルプレイヤーとしてプッシュ。兄のスティービーは怪我で欠場。復帰後は袂を分かち、[[ニュー・ワールド・オーダー]]に加入。抗争をした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
90年代後半弟ブッカーの説得により再結成。10度目のタッグ王座を獲得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし2000年代に再び分裂。[[アーメッド・ジョンソン|ビッグ・T]]とタッグを組み、'''ハーレム・ヒート2000'''を結成し、「ハーレム・ヒート」の名称使用権を巡って骨肉の争いを起こす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
抗争終了後、スティービーは現役引退しコメンテーターに転身。ブッカーとも復縁したが、ハーレム・ヒートは２度とリユニオンされることはなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年、兄弟の地元[[ヒューストン]]で[[プロレスリング・アカデミー]]併設のインディー団体[[PWA]]を共同で主催している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== メンバー ==&lt;br /&gt;
'''ブッカー・T'''&lt;br /&gt;
* 1965年3月1日生まれ。[[テキサス州]][[ヒューストン]]出身。本名ブッカー・ハフマン。身長191ｃｍ、体重113ｋｇ。兄を上回る身体能力を有している。[[WCW]]、[[WWE]]、[[TNA]]の各団体において黒人選手のトップスターとして活躍。[[マイクパフォーマンス]]においても数々の決めゼリフが存在する。&lt;br /&gt;
* 17歳の時に強盗を犯し19ヶ月の服役期間を経て、[[イワン・プトスキー]]の[[プロレスリング・スクール]]に入門、[[スコット・ケーシー]]のトレーニングを経て、1989年レスラーデビュー。&lt;br /&gt;
* 1997年にシングルプレイヤーとしてプッシュされる。1998年に[[クリス・ベノワ]]と[[WCW・世界TV王座]]を巡って抗争をする。&lt;br /&gt;
* ハーレム・ヒートの再結成、再解散を経て、2000年7月9日の「[[バッシュ・アット・ビーチ]]」で[[ジェフ・ジャレット]]を破って、[[WCW世界ヘビー級王座]]を獲得する。以降はWCWの主役級ポジションを得て、WCWの多くの大物たちから大金星を挙げ、世界王座を5度獲得する。&lt;br /&gt;
* [[WCW]]崩壊後、[[WWE]]と契約を交わす。WCW王者として初登場を果たす。以降[[ダイヤモンド・ダラス・ペイジ]]とともに試合の乱入を繰り返し、WCWと[[ECW]]の連合軍[[アライランス]]を結成し、エース格としてWWEのエース[[ザ・ロック]]と抗争を繰り広げる。&lt;br /&gt;
* 連合軍崩壊後もヒールとして登場。[[ストーン・コールド・スティーブン・オースティン]]と抗争をする。WCW時代と一変してWWE所属時はコミカルなキャラクターとなった。&lt;br /&gt;
* WWEの番組が2リーグ制になったときRAWに所属。フェイスターンを果たし、[[レッスルマニア19]]では[[トリプルH]]の世界王座に挑戦している。&lt;br /&gt;
* 2004年にドラフトでスマックダウンに移籍。ヒールターンをしたが後にフェイスターンを果たし、WWE王座戦線にも参戦を果たす。&lt;br /&gt;
* WWEのスマックダウンに所属していた時はヒールとベビーフェイスのターンを頻繁に起こしている。&lt;br /&gt;
* [[2006年]]に[[ボビー・ラシュリー]]を破り、キング・オブ・ザリングの優勝を果たす。以降、リングネームを'''キング・ブッカー'''と名乗る。「[[グレート・アメリカン・バッシュ]]2006」では、[[チャボ・ゲレロ]]の介入により、[[レイ・ミステリオ]]から世界ヘビー級王座を奪取する。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]6月11日のドラフトで約３年ぶりにRAWに戻る。キングの名称をめぐり、RAWの実況解説者[[ジェリー・ローラー|ジェリー・”ザ・キング”・ローラー]]と抗争するも、[[サマースラム]]で行われたトリプルH戦を最後に9月WWEを解雇される。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]11月、[[TNA]]に電撃参戦。リングネームも'''ブッカー・T'''に戻した。&lt;br /&gt;
* [[スコット・スタイナー]]とのタッグで[[TNA世界タッグチーム王座]]を獲得した。&lt;br /&gt;
* 2007年12月20日、[[IGF]]に参戦予定であったが、IGFの書類不備により出場がキャンセルされた。&lt;br /&gt;
* [[2009年]]10月26日、TNAを離脱。[[2010年]]9月にはメキシコの[[Perros del Mal]]に登場した。&lt;br /&gt;
* [[2011年]]1月30日、[[ロイヤルランブル]]にて21番目にサプライズ登場。リング場を制圧したヒール・ユニット[[ネクサス]]相手に一人で立ち向かう形になるも、'''ブック・エンド'''、'''スピン・ルーニー'''を見せ健在ぶりをアピールした。しかし直後に、[[メイソン・ライアン]]に落とされ、短時間での退場となった。その後WWEと長期契約を交わし、２月４日のスマックダウンにおいて、[[カラーコメンテーター]]として登場した。&lt;br /&gt;
* [[2011年]]４月より復活した[[タフ・イナフ]]で教官を担当した。&lt;br /&gt;
* WWE復帰後は主にカラーコメンテーターとして活動し選手としてはセミリタイヤとなったが、ストーリーに応じて試合を行なっている。&lt;br /&gt;
* [[2012年]]のロイヤルランブルでは17番目に登場した。同年８月には[[ビンス・マクマホン]]からスマックダウンのGMに任命される。&lt;br /&gt;
* [[2013年]]、[[WWE殿堂]]入りを果たした。実兄のスティービー・レイがインダクターを務めた。&lt;br /&gt;
'''スティービー・レイ'''&lt;br /&gt;
* [[1960年]]8月22日生まれ。出身地は弟のブッカーと同じ。身長195ｃｍ、体重132ｋｇ。パワー・ファイトを得意とする。本名レーン・スティーブン・ハフマン。&lt;br /&gt;
* [[1989年]]に弟ともにデビュー。&lt;br /&gt;
* [[1997年]]足首を負傷し長期欠場を余儀なくされる。復帰後はnWoに加入。ヒールターンを果たす。&lt;br /&gt;
* [[1999年]]ブッカーの説得で再び結成。&lt;br /&gt;
* [[2000年]]再び袂を分かち、ビッグ・Tとタッグを組み'''ハーレム・ヒート2000'''を結成。ブッカーと再び抗争をする。&lt;br /&gt;
* 抗争終了後、ハーレム・ヒート2000解散。自身も現役を離れる。&lt;br /&gt;
* 2001年[[オーストラリア]]の[[ワールド・レスリング・オールスターズ]]参戦を経て2002年に引退。&lt;br /&gt;
* 2013年WWE殿堂入りを果たしたブッカーのインダクターを務めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 得意技 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ブッカー・T ===&lt;br /&gt;
; シザース・キック&lt;br /&gt;
: 若手時代は'''ゲット・ブラスター'''、以降は'''アックス・キック'''と呼ばれた。前屈状態の相手に、走り込んでジャンピング式のかかと落としを決める。&lt;br /&gt;
: WCW時代は繋ぎ技であったが、WWEではシザース・キックの名称と共に必殺技としていた。&lt;br /&gt;
; ブック・エンド&lt;br /&gt;
: 膝からマットに着地する形の[[ロック・ボトム]]。&lt;br /&gt;
: WCW時代は必殺技としており、多くの大物を倒しWCWの数々の王座を獲得したが、WWE移籍後はザ・ロックが同型の技、ロックボトムを使用していたため稀にしか見せなかった。&lt;br /&gt;
; ハーレム・サイドキック&lt;br /&gt;
: ジャンプして、足の外側を相手の顔面に叩き込む技。&lt;br /&gt;
;[[ドロップキック|ミサイルキック]]&lt;br /&gt;
: フォームの美しさ、飛距離、破壊力共にあり、若手時代は得意技としていた。この他、バックキックや[[スピンキック]]、[[スーパーキック]]、ジャンピング式のスーパーキック等、足の長さや跳躍力を活かした蹴り技を得意としている。&lt;br /&gt;
; シューストン・ハング・オーバー/ハーレム・ハング・オーバー&lt;br /&gt;
: トップロープから全方一回転しての[[ギロチン・ドロップ|ダイビング・レッグ・ドロップ]]。大一番でしか使用しない危険技。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== スティービー・レイ ===&lt;br /&gt;
* '''[[スパイン・バスター|110thストリート・スラム]]'''&lt;br /&gt;
* '''[[ペディグリー|スラップジャック]]'''&lt;br /&gt;
* [[ベアハッグ]]&lt;br /&gt;
* [[バックブリーカー]]&lt;br /&gt;
* [[ラリアット|フライング・クローズライン]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 合体攻撃 ===&lt;br /&gt;
* '''ヒート・シーカー''' - スティービーのエレクトリック・チェアー（肩車リフトアップ）+ ブッカーの[[ドロップキック|ミサイルキック]]&lt;br /&gt;
* '''ビッグ・アップル・ブラスト''' - スティービーの[[ベアハッグ]] + ブッカーのハーレム・サイドキック&lt;br /&gt;
* '''ヒート・ボム''' - スティービーの[[パワーボム]] + ブッカーの[[エルボー・ドロップ|ダイビング・エルボー・ドロップ]]&lt;br /&gt;
* '''タワーリング・インフェルノ''' - スティービーの[[バック・ブリーカー]] + ブッカーの[[ギロチン・ドロップ|ダイビング・レッグ・ドロップ]]&lt;br /&gt;
* '''ハーレム・ハングオーバー''' - スティービーのサイドウォーク・スラム + ブッカーのダイビング・サマーソルト・レッグ・ドロップ&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>ハーレム・ヒート</title>
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				<updated>2014-03-15T18:51:20Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ハーレム・ヒート'''とは1990年代のアメリカ・マットで活躍した兄弟プロレスユニットである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
スティービー・レイとブッカー・Tの兄弟レスラーがタッグを組む。当初は'''ハフマン・ブラザーズ'''、'''エボニー・エクスペリンス'''を名乗って、活動していた。90年代に[[WCW]]に登場し、同団体のタッグ王座を獲得する活躍をする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
90年代中頃から弟のブッカーがシングルプレイヤーとしてプッシュ。兄のスティービーは怪我で欠場。復帰後は袂を分かち、[[ニュー・ワールド・オーダー]]に加入。抗争をした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
90年代後半弟ブッカーの説得により再結成。10度目のタッグ王座を獲得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし2000年代に再び分裂。[[アーメッド・ジョンソン|ビッグ・T]]とタッグを組み、'''ハーレム・ヒート2000'''を結成し、「ハーレム・ヒート」の名称使用権を巡って骨肉の争いを起こす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
抗争終了後、スティービーは現役引退しコメンテーターに転身。ブッカーとも復縁したが、ハーレム・ヒートは２度とリユニオンされることはなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年、兄弟の地元[[ヒューストン]]で[[プロレスリング・アカデミー]]併設のインディー団体[[PWA]]を共同で主催している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== メンバー ==&lt;br /&gt;
'''ブッカー・T'''&lt;br /&gt;
* 1965年3月1日生まれ。[[テキサス州]][[ヒューストン]]出身。本名ブッカー・ハフマン。身長191ｃｍ、体重113ｋｇ。兄を上回る身体能力を有している。[[WCW]]、[[WWE]]、[[TNA]]の各団体において黒人選手のトップスターとして活躍。[[マイクパフォーマンス]]においても数々の決めゼリフが存在する。&lt;br /&gt;
* 17歳の時に強盗を犯し19ヶ月の服役期間を経て、[[イワン・プトスキー]]の[[プロレスリング・スクール]]に入門、[[スコット・ケーシー]]のトレーニングを経て、1989年レスラーデビュー。&lt;br /&gt;
* 1997年にシングルプレイヤーとしてプッシュされる。1998年に[[クリス・ベノワ]]と[[WCW・世界TV王座]]を巡って抗争をする。&lt;br /&gt;
* ハーレム・ヒートの再結成、再解散を経て、2000年7月9日の「[[バッシュ・アット・ビーチ]]」で[[ジェフ・ジャレット]]を破って、[[WCW世界ヘビー級王座]]を獲得する。以降はWCWの主役級ポジションを得て、WCWの多くの大物たちから大金星を挙げ、世界王座を5度獲得する。&lt;br /&gt;
* [[WCW]]崩壊後、[[WWE]]と契約を交わす。WCW王者として初登場を果たす。以降[[ダイヤモンド・ダラス・ペイジ]]とともに試合の乱入を繰り返し、WCWと[[ECW]]の連合軍[[アライランス]]を結成し、エース格としてWWEのエース[[ザ・ロック]]と抗争を繰り広げる。&lt;br /&gt;
* 連合軍崩壊後もヒールとして登場。[[ストーン・コールド・スティーブン・オースティン]]と抗争をする。WCW時代と一変してWWE所属時はコミカルなキャラクターとなった。&lt;br /&gt;
* WWEの番組が2リーグ制になったときRAWに所属。フェイスターンを果たし、[[レッスルマニア19]]では[[トリプルH]]の世界王座に挑戦している。&lt;br /&gt;
* 2004年にドラフトでスマックダウンに移籍。ヒールターンをしたが後にフェイスターンを果たし、WWE王座戦線にも参戦を果たす。&lt;br /&gt;
* WWEのスマックダウンに所属していた時はヒールとベビーフェイスのターンを頻繁に起こしている。&lt;br /&gt;
* [[2006年]]に[[ボビー・ラシュリー]]を破り、キング・オブ・ザリングの優勝を果たす。以降、リングネームを'''キング・ブッカー'''と名乗る。「[[グレート・アメリカン・バッシュ]]2006」では、[[チャボ・ゲレロ]]の介入により、[[レイ・ミステリオ]]から世界ヘビー級王座を奪取する。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]6月11日のドラフトで約３年ぶりにRAWに戻る。キングの名称をめぐり、RAWの実況解説者[[ジェリー・ローラー|ジェリー・”ザ・キング”・ローラー]]と抗争するも、[[サマースラム]]で行われたトリプルH戦を最後に9月WWEを解雇される。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]11月、[[TNA]]に電撃参戦。リングネームも'''ブッカー・T'''に戻した。&lt;br /&gt;
* [[スコット・スタイナー]]とのタッグで[[TNA世界タッグチーム王座]]を獲得した。&lt;br /&gt;
* 2007年12月20日、[[IGF]]に参戦予定であったが、IGFの書類不備により出場がキャンセルされた。&lt;br /&gt;
* [[2009年]]10月26日、TNAを離脱。[[2010年]]9月にはメキシコの[[Perros del Mal]]に登場した。&lt;br /&gt;
* [[2011年]]1月30日、[[ロイヤルランブル]]にて21番目にサプライズ登場。リング場を制圧したヒール・ユニット[[ネクサス]]相手に一人で立ち向かう形になるも、'''ブック・エンド'''、'''スピン・ルーニー'''を見せ健在ぶりをアピールした。しかし直後に、[[メイソン・ライアン]]に落とされ、短時間での退場となった。その後WWEと長期契約を交わし、２月４日のスマックダウンにおいて、[[カラーコメンテーター]]として登場した。&lt;br /&gt;
* [[2011年]]４月より復活した[[タフ・イナフ]]で教官を担当した。&lt;br /&gt;
* WWE復帰後は主にカラーコメンテーターとして活動し選手としてはセミリタイヤとなったが、ストーリーに応じて試合を行なっている。&lt;br /&gt;
* [[2012年]]のロイヤルランブルでは17番目に登場した。同年８月には[[ビンス・マクマホン]]からスマックダウンのGMに任命される。&lt;br /&gt;
* [[2013年]]、[[WWE殿堂]]入りを果たした。実兄のスティービー・レイがインダクターを務めた。&lt;br /&gt;
'''スティービー・レイ'''&lt;br /&gt;
* [[1960年]]8月22日生まれ。出身地は弟のブッカーと同じ。身長195ｃｍ、体重132ｋｇ。パワー・ファイトを得意とする。本名レーン・スティーブン・ハフマン。&lt;br /&gt;
* [[1989年]]に弟ともにデビュー。&lt;br /&gt;
* [[1997年]]足首を負傷し長期欠場を余儀なくされる。復帰後はnWoに加入。ヒールターンを果たす。&lt;br /&gt;
* [[1999年]]ブッカーの説得で再び結成。&lt;br /&gt;
* [[2000年]]再び袂を分かち、ビッグ・Tとタッグを組み'''ハーレム・ヒート2000'''を結成。ブッカーと再び抗争をする。&lt;br /&gt;
* 抗争終了後、ハーレム・ヒート2000解散。自身も現役を離れる。&lt;br /&gt;
* 2001年[[オーストラリア]]の[[ワールド・レスリング・オールスターズ]]参戦を経て2002年に引退。&lt;br /&gt;
* 2013年WWE殿堂入りを果たしたブッカーのインダクターを務めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 得意技 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ブッカー・T ===&lt;br /&gt;
; シザース・キック&lt;br /&gt;
: 若手時代は'''ゲット・ブラスター'''、以降は'''アックス・キック'''と呼ばれた。前屈状態の相手に、走り込んでジャンピング式のかかと落としを決める。&lt;br /&gt;
: WCW時代は繋ぎ技であったが、WWEではシザース・キックの名称と共に必殺技としていた。&lt;br /&gt;
; ブック・エンド&lt;br /&gt;
: 膝からマットに着地する形の[[ロック・ボトム]]。&lt;br /&gt;
: WCW時代は必殺技としており、多くの大物を倒しWCWの数々の王座を獲得したが、WWE移籍後はザ・ロックが同型の技、ロックボトムを使用していたため稀にしか見せなかった。&lt;br /&gt;
; ハーレム・サイドキック&lt;br /&gt;
: ジャンプして、足の外側を相手の顔面に叩き込む技。&lt;br /&gt;
;[[ドロップキック|ミサイルキック]]&lt;br /&gt;
: フォームの美しさ、飛距離、破壊力共にあり、若手時代は得意技としていた。この他、バックキックや[[スピンキック]]、[[スーパーキック]]、ジャンピング式のスーパーキック等、足の長さや跳躍力を活かした蹴り技を得意としている。&lt;br /&gt;
; シューストン・ハング・オーバー/ハーレム・ハング・オーバー&lt;br /&gt;
: トップロープから全方一回転しての[[ギロチン・ドロップ|ダイビング・レッグ・ドロップ]]。大一番でしか使用しない危険技。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== スティービー・レイ ===&lt;br /&gt;
* '''[[スパイン・バスター|110thストリート・スラム]]'''&lt;br /&gt;
* '''[[ペディグリー|スラップジャック]]'''&lt;br /&gt;
* [[ベアハッグ]]&lt;br /&gt;
* [[バックブリーカー]]&lt;br /&gt;
* [[ラリアット|フライング・クローズライン]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 合体攻撃 ===&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>ハーレム・ヒート</title>
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				<updated>2014-03-15T18:43:44Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ハーレム・ヒート'''とは1990年代のアメリカ・マットで活躍した兄弟プロレスユニットである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
スティービー・レイとブッカー・Tの兄弟レスラーがタッグを組む。当初は'''ハフマン・ブラザーズ'''、'''エボニー・エクスペリンス'''を名乗って、活動していた。90年代に[[WCW]]に登場し、同団体のタッグ王座を獲得する活躍をする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
90年代中頃から弟のブッカーがシングルプレイヤーとしてプッシュ。兄のスティービーは怪我で欠場。復帰後は袂を分かち、[[ニュー・ワールド・オーダー]]に加入。抗争をした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
90年代後半弟ブッカーの説得により再結成。10度目のタッグ王座を獲得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし2000年代に再び分裂。[[アーメッド・ジョンソン|ビッグ・T]]とタッグを組み、'''ハーレム・ヒート2000'''を結成し、「ハーレム・ヒート」の名称使用権を巡って骨肉の争いを起こす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
抗争終了後、スティービーは現役引退しコメンテーターに転身。ブッカーとも復縁したが、ハーレム・ヒートは２度とリユニオンされることはなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年、兄弟の地元[[ヒューストン]]で[[プロレスリング・アカデミー]]併設のインディー団体[[PWA]]を共同で主催している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== メンバー ==&lt;br /&gt;
'''ブッカー・T'''&lt;br /&gt;
* 1965年3月1日生まれ。[[テキサス州]][[ヒューストン]]出身。本名ブッカー・ハフマン。身長191ｃｍ、体重113ｋｇ。兄を上回る身体能力を有している。[[WCW]]、[[WWE]]、[[TNA]]の各団体において黒人選手のトップスターとして活躍。[[マイクパフォーマンス]]においても数々の決めゼリフが存在する。&lt;br /&gt;
* 17歳の時に強盗を犯し19ヶ月の服役期間を経て、[[イワン・プトスキー]]の[[プロレスリング・スクール]]に入門、[[スコット・ケーシー]]のトレーニングを経て、1989年レスラーデビュー。&lt;br /&gt;
* 1997年にシングルプレイヤーとしてプッシュされる。1998年に[[クリス・ベノワ]]と[[WCW・世界TV王座]]を巡って抗争をする。&lt;br /&gt;
* ハーレム・ヒートの再結成、再解散を経て、2000年7月9日の「[[バッシュ・アット・ビーチ]]」で[[ジェフ・ジャレット]]を破って、[[WCW世界ヘビー級王座]]を獲得する。以降はWCWの主役級ポジションを得て、WCWの多くの大物たちから大金星を挙げ、世界王座を5度獲得する。&lt;br /&gt;
* [[WCW]]崩壊後、[[WWE]]と契約を交わす。WCW王者として初登場を果たす。以降[[ダイヤモンド・ダラス・ペイジ]]とともに試合の乱入を繰り返し、WCWと[[ECW]]の連合軍[[アライランス]]を結成し、エース格としてWWEのエース[[ザ・ロック]]と抗争を繰り広げる。&lt;br /&gt;
* 連合軍崩壊後もヒールとして登場。[[ストーン・コールド・スティーブン・オースティン]]と抗争をする。WCW時代と一変してWWE所属時はコミカルなキャラクターとなった。&lt;br /&gt;
* WWEの番組が2リーグ制になったときRAWに所属。フェイスターンを果たし、[[レッスルマニア19]]では[[トリプルH]]の世界王座に挑戦している。&lt;br /&gt;
* 2004年にドラフトでスマックダウンに移籍。ヒールターンをしたが後にフェイスターンを果たし、WWE王座戦線にも参戦を果たす。&lt;br /&gt;
* WWEのスマックダウンに所属していた時はヒールとベビーフェイスのターンを頻繁に起こしている。&lt;br /&gt;
* [[2006年]]に[[ボビー・ラシュリー]]を破り、キング・オブ・ザリングの優勝を果たす。以降、リングネームを'''キング・ブッカー'''と名乗る。「[[グレート・アメリカン・バッシュ]]2006」では、[[チャボ・ゲレロ]]の介入により、[[レイ・ミステリオ]]から世界ヘビー級王座を奪取する。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]6月11日のドラフトで約３年ぶりにRAWに戻る。キングの名称をめぐり、RAWの実況解説者[[ジェリー・ローラー|ジェリー・”ザ・キング”・ローラー]]と抗争するも、[[サマースラム]]で行われたトリプルH戦を最後に9月WWEを解雇される。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]11月、[[TNA]]に電撃参戦。リングネームも'''ブッカー・T'''に戻した。&lt;br /&gt;
* [[スコット・スタイナー]]とのタッグで[[TNA世界タッグチーム王座]]を獲得した。&lt;br /&gt;
* 2007年12月20日、[[IGF]]に参戦予定であったが、IGFの書類不備により出場がキャンセルされた。&lt;br /&gt;
* [[2009年]]10月26日、TNAを離脱。[[2010年]]9月にはメキシコの[[Perros del Mal]]に登場した。&lt;br /&gt;
* [[2011年]]1月30日、[[ロイヤルランブル]]にて21番目にサプライズ登場。リング場を制圧したヒール・ユニット[[ネクサス]]相手に一人で立ち向かう形になるも、'''ブック・エンド'''、'''スピン・ルーニー'''を見せ健在ぶりをアピールした。しかし直後に、[[メイソン・ライアン]]に落とされ、短時間での退場となった。その後WWEと長期契約を交わし、２月４日のスマックダウンにおいて、[[カラーコメンテーター]]として登場した。&lt;br /&gt;
* [[2011年]]４月より復活した[[タフ・イナフ]]で教官を担当した。&lt;br /&gt;
* WWE復帰後は主にカラーコメンテーターとして活動し選手としてはセミリタイヤとなったが、ストーリーに応じて試合を行なっている。&lt;br /&gt;
* [[2012年]]のロイヤルランブルでは17番目に登場した。同年８月には[[ビンス・マクマホン]]からスマックダウンのGMに任命される。&lt;br /&gt;
* [[2013年]]、[[WWE殿堂]]入りを果たした。実兄のスティービー・レイがインダクターを務めた。&lt;br /&gt;
'''スティービー・レイ'''&lt;br /&gt;
* [[1960年]]8月22日生まれ。出身地は弟のブッカーと同じ。身長195ｃｍ、体重132ｋｇ。パワー・ファイトを得意とする。本名レーン・スティーブン・ハフマン。&lt;br /&gt;
* [[1989年]]に弟ともにデビュー。&lt;br /&gt;
* [[1997年]]足首を負傷し長期欠場を余儀なくされる。復帰後はnWoに加入。ヒールターンを果たす。&lt;br /&gt;
* [[1999年]]ブッカーの説得で再び結成。&lt;br /&gt;
* [[2000年]]再び袂を分かち、ビッグ・Tとタッグを組み'''ハーレム・ヒート2000'''を結成。ブッカーと再び抗争をする。&lt;br /&gt;
* 抗争終了後、ハーレム・ヒート2000解散。自身も現役を離れる。&lt;br /&gt;
* 2001年[[オーストラリア]]の[[ワールド・レスリング・オールスターズ]]参戦を経て2002年に引退。&lt;br /&gt;
* 2013年WWE殿堂入りを果たしたブッカーのインダクターを務めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 得意技 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ブッカー・T ===&lt;br /&gt;
; シザース・キック&lt;br /&gt;
: 若手時代は'''ゲット・ブラスター'''、以降は'''アックス・キック'''と呼ばれた。前屈状態の相手に、走り込んでジャンピング式のかかと落としを決める。&lt;br /&gt;
: WCW時代は繋ぎ技であったが、WWEではシザース・キックの名称と共に必殺技としていた。&lt;br /&gt;
; ブック・エンド&lt;br /&gt;
: 膝からマットに着地する形の[[ロック・ボトム]]。&lt;br /&gt;
: WCW時代は必殺技としており、多くの大物を倒しWCWの数々の王座を獲得したが、WWE移籍後はザ・ロックが同型の技、ロックボトムを使用していたため稀にしか見せなかった。&lt;br /&gt;
; ハーレム・サイドキック&lt;br /&gt;
: ジャンプして、足の外側を相手の顔面に叩き込む技。&lt;br /&gt;
;[[ドロップキック|ミサイルキック]]&lt;br /&gt;
: フォームの美しさ、飛距離、破壊力共にあり、若手時代は得意技としていた。この他、バックキックや[[スピンキック]]、[[スーパーキック]]、ジャンピング式のスーパーキック等、足の長さや跳躍力を活かした蹴り技を得意としている。&lt;br /&gt;
; シューストン・ハング・オーバー/ハーレム・ハング・オーバー&lt;br /&gt;
: トップロープから全方一回転しての[[ギロチン・ドロップ|ダイビング・レッグ・ドロップ]]。大一番でしか使用しない危険技。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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				<updated>2014-03-15T18:29:32Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ハーレム・ヒート'''とは1990年代のアメリカ・マットで活躍した兄弟プロレスユニットである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
スティービー・レイとブッカー・Tの兄弟レスラーがタッグを組む。当初は'''ハフマン・ブラザーズ'''、'''エボニー・エクスペリンス'''を名乗って、活動していた。90年代に[[WCW]]に登場し、同団体のタッグ王座を獲得する活躍をする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
90年代中頃から弟のブッカーがシングルプレイヤーとしてプッシュ。兄のスティービーは怪我で欠場。復帰後は袂を分かち、[[ニュー・ワールド・オーダー]]に加入。抗争をした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
90年代後半弟ブッカーの説得により再結成。10度目のタッグ王座を獲得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし2000年代に再び分裂。[[アーメッド・ジョンソン|ビッグ・T]]とタッグを組み、'''ハーレム・ヒート2000'''を結成し、「ハーレム・ヒート」の名称使用権を巡って骨肉の争いを起こす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
抗争終了後、スティービーは現役引退しコメンテーターに転身。ブッカーとも復縁したが、ハーレム・ヒートは２度とリユニオンされることはなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年、兄弟の地元[[ヒューストン]]で[[プロレスリング・アカデミー]]併設のインディー団体[[PWA]]を共同で主催している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== メンバー ==&lt;br /&gt;
'''ブッカー・T'''&lt;br /&gt;
* 1965年3月1日生まれ。[[テキサス州]][[ヒューストン]]出身。本名ブッカー・ハフマン。身長191ｃｍ、体重113ｋｇ。兄を上回る身体能力を有している。[[WCW]]、[[WWE]]、[[TNA]]の各団体において黒人選手のトップスターとして活躍。[[マイクパフォーマンス]]においても数々の決めゼリフが存在する。&lt;br /&gt;
* 17歳の時に強盗を犯し19ヶ月の服役期間を経て、[[イワン・プトスキー]]の[[プロレスリング・スクール]]に入門、[[スコット・ケーシー]]のトレーニングを経て、1989年レスラーデビュー。&lt;br /&gt;
* 1997年にシングルプレイヤーとしてプッシュされる。1998年に[[クリス・ベノワ]]と[[WCW・世界TV王座]]を巡って抗争をする。&lt;br /&gt;
* ハーレム・ヒートの再結成、再解散を経て、2000年7月9日の「[[バッシュ・アット・ビーチ]]」で[[ジェフ・ジャレット]]を破って、[[WCW世界ヘビー級王座]]を獲得する。以降はWCWの主役級ポジションを得て、WCWの多くの大物たちから大金星を挙げ、世界王座を5度獲得する。&lt;br /&gt;
* [[WCW]]崩壊後、[[WWE]]と契約を交わす。WCW王者として初登場を果たす。以降[[ダイヤモンド・ダラス・ペイジ]]とともに試合の乱入を繰り返し、WCWと[[ECW]]の連合軍[[アライランス]]を結成し、エース格としてWWEのエース[[ザ・ロック]]と抗争を繰り広げる。&lt;br /&gt;
* 連合軍崩壊後もヒールとして登場。[[ストーン・コールド・スティーブン・オースティン]]と抗争をする。WCW時代と一変してWWE所属時はコミカルなキャラクターとなった。&lt;br /&gt;
* WWEの番組が2リーグ制になったときRAWに所属。フェイスターンを果たし、[[レッスルマニア19]]では[[トリプルH]]の世界王座に挑戦している。&lt;br /&gt;
* 2004年にドラフトでスマックダウンに移籍。ヒールターンをしたが後にフェイスターンを果たし、WWE王座戦線にも参戦を果たす。&lt;br /&gt;
* WWEのスマックダウンに所属していた時はヒールとベビーフェイスのターンを頻繁に起こしている。&lt;br /&gt;
* [[2006年]]に[[ボビー・ラシュリー]]を破り、キング・オブ・ザリングの優勝を果たす。以降、リングネームを'''キング・ブッカー'''と名乗る。「[[グレート・アメリカン・バッシュ]]2006」では、[[チャボ・ゲレロ]]の介入により、[[レイ・ミステリオ]]から世界ヘビー級王座を奪取する。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]6月11日のドラフトで約３年ぶりにRAWに戻る。キングの名称をめぐり、RAWの実況解説者[[ジェリー・ローラー|ジェリー・”ザ・キング”・ローラー]]と抗争するも、[[サマースラム]]で行われたトリプルH戦を最後に9月WWEを解雇される。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]11月、[[TNA]]に電撃参戦。リングネームも'''ブッカー・T'''に戻した。&lt;br /&gt;
* [[スコット・スタイナー]]とのタッグで[[TNA世界タッグチーム王座]]を獲得した。&lt;br /&gt;
* 2007年12月20日、[[IGF]]に参戦予定であったが、IGFの書類不備により出場がキャンセルされた。&lt;br /&gt;
* [[2009年]]10月26日、TNAを離脱。[[2010年]]9月にはメキシコの[[Perros del Mal]]に登場した。&lt;br /&gt;
* [[2011年]]1月30日、[[ロイヤルランブル]]にて21番目にサプライズ登場。リング場を制圧したヒール・ユニット[[ネクサス]]相手に一人で立ち向かう形になるも、'''ブック・エンド'''、'''スピン・ルーニー'''を見せ健在ぶりをアピールした。しかし直後に、[[メイソン・ライアン]]に落とされ、短時間での退場となった。その後WWEと長期契約を交わし、２月４日のスマックダウンにおいて、[[カラーコメンテーター]]として登場した。&lt;br /&gt;
* [[2011年]]４月より復活した[[タフ・イナフ]]で教官を担当した。&lt;br /&gt;
* WWE復帰後は主にカラーコメンテーターとして活動し選手としてはセミリタイヤとなったが、ストーリーに応じて試合を行なっている。&lt;br /&gt;
* [[2012年]]のロイヤルランブルでは17番目に登場した。同年８月には[[ビンス・マクマホン]]からスマックダウンのGMに任命される。&lt;br /&gt;
* [[2013年]]、[[WWE殿堂]]入りを果たした。実兄のスティービー・レイがインダクターを務めた。&lt;br /&gt;
'''スティービー・レイ'''&lt;br /&gt;
* [[1960年]]8月22日生まれ。出身地は弟のブッカーと同じ。身長195ｃｍ、体重132ｋｇ。パワー・ファイトを得意とする。本名レーン・スティーブン・ハフマン。&lt;br /&gt;
* [[1989年]]に弟ともにデビュー。&lt;br /&gt;
* [[1997年]]足首を負傷し長期欠場を余儀なくされる。復帰後はnWoに加入。ヒールターンを果たす。&lt;br /&gt;
* [[1999年]]ブッカーの説得で再び結成。&lt;br /&gt;
* [[2000年]]再び袂を分かち、ビッグ・Tとタッグを組み'''ハーレム・ヒート2000'''を結成。ブッカーと再び抗争をする。&lt;br /&gt;
* 抗争終了後、ハーレム・ヒート2000解散。自身も現役を離れる。&lt;br /&gt;
* 2001年[[オーストラリア]]の[[ワールド・レスリング・オールスターズ]]参戦を経て2002年に引退。&lt;br /&gt;
* 2013年WWE殿堂入りを果たしたブッカーのインダクターを務めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 得意技 ==&lt;br /&gt;
; シザース・キック&lt;br /&gt;
: ブッカー・Tの得意技。若手時代は'''ゲット・ブラスター'''、以降は'''アックス・キック'''と呼ばれた。前屈状態の相手に、走り込んでジャンピング式のかかと落としを決める。&lt;br /&gt;
: WCW時代は繋ぎ技であったが、WWEではシザース・キックの名称と共に必殺技としていた。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>ハーレム・ヒート</title>
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				<updated>2014-03-15T18:17:32Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: ページの作成：「'''ハーレム・ヒート'''とは1990年代のアメリカ・マットで活躍した兄弟プロレスユニットである。  == 来歴 == スティービー・レ...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ハーレム・ヒート'''とは1990年代のアメリカ・マットで活躍した兄弟プロレスユニットである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
スティービー・レイとブッカー・Tの兄弟レスラーがタッグを組む。当初は'''ハフマン・ブラザーズ'''、'''エボニー・エクスペリンス'''を名乗って、活動していた。90年代に[[WCW]]に登場し、同団体のタッグ王座を獲得する活躍をする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
90年代中頃から弟のブッカーがシングルプレイヤーとしてプッシュ。兄のスティービーは怪我で欠場。復帰後は袂を分かち、[[ニュー・ワールド・オーダー]]に加入。抗争をした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
90年代後半弟ブッカーの説得により再結成。10度目のタッグ王座を獲得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし2000年代に再び分裂。[[アーメッド・ジョンソン|ビッグ・T]]とタッグを組み、'''ハーレム・ヒート2000'''を結成し、「ハーレム・ヒート」の名称使用権を巡って骨肉の争いを起こす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
抗争終了後、スティービーは現役引退しコメンテーターに転身。ブッカーとも復縁したが、ハーレム・ヒートは２度とリユニオンされることはなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年、兄弟の地元[[ヒューストン]]で[[プロレスリング・アカデミー]]併設のインディー団体[[PWA]]を共同で主催している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== メンバー ==&lt;br /&gt;
'''ブッカー・T'''&lt;br /&gt;
* 1965年3月1日生まれ。[[テキサス州]][[ヒューストン]]出身。本名ブッカー・ハフマン。身長191ｃｍ、体重113ｋｇ。兄を上回る身体能力を有している。[[WCW]]、[[WWE]]、[[TNA]]の各団体において黒人選手のトップスターとして活躍。[[マイクパフォーマンス]]においても数々の決めゼリフが存在する。&lt;br /&gt;
* 17歳の時に強盗を犯し19ヶ月の服役期間を経て、[[イワン・プトスキー]]の[[プロレスリング・スクール]]に入門、[[スコット・ケーシー]]のトレーニングを経て、1989年レスラーデビュー。&lt;br /&gt;
* 1997年にシングルプレイヤーとしてプッシュされる。1998年に[[クリス・ベノワ]]と[[WCW・世界TV王座]]を巡って抗争をする。&lt;br /&gt;
* ハーレム・ヒートの再結成、再解散を経て、2000年7月9日の「[[バッシュ・アット・ビーチ]]」で[[ジェフ・ジャレット]]を破って、[[WCW世界ヘビー級王座]]を獲得する。以降はWCWの主役級ポジションを得て、WCWの多くの大物たちから大金星を挙げ、世界王座を5度獲得する。&lt;br /&gt;
* [[WCW]]崩壊後、[[WWE]]と契約を交わす。WCW王者として初登場を果たす。以降[[ダイヤモンド・ダラス・ペイジ]]とともに試合の乱入を繰り返し、WCWと[[ECW]]の連合軍[[アライランス]]を結成し、エース格としてWWEのエース[[ザ・ロック]]と抗争を繰り広げる。&lt;br /&gt;
* 連合軍崩壊後もヒールとして登場。[[ストーン・コールド・スティーブン・オースティン]]と抗争をする。WCW時代と一変してWWE所属時はコミカルなキャラクターとなった。&lt;br /&gt;
* WWEの番組が2リーグ制になったときRAWに所属。フェイスターンを果たし、[[レッスルマニア19]]では[[トリプルH]]の世界王座に挑戦している。&lt;br /&gt;
* 2004年にドラフトでスマックダウンに移籍。ヒールターンをしたが後にフェイスターンを果たし、WWE王座戦線にも参戦を果たす。&lt;br /&gt;
* WWEのスマックダウンに所属していた時はヒールとベビーフェイスのターンを頻繁に起こしている。&lt;br /&gt;
* [[2006年]]に[[ボビー・ラシュリー]]を破り、キング・オブ・ザリングの優勝を果たす。以降、リングネームを'''キング・ブッカー'''と名乗る。「[[グレート・アメリカン・バッシュ]]2006」では、[[チャボ・ゲレロ]]の介入により、[[レイ・ミステリオ]]から世界ヘビー級王座を奪取する。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]6月11日のドラフトで約３年ぶりにRAWに戻る。キングの名称をめぐり、RAWの実況解説者[[ジェリー・ローラー|ジェリー・”ザ・キング”・ローラー]]と抗争するも、[[サマースラム]]で行われたトリプルH戦を最後に9月WWEを解雇される。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]11月、[[TNA]]に電撃参戦。リングネームも'''ブッカー・T'''に戻した。&lt;br /&gt;
* [[スコット・スタイナー]]とのタッグで[[TNA世界タッグチーム王座]]を獲得した。&lt;br /&gt;
* 2007年12月20日、[[IGF]]に参戦予定であったが、IGFの書類不備により出場がキャンセルされた。&lt;br /&gt;
* [[2009年]]10月26日、TNAを離脱。[[2010年]]9月にはメキシコの[[Perros del Mal]]に登場した。&lt;br /&gt;
* [[2011年]]1月30日、[[ロイヤルランブル]]にて21番目にサプライズ登場。リング場を制圧したヒール・ユニット[[ネクサス]]相手に一人で立ち向かう形になるも、'''ブック・エンド'''、'''スピン・ルーニー'''を見せ健在ぶりをアピールした。しかし直後に、[[メイソン・ライアン]]に落とされ、短時間での退場となった。その後WWEと長期契約を交わし、２月４日のスマックダウンにおいて、[[カラーコメンテーター]]として登場した。&lt;br /&gt;
* [[2011年]]４月より復活した[[タフ・イナフ]]で教官を担当した。&lt;br /&gt;
* WWE復帰後は主にカラーコメンテーターとして活動し選手としてはセミリタイヤとなったが、ストーリーに応じて試合を行なっている。&lt;br /&gt;
* [[2012年]]のロイヤルランブルでは17番目に登場した。同年８月には[[ビンス・マクマホン]]からスマックダウンのGMに任命される。&lt;br /&gt;
* [[2013年]]、[[WWE殿堂]]入りを果たした。実兄のスティービー・レイがインダクターを務めた。&lt;br /&gt;
'''スティービー・レイ'''&lt;br /&gt;
* [[1960年]]8月22日生まれ。出身地は弟のブッカーと同じ。身長195ｃｍ、体重132ｋｇ。パワー・ファイトを得意とする。本名レーン・スティーブン・ハフマン。&lt;br /&gt;
* [[1989年]]に弟ともにデビュー。&lt;br /&gt;
* [[1997年]]足首を負傷し長期欠場を余儀なくされる。復帰後はnWoに加入。ヒールターンを果たす。&lt;br /&gt;
* [[1999年]]ブッカーの説得で再び結成。&lt;br /&gt;
* [[2000年]]再び袂を分かち、ビッグ・Tとタッグを組み'''ハーレム・ヒート2000'''を結成。ブッカーと再び抗争をする。&lt;br /&gt;
* 抗争終了後、ハーレム・ヒート2000解散。自身も現役を離れる。&lt;br /&gt;
* 2001年[[オーストラリア]]の[[ワールド・レスリング・オールスターズ]]参戦を経て2002年に引退。&lt;br /&gt;
* 2013年WWE殿堂入りを果たしたブッカーのインダクターを務めた。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>ミック・フォーリー</title>
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				<updated>2013-11-01T12:33:35Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: ページの作成：「'''ミック・フォーリー'''（1965年6月7日ー）はニューヨーク州出身のプロレスラー、カラーコメンテーター、作家...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ミック・フォーリー'''（[[1965年]][[6月7日]]ー）は[[ニューヨーク州]]出身の[[プロレスラー]]、[[カラーコメンテーター]]、作家。'''ハードコア・レジェンド'''として知られる[[ハードコア・レスリング]]の名手である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
大学生の時に[[マディソン・スクエア・ガーデン]]で金網最上段からの[[ボディ・プレス|スーパーフライ・スプラッシュ]]に魅了されプロレスラーになることを志す。[[1986年]]6月師匠[[ドミニク・デヌーチ]]の下で、徹底的に受身等のレスラー技術を叩き込まれ、ハードバンプを身につけた。プロレスラーになって以後、[[WCW]]、[[ECW]]、[[WWE]]に渡り、多くのレスラーと死闘を演じ、'''ハードコア・レジェンド'''の異名を欲しいままにする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
レスラー活動をした間、'''マンカインド'''、'''デュード・ラブ'''、'''カクタス・ジャック'''のリングネームと[[多重人格]]ギミックを演じている。それぞれのキャラクターに違いがあるものの、共通項としていづれも凶暴で異常であることが挙げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2000年以降は、レスラー活動をセミリタイアしているが、今もWWEに於いて圧倒的な存在感を出している。[[2013年]]に[[WWE殿堂入り]]を果たす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またレスラー活動以外に、作家として自身の自伝「Have a Nice Day!」を執筆。全米で大ヒットとなった。ちなみに自身の決めゼリフでもある。その他、絵本や小説の執筆活動に精を出している。2007年に自叙伝「Hardcore Diary」を発表した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== プロフィール ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== デビューからWWEでの活動 ===&lt;br /&gt;
1986年にレスラーデビュー。CWAやWCCWに参戦。[[1991年]]3月に[[全日本プロレス]]に参戦する。[[チャンピオン・カーニバル]]に参戦するも無得点に終わった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1991年に[[WCW]]に参戦。[[ロン・シモンズ]]や[[スティング]]と抗争した。[[1994年]][[ドイツ]]で行われた[[ビッグ・バン・ベイダー]]と戦った際、ロープが頭に絡まり無理に抜け出そうとした結果、右耳がちぎれるアクシデントに見舞われる。それ以降、ハードコア・ファイターとして場外への自爆ダイブを行うなど過激な試合展開を多く織り込むようになりハードコア戦を自身のファイトスタイルとした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後WCWと提携関係にあった[[ECW]]にも参戦した。そこでも過激な試合を行った。[[1995年]]に[[IWAジャパン]]に登場。同団体開催のキング・オブ・ザ・デスマッチ・トーナメントに参戦し、決勝で[[テリー・ファンク]]を破り、優勝した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1996年]]に[[WWE|WWF]]に登場、'''マンカインド'''に変身して活動した。もっとも正体がミック・フォーリーであることが観客にわかっているため、後に多重人格という設定で'''カクタス・ジャック'''、'''デュード・ラブ'''のリング・ネームを状況によって使い分けるが主にマンカインドとしての活動がメインである。[[1998年]]の[[ロイヤル・ランブル]]ではこの設定を利用してランブル戦に出場したことがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ECWやIWAで見せたようなハードコアスタイルはWWFでも変わらなかった。特に有名なのは[[1998年]]の[[キング・オブ・ザ・リング]]で行われた[[ジ・アンダーテイカー]]との[[ヘル・イン・ア・セル]]戦で約6ｍの高さの金網から実況席のテーブルに向かって落下したハードバンプである。一度担架で運ばれるも試合続行し、同じ試合で今度は金網天井貫通のチョークスラムを喰らいリングに落下している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうしたハードコア路線がカルト的人気を獲得し、1998年の末から1999年の初頭まで[[ザ・ロック]]と[[WWE王座]]を巡っての抗争が展開された。ザ・ロックとは異色のタッグチーム「'''ロックン・ソッコ・コネクション'''」でも活躍した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
長年のハードバンプにより身体が限界に達したため引退を決意。1999年冬頃から試合数を減らし、[[2000年]]の[[レッスルマニア]]のメイン戦を以て現役を引退。[[2001年]]にWWFのに就任し現場に復帰。同年WWFコミッショナーを退いたあとはプロレス界を離れ、作家活動に専念した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2003年]]に[[トリプルH]]と[[ケビン・ナッシュ]]の抗争の最終決戦のスペシャル・レフェリーとして再登場。また、[[ビンス・マクマホン]]からハードコアベルトを贈呈された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]に本格的に復帰。レッスルマニアではザ・ロックとタッグを一夜限りの復活させる。[[バックラッシュ]]では[[ランディ・オートン]]とハードコアマッチを行った。また、[[ハッスル (プロレス)|ハッスル]]にも参戦し、[[三冠ヘビー級王座]]に挑戦した。それ以後、[[ROH]]など各地のインディー団体に登場してサイン会の開催や特別レフェリーを努めた。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>チュートリアル (お笑いコンビ)</title>
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				<updated>2013-03-01T19:06:30Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''チュートリアル'''（TUTORIAL)は、日本のお笑いコンビ。[[よしもとクリエイティブ・エージェンシー]]所属。2006年[[M-1グランプリ]]王者。[[1998年]]結成。初舞台は同年５月[[心斎橋筋2丁目劇場]]の「2丁目ワチャチャブレイク」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
二人の出会いは幼稚園。幼稚園から予備校まで一緒だった。福田が徳井を誘う形で結成。ABCお笑い新人グランプリ優秀新人賞を皮切りにお笑いのタイトルを手に入れ、2006年M-1グランプリ優勝。2007年に東京へ拠点を移す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
漫才やコントのネタ作りは徳井が担当。コンビ結成当時からの基本テーマは「わけわからんけど、わけわかる」。当初は正統派漫才を行っていたが、[[2005年]]頃から徳井のテンションが豹変し、様々な妄想をエスカレートさせていく様から「'''妄想漫才'''」と呼ばれる。徳井の妄想で強引に脱線していくボケを福田が振り回されつつも常識的な立場でツッコむ。近年では正統派漫才も行なっている。コントでは、徳井扮する変人に常識人の福田が振り回されるため漫才以上にシュールになっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
コンビ名の由来は、2人が高校・予備校時代に通っていた[[河合塾]]での「チュートリアル」（週一回行われる、連絡や模試の結果の返却などの事務的な時間）から。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== メンバー ==&lt;br /&gt;
*'''徳井義実'''（とくいよしみ、[[1975年]][[4月16日]]-）&lt;br /&gt;
**：[[ボケ]]、[[ネタ]]作り担当。[[京都府]][[京都市]]出身。大阪[[吉本総合学院|NSC]]13期生。身長178cm。体重70kg。血液型A型。&lt;br /&gt;
**：菊の花幼稚園、京都市立修学院小学校、[[京都市立修学院中学校]]、[[京都府立北陵高等学校]]卒業。一浪を経て[[花園大学]]文学部仏教学科中退。&lt;br /&gt;
**：高校在学中、漫才コンビ[[ティーアップ]]の漫才をコピーして友人と漫才を披露。それが受けたためその友人と「赤とんぼ」というコンビを結成した。&lt;br /&gt;
**：[[1994年]]、大学受験に失敗して[[河合塾]]に浪人生として通う傍ら、バラエティ番組「[[天才・たけしの元気の出るテレビ!!]]」の「お笑い甲子園」で優勝した経験を持つ高校の同級生から誘われNSCに入学。「チューイング」を結成したが、卒業後に誘った相方が結婚を考え引退を決意し解散。徳井自身も大学に進学し一旦お笑いから離れた。その後[[大阪学院大学]]に進学していた福田に誘われ在学中の1998年3月に結成。その時徳井は4回生だったがその時点で2単位しか取得できず中退した。&lt;br /&gt;
**：2006年、2007年、2008年、2010年に個人ネタライブを開催したり、2011年に友人らと音楽バンド「徳井バンド」を結成。[[東京]][[鶯谷]]にて音楽ライブを行う。また、[[ランディーズ]][[中川貴志]]と[[吉本新喜劇]]所属の[[すっちー]]と組むユニット「[[エロ三羽烏]]」としてトークライブを行ったり、2012年に親しい芸人の[[友近]]とも音楽ライブを行うなどピン活動も行なっている。&lt;br /&gt;
**：2011年、[[コヤマドライビングスクール]]に通い、大型自動二輪免許を取得。&lt;br /&gt;
**：俳優としても活動しており、これまで3本の映画で主演を務めている。&lt;br /&gt;
**：徳井がピンとして活動する際の持ちネタとして、「ヨギータ」がある。フルネームは「ヨギータ・ラガシャナマン・ジャワディカー」。奇妙な外国人落語家で、片言の日本語で[[下ネタ]]を織り交ぜながらトークを繰り広げる。[[スリランカ]]出身という設定だったが、のちに架空のマサラ王国へ変更。このキャラクターで「[[笑いの金メダル]]」などに出演したり、[[R-1ぐらんぷり]]にも出場している。&lt;br /&gt;
**：2000年度から始まった[[吉本男前ランキング]]で2002年度に4位に初登場し、2003年から2005年まで1位にランクイン。殿堂入りを果たした。大学時代はそのルックスを活かして[[モデル]]の仕事を経験している。&lt;br /&gt;
**：[[広島東洋カープ]]のファン。また[[家電]]にも詳しい。&lt;br /&gt;
**：２人兄妹で、4歳下の妹がいる。&lt;br /&gt;
*'''福田充徳'''（ふくだみつのり、[[1975年]][[8月11日]]-）&lt;br /&gt;
**：[[ツッコミ]]担当。[[京都市]][[左京区]]出身。身長174cm。体重56kg。血液型O型。&lt;br /&gt;
**：[[大阪学院大学]]経済学部卒業。大学以外の幼稚園と学校すべて得意と同じ。愛称は「福ちゃん」。&lt;br /&gt;
**：NSC卒業生でない吉本興業所属芸人の中で初のM-1グランプリ優勝者である。&lt;br /&gt;
**：自他共に認めるほど[[オートバイク]]好き。&lt;br /&gt;
**：2011年[[1月10日]]に[[急性膵炎]]にかかり入院。同月28日に退院したが、休養。2月に復帰した。&lt;br /&gt;
**：同年[[9月28日]]正午過ぎ、前輪のみ[[ブレーキ]]を装備した自転車で世田谷区等々力の[[目黒通り]]を走行していたところ、警戒中の[[警視庁]]に[[進路交通法]]違反（整備不良）で摘発されたが[[10月28日]]に起訴猶予が確定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
*5歳で出会ってから一度も大きな喧嘩をしたことがない。&lt;br /&gt;
*幼馴染ではあるが、小学校１、２年生と中学2年生の時だけ。同じクラスだったときは常に一緒に行動するくらい仲が良かったが、それ以外はよく遊んだもののいつも一緒にいるわけではなかった。&lt;br /&gt;
*しかし高三から浪人時代、大学1年の頃までは喫茶店で5～6時間喋ったあとまたしゃべりたくなって電話で３時間話したあとまた会いたくなり[[ドライブ]]するくらい仲が良かった。そのため周囲から[[同性愛者]]を疑われたことがある。&lt;br /&gt;
*福田が初体験したラブホテルは、徳井が生まれて初めて入ったラブホテルと同じ（しかし徳井は未遂）。&lt;br /&gt;
*コンビ名の候補として「チュートリアル」以外で「ギロチン」「行かないで、」などがあった。&lt;br /&gt;
*お互いがコンビを組んだ理由は、福田は徳井がNSCでよくウケていたことと、お笑いの価値観が一緒だった徳井が自分以外の友人とお笑いをやることに疑問に思ったため。得意の場合は、「何度かコンビを組んでわかったことはお笑いの価値観が一緒だということが大切だとわかり、福田と最も合っていた」から。&lt;br /&gt;
*徳井の芸歴はNSC卒業の1995年でオーディションでデビューした福田の芸歴は1998年と芸歴に差があるコンビである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な受賞歴 ==&lt;br /&gt;
*[[2000年]][[ABCお笑い新人グランプリ]]優秀新人賞&lt;br /&gt;
*[[2001年]][[M-1グランプリ]]決勝8位&lt;br /&gt;
*[[2002年]][[上方お笑い大賞]]新人賞&lt;br /&gt;
*[[2003年]][[NHK上方漫才コンテスト]]優秀賞&lt;br /&gt;
*2003年上方お笑い大賞新人賞&lt;br /&gt;
*[[2004年]][[上方漫才大賞]]新人賞&lt;br /&gt;
*[[2005年]]M-1グランプリ決勝5位&lt;br /&gt;
*[[2006年]]M-1グランプリ優勝&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

	<entry>
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		<title>チュートリアル (お笑いコンビ)</title>
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				<updated>2013-03-01T18:49:15Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: ページの作成：「'''チュートリアル'''（TUTORIAL)は、日本のお笑いコンビ。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。2006年[[M-1グランプ...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''チュートリアル'''（TUTORIAL)は、日本のお笑いコンビ。[[よしもとクリエイティブ・エージェンシー]]所属。2006年[[M-1グランプリ]]王者。[[1998年]]結成。初舞台は同年５月[[心斎橋筋2丁目劇場]]の「2丁目ワチャチャブレイク」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
二人の出会いは幼稚園。幼稚園から予備校まで一緒だった。福田が徳井を誘う形で結成。ABCお笑い新人グランプリ優秀新人賞を皮切りにお笑いのタイトルを手に入れ、2006年M-1グランプリ優勝。2007年に東京へ拠点を移す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
漫才やコントのネタ作りは徳井が担当。コンビ結成当時からの基本テーマは「わけわからんけど、わけわかる」。当初は正統派漫才を行っていたが、[[2005年]]頃から徳井のテンションが豹変し、様々な妄想をエスカレートさせていく様から「'''妄想漫才'''」と呼ばれる。徳井の妄想で強引に脱線していくボケを福田が振り回されつつも常識的な立場でツッコむ。近年では正統派漫才も行なっている。コントでは、徳井扮する変人に常識人の福田が振り回されるため漫才以上にシュールになっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
コンビ名の由来は、2人が高校・予備校時代に通っていた[[河合塾]]での「チュートリアル」（週一回行われる、連絡や模試の結果の返却などの事務的な時間）から。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== メンバー ==&lt;br /&gt;
*'''徳井義実'''（とくいよしみ、[[1975年]][[4月16日]]-）&lt;br /&gt;
**：[[ボケ]]、[[ネタ]]作り担当。[[京都府]][[京都市]]出身。大阪[[吉本総合学院|NSC]]13期生。身長178cm。体重70kg。血液型A型。&lt;br /&gt;
**：菊の花幼稚園、京都市立修学院小学校、[[京都市立修学院中学校]]、[[京都府立北陵高等学校]]卒業。一浪を経て[[花園大学]]文学部仏教学科中退。&lt;br /&gt;
**：高校在学中、漫才コンビ[[ティーアップ]]の漫才をコピーして友人と漫才を披露。それが受けたためその友人と「赤とんぼ」というコンビを結成した。&lt;br /&gt;
**：[[1994年]]、大学受験に失敗して[[河合塾]]に浪人生として通う傍ら、バラエティ番組「[[天才・たけしの元気の出るテレビ!!]]」の「お笑い甲子園」で優勝した経験を持つ高校の同級生から誘われNSCに入学。「チューイング」を結成したが、卒業後に誘った相方が結婚を考え引退を決意し解散。徳井自身も大学に進学し一旦お笑いから離れた。その後[[大阪学院大学]]に進学していた福田に誘われ在学中の1998年3月に結成。その時徳井は4回生だったがその時点で2単位しか取得できず中退した。&lt;br /&gt;
**：2006年、2007年、2008年、2010年に個人ネタライブを開催したり、2011年に友人らと音楽バンド「徳井バンド」を結成。[[東京]][[鶯谷]]にて音楽ライブを行う。また、[[ランディーズ]][[中川貴志]]と[[吉本新喜劇]]所属の[[すっちー]]と組むユニット「[[エロ三羽烏]]」としてトークライブを行ったり、2012年に親しい芸人の[[友近]]とも音楽ライブを行うなどピン活動も行なっている。&lt;br /&gt;
**：2011年、[[コヤマドライビングスクール]]に通い、大型自動二輪免許を取得。&lt;br /&gt;
**：俳優としても活動しており、これまで3本の映画で主演を務めている。&lt;br /&gt;
**：徳井がピンとして活動する際の持ちネタとして、「ヨギータ」がある。フルネームは「ヨギータ・ラガシャナマン・ジャワディカー」。奇妙な外国人落語家で、片言の日本語で[[下ネタ]]を織り交ぜながらトークを繰り広げる。[[スリランカ]]出身という設定だったが、のちに架空のマサラ王国へ変更。このキャラクターで「[[笑いの金メダル]]」などに出演したり、[[R-1ぐらんぷり]]にも出場している。&lt;br /&gt;
**：2000年度から始まった[[吉本男前ランキング]]で2002年度に4位に初登場し、2003年から2005年まで1位にランクイン。殿堂入りを果たした。大学時代はそのルックスを活かして[[モデル]]の仕事を経験している。&lt;br /&gt;
**：[[広島東洋カープ]]のファン。また[[家電]]にも詳しい。&lt;br /&gt;
**：２人兄妹で、4歳下の妹がいる。&lt;br /&gt;
*'''福田充徳'''（ふくだみつのり、[[1975年]][[8月11日]]-）&lt;br /&gt;
**：[[ツッコミ]]担当。[[京都市]][[左京区]]出身。身長174cm。体重56kg。血液型O型。&lt;br /&gt;
**：[[大阪学院大学]]経済学部卒業。大学以外の幼稚園と学校すべて得意と同じ。愛称は「福ちゃん」。&lt;br /&gt;
**：NSC卒業生でない吉本興業所属芸人の中で初のM-1グランプリ優勝者である。&lt;br /&gt;
**：自他共に認めるほど[[オートバイク]]好き。&lt;br /&gt;
**：2011年[[1月10日]]に[[急性膵炎]]にかかり入院。同月28日に退院したが、休養。2月に復帰した。&lt;br /&gt;
**：同年[[9月28日]]正午過ぎ、前輪のみ[[ブレーキ]]を装備した自転車で世田谷区等々力の[[目黒通り]]を走行していたところ、警戒中の[[警視庁]]に[[進路交通法]]違反（整備不良）で摘発されたが[[10月28日]]に起訴猶予が確定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
*5歳で出会ってから一度も大きな喧嘩をしたことがない。&lt;br /&gt;
*幼馴染ではあるが、小学校１、２年生と中学2年生の時だけ。同じクラスだったときは常に一緒に行動するくらい仲が良かったが、それ以外はよく遊んだもののいつも一緒にいるわけではなかった。&lt;br /&gt;
*しかし高三から浪人時代、大学1年の頃までは喫茶店で5～6時間喋ったあとまたしゃべりたくなって電話で３時間話したあとまた会いたくなり[[ドライブ]]するくらい仲が良かった。そのため周囲から[[同性愛者]]を疑われたことがある。&lt;br /&gt;
*福田が初体験したラブホテルは、徳井が生まれて初めて入ったラブホテルと同じ（しかし徳井は未遂）。&lt;br /&gt;
*コンビ名の候補として「チュートリアル」以外で「ギロチン」「行かないで、」などがあった。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%BA&amp;diff=171215</id>
		<title>ロード・ウォリアーズ</title>
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				<updated>2012-10-13T18:53:37Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: ページの作成：「'''ザ・ロード・ウォリアーズ'''（'''The Road Warriors'''）は、アメリカ合衆国のプロレスのユニット。同様のタッグチーム...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ザ・ロード・ウォリアーズ'''（'''The Road Warriors'''）は、[[アメリカ合衆国]]の[[プロレス]]の[[ユニット]]。同様のタッグチームで'''リージョン・オブ・ドゥーム'''（'''Legion Of Doom'''または、'''LOD2000'''）のユニット名としても活躍した。何度かメンバーの追加や変遷がなされており、正式のメンバー以外では、[[ダレン・ドロズロフ|ドロズ]]、[[佐々木健介|パワー・ウォリアー]]、[[ジョン・ハイデンライク|ハイデンライク]]の3名がいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 略歴 ==&lt;br /&gt;
それぞれ「クラッシャー・フォン・ヘイグ」「ザ・ロード・ウォリアー」の[[リングネーム]]でデビューしていた'''マイケル・ヘグストランド'''と'''ジョセフ・ロウリネイティス'''が、[[1983年]][[NWA]]ジョージア地区（[[ジム・バーネット]]主宰の[[ジョージア・チャンピオンシップ・レスリング]]）のレスラー兼ブッカーだった[[オレイ・アンダーソン]]のブッキングでタッグを結成。[[マネージャー]]を務めたのは、レスラーを引退した[[ポール・エラリング]]。当初エラリングが率いたヒール軍団「'''リージョン・オブ・ドゥーム'''」の一員としてデビューした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マイケルとジョセフはリングネームをそれぞれ'''ロード・ウォリアー・ホーク'''、'''ロード・ウォリアー・アニマル'''とし、タッグのチーム名は[[1981年]]公開の映画「[[マッド・マックス2]]」の世界観から'''ザ・ロード・ウォリアーズ'''と名付けられ、外見のイメージも同映画に登場する荒くれ者をモチーフにしている。初来日時には、「[[シカゴ]]で[[用心棒]]をしていた」「貧困の時代には[[鼠]]を食べていた」等と宣伝されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
両者とも顔にペインティングを施し、頭髪をアニマルは「[[モヒカン刈り]]」、ホークは「逆モヒカン刈り」をしており、入場時は刺の付いた[[アメフト]]のプロテクターをコスチュームに、サードロープの下から滑りこむようにリングインし、コールを受けずにそのまま暴れまわる試合が多かった。しかし試合内容は凶器を使わない正統派であり、[[ヒール]]のポジションでありながらファンの支持を得る。今迄にないヒールとベビーフェイスを融合させた新しいスタイルの確立に成功する。試合は常に秒殺勝利であり、そのインパクトと存在感から圧倒的な人気を得た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
デビュー後、NWAナショナル・タッグ王座を獲得するなどの活躍をし、[[AWA]]や[[WCW]]のリングにも上がり、日本には、[[新日本プロレス]]、[[全日本プロレス]]、[[SWS]]に来日。[[WWE|WWF]]のリングに上がった際は、リージョン・オブ・ドゥームを名乗った（当時WWFの大スターだった[[アルティメット・ウォリアー]]がおり、名前が被るのを避けるため[[ビンス・マクマホン]]がチーム名の変更を要請したため）。[[NWA]]、[[AWA]]、[[WWE]]の三大メジャータッグタイトル全てを制覇した唯一のタッグチームとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アニマルの途中欠場や、解散・再結成を経て、いずれのリングにも上がったが、[[2003年]]にホークが死去したため、事実上の解散となった。その後アニマルは、2005年にハイデンライクをパートナーに「'''リージョン・オブ・ドゥーム2005'''」を結成。[[WWE・タッグチーム王座]]を獲得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2011年]]、ホークとアニマルのオリジナル・ロード・ウォリアーズで初代マネージャーのポール・エラリングと共に[[WWE殿堂入り]]に迎えられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== メンバー ==&lt;br /&gt;
*'''ロード・ウォリアー・アニマル'''（'''Road Warrior Animal'''、[[1960年]][[1月26日]]-）&lt;br /&gt;
**本名ジョセフ・ロウリネイティス。[[ペンシルバニア州]][[フィラデルフィア]]出身。ギミック上の出身地は[[イリノイ州]][[シカゴ]]。&lt;br /&gt;
**トレーナーの[[エディ・シャーキー]]に[[JCW]]のブッカーだった[[オレイ・アンダーソン]]を紹介され、アンダーソンの斡旋により、1982年に[[NWA]][[ジョージア]]地区にてデビュー。&lt;br /&gt;
**デビュー当初は[[バイカー・ギミック]]のヒールとして活動していた。&lt;br /&gt;
**[[2002年]]に[[全日本プロレス]]の2002[[世界最強タッグ決定リーグ戦]]に[[武藤敬司]]とのコンビで出場した。結果は10点と優勝はならなかったが、流石の成績だった。&lt;br /&gt;
**[[2005年]]に[[WWE]]と契約して[[スマックダウン]]に所属、ハイデンライクと新生リージョン・オブ・ドゥーム2005を結成。タッグ王座を獲得した。&lt;br /&gt;
**ハイデンライク解雇後はシングルプレイヤーとして活動。ヒールのポジションで[[マット・ハーディー]]と抗争するもWWEを離脱、フリーランサーとなった。&lt;br /&gt;
**[[2007年]]に久々の来日を果たす。[[9月1日]]に[[健介office]]自主興行に参加。かつてホークとタッグを組んでいたパワー・ウォリアーこと[[佐々木健介]]と「'''ヘル・ウォリアーズ'''」を結成し、[[ドゥームズデイ・デバイス（ダブル・インパクト）|ラリアット]]で勝利を収めた。&lt;br /&gt;
**[[2011年]][[WWE殿堂入り]]を果たした。&lt;br /&gt;
**かつて[[全日本プロレス]]で活躍していた、[[ジョニー・エース]]とタッグチーム「レッキング・クルー」の[[マーク・ロウリネイティス]]は実弟である。&lt;br /&gt;
**息子の[[ジェームズ・ロウリネイティス]]は、[[オハイオ州立大学]]で[[アメリカンフットボール]]選手として活躍。&lt;br /&gt;
*'''ロード・ウォリアー・ホーク'''（'''Road Warrior Hawk'''[[1957年]][[9月12日]]-[[2003年]][[10月19日]]）&lt;br /&gt;
**本名マイケル・ヘグストランド。[[ミネソタ州]][[ミネアポリス]]出身。ギミック上では[[イリノイ州]][[シカゴ]]。&lt;br /&gt;
**ヘンリー高校出身。プロレスラー[[スコット・ノートン]]とは同高校の同窓生。&lt;br /&gt;
**[[1983年]]、[[カナダ]]・[[バンクーバ]]の[[NWA]]オールスター・レスリングにて、[[ナチス]]・[[ギミック]]の'''クラッシャー・フォン・ヘイグ'''としてデビュー。&lt;br /&gt;
**アニマルの負傷欠場中だった[[1992年]]に[[新日本プロレス]]で、[[佐々木健介]]扮するパワー・ウォリアーをパートナーに「'''ヘルレイザーズ'''」を結成。[[IWGPタッグ王座]]を獲得し長期政権を築いた。&lt;br /&gt;
**同時期、[[オットー・ワンツ]]主宰の[[CWA]]にも単身で遠征。12月[[ランボー|リュック・ポワリエ]]からCWA世界ヘビー級王座を奪取している。&lt;br /&gt;
**[[2003年]]フロリダ州の自宅で心臓発作に見舞われ、死去。46歳没。&lt;br /&gt;
**[[2011年]][[WWE殿堂入り]]を果たす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本での活躍 ==&lt;br /&gt;
[[1985年]]に初来日。[[全日本プロレス]]主催「激闘!エキサイティング・ウォーズ」で[[アニマル浜口]]&amp;amp;[[キラー・カーン]]を秒殺するという衝撃的デビューを果たした。以降、「暴走戦士」「超怪力暴走族」の異名で[[ジャンボ鶴田]]、[[天龍源一郎]]、[[谷津嘉章]]らを相手に激闘を展開。短時間で勝負を決めたり、追い込まれると勝敗を度外視した暴走をし、やりたい放題でリング上を後にする破天荒さで会場を大いにわかした。全日の来日は[[1989年]]まで続いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1996年]][[4月]][[新日本プロレス]]に参戦。アニマルの欠場中にホークが「'''ヘルレイザーズ'''」としてタッグを組んでいたパワー・ウォリアーと合体して「'''トリプル・ウォリアーズ'''」を名乗った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ジャイアント馬場]]の追悼大会となった[[1995年]]5月の全日本[[東京ドーム]]大会で全日復帰、アニマルの弟[[ジョニー・エース]]と組んで6人タッグマッチに出場し、小橋健太・[[秋山準]]・[[新崎人生|ハクシー]]組を破った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2001年]]12月、[[ZERO-ONE]]「真撃」に登場している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 影響下のタッグチーム ==&lt;br /&gt;
*'''[[デモリッションズ]]'''&lt;br /&gt;
アックス（[[ビル・イーディー]]）とスマッシュ（[[バリー・ダーソウ]]）のコンビ。ウォリアーズの契約に難航した1987年にWWFが独自にプロデュースした、WWFオリジナルのユニットである。後にアックスに変わりクラッシュ（[[ブライアン・アダムス]]）が加入。当初はヒールだったが、マネージャーの[[ミスター・フジ]]と仲間割れをしベビーとなり、パワーズ・オブ・ペインと抗争した。しかしウォリアーズがWWFに来ると再びヒールになり、ライバルとなる。元々実力者同士で結成された為ただのコピー版では無い実績を残している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''[[パワーズ・オブ・ペイン]]'''&lt;br /&gt;
[[ザ・バーバリアン]]（[[大相撲]]出身のコンガ・ザ・バーバリアン）と[[ザ・ウォーロード]]のコンビ。元々はNWAでウォリアーズのフェイク版として本家と抗争をしていた。上記のデモリッションズのライバルとしてWWFに引き抜かれたが、ウォリアーズが登場するとコンビを解散し、それぞれシングル路線となる。バーバリアンは[[ボビー・ヒーナン]]をマネージャーに毛皮のコスチュームをまとった野人ギミックに、ウォーロードは[[スリック]]をマネージャーに鎧を身に付けた[[剣闘士]]ギミックに変身したが徐々にフェードアウト。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''アメリカン・スターシップ'''&lt;br /&gt;
コヨーテ（[[スコット・ホール]]）とイーグル（[[ダニー・スパイビー]]）のコンビ。[[1985年]]に[[NWAミッドアトランティック地区]]で結成され、[[カンザス]]等にも遠征した。ビジュアル面としては顔面ペイントを施さず、髪型もロングの為従来のタッグチームと変わらなかった。しかしチームのコンセプトとしては影響下にあった。その後は大きな結果を残さず解散。コヨーテは[[AWA]]、イーグルはWWFに移籍。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*'''ブレード・ランナーズ'''&lt;br /&gt;
ロック（[[アルティメット・ウォリアー|ジム・ヘルウィッグ]]）とスティング（[[スティング (プロレスラー)|スティング・ボーデン]]）のコンビ。[[1986年]]に南部地区で結成されたが、キャリア不足のため短命に終わった。解散後、ヘルウィッグは[[WCCW]]に、ボーデンはNWAに移籍。それぞれシングルの世界王座を獲得することになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 入場テーマ ==&lt;br /&gt;
* Iron Man（アイアン・マン）-[[ブラック・サバス|Black Sabbath]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* What A Rush&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 得意技 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== フィニッシャー ===&lt;br /&gt;
*'''[[ラリアット|ドゥームズデイ・デバイス（ダブル・インパクト）]]'''&lt;br /&gt;
タッグ用の合体技で、パートナーが肩車で抱えあげた相手を、ホークが最上段からフライング・クローズラインで撃墜する。ウォリアーズの代名詞である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''ホーク'''&lt;br /&gt;
**'''ダイビング・クローズライン'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
**'''ハングマン・ネックブリーカー'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''アニマル'''&lt;br /&gt;
**'''パワースラム'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== シグネチュアー ===&lt;br /&gt;
*[[エルボードロップ]]&lt;br /&gt;
*[[フライングショルダー・タックル]]&lt;br /&gt;
*[[フィスト・ドロップ]]&lt;br /&gt;
*[[ドロップキック]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 獲得タイトル ==&lt;br /&gt;
'''アニマル&amp;amp;ホーク'''&lt;br /&gt;
** NWAナショナル・タッグ王座：3回&lt;br /&gt;
** AWA世界タッグ王座：1回&lt;br /&gt;
** [[インターナショナル・タッグ王座]]：1回&lt;br /&gt;
** [[NWA世界タッグ王座]]：1回&lt;br /&gt;
** NWA世界6人タッグ王座：3回（w/[[ダスティ・ローデス]]x2、[[天龍源一郎]]x1）&lt;br /&gt;
** [[WWE・世界タッグチーム王座|WWF・世界タッグ王座]]：2回&lt;br /&gt;
** i-ジェネレーション・タッグ王座：2回&lt;br /&gt;
** IPWハードコア・タッグ王座：1回&lt;br /&gt;
** PCW世界タッグ王座：1回&lt;br /&gt;
'''ヘルレイザーズ'''&lt;br /&gt;
**[[IWGPタッグ王座]]：2回&lt;br /&gt;
'''LOD2005（アニマル&amp;amp;ハイデンライク）'''&lt;br /&gt;
**[[WWEタッグチーム王座|WWEタッグ王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
** [[ポール・エラリング]]&lt;br /&gt;
**[[世界のプロレス]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ろおと　うおりああす}}&lt;br /&gt;
[[Category:NWA]]&lt;br /&gt;
[[Category:WWE]]&lt;br /&gt;
[[Category:AWA]]&lt;br /&gt;
[[Category:WCW]]&lt;br /&gt;
[[Category:新日本プロレス]]&lt;br /&gt;
[[Category:全日本プロレス]]&lt;br /&gt;
[[Category:ペイントレスラー]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E5%A0%A4%E4%B8%8B%E6%95%A6&amp;diff=171068</id>
		<title>堤下敦</title>
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				<updated>2012-10-13T04:51:29Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: ページの作成：「'''堤下 敦'''（つつみした あつし、1977年9月9日 - ）は、日本のお笑い芸人。[[インパルス (お笑い)|...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''堤下 敦'''（つつみした あつし、[[1977年]][[9月9日]] - ）は、[[日本]]の[[お笑いタレント|お笑い芸人]]。[[インパルス (お笑い)|インパルス]]のツッコミ担当。相方は[[板倉俊之]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[神奈川県]][[横浜市]][[神奈川区]]出身。[[吉本興業]]所属。東京[[吉本総合芸能学院|NSC]]4期生。[[身長]]174cm、[[体重]]80kg（プロフィール上80kgとなっているが、本人曰く100kg以上あると言っている）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
中学・高校時代はいずれも野球部に所属しており、[[武相高校]]ではキャプテンを務めていたが高校時代は補欠だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同期の板倉俊之と1998年インパルスを結成。結成前は、別のNSC同期生とコンビ「プラス2トン」を組んでおり、当時はボケ担当だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年9月、板倉撮影の元、ゲイをターゲットにした写真集『男写』を出版した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年9月27日、制限速度50キロの一般道を80キロで走行し、スピード違反で検挙される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2010年3月6日、[[ロバート (お笑い)|ロバート]]の[[秋山竜次]]と玉突き事故に巻き込まれていたことが分かり、秋山が軽傷を負っていたことが分かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2010年12月29日放送『はねるのトびら』年末SPの放送内で公開プロポーズを成功させ、2011年3月3日に入籍していた事が、同年5月11日放送の『はねるのトびら』SPでわかった。11月に番組内で妻の妊娠を発表し、2012年1月24日に長女が誕生した&amp;lt;ref&amp;gt;[http://beauty.oricon.co.jp/news/2006913/full/ インパルス・堤下に第1子女児誕生]（オリコンスタイル 2012年2月13日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
* 趣味は[[ダーツ]]、カフェ巡り、ゴルフ・[[スキューバダイビング]]など。特にダーツは3本の矢全てをブル(中心の2重の的)や、20点のトリプルリング(20×3=60点と1番点数が高い的。因みにダブルブル、もしくはブルズアイと呼ばれる中心部分は50点)に当てる等プロ級の腕前を持っている。&lt;br /&gt;
* [[MISIA]]や[[エレファントカシマシ]]のファンである。&lt;br /&gt;
* 先輩芸人である[[井本貴史|ライセンス井本]]のファンでもあり、『ヨシモト無限大』にてどれ程好きかを熱く語っていた。本人曰く、理想的な顔とスタイルらしい。&lt;br /&gt;
*自身のブログで、1番仲のいい芸人は[[キングコング (お笑いコンビ)|キングコング]]の[[西野亮廣]]であると述べている。また後輩であるにも関わらず、キングコングからはタメ口で「つっつん」と呼ばれているらしい。&lt;br /&gt;
*肉好きな一方、大の野菜嫌い。しかも、野菜と全く関係ないメロンソーダで「緑のものを取っている」と堂々と言い訳するほど&amp;lt;ref&amp;gt;「[[みんなの家庭の医学]]」2010年10月19日放送分にて&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 芸風 ===&lt;br /&gt;
* パワフルで的確なツッコミから「ツッコミ番長」の異名をとる&lt;br /&gt;
* 本職はツッコミだが、最近ではかなりのデブ[[キャラ (コミュニケーション)|キャラ]]、いじられキャラが定着していてリアクション芸人に近い。またコントにおいてもツッコミをしつつボケ的な役割をすることもある。&lt;br /&gt;
* 周りのいじりに逆ギレ気味のリアクションを返すのが定番。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
* 極度の汗かきでたまにネタにされている。これを板倉を中心とした他の芸人が'''[[豚汁]]'''と呼んでいる。&lt;br /&gt;
* [[出川哲朗]]は同じ高校の先輩にあたり、番組で共演した際に出川から「あいさつが遅えんだよ」と言われたことがある。&lt;br /&gt;
* 2006年10月17日放送『踊る!さんま御殿!!』内で[[ファッションモデル]]の[[土岐田麗子]]に告白され、交際がスタート。2007年1月16日付けの「サンスポ」で、「正月バリ島旅行」をしていたと報じられ、2007年4月21日に年内に土岐田と結婚するとの記事が出たが、土岐田はブログで「具体的内容はまだ何も決まっていない」と否定した&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://ameblo.jp/reiko-tokita/day-20070423.html|title=みなさん、ぉ騒がせしております|date=2007年4月23日 |accessdate=2008年10月24日 |author=土岐田麗子オフィシャルブログ『トッキーのSTRAWBERRY TIME』}}&amp;lt;/ref&amp;gt;挙句、2008年1月21日付けの自身のブログで破局を報告した。土岐田曰く「擦れ違いが原因で別れることになりましたが、これからは友達としての付き合いです。」とのこと&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://ameblo.jp/reiko-tokita/day-20080121.html|title=こんばんは。|date=2008年1月21日 |accessdate=2008年10月24日 |author=土岐田麗子オフィシャルブログ『トッキーのSTRAWBERRY TIME』}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。しかし、堤下本人は2008年1月30日に放送した「[[はねるのトびら]]」で復縁したいと言っていた。ところが、2008年3月19日に放送された「[[はねるのトびら|はねるのトびらSP!!]]」の「卒業式」にて、相方の板倉扮する「板倉校長」より、土岐田から卒業させられてしまうことになり、今後メールなど土岐田への連絡を一切しないことを約束させられた。その後も堤下本人は「勇気が湧く」と土岐田の写真を財布に入れている。&lt;br /&gt;
* NSC5期生の教育係だった。&lt;br /&gt;
* [[クロノス (テレビ番組)|クロノス]]の密告中では、策士な一面を見せ「密告仕事人」というテロップが入った。&lt;br /&gt;
* [[ぐるぐるナインティナイン]]では、好きな女性のタイプに[[モデル (職業)|モデル]]系と紹介され、また気になる女性に[[榮倉奈々]]を挙げている。&lt;br /&gt;
*板倉から「普段の堤下は後輩の面倒見がよいが、合コンで女子を前にするとナルシストになる」と暴露されたことがある。&lt;br /&gt;
*[[黒沢かずこ]]曰く、多くの芸人が森三中の結成に反対したのに対し、堤下だけが賛成してくれたことで森三中結成の後押しになった人物である。&lt;br /&gt;
*[[井上マー]]と後輩達と飲みに行った際、会計時に金欠だった先輩の井上が逃げてしまった。堤下がその場を支払い、後日井上に「ひどいじゃないですか、何で逃げたんですか！お詫びに、[[ラーメン]]1杯奢ってくださいよ！」とラーメン1杯でこの件をチャラにしようとした。井上は喜んで自身のオススメのラーメン屋に行ってラーメンを2杯注文、'''ここでも自身の1杯分しか払えなかった'''。その姿に堤下は「先輩ですけど、'''何なんだ、お前は！'''」とキレた。&lt;br /&gt;
*同期で高校の2年後輩の[[あっぱれコイズミ]]と仲が良い。ちなみに彼の携帯のメモリーが全部歴史上の人物に変えられている時に、｢'''久しぶりに飲みに行かねぇか？'''｣というメールを送った｢'''[[千利休]]'''｣の正体は堤下であった(もちろん本人は事情は知らなかった。)、ちなみにその犯人は[[トータルテンボス]]の[[大村朋宏]]であり[[人志松本のすべらない話]]において大村自身が披露している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 過去に出演した番組・作品 ==&lt;br /&gt;
=== テレビ ===&lt;br /&gt;
* [[ナースマン|ナースマンがゆく]]（2004年、[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]）&lt;br /&gt;
* [[Run for money 逃走中]]（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]）&lt;br /&gt;
* [[悪夢のエレベーター]]（[[2007年]][[3月27日]]、フジテレビ）主演&lt;br /&gt;
* 日本ゴルファーズ検定3（2008年9月20日、[[テレビ東京]]）&lt;br /&gt;
* [[マルモのおきて]]（2011年6月5日、フジテレビ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 映画 ===&lt;br /&gt;
* [[ブレイブ・ストーリー#映画『ブレイブ ストーリー』|ブレイブ ストーリー]]（2006年・声の出演）&lt;br /&gt;
* Love Rider 〜until I find the key to her heart〜（2007年、吉本興業）主演・監督・脚本&lt;br /&gt;
*[[アフロ田中]]（2012年）–大沢みきお役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== CM ===&lt;br /&gt;
* [[GREE]] (2007年)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 書籍 ===&lt;br /&gt;
* 「音あて絵本 つつみしたあつしの つつみのしたはなんだブー？」[[こえほん]] (2012年、株式会社アイフリーク)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== CD ==&lt;br /&gt;
* [[塚地武雅]]・堤下敦・[[梶原雄太]]/言いたいことも言えずに（2005年8月31日）&lt;br /&gt;
** 「[[はねるのトびら]]」のコントキャラクター「ブサンボマスター」の楽曲。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
''インパルスとしてのコンビ出演は、[[インパルス (お笑い)#出演メディア|インパルス]]を参照。''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注・出典 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://tsutsumishita.laff.jp/blog/ インパルス堤下敦のブログ『俺とバーボン』]&lt;br /&gt;
*{{Twitter|Tsutsumishita}}&lt;br /&gt;
*{{Facebook|atsushi.tsutsumishita}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:つつみした あつし}}&lt;br /&gt;
[[Category:お笑い芸人]]&lt;br /&gt;
[[Category:はねるのトびら]]&lt;br /&gt;
[[Category:吉本興業]]&lt;br /&gt;
[[Category:1977年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:神奈川県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:横浜市出身の人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>板倉俊之</title>
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				<updated>2012-10-13T04:46:28Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: ページの作成：「'''板倉 俊之'''（いたくら としゆき、1978年1月30日 - ）は、日本のお笑い芸人、俳優であり、[[インパルス (お笑い...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''板倉 俊之'''（いたくら としゆき、[[1978年]][[1月30日]] - ）は、[[日本]]の[[お笑い芸人]]、[[俳優]]であり、[[インパルス (お笑い)|インパルス]]のボケ担当である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[兵庫県]][[宝塚市]]生まれ、[[埼玉県]][[志木市]]出身。[[吉本興業]]所属。東京[[吉本総合芸能学院|NSC]]4期生。私立[[獨協埼玉高等学校]]卒業。[[身長]]168cm、[[体重]]48kg。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 略歴 ==&lt;br /&gt;
* 1998年、[[堤下敦]]とコンビを結成。コンビ結成以前は[[ロバート (お笑い)|ロバート]]の[[秋山竜次]]、[[馬場裕之]]と「[[ゼナイル]]」を組んでいた（当時はツッコミ&amp;lt;ref&amp;gt;『[[24時間TV]]』の企画で当時のライブのVTRを観たとき、ツッコミの酷さに恥ずかしがっていた。&amp;lt;/ref&amp;gt;）。&lt;br /&gt;
* [[2009年]][[5月]]、交際していた女優の[[大谷允保]]と破局していたことが明らかとなる&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news|url = http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/090505/tnr0905050704000-n1.htm| title =大谷允保、インパルス・板倉と破局していた|publisher =MSN産経ニュース|date=2009年05月05日}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 2009年[[7月5日]]自身が執筆した本格ハードボイルド小説「[[トリガー (小説)|トリガー]]」を出版。また同小説は、[[実業之日本社]] より、漫画化（原作：板倉俊之、作画：[[武村勇治]]）された。&lt;br /&gt;
*2012年4月23日　自身2冊目となる小説「蟻地獄」を出版。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
* コントはすべて板倉の作・演出でよく練られており、さまざまな職業、キャラクターを演じ分け、言葉遊びを用いることが多い。様々なキャラクターを演じ分ける「天才肌芸人」の1人である。また、自身の好きな漫画のキャラクターを演じるコントがある（コント「取り調べ」では『[[MONSTER]]』のヨハン・リーベルト、コント「カリスマ美容師によろしく」では『[[ブラックジャックによろしく]]』の斉藤英二郎を模倣している）。&lt;br /&gt;
* 『[[ザ・イロモネア]]』に出演したときに自分の雰囲気を「[[骨川スネ夫|スネ夫]]に似ている」とネタにしている。また、『アメリカの悪ガキ』と自身でネタにしていたこともある&amp;lt;ref&amp;gt;『[[さんまのまんま]]』&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 好きな女優は[[菅野美穂]]で同学年で出身地が同じ埼玉県である。しかも[[東武東上本線|東武東上線]]1本で行ける&amp;lt;ref&amp;gt;2009年4月19日『[[はねるのトびら]] [[回転SUSHI]]』で菅野と共演時に発言。&amp;lt;/ref&amp;gt;。またハリウッドスターの[[ブラッド・ピット]]のファンでもある。&lt;br /&gt;
* 趣味は[[エアガン]]、漫画、TVゲーム、映画鑑賞など。&lt;br /&gt;
* [[メタルギアシリーズ]]のファンでもあり、[[メタルギアソリッド4|MGS4]]の公式サイトにコメントを寄せている。&lt;br /&gt;
* [[ドラゴンボール]]のファンである。&lt;br /&gt;
* ボクシングをやっていた時期があり、プロとしてメニューを受ける一歩手前までやり込んでいた。&lt;br /&gt;
* [[志木市立志木第二中学校]]卒業。中学校時代はサッカー部で、運動神経も良い。吉本の運動会では、マラソン2位、100m走も13秒67という好成績を残した。&lt;br /&gt;
* 先輩芸人である[[品川庄司]]の[[品川祐]]や[[ロンドンブーツ1号2号]]の[[田村淳]]にはよく飲みに連れてってもらう仲である。しかし2011年11月3日放送の[[アメトーーク!]]では先輩に飲みに誘われない芸人として出演し、悩みを吐露した。同期ではロバートと仲がいい。&lt;br /&gt;
* 『[[はねるのトびら]]』『[[とんねるずのみなさんのおかげでした]]』の罰ゲームで[[石橋貴明]]に2度坊主にされたことがある。&lt;br /&gt;
* 自身にとって天才だと思う人は漫画家の[[浦沢直樹]]で、理由はあらゆるジャンルの漫画をヒットさせているからとのこと&amp;lt;ref&amp;gt;『[[明石家さんちゃんねる]]』&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 出身地は志木市となっているが[[富士見市]]出身であることを述べた&amp;lt;ref&amp;gt;『[[太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。]]』&amp;lt;/ref&amp;gt;ことがあること、富士見市内の鶴瀬西小学校を転校していたことが発覚した&amp;lt;ref&amp;gt;『さんま&amp;amp;くりぃむの第2回芸能界（秘）個人情報グランプリ』&amp;lt;/ref&amp;gt;ことなどから詳細は不明である。&lt;br /&gt;
* 学生時代、周りの友人達は彼女がいたが自分だけ出来なく、一度でも話をしたことがあるいろんな女子に電話で告白しまくったが結局できなかったとTVで地元の友人に暴露された。しかし、上記の女優と熱愛スクープが発覚して祝福していた&amp;lt;ref&amp;gt;『[[さんまのスーパーからくりテレビ]]』&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 上記のように[[エアガン]]が趣味であり、森の中でお金を払って遊べる場所で[[サバイバルゲーム]]を一般の人と一緒に楽しんでおり「まさかあそこから板倉さんに撃たれるとは思いませんでしたよ」と言われたことがある&amp;lt;ref&amp;gt;『[[森田一義アワー 笑っていいとも!|笑っていいとも!]]』2009年8月5日放送「テレフォンショッキング」にて&amp;lt;/ref&amp;gt;。その話を同じくエアガン好きの[[所ジョージ]]に話したところ、所から10丁のエアガンが「板倉はバカです。板倉の遊び道具。早く大人になれ!お母さんは泣いてるぞ!ワンワン!!」と書かれた段ボール4箱に入れられて送られてきた。マンションの管理人からは「芸能人は大変だね。こんなもの送りつけられて。」と言われた&amp;lt;ref&amp;gt;[[ダウンタウンDX]]2010年5月27日放送分&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*自称「言葉の魔術師」である。&lt;br /&gt;
*　BUMPOFCHICKENの大ファン。劇場での出囃子に「Sailing Day」を使用しているほか、単独ライブでは幕間やエンディングの曲にバンプのアルバム曲などを使用している。また、ラジオやテレビで好きな曲を紹介する際も、バンプの曲を紹介することが多い。本人の性格上ライブのノリについていけるか不安で、まだ一度も足を運んだことがないらしく、いつか観に行きたいとトークライブで語っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 芸風 ==&lt;br /&gt;
* コントでは様々なキャラを演じわけ、言葉遊びを用いる。[[爆笑問題]][[太田光]]をモデルにしている。また、ピン芸では[[ことわざ]]をいじくるという芸を持っている。&lt;br /&gt;
* [[はねるのトびら]]のコーナー「カブラない披露宴」では、最近自画自賛ネタをしている。しかし回を進むうちに、規模が小さくなっていくのにツッコまれる。&lt;br /&gt;
* 100本以上もコントのネタを作った。（[[キングオブコント]]2008より）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演 ==&lt;br /&gt;
コンビでの出演は[[インパルス (お笑い)#出演メディア]]を参照。&lt;br /&gt;
=== 現在の出演作品 ===&lt;br /&gt;
==== テレビ番組 ====&lt;br /&gt;
;レギュラー番組&lt;br /&gt;
* [[フットンダ]]（中京テレビ）準レギュラー&lt;br /&gt;
* [[ピラメキーノ]]（テレビ東京）準レギュラー&lt;br /&gt;
=== 過去の出演作品 ===&lt;br /&gt;
==== テレビ番組 ====&lt;br /&gt;
* [[エンタの神様]]（日本テレビ）キャッチコピーは「台詞（ことば）の妖術師」（ピンでの出演時のみ）&lt;br /&gt;
* [[ホリさまぁ〜ず]]（TBSテレビ）不定期出演&lt;br /&gt;
* [[人志松本の○○な話]]（フジテレビ、2009年11月3日 - 10日）&lt;br /&gt;
* [[爆笑レッドカーペット]]（フジテレビ）キャッチコピーは「笑いの言業師」&lt;br /&gt;
*[[絆体感TV 機動戦士ガンダム 第07板倉小隊]]（テレビ東京、2011年10月4日 - 12月27日）レギュラー&lt;br /&gt;
==== ドラマ ====&lt;br /&gt;
* [[エリートヤンキー三郎]]（[[テレビ東京]]系、2007年4月13日 - 6月）河井星矢 役&lt;br /&gt;
* [[ゴタ消し -示談交渉人 白井虎次郎-#テレビドラマ|示談交渉人 ゴタ消し]] 第9話（[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]系、2011年3月3日）速水周介 役&lt;br /&gt;
==== 映画 ====&lt;br /&gt;
* [[テニスの王子様]] 劇場版（2005年）‐ジャン・ジャック・マルソー役&lt;br /&gt;
* [[ブレイブ・ストーリー#映画『ブレイブ ストーリー』|ブレイブ ストーリー]]（2006年） - 若い司教 役（声の出演）&lt;br /&gt;
* [[シュガー&amp;amp;スパイス 風味絶佳]] - 村松 役&lt;br /&gt;
* [[エリートヤンキー三郎|激情版 エリートヤンキー三郎]]（2009年3月） - 河井星矢 役&lt;br /&gt;
* [[ニセ札 (映画)|ニセ札]]（2009年） - 大津シンゴ 役&lt;br /&gt;
==== その他 ====&lt;br /&gt;
* きまぐれロボット : [[星新一]]原作アニメ。[[MEGUMI]]と共に声優を担当。2004年に[[Yahoo! JAPAN]]で無料公開され、後にDVDが発売されたほか、CSチャンネルの[[アニマックス]]でも放映。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==DVD==&lt;br /&gt;
* 板倉俊之 一人コントライブ「ドクソウ」(2009年10月7日)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== CD ==&lt;br /&gt;
* ザ・クスリショー（2006年3月22日 [[よしもとアール・アンド・シー|R and C]]より発売） - [[クラシック音楽]]に乗せてネタを朗読するもの。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著書 ==&lt;br /&gt;
* [[トリガー (小説)|トリガー]]（2009年7月、リトルモア）&lt;br /&gt;
* ことわざドリル（2010年5月、リトルモア）&lt;br /&gt;
* 蟻地獄（2012年4月、リトルモア）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;div class=&amp;quot;references-small&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;references /&amp;gt;&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:いたくら としゆき}}&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1978年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:お笑い芸人]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の俳優]]&lt;br /&gt;
[[Category:はねるのトびら]]&lt;br /&gt;
[[Category:吉本興業]]&lt;br /&gt;
[[Category:埼玉県出身の人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>カート・アングル</title>
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				<updated>2012-07-22T11:44:01Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''カート・アングル'''(Kurt Angle 1968年12月9日-)は、[[アメリカ]]の[[プロレスラー]]、元[[レスリング]]選手。本名'''カート・スティーブン・アングル'''。[[ペンシルヴァニア州]][[ピッツバーグ]]出身。身長178cm。体重102kg。[[TNA]]所属。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== レスリング ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学生時代からレスリングで活躍。[[1996年]]の[[アトランタオリンピック]]で[[金メダル]]を獲得。引退後、CM出演、地元のスポーツキャスターとして活動していたが、[[プロレスラー]]に転向した。&lt;br /&gt;
=== WWF/WWE ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1998年]][[WWE]]（元WWF）とマイナー契約。[[ドリー・ファンク・ジュニア]]や[[トム・プリチャード]]のコーチを受ける。インディ団体の修業期間を経て、[[1999年]]11月満を持してWWEにデビュー。翌[[2000年]]2月に、[[バル・ビーナス]]から[[WWE・ヨーロピアン王座]]を、続いて[[クリス・ジェリコ]]から[[WWE・インターコンチネンタル王座]]を獲得した。しかし、[[レッスルマニア2000]]で行われた両タイトルを賭けた三つ巴戦で、[[クリス・ベノワ]]にIC王座を、クリス・ジェリコにEU王座を取られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年10月22日、[[ザ・ロック]]を破り[[WWE王座]]を獲得。同年に[[ギミック]]上の夫婦だった[[トリプルH]]と[[ステファニー・マクマホン]]の[[三角関係]]ストーリー、[[ストーン・コールド・スティーブン・オースティン]]との抗争を展開するなど、試合のみならず、ストーリー上においても中心人物の一人となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2001年]]、WWF対アライアンス抗争では、主力として活躍。その間に、[[WCW王座]]を獲得するなどの快挙を成し遂げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]のWWEブランド分割時にドラフト2位で[[スマックダウン]]に加入。[[エッジ]]と抗争を展開。[[敗者髪切り戦]]でアングルの敗北をもって抗争は終わった。以後、スキンヘッドとして活動する。秋からは宿敵クリス・ベノワとのタッグで初代[[WWE・タッグチーム王座]]決定トーナメントにエントリー。PPV[[ノー・マーシー]]2002で、[[レイ・ミステリオ]]&amp;amp;[[エッジ]]組を破り、優勝を果たした。しかし、すぐに仲間割れをした。同年12月PPV[[アルマゲドン]]で[[ビッグ・ショー]]を破り、WWE王座を獲得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2003年]]、新人だった[[チャーリー・ハース]]と[[シェルトン・ベンジャミン]]と共に、自らをリーダーとしたチーム・アングルを結成。[[レッスルマニア19]]のメイン戦で[[ブロック・レスナー]]を相手にWWE王座を賭けて対戦。結果は王座を取られたもののレスナーと健闘を讃えあった。それ以後、首の治療のため欠場を経て、[[ベビー・フェイス]]に転向して復帰。チーム・アングルからは追い出される。復帰後もブロック・レスナーとストーリー上で絡んでゆく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]2月、ヒールターンをする。[[レッスルマニア20]]で当時WWE王者だった[[エディ・ゲレロ]]と王座を賭けて対戦。大会終了後、首の持病と2003年末に痛めた足首の治療の為、レスラー活動をいったん停止。スマックダウンの[[GM]]として活動する。足の怪我が原因でレスリングが2度とできないと云うギミックで車いすにのって登場した。GM就任後もエディとの抗争を行う。7月に復帰。復帰の際は、[[ビンス・マクマホン]]にGM職の解任と試合復帰を命じられる形となった。エディとの抗争終了後、WWE所属ではない「地元の英雄」を招いて3分間自分と戦って耐えることが出来たら、金メダルをプレゼントする「招待試合」を毎回行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]][[ロイヤルランブル]]でWWE王座を賭けて[[JBL]]と[[ビッグ・ショー]]と三つ巴戦を行った。結果はJBLの[[クローズライン・フロム・ヘル]]を喰らい敗北。試合終了後、[[ナンジオ]]のランブル戦出場権を奪って、急きょ参戦するも、[[ショーン・マイケルズ]]によって敗退させられる。激昂したアングルは敗退後、マイケルズをリングアウトさせ鉄階段で攻撃した。これが後にアングルとマイケルズの抗争の発端となった。ロイヤルランブル以後、[[レッスルマニア21]]で行われるWWE王座挑戦者決定トーナメントにエントリーするものの、[[ノー・ウェイ・アウト2005]]の決勝戦で[[ジョン・シナ]]に敗れる。レッスルマニアでは、ショーン・マイケルズと対戦。この試合は名勝負として高評価を得た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年のドラフトで[[WWE・ロウ|RAW]]に移籍。WWE王者の[[ジョン・シナ]]との抗争を開始。同年11月に[[コジロ・バジリ|デバリ]]が[[マネージャー]]に就く。[[ニュー・イヤーズ・レボルーション]]2006で自身初となる[[イリミネーション・チェンバー]]に出場するものの、敗退する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]]RAWとの契約が年内に切れたという設定で1月13日スマックダウンに移籍。同日当時[[WWE・世界ヘビー級王座]]を保持していた[[デビッド・バウティスタ|バティスタ]]が毛がで王座を返上し、王座が空位となったため王者決定バトルロイアルに急きょ参戦し、優勝し載冠。ロイヤルランブル2006で、[[マーク・ヘンリー]]、ノー・ウェイ・アウト2006で[[ジ・アンダー・テイカー]]相手に防衛する。[[レッスルマニア22]]のメイン戦で[[レイ・ミステリオ]]、[[ランディ・オートン]]を挑戦者に迎え、世界王座を賭けた三つ巴戦で対戦。ミステリオがオートンをフォールして王座陥落した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
レッスルマニア22以降、[[キング・オブ・ザ・リング]]のトーナメントにエントリー。1回戦でランディ・オートンに勝利するが、4月28日に世界ヘビー級王座戦でミステリオと対戦中、マーク・ヘンリーの襲撃を受け負傷。2回戦を辞退した。[[ジャッジメント・デイ2006]]でヘンリーとリベンジマッチを行うも、カウントアウト負けをする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
5月29日のRAWで[[ポール・ヘイマン]]の指名を受けて[[ECW]]に移籍。オートンとの抗争を続け、[[ECWワン・ナイト・スタンド2006]]で勝利するものの、[[ヴェンジェンス2006]]では敗北。その後は[[ロブ・バン・ダム]]と抗争するが、体調は以前にも増して優れず、8月13日のハウス・ショーでのロブ・バン・ダム戦で股間を始め全身を負傷。これが実質的なWWE最後の試合となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
8月25日、WWEを解雇。WWE側は、「円満退団」とされていたが、実際はアングルがWWE側の「要求」を受け入れなかったため、解雇扱いにしたとされる。9月、プロレスを引退し[[総合格闘技]]への参入を証明した。（これは後述の[[TNA]]参戦のカモフラージュするための[[フェイク]]だったためと言われている。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== TNA ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]]9月25日、[[TNA]]と契約したと電撃発表。10月9日に初登場すると、いきなり同団体のトップレスラー、[[サモア・ジョー]]と短期抗争をする。3月ごろには一度も試合を交えなかった[[スコット・スタイナー]]と抗争する。TNAでも主要王座を獲得、[[TNA世界ヘビー級王座]]も手に入れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 日本での戦い ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2007年]]1月16日、[[新日本プロレス]]に参戦を発表。2月28日[[永田裕志]]とタッグを組んで[[トラヴィス・トムコ]]&amp;amp;[[ジャイアント・バーナード]]組と対戦。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
6月29日、[[イノキ・ゲノム・フェデレーション]]（IGF）旗揚げ戦でWWE時代のライバル[[ブロック・レスナー]]とシングルで対戦。アンクル・ロックで勝利。レスナーが保持していたIWGPヘビー級王座（IWGP 3rd）を獲得した。（レスナーは新日本にベルトを剥奪されており3rdベルトのみ賭けられた）試合後、レスナーと和解を果たした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
12月20日「GENOME2」で[[ケンドー・カシン]]、[[2008年]]1月4日には新日[[東京ドーム]]で永田裕志と「IWGP3rdベルト」を賭けて対戦し共にアンクル・ロックで勝利をおさめたが、2月17日の新日[[両国国技館]]大会で[[中邑真輔]]との「ベルト統一戦」で敗れる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2009年]]4月5日[[両国国技館]]大会でIWGPヘビー級王座を賭けて棚橋弘至と対戦したが敗れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
* [[1996年]]の[[アトランタオリンピック]]の[[金メダリスト]]だった。また、全米選手権では6度制覇したこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 実際のファイトスタイルもレスリング仕込みのものが多い。[[関節技]]、[[寝技]]、[[投げ技]]、[[打撃]]といったオールラウンダーである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 「世界一のテクニシャン」であるが、試合に使う技は以外に少ない。このスタイルは一発一発の攻撃に意味を持たせるためと、無駄な攻撃はしない表れである。この戦い方は、テクニックを見せる為技を多く持つという固定概念を破るものとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* リング上でのキャラクターは、金メダリストであることを鼻にかける傲慢で厭味なキャラクターで活動しており、アスリートとしての類い稀なる実力よりもズルさを前面に押し出したヒールを演じることが多い。アングルのヒールっぷりはあの絶対的ヒールだった[[トリプルH]]をフェイスターンさせたほどである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* カートの入場曲は曲名は「Medal」だったが観客のチャント「You Suck!!（へなちょこ！！）と大合唱され曲名が「I Don't Suck(Really)」と変更された。ベビーフェイスの時は対戦相手を指さして「You Suck!!」といいながら入場して、その意味合いを変えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* マイクアピールも上手く、話すセリフの間間に観客に「What!?（はあ!?）」と茶々を入れられるのも定番となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* スキンヘッドになった当初はカツラを被って活動していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[クリス・ベノワ]]との激闘期間は「試合のスマックダウン・ドラマのロウ」といわれる決定的な原因を作った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 2002年にWWEタッグ王座を獲得したことにより、WWE史上4人目のグランドスラムを達成した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 2007年PPV Hard Justiceにて史上2人目のTNAグランドスラム達成。（史上初はAJ・スタイルズ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* また、その実績から将来の[[WWE殿堂]]入りは確実とも言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 過去に一度だけ[[ECW]]にゲスト出演している。その時は、団体の空気に気分を害したため以降の出演は無かったが、2006年に復活したECWに8年ぶりにレギュラー参戦した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* アトランタオリンピックで、首に爆弾を抱えたままで金メダルを取った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* レスリングを引退するまでプロレスを見たことがなかったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* カートの容姿・ファイトスタイルを真似た[[オマージュレスラー]][[ショーン・ヘルナンデス]]が存在するが、彼もレスリング出身で州チャンピオンのメダルを掲げて入場している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 得意技 ==&lt;br /&gt;
; '''[[アングル・スラム]]''''''（オリンピック・スラム）'''&lt;br /&gt;
: アングルのオリジナル技にしてフィニッシュ・ホールド。相手を[[ファイヤーマンズキャリー]]で捕らえ、そのまま後方へ倒れ込みながら、相手の体を自分の片肩を支点に半回転させつつ後方に投げ落とし、背中・肩口・頭部辺りからマットへ叩きつける技。相手の実力や状況に応じて、相手を落とす角度を調整する。腕をロックしてからの展開が非常に速いので、返し難い。&lt;br /&gt;
; '''[[アンクル・ロック]]'''&lt;br /&gt;
: フィニッシュ・ホールド。アングルの代名詞的な技。自分の名前をもじってアングル・ロックともいう。元WWE所属の[[ケン・シャムロック]]が先にフィニッシャーとして使っていたが、現在ではアンクル・ロック＝カートというイメージが非常に強い。このまま寝技のヒールホールドに移行して踵を極められた場合、相手は高確率でロープにエスケープすらできずにタップアウトする。&lt;br /&gt;
; '''[[ベリー・トゥ・ベリースープレックス]]'''&lt;br /&gt;
; '''[[ジャーマン・スープレックス]]'''&lt;br /&gt;
: レスリング金メダリストだけあって、威力は高い。通常は一発だが、三連発することもある。WWEでは宿敵[[クリス・ベノワ]]と激闘を毎日展開し、互いに数えきれないほどのスープレックスを放ったことで有名である。&lt;br /&gt;
; '''[[ムーンサルトプレス]]'''&lt;br /&gt;
: おもに大一番の試合で使うアングルの隠し技。成功率は低い。非常に滞空時間が長く、美しい弧を描いているのが特徴である。過去にクリスベノワに対し金網の上から敢行したものが有名で、同じ試合でベノワも金網上からダイビング・ヘッドバッドを敢行している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 入場曲 ==&lt;br /&gt;
* Medal&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* I Don'tSucks&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* My Quest&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 獲得タイトル ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== プロレス ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== WWF/WWE ====&lt;br /&gt;
* [[WWE王座]]：4回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[WWE・世界ヘビー級王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[WWE・タッグチーム王座]]：1回（w/[[クリス・ベノワ]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[WWE・インターコンチネンタル王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[WWE・ヨーロピアン王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[WWE・ハードコア王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[2000年]][[キング・オブ・ザ・リング]]優勝&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[WCW・世界ヘビー級王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[WCW・US王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[グランドスラム]]達成（2002年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== TNA ====&lt;br /&gt;
* [[TNA・世界ヘビー級王座]]：5回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[TNA・世界タッグチーム王座]]：2回（w/[[スティング]]x1/[[サモア・ジョー]]x1）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[TNA・Xディヴィジョン王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== NJPW ====&lt;br /&gt;
* [[IWGPヘビー級王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== レスリング ===&lt;br /&gt;
* [[ペンシルバニア州]]レスリング王者（[[1987年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 1988年度新人賞（[[クラリオン大学]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[NCAA]]（フリースタイル）レスリング選手権王者：2回（[[1990年]]、[[1992年]]）l Am&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* エスポワール世界選手権2位（[[1989年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* Yasar Doguトーナメント2位（1989年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* カナダ杯優勝（1990年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[アトランタオリンピック]]-フリースタイル100kg級[[金メダル]]（[[1996年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* Natinal Amateur Wrestling Hall of Fame（2001年）&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

	<entry>
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		<title>カート・アングル</title>
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				<updated>2012-07-22T11:43:07Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''カート・アングル'''(Kurt Angle 1968年12月9日-)は、[[アメリカ]]の[[プロレスラー]]、元[[レスリング]]選手。本名'''カート・スティーブン・アングル'''。[[ペンシルヴァニア州]][[ピッツバーグ]]出身。身長178cm。体重102kg。[[TNA]]所属。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== レスリング ===&lt;br /&gt;
学生時代からレスリングで活躍。[[1996年]]の[[アトランタオリンピック]]で[[金メダル]]を獲得。引退後、CM出演、地元のスポーツキャスターとして活動していたが、[[プロレスラー]]に転向した。&lt;br /&gt;
=== WWF/WWE ===&lt;br /&gt;
[[1998年]][[WWE]]（元WWF）とマイナー契約。[[ドリー・ファンク・ジュニア]]や[[トム・プリチャード]]のコーチを受ける。インディ団体の修業期間を経て、[[1999年]]11月満を持してWWEにデビュー。翌[[2000年]]2月に、[[バル・ビーナス]]から[[WWE・ヨーロピアン王座]]を、続いて[[クリス・ジェリコ]]から[[WWE・インターコンチネンタル王座]]を獲得した。しかし、[[レッスルマニア2000]]で行われた両タイトルを賭けた三つ巴戦で、[[クリス・ベノワ]]にIC王座を、クリス・ジェリコにEU王座を取られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年10月22日、[[ザ・ロック]]を破り[[WWE王座]]を獲得。同年に[[ギミック]]上の夫婦だった[[トリプルH]]と[[ステファニー・マクマホン]]の[[三角関係]]ストーリー、[[ストーン・コールド・スティーブン・オースティン]]との抗争を展開するなど、試合のみならず、ストーリー上においても中心人物の一人となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2001年]]、WWF対アライアンス抗争では、主力として活躍。その間に、[[WCW王座]]を獲得するなどの快挙を成し遂げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]のWWEブランド分割時にドラフト2位で[[スマックダウン]]に加入。[[エッジ]]と抗争を展開。[[敗者髪切り戦]]でアングルの敗北をもって抗争は終わった。以後、スキンヘッドとして活動する。秋からは宿敵クリス・ベノワとのタッグで初代[[WWE・タッグチーム王座]]決定トーナメントにエントリー。PPV[[ノー・マーシー]]2002で、[[レイ・ミステリオ]]&amp;amp;[[エッジ]]組を破り、優勝を果たした。しかし、すぐに仲間割れをした。同年12月PPV[[アルマゲドン]]で[[ビッグ・ショー]]を破り、WWE王座を獲得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2003年]]、新人だった[[チャーリー・ハース]]と[[シェルトン・ベンジャミン]]と共に、自らをリーダーとしたチーム・アングルを結成。[[レッスルマニア19]]のメイン戦で[[ブロック・レスナー]]を相手にWWE王座を賭けて対戦。結果は王座を取られたもののレスナーと健闘を讃えあった。それ以後、首の治療のため欠場を経て、[[ベビー・フェイス]]に転向して復帰。チーム・アングルからは追い出される。復帰後もブロック・レスナーとストーリー上で絡んでゆく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]2月、ヒールターンをする。[[レッスルマニア20]]で当時WWE王者だった[[エディ・ゲレロ]]と王座を賭けて対戦。大会終了後、首の持病と2003年末に痛めた足首の治療の為、レスラー活動をいったん停止。スマックダウンの[[GM]]として活動する。足の怪我が原因でレスリングが2度とできないと云うギミックで車いすにのって登場した。GM就任後もエディとの抗争を行う。7月に復帰。復帰の際は、[[ビンス・マクマホン]]にGM職の解任と試合復帰を命じられる形となった。エディとの抗争終了後、WWE所属ではない「地元の英雄」を招いて3分間自分と戦って耐えることが出来たら、金メダルをプレゼントする「招待試合」を毎回行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]][[ロイヤルランブル]]でWWE王座を賭けて[[JBL]]と[[ビッグ・ショー]]と三つ巴戦を行った。結果はJBLの[[クローズライン・フロム・ヘル]]を喰らい敗北。試合終了後、[[ナンジオ]]のランブル戦出場権を奪って、急きょ参戦するも、[[ショーン・マイケルズ]]によって敗退させられる。激昂したアングルは敗退後、マイケルズをリングアウトさせ鉄階段で攻撃した。これが後にアングルとマイケルズの抗争の発端となった。ロイヤルランブル以後、[[レッスルマニア21]]で行われるWWE王座挑戦者決定トーナメントにエントリーするものの、[[ノー・ウェイ・アウト2005]]の決勝戦で[[ジョン・シナ]]に敗れる。レッスルマニアでは、ショーン・マイケルズと対戦。この試合は名勝負として高評価を得た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年のドラフトで[[WWE・ロウ|RAW]]に移籍。WWE王者の[[ジョン・シナ]]との抗争を開始。同年11月に[[コジロ・バジリ|デバリ]]が[[マネージャー]]に就く。[[ニュー・イヤーズ・レボルーション]]2006で自身初となる[[イリミネーション・チェンバー]]に出場するものの、敗退する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]]RAWとの契約が年内に切れたという設定で1月13日スマックダウンに移籍。同日当時[[WWE・世界ヘビー級王座]]を保持していた[[デビッド・バウティスタ|バティスタ]]が毛がで王座を返上し、王座が空位となったため王者決定バトルロイアルに急きょ参戦し、優勝し載冠。ロイヤルランブル2006で、[[マーク・ヘンリー]]、ノー・ウェイ・アウト2006で[[ジ・アンダー・テイカー]]相手に防衛する。[[レッスルマニア22]]のメイン戦で[[レイ・ミステリオ]]、[[ランディ・オートン]]を挑戦者に迎え、世界王座を賭けた三つ巴戦で対戦。ミステリオがオートンをフォールして王座陥落した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
レッスルマニア22以降、[[キング・オブ・ザ・リング]]のトーナメントにエントリー。1回戦でランディ・オートンに勝利するが、4月28日に世界ヘビー級王座戦でミステリオと対戦中、マーク・ヘンリーの襲撃を受け負傷。2回戦を辞退した。[[ジャッジメント・デイ2006]]でヘンリーとリベンジマッチを行うも、カウントアウト負けをする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
5月29日のRAWで[[ポール・ヘイマン]]の指名を受けて[[ECW]]に移籍。オートンとの抗争を続け、[[ECWワン・ナイト・スタンド2006]]で勝利するものの、[[ヴェンジェンス2006]]では敗北。その後は[[ロブ・バン・ダム]]と抗争するが、体調は以前にも増して優れず、8月13日のハウス・ショーでのロブ・バン・ダム戦で股間を始め全身を負傷。これが実質的なWWE最後の試合となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
8月25日、WWEを解雇。WWE側は、「円満退団」とされていたが、実際はアングルがWWE側の「要求」を受け入れなかったため、解雇扱いにしたとされる。9月、プロレスを引退し[[総合格闘技]]への参入を証明した。（これは後述の[[TNA]]参戦のカモフラージュするための[[フェイク]]だったためと言われている。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== TNA ===&lt;br /&gt;
[[2006年]]9月25日、[[TNA]]と契約したと電撃発表。10月9日に初登場すると、いきなり同団体のトップレスラー、[[サモア・ジョー]]と短期抗争をする。3月ごろには一度も試合を交えなかった[[スコット・スタイナー]]と抗争する。TNAでも主要王座を獲得、[[TNA世界ヘビー級王座]]も手に入れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 日本での戦い ===&lt;br /&gt;
[[2007年]]1月16日、[[新日本プロレス]]に参戦を発表。2月28日[[永田裕志]]とタッグを組んで[[トラヴィス・トムコ]]&amp;amp;[[ジャイアント・バーナード]]組と対戦。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
6月29日、[[イノキ・ゲノム・フェデレーション]]（IGF）旗揚げ戦でWWE時代のライバル[[ブロック・レスナー]]とシングルで対戦。アンクル・ロックで勝利。レスナーが保持していたIWGPヘビー級王座（IWGP 3rd）を獲得した。（レスナーは新日本にベルトを剥奪されており3rdベルトのみ賭けられた）試合後、レスナーと和解を果たした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
12月20日「GENOME2」で[[ケンドー・カシン]]、[[2008年]]1月4日には新日[[東京ドーム]]で永田裕志と「IWGP3rdベルト」を賭けて対戦し共にアンクル・ロックで勝利をおさめたが、2月17日の新日[[両国国技館]]大会で[[中邑真輔]]との「ベルト統一戦」で敗れる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2009年]]4月5日[[両国国技館]]大会でIWGPヘビー級王座を賭けて棚橋弘至と対戦したが敗れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
* [[1996年]]の[[アトランタオリンピック]]の[[金メダリスト]]だった。また、全米選手権では6度制覇したこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 実際のファイトスタイルもレスリング仕込みのものが多い。[[関節技]]、[[寝技]]、[[投げ技]]、[[打撃]]といったオールラウンダーである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 「世界一のテクニシャン」であるが、試合に使う技は以外に少ない。このスタイルは一発一発の攻撃に意味を持たせるためと、無駄な攻撃はしない表れである。この戦い方は、テクニックを見せる為技を多く持つという固定概念を破るものとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* リング上でのキャラクターは、金メダリストであることを鼻にかける傲慢で厭味なキャラクターで活動しており、アスリートとしての類い稀なる実力よりもズルさを前面に押し出したヒールを演じることが多い。アングルのヒールっぷりはあの絶対的ヒールだった[[トリプルH]]をフェイスターンさせたほどである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* カートの入場曲は曲名は「Medal」だったが観客のチャント「You Suck!!（へなちょこ！！）と大合唱され曲名が「I Don't Suck(Really)」と変更された。ベビーフェイスの時は対戦相手を指さして「You Suck!!」といいながら入場して、その意味合いを変えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* マイクアピールも上手く、話すセリフの間間に観客に「What!?（はあ!?）」と茶々を入れられるのも定番となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* スキンヘッドになった当初はカツラを被って活動していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[クリス・ベノワ]]との激闘期間は「試合のスマックダウン・ドラマのロウ」といわれる決定的な原因を作った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 2002年にWWEタッグ王座を獲得したことにより、WWE史上4人目のグランドスラムを達成した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 2007年PPV Hard Justiceにて史上2人目のTNAグランドスラム達成。（史上初はAJ・スタイルズ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* また、その実績から将来の[[WWE殿堂]]入りは確実とも言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 過去に一度だけ[[ECW]]にゲスト出演している。その時は、団体の空気に気分を害したため以降の出演は無かったが、2006年に復活したECWに8年ぶりにレギュラー参戦した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* アトランタオリンピックで、首に爆弾を抱えたままで金メダルを取った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* レスリングを引退するまでプロレスを見たことがなかったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* カートの容姿・ファイトスタイルを真似た[[オマージュレスラー]][[ショーン・ヘルナンデス]]が存在するが、彼もレスリング出身で州チャンピオンのメダルを掲げて入場している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 得意技 ==&lt;br /&gt;
; '''[[アングル・スラム]]''''''（オリンピック・スラム）'''&lt;br /&gt;
: アングルのオリジナル技にしてフィニッシュ・ホールド。相手を[[ファイヤーマンズキャリー]]で捕らえ、そのまま後方へ倒れ込みながら、相手の体を自分の片肩を支点に半回転させつつ後方に投げ落とし、背中・肩口・頭部辺りからマットへ叩きつける技。相手の実力や状況に応じて、相手を落とす角度を調整する。腕をロックしてからの展開が非常に速いので、返し難い。&lt;br /&gt;
; '''[[アンクル・ロック]]'''&lt;br /&gt;
: フィニッシュ・ホールド。アングルの代名詞的な技。自分の名前をもじってアングル・ロックともいう。元WWE所属の[[ケン・シャムロック]]が先にフィニッシャーとして使っていたが、現在ではアンクル・ロック＝カートというイメージが非常に強い。このまま寝技のヒールホールドに移行して踵を極められた場合、相手は高確率でロープにエスケープすらできずにタップアウトする。&lt;br /&gt;
; '''[[ベリー・トゥ・ベリースープレックス]]'''&lt;br /&gt;
; '''[[ジャーマン・スープレックス]]'''&lt;br /&gt;
: レスリング金メダリストだけあって、威力は高い。通常は一発だが、三連発することもある。WWEでは宿敵[[クリス・ベノワ]]と激闘を毎日展開し、互いに数えきれないほどのスープレックスを放ったことで有名である。&lt;br /&gt;
; '''[[ムーンサルトプレス]]'''&lt;br /&gt;
: おもに大一番の試合で使うアングルの隠し技。成功率は低い。非常に滞空時間が長く、美しい弧を描いているのが特徴である。過去にクリスベノワに対し金網の上から敢行したものが有名で、同じ試合でベノワも金網上からダイビング・ヘッドバッドを敢行している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 入場曲 ==&lt;br /&gt;
* Medal&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* I Don'tSucks&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* My Quest&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 獲得タイトル ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== プロレス ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== WWF/WWE ====&lt;br /&gt;
* [[WWE王座]]：4回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[WWE・世界ヘビー級王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[WWE・タッグチーム王座]]：1回（w/[[クリス・ベノワ]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[WWE・インターコンチネンタル王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[WWE・ヨーロピアン王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[WWE・ハードコア王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[2000年]][[キング・オブ・ザ・リング]]優勝&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[WCW・世界ヘビー級王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[WCW・US王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[グランドスラム]]達成（2002年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== TNA ====&lt;br /&gt;
* [[TNA・世界ヘビー級王座]]：5回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[TNA・世界タッグチーム王座]]：2回（w/[[スティング]]x1/[[サモア・ジョー]]x1）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[TNA・Xディヴィジョン王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== NJPW ====&lt;br /&gt;
* [[IWGPヘビー級王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== レスリング ===&lt;br /&gt;
* [[ペンシルバニア州]]レスリング王者（[[1987年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 1988年度新人賞（[[クラリオン大学]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[NCAA]]（フリースタイル）レスリング選手権王者：2回（[[1990年]]、[[1992年]]）l Am&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* エスポワール世界選手権2位（[[1989年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* Yasar Doguトーナメント2位（1989年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* カナダ杯優勝（1990年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[アトランタオリンピック]]-フリースタイル100kg級[[金メダル]]（[[1996年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* Natinal Amateur Wrestling Hall of Fame（2001年）&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>カート・アングル</title>
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				<updated>2012-07-22T11:37:18Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''カート・アングル'''(Kurt Angle 1968年12月9日-)は、[[アメリカ]]の[[プロレスラー]]、元[[レスリング]]選手。本名'''カート・スティーブン・アングル'''。[[ペンシルヴァニア州]][[ピッツバーグ]]出身。身長178cm。体重102kg。[[TNA]]所属。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
学生時代からレスリングで活躍。[[1996年]]の[[アトランタオリンピック]]で[[金メダル]]を獲得。引退後、CM出演、地元のスポーツキャスターとして活動していたが、[[プロレスラー]]に転向した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1998年]][[WWE]]（元WWF）とマイナー契約。[[ドリー・ファンク・ジュニア]]や[[トム・プリチャード]]のコーチを受ける。インディ団体の修業期間を経て、[[1999年]]11月満を持してWWEにデビュー。翌[[2000年]]2月に、[[バル・ビーナス]]から[[WWE・ヨーロピアン王座]]を、続いて[[クリス・ジェリコ]]から[[WWE・インターコンチネンタル王座]]を獲得した。しかし、[[レッスルマニア2000]]で行われた両タイトルを賭けた三つ巴戦で、[[クリス・ベノワ]]にIC王座を、クリス・ジェリコにEU王座を取られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年10月22日、[[ザ・ロック]]を破り[[WWE王座]]を獲得。同年に[[ギミック]]上の夫婦だった[[トリプルH]]と[[ステファニー・マクマホン]]の[[三角関係]]ストーリー、[[ストーン・コールド・スティーブン・オースティン]]との抗争を展開するなど、試合のみならず、ストーリー上においても中心人物の一人となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2001年]]、WWF対アライアンス抗争では、主力として活躍。その間に、[[WCW王座]]を獲得するなどの快挙を成し遂げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]のWWEブランド分割時にドラフト2位で[[スマックダウン]]に加入。[[エッジ]]と抗争を展開。[[敗者髪切り戦]]でアングルの敗北をもって抗争は終わった。以後、スキンヘッドとして活動する。秋からは宿敵クリス・ベノワとのタッグで初代[[WWE・タッグチーム王座]]決定トーナメントにエントリー。PPV[[ノー・マーシー]]2002で、[[レイ・ミステリオ]]&amp;amp;[[エッジ]]組を破り、優勝を果たした。しかし、すぐに仲間割れをした。同年12月PPV[[アルマゲドン]]で[[ビッグ・ショー]]を破り、WWE王座を獲得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2003年]]、新人だった[[チャーリー・ハース]]と[[シェルトン・ベンジャミン]]と共に、自らをリーダーとしたチーム・アングルを結成。[[レッスルマニア19]]のメイン戦で[[ブロック・レスナー]]を相手にWWE王座を賭けて対戦。結果は王座を取られたもののレスナーと健闘を讃えあった。それ以後、首の治療のため欠場を経て、[[ベビー・フェイス]]に転向して復帰。チーム・アングルからは追い出される。復帰後もブロック・レスナーとストーリー上で絡んでゆく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]2月、ヒールターンをする。[[レッスルマニア20]]で当時WWE王者だった[[エディ・ゲレロ]]と王座を賭けて対戦。大会終了後、首の持病と2003年末に痛めた足首の治療の為、レスラー活動をいったん停止。スマックダウンの[[GM]]として活動する。足の怪我が原因でレスリングが2度とできないと云うギミックで車いすにのって登場した。GM就任後もエディとの抗争を行う。7月に復帰。復帰の際は、[[ビンス・マクマホン]]にGM職の解任と試合復帰を命じられる形となった。エディとの抗争終了後、WWE所属ではない「地元の英雄」を招いて3分間自分と戦って耐えることが出来たら、金メダルをプレゼントする「招待試合」を毎回行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]][[ロイヤルランブル]]でWWE王座を賭けて[[JBL]]と[[ビッグ・ショー]]と三つ巴戦を行った。結果はJBLの[[クローズライン・フロム・ヘル]]を喰らい敗北。試合終了後、[[ナンジオ]]のランブル戦出場権を奪って、急きょ参戦するも、[[ショーン・マイケルズ]]によって敗退させられる。激昂したアングルは敗退後、マイケルズをリングアウトさせ鉄階段で攻撃した。これが後にアングルとマイケルズの抗争の発端となった。ロイヤルランブル以後、[[レッスルマニア21]]で行われるWWE王座挑戦者決定トーナメントにエントリーするものの、[[ノー・ウェイ・アウト2005]]の決勝戦で[[ジョン・シナ]]に敗れる。レッスルマニアでは、ショーン・マイケルズと対戦。この試合は名勝負として高評価を得た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年のドラフトで[[WWE・ロウ|RAW]]に移籍。WWE王者の[[ジョン・シナ]]との抗争を開始。同年11月に[[コジロ・バジリ|デバリ]]が[[マネージャー]]に就く。[[ニュー・イヤーズ・レボルーション]]2006で自身初となる[[イリミネーション・チェンバー]]に出場するものの、敗退する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]]RAWとの契約が年内に切れたという設定で1月13日スマックダウンに移籍。同日当時[[WWE・世界ヘビー級王座]]を保持していた[[デビッド・バウティスタ|バティスタ]]が毛がで王座を返上し、王座が空位となったため王者決定バトルロイアルに急きょ参戦し、優勝し載冠。ロイヤルランブル2006で、[[マーク・ヘンリー]]、ノー・ウェイ・アウト2006で[[ジ・アンダー・テイカー]]相手に防衛する。[[レッスルマニア22]]のメイン戦で[[レイ・ミステリオ]]、[[ランディ・オートン]]を挑戦者に迎え、世界王座を賭けた三つ巴戦で対戦。ミステリオがオートンをフォールして王座陥落した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
レッスルマニア22以降、[[キング・オブ・ザ・リング]]のトーナメントにエントリー。1回戦でランディ・オートンに勝利するが、4月28日に世界ヘビー級王座戦でミステリオと対戦中、マーク・ヘンリーの襲撃を受け負傷。2回戦を辞退した。[[ジャッジメント・デイ2006]]でヘンリーとリベンジマッチを行うも、カウントアウト負けをする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
5月29日のRAWで[[ポール・ヘイマン]]の指名を受けて[[ECW]]に移籍。オートンとの抗争を続け、[[ECWワン・ナイト・スタンド2006]]で勝利するものの、[[ヴェンジェンス2006]]では敗北。その後は[[ロブ・バン・ダム]]と抗争するが、体調は以前にも増して優れず、8月13日のハウス・ショーでのロブ・バン・ダム戦で股間を始め全身を負傷。これが実質的なWWE最後の試合となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
8月25日、WWEを解雇。WWE側は、「円満退団」とされていたが、実際はアングルがWWE側の「要求」を受け入れなかったため、解雇扱いにしたとされる。9月、プロレスを引退し[[総合格闘技]]への参入を証明した。（これは後述の[[TNA]]参戦のカモフラージュするための[[フェイク]]だったためと言われている。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]]9月25日、[[TNA]]と契約したと電撃発表。10月9日に初登場すると、いきなり同団体のトップレスラー、[[サモア・ジョー]]と短期抗争をする。3月ごろには一度も試合を交えなかった[[スコット・スタイナー]]と抗争する。TNAでも主要王座を獲得、[[TNA世界ヘビー級王座]]も手に入れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2007年]]1月16日、[[新日本プロレス]]に参戦を発表。2月28日[[永田裕志]]とタッグを組んで[[トラヴィス・トムコ]]&amp;amp;[[ジャイアント・バーナード]]組と対戦。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
6月29日、[[イノキ・ゲノム・フェデレーション]]（IGF）旗揚げ戦でWWE時代のライバル[[ブロック・レスナー]]とシングルで対戦。アンクル・ロックで勝利。レスナーが保持していたIWGPヘビー級王座（IWGP 3rd）を獲得した。（レスナーは新日本にベルトを剥奪されており3rdベルトのみ賭けられた）試合後、レスナーと和解を果たした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
12月20日「GENOME2」で[[ケンドー・カシン]]、[[2008年]]1月4日には新日[[東京ドーム]]で永田裕志と「IWGP3rdベルト」を賭けて対戦し共にアンクル・ロックで勝利をおさめたが、2月17日の新日[[両国国技館]]大会で[[中邑真輔]]との「ベルト統一戦」で敗れる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2009年]]4月5日[[両国国技館]]大会でIWGPヘビー級王座を賭けて棚橋弘至と対戦したが敗れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
* [[1996年]]の[[アトランタオリンピック]]の[[金メダリスト]]だった。また、全米選手権では6度制覇したこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 実際のファイトスタイルもレスリング仕込みのものが多い。[[関節技]]、[[寝技]]、[[投げ技]]、[[打撃]]といったオールラウンダーである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 「世界一のテクニシャン」であるが、試合に使う技は以外に少ない。このスタイルは一発一発の攻撃に意味を持たせるためと、無駄な攻撃はしない表れである。この戦い方は、テクニックを見せる為技を多く持つという固定概念を破るものとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* リング上でのキャラクターは、金メダリストであることを鼻にかける傲慢で厭味なキャラクターで活動しており、アスリートとしての類い稀なる実力よりもズルさを前面に押し出したヒールを演じることが多い。アングルのヒールっぷりはあの絶対的ヒールだった[[トリプルH]]をフェイスターンさせたほどである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* カートの入場曲は曲名は「Medal」だったが観客のチャント「You Suck!!（へなちょこ！！）と大合唱され曲名が「I Don't Suck(Really)」と変更された。ベビーフェイスの時は対戦相手を指さして「You Suck!!」といいながら入場して、その意味合いを変えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* マイクアピールも上手く、話すセリフの間間に観客に「What!?（はあ!?）」と茶々を入れられるのも定番となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* スキンヘッドになった当初はカツラを被って活動していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[クリス・ベノワ]]との激闘期間は「試合のスマックダウン・ドラマのロウ」といわれる決定的な原因を作った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 2002年にWWEタッグ王座を獲得したことにより、WWE史上4人目のグランドスラムを達成した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 2007年PPV Hard Justiceにて史上2人目のTNAグランドスラム達成。（史上初はAJ・スタイルズ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* また、その実績から将来の[[WWE殿堂]]入りは確実とも言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 過去に一度だけ[[ECW]]にゲスト出演している。その時は、団体の空気に気分を害したため以降の出演は無かったが、2006年に復活したECWに8年ぶりにレギュラー参戦した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* アトランタオリンピックで、首に爆弾を抱えたままで金メダルを取った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* レスリングを引退するまでプロレスを見たことがなかったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* カートの容姿・ファイトスタイルを真似た[[オマージュレスラー]][[ショーン・ヘルナンデス]]が存在するが、彼もレスリング出身で州チャンピオンのメダルを掲げて入場している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 得意技 ==&lt;br /&gt;
; '''[[アングル・スラム]]''''''（オリンピック・スラム）'''&lt;br /&gt;
: アングルのオリジナル技にしてフィニッシュ・ホールド。相手を[[ファイヤーマンズキャリー]]で捕らえ、そのまま後方へ倒れ込みながら、相手の体を自分の片肩を支点に半回転させつつ後方に投げ落とし、背中・肩口・頭部辺りからマットへ叩きつける技。相手の実力や状況に応じて、相手を落とす角度を調整する。腕をロックしてからの展開が非常に速いので、返し難い。&lt;br /&gt;
; '''[[アンクル・ロック]]'''&lt;br /&gt;
: フィニッシュ・ホールド。アングルの代名詞的な技。自分の名前をもじってアングル・ロックともいう。元WWE所属の[[ケン・シャムロック]]が先にフィニッシャーとして使っていたが、現在ではアンクル・ロック＝カートというイメージが非常に強い。このまま寝技のヒールホールドに移行して踵を極められた場合、相手は高確率でロープにエスケープすらできずにタップアウトする。&lt;br /&gt;
; '''[[ベリー・トゥ・ベリースープレックス]]'''&lt;br /&gt;
; '''[[ジャーマン・スープレックス]]'''&lt;br /&gt;
: レスリング金メダリストだけあって、威力は高い。通常は一発だが、三連発することもある。WWEでは宿敵[[クリス・ベノワ]]と激闘を毎日展開し、互いに数えきれないほどのスープレックスを放ったことで有名である。&lt;br /&gt;
; '''[[ムーンサルトプレス]]'''&lt;br /&gt;
: おもに大一番の試合で使うアングルの隠し技。成功率は低い。非常に滞空時間が長く、美しい弧を描いているのが特徴である。過去にクリスベノワに対し金網の上から敢行したものが有名で、同じ試合でベノワも金網上からダイビング・ヘッドバッドを敢行している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 入場曲 ==&lt;br /&gt;
* Medal&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* I Don'tSucks&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* My Quest&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 獲得タイトル ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== プロレス ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== WWF/WWE ====&lt;br /&gt;
* [[WWE王座]]：4回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[WWE・世界ヘビー級王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[WWE・タッグチーム王座]]：1回（w/[[クリス・ベノワ]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[WWE・インターコンチネンタル王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[WWE・ヨーロピアン王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[WWE・ハードコア王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[2000年]][[キング・オブ・ザ・リング]]優勝&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[WCW・世界ヘビー級王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[WCW・US王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[グランドスラム]]達成（2002年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== TNA ====&lt;br /&gt;
* [[TNA・世界ヘビー級王座]]：5回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[TNA・世界タッグチーム王座]]：2回（w/[[スティング]]x1/[[サモア・ジョー]]x1）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[TNA・Xディヴィジョン王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== NJPW ====&lt;br /&gt;
* [[IWGPヘビー級王座]]：1回&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== レスリング ===&lt;br /&gt;
* [[ペンシルバニア州]]レスリング王者（[[1987年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 1988年度新人賞（[[クラリオン大学]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[NCAA]]（フリースタイル）レスリング選手権王者：2回（[[1990年]]、[[1992年]]）l Am&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* エスポワール世界選手権2位（[[1989年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* Yasar Doguトーナメント2位（1989年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* カナダ杯優勝（1990年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[アトランタオリンピック]]-フリースタイル100kg級[[金メダル]]（[[1996年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* Natinal Amateur Wrestling Hall of Fame（2001年）&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>カート・アングル</title>
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				<updated>2012-07-22T11:04:23Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''カート・アングル'''(Kurt Angle 1968年12月9日-)は、[[アメリカ]]の[[プロレスラー]]、元[[レスリング]]選手。本名'''カート・スティーブン・アングル'''。[[ペンシルヴァニア州]][[ピッツバーグ]]出身。身長178cm。体重102kg。[[TNA]]所属。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
学生時代からレスリングで活躍。[[1996年]]の[[アトランタオリンピック]]で[[金メダル]]を獲得。引退後、CM出演、地元のスポーツキャスターとして活動していたが、[[プロレスラー]]に転向した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1998年]][[WWE]]（元WWF）とマイナー契約。[[ドリー・ファンク・ジュニア]]や[[トム・プリチャード]]のコーチを受ける。インディ団体の修業期間を経て、[[1999年]]11月満を持してWWEにデビュー。翌[[2000年]]2月に、[[バル・ビーナス]]から[[WWE・ヨーロピアン王座]]を、続いて[[クリス・ジェリコ]]から[[WWE・インターコンチネンタル王座]]を獲得した。しかし、[[レッスルマニア2000]]で行われた両タイトルを賭けた三つ巴戦で、[[クリス・ベノワ]]にIC王座を、クリス・ジェリコにEU王座を取られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年10月22日、[[ザ・ロック]]を破り[[WWE王座]]を獲得。同年に[[ギミック]]上の夫婦だった[[トリプルH]]と[[ステファニー・マクマホン]]の[[三角関係]]ストーリー、[[ストーン・コールド・スティーブン・オースティン]]との抗争を展開するなど、試合のみならず、ストーリー上においても中心人物の一人となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2001年]]、WWF対アライアンス抗争では、主力として活躍。その間に、[[WCW王座]]を獲得するなどの快挙を成し遂げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]のWWEブランド分割時にドラフト2位で[[スマックダウン]]に加入。[[エッジ]]と抗争を展開。[[敗者髪切り戦]]でアングルの敗北をもって抗争は終わった。以後、スキンヘッドとして活動する。秋からは宿敵クリス・ベノワとのタッグで初代[[WWE・タッグチーム王座]]決定トーナメントにエントリー。PPV[[ノー・マーシー]]2002で、[[レイ・ミステリオ]]&amp;amp;[[エッジ]]組を破り、優勝を果たした。しかし、すぐに仲間割れをした。同年12月PPV[[アルマゲドン]]で[[ビッグ・ショー]]を破り、WWE王座を獲得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2003年]]、新人だった[[チャーリー・ハース]]と[[シェルトン・ベンジャミン]]と共に、自らをリーダーとしたチーム・アングルを結成。[[レッスルマニア19]]のメイン戦で[[ブロック・レスナー]]を相手にWWE王座を賭けて対戦。結果は王座を取られたもののレスナーと健闘を讃えあった。それ以後、首の治療のため欠場を経て、[[ベビー・フェイス]]に転向して復帰。チーム・アングルからは追い出される。復帰後もブロック・レスナーとストーリー上で絡んでゆく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]2月、ヒールターンをする。[[レッスルマニア20]]で当時WWE王者だった[[エディ・ゲレロ]]と王座を賭けて対戦。大会終了後、首の持病と2003年末に痛めた足首の治療の為、レスラー活動をいったん停止。スマックダウンの[[GM]]として活動する。足の怪我が原因でレスリングが2度とできないと云うギミックで車いすにのって登場した。GM就任後もエディとの抗争を行う。7月に復帰。復帰の際は、[[ビンス・マクマホン]]にGM職の解任と試合復帰を命じられる形となった。エディとの抗争終了後、WWE所属ではない「地元の英雄」を招いて3分間自分と戦って耐えることが出来たら、金メダルをプレゼントする「招待試合」を毎回行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]][[ロイヤルランブル]]でWWE王座を賭けて[[JBL]]と[[ビッグ・ショー]]と三つ巴戦を行った。結果はJBLの[[クローズライン・フロム・ヘル]]を喰らい敗北。試合終了後、[[ナンジオ]]のランブル戦出場権を奪って、急きょ参戦するも、[[ショーン・マイケルズ]]によって敗退させられる。激昂したアングルは敗退後、マイケルズをリングアウトさせ鉄階段で攻撃した。これが後にアングルとマイケルズの抗争の発端となった。ロイヤルランブル以後、[[レッスルマニア21]]で行われるWWE王座挑戦者決定トーナメントにエントリーするものの、[[ノー・ウェイ・アウト2005]]の決勝戦で[[ジョン・シナ]]に敗れる。レッスルマニアでは、ショーン・マイケルズと対戦。この試合は名勝負として高評価を得た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年のドラフトで[[WWE・ロウ|RAW]]に移籍。WWE王者の[[ジョン・シナ]]との抗争を開始。同年11月に[[コジロ・バジリ|デバリ]]が[[マネージャー]]に就く。[[ニュー・イヤーズ・レボルーション]]2006で自身初となる[[イリミネーション・チェンバー]]に出場するものの、敗退する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]]RAWとの契約が年内に切れたという設定で1月13日スマックダウンに移籍。同日当時[[WWE・世界ヘビー級王座]]を保持していた[[デビッド・バウティスタ|バティスタ]]が毛がで王座を返上し、王座が空位となったため王者決定バトルロイアルに急きょ参戦し、優勝し載冠。ロイヤルランブル2006で、[[マーク・ヘンリー]]、ノー・ウェイ・アウト2006で[[ジ・アンダー・テイカー]]相手に防衛する。[[レッスルマニア22]]のメイン戦で[[レイ・ミステリオ]]、[[ランディ・オートン]]を挑戦者に迎え、世界王座を賭けた三つ巴戦で対戦。ミステリオがオートンをフォールして王座陥落した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
レッスルマニア22以降、[[キング・オブ・ザ・リング]]のトーナメントにエントリー。1回戦でランディ・オートンに勝利するが、4月28日に世界ヘビー級王座戦でミステリオと対戦中、マーク・ヘンリーの襲撃を受け負傷。2回戦を辞退した。[[ジャッジメント・デイ2006]]でヘンリーとリベンジマッチを行うも、カウントアウト負けをする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
5月29日のRAWで[[ポール・ヘイマン]]の指名を受けて[[ECW]]に移籍。オートンとの抗争を続け、[[ECWワン・ナイト・スタンド2006]]で勝利するものの、[[ヴェンジェンス2006]]では敗北。その後は[[ロブ・バン・ダム]]と抗争するが、体調は以前にも増して優れず、8月13日のハウス・ショーでのロブ・バン・ダム戦で股間を始め全身を負傷。これが実質的なWWE最後の試合となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
8月25日、WWEを解雇。WWE側は、「円満退団」とされていたが、実際はアングルがWWE側の「要求」を受け入れなかったため、解雇扱いにしたとされる。9月、プロレスを引退し[[総合格闘技]]への参入を証明した。（これは後述の[[TNA]]参戦のカモフラージュするための[[フェイク]]だったためと言われている。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]]9月25日、[[TNA]]と契約したと電撃発表。10月9日に初登場すると、いきなり同団体のトップレスラー、[[サモア・ジョー]]と短期抗争をする。3月ごろには一度も試合を交えなかった[[スコット・スタイナー]]と抗争する。TNAでも主要王座を獲得、[[TNA世界ヘビー級王座]]も手に入れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2007年]]1月16日、[[新日本プロレス]]に参戦を発表。2月28日[[永田裕志]]とタッグを組んで[[トラヴィス・トムコ]]&amp;amp;[[ジャイアント・バーナード]]組と対戦。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
6月29日、[[イノキ・ゲノム・フェデレーション]]（IGF）旗揚げ戦でWWE時代のライバル[[ブロック・レスナー]]とシングルで対戦。アンクル・ロックで勝利。レスナーが保持していたIWGPヘビー級王座（IWGP 3rd）を獲得した。（レスナーは新日本にベルトを剥奪されており3rdベルトのみ賭けられた）試合後、レスナーと和解を果たした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
12月20日「GENOME2」で[[ケンドー・カシン]]、[[2008年]]1月4日には新日[[東京ドーム]]で永田裕志と「IWGP3rdベルト」を賭けて対戦し共にアンクル・ロックで勝利をおさめたが、2月17日の新日[[両国国技館]]大会で[[中邑真輔]]との「ベルト統一戦」で敗れる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2009年]]4月5日[[両国国技館]]大会でIWGPヘビー級王座を賭けて棚橋弘至と対戦したが敗れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
* [[1996年]]の[[アトランタオリンピック]]の[[金メダリスト]]だった。また、全米選手権では6度制覇したこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 実際のファイトスタイルもレスリング仕込みのものが多い。[[関節技]]、[[寝技]]、[[投げ技]]、[[打撃]]といったオールラウンダーである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 「世界一のテクニシャン」であるが、試合に使う技は以外に少ない。このスタイルは一発一発の攻撃に意味を持たせるためと、無駄な攻撃はしない表れである。この戦い方は、テクニックを見せる為技を多く持つという固定概念を破るものとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* リング上でのキャラクターは、金メダリストであることを鼻にかける傲慢で厭味なキャラクターで活動しており、アスリートとしての類い稀なる実力よりもズルさを前面に押し出したヒールを演じることが多い。アングルのヒールっぷりはあの絶対的ヒールだった[[トリプルH]]をフェイスターンさせたほどである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* カートの入場曲は曲名は「Medal」だったが観客のチャント「You Suck!!（へなちょこ！！）と大合唱され曲名が「I Don't Suck(Really)」と変更された。ベビーフェイスの時は対戦相手を指さして「You Suck!!」といいながら入場して、その意味合いを変えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* マイクアピールも上手く、話すセリフの間間に観客に「What!?（はあ!?）」と茶々を入れられるのも定番となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* スキンヘッドになった当初はカツラを被って活動していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[クリス・ベノワ]]との激闘期間は「試合のスマックダウン・ドラマのロウ」といわれる決定的な原因を作った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 2002年にWWEタッグ王座を獲得したことにより、WWE史上4人目のグランドスラムを達成した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 2007年PPV Hard Justiceにて史上2人目のTNAグランドスラム達成。（史上初はAJ・スタイルズ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* また、その実績から将来の[[WWE殿堂]]入りは確実とも言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 過去に一度だけ[[ECW]]にゲスト出演している。その時は、団体の空気に気分を害したため以降の出演は無かったが、2006年に復活したECWに8年ぶりにレギュラー参戦した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* アトランタオリンピックで、首に爆弾を抱えたままで金メダルを取った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* レスリングを引退するまでプロレスを見たことがなかったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* カートの容姿・ファイトスタイルを真似た[[オマージュレスラー]][[ショーン・ヘルナンデス]]が存在するが、彼もレスリング出身で州チャンピオンのメダルを掲げて入場している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 得意技 ==&lt;br /&gt;
; '''[[アングル・スラム]]''''''（オリンピック・スラム）'''&lt;br /&gt;
: アングルのオリジナル技にしてフィニッシュ・ホールド。相手を[[ファイヤーマンズキャリー]]で捕らえ、そのまま後方へ倒れ込みながら、相手の体を自分の片肩を支点に半回転させつつ後方に投げ落とし、背中・肩口・頭部辺りからマットへ叩きつける技。相手の実力や状況に応じて、相手を落とす角度を調整する。腕をロックしてからの展開が非常に速いので、返し難い。&lt;br /&gt;
; '''[[アンクル・ロック]]'''&lt;br /&gt;
: フィニッシュ・ホールド。アングルの代名詞的な技。自分の名前をもじってアングル・ロックともいう。元WWE所属の[[ケン・シャムロック]]が先にフィニッシャーとして使っていたが、現在ではアンクル・ロック＝カートというイメージが非常に強い。このまま寝技のヒールホールドに移行して踵を極められた場合、相手は高確率でロープにエスケープすらできずにタップアウトする。&lt;br /&gt;
; '''[[ベリー・トゥ・ベリースープレックス]]'''&lt;br /&gt;
; '''[[ジャーマン・スープレックス]]'''&lt;br /&gt;
: レスリング金メダリストだけあって、威力は高い。通常は一発だが、三連発することもある。WWEでは宿敵[[クリス・ベノワ]]と激闘を毎日展開し、互いに数えきれないほどのスープレックスを放ったことで有名である。&lt;br /&gt;
; '''[[ムーンサルトプレス]]'''&lt;br /&gt;
: おもに大一番の試合で使うアングルの隠し技。成功率は低い。非常に滞空時間が長く、美しい弧を描いているのが特徴である。過去にクリスベノワに対し金網の上から敢行したものが有名で、同じ試合でベノワも金網上からダイビング・ヘッドバッドを敢行している。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>カート・アングル</title>
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				<updated>2012-07-22T10:32:18Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''カート・アングル'''(Kurt Angle 1968年12月9日-)は、[[アメリカ]]の[[プロレスラー]]、元[[レスリング]]選手。本名'''カート・スティーブン・アングル'''。[[ペンシルヴァニア州]][[ピッツバーグ]]出身。身長178cm。体重102kg。[[TNA]]所属。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
学生時代からレスリングで活躍。[[1996年]]の[[アトランタオリンピック]]で[[金メダル]]を獲得。引退後、CM出演、地元のスポーツキャスターとして活動していたが、[[プロレスラー]]に転向した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1998年]][[WWE]]（元WWF）とマイナー契約。[[ドリー・ファンク・ジュニア]]や[[トム・プリチャード]]のコーチを受ける。インディ団体の修業期間を経て、[[1999年]]11月満を持してWWEにデビュー。翌[[2000年]]2月に、[[バル・ビーナス]]から[[WWE・ヨーロピアン王座]]を、続いて[[クリス・ジェリコ]]から[[WWE・インターコンチネンタル王座]]を獲得した。しかし、[[レッスルマニア2000]]で行われた両タイトルを賭けた三つ巴戦で、[[クリス・ベノワ]]にIC王座を、クリス・ジェリコにEU王座を取られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年10月22日、[[ザ・ロック]]を破り[[WWE王座]]を獲得。同年に[[ギミック]]上の夫婦だった[[トリプルH]]と[[ステファニー・マクマホン]]の[[三角関係]]ストーリー、[[ストーン・コールド・スティーブン・オースティン]]との抗争を展開するなど、試合のみならず、ストーリー上においても中心人物の一人となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2001年]]、WWF対アライアンス抗争では、主力として活躍。その間に、[[WCW王座]]を獲得するなどの快挙を成し遂げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]のWWEブランド分割時にドラフト2位で[[スマックダウン]]に加入。[[エッジ]]と抗争を展開。[[敗者髪切り戦]]でアングルの敗北をもって抗争は終わった。以後、スキンヘッドとして活動する。秋からは宿敵クリス・ベノワとのタッグで初代[[WWE・タッグチーム王座]]決定トーナメントにエントリー。PPV[[ノー・マーシー]]2002で、[[レイ・ミステリオ]]&amp;amp;[[エッジ]]組を破り、優勝を果たした。しかし、すぐに仲間割れをした。同年12月PPV[[アルマゲドン]]で[[ビッグ・ショー]]を破り、WWE王座を獲得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2003年]]、新人だった[[チャーリー・ハース]]と[[シェルトン・ベンジャミン]]と共に、自らをリーダーとしたチーム・アングルを結成。[[レッスルマニア19]]のメイン戦で[[ブロック・レスナー]]を相手にWWE王座を賭けて対戦。結果は王座を取られたもののレスナーと健闘を讃えあった。それ以後、首の治療のため欠場を経て、[[ベビー・フェイス]]に転向して復帰。チーム・アングルからは追い出される。復帰後もブロック・レスナーとストーリー上で絡んでゆく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]2月、ヒールターンをする。[[レッスルマニア20]]で当時WWE王者だった[[エディ・ゲレロ]]と王座を賭けて対戦。大会終了後、首の持病と2003年末に痛めた足首の治療の為、レスラー活動をいったん停止。スマックダウンの[[GM]]として活動する。足の怪我が原因でレスリングが2度とできないと云うギミックで車いすにのって登場した。GM就任後もエディとの抗争を行う。7月に復帰。復帰の際は、[[ビンス・マクマホン]]にGM職の解任と試合復帰を命じられる形となった。エディとの抗争終了後、WWE所属ではない「地元の英雄」を招いて3分間自分と戦って耐えることが出来たら、金メダルをプレゼントする「招待試合」を毎回行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]][[ロイヤルランブル]]でWWE王座を賭けて[[JBL]]と[[ビッグ・ショー]]と三つ巴戦を行った。結果はJBLの[[クローズライン・フロム・ヘル]]を喰らい敗北。試合終了後、[[ナンジオ]]のランブル戦出場権を奪って、急きょ参戦するも、[[ショーン・マイケルズ]]によって敗退させられる。激昂したアングルは敗退後、マイケルズをリングアウトさせ鉄階段で攻撃した。これが後にアングルとマイケルズの抗争の発端となった。ロイヤルランブル以後、[[レッスルマニア21]]で行われるWWE王座挑戦者決定トーナメントにエントリーするものの、[[ノー・ウェイ・アウト2005]]の決勝戦で[[ジョン・シナ]]に敗れる。レッスルマニアでは、ショーン・マイケルズと対戦。この試合は名勝負として高評価を得た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年のドラフトで[[WWE・ロウ|RAW]]に移籍。WWE王者の[[ジョン・シナ]]との抗争を開始。同年11月に[[コジロ・バジリ|デバリ]]が[[マネージャー]]に就く。[[ニュー・イヤーズ・レボルーション]]2006で自身初となる[[イリミネーション・チェンバー]]に出場するものの、敗退する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]]RAWとの契約が年内に切れたという設定で1月13日スマックダウンに移籍。同日当時[[WWE・世界ヘビー級王座]]を保持していた[[デビッド・バウティスタ|バティスタ]]が毛がで王座を返上し、王座が空位となったため王者決定バトルロイアルに急きょ参戦し、優勝し載冠。ロイヤルランブル2006で、[[マーク・ヘンリー]]、ノー・ウェイ・アウト2006で[[ジ・アンダー・テイカー]]相手に防衛する。[[レッスルマニア22]]のメイン戦で[[レイ・ミステリオ]]、[[ランディ・オートン]]を挑戦者に迎え、世界王座を賭けた三つ巴戦で対戦。ミステリオがオートンをフォールして王座陥落した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
レッスルマニア22以降、[[キング・オブ・ザ・リング]]のトーナメントにエントリー。1回戦でランディ・オートンに勝利するが、4月28日に世界ヘビー級王座戦でミステリオと対戦中、マーク・ヘンリーの襲撃を受け負傷。2回戦を辞退した。[[ジャッジメント・デイ2006]]でヘンリーとリベンジマッチを行うも、カウントアウト負けをする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
5月29日のRAWで[[ポール・ヘイマン]]の指名を受けて[[ECW]]に移籍。オートンとの抗争を続け、[[ECWワン・ナイト・スタンド2006]]で勝利するものの、[[ヴェンジェンス2006]]では敗北。その後は[[ロブ・バン・ダム]]と抗争するが、体調は以前にも増して優れず、8月13日のハウス・ショーでのロブ・バン・ダム戦で股間を始め全身を負傷。これが実質的なWWE最後の試合となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
8月25日、WWEを解雇。WWE側は、「円満退団」とされていたが、実際はアングルがWWE側の「要求」を受け入れなかったため、解雇扱いにしたとされる。9月、プロレスを引退し[[総合格闘技]]への参入を証明した。（これは後述の[[TNA]]参戦のカモフラージュするための[[フェイク]]だったためと言われている。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]]9月25日、[[TNA]]と契約したと電撃発表。10月9日に初登場すると、いきなり同団体のトップレスラー、[[サモア・ジョー]]と短期抗争をする。3月ごろには一度も試合を交えなかった[[スコット・スタイナー]]と抗争する。TNAでも主要王座を獲得、[[TNA世界ヘビー級王座]]も手に入れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2007年]]1月16日、[[新日本プロレス]]に参戦を発表。2月28日[[永田裕志]]とタッグを組んで[[トラヴィス・トムコ]]&amp;amp;[[ジャイアント・バーナード]]組と対戦。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
6月29日、[[イノキ・ゲノム・フェデレーション]]（IGF）旗揚げ戦でWWE時代のライバル[[ブロック・レスナー]]とシングルで対戦。アンクル・ロックで勝利。レスナーが保持していたIWGPヘビー級王座（IWGP 3rd）を獲得した。（レスナーは新日本にベルトを剥奪されており3rdベルトのみ賭けられた）試合後、レスナーと和解を果たした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
12月20日「GENOME2」で[[ケンドー・カシン]]、[[2008年]]1月4日には新日[[東京ドーム]]で永田裕志と「IWGP3rdベルト」を賭けて対戦し共にアンクル・ロックで勝利をおさめたが、2月17日の新日[[両国国技館]]大会で[[中邑真輔]]との「ベルト統一戦」で敗れる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2009年]]4月5日[[両国国技館]]大会でIWGPヘビー級王座を賭けて棚橋弘至と対戦したが敗れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
* [[1996年]]の[[アトランタオリンピック]]の[[金メダリスト]]だった。また、全米選手権では6度制覇したこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 実際のファイトスタイルもレスリング仕込みのものが多い。[[関節技]]、[[寝技]]、[[投げ技]]、[[打撃]]といったオールラウンダーである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 「世界一のテクニシャン」であるが、試合に使う技は以外に少ない。このスタイルは一発一発の攻撃に意味を持たせるためと、無駄な攻撃はしない表れである。この戦い方は、テクニックを見せる為技を多く持つという固定概念を破るものとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* リング上でのキャラクターは、金メダリストであることを鼻にかける傲慢で厭味なキャラクターで活動しており、アスリートとしての類い稀なる実力よりもズルさを前面に押し出したヒールを演じることが多い。アングルのヒールっぷりはあの絶対的ヒールだった[[トリプルH]]をフェイスターンさせたほどである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* カートの入場曲は曲名は「Medal」だったが観客のチャント「You Suck!!（へなちょこ！！）と大合唱され曲名が「I Don't Suck(Really)」と変更された。ベビーフェイスの時は対戦相手を指さして「You Suck!!」といいながら入場して、その意味合いを変えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* マイクアピールも上手く、話すセリフの間間に観客に「What!?（はあ!?）」と茶々を入れられるのも定番となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 2002年にWWEタッグ王座を獲得したことにより、WWE史上4人目のグランドスラムを達成した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 2007年PPV Hard Justiceにて史上2人目のTNAグランドスラム達成。（史上初はAJ・スタイルズ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* また、その実績から将来の[[WWE殿堂]]入りは確実とも言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 過去に一度だけ[[ECW]]にゲスト出演している。その時は、団体の空気に気分を害したため以降の出演は無かったが、2006年に復活したECWに8年ぶりにレギュラー参戦した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* アトランタオリンピックで、首に爆弾を抱えたままで金メダルを取った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* レスリングを引退するまでプロレスを見たことがなかったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* カートの容姿・ファイトスタイルを真似た[[オマージュレスラー]][[ショーン・ヘルナンデス]]が存在するが、彼もレスリング出身で州チャンピオンのメダルを掲げて入場している。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>カート・アングル</title>
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				<updated>2012-07-22T09:22:30Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''カート・アングル'''(Kurt Angle 1968年12月9日-)は、[[アメリカ]]の[[プロレスラー]]、元[[レスリング]]選手。本名'''カート・スティーブン・アングル'''。[[ペンシルヴァニア州]][[ピッツバーグ]]出身。身長178cm。体重102kg。[[TNA]]所属。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
学生時代からレスリングで活躍。[[1996年]]の[[アトランタオリンピック]]で[[金メダル]]を獲得。引退後、CM出演、地元のスポーツキャスターとして活動していたが、[[プロレスラー]]に転向した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1998年]][[WWE]]（元WWF）とマイナー契約。[[ドリー・ファンク・ジュニア]]や[[トム・プリチャード]]のコーチを受ける。インディ団体の修業期間を経て、[[1999年]]11月満を持してWWEにデビュー。翌[[2000年]]2月に、[[バル・ビーナス]]から[[WWE・ヨーロピアン王座]]を、続いて[[クリス・ジェリコ]]から[[WWE・インターコンチネンタル王座]]を獲得した。しかし、[[レッスルマニア2000]]で行われた両タイトルを賭けた三つ巴戦で、[[クリス・ベノワ]]にIC王座を、クリス・ジェリコにEU王座を取られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年10月22日、[[ザ・ロック]]を破り[[WWE王座]]を獲得。同年に[[ギミック]]上の夫婦だった[[トリプルH]]と[[ステファニー・マクマホン]]の[[三角関係]]ストーリー、[[ストーン・コールド・スティーブン・オースティン]]との抗争を展開するなど、試合のみならず、ストーリー上においても中心人物の一人となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2001年]]、WWF対アライアンス抗争では、主力として活躍。その間に、[[WCW王座]]を獲得するなどの快挙を成し遂げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]のWWEブランド分割時にドラフト2位で[[スマックダウン]]に加入。[[エッジ]]と抗争を展開。[[敗者髪切り戦]]でアングルの敗北をもって抗争は終わった。以後、スキンヘッドとして活動する。秋からは宿敵クリス・ベノワとのタッグで初代[[WWE・タッグチーム王座]]決定トーナメントにエントリー。PPV[[ノー・マーシー]]2002で、[[レイ・ミステリオ]]&amp;amp;[[エッジ]]組を破り、優勝を果たした。しかし、すぐに仲間割れをした。同年12月PPV[[アルマゲドン]]で[[ビッグ・ショー]]を破り、WWE王座を獲得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2003年]]、新人だった[[チャーリー・ハース]]と[[シェルトン・ベンジャミン]]と共に、自らをリーダーとしたチーム・アングルを結成。[[レッスルマニア19]]のメイン戦で[[ブロック・レスナー]]を相手にWWE王座を賭けて対戦。結果は王座を取られたもののレスナーと健闘を讃えあった。それ以後、首の治療のため欠場を経て、[[ベビー・フェイス]]に転向して復帰。チーム・アングルからは追い出される。復帰後もブロック・レスナーとストーリー上で絡んでゆく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]2月、ヒールターンをする。[[レッスルマニア20]]で当時WWE王者だった[[エディ・ゲレロ]]と王座を賭けて対戦。大会終了後、首の持病と2003年末に痛めた足首の治療の為、レスラー活動をいったん停止。スマックダウンの[[GM]]として活動する。足の怪我が原因でレスリングが2度とできないと云うギミックで車いすにのって登場した。GM就任後もエディとの抗争を行う。7月に復帰。復帰の際は、[[ビンス・マクマホン]]にGM職の解任と試合復帰を命じられる形となった。エディとの抗争終了後、WWE所属ではない「地元の英雄」を招いて3分間自分と戦って耐えることが出来たら、金メダルをプレゼントする「招待試合」を毎回行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]][[ロイヤルランブル]]でWWE王座を賭けて[[JBL]]と[[ビッグ・ショー]]と三つ巴戦を行った。結果はJBLの[[クローズライン・フロム・ヘル]]を喰らい敗北。試合終了後、[[ナンジオ]]のランブル戦出場権を奪って、急きょ参戦するも、[[ショーン・マイケルズ]]によって敗退させられる。激昂したアングルは敗退後、マイケルズをリングアウトさせ鉄階段で攻撃した。これが後にアングルとマイケルズの抗争の発端となった。ロイヤルランブル以後、[[レッスルマニア21]]で行われるWWE王座挑戦者決定トーナメントにエントリーするものの、[[ノー・ウェイ・アウト2005]]の決勝戦で[[ジョン・シナ]]に敗れる。レッスルマニアでは、ショーン・マイケルズと対戦。この試合は名勝負として高評価を得た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年のドラフトで[[WWE・ロウ|RAW]]に移籍。WWE王者の[[ジョン・シナ]]との抗争を開始。同年11月に[[コジロ・バジリ|デバリ]]が[[マネージャー]]に就く。[[ニュー・イヤーズ・レボルーション]]2006で自身初となる[[イリミネーション・チェンバー]]に出場するものの、敗退する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]]RAWとの契約が年内に切れたという設定で1月13日スマックダウンに移籍。同日当時[[WWE・世界ヘビー級王座]]を保持していた[[デビッド・バウティスタ|バティスタ]]が毛がで王座を返上し、王座が空位となったため王者決定バトルロイアルに急きょ参戦し、優勝し載冠。ロイヤルランブル2006で、[[マーク・ヘンリー]]、ノー・ウェイ・アウト2006で[[ジ・アンダー・テイカー]]相手に防衛する。[[レッスルマニア22]]のメイン戦で[[レイ・ミステリオ]]、[[ランディ・オートン]]を挑戦者に迎え、世界王座を賭けた三つ巴戦で対戦。ミステリオがオートンをフォールして王座陥落した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
レッスルマニア22以降、[[キング・オブ・ザ・リング]]のトーナメントにエントリー。1回戦でランディ・オートンに勝利するが、4月28日に世界ヘビー級王座戦でミステリオと対戦中、マーク・ヘンリーの襲撃を受け負傷。2回戦を辞退した。[[ジャッジメント・デイ2006]]でヘンリーとリベンジマッチを行うも、カウントアウト負けをする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
5月29日のRAWで[[ポール・ヘイマン]]の指名を受けて[[ECW]]に移籍。オートンとの抗争を続け、[[ECWワン・ナイト・スタンド2006]]で勝利するものの、[[ヴェンジェンス2006]]では敗北。その後は[[ロブ・バン・ダム]]と抗争するが、体調は以前にも増して優れず、8月13日のハウス・ショーでのロブ・バン・ダム戦で股間を始め全身を負傷。これが実質的なWWE最後の試合となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
8月25日、WWEを解雇。WWE側は、「円満退団」とされていたが、実際はアングルがWWE側の「要求」を受け入れなかったため、解雇扱いにしたとされる。9月、プロレスを引退し[[総合格闘技]]への参入を証明した。（これは後述の[[TNA]]参戦のカモフラージュするための[[フェイク]]だったためと言われている。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]]9月25日、[[TNA]]と契約したと電撃発表。10月9日に初登場すると、いきなり同団体のトップレスラー、[[サモア・ジョー]]と短期抗争をする。3月ごろには一度も試合を交えなかった[[スコット・スタイナー]]と抗争する。TNAでも主要王座を獲得、[[TNA世界ヘビー級王座]]も手に入れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2007年]]1月16日、[[新日本プロレス]]に参戦を発表。2月28日[[永田裕志]]とタッグを組んで[[トラヴィス・トムコ]]&amp;amp;[[ジャイアント・バーナード]]組と対戦。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
6月29日、[[イノキ・ゲノム・フェデレーション]]（IGF）旗揚げ戦でWWE時代のライバル[[ブロック・レスナー]]とシングルで対戦。アンクル・ロックで勝利。レスナーが保持していたIWGPヘビー級王座（IWGP 3rd）を獲得した。（レスナーは新日本にベルトを剥奪されており3rdベルトのみ賭けられた）試合後、レスナーと和解を果たした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
12月20日「GENOME2」で[[ケンドー・カシン]]、[[2008年]]1月4日には新日[[東京ドーム]]で永田裕志と「IWGP3rdベルト」を賭けて対戦し共にアンクル・ロックで勝利をおさめたが、2月17日の新日[[両国国技館]]大会で[[中邑真輔]]との「ベルト統一戦」で敗れる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2009年]]4月5日[[両国国技館]]大会でIWGPヘビー級王座を賭けて棚橋弘至と対戦したが敗れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
* [[1996年]]の[[アトランタオリンピック]]の[[金メダリスト]]だった。また、全米選手権では6度制覇したこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 実際のファイトスタイルもレスリング仕込みのものが多い。[[関節技]]、[[寝技]]、[[投げ技]]、[[打撃]]といったオールラウンダーである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 「世界一のテクニシャン」であるが、試合に使う技は以外に少ない。このスタイルは一発一発の攻撃に意味を持たせるためと、無駄な攻撃はしない表れである。この戦い方は、テクニックを見せる為技を多く持つという固定概念を破るものとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* リング上でのキャラクターは、金メダリストであることを鼻にかける傲慢で厭味なキャラクターで活動しており、アスリートとしての類い稀なる実力よりもズルさを前面に押し出したヒールを演じることが多い。アングルのヒールっぷりはあの絶対的ヒールだった[[トリプルH]]をフェイスターンさせたほどである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* カートの入場曲は曲名は「Medal」だったが観客のチャント「You Suck!!（へなちょこ！！）と大合唱され曲名が「I Don't Suck(Really)」と変更された。ベビーフェイスの時は対戦相手を指さして「You Suck!!」といいながら入場して、その意味合いを変えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* マイクアピールも上手く、話すセリフの間間に観客に「What!?（はあ!?）」と茶々を入れられるのも定番となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 2002年にWWEタッグ王座を獲得したことにより、WWE史上4人目のグランドスラムを達成した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 2007年PPV Hard Justiceにて史上2人目のTNAグランドスラム達成。（史上初はAJ・スタイルズ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* また、その実績から将来の[[WWE殿堂]]入りは確実とも言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 過去に一度だけ[[ECW]]にゲスト出演している。その時は、団体の空気に気分を害したため以降の出演は無かったが、2006年に復活したECWに8年ぶりにレギュラー参戦した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* アトランタオリンピックで、首に爆弾を抱えたままで金メダルを取った。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AB&amp;diff=164106</id>
		<title>カート・アングル</title>
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				<updated>2012-07-22T09:08:58Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''カート・アングル'''(Kurt Angle 1968年12月9日-)は、[[アメリカ]]の[[プロレスラー]]、元[[レスリング]]選手。本名'''カート・スティーブン・アングル'''。[[ペンシルヴァニア州]][[ピッツバーグ]]出身。身長178cm。体重102kg。[[TNA]]所属。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
学生時代からレスリングで活躍。[[1996年]]の[[アトランタオリンピック]]で[[金メダル]]を獲得。引退後、CM出演、地元のスポーツキャスターとして活動していたが、[[プロレスラー]]に転向した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1998年]][[WWE]]（元WWF）とマイナー契約。[[ドリー・ファンク・ジュニア]]や[[トム・プリチャード]]のコーチを受ける。インディ団体の修業期間を経て、[[1999年]]11月満を持してWWEにデビュー。翌[[2000年]]2月に、[[バル・ビーナス]]から[[WWE・ヨーロピアン王座]]を、続いて[[クリス・ジェリコ]]から[[WWE・インターコンチネンタル王座]]を獲得した。しかし、[[レッスルマニア2000]]で行われた両タイトルを賭けた三つ巴戦で、[[クリス・ベノワ]]にIC王座を、クリス・ジェリコにEU王座を取られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年10月22日、[[ザ・ロック]]を破り[[WWE王座]]を獲得。同年に[[ギミック]]上の夫婦だった[[トリプルH]]と[[ステファニー・マクマホン]]の[[三角関係]]ストーリー、[[ストーン・コールド・スティーブン・オースティン]]との抗争を展開するなど、試合のみならず、ストーリー上においても中心人物の一人となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2001年]]、WWF対アライアンス抗争では、主力として活躍。その間に、[[WCW王座]]を獲得するなどの快挙を成し遂げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]のWWEブランド分割時にドラフト2位で[[スマックダウン]]に加入。[[エッジ]]と抗争を展開。[[敗者髪切り戦]]でアングルの敗北をもって抗争は終わった。以後、スキンヘッドとして活動する。秋からは宿敵クリス・ベノワとのタッグで初代[[WWE・タッグチーム王座]]決定トーナメントにエントリー。PPV[[ノー・マーシー]]2002で、[[レイ・ミステリオ]]&amp;amp;[[エッジ]]組を破り、優勝を果たした。しかし、すぐに仲間割れをした。同年12月PPV[[アルマゲドン]]で[[ビッグ・ショー]]を破り、WWE王座を獲得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2003年]]、新人だった[[チャーリー・ハース]]と[[シェルトン・ベンジャミン]]と共に、自らをリーダーとしたチーム・アングルを結成。[[レッスルマニア19]]のメイン戦で[[ブロック・レスナー]]を相手にWWE王座を賭けて対戦。結果は王座を取られたもののレスナーと健闘を讃えあった。それ以後、首の治療のため欠場を経て、[[ベビー・フェイス]]に転向して復帰。チーム・アングルからは追い出される。復帰後もブロック・レスナーとストーリー上で絡んでゆく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]2月、ヒールターンをする。[[レッスルマニア20]]で当時WWE王者だった[[エディ・ゲレロ]]と王座を賭けて対戦。大会終了後、首の持病と2003年末に痛めた足首の治療の為、レスラー活動をいったん停止。スマックダウンの[[GM]]として活動する。足の怪我が原因でレスリングが2度とできないと云うギミックで車いすにのって登場した。GM就任後もエディとの抗争を行う。7月に復帰。復帰の際は、[[ビンス・マクマホン]]にGM職の解任と試合復帰を命じられる形となった。エディとの抗争終了後、WWE所属ではない「地元の英雄」を招いて3分間自分と戦って耐えることが出来たら、金メダルをプレゼントする「招待試合」を毎回行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]][[ロイヤルランブル]]でWWE王座を賭けて[[JBL]]と[[ビッグ・ショー]]と三つ巴戦を行った。結果はJBLの[[クローズライン・フロム・ヘル]]を喰らい敗北。試合終了後、[[ナンジオ]]のランブル戦出場権を奪って、急きょ参戦するも、[[ショーン・マイケルズ]]によって敗退させられる。激昂したアングルは敗退後、マイケルズをリングアウトさせ鉄階段で攻撃した。これが後にアングルとマイケルズの抗争の発端となった。ロイヤルランブル以後、[[レッスルマニア21]]で行われるWWE王座挑戦者決定トーナメントにエントリーするものの、[[ノー・ウェイ・アウト2005]]の決勝戦で[[ジョン・シナ]]に敗れる。レッスルマニアでは、ショーン・マイケルズと対戦。この試合は名勝負として高評価を得た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年のドラフトで[[WWE・ロウ|RAW]]に移籍。WWE王者の[[ジョン・シナ]]との抗争を開始。同年11月に[[コジロ・バジリ|デバリ]]が[[マネージャー]]に就く。[[ニュー・イヤーズ・レボルーション]]2006で自身初となる[[イリミネーション・チェンバー]]に出場するものの、敗退する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]]RAWとの契約が年内に切れたという設定で1月13日スマックダウンに移籍。同日当時[[WWE・世界ヘビー級王座]]を保持していた[[デビッド・バウティスタ|バティスタ]]が毛がで王座を返上し、王座が空位となったため王者決定バトルロイアルに急きょ参戦し、優勝し載冠。ロイヤルランブル2006で、[[マーク・ヘンリー]]、ノー・ウェイ・アウト2006で[[ジ・アンダー・テイカー]]相手に防衛する。[[レッスルマニア22]]のメイン戦で[[レイ・ミステリオ]]、[[ランディ・オートン]]を挑戦者に迎え、世界王座を賭けた三つ巴戦で対戦。ミステリオがオートンをフォールして王座陥落した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
レッスルマニア22以降、[[キング・オブ・ザ・リング]]のトーナメントにエントリー。1回戦でランディ・オートンに勝利するが、4月28日に世界ヘビー級王座戦でミステリオと対戦中、マーク・ヘンリーの襲撃を受け負傷。2回戦を辞退した。[[ジャッジメント・デイ2006]]でヘンリーとリベンジマッチを行うも、カウントアウト負けをする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
5月29日のRAWで[[ポール・ヘイマン]]の指名を受けて[[ECW]]に移籍。オートンとの抗争を続け、[[ECWワン・ナイト・スタンド2006]]で勝利するものの、[[ヴェンジェンス2006]]では敗北。その後は[[ロブ・バン・ダム]]と抗争するが、体調は以前にも増して優れず、8月13日のハウス・ショーでのロブ・バン・ダム戦で股間を始め全身を負傷。これが実質的なWWE最後の試合となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
8月25日、WWEを解雇。WWE側は、「円満退団」とされていたが、実際はアングルがWWE側の「要求」を受け入れなかったため、解雇扱いにしたとされる。9月、プロレスを引退し[[総合格闘技]]への参入を証明した。（これは後述の[[TNA]]参戦のカモフラージュするための[[フェイク]]だったためと言われている。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]]9月25日、[[TNA]]と契約したと電撃発表。10月9日に初登場すると、いきなり同団体のトップレスラー、[[サモア・ジョー]]と短期抗争をする。3月ごろには一度も試合を交えなかった[[スコット・スタイナー]]と抗争する。TNAでも主要王座を獲得、[[TNA世界ヘビー級王座]]も手に入れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2007年]]1月16日、[[新日本プロレス]]に参戦を発表。2月28日[[永田裕志]]とタッグを組んで[[トラヴィス・トムコ]]&amp;amp;[[ジャイアント・バーナード]]組と対戦。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
6月29日、[[イノキ・ゲノム・フェデレーション]]（IGF）旗揚げ戦でWWE時代のライバル[[ブロック・レスナー]]とシングルで対戦。アンクル・ロックで勝利。レスナーが保持していたIWGPヘビー級王座（IWGP 3rd）を獲得した。（レスナーは新日本にベルトを剥奪されており3rdベルトのみ賭けられた）試合後、レスナーと和解を果たした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
12月20日「GENOME2」で[[ケンドー・カシン]]、[[2008年]]1月4日には新日[[東京ドーム]]で永田裕志と「IWGP3rdベルト」を賭けて対戦し共にアンクル・ロックで勝利をおさめたが、2月17日の新日[[両国国技館]]大会で[[中邑真輔]]との「ベルト統一戦」で敗れる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2009年]]4月5日[[両国国技館]]大会でIWGPヘビー級王座を賭けて棚橋弘至と対戦したが敗れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
* [[1996年]]の[[アトランタオリンピック]]の[[金メダリスト]]だった。また、全米選手権では6度制覇したこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 実際のファイトスタイルもレスリング仕込みのものが多い。[[関節技]]、[[寝技]]、[[投げ技]]、[[打撃]]といったオールラウンダーである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 「世界一のテクニシャン」であるが、試合に使う技は以外に少ない。このスタイルは一発一発の攻撃に意味を持たせるためと、無駄な攻撃はしない表れである。この戦い方は、テクニックを見せる為技を多く持つという固定概念を破るものとなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* リング上でのキャラクターは、金メダリストであることを鼻にかける傲慢で厭味なキャラクターで活動しており、アスリートとしての類い稀なる実力よりもズルさを前面に押し出したヒールを演じることが多い。アングルのヒールっぷりはあの絶対的ヒールだった[[トリプルH]]をフェイスターンさせたほどである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* カートの入場曲は曲名は「Medal」だったが観客のチャント「You Suck!!（へなちょこ！！）と大合唱され曲名が「I Don't Suck(Really)」と変更された。ベビーフェイスの時は対戦相手を指さして「You Suck!!」といいながら入場して、その意味合いを変えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* マイクアピールも上手く、話すセリフの間間に観客に「What!?（はあ!?）」と茶々を入れられるのもていばんになっている。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>カート・アングル</title>
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				<updated>2012-07-22T08:41:59Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''カート・アングル'''(Kurt Angle 1968年12月9日-)は、[[アメリカ]]の[[プロレスラー]]、元[[レスリング]]選手。本名'''カート・スティーブン・アングル'''。[[ペンシルヴァニア州]][[ピッツバーグ]]出身。身長178cm。体重102kg。[[TNA]]所属。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
学生時代からレスリングで活躍。[[1996年]]の[[アトランタオリンピック]]で[[金メダル]]を獲得。引退後、CM出演、地元のスポーツキャスターとして活動していたが、[[プロレスラー]]に転向した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1998年]][[WWE]]（元WWF）とマイナー契約。[[ドリー・ファンク・ジュニア]]や[[トム・プリチャード]]のコーチを受ける。インディ団体の修業期間を経て、[[1999年]]11月満を持してWWEにデビュー。翌[[2000年]]2月に、[[バル・ビーナス]]から[[WWE・ヨーロピアン王座]]を、続いて[[クリス・ジェリコ]]から[[WWE・インターコンチネンタル王座]]を獲得した。しかし、[[レッスルマニア2000]]で行われた両タイトルを賭けた三つ巴戦で、[[クリス・ベノワ]]にIC王座を、クリス・ジェリコにEU王座を取られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年10月22日、[[ザ・ロック]]を破り[[WWE王座]]を獲得。同年に[[ギミック]]上の夫婦だった[[トリプルH]]と[[ステファニー・マクマホン]]の[[三角関係]]ストーリー、[[ストーン・コールド・スティーブン・オースティン]]との抗争を展開するなど、試合のみならず、ストーリー上においても中心人物の一人となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2001年]]、WWF対アライアンス抗争では、主力として活躍。その間に、[[WCW王座]]を獲得するなどの快挙を成し遂げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]のWWEブランド分割時にドラフト2位で[[スマックダウン]]に加入。[[エッジ]]と抗争を展開。[[敗者髪切り戦]]でアングルの敗北をもって抗争は終わった。以後、スキンヘッドとして活動する。秋からは宿敵クリス・ベノワとのタッグで初代[[WWE・タッグチーム王座]]決定トーナメントにエントリー。PPV[[ノー・マーシー]]2002で、[[レイ・ミステリオ]]&amp;amp;[[エッジ]]組を破り、優勝を果たした。しかし、すぐに仲間割れをした。同年12月PPV[[アルマゲドン]]で[[ビッグ・ショー]]を破り、WWE王座を獲得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2003年]]、新人だった[[チャーリー・ハース]]と[[シェルトン・ベンジャミン]]と共に、自らをリーダーとしたチーム・アングルを結成。[[レッスルマニア19]]のメイン戦で[[ブロック・レスナー]]を相手にWWE王座を賭けて対戦。結果は王座を取られたもののレスナーと健闘を讃えあった。それ以後、首の治療のため欠場を経て、[[ベビー・フェイス]]に転向して復帰。チーム・アングルからは追い出される。復帰後もブロック・レスナーとストーリー上で絡んでゆく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]2月、ヒールターンをする。[[レッスルマニア20]]で当時WWE王者だった[[エディ・ゲレロ]]と王座を賭けて対戦。大会終了後、首の持病と2003年末に痛めた足首の治療の為、レスラー活動をいったん停止。スマックダウンの[[GM]]として活動する。足の怪我が原因でレスリングが2度とできないと云うギミックで車いすにのって登場した。GM就任後もエディとの抗争を行う。7月に復帰。復帰の際は、[[ビンス・マクマホン]]にGM職の解任と試合復帰を命じられる形となった。エディとの抗争終了後、WWE所属ではない「地元の英雄」を招いて3分間自分と戦って耐えることが出来たら、金メダルをプレゼントする「招待試合」を毎回行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]][[ロイヤルランブル]]でWWE王座を賭けて[[JBL]]と[[ビッグ・ショー]]と三つ巴戦を行った。結果はJBLの[[クローズライン・フロム・ヘル]]を喰らい敗北。試合終了後、[[ナンジオ]]のランブル戦出場権を奪って、急きょ参戦するも、[[ショーン・マイケルズ]]によって敗退させられる。激昂したアングルは敗退後、マイケルズをリングアウトさせ鉄階段で攻撃した。これが後にアングルとマイケルズの抗争の発端となった。ロイヤルランブル以後、[[レッスルマニア21]]で行われるWWE王座挑戦者決定トーナメントにエントリーするものの、[[ノー・ウェイ・アウト2005]]の決勝戦で[[ジョン・シナ]]に敗れる。レッスルマニアでは、ショーン・マイケルズと対戦。この試合は名勝負として高評価を得た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年のドラフトで[[WWE・ロウ|RAW]]に移籍。WWE王者の[[ジョン・シナ]]との抗争を開始。同年11月に[[コジロ・バジリ|デバリ]]が[[マネージャー]]に就く。[[ニュー・イヤーズ・レボルーション]]2006で自身初となる[[イリミネーション・チェンバー]]に出場するものの、敗退する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]]RAWとの契約が年内に切れたという設定で1月13日スマックダウンに移籍。同日当時[[WWE・世界ヘビー級王座]]を保持していた[[デビッド・バウティスタ|バティスタ]]が毛がで王座を返上し、王座が空位となったため王者決定バトルロイアルに急きょ参戦し、優勝し載冠。ロイヤルランブル2006で、[[マーク・ヘンリー]]、ノー・ウェイ・アウト2006で[[ジ・アンダー・テイカー]]相手に防衛する。[[レッスルマニア22]]のメイン戦で[[レイ・ミステリオ]]、[[ランディ・オートン]]を挑戦者に迎え、世界王座を賭けた三つ巴戦で対戦。ミステリオがオートンをフォールして王座陥落した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
レッスルマニア22以降、[[キング・オブ・ザ・リング]]のトーナメントにエントリー。1回戦でランディ・オートンに勝利するが、4月28日に世界ヘビー級王座戦でミステリオと対戦中、マーク・ヘンリーの襲撃を受け負傷。2回戦を辞退した。[[ジャッジメント・デイ2006]]でヘンリーとリベンジマッチを行うも、カウントアウト負けをする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
5月29日のRAWで[[ポール・ヘイマン]]の指名を受けて[[ECW]]に移籍。オートンとの抗争を続け、[[ECWワン・ナイト・スタンド2006]]で勝利するものの、[[ヴェンジェンス2006]]では敗北。その後は[[ロブ・バン・ダム]]と抗争するが、体調は以前にも増して優れず、8月13日のハウス・ショーでのロブ・バン・ダム戦で股間を始め全身を負傷。これが実質的なWWE最後の試合となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
8月25日、WWEを解雇。WWE側は、「円満退団」とされていたが、実際はアングルがWWE側の「要求」を受け入れなかったため、解雇扱いにしたとされる。9月、プロレスを引退し[[総合格闘技]]への参入を証明した。（これは後述の[[TNA]]参戦のカモフラージュするための[[フェイク]]だったためと言われている。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]]9月25日、[[TNA]]と契約したと電撃発表。10月9日に初登場すると、いきなり同団体のトップレスラー、[[サモア・ジョー]]と短期抗争をする。3月ごろには一度も試合を交えなかった[[スコット・スタイナー]]と抗争する。TNAでも主要王座を獲得、[[TNA世界ヘビー級王座]]も手に入れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2007年]]1月16日、[[新日本プロレス]]に参戦を発表。2月28日[[永田裕志]]とタッグを組んで[[トラヴィス・トムコ]]&amp;amp;[[ジャイアント・バーナード]]組と対戦。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
6月29日、[[イノキ・ゲノム・フェデレーション]]（IGF）旗揚げ戦でWWE時代のライバル[[ブロック・レスナー]]とシングルで対戦。アンクル・ロックで勝利。レスナーが保持していたIWGPヘビー級王座（IWGP 3rd）を獲得した。（レスナーは新日本にベルトを剥奪されており3rdベルトのみ賭けられた）試合後、レスナーと和解を果たした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
12月20日「GENOME2」で[[ケンドー・カシン]]、[[2008年]]1月4日には新日[[東京ドーム]]で永田裕志と「IWGP3rdベルト」を賭けて対戦し共にアンクル・ロックで勝利をおさめたが、2月17日の新日[[両国国技館]]大会で[[中邑真輔]]との「ベルト統一戦」で敗れる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2009年]]4月5日[[両国国技館]]大会でIWGPヘビー級王座を賭けて棚橋弘至と対戦したが敗れた。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>カート・アングル</title>
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				<updated>2012-07-22T08:14:50Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''カート・アングル'''(Kurt Angle 1968年12月9日-)は、[[アメリカ]]の[[プロレスラー]]、元[[レスリング]]選手。本名'''カート・スティーブン・アングル'''。[[ペンシルヴァニア州]][[ピッツバーグ]]出身。身長178cm。体重102kg。[[TNA]]所属。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
学生時代からレスリングで活躍。[[1996年]]の[[アトランタオリンピック]]で[[金メダル]]を獲得。引退後、CM出演、地元のスポーツキャスターとして活動していたが、[[プロレスラー]]に転向した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1998年]][[WWE]]（元WWF）とマイナー契約。[[ドリー・ファンク・ジュニア]]や[[トム・プリチャード]]のコーチを受ける。インディ団体の修業期間を経て、[[1999年]]11月満を持してWWEにデビュー。翌[[2000年]]2月に、[[バル・ビーナス]]から[[WWE・ヨーロピアン王座]]を、続いて[[クリス・ジェリコ]]から[[WWE・インターコンチネンタル王座]]を獲得した。しかし、[[レッスルマニア2000]]で行われた両タイトルを賭けた三つ巴戦で、[[クリス・ベノワ]]にIC王座を、クリス・ジェリコにEU王座を取られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年10月22日、[[ザ・ロック]]を破り[[WWE王座]]を獲得。同年に[[ギミック]]上の夫婦だった[[トリプルH]]と[[ステファニー・マクマホン]]の[[三角関係]]ストーリー、[[ストーン・コールド・スティーブン・オースティン]]との抗争を展開するなど、試合のみならず、ストーリー上においても中心人物の一人となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2001年]]、WWF対アライアンス抗争では、主力として活躍。その間に、[[WCW王座]]を獲得するなどの快挙を成し遂げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]のWWEブランド分割時にドラフト2位で[[スマックダウン]]に加入。[[エッジ]]と抗争を展開。[[敗者髪切り戦]]でアングルの敗北をもって抗争は終わった。以後、スキンヘッドとして活動する。秋からは宿敵クリス・ベノワとのタッグで初代[[WWE・タッグチーム王座]]決定トーナメントにエントリー。PPV[[ノー・マーシー]]2002で、[[レイ・ミステリオ]]&amp;amp;[[エッジ]]組を破り、優勝を果たした。しかし、すぐに仲間割れをした。同年12月PPV[[アルマゲドン]]で[[ビッグ・ショー]]を破り、WWE王座を獲得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2003年]]、新人だった[[チャーリー・ハース]]と[[シェルトン・ベンジャミン]]と共に、自らをリーダーとしたチーム・アングルを結成。[[レッスルマニア19]]のメイン戦で[[ブロック・レスナー]]を相手にWWE王座を賭けて対戦。結果は王座を取られたもののレスナーと健闘を讃えあった。それ以後、首の治療のため欠場を経て、[[ベビー・フェイス]]に転向して復帰。チーム・アングルからは追い出される。復帰後もブロック・レスナーとストーリー上で絡んでゆく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]2月、ヒールターンをする。[[レッスルマニア20]]で当時WWE王者だった[[エディ・ゲレロ]]と王座を賭けて対戦。大会終了後、首の持病と2003年末に痛めた足首の治療の為、レスラー活動をいったん停止。スマックダウンの[[GM]]として活動する。足の怪我が原因でレスリングが2度とできないと云うギミックで車いすにのって登場した。GM就任後もエディとの抗争を行う。7月に復帰。復帰の際は、[[ビンス・マクマホン]]にGM職の解任と試合復帰を命じられる形となった。エディとの抗争終了後、WWE所属ではない「地元の英雄」を招いて3分間自分と戦って耐えることが出来たら、金メダルをプレゼントする「招待試合」を毎回行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]][[ロイヤルランブル]]でWWE王座を賭けて[[JBL]]と[[ビッグ・ショー]]と三つ巴戦を行った。結果はJBLの[[クローズライン・フロム・ヘル]]を喰らい敗北。試合終了後、[[ナンジオ]]のランブル戦出場権を奪って、急きょ参戦するも、[[ショーン・マイケルズ]]によって敗退させられる。激昂したアングルは敗退後、マイケルズをリングアウトさせ鉄階段で攻撃した。これが後にアングルとマイケルズの抗争の発端となった。ロイヤルランブル以後、[[レッスルマニア21]]で行われるWWE王座挑戦者決定トーナメントにエントリーするものの、[[ノー・ウェイ・アウト2005]]の決勝戦で[[ジョン・シナ]]に敗れる。レッスルマニアでは、ショーン・マイケルズと対戦。この試合は名勝負として高評価を得た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年のドラフトで[[WWE・ロウ|RAW]]に移籍。WWE王者の[[ジョン・シナ]]との抗争を開始。同年11月に[[コジロ・バジリ|デバリ]]が[[マネージャー]]に就く。[[ニュー・イヤーズ・レボルーション]]2006で自身初となる[[イリミネーション・チェンバー]]に出場するものの、敗退する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]]RAWとの契約が年内に切れたという設定で1月13日スマックダウンに移籍。同日当時[[WWE・世界ヘビー級王座]]を保持していた[[デビッド・バウティスタ|バティスタ]]が毛がで王座を返上し、王座が空位となったため王者決定バトルロイアルに急きょ参戦し、優勝し載冠。ロイヤルランブル2006で、[[マーク・ヘンリー]]、ノー・ウェイ・アウト2006で[[ジ・アンダー・テイカー]]相手に防衛する。[[レッスルマニア22]]のメイン戦で[[レイ・ミステリオ]]、[[ランディ・オートン]]を挑戦者に迎え、世界王座を賭けた三つ巴戦で対戦。ミステリオがオートンをフォールして王座陥落した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
レッスルマニア22以降、[[キング・オブ・ザ・リング]]のトーナメントにエントリー。1回戦でランディ・オートンに勝利するが、4月28日に世界ヘビー級王座戦でミステリオと対戦中、マーク・ヘンリーの襲撃を受け負傷。2回戦を辞退した。[[ジャッジメント・デイ2006]]でヘンリーとリベンジマッチを行うも、カウントアウト負けをする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
5月29日のRAWで[[ポール・ヘイマン]]の指名を受けて[[ECW]]に移籍。オートンとの抗争を続け、[[ECWワン・ナイト・スタンド2006]]で勝利するものの、[[ヴェンジェンス2006]]では敗北。その後は[[ロブ・バン・ダム]]と抗争するが、体調は以前にも増して優れず、8月13日のハウス・ショーでのロブ・バン・ダム戦で股間を始め全身を負傷。これが実質的なWWE最後の試合となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
8月25日、WWEを解雇。WWE側は、「円満退団」とされていたが、実際はアングルがWWE側の「要求」を受け入れなかったため、解雇扱いにしたとされる。9月、プロレスを引退し[[総合格闘技]]への参入を証明した。（これは後述の[[TNA]]参戦のカモフラージュするための[[フェイク]]だったためと言われている。）&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>カート・アングル</title>
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				<updated>2012-07-22T07:56:39Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''カート・アングル'''(Kurt Angle 1968年12月9日-)は、[[アメリカ]]の[[プロレスラー]]、元[[レスリング]]選手。本名'''カート・スティーブン・アングル'''。[[ペンシルヴァニア州]][[ピッツバーグ]]出身。身長178cm。体重102kg。[[TNA]]所属。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
学生時代からレスリングで活躍。[[1996年]]の[[アトランタオリンピック]]で[[金メダル]]を獲得。引退後、CM出演、地元のスポーツキャスターとして活動していたが、[[プロレスラー]]に転向した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1998年]][[WWE]]（元WWF）とマイナー契約。[[ドリー・ファンク・ジュニア]]や[[トム・プリチャード]]のコーチを受ける。インディ団体の修業期間を経て、[[1999年]]11月満を持してWWEにデビュー。翌[[2000年]]2月に、[[バル・ビーナス]]から[[WWE・ヨーロピアン王座]]を、続いて[[クリス・ジェリコ]]から[[WWE・インターコンチネンタル王座]]を獲得した。しかし、[[レッスルマニア2000]]で行われた両タイトルを賭けた三つ巴戦で、[[クリス・ベノワ]]にIC王座を、クリス・ジェリコにEU王座を取られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年10月22日、[[ザ・ロック]]を破り[[WWE王座]]を獲得。同年に[[ギミック]]上の夫婦だった[[トリプルH]]と[[ステファニー・マクマホン]]の[[三角関係]]ストーリー、[[ストーン・コールド・スティーブン・オースティン]]との抗争を展開するなど、試合のみならず、ストーリー上においても中心人物の一人となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2001年]]、WWF対アライアンス抗争では、主力として活躍。その間に、[[WCW王座]]を獲得するなどの快挙を成し遂げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]のWWEブランド分割時にドラフト2位で[[スマックダウン]]に加入。[[エッジ]]と抗争を展開。[[敗者髪切り戦]]でアングルの敗北をもって抗争は終わった。以後、スキンヘッドとして活動する。秋からは宿敵クリス・ベノワとのタッグで初代[[WWE・タッグチーム王座]]決定トーナメントにエントリー。PPV[[ノー・マーシー]]2002で、[[レイ・ミステリオ]]&amp;amp;[[エッジ]]組を破り、優勝を果たした。しかし、すぐに仲間割れをした。同年12月PPV[[アルマゲドン]]で[[ビッグ・ショー]]を破り、WWE王座を獲得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2003年]]、新人だった[[チャーリー・ハース]]と[[シェルトン・ベンジャミン]]と共に、自らをリーダーとしたチーム・アングルを結成。[[レッスルマニア19]]のメイン戦で[[ブロック・レスナー]]を相手にWWE王座を賭けて対戦。結果は王座を取られたもののレスナーと健闘を讃えあった。それ以後、首の治療のため欠場を経て、[[ベビー・フェイス]]に転向して復帰。チーム・アングルからは追い出される。復帰後もブロック・レスナーとストーリー上で絡んでゆく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]2月、ヒールターンをする。[[レッスルマニア20]]で当時WWE王者だった[[エディ・ゲレロ]]と王座を賭けて対戦。大会終了後、首の持病と2003年末に痛めた足首の治療の為、レスラー活動をいったん停止。スマックダウンの[[GM]]として活動する。足の怪我が原因でレスリングが2度とできないと云うギミックで車いすにのって登場した。GM就任後もエディとの抗争を行う。7月に復帰。復帰の際は、[[ビンス・マクマホン]]にGM職の解任と試合復帰を命じられる形となった。エディとの抗争終了後、WWE所属ではない「地元の英雄」を招いて3分間自分と戦って耐えることが出来たら、金メダルをプレゼントする「招待試合」を毎回行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]][[ロイヤルランブル]]でWWE王座を賭けて[[JBL]]と[[ビッグ・ショー]]と三つ巴戦を行った。結果はJBLの[[クローズライン・フロム・ヘル]]を喰らい敗北。試合終了後、[[ナンジオ]]のランブル戦出場権を奪って、急きょ参戦するも、[[ショーン・マイケルズ]]によって敗退させられる。激昂したアングルは敗退後、マイケルズをリングアウトさせ鉄階段で攻撃した。これが後にアングルとマイケルズの抗争の発端となった。ロイヤルランブル以後、[[レッスルマニア21]]で行われるWWE王座挑戦者決定トーナメントにエントリーするものの、[[ノー・ウェイ・アウト2005]]の決勝戦で[[ジョン・シナ]]に敗れる。レッスルマニアでは、ショーン・マイケルズと対戦。この試合は名勝負として高評価を得た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年のドラフトで[[WWE・ロウ|RAW]]に移籍。WWE王者の[[ジョン・シナ]]との抗争を開始。同年11月に[[コジロ・バジリ|デバリ]]が[[マネージャー]]に就く。[[ニュー・イヤーズ・レボルーション]]2006で自身初となる[[イリミネーション・チェンバー]]に出場するものの、敗退する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]]RAWとの契約が年内に切れたという設定で1月13日スマックダウンに移籍。同日当時[[WWE・世界ヘビー級王座]]を保持していた[[デビッド・バウティスタ|バティスタ]]が毛がで王座を返上し、王座が空位となったため王者決定バトルロイアルに急きょ参戦し、優勝し載冠。ロイヤルランブル2006で、[[マーク・ヘンリー]]、ノー・ウェイ・アウト2006で[[ジ・アンダー・テイカー]]相手に防衛する。[[レッスルマニア22]]のメイン戦で[[レイ・ミステリオ]]、[[ランディ・オートン]]を挑戦者に迎え、世界王座を賭けた三つ巴戦で対戦。ミステリオがオートンをフォールして王座陥落した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
レッスルマニア22以降、[[キング・オブ・ザ・リング]]のトーナメントにエントリー。1回戦でランディ・オートンに勝利するが、4月28日に世界ヘビー級王座戦でミステリオと対戦中、マーク・ヘンリーの襲撃を受け負傷。2回戦を辞退した。&lt;/div&gt;</summary>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: ページの作成：「'''カート・アングル'''(Kurt Angle 1968年12月9日-)は、アメリカのプロレスラー、元レスリング選手。本名'''カート・スティ...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''カート・アングル'''(Kurt Angle 1968年12月9日-)は、[[アメリカ]]の[[プロレスラー]]、元[[レスリング]]選手。本名'''カート・スティーブン・アングル'''。[[ペンシルヴァニア州]][[ピッツバーグ]]出身。身長178cm。体重102kg。[[TNA]]所属。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
学生時代からレスリングで活躍。[[1996年]]の[[アトランタオリンピック]]で[[金メダル]]を獲得。引退後、CM出演、地元のスポーツキャスターとして活動していたが、[[プロレスラー]]に転向した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1998年]][[WWE]]（元WWF）とマイナー契約。[[ドリー・ファンク・ジュニア]]や[[トム・プリチャード]]のコーチを受ける。インディ団体の修業期間を経て、[[1999年]]11月満を持してWWEにデビュー。翌[[2000年]]2月に、[[バル・ビーナス]]から[[WWE・ヨーロピアン王座]]を、続いて[[クリス・ジェリコ]]から[[WWE・インターコンチネンタル王座]]を獲得した。しかし、[[レッスルマニア2000]]で行われた両タイトルを賭けた三つ巴戦で、[[クリス・ベノワ]]にIC王座を、クリス・ジェリコにEU王座を取られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年10月22日、[[ザ・ロック]]を破り[[WWE王座]]を獲得。同年に[[ギミック]]上の夫婦だった[[トリプルH]]と[[ステファニー・マクマホン]]の[[三角関係]]ストーリー、[[ストーン・コールド・スティーブン・オースティン]]との抗争を展開するなど、試合のみならず、ストーリー上においても中心人物の一人となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2001年]]、WWF対アライアンス抗争では、主力として活躍。その間に、[[WCW王座]]を獲得するなどの快挙を成し遂げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]のWWEブランド分割時にドラフト2位で[[スマックダウン]]に加入。[[エッジ]]と抗争を展開。[[敗者髪切り戦]]でアングルの敗北をもって抗争は終わった。以後、スキンヘッドとして活動する。秋からは宿敵クリス・ベノワとのタッグで初代[[WWE・タッグチーム王座]]決定トーナメントにエントリー。PPV[[ノー・マーシー]]2002で、[[レイ・ミステリオ]]&amp;amp;[[エッジ]]組を破り、優勝を果たした。しかし、すぐに仲間割れをした。同年12月PPV[[アルマゲドン]]で[[ビッグ・ショー]]を破り、WWE王座を獲得した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2003年]]、新人だった[[チャーリー・ハース]]と[[シェルトン・ベンジャミン]]と共に、自らをリーダーとしたチーム・アングルを結成。[[レッスルマニア19]]のメイン戦で[[ブロック・レスナー]]を相手にWWE王座を賭けて対戦。結果は王座を取られたもののレスナーと健闘を讃えあった。それ以後、首の治療のため欠場を経て、[[ベビー・フェイス]]に転向して復帰。チーム・アングルからは追い出される。復帰後もブロック・レスナーとストーリー上で絡んでゆく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]2月、ヒールターンをする。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=HIRO_(%E3%81%8A%E7%AC%91%E3%81%84%E8%8A%B8%E4%BA%BA)&amp;diff=163468</id>
		<title>HIRO (お笑い芸人)</title>
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				<updated>2012-07-15T11:03:17Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: /* 関連項目 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''HIRO'''（ひろ、[[1977年]][[4月20日]] - ）は、[[日本]]の[[タレント]]、[[中村部屋]]所属の元[[大相撲]][[力士]]。[[お笑いタレント|お笑いトリオ]]・[[安田大サーカス]]で[[漫才#ボケとツッコミ|ボケ]]を担当する。本名、'''広瀬 康幸'''（ひろせ やすゆき）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[和歌山県]][[和歌山市]]出身。[[松竹芸能]]所属。ニックネームは「HIROくん」、「HIROちゃん」または「和歌桜」。大相撲時代の四股名は'''和歌桜'''（わかざくら）、最高位は[[序二段]]163枚目。[[血液型]]O型、[[星座]]おうし座。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経歴 ==&lt;br /&gt;
昔から太っており、小さい頃から好き嫌いもなく出されたものは残さずに食べたという。また、両親が共働きで、一人で食事をする事が多く、食事の適量が解からなかった事が肥満の原因とも語っている。そのため、5歳で50kg、小学1年生で早くも100kgを超えた。''和歌山市立西脇中学校時代''には150kgを超え、中学校卒業には190kgを超え、大相撲の世界に入り込むこととなった。中学校卒業後すぐに大相撲の中村部屋に入門し、15歳の時に本名の広瀬という四股名で1993年3月場所に初土俵を踏んだ。入門同期には、同じ[[中村部屋]]で後に関取まで昇進した[[須磨ノ富士茂雄|須磨ノ富士]]、[[プロレスリング・エルドラド]]所属のプロレスラー・[[大鷲透]]がいた。翌5月場所から四股名を廣瀬富士と改め、[[序の口]]時代は[[琴春日桂吾|琴春日]]を破るなど新弟子時代の成績は決して悪いものではなかった。同年7月場所には四股名を和歌桜と改めたが、厳しい稽古で体調を崩すことが多く長時間裸でいると下痢しやすい体質に悩んでいたこともあり、同年9月場所限りに約半年で相撲界から去った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大相撲をやめた後は漁師をやっていたが、[[安田大サーカス]]の[[団長 (安田大サーカス)|団長]]の話によると、「[[鯛|タイ]]などの大きな魚をとっていたと思ったら[[シラス (魚)|シラス]]をとっていて、シラスを食い過ぎたために漁師をクビになった」という。また、トラック運転手をしていたこともある。トラックと言っても軽トラックで、同じ事務所の先輩である[[よゐこ]]の[[濱口優|濱口]]によれば、「前から見ると[[きかんしゃトーマス]]みたいだった」という。なお、大型[[自動車免許]]を所持しており、よくロケバスの運転を任される時があるらしい。また、[[小型船舶操縦免許証]]の2級も所持している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[松竹芸能]]に入ったきっかけは寿司店を営む両親の勧めで、喋りが元々苦手だった息子に「人前でも堂々と話せるように」なってほしかったからとのことであった。[[吉本興業]]の[[吉本総合芸能学院|NSC]]に入る意向もあったが、願書の応募締切が過ぎたために松竹芸能に入った。安田大サーカス結成の際には、所属事務所から「[[ハンバーグ]]を食わせてやるから[[ファミリーレストラン|ファミレス]]に行け」と言われて呼び出されたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 芸風 ==&lt;br /&gt;
{{雑多な内容の箇条書き|date=2009年2月|ソートキー=ひろ}}&lt;br /&gt;
*[[安田大サーカス]]のコントでは、[[和太鼓]]の口真似をしながら「'''どーんどーんどーん!!、どどーんどどーん!!'''」と叫ぶ役目を負っている。&lt;br /&gt;
*1.5リットルのペットボトルの[[オレンジ]][[ジュース]]を、10秒以内で一気に飲み干すことを持ち芸の一つにしていた。だが[[血糖値]]が異常に上がったため、医者にドクターストップを掛けられて禁止されてしまった。一気飲みする時、現在は砂糖の入っていないジュースを飲んでいる。&lt;br /&gt;
*後頭部に肉塊があり、この肉塊を生かしたネタがある（例：後頭部に[[携帯電話]]を置ける、後頭部が『[[クッキングパパ]]』の主人公・荒岩一味の顔になる等）。頬の肉も軽く頭を揺するだけで震えるほど。またその肉塊を見た[[松本人志]]が「冷蔵庫のタンクみたいや」と言っていた。&lt;br /&gt;
*ちなみにネタ合わせが大嫌いで、自分のバイクをヘコませて事故を偽装しネタ合わせをサボろうとしたことがあるが、この偽装はすぐに団長に見抜かれた。&lt;br /&gt;
*安田大サーカスの中ではあまりしゃべる印象はないが、[[ますだおかだ]]の[[増田英彦]]は「HIROはしゃべれる（トーク能力がある）」とたびたびラジオで発言している。&lt;br /&gt;
*『[[シルシルミシル]]』では食べ物などの検証企画で、肥満体型の男達のリーダーとして数回出演している&amp;lt;!--2009年10/7、カールの隠しスナック探しなど--&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
*身長178cmで体重は公称178kg（もしくは180kgくらい）という巨体になっている。『[[笑いの金メダル]]』で[[小野真弓]]との東京上空ヘリコプターデートを目的とした'''“35kg（180kg→145kg）ダイエット”'''企画を実施し、見事にダイエット減量に成功した。しかし、この後[[リバウンド (医学用語)|リバウンド]]し、元に戻った。ちなみに一度だけ飼っていた犬が亡くなったショックから体重が落ちたことがある。2007年頃は1~2年前以上に太ってしまい、汗をかく事と二重あご等がさらにひどくなった。しかしその後は医者に勧められ、懸命なダイエットの結果2009年現在135kgとなった。&lt;br /&gt;
**[[2009年]]に[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系で放送された特番&amp;lt;!--09年9月29日放送 寿命をのばすワザ百科スペシャル --&amp;gt;で、[[糖尿病]]や眼底出血を起こしていると診断された上に、このままの生活を続ければあと3年しか生きられないとまで言われた（番組内ではこれからダイエットを行えば75歳まで生きられるとも診断されている）。&lt;br /&gt;
*元力士なので運動神経は意外と平均的だが、走るのはやはり苦手である（しかし、[[朝おき太|おき太君]]や[[末成由美]]と競走して一位になっている。また、クロちゃんよりも速い）。&lt;br /&gt;
*2007年正月「[[大笑点]]」の1コーナー「大相撲汐留場所」では団長・[[パッション屋良]]と出場し、3戦全勝で優勝。元力士の血が騒いだのか、取り組み時には通常では全く見られないほどの真剣で精悍な顔つきになった。&lt;br /&gt;
*[[ドイツ公共放送連盟|ARD]]の[[サッカー]]ワールドカップ番組のCMに力士役として出演したことがある。&lt;br /&gt;
*『[[おはスタ]]』（[[テレビ東京]]）に出演した際には、[[カスタードプディング|プリン]]10個を一気喰いしたこともある。&lt;br /&gt;
*『[[ロンドンハーツ]]』のコーナー、「ドすけべホイホイ」（客を装ったホイホイガールがターゲットの付近でセクシー衣装を見せつけ、ターゲットが一回チラ見するごとに賞金が減額される）ではホイホイガールに見向きもせず食事に集中していたため、コーナー初のパーフェクトを達成し100万円を獲得した。&lt;br /&gt;
*歌唱力があり、[[テレビ朝日]]（制作：[[朝日放送|ABC]]）『[[笑いの金メダル]]』のコーナー“ハモリの金メダル”でも、[[クロちゃん (お笑い)|クロちゃん]]と一緒に[[ORANGE RANGE]]の『花』、[[ドランクドラゴン]]の[[塚地武雅]]と一緒に[[TUBE]]の『あー夏休み』を歌った。[[2005年]][[3月1日]]に放映された[[フジテレビジョン|フジテレビ]]『[[お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャル]]』では[[福山雅治]]の『桜坂』も歌っていた。&lt;br /&gt;
*[[松本人志]]曰く、「HIROが自転車に乗っててんけど、全くその自転車は全然前に動かへんかった」らしい。&lt;br /&gt;
*「ご飯よりも好き」というほど[[ソニン (歌手)|ソニン]]のファン。&lt;br /&gt;
*[[2006年]][[2月2日]]に放映された[[いきなり!黄金伝説。]]によると、食べ放題の店で焼き肉を117人前（約15kg）たいらげたため、食べ過ぎでその店に出入禁止となった。&lt;br /&gt;
*車やバイクに造詣が深く、特にバイクは50ccスクーターからリッターバイクまで約10台も乗り継いでいる。また、2005年から2007年に[[リクルート]]が関東地区で発行していたフリーペーパー「CAR SMILE」では自分のコーナー（総予算100万円以内の中古車を探す特集）を連載で持っていて、当時の記事によれば愛車は[[ホンダ・ステップワゴン]]であった。なお現在の愛車は[[日産・エルグランド]]。&lt;br /&gt;
*2008年に放送された「トミカヒーローレスキューフォース」で力持ちのキャラと自身が力士をしていた事を彷彿させるシーカの声を担当した。&lt;br /&gt;
**2008年12月26日、仕事へ向かうために都内でスクーターで走行していたところ交差点で乗用車と衝突。全治1ヶ月のケガを負ったが、本人曰く「（仕事をキャンセルすれば）団長に怒られる」と思い、その日の仕事をこなしたという。&lt;br /&gt;
*相撲を始める前はサッカー部に所属。&lt;br /&gt;
*安田大サーカスの中でブログを始めたのが一番早く、2006年10月から[[ブログ]]をやっている（2009年8月より団長も始めている）が、[[ネット]]上のものであるにも関わらず電子文書を一切書かず、紙に書いた文字をスキャンし画像として掲載するという非常に特徴的な内容であり、その[[アナログ]]と[[デジタル]]なギャップと、また、紙に書かれている字に非常に誤字脱字が多いことと、有名人のブログなのにもかかわらず[[コメント]]や[[トラックバック]]が殆ど『0』である事などが好評を博し、「[[ザ掲示板]]」と言う中小[[掲示板]]内のブログ機能「[[随筆・ザの人]]」で話題となり一時期小規模ながらも有名になった。しかしそのザ掲示板自体[[2ちゃんねる]]の様に有名ではない“知る人ぞ知る掲示板”であるが為にさほど影響力など無くその後話題は嘘のように去った。文字が一つもかけないのは指の太さでキーボードが打てないからだと思われる。&lt;br /&gt;
**しかし、最近では手書きの文字よりも画像と簡単な説明を手書きではなく、パソコン又は携帯から送り、載せた記事が多くなっており、コメントやトラックバックも他の芸能人ブログ並になってきている。だが、スケジュール欄だけは何故か更新が放ったらかしになっている&amp;lt;!--08年12月の時点で、7月のライブ情報が記載されている--&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*先輩の芸人や芸能人にもタメ口で話す為、[[錦野旦]]などの大物を怒らせたりした。『[[めちゃ×2イケてるッ!|めちゃ&amp;amp;sup2;イケてるッ!]]』のコーナー“やべっち寿司”で偶然通りかかった[[浜田雅功]]（[[ダウンタウン (お笑いコンビ)|ダウンタウン]]）にもタメ口で挨拶した。そこへさらに、団長が土下座と見せかけて逆立ち土下座で畳み掛けたため、[[ナインティナイン]]が大慌てで平謝りした。その後、機嫌を直した浜田が戻ろうとすると[[団長 (安田大サーカス)|団長]]や[[クロちゃん (お笑い)|クロちゃん]]は敬語で挨拶したがHIROは「バイバイ」とまたもタメ口で挨拶した。『[[松紳]]』では[[島田紳助]]に対してタメ口をきいているのを[[松本人志]]（ダウンタウン）が聞いて爆笑した。紳助自身もHIROはタメ口で構わないと認めている。また、[[徹子の部屋]]に出演した時も、[[黒柳徹子]]にタメ口で話した。本人はまったく気にしてないようであり、何がいけないのか分かっていないらしい。&lt;br /&gt;
*[[小池徹平]]とは、プライベートでの付き合い、メールのやり取りをするほどの友人。さらに「[[ウチくる!?]]」に小池、クロちゃんと共に出演した際には、普通に敬語を使用しており出演者や視聴者を驚かせた。&lt;br /&gt;
*「[[げりらっパ]]」の番組内で、クロちゃんと二人で「大サーカス」と言うコンビ名でショートコントをした時に、ツッコミ役を担当するが、体重100kgのクロちゃんが吹っ飛ぶ程のツッコミを入れ（後頭部を叩く、膝蹴り。もちろんネタでだが。）、客をドン引きさせる。&lt;br /&gt;
*[[2008年]][[12月26日]]、東京・[[六本木]]を大型スクーターで走行中、飯倉交差点で乗用車と衝突する[[交通事故]]を起こす。この際自身のブログで「3mぐらい飛んだ」と語っており、右足を痛めたが厚い脂肪のおかげで骨折には至らず（右足の強い打撲と診断され全治1ヶ月）、その直後にはテレビの企画で50m走もこなしていたという。&lt;br /&gt;
*「[[オレワン]]」で[[タカアンドトシ]]のタカが持っていた[[ミルクセーキ]]早飲み8秒66の世界記録を更新し7秒90という記録を作った。（[[ギネス・ワールド・レコーズ]]に登録したかは不明である）&lt;br /&gt;
*5～6年前から[[スターバックスコーヒー]]の抹茶クリームフラペチーノが大好物になり、それのグランデサイズを1日12個（計'''約6リットル'''）飲んでいる。「1日に何度も来て店員に『また来たか』と思われるような気がして恥ずかしい」ので、真夜中に飲みたくなったときは寝ている後輩を起こして買いに行かせることがある（ただし、その後輩を店まで送り迎えしている）。&lt;br /&gt;
*「[[よゐこの企画案]]」にてよゐこ結成20周年のお祝いとして企画を持ち込み、船でのクルージング企画を行うが台風で中止となる。司会として進行するにあたり、普段では見せないマシンガントークを披露した（テレビでこれだけ喋ったのは初めて、と本人談）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演 ==&lt;br /&gt;
*[[トミカヒーロー レスキューフォース]]（3大幹部シーカの声）&lt;br /&gt;
*[[クラッシャーカズヨシ]]&lt;br /&gt;
*[[シルシルミシル]]（食べ物関連の検証企画に出演&amp;lt;!--2009年5月13日、10月7日など--&amp;gt;）&lt;br /&gt;
*[[フィッシング倶楽部]]（2010年4月 -、[[テレビ埼玉|テレ玉]]など）&lt;br /&gt;
*[[ウンナンのラフな感じで。]]（幕下力士役でVTR出演&amp;lt;!--2010年7月22日--&amp;gt;）&lt;br /&gt;
*[[run for money 逃走中|逃走中]]（第19回「激動明治の大事変」）（2010年11月23日、フジテレビ）- [[人力車]]の乗客役&lt;br /&gt;
*[[所さんの目がテン!]] 「ゲゲゲ!!妖怪が居た!!」（2010年12月11日、日本テレビ） - 冒頭の小コントで[[子泣き爺 (ゲゲゲの鬼太郎)|子泣きじじい]]役&lt;br /&gt;
*[[いきなり!黄金伝説。]] 5時間半スペシャル（2010年12月30日、テレビ朝日） - [[タカアンドトシ]]の助っ人&lt;br /&gt;
*[[ブラック・ジャック (実写版)#単発ドラマ（2011年・岡田将生版）|ヤング ブラック・ジャック]]（2011年4月23日、日本テレビ） -BJの患者役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==大相撲時代の成績==&lt;br /&gt;
*通算成績：8勝4敗9休（4場所）&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[安田大サーカス]]&lt;br /&gt;
*[[団長 (安田大サーカス)]]&lt;br /&gt;
*[[クロちゃん (お笑い芸人)]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.shochikugeino.co.jp/talents/01/post-4.html 安田大サーカス（松竹芸能によるプロフィール）]&lt;br /&gt;
*[http://yaplog.jp/hiropark/ ひろせ国立公園(HIROの公式ブログ)]&lt;br /&gt;
*[http://ameblo.jp/hiroselife/ ひろせの一生a Day in HIRO's Life(HIROの公式ブログ、2009年10月から)]&lt;br /&gt;
*[http://gree.jp/hiro_g/ HIRO(安田大サーカス) 公式ブログ(2010年2月から)]&lt;br /&gt;
*[http://sumodb.sumogames.com/Rikishi.aspx?r=2437&amp;amp;l=j 相撲レファレンス 選手データ]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ひろ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:お笑い芸人]]&lt;br /&gt;
[[Category:松竹芸能]]&lt;br /&gt;
[[Category:元大相撲力士のタレント]]&lt;br /&gt;
[[Category:和歌山県出身の大相撲力士]]&lt;br /&gt;
[[Category:欽ちゃんの仮装大賞の出場者]]&lt;br /&gt;
[[Category:中村部屋]]&lt;br /&gt;
[[Category:和歌山県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1977年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>団長 (安田大サーカス)</title>
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				<updated>2012-07-15T11:02:09Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''団長'''（だんちょう、[[1974年]][[4月26日]] - ）は、[[日本]]の[[お笑いタレント]]であり、お笑いグループ[[安田大サーカス]]のリーダーで[[ツッコミ]]担当である。本名、'''安田 裕己'''（やすだ ひろみ）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[兵庫県]][[西宮市]]出身。[[松竹芸能]]所属。所属事務所のプロフィルでは、'''団長安田'''。[[鳥取城北高等学校]]卒業。[[血液型]]A型。[[星座]]おうし座。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物・概要 ==&lt;br /&gt;
* 一番小柄 (163cm) で普通のルックス。[[HIRO (お笑い芸人)|HIRO]]と[[クロちゃん (お笑い芸人)|クロちゃん]]に服を破らせて赤い[[褌]]1枚になり、2人の肩の上に乗る芸を披露する。一度、番組内で服を破ると褌ではなく普通のパンツ一丁だったことがある。&lt;br /&gt;
* お笑いのことを何も分からなかったHIROとクロちゃんを仕込んだのは団長である。会社から押し付けられた力士・アイドルにそれぞれ挫折した2人を根気よく、厳しくも優しく指導し続けた。2人はせりふも覚えられないし、「間」というものも理解できなかったらしい。そのためカンニングペーパーを作り、2人のせりふの際、後ろからつついてしゃべるタイミングを伝えていた。一時はHIROのために食費を稼いでいた。&lt;br /&gt;
* 安田大サーカスを結成する以前は「安田と竹内」というコンビで活動していて、[[ユースケ・サンタマリア]]と[[千秋 (タレント)|千秋]]が司会の『[[トロイの木馬 (テレビ番組)|トロイの木馬]]』（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]）に出演し、アメリカでヒッチハイクを行い「[[猿岩石]]や[[ドロンズ]]に続く」と思っていたがブームが去っていたこともあり、結局、全国区では売れなかった（『笑いの金メダル』でそのことを語った）。当時の相方の竹内宣和はその後、「[[タケウチパンダ]]」という名前でピン芸人をしている。&lt;br /&gt;
* スポーツ万能であるが、柔道だけは[[増田英彦]]（ますだおかだ）に勝てないという。&lt;br /&gt;
* 特技はサッカーで、高校時代は鳥取へサッカー留学。所属事務所の[[芸能人女子フットサル]]チーム「[[蹴竹G]]」では監督を務めていた。[[ヴィッセル神戸]]をJリーグ昇格以前から応援している（コールリーダーを務めていたという話も）。2006年、ラジオゲストで訪れたJ2[[ザスパ草津]]のゲーム後に、レプリカユニフォームを自費購入。テレビ番組で着用している。&lt;br /&gt;
* [[ロードレース (自転車競技)|自転車ロードレース]]にホビーレーサーとして挑戦し、2008年は[[ジャパンカップサイクルロードレース|ジャパンカップ]]や[[ヒルクライム]]レースのオープンクラスに参加した。&lt;br /&gt;
* 高校は大相撲の元[[大関]][[琴光喜啓司|琴光喜]]と同じで、団長が2年先輩。琴光喜が1年の時に学園祭でトリオ漫才をやっていた団長を見たことがあるという。その後も親交があり、「第41回 上方漫才大賞」で奨励賞を受賞したときもプレゼンターとして琴光喜が駆けつけた。中学では[[小西博之]]、[[松尾貴史]]の後輩。&lt;br /&gt;
* ルックスは俳優の[[大沢たかお]]や[[香川照之]]、[[阪神タイガース]]の[[鳥谷敬]]に似ているともいわれているが、[[ラッキィ池田]]に1番似ているといわれている。裸にジャケットを羽織り、[[矢沢永吉]]を意識したようなパフォーマンスを見せるコントもある。&lt;br /&gt;
* [[クレーンゲーム]]が得意で[[TVチャンピオン]]の'''「クレーンゲーム王選手権」'''に芸能人で唯一（ただし、団長としてではなく本名の安田裕己名義で）参加し、第3ラウンドまで進出したほか、[[ケーブルテレビ|CATV]]系の、コミュニTV 熱情放送「[[UFOキャッチャー]]を熱く語る」の中でもテクニックなどを中心に力説した。&lt;br /&gt;
* ホームパーティーが好きで、[[TKO (お笑いコンビ)|TKO]]の木本武宏や後輩芸人を自宅に呼んでパーティーを行う。メンバーではHIROは呼ばれるが、クロちゃんは足の裏が汚い、子供に影響が出るという理由でパーティーどころか自宅に呼ばれたことがない。&lt;br /&gt;
* 松竹芸能の大先輩である[[森脇健児]]の物まねを得意とする。森脇に成り済まして[[島崎和歌子]]に電話をかけ、だまし通せるかというコーナーで、最後までバレなかった。レパートリーは以下のものである。&lt;br /&gt;
** 道順の教え方&lt;br /&gt;
** 店の入り方&lt;br /&gt;
** 毛穴から毛が3本 等&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
* 1995年1月17日に起きた[[兵庫県南部地震]]（[[阪神・淡路大震災]]）の被災者として、震災当時、友人が生き埋めになった倒壊現場の前に呆然とたたずむ姿が新聞に掲載された。その時のエピソードが2005年の『[[24時間テレビ 「愛は地球を救う」|24時間テレビ]]』（[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]）などで紹介された。&lt;br /&gt;
* [[ABCお笑い新人グランプリ]]の審査員特別賞を受賞した後、その盾を震災現場跡まで見せに行った。&lt;br /&gt;
* [[日本赤十字社]]水上安全法救助員（いわゆる[[ライフセービング|ライフセーバー]]）の資格を所持するも『[[クイズプレゼンバラエティー Qさま!!]]』の企画で[[ロバート (お笑い)|ロバート]]と潜水を競った時は23.8m（一般成人男性が平均20m程度）しか[[フリーダイビング|潜水]]で進めなかった（クロちゃんの記録にも劣っている）。しかし[[2006年]][[2月2日]]の同番組の放送で77m（日本単独4位）を非公認ながらも記録し、その後、[[2006年]][[7月17日]]の放送にて、元オリンピック平泳ぎ代表の[[林亨]] (108m) の記録を抜く115m（公認日本新記録）を記録し、'''潜水日本一になった'''（後に[[野久保直樹]]により日本記録は116mに更新され、2011年現在日本4位）。&lt;br /&gt;
* 上下関係としては団長が上であるが、クロちゃんはセリフを覚えていないことを団長が指摘すると泣く、HIROは稽古が嫌いで偽装事故を起こしてまでサボろうとする、と団長の悩みは尽きない。しかし、劇場に遅刻したクロちゃんを殴って号泣させてしまい、他の芸人に無理やり舞台に出され何とかごまかそうとするも、クロちゃんが泣き続けていたことと昼間の舞台のため、年配のお客さんが多かったせいで客を引かせてしまったこともある（HIROは数少ない引いてなかったお客さんと一緒に笑っていた）。&lt;br /&gt;
* 礼儀には厳しいがむちゃをするタイプで、『[[雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!|アメトーーク!]]』（[[テレビ朝日]]）に出演した時に、自分が座っている椅子でクロちゃんの頭部を殴るなどした。クロちゃんは表情が変わり涙目になっていた。ネタが詰まりだした時も、自分がHIROにぶつかりにいったり、クロちゃんをHIROにぶつけたりと、舞台所狭しと駆け回るが、騒ぎ過ぎてHIROに舞台から引きずり下ろされたり「ABCお笑い新人グランプリ」審査員特別賞の受賞祝いで行った飲食店でHIROとクロちゃんが嫌がる中、無理やりネタをやったりと他の出演者から「やり過ぎ」といわれることもある。&lt;br /&gt;
* 「安田と竹内」時代に同世代の[[みょーちゃん]]、[[ビーグル38|せんたくばさみ]]らと共に「夕べザカリ」を結成して路上ライブを行っていた。後のインタビューでは結成理由として「[[アメリカザリガニ (お笑い)|アメリカザリガニ]]など上の世代が頭角を現し始めたことに影響された」と語っているが、ネタ中に服を脱ぐなどの暴走で警察に怒られたこともあった（当時のネタの一部はDVD『安田大サーカス 汗かきベソかき大作戦!』に収録されている&amp;lt;!--お笑いTYPHOON!vol.12--&amp;gt;）。&lt;br /&gt;
* 2009年7月8日、都内の自宅で急に[[腹痛]]を起こし、[[港区 (東京都)|港区]]内の病院で[[精巣捻転症]]（睾丸が回転し血管などを圧迫する病気）という病気であることが判明した。その後、1時間程度の[[手術]]で精巣捻転を戻す処置を行い、無事成功した。団長は生まれつき[[睾丸]]が回転しないようについている[[靭帯]]が細いため、何らかの理由により睾丸が回転し、それにより睾丸についている[[血管]]や[[神経]]がねじれてしまったために、腹部・睾丸に激痛が起こったのではないかと診断された。&lt;br /&gt;
* [[2009年]][[9月]]に、タレント[[岩田さち]]と入籍。記者会見が[[9月15日]]に行われた。それぞれ団長、さっちゃんと呼び合っていることを、[[よゐこ部]]で暴露された。&lt;br /&gt;
* 趣味の自転車では、斜度20%を超えるような[[激坂]]が好き。停止状態からスタート、蛇行しない、足を付かないなど自分なりの縛りを加え楽しんでいる。&lt;br /&gt;
* 自転車趣味は、最初は[[関口宏の東京フレンドパークII]]の景品としてプレゼントされた[[トレック]]の本格的なロードバイクであったが、乗り方もよく分からなかったため自転車屋に持って行きママチャリと交換してもらおうとしたが、良いバイクなのにもったいないので乗って下さいと説得された。しかし乗ってみるとものすごく速く、軽く気持ちが良かったため、段々楽しくなっていき、今に至るという。現在の愛車は[[キャノンデール]]のSuper Six HI-MOD Team。&lt;br /&gt;
* そのSuper Six、以前番組で「Ultimateですよ、120万の自転車ですよ！」としゃべったことがあるが、実際にはコンポネートの中に[[アルテグラ|シマノ・アルテグラ]]が混じっていたり、[[マヴィック]]のキシリウムが入っていたりすることから、Ultimateではないことが判別可能。&lt;br /&gt;
* ジャパンカップに遊びに行った際、当時は自転車の知識が無く、誰だか分からないまま[[イヴァン・バッソ]]にサインをもらったことから[[リクイガス・キャノンデール|リクイガス]]のファンに。その関係と坂馬鹿であることを含め、リクイガス仕様の[[マイヨ・ブラン・ア・ポワ・ルージュ]]レプリカをよく着用する。自身のロードバイクもリクイガスのチームカラー。&lt;br /&gt;
* 2008年に放送された『[[トミカヒーロー レスキューフォース]]』では&amp;lt;!-- 小柄なルックスと自身の性格を現したともいえる --&amp;gt;サーンの声を担当した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演 ==&lt;br /&gt;
* [[トミカヒーロー レスキューフォース]]（3大幹部サーンの声）&lt;br /&gt;
* [[フィッシング倶楽部]]（2010年4月 -、[[テレビ埼玉|テレ玉]]など）&lt;br /&gt;
* [[快汗!自転車ライフ]]（[[大人の趣味と生活向上◆アクトオンTV]]）&lt;br /&gt;
* [[とれたてワイド朝生!]]（[[北日本放送]]、2010年9月&amp;lt;!--ゲスト出演する局主催のイベントの宣伝で電話出演--&amp;gt;）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目・人物 ==&lt;br /&gt;
* [[安田大サーカス]]&lt;br /&gt;
* [[HIRO (お笑い芸人)|HIRO]]&lt;br /&gt;
* [[クロちゃん (お笑い芸人)|クロちゃん]]&lt;br /&gt;
* [[やしきたかじん]] … 団長の物まねネタ、下腹部にサングラスをあて陰茎を鼻に見立てて行うが、当然ながら放送上堪えられないために楽屋やプライベートな打ち上げ現場限定になっている。&lt;br /&gt;
* [[森脇健児]] … 団長のモノマネネタの一つ、事務所の先輩。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.shochikugeino.co.jp/talents/01/post-4.html 松竹芸能・安田大サーカスのプロフィール]&lt;br /&gt;
* [http://gree.jp/dancho_yasuda/ 団長安田（安田大サーカス）公式ブログ]&lt;br /&gt;
* [http://ameblo.jp/dancho-yasuda/ 団長安田オフィシャルブログ「団長安田の自転車男ペダリング・マン」]&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:たんちよう}}&lt;br /&gt;
[[Category:お笑い芸人]]&lt;br /&gt;
[[Category:欽ちゃんの仮装大賞の出場者]]&lt;br /&gt;
[[Category:松竹芸能]]&lt;br /&gt;
[[Category:兵庫県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1974年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E5%AE%89%E7%94%B0%E5%A4%A7%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%82%B9&amp;diff=163465</id>
		<title>安田大サーカス</title>
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				<updated>2012-07-15T10:59:42Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''安田大サーカス'''（やすだだいサーカス、略称：'''安大'''）とは、[[団長 (安田大サーカス)|団長]]、[[HIRO (お笑い芸人)|HIRO]]、[[クロちゃん (お笑い芸人)|クロちゃん]]の3人による[[お笑いタレント|お笑いグループ]]である。所属[[芸能事務所|事務所]]は[[松竹芸能]]。[[2001年]]（[[平成]]13年）4月頃に結成された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 命名の由来 ==&lt;br /&gt;
グループ名の名付け親は、[[ますだおかだ]]の2人。日本有数の大サーカス団『[[木下大サーカス]]』がヒント。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
お年寄から子供まで幅広い層に楽しんでもらえるお笑いになれという意味で「安田サーカス」と岡田が名付け、それに増田が「大」を入れて「安田大サーカス」となった&amp;lt;ref&amp;gt;『第1回[[M-1グランプリ]]』（2001年）でのますだおかだインタビューより。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
団長は命名当初グループ名に疑問を持っていたが、「木下大サーカスとて木下団長は誰か分からんだろう」の岡田の一言で納得したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== メンバー ==&lt;br /&gt;
'''[[団長 (安田大サーカス)|団長]]'''（だんちょうやすだ、[[1974年]]（[[昭和]]49年）[[4月26日]] - ）本名、'''安田 裕己'''（やすだ ひろみ）。&lt;br /&gt;
:リーダー。[[漫才#ボケとツッコミ|ツッコミ]]担当。[[兵庫県]][[西宮市]]出身。一番身長が低い。元[[ライフセービング|ライフセーバー]]。[[フリーダイビング|潜水]]、[[フリーダイビング|ダイナミック・アプネア]]（フィン無し）元日本記録保持者（115m）。&lt;br /&gt;
:元はコンビ「[[安田と竹内]]」。当時の相方は現在の[[タケウチパンダ]]。解散後しばらく犬の模型を[[合方|相方]]にしていた。&lt;br /&gt;
:実家では「お地蔵さん」と呼ばれているらしい{{誰2|date=2011年2月}}。高校の後輩である元[[大関]]・[[琴光喜啓司]]と親交がある。&lt;br /&gt;
:[[2009年]][[7月9日]]、[[精巣捻転症]]で緊急入院し、即日[[手術]]を行った。本人の話によると「[[腹痛]]がしたため、バスで病院に行き、すぐにオペをされた」とのこと。その後、院内のベッドの上で[[関西テレビ放送|関西テレビ]]の電話取材にも応じた。&lt;br /&gt;
'''[[クロちゃん (お笑い芸人)|クロちゃん]] （[[1976年]]（昭和51年）[[12月10日]] - ）本名、'''黒川 明人'''（くろかわ あきひと）。&lt;br /&gt;
:[[漫才#ボケとツッコミ|ボケ]]担当。[[広島県]][[東広島市]][[八本松町|八本松]]出身。[[少林寺拳法]]の経験者。顔は怖いが[[ソプラノ|ソプラノボイス]]。結成前に関西テレビ『[[イカロスの翼]]』という[[関西ローカル]]番組に、本名の黒川明人名義で出演していた。&lt;br /&gt;
:テレビ、ラジオ、ライブにおいて担当するコーナーが必ず早期終了するというジンクスがあるらしい{{誰2|date=2011年2月}}。&lt;br /&gt;
'''[[HIRO (お笑い芸人)|HIRO]]'''（ひろ、[[1977年]]（昭和52年）[[4月20日]] - ）本名、'''広瀬 康幸'''（ひろせ やすゆき）。&lt;br /&gt;
:[[漫才#ボケとツッコミ|ボケ]]担当。[[和歌山県]][[和歌山市]]出身。元[[大相撲]]力士。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 安田特大サーカス ==&lt;br /&gt;
『[[エンタの神様]]』出演時には、他のお笑い芸人と一緒に『'''安田特大サーカス'''』として出演した。組む芸人は殆どの場合無名だが、2006年8月12日放送分に出演した際は「ラッセーラー、ラッセーラー」つながりで[[猫ひろし]]と、同年12月2日放送分は「クローン男」として[[ザ・たっち]]と共演した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 芸風 ==&lt;br /&gt;
ショートコントや短い漫才が主な持ちネタ。「ラッセーラー、ラッセーラー、ラッセーラー、ラッセーラー」という掛け声で登場することが多い。その掛け声で登場するときはクロちゃんとHIROが土台となり[[組体操]]のような三人タワーを作り上げる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
スーツなど色々な衣装で登場することが多いが、オチで団長の服が破られふんどし1枚にされるネタが多い。しかし、ネタそのものよりも、ネタとネタの間に挿入されるアクションのほうが印象に残りやすい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ネタの始めには、クロちゃんがそのコワモテの顔を見せ付けたあと、高音で「いつも元気なクロちゃんです!」（もしくは「クロちゃんです!」）と紹介する。しかし最近{{いつ|date=2011年2月}}では、その台詞に団長が言葉を被せて、クロちゃんが「かぶってる!」と怒るパターンが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ボケとツッコミの流れが終わるとHIROが満面の笑みを浮かべながら[[祭囃子]]風の[[和太鼓]]の口真似で「はいー!! どーん!どーん!どーん!」と叫び、団長は両手でピースをしながら「ベタベッタ!」と合いの手を入れ、HIROが「どどーん!どどーん!」と叫び、団長が「ベタでーす!」とネタのベタさを叫びながら締めくくる。その間、クロちゃんは甲高い声で笑いながら[[紙吹雪]]を撒き続ける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
乗り突っ込みが出ると、HIROの太鼓とクロちゃんの紙吹雪は同じだが団長のセリフは「乗り突っ込み!」／「大成功!!」となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最後の締めで団長がふんどし1枚にされた後は、団長のセリフは「オチでーす!」／「オチでーす!」となり、もう一度繰り返し「ヘクシュン!」（くしゃみ）／「安田大サーカスでした!!」となる。まれに団長だけでなく、クロちゃんやHIROも服を破られることがある。このとき、クロちゃんはピンクのブラジャーとパンツ、HIROは相撲の[[廻し#化粧廻し|化粧まわし]]姿となり、HIROが四股を踏むと場内がひっくり返る、というオチになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
HIROの掛け声は[[コント赤信号]]と似ていることがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
テレビに多く出演するようになってから、[[バラエティ番組]]への出演ではアクションはあまり行わず、食い意地が張っているというより食べ物に対してのみ機敏で他ではまず動かないHIROを置き、振りで天然リアクションを取ったり、絶叫や抗議すら高音なクロちゃんが暴走するのを団長が（時にはHIROに命令して）締める、という立ち位置が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「これからオペを始める。メス。」と言うとクロちゃんが「いやーん! 」。これは手術道具の[[メス (刃物)|メス]]と動物性別の[[メス (動物)|メス]]をかけている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最近は{{いつ|date=2011年2月}}医師の勧めによりその回数を1日1回に制限されている、HIROの「2リットルペットボトルの10秒内の一気飲み」は、HIROも参戦していた[[TBSテレビ|TBS]]の特番『[[フードバトルクラブ]]』にて他の選手がやっているのを見て会得したものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2007年年末ごろから、団長がクロちゃんにさまざまなリアクション芸をさせ、速いテンポでイジりまくるネタが主流になった。プライベートでもクロちゃんは団長にまったく頭が上がらないと噂されているトリオの力関係や、団長の[[サディスト|ドS]]ぶりが活かされたネタとなっていて好評である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
稀に3人に新メンバーを加えるという話題が上がることがある。2005年には、身長2メートルの黒人男性を新メンバーに加えるという話が出たが、HIROとクロちゃんの反対もあり実現はしなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「姉さん」（所属事務所の先輩）にあたる[[オセロ (お笑いコンビ)|オセロ]]とは、安大の芸風と噛み合わないためか、共演機会がほとんどない。オセロ司会の『[[知っとこ!]]』にも一度もゲストとして呼ばれていない&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
舞台では7分程度のコント[[桃太郎]]をする事もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
3人それぞれのキャラが浸透してきたため、それぞれ単独での出演も増えてきている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 受賞歴 ==&lt;br /&gt;
*[[2001年]] - 『[[今宮子供えびすマンザイ新人コンクール]]』で、新人漫才奨励賞と子供大賞。&lt;br /&gt;
*[[2004年]] - 『第25回　[[ABCお笑い新人グランプリ]]』で、審査員特別賞。&lt;br /&gt;
*[[2006年]] - 『第41回　[[上方漫才大賞]]』で、奨励賞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演番組 ==&lt;br /&gt;
=== 現在の出演番組 ===&lt;br /&gt;
*[[フィッシング倶楽部]]（2010年4月 - 、[[テレビ埼玉|テレ玉]]など）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 過去の出演番組 ===&lt;br /&gt;
*[[爆笑オンエアバトル]]（[[NHK総合テレビジョン|NHK総合]]）戦績0勝1敗 最高173KB&lt;br /&gt;
*[[フードバトルクラブ]]（[[TBSテレビ|TBS]]） - HIROのみ参戦。団長･クロちゃんは応援で参加。&lt;br /&gt;
*[[雨上がり決死隊のトーク番組 アメトーーク!|アメトーーク!]]（[[テレビ朝日]]）&lt;br /&gt;
*[[笑いの金メダル]]（[[ABCテレビ|朝日放送]]）&lt;br /&gt;
*[[メレンゲの気持ち]]（[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]）&lt;br /&gt;
*[[元祖!でぶや]]（[[テレビ東京]]）&lt;br /&gt;
*[[エンタの神様]]（日本テレビ） - [[キャッチコピー]]は「究極のアクロバット笑」。団員を一人加え『'''安田特大サーカス'''』名義で出演。&lt;br /&gt;
*[[ウタワラ]]（日本テレビ）&lt;br /&gt;
*[[AKBと××!]]（[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]） &lt;br /&gt;
*[[ロンドンハーツ]]（テレビ朝日）&lt;br /&gt;
*[[いきなり!黄金伝説。]]（テレビ朝日）&lt;br /&gt;
*[[爆笑レッドカーペット]]（フジテレビ）&lt;br /&gt;
**キャッチコピーは「笑いのドラリオン」&lt;br /&gt;
*[[退屈貴族]]（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]）&lt;br /&gt;
*[[田舎に泊まろう!]]（テレビ東京） - 安田のみ出演。&lt;br /&gt;
*[[お笑いDynamite!]]（12月28日{{いつ|date=2011年2月}}、TBS） - キャッチコピーは「調教不能 珍獣だらけ」。&lt;br /&gt;
*[[関ジャニ∞のジャニ勉]]（5月14日{{いつ|date=2011年2月}}、[[関西テレビ放送|関西テレビ]]）&lt;br /&gt;
*[[爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル]]（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]）&lt;br /&gt;
*[[ズームイン!!SUPER|新春ズームイン!!SUPER]]（日本テレビ） - 2005年[[元日|元旦]]放送時に出演。&lt;br /&gt;
*[[お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャル]]（フジテレビ） - 第1回・2005年[[3月1日]]放送時に出演。&lt;br /&gt;
*[[DOORS (テレビ番組)|DOORS]]（TBS）&lt;br /&gt;
*[[天才てれびくんMAX]]（2005年4月14日・2007年度 - 2008年度、[[NHK教育テレビジョン|NHK教育]]） - 2005年4月14日はゲスト出演であったが、2007年度 - 2008年度は7代目（MAXでは2代目）司会者として出演した。&lt;br /&gt;
*[[大笑点]]（日本テレビ） - 2006年と2007年元旦放送の時で出演。2006年は安田は大喜利、HIROとクロちゃんは大相撲汐留場所に出演。&lt;br /&gt;
*[[コントカーニバル]]（朝日放送）&lt;br /&gt;
*[[ミラクル☆シェイプ]]（日本テレビ）&lt;br /&gt;
**1：2005年11月13日放送分にクロちゃんのみ挑戦。&lt;br /&gt;
**2：2006年7月2日分放送に団長のみ挑戦、約1か月に渡るダイエットを経て見事目標を達成。&lt;br /&gt;
**その後、[[西友]]の折込チラシ（[[2006年]][[7月13日]]）用水着モデルとして採用された。&lt;br /&gt;
*[[お笑い芸人大忘年会]]（日本テレビ）- 年末特番。&lt;br /&gt;
*[[ビートたけしのお笑いウルトラクイズ]]（日本テレビ） - 第20回・2007年1月1日放送分に出演。&lt;br /&gt;
*[[ほんじゃに!]]（関西テレビ） - 「200回SP オカンだらけの大運動会!!」に、お笑いオカン軍団として出演。なおクロちゃんは不在だった。&lt;br /&gt;
*[[TVチャンピオン]]（現・[[TVチャンピオン2]]、テレビ東京） - 「クレーンゲーム王」において団長のみ出演。&lt;br /&gt;
*[[ジャンプ!○○中]]（フジテレビ） - クロちゃんのみ出演。&lt;br /&gt;
*[[欽ちゃんの仮装大賞|欽ちゃん&amp;amp;香取慎吾の全日本仮装大賞]]（日本テレビ）&lt;br /&gt;
**第80回大会に「[[タイタニック (客船)|タイタニック]]」という仮装で参加。ケーキ製の「タイタニック」号を食べていって沈没するさまを表現したが、結果は8点と一ケタ台の点数で、最終的に[[勝俣州和]]、[[ゴルゴ松本]]、[[ザブングル (お笑い)|加藤歩]]の3人（芸能人失格者）によって強制退場させられた。&lt;br /&gt;
*[[ますだおかだ角パァ!]]（朝日放送）&lt;br /&gt;
**月一回&lt;br /&gt;
*[[うり☆ひゃー!それいけ!安田探検隊]]（[[沖縄テレビ放送|沖縄テレビ]]）（10月から12月までの1クール放送）&lt;br /&gt;
**2008年4月から[[ファミリー劇場]]で再放送している。&lt;br /&gt;
*[[爆笑ピンクカーペット|新春ゴールデンピンクカーペットSP]]（フジテレビ、2009年1月1日）&lt;br /&gt;
**キャッチコピーは「笑いのドラリオン」&lt;br /&gt;
*[[イエヤス]]（[[中部日本放送|CBCテレビ]]）&lt;br /&gt;
*突撃！ネイチャーX（NHK教育）&lt;br /&gt;
==== ドラマ ====&lt;br /&gt;
*[[銭湯の娘!?]]（[[MBSテレビ|毎日放送]]「[[ドラマ30]]」）&lt;br /&gt;
**売れないお笑いトリオ『ブランコ3』役として。&lt;br /&gt;
*[[ミヤコ蝶々ものがたり|ミヤコ蝶々ものがたり 泣いて愛して笑わせて…]]（テレビ朝日）&lt;br /&gt;
**安田、HIROのみ。曲芸師コンビ『ハジメコウ太』役として。&lt;br /&gt;
*[[ちりとてちん (朝ドラ)|ちりとてちん]]（NHK[[連続テレビ小説]]）&lt;br /&gt;
**お笑いトリオ『天狗トリオ』役として。&lt;br /&gt;
*[[トミカヒーロー レスキューフォース]]（テレビ東京）&lt;br /&gt;
**謎の組織・ネオテーラの三幹部『マール（クロちゃん）、サーン（安田）、シーカ（HIRO）』の声優として（『[[タイムボカンシリーズ]]』の悪玉トリオがモチーフ）。全員自身を思わせるキャラクターの声を担当している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== テレビアニメ ===&lt;br /&gt;
* [[ハイ!ハイ! パフィー・アミユミ|Hi Hi Puffy AmiYumi]]（[[カートゥーン ネットワーク]]、実写パートに出演）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== インターネットテレビ ===&lt;br /&gt;
*[[こちら!カタムキテレビ制作会社]]（[[GyaO!|GyaO バラエティch]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 映画 ===&lt;br /&gt;
*[[劇場版BLEACH MEMORIES OF NOBODY]]（2006年、[[東宝]]） - 声の出演&lt;br /&gt;
*[[ユメ十夜]]（2007年、[[日活]]） 第十夜&lt;br /&gt;
* 少林老女（2008年5月、[[ジョリー・ロジャー (企業)|ジョリーロジャー]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ラジオ ===&lt;br /&gt;
*[[ラジオアミューズメントパーク|ついに安田大サーカスがやってきた!ワイワイガヤガヤ（秘）トークラジオ]]（[[全国ラジオネットワーク|NRN]]）&lt;br /&gt;
*[[ラジオアミューズメントパーク|またも安田大サーカスがやってきた!ワイワイガヤガヤ（秘）トークラジオ]]（NRN）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== テレビCM ===&lt;br /&gt;
*フクピカ（[[ソフト99コーポレーション|SOFT 99]]）&lt;br /&gt;
**裸体に金粉を塗って出演。&lt;br /&gt;
**キャッチコピーは「どーん!どーん!どーん!」「フクピッカ!」「どどーん!どどーん!」「ピカピッカ!」。&lt;br /&gt;
*肌研（ハダラボ） - 化粧水の極潤ヒアルロン液（[[ロート製薬]]）&lt;br /&gt;
**クロちゃんのみナレーターとして出演。&lt;br /&gt;
*[[ボールド (洗剤)|ボールド]]（[[プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン|P&amp;amp;Gジャパン]]）&lt;br /&gt;
**「安田大造園」の植木職人役で[[玉山鉄二]]と共演。劇中では玉山とクロちゃんがメイン。&lt;br /&gt;
*[[こてっちゃん]]（[[エスフーズ]]）&lt;br /&gt;
**[[牛海綿状脳症|BSE]]問題で販売休止になっていた「こてっちゃん」が2007年3月末から販売を再開した。知名度アップのために2007年4月中に関西地区限定で放映。3人がエスフーズの[[ロゴタイプ|ロゴ]]の入ったTシャツ姿で「こてこてこてこてこてっちゃん!」「クロクロクロクロクロちゃんです!」と[[卓袱台]]を一周する。ちなみにエスフーズの本社は団長の出身地である西宮市に所在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== パチスロ ===&lt;br /&gt;
*安田大サーカス（2007年3月、[http://www.baltec.co.jp/ バルテック]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.shochikugeino.co.jp/talents/01/post-4.html 安田大サーカス（松竹芸能によるプロフィール）]&lt;br /&gt;
*[http://www.nhk.or.jp/tvkun/ 天才てれびくんＭＡＸ （NHKによる公式サイト）]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:やすたたいさかす}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本のお笑いグループ]]&lt;br /&gt;
[[Category:松竹芸能]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E5%AE%89%E7%94%B0%E5%A4%A7%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%82%B9&amp;diff=163464</id>
		<title>安田大サーカス</title>
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				<updated>2012-07-15T10:58:10Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''安田大サーカス'''（やすだだいサーカス、略称：'''安大'''）とは、[[団長(安田大サーカス)|団長]]、[[HIRO (お笑い芸人)|HIRO]]、[[クロちゃん (お笑い芸人)|クロちゃん]]の3人による[[お笑いタレント|お笑いグループ]]である。所属[[芸能事務所|事務所]]は[[松竹芸能]]。[[2001年]]（[[平成]]13年）4月頃に結成された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 命名の由来 ==&lt;br /&gt;
グループ名の名付け親は、[[ますだおかだ]]の2人。日本有数の大サーカス団『[[木下大サーカス]]』がヒント。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
お年寄から子供まで幅広い層に楽しんでもらえるお笑いになれという意味で「安田サーカス」と岡田が名付け、それに増田が「大」を入れて「安田大サーカス」となった&amp;lt;ref&amp;gt;『第1回[[M-1グランプリ]]』（2001年）でのますだおかだインタビューより。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
団長は命名当初グループ名に疑問を持っていたが、「木下大サーカスとて木下団長は誰か分からんだろう」の岡田の一言で納得したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== メンバー ==&lt;br /&gt;
'''[[団長(安田大サーカス)|団長]]'''（だんちょうやすだ、[[1974年]]（[[昭和]]49年）[[4月26日]] - ）本名、'''安田 裕己'''（やすだ ひろみ）。&lt;br /&gt;
:リーダー。[[漫才#ボケとツッコミ|ツッコミ]]担当。[[兵庫県]][[西宮市]]出身。一番身長が低い。元[[ライフセービング|ライフセーバー]]。[[フリーダイビング|潜水]]、[[フリーダイビング|ダイナミック・アプネア]]（フィン無し）元日本記録保持者（115m）。&lt;br /&gt;
:元はコンビ「[[安田と竹内]]」。当時の相方は現在の[[タケウチパンダ]]。解散後しばらく犬の模型を[[合方|相方]]にしていた。&lt;br /&gt;
:実家では「お地蔵さん」と呼ばれているらしい{{誰2|date=2011年2月}}。高校の後輩である元[[大関]]・[[琴光喜啓司]]と親交がある。&lt;br /&gt;
:[[2009年]][[7月9日]]、[[精巣捻転症]]で緊急入院し、即日[[手術]]を行った。本人の話によると「[[腹痛]]がしたため、バスで病院に行き、すぐにオペをされた」とのこと。その後、院内のベッドの上で[[関西テレビ放送|関西テレビ]]の電話取材にも応じた。&lt;br /&gt;
'''[[クロちゃん (お笑い芸人)|クロちゃん]] （[[1976年]]（昭和51年）[[12月10日]] - ）本名、'''黒川 明人'''（くろかわ あきひと）。&lt;br /&gt;
:[[漫才#ボケとツッコミ|ボケ]]担当。[[広島県]][[東広島市]][[八本松町|八本松]]出身。[[少林寺拳法]]の経験者。顔は怖いが[[ソプラノ|ソプラノボイス]]。結成前に関西テレビ『[[イカロスの翼]]』という[[関西ローカル]]番組に、本名の黒川明人名義で出演していた。&lt;br /&gt;
:テレビ、ラジオ、ライブにおいて担当するコーナーが必ず早期終了するというジンクスがあるらしい{{誰2|date=2011年2月}}。&lt;br /&gt;
'''[[HIRO (お笑い芸人)|HIRO]]'''（ひろ、[[1977年]]（昭和52年）[[4月20日]] - ）本名、'''広瀬 康幸'''（ひろせ やすゆき）。&lt;br /&gt;
:[[漫才#ボケとツッコミ|ボケ]]担当。[[和歌山県]][[和歌山市]]出身。元[[大相撲]]力士。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 安田特大サーカス ==&lt;br /&gt;
『[[エンタの神様]]』出演時には、他のお笑い芸人と一緒に『'''安田特大サーカス'''』として出演した。組む芸人は殆どの場合無名だが、2006年8月12日放送分に出演した際は「ラッセーラー、ラッセーラー」つながりで[[猫ひろし]]と、同年12月2日放送分は「クローン男」として[[ザ・たっち]]と共演した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 芸風 ==&lt;br /&gt;
ショートコントや短い漫才が主な持ちネタ。「ラッセーラー、ラッセーラー、ラッセーラー、ラッセーラー」という掛け声で登場することが多い。その掛け声で登場するときはクロちゃんとHIROが土台となり[[組体操]]のような三人タワーを作り上げる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
スーツなど色々な衣装で登場することが多いが、オチで団長の服が破られふんどし1枚にされるネタが多い。しかし、ネタそのものよりも、ネタとネタの間に挿入されるアクションのほうが印象に残りやすい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ネタの始めには、クロちゃんがそのコワモテの顔を見せ付けたあと、高音で「いつも元気なクロちゃんです!」（もしくは「クロちゃんです!」）と紹介する。しかし最近{{いつ|date=2011年2月}}では、その台詞に団長が言葉を被せて、クロちゃんが「かぶってる!」と怒るパターンが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ボケとツッコミの流れが終わるとHIROが満面の笑みを浮かべながら[[祭囃子]]風の[[和太鼓]]の口真似で「はいー!! どーん!どーん!どーん!」と叫び、団長は両手でピースをしながら「ベタベッタ!」と合いの手を入れ、HIROが「どどーん!どどーん!」と叫び、団長が「ベタでーす!」とネタのベタさを叫びながら締めくくる。その間、クロちゃんは甲高い声で笑いながら[[紙吹雪]]を撒き続ける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
乗り突っ込みが出ると、HIROの太鼓とクロちゃんの紙吹雪は同じだが団長のセリフは「乗り突っ込み!」／「大成功!!」となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最後の締めで団長がふんどし1枚にされた後は、団長のセリフは「オチでーす!」／「オチでーす!」となり、もう一度繰り返し「ヘクシュン!」（くしゃみ）／「安田大サーカスでした!!」となる。まれに団長だけでなく、クロちゃんやHIROも服を破られることがある。このとき、クロちゃんはピンクのブラジャーとパンツ、HIROは相撲の[[廻し#化粧廻し|化粧まわし]]姿となり、HIROが四股を踏むと場内がひっくり返る、というオチになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
HIROの掛け声は[[コント赤信号]]と似ていることがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
テレビに多く出演するようになってから、[[バラエティ番組]]への出演ではアクションはあまり行わず、食い意地が張っているというより食べ物に対してのみ機敏で他ではまず動かないHIROを置き、振りで天然リアクションを取ったり、絶叫や抗議すら高音なクロちゃんが暴走するのを団長が（時にはHIROに命令して）締める、という立ち位置が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「これからオペを始める。メス。」と言うとクロちゃんが「いやーん! 」。これは手術道具の[[メス (刃物)|メス]]と動物性別の[[メス (動物)|メス]]をかけている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最近は{{いつ|date=2011年2月}}医師の勧めによりその回数を1日1回に制限されている、HIROの「2リットルペットボトルの10秒内の一気飲み」は、HIROも参戦していた[[TBSテレビ|TBS]]の特番『[[フードバトルクラブ]]』にて他の選手がやっているのを見て会得したものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2007年年末ごろから、団長がクロちゃんにさまざまなリアクション芸をさせ、速いテンポでイジりまくるネタが主流になった。プライベートでもクロちゃんは団長にまったく頭が上がらないと噂されているトリオの力関係や、団長の[[サディスト|ドS]]ぶりが活かされたネタとなっていて好評である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
稀に3人に新メンバーを加えるという話題が上がることがある。2005年には、身長2メートルの黒人男性を新メンバーに加えるという話が出たが、HIROとクロちゃんの反対もあり実現はしなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「姉さん」（所属事務所の先輩）にあたる[[オセロ (お笑いコンビ)|オセロ]]とは、安大の芸風と噛み合わないためか、共演機会がほとんどない。オセロ司会の『[[知っとこ!]]』にも一度もゲストとして呼ばれていない&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
舞台では7分程度のコント[[桃太郎]]をする事もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
3人それぞれのキャラが浸透してきたため、それぞれ単独での出演も増えてきている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 受賞歴 ==&lt;br /&gt;
*[[2001年]] - 『[[今宮子供えびすマンザイ新人コンクール]]』で、新人漫才奨励賞と子供大賞。&lt;br /&gt;
*[[2004年]] - 『第25回　[[ABCお笑い新人グランプリ]]』で、審査員特別賞。&lt;br /&gt;
*[[2006年]] - 『第41回　[[上方漫才大賞]]』で、奨励賞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演番組 ==&lt;br /&gt;
=== 現在の出演番組 ===&lt;br /&gt;
*[[フィッシング倶楽部]]（2010年4月 - 、[[テレビ埼玉|テレ玉]]など）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 過去の出演番組 ===&lt;br /&gt;
*[[爆笑オンエアバトル]]（[[NHK総合テレビジョン|NHK総合]]）戦績0勝1敗 最高173KB&lt;br /&gt;
*[[フードバトルクラブ]]（[[TBSテレビ|TBS]]） - HIROのみ参戦。団長･クロちゃんは応援で参加。&lt;br /&gt;
*[[雨上がり決死隊のトーク番組 アメトーーク!|アメトーーク!]]（[[テレビ朝日]]）&lt;br /&gt;
*[[笑いの金メダル]]（[[ABCテレビ|朝日放送]]）&lt;br /&gt;
*[[メレンゲの気持ち]]（[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]）&lt;br /&gt;
*[[元祖!でぶや]]（[[テレビ東京]]）&lt;br /&gt;
*[[エンタの神様]]（日本テレビ） - [[キャッチコピー]]は「究極のアクロバット笑」。団員を一人加え『'''安田特大サーカス'''』名義で出演。&lt;br /&gt;
*[[ウタワラ]]（日本テレビ）&lt;br /&gt;
*[[AKBと××!]]（[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]） &lt;br /&gt;
*[[ロンドンハーツ]]（テレビ朝日）&lt;br /&gt;
*[[いきなり!黄金伝説。]]（テレビ朝日）&lt;br /&gt;
*[[爆笑レッドカーペット]]（フジテレビ）&lt;br /&gt;
**キャッチコピーは「笑いのドラリオン」&lt;br /&gt;
*[[退屈貴族]]（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]）&lt;br /&gt;
*[[田舎に泊まろう!]]（テレビ東京） - 安田のみ出演。&lt;br /&gt;
*[[お笑いDynamite!]]（12月28日{{いつ|date=2011年2月}}、TBS） - キャッチコピーは「調教不能 珍獣だらけ」。&lt;br /&gt;
*[[関ジャニ∞のジャニ勉]]（5月14日{{いつ|date=2011年2月}}、[[関西テレビ放送|関西テレビ]]）&lt;br /&gt;
*[[爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル]]（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]）&lt;br /&gt;
*[[ズームイン!!SUPER|新春ズームイン!!SUPER]]（日本テレビ） - 2005年[[元日|元旦]]放送時に出演。&lt;br /&gt;
*[[お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャル]]（フジテレビ） - 第1回・2005年[[3月1日]]放送時に出演。&lt;br /&gt;
*[[DOORS (テレビ番組)|DOORS]]（TBS）&lt;br /&gt;
*[[天才てれびくんMAX]]（2005年4月14日・2007年度 - 2008年度、[[NHK教育テレビジョン|NHK教育]]） - 2005年4月14日はゲスト出演であったが、2007年度 - 2008年度は7代目（MAXでは2代目）司会者として出演した。&lt;br /&gt;
*[[大笑点]]（日本テレビ） - 2006年と2007年元旦放送の時で出演。2006年は安田は大喜利、HIROとクロちゃんは大相撲汐留場所に出演。&lt;br /&gt;
*[[コントカーニバル]]（朝日放送）&lt;br /&gt;
*[[ミラクル☆シェイプ]]（日本テレビ）&lt;br /&gt;
**1：2005年11月13日放送分にクロちゃんのみ挑戦。&lt;br /&gt;
**2：2006年7月2日分放送に団長のみ挑戦、約1か月に渡るダイエットを経て見事目標を達成。&lt;br /&gt;
**その後、[[西友]]の折込チラシ（[[2006年]][[7月13日]]）用水着モデルとして採用された。&lt;br /&gt;
*[[お笑い芸人大忘年会]]（日本テレビ）- 年末特番。&lt;br /&gt;
*[[ビートたけしのお笑いウルトラクイズ]]（日本テレビ） - 第20回・2007年1月1日放送分に出演。&lt;br /&gt;
*[[ほんじゃに!]]（関西テレビ） - 「200回SP オカンだらけの大運動会!!」に、お笑いオカン軍団として出演。なおクロちゃんは不在だった。&lt;br /&gt;
*[[TVチャンピオン]]（現・[[TVチャンピオン2]]、テレビ東京） - 「クレーンゲーム王」において団長のみ出演。&lt;br /&gt;
*[[ジャンプ!○○中]]（フジテレビ） - クロちゃんのみ出演。&lt;br /&gt;
*[[欽ちゃんの仮装大賞|欽ちゃん&amp;amp;香取慎吾の全日本仮装大賞]]（日本テレビ）&lt;br /&gt;
**第80回大会に「[[タイタニック (客船)|タイタニック]]」という仮装で参加。ケーキ製の「タイタニック」号を食べていって沈没するさまを表現したが、結果は8点と一ケタ台の点数で、最終的に[[勝俣州和]]、[[ゴルゴ松本]]、[[ザブングル (お笑い)|加藤歩]]の3人（芸能人失格者）によって強制退場させられた。&lt;br /&gt;
*[[ますだおかだ角パァ!]]（朝日放送）&lt;br /&gt;
**月一回&lt;br /&gt;
*[[うり☆ひゃー!それいけ!安田探検隊]]（[[沖縄テレビ放送|沖縄テレビ]]）（10月から12月までの1クール放送）&lt;br /&gt;
**2008年4月から[[ファミリー劇場]]で再放送している。&lt;br /&gt;
*[[爆笑ピンクカーペット|新春ゴールデンピンクカーペットSP]]（フジテレビ、2009年1月1日）&lt;br /&gt;
**キャッチコピーは「笑いのドラリオン」&lt;br /&gt;
*[[イエヤス]]（[[中部日本放送|CBCテレビ]]）&lt;br /&gt;
*突撃！ネイチャーX（NHK教育）&lt;br /&gt;
==== ドラマ ====&lt;br /&gt;
*[[銭湯の娘!?]]（[[MBSテレビ|毎日放送]]「[[ドラマ30]]」）&lt;br /&gt;
**売れないお笑いトリオ『ブランコ3』役として。&lt;br /&gt;
*[[ミヤコ蝶々ものがたり|ミヤコ蝶々ものがたり 泣いて愛して笑わせて…]]（テレビ朝日）&lt;br /&gt;
**安田、HIROのみ。曲芸師コンビ『ハジメコウ太』役として。&lt;br /&gt;
*[[ちりとてちん (朝ドラ)|ちりとてちん]]（NHK[[連続テレビ小説]]）&lt;br /&gt;
**お笑いトリオ『天狗トリオ』役として。&lt;br /&gt;
*[[トミカヒーロー レスキューフォース]]（テレビ東京）&lt;br /&gt;
**謎の組織・ネオテーラの三幹部『マール（クロちゃん）、サーン（安田）、シーカ（HIRO）』の声優として（『[[タイムボカンシリーズ]]』の悪玉トリオがモチーフ）。全員自身を思わせるキャラクターの声を担当している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== テレビアニメ ===&lt;br /&gt;
* [[ハイ!ハイ! パフィー・アミユミ|Hi Hi Puffy AmiYumi]]（[[カートゥーン ネットワーク]]、実写パートに出演）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== インターネットテレビ ===&lt;br /&gt;
*[[こちら!カタムキテレビ制作会社]]（[[GyaO!|GyaO バラエティch]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 映画 ===&lt;br /&gt;
*[[劇場版BLEACH MEMORIES OF NOBODY]]（2006年、[[東宝]]） - 声の出演&lt;br /&gt;
*[[ユメ十夜]]（2007年、[[日活]]） 第十夜&lt;br /&gt;
* 少林老女（2008年5月、[[ジョリー・ロジャー (企業)|ジョリーロジャー]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ラジオ ===&lt;br /&gt;
*[[ラジオアミューズメントパーク|ついに安田大サーカスがやってきた!ワイワイガヤガヤ（秘）トークラジオ]]（[[全国ラジオネットワーク|NRN]]）&lt;br /&gt;
*[[ラジオアミューズメントパーク|またも安田大サーカスがやってきた!ワイワイガヤガヤ（秘）トークラジオ]]（NRN）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== テレビCM ===&lt;br /&gt;
*フクピカ（[[ソフト99コーポレーション|SOFT 99]]）&lt;br /&gt;
**裸体に金粉を塗って出演。&lt;br /&gt;
**キャッチコピーは「どーん!どーん!どーん!」「フクピッカ!」「どどーん!どどーん!」「ピカピッカ!」。&lt;br /&gt;
*肌研（ハダラボ） - 化粧水の極潤ヒアルロン液（[[ロート製薬]]）&lt;br /&gt;
**クロちゃんのみナレーターとして出演。&lt;br /&gt;
*[[ボールド (洗剤)|ボールド]]（[[プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン|P&amp;amp;Gジャパン]]）&lt;br /&gt;
**「安田大造園」の植木職人役で[[玉山鉄二]]と共演。劇中では玉山とクロちゃんがメイン。&lt;br /&gt;
*[[こてっちゃん]]（[[エスフーズ]]）&lt;br /&gt;
**[[牛海綿状脳症|BSE]]問題で販売休止になっていた「こてっちゃん」が2007年3月末から販売を再開した。知名度アップのために2007年4月中に関西地区限定で放映。3人がエスフーズの[[ロゴタイプ|ロゴ]]の入ったTシャツ姿で「こてこてこてこてこてっちゃん!」「クロクロクロクロクロちゃんです!」と[[卓袱台]]を一周する。ちなみにエスフーズの本社は団長の出身地である西宮市に所在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== パチスロ ===&lt;br /&gt;
*安田大サーカス（2007年3月、[http://www.baltec.co.jp/ バルテック]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.shochikugeino.co.jp/talents/01/post-4.html 安田大サーカス（松竹芸能によるプロフィール）]&lt;br /&gt;
*[http://www.nhk.or.jp/tvkun/ 天才てれびくんＭＡＸ （NHKによる公式サイト）]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:やすたたいさかす}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本のお笑いグループ]]&lt;br /&gt;
[[Category:松竹芸能]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93_(%E3%81%8A%E7%AC%91%E3%81%84%E8%8A%B8%E4%BA%BA)&amp;diff=163463</id>
		<title>クロちゃん (お笑い芸人)</title>
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				<updated>2012-07-15T10:54:59Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: ページの作成：「'''クロちゃん'''（1976年12月10日 - ）は、日本のお笑いタレントであり、お笑いグループ安田大サーカスの[[漫才#...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''クロちゃん'''（[[1976年]][[12月10日]] - ）は、[[日本]]の[[お笑いタレント]]であり、お笑いグループ[[安田大サーカス]]の[[漫才#ボケとツッコミ|ボケ]]担当である。本名、'''黒川 明人'''（くろかわ あきひと）。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[広島県]][[東広島市]][[八本松町|八本松]]出身。[[松竹芸能]]所属。広島電機大学付属高等学校（現・[[広島国際学院高等学校]]）、[[花園大学]]卒業。[[黄道十二星座|星座]]は[[人馬宮|いて座]]。身長173cm、体重111kg。本人曰く「フィーバー」である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
元々は[[歌手]]志望として松竹芸能の[[アイドル]]部門に所属していた。その後、時期は不明だが[[芸能]]部門に異動、唐突にお笑いライブに連れて行かされ、ネタを作っていなかったことで怒られる。事務所のスタッフにそのことを話したところ、「アイドルのユニットを組ませてやる」と言われ、待ち合わせ場所のファミレスに行くと[[HIRO (お笑い)|HIRO]]が先にいた。不審に思った矢先に[[団長 (安田大サーカス)|団長]]が到着し、この人ならまだ話せると思い「歌はやるんですか?」と質問したところ「カラオケくらいなら」と返されて、実はお笑いトリオを組まされることになったことを知った。なおこの時にHIROは「ハンバーグを食わせてやる」と言われ呼び出されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
* [[スキンヘッド]]と、[[阿修羅]]のような非常に怖い顔が特徴的で、見る者に威圧感を与える。しかし[[喧嘩]]には弱い。初めて見た者はさぞやドスの効いた声で喋るのであろうと想像するが、そのルックスとは裏腹に[[ソプラノ|ソプラノボイス]]で声質は[[ミッキーマウス]]役の声優・[[青柳隆志]]や『[[ゲゲゲの鬼太郎 (アニメ)|ゲゲゲの鬼太郎]]』の[[目玉おやじ]]役の声優・[[田の中勇]]の声にも似ており、青柳と勘違いされることもある。&lt;br /&gt;
* この高い声質に因んで、『[[爆笑問題のバク天!]]』（[[TBSテレビ|TBS]]）において「クロちゃんに（声質を変化させる）ガスを吸ったらどうなるか?」という企画が持ち出された。結果、声を高くする[[ヘリウム]]ガスは成功して声質はより高くなったが、逆に低くする[[クリプトン]]ガスは声質変化の効果がなかった。&lt;br /&gt;
* 出演する[[テレビ番組]]では共演者が声色を真似ることがあるが、本人は嫌がっている。また、「いやん! なにすんの!!」など全体的に乙女口調が多い。ごくまれに、ルックス相応の声のトーンになることがあるが、組長というより、いわゆる姐御声であり、[[ホリ (お笑い)|ホリ]]に物まねされている。&lt;br /&gt;
* [[パチンコ#パチンコ依存症|パチンコ依存症]]であることを『[[笑いの金メダル]]』（[[ABCテレビ]]）で暴露され、団長からも「パチンコをやめるように!」と何度も通達されているが、本人はやめられないと言っている。親と30歳まで仕送りしてもらう約束をしていたため15 - 25万円の仕送りを受け取っており、出演するテレビ番組では「もう仕送りはしないで」のテロップが出されたことが何度もある。しかし、その後[[キャバクラ]]に通っていることを同番組内で母親により暴露された。2011年時点での仕送り状況は不明だが、2007年[[12月7日]]に放送された『[[金曜バラエティー]]』（[[NHK総合テレビジョン|NHK総合]]）に出演した際、親からの仕送り期間の延長が認められたと語っている。そのことがあって以来、彼が番組に出ると必ずキャバクラの話題を振られ、「キャバクラでは[[鉄板#俗語|鉄板]]である」とたまにネタを披露した後に「お金払えばみんな笑ってくれるんです!!」と言い訳するのがパターンである。2008年[[1月16日]]に放送された『[[草野キッド]]』（[[テレビ朝日]]）で仕送り期間は35歳までになったことが団長から暴露された。&amp;lt;!--11万1111円をもらっているらしい。--&amp;gt;同番組内では借金を抱えてまでもパチンコ通いが続いていること、2児持ちの先輩である[[オーケイ]]の岡山佑児から借金を重ね、返済を一切していないことが新たに発覚したが、番組の企画で5倍返しすることになった。また、ブログでは、本人がプレーしたパチンコの台と感想が紹介されている。&lt;br /&gt;
* 上記のことから、[[品川庄司]]の[[品川祐]]は「現代社会が生んだモンスター」と呼んでいる。また、『笑いの金メダル』などにおいて汚い[[キャラ (コミュニケーション)|キャラ]]としてイジられるようになった。イジられキャラというのは、ボケの芸人では珍しいことである。&lt;br /&gt;
* しかし、『[[もしも (テレビ番組)|もしも]]』（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]）の中で物価の差を体験する企画があり、物価が低い国から日本に出稼ぎに来ている外国人の必死に働く姿を目の当たりにして、自分の呆れた金銭感覚が情けなくなり、住んでいるマンションの外で号泣した。その後タクシー移動をやめて自分で自転車を使い移動したり、東京でのライブに自分の母親を呼んで「もう仕送りをしなくていいです」「これからはお金を送ります」と語った。&lt;br /&gt;
* 『笑いの金メダル』で学歴の話題になった際、団長から2浪して大学&amp;lt;!--花園大学には短大部門はない--&amp;gt;へ進学したことをばらされた。大学は[[仏教]]系であり、選んだ理由は、自身が好きな漫画『[[3×3 EYES]]』の主人公八雲が、[[チベット仏教]]を学んでいたのを格好良いと思い、影響され仏教を学ぼうと思ったとのこと。&lt;br /&gt;
* [[プロレスリング・ノア]]に所属する[[プロレスラー]]・[[小橋建太]]の大ファンであり、番組で共演した際には涙を流して喜んだ。&lt;br /&gt;
* ピアノが得意で、『[[カスペ!]] 芸能界特技王決定戦〜TEPPEN〜』（フジテレビ、2010年8月3日放送分）で、その腕前を披露した。&lt;br /&gt;
* 中学校時代は生徒会長を務めていた。&lt;br /&gt;
* 浪人時代は[[河合塾]]広島校に通学していた。当時から強面で恐れられていたが登校する際は必ず腰に[[クルミ|胡桃]]の入った袋、長い竹棒を持参していた。授業中に講師から袋と棒について質問された際に声質が発覚し、予備校内での有名人になった。&lt;br /&gt;
* [[羞恥心 (ユニット)|羞恥心]]の[[野久保直樹]]も好みのタイプであり、『[[ウチくる!?]]』（フジテレビ）で共演した際には「めっちゃいい匂いするー!」「好きっ!!」などと言って甘えたエピソードがある。&lt;br /&gt;
* 結成直後からの[[AKB48]]のファンで、[[ドン・キホーテ (企業)|ドン・キホーテ]][[秋葉原]]店ビルの5階にあった[[コスプレ系飲食店|メイド喫茶]]通いをしていた際に、同ビルの8階にオープンした[[AKB48劇場]]を冷やかし半分で見に行ったところ嵌り、それ以来頻繁に劇場公演に通っているだけでなく、新聞雑誌のAKB48関連記事を切り抜き大量に収集しているほど。当初は2009年にAKB48を卒業した[[大島麻衣]]、大島卒業後は[[前田敦子]]が推しメンバーで、前田らと番組で共演した際には「あっちゃん（=前田）は神なんですよ」と泣きながら発言、前田がかつて使用していたネックピローを入手した際に「家に帰ってすぐジップロックに詰めてニオイ（を）閉じ込め」、以来家宝にしていることを明かした。[[2011年]][[1月21日]]に行われたライブイベント『AKB48 リクエストアワーセットリストベスト100 2011』に観客として来場し、アンコール発動の掛け声を担当した。&lt;br /&gt;
* 松竹芸能の大先輩である[[森脇健児]]の京都の自宅によく遊びに行く。&lt;br /&gt;
* 2008年5月に、[[アロマセラピー|アロマコーディネーター]]のライセンス認定試験を受け、一発合格したこしを発表。&lt;br /&gt;
** アロマコーディネーターのライセンス認定取得後に、[[インストラクター]]の資格&amp;lt;!--スポーツインストラクター?--&amp;gt;を取りたいと発言をしている。&lt;br /&gt;
* 2006年に放送された『笑いの金メダル』のドッキリ企画にて、「芸人とアイドルどっちをやりたい?」と訊かれた際に、1分ほどで「アイドル」と答えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 芸風 ==&lt;br /&gt;
登場の時、初めに客席を鋭い眼光で暫らく睨んだ後、急に笑顔になって甲高い声で「（いつも元気な）クロちゃんです!!」と、天真爛漫に自己紹介をするという落差が特徴である。まだ彼の声質が知られていなかった下積み時代は、つかみとして絶大な効力を発揮した。しかし徐々に知名度が上がり、2005年頃から[[マンネリ]]防止のため団長に邪魔をされることが増えた。他には共演者に名前を間違って呼びかけられ、それを返すネタもある。&lt;br /&gt;
: 「[[ウォーレン・クロマティ|クロマティ]]。」→「巨人でそんなにホームラン打ってない!」&lt;br /&gt;
: 「[[キョロちゃん]]。」→「[[チョコボール|金なら1枚銀なら5枚]]!」&lt;br /&gt;
: 「[[白|シロ]]ちゃん。」→「色違い!真逆!」&lt;br /&gt;
: 「ブラックちゃん。」→「英語で呼ばないで!」&lt;br /&gt;
: 「黒川。」→「本名で呼ぶな!」&lt;br /&gt;
: 「[[乳児|赤ちゃん]]。」→「もう、卒業した!」&lt;br /&gt;
: 「ロクちゃん。」→「[[6]]と[[9]]がひっくり返ってる!」&lt;br /&gt;
: 「[[クローン]]ちゃん。」→「実験段階じゃない!」&lt;br /&gt;
: 「これから[[手術|オペ]]を始める。メス」→「いやーん」&lt;br /&gt;
: 「[[ユニクロ]]ちゃん」→「安くていい商品なんかそろえてない!」&lt;br /&gt;
: 「[[黄色|キイロ]]ちゃん」→「僕そんな[[膨張色]]じゃない!」&lt;br /&gt;
: 「おなかの中が真っクロちゃん」→「違う! 夢がいっぱい詰まってる!」&lt;br /&gt;
[[タマちゃん]]の物まねができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
* 安田大サーカスのメンバーでは唯一の大学卒。なお、団長は高校卒、HIROは中学校卒である。&lt;br /&gt;
* 2008年に放送された『[[トミカヒーロー レスキューフォース]]』では姫と呼ばれる役で自身の性格を体現したともいえるマール役の声を担当した。&lt;br /&gt;
* 妹がいる。&lt;br /&gt;
* 高校卒業後通っていた河合塾広島校のある講師によると、よく質問をするまじめな生徒だったとのこと。しかし、カバンの中には少女漫画が大量に入っており「漫画ばかり読んでちゃダメじゃないか」と注意すると「妹が読んでいるのに自分が読まないわけにはいかない」と泣きながら弁明したという。&lt;br /&gt;
* かつて、[[テレフォンクラブ|テレクラ]]で会話のみのいわゆる「[[サクラ (おとり)|サクラ]]」のアルバイトをしていたことがあったが、一度本当に待ち合わせ場所に行き、そのことが発覚してアルバイトを解雇された。その際、相手の男性が「男か、しゃあないな」と言ってクロちゃんにコーヒーを奢ったエピソードがある。&lt;br /&gt;
* 漫画『[[花の慶次]]』に登場する右腕だけ屈強なキャラにあこがれ、右腕ばかりを鍛えて医師に[[ドクターストップ]]をかけられたことがある。&lt;br /&gt;
* 『笑いの金メダル』で「アイドルとしてCDデビューの依頼が来た」という[[ドッキリ]]企画を仕掛けられ、[[つんく|つんく♂]]の制作と思い込ませた曲を用意したりイニシャルは『T』とだけ説明した。実際には、あるアイドルマニアの一般男性が制作。[[沖縄県|沖縄]]まで[[ミュージック・ビデオ|プロモーション・ビデオ]]の[[ロケーション撮影|ロケ撮影]]に行くなど大掛かりだったため、「アイドルになるなら芸人を辞めなければいけない」と迫られ本気でアイドルになろうとするが、にせの記者会見で曲を披露中に網で捕まりネタばらしをされたため、怒りながらその場に崩れた。また、このにせの記者会見でネタバレ防止のためか団長やHIROには内緒にしていたにもかかわらず「快く送り出してくれた」との虚偽発言や、記者に扮した[[ペナルティ (お笑いコンビ)|ペナルティ]]の[[中川秀樹|ヒデ]]にキャバクラのお気に入りの女性について聞かれ動揺したそぶりを見せたことを責められた。撮影したプロモーション・ビデオは番組のエンディングで放送された。顔立ちに似合わず体毛が多く、以前から見苦しいから剃毛するように言われても拒否していたが「プロモーション・ビデオではその体毛は見苦しいから剃ってくれないか」の要請には了承した。&lt;br /&gt;
* このほか『笑いの金メダル』では、[[恐怖症]]を治すという名目で[[ニュージーランド]]で170km/hで飛行する1人乗りのロケットに搭乗したり、134mの高さからの[[バンジージャンプ]]をさせられ、加えて椅子に着席した状態でのバンジージャンプを、後ろ向きで落とされるという過酷な企画に挑んだ。&lt;br /&gt;
*[[2009年]][[10月1日]]に発熱を訴え、翌2日になっても体温は39度を超える状態であったことから医師の診断を受けたところ、[[2009年新型インフルエンザの世界的流行|新型インフルエンザ]]に感染していることが判明、10月3日放送分の期首特番『[[オールスター感謝祭]]』（TBS）への参加を見合わせた。接触による二次感染の可能性を考慮し、メンバーの団長とHIROも不参加となった。&lt;br /&gt;
*[[2010年]][[12月25日]]のイベント出演時に、2年間交際していた一般女性と破局していたことが団長の口から暴露された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演作品 ==&lt;br /&gt;
=== テレビ番組 ===&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--制作局のみ表記--&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[くりぃむナントカ]]（[[テレビ朝日]]）&lt;br /&gt;
* [[笑いの金メダル]]（[[ABCテレビ]]）&lt;br /&gt;
* [[平成教育予備校|平成教育2005予備校]]（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]） - 2005年11月頃より何週か出演したが、『[[平成教育委員会]]』出場権は得られず。&lt;br /&gt;
* [[ワンナイR&amp;amp;R]]（フジテレビ） - 「キモかっこいい対決!!」企画で男性レギュラー陣と対戦するも連戦連敗。&lt;br /&gt;
* [[YOUたち!]]（[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]）&lt;br /&gt;
* [[草野☆キッド]]（テレビ朝日） - 「草野ランド」の知事選挙に出馬。&lt;br /&gt;
* [[おしゃべりやってまーす]]月曜日（[[K'z Station]]）&lt;br /&gt;
* [[やりすぎコージー]]（[[テレビ東京]]） - 2008年5月17日放送分「[[りあるキッズ]]安田くんの甘ずっぱい悩み相談SP」に“先輩ゲイ人”のひとりとして登場。&lt;br /&gt;
* [[フィッシング倶楽部]]（2010年4月 -、[[テレビ埼玉]]）&lt;br /&gt;
* [[ウチくる!?]]（フジテレビ）&lt;br /&gt;
* [[熱血BO-SO TV]]（[[千葉テレビ放送|チバテレビ]]） - エージェント（リポーター）&lt;br /&gt;
* [[あらびき団]]（[[TBSテレビ|TBS]]）&lt;br /&gt;
* [[イッテ恋48]]（[[テレビ神奈川|tvk]]）&lt;br /&gt;
* [[クロノス (テレビ番組)#battle for money 戦闘中|battle for money 戦闘中]]（[[フジテレビ]]）(2012年3月30日)-&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ドラマ ===&lt;br /&gt;
* [[ケータイ捜査官7]]（テレビ東京） - 謎のマッチョマン役&lt;br /&gt;
* [[トミカヒーロー レスキューフォース]]（[[テレビ愛知]]） - 3大幹部マールの声役&lt;br /&gt;
* [[満福少女ドラゴネット]]（[[テレビ神奈川]]）-第5話&lt;br /&gt;
* [[ハイパーヨーヨー|ハイパーヨーヨー バーニング]]（[[テレビ東京]]） - 闇のスピナートリオ・キグマ役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 映画 ===&lt;br /&gt;
* [[トミカヒーロー レスキューフォース 爆裂MOVIE マッハトレインをレスキューせよ!]]（2008年） - 3大幹部マールの声役&lt;br /&gt;
* [[トミカヒーロー レスキューフォース 爆裂MOVIE マッハトレインをレスキューせよ!#爆走!トミカヒーローグランプリ|爆走!トミカヒーローグランプリ]]（2008年） - 3大幹部マールの声役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== CM ===&lt;br /&gt;
* フクピカ（[[ソフト99コーポレーション|SOFT 99]]）&lt;br /&gt;
* [[肌研]]（ハダラボ）・ 化粧水の極潤ヒアルロン液（[[ロート製薬]]） - [[ナレーション]]のみ。&lt;br /&gt;
* [[ボールド]]（[[プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン|P&amp;amp;Gジャパン]]） - [[玉山鉄二]]の相手役。&lt;br /&gt;
* [[しまむら]]（ナレーション）&lt;br /&gt;
* [[サントリーフーズ]]「ビタミンウォーター」（ナレーション）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[ヨゴレ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.shochikugeino.co.jp/talents/01/post-4.html 松竹芸能・安田大サーカス（安田団長、HIRO、クロちゃん）のプロフィール]&lt;br /&gt;
* [http://gree.jp/kurochan_g/ クロちゃん(安田大サーカス) 公式ブログ]&lt;br /&gt;
* [http://mbga.jp/_u?u=16205878 クロちゃん携帯ブログ]&lt;br /&gt;
* [http://ameblo.jp/kuroaroma-day/ クロちゃんのアロマ研究所] - 本人によるブログ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:くろちやん}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本のお笑いコンビ]]&lt;br /&gt;
[[Category:欽ちゃんの仮装大賞の出場者]]&lt;br /&gt;
[[Category:松竹芸能]]&lt;br /&gt;
[[Category:広島県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1976年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E5%9B%A3%E9%95%B7_(%E5%AE%89%E7%94%B0%E5%A4%A7%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%82%B9)&amp;diff=163462</id>
		<title>団長 (安田大サーカス)</title>
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				<updated>2012-07-15T10:48:22Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: /* 人物・概要 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''団長'''（だんちょう、[[1974年]][[4月26日]] - ）は、[[日本]]の[[お笑いタレント]]であり、お笑いグループ[[安田大サーカス]]のリーダーで[[ツッコミ]]担当である。本名、'''安田 裕己'''（やすだ ひろみ）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[兵庫県]][[西宮市]]出身。[[松竹芸能]]所属。所属事務所のプロフィルでは、'''団長安田'''。[[鳥取城北高等学校]]卒業。[[血液型]]A型。[[星座]]おうし座。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物・概要 ==&lt;br /&gt;
* 一番小柄 (163cm) で普通のルックス。[[HIRO(お笑い芸人)|HIRO]]と[[クロちゃん (お笑い)|クロちゃん]]に服を破らせて赤い[[褌]]1枚になり、2人の肩の上に乗る芸を披露する。一度、番組内で服を破ると褌ではなく普通のパンツ一丁だったことがある。&lt;br /&gt;
* お笑いのことを何も分からなかったHIROとクロちゃんを仕込んだのは団長である。会社から押し付けられた力士・アイドルにそれぞれ挫折した2人を根気よく、厳しくも優しく指導し続けた。2人はせりふも覚えられないし、「間」というものも理解できなかったらしい。そのためカンニングペーパーを作り、2人のせりふの際、後ろからつついてしゃべるタイミングを伝えていた。一時はHIROのために食費を稼いでいた。&lt;br /&gt;
* 安田大サーカスを結成する以前は「安田と竹内」というコンビで活動していて、[[ユースケ・サンタマリア]]と[[千秋 (タレント)|千秋]]が司会の『[[トロイの木馬 (テレビ番組)|トロイの木馬]]』（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]）に出演し、アメリカでヒッチハイクを行い「[[猿岩石]]や[[ドロンズ]]に続く」と思っていたがブームが去っていたこともあり、結局、全国区では売れなかった（『笑いの金メダル』でそのことを語った）。当時の相方の竹内宣和はその後、「[[タケウチパンダ]]」という名前でピン芸人をしている。&lt;br /&gt;
* スポーツ万能であるが、柔道だけは[[増田英彦]]（ますだおかだ）に勝てないという。&lt;br /&gt;
* 特技はサッカーで、高校時代は鳥取へサッカー留学。所属事務所の[[芸能人女子フットサル]]チーム「[[蹴竹G]]」では監督を務めていた。[[ヴィッセル神戸]]をJリーグ昇格以前から応援している（コールリーダーを務めていたという話も）。2006年、ラジオゲストで訪れたJ2[[ザスパ草津]]のゲーム後に、レプリカユニフォームを自費購入。テレビ番組で着用している。&lt;br /&gt;
* [[ロードレース (自転車競技)|自転車ロードレース]]にホビーレーサーとして挑戦し、2008年は[[ジャパンカップサイクルロードレース|ジャパンカップ]]や[[ヒルクライム]]レースのオープンクラスに参加した。&lt;br /&gt;
* 高校は大相撲の元[[大関]][[琴光喜啓司|琴光喜]]と同じで、団長が2年先輩。琴光喜が1年の時に学園祭でトリオ漫才をやっていた団長を見たことがあるという。その後も親交があり、「第41回 上方漫才大賞」で奨励賞を受賞したときもプレゼンターとして琴光喜が駆けつけた。中学では[[小西博之]]、[[松尾貴史]]の後輩。&lt;br /&gt;
* ルックスは俳優の[[大沢たかお]]や[[香川照之]]、[[阪神タイガース]]の[[鳥谷敬]]に似ているともいわれているが、[[ラッキィ池田]]に1番似ているといわれている。裸にジャケットを羽織り、[[矢沢永吉]]を意識したようなパフォーマンスを見せるコントもある。&lt;br /&gt;
* [[クレーンゲーム]]が得意で[[TVチャンピオン]]の'''「クレーンゲーム王選手権」'''に芸能人で唯一（ただし、団長としてではなく本名の安田裕己名義で）参加し、第3ラウンドまで進出したほか、[[ケーブルテレビ|CATV]]系の、コミュニTV 熱情放送「[[UFOキャッチャー]]を熱く語る」の中でもテクニックなどを中心に力説した。&lt;br /&gt;
* ホームパーティーが好きで、[[TKO (お笑いコンビ)|TKO]]の木本武宏や後輩芸人を自宅に呼んでパーティーを行う。メンバーではHIROは呼ばれるが、クロちゃんは足の裏が汚い、子供に影響が出るという理由でパーティーどころか自宅に呼ばれたことがない。&lt;br /&gt;
* 松竹芸能の大先輩である[[森脇健児]]の物まねを得意とする。森脇に成り済まして[[島崎和歌子]]に電話をかけ、だまし通せるかというコーナーで、最後までバレなかった。レパートリーは以下のものである。&lt;br /&gt;
** 道順の教え方&lt;br /&gt;
** 店の入り方&lt;br /&gt;
** 毛穴から毛が3本 等&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
* 1995年1月17日に起きた[[兵庫県南部地震]]（[[阪神・淡路大震災]]）の被災者として、震災当時、友人が生き埋めになった倒壊現場の前に呆然とたたずむ姿が新聞に掲載された。その時のエピソードが2005年の『[[24時間テレビ 「愛は地球を救う」|24時間テレビ]]』（[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]）などで紹介された。&lt;br /&gt;
* [[ABCお笑い新人グランプリ]]の審査員特別賞を受賞した後、その盾を震災現場跡まで見せに行った。&lt;br /&gt;
* [[日本赤十字社]]水上安全法救助員（いわゆる[[ライフセービング|ライフセーバー]]）の資格を所持するも『[[クイズプレゼンバラエティー Qさま!!]]』の企画で[[ロバート (お笑い)|ロバート]]と潜水を競った時は23.8m（一般成人男性が平均20m程度）しか[[フリーダイビング|潜水]]で進めなかった（クロちゃんの記録にも劣っている）。しかし[[2006年]][[2月2日]]の同番組の放送で77m（日本単独4位）を非公認ながらも記録し、その後、[[2006年]][[7月17日]]の放送にて、元オリンピック平泳ぎ代表の[[林亨]] (108m) の記録を抜く115m（公認日本新記録）を記録し、'''潜水日本一になった'''（後に[[野久保直樹]]により日本記録は116mに更新され、2011年現在日本4位）。&lt;br /&gt;
* 上下関係としては団長が上であるが、クロちゃんはセリフを覚えていないことを団長が指摘すると泣く、HIROは稽古が嫌いで偽装事故を起こしてまでサボろうとする、と団長の悩みは尽きない。しかし、劇場に遅刻したクロちゃんを殴って号泣させてしまい、他の芸人に無理やり舞台に出され何とかごまかそうとするも、クロちゃんが泣き続けていたことと昼間の舞台のため、年配のお客さんが多かったせいで客を引かせてしまったこともある（HIROは数少ない引いてなかったお客さんと一緒に笑っていた）。&lt;br /&gt;
* 礼儀には厳しいがむちゃをするタイプで、『[[雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!|アメトーーク!]]』（[[テレビ朝日]]）に出演した時に、自分が座っている椅子でクロちゃんの頭部を殴るなどした。クロちゃんは表情が変わり涙目になっていた。ネタが詰まりだした時も、自分がHIROにぶつかりにいったり、クロちゃんをHIROにぶつけたりと、舞台所狭しと駆け回るが、騒ぎ過ぎてHIROに舞台から引きずり下ろされたり「ABCお笑い新人グランプリ」審査員特別賞の受賞祝いで行った飲食店でHIROとクロちゃんが嫌がる中、無理やりネタをやったりと他の出演者から「やり過ぎ」といわれることもある。&lt;br /&gt;
* 「安田と竹内」時代に同世代の[[みょーちゃん]]、[[ビーグル38|せんたくばさみ]]らと共に「夕べザカリ」を結成して路上ライブを行っていた。後のインタビューでは結成理由として「[[アメリカザリガニ (お笑い)|アメリカザリガニ]]など上の世代が頭角を現し始めたことに影響された」と語っているが、ネタ中に服を脱ぐなどの暴走で警察に怒られたこともあった（当時のネタの一部はDVD『安田大サーカス 汗かきベソかき大作戦!』に収録されている&amp;lt;!--お笑いTYPHOON!vol.12--&amp;gt;）。&lt;br /&gt;
* 2009年7月8日、都内の自宅で急に[[腹痛]]を起こし、[[港区 (東京都)|港区]]内の病院で[[精巣捻転症]]（睾丸が回転し血管などを圧迫する病気）という病気であることが判明した。その後、1時間程度の[[手術]]で精巣捻転を戻す処置を行い、無事成功した。団長は生まれつき[[睾丸]]が回転しないようについている[[靭帯]]が細いため、何らかの理由により睾丸が回転し、それにより睾丸についている[[血管]]や[[神経]]がねじれてしまったために、腹部・睾丸に激痛が起こったのではないかと診断された。&lt;br /&gt;
* [[2009年]][[9月]]に、タレント[[岩田さち]]と入籍。記者会見が[[9月15日]]に行われた。それぞれ団長、さっちゃんと呼び合っていることを、[[よゐこ部]]で暴露された。&lt;br /&gt;
* 趣味の自転車では、斜度20%を超えるような[[激坂]]が好き。停止状態からスタート、蛇行しない、足を付かないなど自分なりの縛りを加え楽しんでいる。&lt;br /&gt;
* 自転車趣味は、最初は[[関口宏の東京フレンドパークII]]の景品としてプレゼントされた[[トレック]]の本格的なロードバイクであったが、乗り方もよく分からなかったため自転車屋に持って行きママチャリと交換してもらおうとしたが、良いバイクなのにもったいないので乗って下さいと説得された。しかし乗ってみるとものすごく速く、軽く気持ちが良かったため、段々楽しくなっていき、今に至るという。現在の愛車は[[キャノンデール]]のSuper Six HI-MOD Team。&lt;br /&gt;
* そのSuper Six、以前番組で「Ultimateですよ、120万の自転車ですよ！」としゃべったことがあるが、実際にはコンポネートの中に[[アルテグラ|シマノ・アルテグラ]]が混じっていたり、[[マヴィック]]のキシリウムが入っていたりすることから、Ultimateではないことが判別可能。&lt;br /&gt;
* ジャパンカップに遊びに行った際、当時は自転車の知識が無く、誰だか分からないまま[[イヴァン・バッソ]]にサインをもらったことから[[リクイガス・キャノンデール|リクイガス]]のファンに。その関係と坂馬鹿であることを含め、リクイガス仕様の[[マイヨ・ブラン・ア・ポワ・ルージュ]]レプリカをよく着用する。自身のロードバイクもリクイガスのチームカラー。&lt;br /&gt;
* 2008年に放送された『[[トミカヒーロー レスキューフォース]]』では&amp;lt;!-- 小柄なルックスと自身の性格を現したともいえる --&amp;gt;サーンの声を担当した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演 ==&lt;br /&gt;
* [[トミカヒーロー レスキューフォース]]（3大幹部サーンの声）&lt;br /&gt;
* [[フィッシング倶楽部]]（2010年4月 -、[[テレビ埼玉|テレ玉]]など）&lt;br /&gt;
* [[快汗!自転車ライフ]]（[[大人の趣味と生活向上◆アクトオンTV]]）&lt;br /&gt;
* [[とれたてワイド朝生!]]（[[北日本放送]]、2010年9月&amp;lt;!--ゲスト出演する局主催のイベントの宣伝で電話出演--&amp;gt;）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目・人物 ==&lt;br /&gt;
* [[安田大サーカス]]&lt;br /&gt;
* [[HIRO(お笑い芸人)|HIRO]]&lt;br /&gt;
* [[クロちゃん(お笑い)|クロちゃん]]&lt;br /&gt;
* [[やしきたかじん]] … 団長の物まねネタ、下腹部にサングラスをあて陰茎を鼻に見立てて行うが、当然ながら放送上堪えられないために楽屋やプライベートな打ち上げ現場限定になっている。&lt;br /&gt;
* [[森脇健児]] … 団長のモノマネネタの一つ、事務所の先輩。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.shochikugeino.co.jp/talents/01/post-4.html 松竹芸能・安田大サーカスのプロフィール]&lt;br /&gt;
* [http://gree.jp/dancho_yasuda/ 団長安田（安田大サーカス）公式ブログ]&lt;br /&gt;
* [http://ameblo.jp/dancho-yasuda/ 団長安田オフィシャルブログ「団長安田の自転車男ペダリング・マン」]&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:たんちよう}}&lt;br /&gt;
[[Category:お笑い芸人]]&lt;br /&gt;
[[Category:欽ちゃんの仮装大賞の出場者]]&lt;br /&gt;
[[Category:松竹芸能]]&lt;br /&gt;
[[Category:兵庫県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1974年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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				<updated>2012-07-15T10:47:10Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: /* 関連項目・人物 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''団長'''（だんちょう、[[1974年]][[4月26日]] - ）は、[[日本]]の[[お笑いタレント]]であり、お笑いグループ[[安田大サーカス]]のリーダーで[[ツッコミ]]担当である。本名、'''安田 裕己'''（やすだ ひろみ）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[兵庫県]][[西宮市]]出身。[[松竹芸能]]所属。所属事務所のプロフィルでは、'''団長安田'''。[[鳥取城北高等学校]]卒業。[[血液型]]A型。[[星座]]おうし座。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物・概要 ==&lt;br /&gt;
* 一番小柄 (163cm) で普通のルックス。[[HIRO (お笑い)|HIRO]]と[[クロちゃん (お笑い)|クロちゃん]]に服を破らせて赤い[[褌]]1枚になり、2人の肩の上に乗る芸を披露する。一度、番組内で服を破ると褌ではなく普通のパンツ一丁だったことがある。&lt;br /&gt;
* お笑いのことを何も分からなかったHIROとクロちゃんを仕込んだのは団長である。会社から押し付けられた力士・アイドルにそれぞれ挫折した2人を根気よく、厳しくも優しく指導し続けた。2人はせりふも覚えられないし、「間」というものも理解できなかったらしい。そのためカンニングペーパーを作り、2人のせりふの際、後ろからつついてしゃべるタイミングを伝えていた。一時はHIROのために食費を稼いでいた。&lt;br /&gt;
* 安田大サーカスを結成する以前は「安田と竹内」というコンビで活動していて、[[ユースケ・サンタマリア]]と[[千秋 (タレント)|千秋]]が司会の『[[トロイの木馬 (テレビ番組)|トロイの木馬]]』（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]）に出演し、アメリカでヒッチハイクを行い「[[猿岩石]]や[[ドロンズ]]に続く」と思っていたがブームが去っていたこともあり、結局、全国区では売れなかった（『笑いの金メダル』でそのことを語った）。当時の相方の竹内宣和はその後、「[[タケウチパンダ]]」という名前でピン芸人をしている。&lt;br /&gt;
* スポーツ万能であるが、柔道だけは[[増田英彦]]（ますだおかだ）に勝てないという。&lt;br /&gt;
* 特技はサッカーで、高校時代は鳥取へサッカー留学。所属事務所の[[芸能人女子フットサル]]チーム「[[蹴竹G]]」では監督を務めていた。[[ヴィッセル神戸]]をJリーグ昇格以前から応援している（コールリーダーを務めていたという話も）。2006年、ラジオゲストで訪れたJ2[[ザスパ草津]]のゲーム後に、レプリカユニフォームを自費購入。テレビ番組で着用している。&lt;br /&gt;
* [[ロードレース (自転車競技)|自転車ロードレース]]にホビーレーサーとして挑戦し、2008年は[[ジャパンカップサイクルロードレース|ジャパンカップ]]や[[ヒルクライム]]レースのオープンクラスに参加した。&lt;br /&gt;
* 高校は大相撲の元[[大関]][[琴光喜啓司|琴光喜]]と同じで、団長が2年先輩。琴光喜が1年の時に学園祭でトリオ漫才をやっていた団長を見たことがあるという。その後も親交があり、「第41回 上方漫才大賞」で奨励賞を受賞したときもプレゼンターとして琴光喜が駆けつけた。中学では[[小西博之]]、[[松尾貴史]]の後輩。&lt;br /&gt;
* ルックスは俳優の[[大沢たかお]]や[[香川照之]]、[[阪神タイガース]]の[[鳥谷敬]]に似ているともいわれているが、[[ラッキィ池田]]に1番似ているといわれている。裸にジャケットを羽織り、[[矢沢永吉]]を意識したようなパフォーマンスを見せるコントもある。&lt;br /&gt;
* [[クレーンゲーム]]が得意で[[TVチャンピオン]]の'''「クレーンゲーム王選手権」'''に芸能人で唯一（ただし、団長としてではなく本名の安田裕己名義で）参加し、第3ラウンドまで進出したほか、[[ケーブルテレビ|CATV]]系の、コミュニTV 熱情放送「[[UFOキャッチャー]]を熱く語る」の中でもテクニックなどを中心に力説した。&lt;br /&gt;
* ホームパーティーが好きで、[[TKO (お笑いコンビ)|TKO]]の木本武宏や後輩芸人を自宅に呼んでパーティーを行う。メンバーではHIROは呼ばれるが、クロちゃんは足の裏が汚い、子供に影響が出るという理由でパーティーどころか自宅に呼ばれたことがない。&lt;br /&gt;
* 松竹芸能の大先輩である[[森脇健児]]の物まねを得意とする。森脇に成り済まして[[島崎和歌子]]に電話をかけ、だまし通せるかというコーナーで、最後までバレなかった。レパートリーは以下のものである。&lt;br /&gt;
** 道順の教え方&lt;br /&gt;
** 店の入り方&lt;br /&gt;
** 毛穴から毛が3本 等&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
* 1995年1月17日に起きた[[兵庫県南部地震]]（[[阪神・淡路大震災]]）の被災者として、震災当時、友人が生き埋めになった倒壊現場の前に呆然とたたずむ姿が新聞に掲載された。その時のエピソードが2005年の『[[24時間テレビ 「愛は地球を救う」|24時間テレビ]]』（[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]）などで紹介された。&lt;br /&gt;
* [[ABCお笑い新人グランプリ]]の審査員特別賞を受賞した後、その盾を震災現場跡まで見せに行った。&lt;br /&gt;
* [[日本赤十字社]]水上安全法救助員（いわゆる[[ライフセービング|ライフセーバー]]）の資格を所持するも『[[クイズプレゼンバラエティー Qさま!!]]』の企画で[[ロバート (お笑い)|ロバート]]と潜水を競った時は23.8m（一般成人男性が平均20m程度）しか[[フリーダイビング|潜水]]で進めなかった（クロちゃんの記録にも劣っている）。しかし[[2006年]][[2月2日]]の同番組の放送で77m（日本単独4位）を非公認ながらも記録し、その後、[[2006年]][[7月17日]]の放送にて、元オリンピック平泳ぎ代表の[[林亨]] (108m) の記録を抜く115m（公認日本新記録）を記録し、'''潜水日本一になった'''（後に[[野久保直樹]]により日本記録は116mに更新され、2011年現在日本4位）。&lt;br /&gt;
* 上下関係としては団長が上であるが、クロちゃんはセリフを覚えていないことを団長が指摘すると泣く、HIROは稽古が嫌いで偽装事故を起こしてまでサボろうとする、と団長の悩みは尽きない。しかし、劇場に遅刻したクロちゃんを殴って号泣させてしまい、他の芸人に無理やり舞台に出され何とかごまかそうとするも、クロちゃんが泣き続けていたことと昼間の舞台のため、年配のお客さんが多かったせいで客を引かせてしまったこともある（HIROは数少ない引いてなかったお客さんと一緒に笑っていた）。&lt;br /&gt;
* 礼儀には厳しいがむちゃをするタイプで、『[[雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!|アメトーーク!]]』（[[テレビ朝日]]）に出演した時に、自分が座っている椅子でクロちゃんの頭部を殴るなどした。クロちゃんは表情が変わり涙目になっていた。ネタが詰まりだした時も、自分がHIROにぶつかりにいったり、クロちゃんをHIROにぶつけたりと、舞台所狭しと駆け回るが、騒ぎ過ぎてHIROに舞台から引きずり下ろされたり「ABCお笑い新人グランプリ」審査員特別賞の受賞祝いで行った飲食店でHIROとクロちゃんが嫌がる中、無理やりネタをやったりと他の出演者から「やり過ぎ」といわれることもある。&lt;br /&gt;
* 「安田と竹内」時代に同世代の[[みょーちゃん]]、[[ビーグル38|せんたくばさみ]]らと共に「夕べザカリ」を結成して路上ライブを行っていた。後のインタビューでは結成理由として「[[アメリカザリガニ (お笑い)|アメリカザリガニ]]など上の世代が頭角を現し始めたことに影響された」と語っているが、ネタ中に服を脱ぐなどの暴走で警察に怒られたこともあった（当時のネタの一部はDVD『安田大サーカス 汗かきベソかき大作戦!』に収録されている&amp;lt;!--お笑いTYPHOON!vol.12--&amp;gt;）。&lt;br /&gt;
* 2009年7月8日、都内の自宅で急に[[腹痛]]を起こし、[[港区 (東京都)|港区]]内の病院で[[精巣捻転症]]（睾丸が回転し血管などを圧迫する病気）という病気であることが判明した。その後、1時間程度の[[手術]]で精巣捻転を戻す処置を行い、無事成功した。団長は生まれつき[[睾丸]]が回転しないようについている[[靭帯]]が細いため、何らかの理由により睾丸が回転し、それにより睾丸についている[[血管]]や[[神経]]がねじれてしまったために、腹部・睾丸に激痛が起こったのではないかと診断された。&lt;br /&gt;
* [[2009年]][[9月]]に、タレント[[岩田さち]]と入籍。記者会見が[[9月15日]]に行われた。それぞれ団長、さっちゃんと呼び合っていることを、[[よゐこ部]]で暴露された。&lt;br /&gt;
* 趣味の自転車では、斜度20%を超えるような[[激坂]]が好き。停止状態からスタート、蛇行しない、足を付かないなど自分なりの縛りを加え楽しんでいる。&lt;br /&gt;
* 自転車趣味は、最初は[[関口宏の東京フレンドパークII]]の景品としてプレゼントされた[[トレック]]の本格的なロードバイクであったが、乗り方もよく分からなかったため自転車屋に持って行きママチャリと交換してもらおうとしたが、良いバイクなのにもったいないので乗って下さいと説得された。しかし乗ってみるとものすごく速く、軽く気持ちが良かったため、段々楽しくなっていき、今に至るという。現在の愛車は[[キャノンデール]]のSuper Six HI-MOD Team。&lt;br /&gt;
* そのSuper Six、以前番組で「Ultimateですよ、120万の自転車ですよ！」としゃべったことがあるが、実際にはコンポネートの中に[[アルテグラ|シマノ・アルテグラ]]が混じっていたり、[[マヴィック]]のキシリウムが入っていたりすることから、Ultimateではないことが判別可能。&lt;br /&gt;
* ジャパンカップに遊びに行った際、当時は自転車の知識が無く、誰だか分からないまま[[イヴァン・バッソ]]にサインをもらったことから[[リクイガス・キャノンデール|リクイガス]]のファンに。その関係と坂馬鹿であることを含め、リクイガス仕様の[[マイヨ・ブラン・ア・ポワ・ルージュ]]レプリカをよく着用する。自身のロードバイクもリクイガスのチームカラー。&lt;br /&gt;
* 2008年に放送された『[[トミカヒーロー レスキューフォース]]』では&amp;lt;!-- 小柄なルックスと自身の性格を現したともいえる --&amp;gt;サーンの声を担当した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演 ==&lt;br /&gt;
* [[トミカヒーロー レスキューフォース]]（3大幹部サーンの声）&lt;br /&gt;
* [[フィッシング倶楽部]]（2010年4月 -、[[テレビ埼玉|テレ玉]]など）&lt;br /&gt;
* [[快汗!自転車ライフ]]（[[大人の趣味と生活向上◆アクトオンTV]]）&lt;br /&gt;
* [[とれたてワイド朝生!]]（[[北日本放送]]、2010年9月&amp;lt;!--ゲスト出演する局主催のイベントの宣伝で電話出演--&amp;gt;）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目・人物 ==&lt;br /&gt;
* [[安田大サーカス]]&lt;br /&gt;
* [[HIRO(お笑い芸人)|HIRO]]&lt;br /&gt;
* [[クロちゃん(お笑い)|クロちゃん]]&lt;br /&gt;
* [[やしきたかじん]] … 団長の物まねネタ、下腹部にサングラスをあて陰茎を鼻に見立てて行うが、当然ながら放送上堪えられないために楽屋やプライベートな打ち上げ現場限定になっている。&lt;br /&gt;
* [[森脇健児]] … 団長のモノマネネタの一つ、事務所の先輩。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.shochikugeino.co.jp/talents/01/post-4.html 松竹芸能・安田大サーカスのプロフィール]&lt;br /&gt;
* [http://gree.jp/dancho_yasuda/ 団長安田（安田大サーカス）公式ブログ]&lt;br /&gt;
* [http://ameblo.jp/dancho-yasuda/ 団長安田オフィシャルブログ「団長安田の自転車男ペダリング・マン」]&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:たんちよう}}&lt;br /&gt;
[[Category:お笑い芸人]]&lt;br /&gt;
[[Category:欽ちゃんの仮装大賞の出場者]]&lt;br /&gt;
[[Category:松竹芸能]]&lt;br /&gt;
[[Category:兵庫県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1974年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>団長 (安田大サーカス)</title>
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				<updated>2012-07-15T10:46:20Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: /* エピソード */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''団長'''（だんちょう、[[1974年]][[4月26日]] - ）は、[[日本]]の[[お笑いタレント]]であり、お笑いグループ[[安田大サーカス]]のリーダーで[[ツッコミ]]担当である。本名、'''安田 裕己'''（やすだ ひろみ）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[兵庫県]][[西宮市]]出身。[[松竹芸能]]所属。所属事務所のプロフィルでは、'''団長安田'''。[[鳥取城北高等学校]]卒業。[[血液型]]A型。[[星座]]おうし座。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物・概要 ==&lt;br /&gt;
* 一番小柄 (163cm) で普通のルックス。[[HIRO (お笑い)|HIRO]]と[[クロちゃん (お笑い)|クロちゃん]]に服を破らせて赤い[[褌]]1枚になり、2人の肩の上に乗る芸を披露する。一度、番組内で服を破ると褌ではなく普通のパンツ一丁だったことがある。&lt;br /&gt;
* お笑いのことを何も分からなかったHIROとクロちゃんを仕込んだのは団長である。会社から押し付けられた力士・アイドルにそれぞれ挫折した2人を根気よく、厳しくも優しく指導し続けた。2人はせりふも覚えられないし、「間」というものも理解できなかったらしい。そのためカンニングペーパーを作り、2人のせりふの際、後ろからつついてしゃべるタイミングを伝えていた。一時はHIROのために食費を稼いでいた。&lt;br /&gt;
* 安田大サーカスを結成する以前は「安田と竹内」というコンビで活動していて、[[ユースケ・サンタマリア]]と[[千秋 (タレント)|千秋]]が司会の『[[トロイの木馬 (テレビ番組)|トロイの木馬]]』（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]）に出演し、アメリカでヒッチハイクを行い「[[猿岩石]]や[[ドロンズ]]に続く」と思っていたがブームが去っていたこともあり、結局、全国区では売れなかった（『笑いの金メダル』でそのことを語った）。当時の相方の竹内宣和はその後、「[[タケウチパンダ]]」という名前でピン芸人をしている。&lt;br /&gt;
* スポーツ万能であるが、柔道だけは[[増田英彦]]（ますだおかだ）に勝てないという。&lt;br /&gt;
* 特技はサッカーで、高校時代は鳥取へサッカー留学。所属事務所の[[芸能人女子フットサル]]チーム「[[蹴竹G]]」では監督を務めていた。[[ヴィッセル神戸]]をJリーグ昇格以前から応援している（コールリーダーを務めていたという話も）。2006年、ラジオゲストで訪れたJ2[[ザスパ草津]]のゲーム後に、レプリカユニフォームを自費購入。テレビ番組で着用している。&lt;br /&gt;
* [[ロードレース (自転車競技)|自転車ロードレース]]にホビーレーサーとして挑戦し、2008年は[[ジャパンカップサイクルロードレース|ジャパンカップ]]や[[ヒルクライム]]レースのオープンクラスに参加した。&lt;br /&gt;
* 高校は大相撲の元[[大関]][[琴光喜啓司|琴光喜]]と同じで、団長が2年先輩。琴光喜が1年の時に学園祭でトリオ漫才をやっていた団長を見たことがあるという。その後も親交があり、「第41回 上方漫才大賞」で奨励賞を受賞したときもプレゼンターとして琴光喜が駆けつけた。中学では[[小西博之]]、[[松尾貴史]]の後輩。&lt;br /&gt;
* ルックスは俳優の[[大沢たかお]]や[[香川照之]]、[[阪神タイガース]]の[[鳥谷敬]]に似ているともいわれているが、[[ラッキィ池田]]に1番似ているといわれている。裸にジャケットを羽織り、[[矢沢永吉]]を意識したようなパフォーマンスを見せるコントもある。&lt;br /&gt;
* [[クレーンゲーム]]が得意で[[TVチャンピオン]]の'''「クレーンゲーム王選手権」'''に芸能人で唯一（ただし、団長としてではなく本名の安田裕己名義で）参加し、第3ラウンドまで進出したほか、[[ケーブルテレビ|CATV]]系の、コミュニTV 熱情放送「[[UFOキャッチャー]]を熱く語る」の中でもテクニックなどを中心に力説した。&lt;br /&gt;
* ホームパーティーが好きで、[[TKO (お笑いコンビ)|TKO]]の木本武宏や後輩芸人を自宅に呼んでパーティーを行う。メンバーではHIROは呼ばれるが、クロちゃんは足の裏が汚い、子供に影響が出るという理由でパーティーどころか自宅に呼ばれたことがない。&lt;br /&gt;
* 松竹芸能の大先輩である[[森脇健児]]の物まねを得意とする。森脇に成り済まして[[島崎和歌子]]に電話をかけ、だまし通せるかというコーナーで、最後までバレなかった。レパートリーは以下のものである。&lt;br /&gt;
** 道順の教え方&lt;br /&gt;
** 店の入り方&lt;br /&gt;
** 毛穴から毛が3本 等&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
* 1995年1月17日に起きた[[兵庫県南部地震]]（[[阪神・淡路大震災]]）の被災者として、震災当時、友人が生き埋めになった倒壊現場の前に呆然とたたずむ姿が新聞に掲載された。その時のエピソードが2005年の『[[24時間テレビ 「愛は地球を救う」|24時間テレビ]]』（[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]）などで紹介された。&lt;br /&gt;
* [[ABCお笑い新人グランプリ]]の審査員特別賞を受賞した後、その盾を震災現場跡まで見せに行った。&lt;br /&gt;
* [[日本赤十字社]]水上安全法救助員（いわゆる[[ライフセービング|ライフセーバー]]）の資格を所持するも『[[クイズプレゼンバラエティー Qさま!!]]』の企画で[[ロバート (お笑い)|ロバート]]と潜水を競った時は23.8m（一般成人男性が平均20m程度）しか[[フリーダイビング|潜水]]で進めなかった（クロちゃんの記録にも劣っている）。しかし[[2006年]][[2月2日]]の同番組の放送で77m（日本単独4位）を非公認ながらも記録し、その後、[[2006年]][[7月17日]]の放送にて、元オリンピック平泳ぎ代表の[[林亨]] (108m) の記録を抜く115m（公認日本新記録）を記録し、'''潜水日本一になった'''（後に[[野久保直樹]]により日本記録は116mに更新され、2011年現在日本4位）。&lt;br /&gt;
* 上下関係としては団長が上であるが、クロちゃんはセリフを覚えていないことを団長が指摘すると泣く、HIROは稽古が嫌いで偽装事故を起こしてまでサボろうとする、と団長の悩みは尽きない。しかし、劇場に遅刻したクロちゃんを殴って号泣させてしまい、他の芸人に無理やり舞台に出され何とかごまかそうとするも、クロちゃんが泣き続けていたことと昼間の舞台のため、年配のお客さんが多かったせいで客を引かせてしまったこともある（HIROは数少ない引いてなかったお客さんと一緒に笑っていた）。&lt;br /&gt;
* 礼儀には厳しいがむちゃをするタイプで、『[[雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!|アメトーーク!]]』（[[テレビ朝日]]）に出演した時に、自分が座っている椅子でクロちゃんの頭部を殴るなどした。クロちゃんは表情が変わり涙目になっていた。ネタが詰まりだした時も、自分がHIROにぶつかりにいったり、クロちゃんをHIROにぶつけたりと、舞台所狭しと駆け回るが、騒ぎ過ぎてHIROに舞台から引きずり下ろされたり「ABCお笑い新人グランプリ」審査員特別賞の受賞祝いで行った飲食店でHIROとクロちゃんが嫌がる中、無理やりネタをやったりと他の出演者から「やり過ぎ」といわれることもある。&lt;br /&gt;
* 「安田と竹内」時代に同世代の[[みょーちゃん]]、[[ビーグル38|せんたくばさみ]]らと共に「夕べザカリ」を結成して路上ライブを行っていた。後のインタビューでは結成理由として「[[アメリカザリガニ (お笑い)|アメリカザリガニ]]など上の世代が頭角を現し始めたことに影響された」と語っているが、ネタ中に服を脱ぐなどの暴走で警察に怒られたこともあった（当時のネタの一部はDVD『安田大サーカス 汗かきベソかき大作戦!』に収録されている&amp;lt;!--お笑いTYPHOON!vol.12--&amp;gt;）。&lt;br /&gt;
* 2009年7月8日、都内の自宅で急に[[腹痛]]を起こし、[[港区 (東京都)|港区]]内の病院で[[精巣捻転症]]（睾丸が回転し血管などを圧迫する病気）という病気であることが判明した。その後、1時間程度の[[手術]]で精巣捻転を戻す処置を行い、無事成功した。団長は生まれつき[[睾丸]]が回転しないようについている[[靭帯]]が細いため、何らかの理由により睾丸が回転し、それにより睾丸についている[[血管]]や[[神経]]がねじれてしまったために、腹部・睾丸に激痛が起こったのではないかと診断された。&lt;br /&gt;
* [[2009年]][[9月]]に、タレント[[岩田さち]]と入籍。記者会見が[[9月15日]]に行われた。それぞれ団長、さっちゃんと呼び合っていることを、[[よゐこ部]]で暴露された。&lt;br /&gt;
* 趣味の自転車では、斜度20%を超えるような[[激坂]]が好き。停止状態からスタート、蛇行しない、足を付かないなど自分なりの縛りを加え楽しんでいる。&lt;br /&gt;
* 自転車趣味は、最初は[[関口宏の東京フレンドパークII]]の景品としてプレゼントされた[[トレック]]の本格的なロードバイクであったが、乗り方もよく分からなかったため自転車屋に持って行きママチャリと交換してもらおうとしたが、良いバイクなのにもったいないので乗って下さいと説得された。しかし乗ってみるとものすごく速く、軽く気持ちが良かったため、段々楽しくなっていき、今に至るという。現在の愛車は[[キャノンデール]]のSuper Six HI-MOD Team。&lt;br /&gt;
* そのSuper Six、以前番組で「Ultimateですよ、120万の自転車ですよ！」としゃべったことがあるが、実際にはコンポネートの中に[[アルテグラ|シマノ・アルテグラ]]が混じっていたり、[[マヴィック]]のキシリウムが入っていたりすることから、Ultimateではないことが判別可能。&lt;br /&gt;
* ジャパンカップに遊びに行った際、当時は自転車の知識が無く、誰だか分からないまま[[イヴァン・バッソ]]にサインをもらったことから[[リクイガス・キャノンデール|リクイガス]]のファンに。その関係と坂馬鹿であることを含め、リクイガス仕様の[[マイヨ・ブラン・ア・ポワ・ルージュ]]レプリカをよく着用する。自身のロードバイクもリクイガスのチームカラー。&lt;br /&gt;
* 2008年に放送された『[[トミカヒーロー レスキューフォース]]』では&amp;lt;!-- 小柄なルックスと自身の性格を現したともいえる --&amp;gt;サーンの声を担当した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演 ==&lt;br /&gt;
* [[トミカヒーロー レスキューフォース]]（3大幹部サーンの声）&lt;br /&gt;
* [[フィッシング倶楽部]]（2010年4月 -、[[テレビ埼玉|テレ玉]]など）&lt;br /&gt;
* [[快汗!自転車ライフ]]（[[大人の趣味と生活向上◆アクトオンTV]]）&lt;br /&gt;
* [[とれたてワイド朝生!]]（[[北日本放送]]、2010年9月&amp;lt;!--ゲスト出演する局主催のイベントの宣伝で電話出演--&amp;gt;）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目・人物 ==&lt;br /&gt;
* [[安田大サーカス]]&lt;br /&gt;
* [[HIRO (お笑い)|HIRO]]&lt;br /&gt;
* [[クロちゃん (お笑い)|クロちゃん]]&lt;br /&gt;
* [[やしきたかじん]] … 団長の物まねネタ、下腹部にサングラスをあて陰茎を鼻に見立てて行うが、当然ながら放送上堪えられないために楽屋やプライベートな打ち上げ現場限定になっている。&lt;br /&gt;
* [[森脇健児]] … 団長のモノマネネタの一つ、事務所の先輩。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.shochikugeino.co.jp/talents/01/post-4.html 松竹芸能・安田大サーカスのプロフィール]&lt;br /&gt;
* [http://gree.jp/dancho_yasuda/ 団長安田（安田大サーカス）公式ブログ]&lt;br /&gt;
* [http://ameblo.jp/dancho-yasuda/ 団長安田オフィシャルブログ「団長安田の自転車男ペダリング・マン」]&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:たんちよう}}&lt;br /&gt;
[[Category:お笑い芸人]]&lt;br /&gt;
[[Category:欽ちゃんの仮装大賞の出場者]]&lt;br /&gt;
[[Category:松竹芸能]]&lt;br /&gt;
[[Category:兵庫県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1974年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>団長 (安田大サーカス)</title>
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				<updated>2012-07-15T10:45:10Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: ページの作成：「'''団長'''（だんちょう、1974年4月26日 - ）は、日本のお笑いタレントであり、お笑いグループ安田大サーカスのリ...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''団長'''（だんちょう、[[1974年]][[4月26日]] - ）は、[[日本]]の[[お笑いタレント]]であり、お笑いグループ[[安田大サーカス]]のリーダーで[[ツッコミ]]担当である。本名、'''安田 裕己'''（やすだ ひろみ）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[兵庫県]][[西宮市]]出身。[[松竹芸能]]所属。所属事務所のプロフィルでは、'''団長安田'''。[[鳥取城北高等学校]]卒業。[[血液型]]A型。[[星座]]おうし座。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物・概要 ==&lt;br /&gt;
* 一番小柄 (163cm) で普通のルックス。[[HIRO (お笑い)|HIRO]]と[[クロちゃん (お笑い)|クロちゃん]]に服を破らせて赤い[[褌]]1枚になり、2人の肩の上に乗る芸を披露する。一度、番組内で服を破ると褌ではなく普通のパンツ一丁だったことがある。&lt;br /&gt;
* お笑いのことを何も分からなかったHIROとクロちゃんを仕込んだのは団長である。会社から押し付けられた力士・アイドルにそれぞれ挫折した2人を根気よく、厳しくも優しく指導し続けた。2人はせりふも覚えられないし、「間」というものも理解できなかったらしい。そのためカンニングペーパーを作り、2人のせりふの際、後ろからつついてしゃべるタイミングを伝えていた。一時はHIROのために食費を稼いでいた。&lt;br /&gt;
* 安田大サーカスを結成する以前は「安田と竹内」というコンビで活動していて、[[ユースケ・サンタマリア]]と[[千秋 (タレント)|千秋]]が司会の『[[トロイの木馬 (テレビ番組)|トロイの木馬]]』（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]）に出演し、アメリカでヒッチハイクを行い「[[猿岩石]]や[[ドロンズ]]に続く」と思っていたがブームが去っていたこともあり、結局、全国区では売れなかった（『笑いの金メダル』でそのことを語った）。当時の相方の竹内宣和はその後、「[[タケウチパンダ]]」という名前でピン芸人をしている。&lt;br /&gt;
* スポーツ万能であるが、柔道だけは[[増田英彦]]（ますだおかだ）に勝てないという。&lt;br /&gt;
* 特技はサッカーで、高校時代は鳥取へサッカー留学。所属事務所の[[芸能人女子フットサル]]チーム「[[蹴竹G]]」では監督を務めていた。[[ヴィッセル神戸]]をJリーグ昇格以前から応援している（コールリーダーを務めていたという話も）。2006年、ラジオゲストで訪れたJ2[[ザスパ草津]]のゲーム後に、レプリカユニフォームを自費購入。テレビ番組で着用している。&lt;br /&gt;
* [[ロードレース (自転車競技)|自転車ロードレース]]にホビーレーサーとして挑戦し、2008年は[[ジャパンカップサイクルロードレース|ジャパンカップ]]や[[ヒルクライム]]レースのオープンクラスに参加した。&lt;br /&gt;
* 高校は大相撲の元[[大関]][[琴光喜啓司|琴光喜]]と同じで、団長が2年先輩。琴光喜が1年の時に学園祭でトリオ漫才をやっていた団長を見たことがあるという。その後も親交があり、「第41回 上方漫才大賞」で奨励賞を受賞したときもプレゼンターとして琴光喜が駆けつけた。中学では[[小西博之]]、[[松尾貴史]]の後輩。&lt;br /&gt;
* ルックスは俳優の[[大沢たかお]]や[[香川照之]]、[[阪神タイガース]]の[[鳥谷敬]]に似ているともいわれているが、[[ラッキィ池田]]に1番似ているといわれている。裸にジャケットを羽織り、[[矢沢永吉]]を意識したようなパフォーマンスを見せるコントもある。&lt;br /&gt;
* [[クレーンゲーム]]が得意で[[TVチャンピオン]]の'''「クレーンゲーム王選手権」'''に芸能人で唯一（ただし、団長としてではなく本名の安田裕己名義で）参加し、第3ラウンドまで進出したほか、[[ケーブルテレビ|CATV]]系の、コミュニTV 熱情放送「[[UFOキャッチャー]]を熱く語る」の中でもテクニックなどを中心に力説した。&lt;br /&gt;
* ホームパーティーが好きで、[[TKO (お笑いコンビ)|TKO]]の木本武宏や後輩芸人を自宅に呼んでパーティーを行う。メンバーではHIROは呼ばれるが、クロちゃんは足の裏が汚い、子供に影響が出るという理由でパーティーどころか自宅に呼ばれたことがない。&lt;br /&gt;
* 松竹芸能の大先輩である[[森脇健児]]の物まねを得意とする。森脇に成り済まして[[島崎和歌子]]に電話をかけ、だまし通せるかというコーナーで、最後までバレなかった。レパートリーは以下のものである。&lt;br /&gt;
** 道順の教え方&lt;br /&gt;
** 店の入り方&lt;br /&gt;
** 毛穴から毛が3本 等&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
* 1995年1月17日に起きた[[兵庫県南部地震]]（[[阪神・淡路大震災]]）の被災者として、震災当時、友人が生き埋めになった倒壊現場の前に呆然とたたずむ姿が新聞に掲載された。その時のエピソードが2005年の『[[24時間テレビ 「愛は地球を救う」|24時間テレビ]]』（[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]）などで紹介された。&lt;br /&gt;
* [[ABCお笑い新人グランプリ]]の審査員特別賞を受賞した後、その盾を震災現場跡まで見せに行った。&lt;br /&gt;
* [[日本赤十字社]]水上安全法救助員（いわゆる[[ライフセービング|ライフセーバー]]）の資格を所持するも『[[クイズプレゼンバラエティー Qさま!!]]』の企画で[[ロバート (お笑い)|ロバート]]と潜水を競った時は23.8m（一般成人男性が平均20m程度）しか[[フリーダイビング|潜水]]で進めなかった（クロちゃんの記録にも劣っている）。しかし[[2006年]][[2月2日]]の同番組の放送で77m（日本単独4位）を非公認ながらも記録し、その後、[[2006年]][[7月17日]]の放送にて、元オリンピック平泳ぎ代表の[[林亨]] (108m) の記録を抜く115m（公認日本新記録）を記録し、'''潜水日本一になった'''（後に[[野久保直樹]]により日本記録は116mに更新され、2011年現在日本4位）。&lt;br /&gt;
* 上下関係としては団長が上であるが、クロちゃんはセリフを覚えていないことを団長が指摘すると泣く、HIROは稽古が嫌いで偽装事故を起こしてまでサボろうとする、と団長の悩みは尽きない。しかし、劇場に遅刻したクロちゃんを殴って号泣させてしまい、他の芸人に無理やり舞台に出され何とかごまかそうとするも、クロちゃんが泣き続けていたことと昼間の舞台のため、年配のお客さんが多かったせいで客を引かせてしまったこともある（HIROは数少ない引いてなかったお客さんと一緒に笑っていた）。&lt;br /&gt;
* 礼儀には厳しいがむちゃをするタイプで、『[[雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!|アメトーーク!]]』（[[テレビ朝日]]）に出演した時に、自分が座っている椅子でクロちゃんの頭部を殴るなどした。クロちゃんは表情が変わり涙目になっていた。ネタが詰まりだした時も、自分がHIROにぶつかりにいったり、クロちゃんをHIROにぶつけたりと、舞台所狭しと駆け回るが、騒ぎ過ぎてHIROに舞台から引きずり下ろされたり「ABCお笑い新人グランプリ」審査員特別賞の受賞祝いで行った飲食店でHIROとクロちゃんが嫌がる中、無理やりネタをやったりと他の出演者から「やり過ぎ」といわれることもある。&lt;br /&gt;
* 「安田と竹内」時代に同世代の[[みょーちゃん]]、[[ビーグル38|せんたくばさみ]]らと共に「夕べザカリ」を結成して路上ライブを行っていた。後のインタビューでは結成理由として「[[アメリカザリガニ (お笑い)|アメリカザリガニ]]など上の世代が頭角を現し始めたことに影響された」と語っているが、ネタ中に服を脱ぐなどの暴走で警察に怒られたこともあった（当時のネタの一部はDVD『安田大サーカス 汗かきベソかき大作戦!』に収録されている&amp;lt;!--お笑いTYPHOON!vol.12--&amp;gt;）。&lt;br /&gt;
* 2009年7月8日、都内の自宅で急に[[腹痛]]を起こし、[[港区 (東京都)|港区]]内の病院で[[精巣捻転症]]（睾丸が回転し血管などを圧迫する病気）という病気であることが判明した。その後、1時間程度の[[手術]]で精巣捻転を戻す処置を行い、無事成功した。団長は生まれつき[[睾丸]]が回転しないようについている[[靭帯]]が細いため、何らかの理由により睾丸が回転し、それにより睾丸についている[[血管]]や[[神経]]がねじれてしまったために、腹部・睾丸に激痛が起こったのではないかと診断された。&lt;br /&gt;
* [[2009年]][[9月]]に、タレント[[岩田さち]]と入籍。記者会見が[[9月15日]]に行われた。それぞれ団長、さっちゃんと呼び合っていることを、[[よゐこ部]]で暴露された。&lt;br /&gt;
* 趣味の自転車では、斜度20%を超えるような[[激坂]]が好き。停止状態からスタート、蛇行しない、足を付かないなど自分なりの縛りを加え楽しんでいる。&lt;br /&gt;
* 自転車趣味は、最初は[[関口宏の東京フレンドパークII]]の景品としてプレゼントされた[[トレック]]の本格的なロードバイクであったが、乗り方もよく分からなかったため自転車屋に持って行きママチャリと交換してもらおうとしたが、良いバイクなのにもったいないので乗って下さいと説得された。しかし乗ってみるとものすごく速く、軽く気持ちが良かったため、段々楽しくなっていき、今に至るという。現在の愛車は[[キャノンデール]]のSuper Six HI-MOD Team。&lt;br /&gt;
* そのSuper Six、以前番組で「Ultimateですよ、120万の自転車ですよ！」としゃべったことがあるが、実際にはコンポネートの中に[[アルテグラ|シマノ・アルテグラ]]が混じっていたり、[[マヴィック]]のキシリウムが入っていたりすることから、Ultimateではないことが判別可能&amp;lt;ref&amp;gt;Super Six HI-MOD Ultimateの場合標準で[[ZIPP]]のホイール+[[SRAM (自転車メーカー)|SRAM]] REDの組み合わせになり、リクイガスチームカラーが選択不可。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* ジャパンカップに遊びに行った際、当時は自転車の知識が無く、誰だか分からないまま[[イヴァン・バッソ]]にサインをもらったことから[[リクイガス・キャノンデール|リクイガス]]のファンに。その関係と坂馬鹿であることを含め、リクイガス仕様の[[マイヨ・ブラン・ア・ポワ・ルージュ]]レプリカをよく着用する。自身のロードバイクもリクイガスのチームカラー。&lt;br /&gt;
* 2008年に放送された『[[トミカヒーロー レスキューフォース]]』では&amp;lt;!-- 小柄なルックスと自身の性格を現したともいえる --&amp;gt;サーンの声を担当した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演 ==&lt;br /&gt;
* [[トミカヒーロー レスキューフォース]]（3大幹部サーンの声）&lt;br /&gt;
* [[フィッシング倶楽部]]（2010年4月 -、[[テレビ埼玉|テレ玉]]など）&lt;br /&gt;
* [[快汗!自転車ライフ]]（[[大人の趣味と生活向上◆アクトオンTV]]）&lt;br /&gt;
* [[とれたてワイド朝生!]]（[[北日本放送]]、2010年9月&amp;lt;!--ゲスト出演する局主催のイベントの宣伝で電話出演--&amp;gt;）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目・人物 ==&lt;br /&gt;
* [[安田大サーカス]]&lt;br /&gt;
* [[HIRO (お笑い)|HIRO]]&lt;br /&gt;
* [[クロちゃん (お笑い)|クロちゃん]]&lt;br /&gt;
* [[やしきたかじん]] … 団長の物まねネタ、下腹部にサングラスをあて陰茎を鼻に見立てて行うが、当然ながら放送上堪えられないために楽屋やプライベートな打ち上げ現場限定になっている。&lt;br /&gt;
* [[森脇健児]] … 団長のモノマネネタの一つ、事務所の先輩。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.shochikugeino.co.jp/talents/01/post-4.html 松竹芸能・安田大サーカスのプロフィール]&lt;br /&gt;
* [http://gree.jp/dancho_yasuda/ 団長安田（安田大サーカス）公式ブログ]&lt;br /&gt;
* [http://ameblo.jp/dancho-yasuda/ 団長安田オフィシャルブログ「団長安田の自転車男ペダリング・マン」]&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:たんちよう}}&lt;br /&gt;
[[Category:お笑い芸人]]&lt;br /&gt;
[[Category:欽ちゃんの仮装大賞の出場者]]&lt;br /&gt;
[[Category:松竹芸能]]&lt;br /&gt;
[[Category:兵庫県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1974年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>HIRO (お笑い芸人)</title>
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				<updated>2012-07-15T10:40:38Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: /* エピソード */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''HIRO'''（ひろ、[[1977年]][[4月20日]] - ）は、[[日本]]の[[タレント]]、[[中村部屋]]所属の元[[大相撲]][[力士]]。[[お笑いタレント|お笑いトリオ]]・[[安田大サーカス]]で[[漫才#ボケとツッコミ|ボケ]]を担当する。本名、'''広瀬 康幸'''（ひろせ やすゆき）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[和歌山県]][[和歌山市]]出身。[[松竹芸能]]所属。ニックネームは「HIROくん」、「HIROちゃん」または「和歌桜」。大相撲時代の四股名は'''和歌桜'''（わかざくら）、最高位は[[序二段]]163枚目。[[血液型]]O型、[[星座]]おうし座。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経歴 ==&lt;br /&gt;
昔から太っており、小さい頃から好き嫌いもなく出されたものは残さずに食べたという。また、両親が共働きで、一人で食事をする事が多く、食事の適量が解からなかった事が肥満の原因とも語っている。そのため、5歳で50kg、小学1年生で早くも100kgを超えた。''和歌山市立西脇中学校時代''には150kgを超え、中学校卒業には190kgを超え、大相撲の世界に入り込むこととなった。中学校卒業後すぐに大相撲の中村部屋に入門し、15歳の時に本名の広瀬という四股名で1993年3月場所に初土俵を踏んだ。入門同期には、同じ[[中村部屋]]で後に関取まで昇進した[[須磨ノ富士茂雄|須磨ノ富士]]、[[プロレスリング・エルドラド]]所属のプロレスラー・[[大鷲透]]がいた。翌5月場所から四股名を廣瀬富士と改め、[[序の口]]時代は[[琴春日桂吾|琴春日]]を破るなど新弟子時代の成績は決して悪いものではなかった。同年7月場所には四股名を和歌桜と改めたが、厳しい稽古で体調を崩すことが多く長時間裸でいると下痢しやすい体質に悩んでいたこともあり、同年9月場所限りに約半年で相撲界から去った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大相撲をやめた後は漁師をやっていたが、[[安田大サーカス]]の[[団長 (安田大サーカス)|団長]]の話によると、「[[鯛|タイ]]などの大きな魚をとっていたと思ったら[[シラス (魚)|シラス]]をとっていて、シラスを食い過ぎたために漁師をクビになった」という。また、トラック運転手をしていたこともある。トラックと言っても軽トラックで、同じ事務所の先輩である[[よゐこ]]の[[濱口優|濱口]]によれば、「前から見ると[[きかんしゃトーマス]]みたいだった」という。なお、大型[[自動車免許]]を所持しており、よくロケバスの運転を任される時があるらしい。また、[[小型船舶操縦免許証]]の2級も所持している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[松竹芸能]]に入ったきっかけは寿司店を営む両親の勧めで、喋りが元々苦手だった息子に「人前でも堂々と話せるように」なってほしかったからとのことであった。[[吉本興業]]の[[吉本総合芸能学院|NSC]]に入る意向もあったが、願書の応募締切が過ぎたために松竹芸能に入った。安田大サーカス結成の際には、所属事務所から「[[ハンバーグ]]を食わせてやるから[[ファミリーレストラン|ファミレス]]に行け」と言われて呼び出されたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 芸風 ==&lt;br /&gt;
{{雑多な内容の箇条書き|date=2009年2月|ソートキー=ひろ}}&lt;br /&gt;
*[[安田大サーカス]]のコントでは、[[和太鼓]]の口真似をしながら「'''どーんどーんどーん!!、どどーんどどーん!!'''」と叫ぶ役目を負っている。&lt;br /&gt;
*1.5リットルのペットボトルの[[オレンジ]][[ジュース]]を、10秒以内で一気に飲み干すことを持ち芸の一つにしていた。だが[[血糖値]]が異常に上がったため、医者にドクターストップを掛けられて禁止されてしまった。一気飲みする時、現在は砂糖の入っていないジュースを飲んでいる。&lt;br /&gt;
*後頭部に肉塊があり、この肉塊を生かしたネタがある（例：後頭部に[[携帯電話]]を置ける、後頭部が『[[クッキングパパ]]』の主人公・荒岩一味の顔になる等）。頬の肉も軽く頭を揺するだけで震えるほど。またその肉塊を見た[[松本人志]]が「冷蔵庫のタンクみたいや」と言っていた。&lt;br /&gt;
*ちなみにネタ合わせが大嫌いで、自分のバイクをヘコませて事故を偽装しネタ合わせをサボろうとしたことがあるが、この偽装はすぐに団長に見抜かれた。&lt;br /&gt;
*安田大サーカスの中ではあまりしゃべる印象はないが、[[ますだおかだ]]の[[増田英彦]]は「HIROはしゃべれる（トーク能力がある）」とたびたびラジオで発言している。&lt;br /&gt;
*『[[シルシルミシル]]』では食べ物などの検証企画で、肥満体型の男達のリーダーとして数回出演している&amp;lt;!--2009年10/7、カールの隠しスナック探しなど--&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
*身長178cmで体重は公称178kg（もしくは180kgくらい）という巨体になっている。『[[笑いの金メダル]]』で[[小野真弓]]との東京上空ヘリコプターデートを目的とした'''“35kg（180kg→145kg）ダイエット”'''企画を実施し、見事にダイエット減量に成功した。しかし、この後[[リバウンド (医学用語)|リバウンド]]し、元に戻った。ちなみに一度だけ飼っていた犬が亡くなったショックから体重が落ちたことがある。2007年頃は1~2年前以上に太ってしまい、汗をかく事と二重あご等がさらにひどくなった。しかしその後は医者に勧められ、懸命なダイエットの結果2009年現在135kgとなった。&lt;br /&gt;
**[[2009年]]に[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系で放送された特番&amp;lt;!--09年9月29日放送 寿命をのばすワザ百科スペシャル --&amp;gt;で、[[糖尿病]]や眼底出血を起こしていると診断された上に、このままの生活を続ければあと3年しか生きられないとまで言われた（番組内ではこれからダイエットを行えば75歳まで生きられるとも診断されている）。&lt;br /&gt;
*元力士なので運動神経は意外と平均的だが、走るのはやはり苦手である（しかし、[[朝おき太|おき太君]]や[[末成由美]]と競走して一位になっている。また、クロちゃんよりも速い）。&lt;br /&gt;
*2007年正月「[[大笑点]]」の1コーナー「大相撲汐留場所」では団長・[[パッション屋良]]と出場し、3戦全勝で優勝。元力士の血が騒いだのか、取り組み時には通常では全く見られないほどの真剣で精悍な顔つきになった。&lt;br /&gt;
*[[ドイツ公共放送連盟|ARD]]の[[サッカー]]ワールドカップ番組のCMに力士役として出演したことがある。&lt;br /&gt;
*『[[おはスタ]]』（[[テレビ東京]]）に出演した際には、[[カスタードプディング|プリン]]10個を一気喰いしたこともある。&lt;br /&gt;
*『[[ロンドンハーツ]]』のコーナー、「ドすけべホイホイ」（客を装ったホイホイガールがターゲットの付近でセクシー衣装を見せつけ、ターゲットが一回チラ見するごとに賞金が減額される）ではホイホイガールに見向きもせず食事に集中していたため、コーナー初のパーフェクトを達成し100万円を獲得した。&lt;br /&gt;
*歌唱力があり、[[テレビ朝日]]（制作：[[朝日放送|ABC]]）『[[笑いの金メダル]]』のコーナー“ハモリの金メダル”でも、[[クロちゃん (お笑い)|クロちゃん]]と一緒に[[ORANGE RANGE]]の『花』、[[ドランクドラゴン]]の[[塚地武雅]]と一緒に[[TUBE]]の『あー夏休み』を歌った。[[2005年]][[3月1日]]に放映された[[フジテレビジョン|フジテレビ]]『[[お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャル]]』では[[福山雅治]]の『桜坂』も歌っていた。&lt;br /&gt;
*[[松本人志]]曰く、「HIROが自転車に乗っててんけど、全くその自転車は全然前に動かへんかった」らしい。&lt;br /&gt;
*「ご飯よりも好き」というほど[[ソニン (歌手)|ソニン]]のファン。&lt;br /&gt;
*[[2006年]][[2月2日]]に放映された[[いきなり!黄金伝説。]]によると、食べ放題の店で焼き肉を117人前（約15kg）たいらげたため、食べ過ぎでその店に出入禁止となった。&lt;br /&gt;
*車やバイクに造詣が深く、特にバイクは50ccスクーターからリッターバイクまで約10台も乗り継いでいる。また、2005年から2007年に[[リクルート]]が関東地区で発行していたフリーペーパー「CAR SMILE」では自分のコーナー（総予算100万円以内の中古車を探す特集）を連載で持っていて、当時の記事によれば愛車は[[ホンダ・ステップワゴン]]であった。なお現在の愛車は[[日産・エルグランド]]。&lt;br /&gt;
*2008年に放送された「トミカヒーローレスキューフォース」で力持ちのキャラと自身が力士をしていた事を彷彿させるシーカの声を担当した。&lt;br /&gt;
**2008年12月26日、仕事へ向かうために都内でスクーターで走行していたところ交差点で乗用車と衝突。全治1ヶ月のケガを負ったが、本人曰く「（仕事をキャンセルすれば）団長に怒られる」と思い、その日の仕事をこなしたという。&lt;br /&gt;
*相撲を始める前はサッカー部に所属。&lt;br /&gt;
*安田大サーカスの中でブログを始めたのが一番早く、2006年10月から[[ブログ]]をやっている（2009年8月より団長も始めている）が、[[ネット]]上のものであるにも関わらず電子文書を一切書かず、紙に書いた文字をスキャンし画像として掲載するという非常に特徴的な内容であり、その[[アナログ]]と[[デジタル]]なギャップと、また、紙に書かれている字に非常に誤字脱字が多いことと、有名人のブログなのにもかかわらず[[コメント]]や[[トラックバック]]が殆ど『0』である事などが好評を博し、「[[ザ掲示板]]」と言う中小[[掲示板]]内のブログ機能「[[随筆・ザの人]]」で話題となり一時期小規模ながらも有名になった。しかしそのザ掲示板自体[[2ちゃんねる]]の様に有名ではない“知る人ぞ知る掲示板”であるが為にさほど影響力など無くその後話題は嘘のように去った。文字が一つもかけないのは指の太さでキーボードが打てないからだと思われる。&lt;br /&gt;
**しかし、最近では手書きの文字よりも画像と簡単な説明を手書きではなく、パソコン又は携帯から送り、載せた記事が多くなっており、コメントやトラックバックも他の芸能人ブログ並になってきている。だが、スケジュール欄だけは何故か更新が放ったらかしになっている&amp;lt;!--08年12月の時点で、7月のライブ情報が記載されている--&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*先輩の芸人や芸能人にもタメ口で話す為、[[錦野旦]]などの大物を怒らせたりした。『[[めちゃ×2イケてるッ!|めちゃ&amp;amp;sup2;イケてるッ!]]』のコーナー“やべっち寿司”で偶然通りかかった[[浜田雅功]]（[[ダウンタウン (お笑いコンビ)|ダウンタウン]]）にもタメ口で挨拶した。そこへさらに、団長が土下座と見せかけて逆立ち土下座で畳み掛けたため、[[ナインティナイン]]が大慌てで平謝りした。その後、機嫌を直した浜田が戻ろうとすると[[団長 (安田大サーカス)|団長]]や[[クロちゃん (お笑い)|クロちゃん]]は敬語で挨拶したがHIROは「バイバイ」とまたもタメ口で挨拶した。『[[松紳]]』では[[島田紳助]]に対してタメ口をきいているのを[[松本人志]]（ダウンタウン）が聞いて爆笑した。紳助自身もHIROはタメ口で構わないと認めている。また、[[徹子の部屋]]に出演した時も、[[黒柳徹子]]にタメ口で話した。本人はまったく気にしてないようであり、何がいけないのか分かっていないらしい。&lt;br /&gt;
*[[小池徹平]]とは、プライベートでの付き合い、メールのやり取りをするほどの友人。さらに「[[ウチくる!?]]」に小池、クロちゃんと共に出演した際には、普通に敬語を使用しており出演者や視聴者を驚かせた。&lt;br /&gt;
*「[[げりらっパ]]」の番組内で、クロちゃんと二人で「大サーカス」と言うコンビ名でショートコントをした時に、ツッコミ役を担当するが、体重100kgのクロちゃんが吹っ飛ぶ程のツッコミを入れ（後頭部を叩く、膝蹴り。もちろんネタでだが。）、客をドン引きさせる。&lt;br /&gt;
*[[2008年]][[12月26日]]、東京・[[六本木]]を大型スクーターで走行中、飯倉交差点で乗用車と衝突する[[交通事故]]を起こす。この際自身のブログで「3mぐらい飛んだ」と語っており、右足を痛めたが厚い脂肪のおかげで骨折には至らず（右足の強い打撲と診断され全治1ヶ月）、その直後にはテレビの企画で50m走もこなしていたという。&lt;br /&gt;
*「[[オレワン]]」で[[タカアンドトシ]]のタカが持っていた[[ミルクセーキ]]早飲み8秒66の世界記録を更新し7秒90という記録を作った。（[[ギネス・ワールド・レコーズ]]に登録したかは不明である）&lt;br /&gt;
*5～6年前から[[スターバックスコーヒー]]の抹茶クリームフラペチーノが大好物になり、それのグランデサイズを1日12個（計'''約6リットル'''）飲んでいる。「1日に何度も来て店員に『また来たか』と思われるような気がして恥ずかしい」ので、真夜中に飲みたくなったときは寝ている後輩を起こして買いに行かせることがある（ただし、その後輩を店まで送り迎えしている）。&lt;br /&gt;
*「[[よゐこの企画案]]」にてよゐこ結成20周年のお祝いとして企画を持ち込み、船でのクルージング企画を行うが台風で中止となる。司会として進行するにあたり、普段では見せないマシンガントークを披露した（テレビでこれだけ喋ったのは初めて、と本人談）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演 ==&lt;br /&gt;
*[[トミカヒーロー レスキューフォース]]（3大幹部シーカの声）&lt;br /&gt;
*[[クラッシャーカズヨシ]]&lt;br /&gt;
*[[シルシルミシル]]（食べ物関連の検証企画に出演&amp;lt;!--2009年5月13日、10月7日など--&amp;gt;）&lt;br /&gt;
*[[フィッシング倶楽部]]（2010年4月 -、[[テレビ埼玉|テレ玉]]など）&lt;br /&gt;
*[[ウンナンのラフな感じで。]]（幕下力士役でVTR出演&amp;lt;!--2010年7月22日--&amp;gt;）&lt;br /&gt;
*[[run for money 逃走中|逃走中]]（第19回「激動明治の大事変」）（2010年11月23日、フジテレビ）- [[人力車]]の乗客役&lt;br /&gt;
*[[所さんの目がテン!]] 「ゲゲゲ!!妖怪が居た!!」（2010年12月11日、日本テレビ） - 冒頭の小コントで[[子泣き爺 (ゲゲゲの鬼太郎)|子泣きじじい]]役&lt;br /&gt;
*[[いきなり!黄金伝説。]] 5時間半スペシャル（2010年12月30日、テレビ朝日） - [[タカアンドトシ]]の助っ人&lt;br /&gt;
*[[ブラック・ジャック (実写版)#単発ドラマ（2011年・岡田将生版）|ヤング ブラック・ジャック]]（2011年4月23日、日本テレビ） -BJの患者役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==大相撲時代の成績==&lt;br /&gt;
*通算成績：8勝4敗9休（4場所）&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[安田大サーカス]]&lt;br /&gt;
*[[団長 (安田大サーカス)]]&lt;br /&gt;
*[[クロちゃん (お笑い)]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.shochikugeino.co.jp/talents/01/post-4.html 安田大サーカス（松竹芸能によるプロフィール）]&lt;br /&gt;
*[http://yaplog.jp/hiropark/ ひろせ国立公園(HIROの公式ブログ)]&lt;br /&gt;
*[http://ameblo.jp/hiroselife/ ひろせの一生a Day in HIRO's Life(HIROの公式ブログ、2009年10月から)]&lt;br /&gt;
*[http://gree.jp/hiro_g/ HIRO(安田大サーカス) 公式ブログ(2010年2月から)]&lt;br /&gt;
*[http://sumodb.sumogames.com/Rikishi.aspx?r=2437&amp;amp;l=j 相撲レファレンス 選手データ]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ひろ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:お笑い芸人]]&lt;br /&gt;
[[Category:松竹芸能]]&lt;br /&gt;
[[Category:元大相撲力士のタレント]]&lt;br /&gt;
[[Category:和歌山県出身の大相撲力士]]&lt;br /&gt;
[[Category:欽ちゃんの仮装大賞の出場者]]&lt;br /&gt;
[[Category:中村部屋]]&lt;br /&gt;
[[Category:和歌山県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1977年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=HIRO_(%E3%81%8A%E7%AC%91%E3%81%84%E8%8A%B8%E4%BA%BA)&amp;diff=163452</id>
		<title>HIRO (お笑い芸人)</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=HIRO_(%E3%81%8A%E7%AC%91%E3%81%84%E8%8A%B8%E4%BA%BA)&amp;diff=163452"/>
				<updated>2012-07-15T10:31:20Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: ページの作成：「'''HIRO'''（ひろ、1977年4月20日 - ）は、日本のタレント、中村部屋所属の元大相撲力士。[[お笑いタレント|お...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''HIRO'''（ひろ、[[1977年]][[4月20日]] - ）は、[[日本]]の[[タレント]]、[[中村部屋]]所属の元[[大相撲]][[力士]]。[[お笑いタレント|お笑いトリオ]]・[[安田大サーカス]]で[[漫才#ボケとツッコミ|ボケ]]を担当する。本名、'''広瀬 康幸'''（ひろせ やすゆき）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[和歌山県]][[和歌山市]]出身。[[松竹芸能]]所属。ニックネームは「HIROくん」、「HIROちゃん」または「和歌桜」。大相撲時代の四股名は'''和歌桜'''（わかざくら）、最高位は[[序二段]]163枚目。[[血液型]]O型、[[星座]]おうし座。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経歴 ==&lt;br /&gt;
昔から太っており、小さい頃から好き嫌いもなく出されたものは残さずに食べたという。また、両親が共働きで、一人で食事をする事が多く、食事の適量が解からなかった事が肥満の原因とも語っている。そのため、5歳で50kg、小学1年生で早くも100kgを超えた。''和歌山市立西脇中学校時代''には150kgを超え、中学校卒業には190kgを超え、大相撲の世界に入り込むこととなった。中学校卒業後すぐに大相撲の中村部屋に入門し、15歳の時に本名の広瀬という四股名で1993年3月場所に初土俵を踏んだ。入門同期には、同じ[[中村部屋]]で後に関取まで昇進した[[須磨ノ富士茂雄|須磨ノ富士]]、[[プロレスリング・エルドラド]]所属のプロレスラー・[[大鷲透]]がいた。翌5月場所から四股名を廣瀬富士と改め、[[序の口]]時代は[[琴春日桂吾|琴春日]]を破るなど新弟子時代の成績は決して悪いものではなかった。同年7月場所には四股名を和歌桜と改めたが、厳しい稽古で体調を崩すことが多く長時間裸でいると下痢しやすい体質に悩んでいたこともあり、同年9月場所限りに約半年で相撲界から去った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大相撲をやめた後は漁師をやっていたが、[[安田大サーカス]]の[[団長 (安田大サーカス)|団長]]の話によると、「[[鯛|タイ]]などの大きな魚をとっていたと思ったら[[シラス (魚)|シラス]]をとっていて、シラスを食い過ぎたために漁師をクビになった」という。また、トラック運転手をしていたこともある。トラックと言っても軽トラックで、同じ事務所の先輩である[[よゐこ]]の[[濱口優|濱口]]によれば、「前から見ると[[きかんしゃトーマス]]みたいだった」という。なお、大型[[自動車免許]]を所持しており、よくロケバスの運転を任される時があるらしい。また、[[小型船舶操縦免許証]]の2級も所持している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[松竹芸能]]に入ったきっかけは寿司店を営む両親の勧めで、喋りが元々苦手だった息子に「人前でも堂々と話せるように」なってほしかったからとのことであった。[[吉本興業]]の[[吉本総合芸能学院|NSC]]に入る意向もあったが、願書の応募締切が過ぎたために松竹芸能に入った。安田大サーカス結成の際には、所属事務所から「[[ハンバーグ]]を食わせてやるから[[ファミリーレストラン|ファミレス]]に行け」と言われて呼び出されたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 芸風 ==&lt;br /&gt;
{{雑多な内容の箇条書き|date=2009年2月|ソートキー=ひろ}}&lt;br /&gt;
*[[安田大サーカス]]のコントでは、[[和太鼓]]の口真似をしながら「'''どーんどーんどーん!!、どどーんどどーん!!'''」と叫ぶ役目を負っている。&lt;br /&gt;
*1.5リットルのペットボトルの[[オレンジ]][[ジュース]]を、10秒以内で一気に飲み干すことを持ち芸の一つにしていた。だが[[血糖値]]が異常に上がったため、医者にドクターストップを掛けられて禁止されてしまった。一気飲みする時、現在は砂糖の入っていないジュースを飲んでいる。&lt;br /&gt;
*後頭部に肉塊があり、この肉塊を生かしたネタがある（例：後頭部に[[携帯電話]]を置ける、後頭部が『[[クッキングパパ]]』の主人公・荒岩一味の顔になる等）。頬の肉も軽く頭を揺するだけで震えるほど。またその肉塊を見た[[松本人志]]が「冷蔵庫のタンクみたいや」と言っていた。&lt;br /&gt;
*ちなみにネタ合わせが大嫌いで、自分のバイクをヘコませて事故を偽装しネタ合わせをサボろうとしたことがあるが、この偽装はすぐに団長に見抜かれた。&lt;br /&gt;
*安田大サーカスの中ではあまりしゃべる印象はないが、[[ますだおかだ]]の[[増田英彦]]は「HIROはしゃべれる（トーク能力がある）」とたびたびラジオで発言している。&lt;br /&gt;
*『[[シルシルミシル]]』では食べ物などの検証企画で、肥満体型の男達のリーダーとして数回出演している&amp;lt;!--2009年10/7、カールの隠しスナック探しなど--&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
*身長178cmで体重は公称178kg（もしくは180kgくらい）という巨体になっている。『[[笑いの金メダル]]』で[[小野真弓]]との東京上空ヘリコプターデートを目的とした'''“35kg（180kg→145kg）ダイエット”'''企画を実施し、見事にダイエット減量に成功した。しかし、この後[[リバウンド (医学用語)|リバウンド]]し、元に戻った。ちなみに一度だけ飼っていた犬が亡くなったショックから体重が落ちたことがある。2007年頃は1~2年前以上に太ってしまい、汗をかく事と二重あご等がさらにひどくなった。しかしその後は医者に勧められ、懸命なダイエットの結果2009年現在135kgとなった。&lt;br /&gt;
**[[2009年]]に[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系で放送された特番&amp;lt;!--09年9月29日放送 寿命をのばすワザ百科スペシャル --&amp;gt;で、[[糖尿病]]や眼底出血を起こしていると診断された上に、このままの生活を続ければあと3年しか生きられないとまで言われた（番組内ではこれからダイエットを行えば75歳まで生きられるとも診断されている）。&lt;br /&gt;
*元力士なので運動神経は意外と平均的だが、走るのはやはり苦手である（しかし、[[朝おき太|おき太君]]&amp;lt;ref&amp;gt;[[おはよう朝日です]]のマスコットキャラクター、[[大阪プロレス]]に出場した経験もある。&amp;lt;/ref&amp;gt;や[[末成由美]]と競走して一位になっている。また、クロちゃんよりも速い）。&lt;br /&gt;
*2007年正月「[[大笑点]]」の1コーナー「大相撲汐留場所」では団長・[[パッション屋良]]と出場し、3戦全勝で優勝。元力士の血が騒いだのか、取り組み時には通常では全く見られないほどの真剣で精悍な顔つきになった。&lt;br /&gt;
*[[ドイツ公共放送連盟|ARD]]の[[サッカー]]ワールドカップ番組のCMに力士役として出演したことがある。&lt;br /&gt;
*『[[おはスタ]]』（[[テレビ東京]]）に出演した際には、[[カスタードプディング|プリン]]10個を一気喰いしたこともある。&lt;br /&gt;
*『[[ロンドンハーツ]]』のコーナー、「ドすけべホイホイ」（客を装ったホイホイガールがターゲットの付近でセクシー衣装を見せつけ、ターゲットが一回チラ見するごとに賞金が減額される）ではホイホイガールに見向きもせず食事に集中していたため、コーナー初のパーフェクトを達成し100万円を獲得した。&lt;br /&gt;
*歌唱力があり、[[テレビ朝日]]（制作：[[朝日放送|ABC]]）『[[笑いの金メダル]]』のコーナー“ハモリの金メダル”でも、[[クロちゃん (お笑い)|クロちゃん]]と一緒に[[ORANGE RANGE]]の『花』、[[ドランクドラゴン]]の[[塚地武雅]]と一緒に[[TUBE]]の『あー夏休み』を歌った。[[2005年]][[3月1日]]に放映された[[フジテレビジョン|フジテレビ]]『[[お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャル]]』では[[福山雅治]]の『桜坂』も歌っていた。&lt;br /&gt;
*[[松本人志]]曰く、「HIROが自転車に乗っててんけど、全くその自転車は全然前に動かへんかった」らしい。&lt;br /&gt;
*「ご飯よりも好き」というほど[[ソニン (歌手)|ソニン]]のファン。&lt;br /&gt;
*[[2006年]][[2月2日]]に放映された[[いきなり!黄金伝説。]]によると、食べ放題の店で焼き肉を117人前（約15kg）たいらげたため、食べ過ぎでその店に出入禁止となった。&lt;br /&gt;
*車やバイクに造詣が深く、特にバイクは50ccスクーターからリッターバイクまで約10台も乗り継いでいる。また、2005年から2007年に[[リクルート]]が関東地区で発行していたフリーペーパー「CAR SMILE」では自分のコーナー（総予算100万円以内の中古車を探す特集）を連載で持っていて、当時の記事によれば愛車は[[ホンダ・ステップワゴン]]であった。なお現在の愛車は[[日産・エルグランド]]。&lt;br /&gt;
*2008年に放送された「トミカヒーローレスキューフォース」で力持ちのキャラと自身が力士をしていた事を彷彿させるシーカの声を担当した。&lt;br /&gt;
**2008年12月26日、仕事へ向かうために都内でスクーターで走行していたところ交差点で乗用車と衝突。全治1ヶ月のケガを負ったが、本人曰く「（仕事をキャンセルすれば）団長に怒られる」と思い、その日の仕事をこなしたという。&lt;br /&gt;
*相撲を始める前はサッカー部に所属。&lt;br /&gt;
*安田大サーカスの中でブログを始めたのが一番早く、2006年10月から[[ブログ]]をやっている（2009年8月より団長も始めている）が、[[ネット]]上のものであるにも関わらず電子文書を一切書かず、紙に書いた文字をスキャンし画像として掲載するという非常に特徴的な内容であり、その[[アナログ]]と[[デジタル]]なギャップと、また、紙に書かれている字に非常に誤字脱字が多いことと、有名人のブログなのにもかかわらず[[コメント]]や[[トラックバック]]が殆ど『0』である事などが好評を博し、「[[ザ掲示板]]」と言う中小[[掲示板]]内のブログ機能「[[随筆・ザの人]]」で話題となり一時期小規模ながらも有名になった。しかしそのザ掲示板自体[[2ちゃんねる]]の様に有名ではない“知る人ぞ知る掲示板”であるが為にさほど影響力など無くその後話題は嘘のように去った。文字が一つもかけないのは指の太さでキーボードが打てないからだと思われる。&lt;br /&gt;
**しかし、最近では手書きの文字よりも画像と簡単な説明を手書きではなく、パソコン又は携帯から送り、載せた記事が多くなっており、コメントやトラックバックも他の芸能人ブログ並になってきている。だが、スケジュール欄だけは何故か更新が放ったらかしになっている&amp;lt;!--08年12月の時点で、7月のライブ情報が記載されている--&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*先輩の芸人や芸能人にもタメ口で話す為、[[錦野旦]]などの大物を怒らせたりした。『[[めちゃ×2イケてるッ!|めちゃ&amp;amp;sup2;イケてるッ!]]』のコーナー“やべっち寿司”で偶然通りかかった[[浜田雅功]]（[[ダウンタウン (お笑いコンビ)|ダウンタウン]]）にもタメ口で挨拶した。そこへさらに、団長が土下座と見せかけて逆立ち土下座で畳み掛けたため、[[ナインティナイン]]が大慌てで平謝りした。その後、機嫌を直した浜田が戻ろうとすると[[団長 (安田大サーカス)|団長]]や[[クロちゃん (お笑い)|クロちゃん]]は敬語で挨拶したがHIROは「バイバイ」とまたもタメ口で挨拶した。『[[松紳]]』では[[島田紳助]]に対してタメ口をきいているのを[[松本人志]]（ダウンタウン）が聞いて爆笑した。紳助自身もHIROはタメ口で構わないと認めている。また、[[徹子の部屋]]に出演した時も、[[黒柳徹子]]にタメ口で話した。本人はまったく気にしてないようであり、何がいけないのか分かっていないらしい。&lt;br /&gt;
*[[小池徹平]]とは、プライベートでの付き合い、メールのやり取りをするほどの友人。さらに「[[ウチくる!?]]」に小池、クロちゃんと共に出演した際には、普通に敬語を使用しており出演者や視聴者を驚かせた。&lt;br /&gt;
*「[[げりらっパ]]」の番組内で、クロちゃんと二人で「大サーカス」と言うコンビ名でショートコントをした時に、ツッコミ役を担当するが、体重100kgのクロちゃんが吹っ飛ぶ程のツッコミを入れ（後頭部を叩く、膝蹴り。もちろんネタでだが。）、客をドン引きさせる。&lt;br /&gt;
*[[2008年]][[12月26日]]、東京・[[六本木]]を大型スクーターで走行中、飯倉交差点で乗用車と衝突する[[交通事故]]を起こす。この際自身のブログで「3mぐらい飛んだ」と語っており、右足を痛めたが厚い脂肪のおかげで骨折には至らず（右足の強い打撲と診断され全治1ヶ月）、その直後にはテレビの企画で50m走もこなしていたという。&lt;br /&gt;
*「[[オレワン]]」で[[タカアンドトシ]]のタカが持っていた[[ミルクセーキ]]早飲み8秒66の世界記録を更新し7秒90という記録を作った。（[[ギネス・ワールド・レコーズ]]に登録したかは不明である）&lt;br /&gt;
*5～6年前から[[スターバックスコーヒー]]の抹茶クリームフラペチーノが大好物になり、それのグランデサイズを1日12個（計'''約6リットル'''）飲んでいる。「1日に何度も来て店員に『また来たか』と思われるような気がして恥ずかしい」ので、真夜中に飲みたくなったときは寝ている後輩を起こして買いに行かせることがある（ただし、その後輩を店まで送り迎えしている）。&lt;br /&gt;
*「[[よゐこの企画案]]」にてよゐこ結成20周年のお祝いとして企画を持ち込み、船でのクルージング企画を行うが台風で中止となる。司会として進行するにあたり、普段では見せないマシンガントークを披露した（テレビでこれだけ喋ったのは初めて、と本人談）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演 ==&lt;br /&gt;
*[[トミカヒーロー レスキューフォース]]（3大幹部シーカの声）&lt;br /&gt;
*[[クラッシャーカズヨシ]]&lt;br /&gt;
*[[シルシルミシル]]（食べ物関連の検証企画に出演&amp;lt;!--2009年5月13日、10月7日など--&amp;gt;）&lt;br /&gt;
*[[フィッシング倶楽部]]（2010年4月 -、[[テレビ埼玉|テレ玉]]など）&lt;br /&gt;
*[[ウンナンのラフな感じで。]]（幕下力士役でVTR出演&amp;lt;!--2010年7月22日--&amp;gt;）&lt;br /&gt;
*[[run for money 逃走中|逃走中]]（第19回「激動明治の大事変」）（2010年11月23日、フジテレビ）- [[人力車]]の乗客役&lt;br /&gt;
*[[所さんの目がテン!]] 「ゲゲゲ!!妖怪が居た!!」（2010年12月11日、日本テレビ） - 冒頭の小コントで[[子泣き爺 (ゲゲゲの鬼太郎)|子泣きじじい]]役&lt;br /&gt;
*[[いきなり!黄金伝説。]] 5時間半スペシャル（2010年12月30日、テレビ朝日） - [[タカアンドトシ]]の助っ人&lt;br /&gt;
*[[ブラック・ジャック (実写版)#単発ドラマ（2011年・岡田将生版）|ヤング ブラック・ジャック]]（2011年4月23日、日本テレビ） -BJの患者役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==大相撲時代の成績==&lt;br /&gt;
*通算成績：8勝4敗9休（4場所）&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[安田大サーカス]]&lt;br /&gt;
*[[団長 (安田大サーカス)]]&lt;br /&gt;
*[[クロちゃん (お笑い)]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.shochikugeino.co.jp/talents/01/post-4.html 安田大サーカス（松竹芸能によるプロフィール）]&lt;br /&gt;
*[http://yaplog.jp/hiropark/ ひろせ国立公園(HIROの公式ブログ)]&lt;br /&gt;
*[http://ameblo.jp/hiroselife/ ひろせの一生a Day in HIRO's Life(HIROの公式ブログ、2009年10月から)]&lt;br /&gt;
*[http://gree.jp/hiro_g/ HIRO(安田大サーカス) 公式ブログ(2010年2月から)]&lt;br /&gt;
*[http://sumodb.sumogames.com/Rikishi.aspx?r=2437&amp;amp;l=j 相撲レファレンス 選手データ]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ひろ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:お笑い芸人]]&lt;br /&gt;
[[Category:松竹芸能]]&lt;br /&gt;
[[Category:元大相撲力士のタレント]]&lt;br /&gt;
[[Category:和歌山県出身の大相撲力士]]&lt;br /&gt;
[[Category:欽ちゃんの仮装大賞の出場者]]&lt;br /&gt;
[[Category:中村部屋]]&lt;br /&gt;
[[Category:和歌山県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1977年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E5%AE%89%E7%94%B0%E5%A4%A7%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%82%B9&amp;diff=163451</id>
		<title>安田大サーカス</title>
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				<updated>2012-07-15T10:26:30Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: ページの作成：「'''安田大サーカス'''（やすだだいサーカス、略称：'''安大'''）とは、団長安田、HIRO、[[クロちゃん (お笑...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''安田大サーカス'''（やすだだいサーカス、略称：'''安大'''）とは、[[団長安田]]、[[HIRO (お笑い芸人)|HIRO]]、[[クロちゃん (お笑い芸人)|クロちゃん]]の3人による[[お笑いタレント|お笑いグループ]]である。所属[[芸能事務所|事務所]]は[[松竹芸能]]。[[2001年]]（[[平成]]13年）4月頃に結成された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 命名の由来 ==&lt;br /&gt;
グループ名の名付け親は、[[ますだおかだ]]の2人。日本有数の大サーカス団『[[木下大サーカス]]』がヒント。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
お年寄から子供まで幅広い層に楽しんでもらえるお笑いになれという意味で「安田サーカス」と岡田が名付け、それに増田が「大」を入れて「安田大サーカス」となった&amp;lt;ref&amp;gt;『第1回[[M-1グランプリ]]』（2001年）でのますだおかだインタビューより。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
団長は命名当初グループ名に疑問を持っていたが、「木下大サーカスとて木下団長は誰か分からんだろう」の岡田の一言で納得したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== メンバー ==&lt;br /&gt;
'''[[団長安田]]'''（だんちょうやすだ、[[1974年]]（[[昭和]]49年）[[4月26日]] - ）本名、'''安田 裕己'''（やすだ ひろみ）。&lt;br /&gt;
:リーダー。[[漫才#ボケとツッコミ|ツッコミ]]担当。[[兵庫県]][[西宮市]]出身。一番身長が低い。元[[ライフセービング|ライフセーバー]]。[[フリーダイビング|潜水]]、[[フリーダイビング|ダイナミック・アプネア]]（フィン無し）元日本記録保持者（115m）。&lt;br /&gt;
:元はコンビ「[[安田と竹内]]」。当時の相方は現在の[[タケウチパンダ]]。解散後しばらく犬の模型を[[合方|相方]]にしていた。&lt;br /&gt;
:実家では「お地蔵さん」と呼ばれているらしい{{誰2|date=2011年2月}}。高校の後輩である元[[大関]]・[[琴光喜啓司]]と親交がある。&lt;br /&gt;
:[[2009年]][[7月9日]]、[[精巣捻転症]]で緊急入院し、即日[[手術]]を行った。本人の話によると「[[腹痛]]がしたため、バスで病院に行き、すぐにオペをされた」とのこと。その後、院内のベッドの上で[[関西テレビ放送|関西テレビ]]の電話取材にも応じた。&lt;br /&gt;
'''[[クロちゃん (お笑い芸人)|クロちゃん]] （[[1976年]]（昭和51年）[[12月10日]] - ）本名、'''黒川 明人'''（くろかわ あきひと）。&lt;br /&gt;
:[[漫才#ボケとツッコミ|ボケ]]担当。[[広島県]][[東広島市]][[八本松町|八本松]]出身。[[少林寺拳法]]の経験者。顔は怖いが[[ソプラノ|ソプラノボイス]]。結成前に関西テレビ『[[イカロスの翼]]』という[[関西ローカル]]番組に、本名の黒川明人名義で出演していた。&lt;br /&gt;
:テレビ、ラジオ、ライブにおいて担当するコーナーが必ず早期終了するというジンクスがあるらしい{{誰2|date=2011年2月}}。&lt;br /&gt;
'''[[HIRO (お笑い芸人)|HIRO]]'''（ひろ、[[1977年]]（昭和52年）[[4月20日]] - ）本名、'''広瀬 康幸'''（ひろせ やすゆき）。&lt;br /&gt;
:[[漫才#ボケとツッコミ|ボケ]]担当。[[和歌山県]][[和歌山市]]出身。元[[大相撲]]力士。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 安田特大サーカス ==&lt;br /&gt;
『[[エンタの神様]]』出演時には、他のお笑い芸人と一緒に『'''安田特大サーカス'''』として出演した。組む芸人は殆どの場合無名だが、2006年8月12日放送分に出演した際は「ラッセーラー、ラッセーラー」つながりで[[猫ひろし]]と、同年12月2日放送分は「クローン男」として[[ザ・たっち]]と共演した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 芸風 ==&lt;br /&gt;
ショートコントや短い漫才が主な持ちネタ。「ラッセーラー、ラッセーラー、ラッセーラー、ラッセーラー」という掛け声で登場することが多い。その掛け声で登場するときはクロちゃんとHIROが土台となり[[組体操]]のような三人タワーを作り上げる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
スーツなど色々な衣装で登場することが多いが、オチで団長の服が破られふんどし1枚にされるネタが多い。しかし、ネタそのものよりも、ネタとネタの間に挿入されるアクションのほうが印象に残りやすい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ネタの始めには、クロちゃんがそのコワモテの顔を見せ付けたあと、高音で「いつも元気なクロちゃんです!」（もしくは「クロちゃんです!」）と紹介する。しかし最近{{いつ|date=2011年2月}}では、その台詞に団長が言葉を被せて、クロちゃんが「かぶってる!」と怒るパターンが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ボケとツッコミの流れが終わるとHIROが満面の笑みを浮かべながら[[祭囃子]]風の[[和太鼓]]の口真似で「はいー!! どーん!どーん!どーん!」と叫び、団長は両手でピースをしながら「ベタベッタ!」と合いの手を入れ、HIROが「どどーん!どどーん!」と叫び、団長が「ベタでーす!」とネタのベタさを叫びながら締めくくる。その間、クロちゃんは甲高い声で笑いながら[[紙吹雪]]を撒き続ける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
乗り突っ込みが出ると、HIROの太鼓とクロちゃんの紙吹雪は同じだが団長のセリフは「乗り突っ込み!」／「大成功!!」となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最後の締めで団長がふんどし1枚にされた後は、団長のセリフは「オチでーす!」／「オチでーす!」となり、もう一度繰り返し「ヘクシュン!」（くしゃみ）／「安田大サーカスでした!!」となる。まれに団長だけでなく、クロちゃんやHIROも服を破られることがある。このとき、クロちゃんはピンクのブラジャーとパンツ、HIROは相撲の[[廻し#化粧廻し|化粧まわし]]姿となり、HIROが四股を踏むと場内がひっくり返る、というオチになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
HIROの掛け声は[[コント赤信号]]と似ていることがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
テレビに多く出演するようになってから、[[バラエティ番組]]への出演ではアクションはあまり行わず、食い意地が張っているというより食べ物に対してのみ機敏で他ではまず動かないHIROを置き、振りで天然リアクションを取ったり、絶叫や抗議すら高音なクロちゃんが暴走するのを団長が（時にはHIROに命令して）締める、という立ち位置が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「これからオペを始める。メス。」と言うとクロちゃんが「いやーん! 」。これは手術道具の[[メス (刃物)|メス]]と動物性別の[[メス (動物)|メス]]をかけている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最近は{{いつ|date=2011年2月}}医師の勧めによりその回数を1日1回に制限されている、HIROの「2リットルペットボトルの10秒内の一気飲み」は、HIROも参戦していた[[TBSテレビ|TBS]]の特番『[[フードバトルクラブ]]』にて他の選手がやっているのを見て会得したものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2007年年末ごろから、団長がクロちゃんにさまざまなリアクション芸をさせ、速いテンポでイジりまくるネタが主流になった。プライベートでもクロちゃんは団長にまったく頭が上がらないと噂されているトリオの力関係や、団長の[[サディスト|ドS]]ぶりが活かされたネタとなっていて好評である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
稀に3人に新メンバーを加えるという話題が上がることがある。2005年には、身長2メートルの黒人男性を新メンバーに加えるという話が出たが、HIROとクロちゃんの反対もあり実現はしなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「姉さん」（所属事務所の先輩）にあたる[[オセロ (お笑いコンビ)|オセロ]]とは、安大の芸風と噛み合わないためか、共演機会がほとんどない。オセロ司会の『[[知っとこ!]]』にも一度もゲストとして呼ばれていない&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
舞台では7分程度のコント[[桃太郎]]をする事もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
3人それぞれのキャラが浸透してきたため、それぞれ単独での出演も増えてきている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 受賞歴 ==&lt;br /&gt;
*[[2001年]] - 『[[今宮子供えびすマンザイ新人コンクール]]』で、新人漫才奨励賞と子供大賞。&lt;br /&gt;
*[[2004年]] - 『第25回　[[ABCお笑い新人グランプリ]]』で、審査員特別賞。&lt;br /&gt;
*[[2006年]] - 『第41回　[[上方漫才大賞]]』で、奨励賞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演番組 ==&lt;br /&gt;
=== 現在の出演番組 ===&lt;br /&gt;
*[[フィッシング倶楽部]]（2010年4月 - 、[[テレビ埼玉|テレ玉]]など）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 過去の出演番組 ===&lt;br /&gt;
*[[爆笑オンエアバトル]]（[[NHK総合テレビジョン|NHK総合]]）戦績0勝1敗 最高173KB&lt;br /&gt;
*[[フードバトルクラブ]]（[[TBSテレビ|TBS]]） - HIROのみ参戦。団長･クロちゃんは応援で参加。&lt;br /&gt;
*[[雨上がり決死隊のトーク番組 アメトーーク!|アメトーーク!]]（[[テレビ朝日]]）&lt;br /&gt;
*[[笑いの金メダル]]（[[ABCテレビ|朝日放送]]）&lt;br /&gt;
*[[メレンゲの気持ち]]（[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]）&lt;br /&gt;
*[[元祖!でぶや]]（[[テレビ東京]]）&lt;br /&gt;
*[[エンタの神様]]（日本テレビ） - [[キャッチコピー]]は「究極のアクロバット笑」。団員を一人加え『'''安田特大サーカス'''』名義で出演。&lt;br /&gt;
*[[ウタワラ]]（日本テレビ）&lt;br /&gt;
*[[AKBと××!]]（[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]） &lt;br /&gt;
*[[ロンドンハーツ]]（テレビ朝日）&lt;br /&gt;
*[[いきなり!黄金伝説。]]（テレビ朝日）&lt;br /&gt;
*[[爆笑レッドカーペット]]（フジテレビ）&lt;br /&gt;
**キャッチコピーは「笑いのドラリオン」&lt;br /&gt;
*[[退屈貴族]]（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]）&lt;br /&gt;
*[[田舎に泊まろう!]]（テレビ東京） - 安田のみ出演。&lt;br /&gt;
*[[お笑いDynamite!]]（12月28日{{いつ|date=2011年2月}}、TBS） - キャッチコピーは「調教不能 珍獣だらけ」。&lt;br /&gt;
*[[関ジャニ∞のジャニ勉]]（5月14日{{いつ|date=2011年2月}}、[[関西テレビ放送|関西テレビ]]）&lt;br /&gt;
*[[爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル]]（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]）&lt;br /&gt;
*[[ズームイン!!SUPER|新春ズームイン!!SUPER]]（日本テレビ） - 2005年[[元日|元旦]]放送時に出演。&lt;br /&gt;
*[[お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャル]]（フジテレビ） - 第1回・2005年[[3月1日]]放送時に出演。&lt;br /&gt;
*[[DOORS (テレビ番組)|DOORS]]（TBS）&lt;br /&gt;
*[[天才てれびくんMAX]]（2005年4月14日・2007年度 - 2008年度、[[NHK教育テレビジョン|NHK教育]]） - 2005年4月14日はゲスト出演であったが、2007年度 - 2008年度は7代目（MAXでは2代目）司会者として出演した。&lt;br /&gt;
*[[大笑点]]（日本テレビ） - 2006年と2007年元旦放送の時で出演。2006年は安田は大喜利、HIROとクロちゃんは大相撲汐留場所に出演。&lt;br /&gt;
*[[コントカーニバル]]（朝日放送）&lt;br /&gt;
*[[ミラクル☆シェイプ]]（日本テレビ）&lt;br /&gt;
**1：2005年11月13日放送分にクロちゃんのみ挑戦。&lt;br /&gt;
**2：2006年7月2日分放送に団長のみ挑戦、約1か月に渡るダイエットを経て見事目標を達成。&lt;br /&gt;
**その後、[[西友]]の折込チラシ（[[2006年]][[7月13日]]）用水着モデルとして採用された。&lt;br /&gt;
*[[お笑い芸人大忘年会]]（日本テレビ）- 年末特番。&lt;br /&gt;
*[[ビートたけしのお笑いウルトラクイズ]]（日本テレビ） - 第20回・2007年1月1日放送分に出演。&lt;br /&gt;
*[[ほんじゃに!]]（関西テレビ） - 「200回SP オカンだらけの大運動会!!」に、お笑いオカン軍団として出演。なおクロちゃんは不在だった。&lt;br /&gt;
*[[TVチャンピオン]]（現・[[TVチャンピオン2]]、テレビ東京） - 「クレーンゲーム王」において団長のみ出演。&lt;br /&gt;
*[[ジャンプ!○○中]]（フジテレビ） - クロちゃんのみ出演。&lt;br /&gt;
*[[欽ちゃんの仮装大賞|欽ちゃん&amp;amp;香取慎吾の全日本仮装大賞]]（日本テレビ）&lt;br /&gt;
**第80回大会に「[[タイタニック (客船)|タイタニック]]」という仮装で参加。ケーキ製の「タイタニック」号を食べていって沈没するさまを表現したが、結果は8点と一ケタ台の点数で、最終的に[[勝俣州和]]、[[ゴルゴ松本]]、[[ザブングル (お笑い)|加藤歩]]の3人（芸能人失格者）によって強制退場させられた。&lt;br /&gt;
*[[ますだおかだ角パァ!]]（朝日放送）&lt;br /&gt;
**月一回&lt;br /&gt;
*[[うり☆ひゃー!それいけ!安田探検隊]]（[[沖縄テレビ放送|沖縄テレビ]]）（10月から12月までの1クール放送）&lt;br /&gt;
**2008年4月から[[ファミリー劇場]]で再放送している。&lt;br /&gt;
*[[爆笑ピンクカーペット|新春ゴールデンピンクカーペットSP]]（フジテレビ、2009年1月1日）&lt;br /&gt;
**キャッチコピーは「笑いのドラリオン」&lt;br /&gt;
*[[イエヤス]]（[[中部日本放送|CBCテレビ]]）&lt;br /&gt;
*突撃！ネイチャーX（NHK教育）&lt;br /&gt;
==== ドラマ ====&lt;br /&gt;
*[[銭湯の娘!?]]（[[MBSテレビ|毎日放送]]「[[ドラマ30]]」）&lt;br /&gt;
**売れないお笑いトリオ『ブランコ3』役として。&lt;br /&gt;
*[[ミヤコ蝶々ものがたり|ミヤコ蝶々ものがたり 泣いて愛して笑わせて…]]（テレビ朝日）&lt;br /&gt;
**安田、HIROのみ。曲芸師コンビ『ハジメコウ太』役として。&lt;br /&gt;
*[[ちりとてちん (朝ドラ)|ちりとてちん]]（NHK[[連続テレビ小説]]）&lt;br /&gt;
**お笑いトリオ『天狗トリオ』役として。&lt;br /&gt;
*[[トミカヒーロー レスキューフォース]]（テレビ東京）&lt;br /&gt;
**謎の組織・ネオテーラの三幹部『マール（クロちゃん）、サーン（安田）、シーカ（HIRO）』の声優として（『[[タイムボカンシリーズ]]』の悪玉トリオがモチーフ）。全員自身を思わせるキャラクターの声を担当している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== テレビアニメ ===&lt;br /&gt;
* [[ハイ!ハイ! パフィー・アミユミ|Hi Hi Puffy AmiYumi]]（[[カートゥーン ネットワーク]]、実写パートに出演）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== インターネットテレビ ===&lt;br /&gt;
*[[こちら!カタムキテレビ制作会社]]（[[GyaO!|GyaO バラエティch]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 映画 ===&lt;br /&gt;
*[[劇場版BLEACH MEMORIES OF NOBODY]]（2006年、[[東宝]]） - 声の出演&lt;br /&gt;
*[[ユメ十夜]]（2007年、[[日活]]） 第十夜&lt;br /&gt;
* 少林老女（2008年5月、[[ジョリー・ロジャー (企業)|ジョリーロジャー]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ラジオ ===&lt;br /&gt;
*[[ラジオアミューズメントパーク|ついに安田大サーカスがやってきた!ワイワイガヤガヤ（秘）トークラジオ]]（[[全国ラジオネットワーク|NRN]]）&lt;br /&gt;
*[[ラジオアミューズメントパーク|またも安田大サーカスがやってきた!ワイワイガヤガヤ（秘）トークラジオ]]（NRN）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== テレビCM ===&lt;br /&gt;
*フクピカ（[[ソフト99コーポレーション|SOFT 99]]）&lt;br /&gt;
**裸体に金粉を塗って出演。&lt;br /&gt;
**キャッチコピーは「どーん!どーん!どーん!」「フクピッカ!」「どどーん!どどーん!」「ピカピッカ!」。&lt;br /&gt;
*肌研（ハダラボ） - 化粧水の極潤ヒアルロン液（[[ロート製薬]]）&lt;br /&gt;
**クロちゃんのみナレーターとして出演。&lt;br /&gt;
*[[ボールド (洗剤)|ボールド]]（[[プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン|P&amp;amp;Gジャパン]]）&lt;br /&gt;
**「安田大造園」の植木職人役で[[玉山鉄二]]と共演。劇中では玉山とクロちゃんがメイン。&lt;br /&gt;
*[[こてっちゃん]]（[[エスフーズ]]）&lt;br /&gt;
**[[牛海綿状脳症|BSE]]問題で販売休止になっていた「こてっちゃん」が2007年3月末から販売を再開した。知名度アップのために2007年4月中に関西地区限定で放映。3人がエスフーズの[[ロゴタイプ|ロゴ]]の入ったTシャツ姿で「こてこてこてこてこてっちゃん!」「クロクロクロクロクロちゃんです!」と[[卓袱台]]を一周する。ちなみにエスフーズの本社は団長の出身地である西宮市に所在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== パチスロ ===&lt;br /&gt;
*安田大サーカス（2007年3月、[http://www.baltec.co.jp/ バルテック]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.shochikugeino.co.jp/talents/01/post-4.html 安田大サーカス（松竹芸能によるプロフィール）]&lt;br /&gt;
*[http://www.nhk.or.jp/tvkun/ 天才てれびくんＭＡＸ （NHKによる公式サイト）]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:やすたたいさかす}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本のお笑いグループ]]&lt;br /&gt;
[[Category:松竹芸能]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>インパルス (お笑い)</title>
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				<updated>2012-07-06T15:32:33Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: ページの作成：「'''インパルス'''は、日本のお笑いコンビ。吉本興業東京本社（東京吉本、厳密には子会社の[[よし...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''インパルス'''は、[[日本]]の[[お笑いタレント|お笑いコンビ]]。[[吉本興業]]東京本社（[[東京吉本]]、厳密には子会社の[[よしもとクリエイティブ・エージェンシー]]）所属。コンビ名の由来は、[[1998年]]のコンビ結成当時に堤下が乗っていた[[オートバイ]]（[[スズキ・GSX400インパルス]]）の名前から。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== メンバー ==&lt;br /&gt;
'''[[堤下敦]]'''（つつみしたあつし、[[1977年]][[9月9日]] - ）&lt;br /&gt;
: [[神奈川県]][[横浜市]]出身。[[ABO式血液型|RhマイナスのB型]]、干支は巳年、星座は乙女座、身長174cm、体重98kg。[[ツッコミ]]（たまに[[ボケ]]）担当。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''[[板倉俊之]]'''（いたくら としゆき、[[1978年]][[1月30日]] - ）&lt;br /&gt;
: [[兵庫県]][[宝塚市]]生まれ、[[埼玉県]][[志木市]]で育つ。B型、干支は午年、星座は水瓶座、身長168cm、体重48kg。ボケ（たまにツッコミ）担当。ピンでも活動している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 略歴・概要 ==&lt;br /&gt;
東京[[吉本総合芸能学院|NSC]]の4期生。[[1998年]][[12月]]に「インパルス」を結成。同期には[[ロバート (お笑い)|ロバート]]・[[森三中]]らがいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
お笑いブーム到来の数年前から活躍しており、2003年に「[[エンタの神様]]」に出演して頭角を現す。2005年にレギュラー番組「[[はねトび]]」がゴールデン進出に成功して大人気を博したこともあって本格的にブレイク。現在は双方がピンで活躍することも多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
コンビ揃って歌が上手く、[[歌うま]]では準決勝まで残ったことがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「[[ウンナン極限ネタバトル! ザ・イロモネア 笑わせたら100万円|ウンナン極限ネタバトル! ザ・イロモネア 笑わせたら100万円SP]]」で完全制覇（100万円を獲得する）を2度達成したという快挙を成し遂げている。これは歴代の挑戦者の中で彼らと[[次長課長]]、[[アンガールズ]]、[[劇団ひとり]]、[[小島よしお]]、[[設楽統]]、[[藤田憲右]]の6組のみであり、インパルスは番組初の100万円獲得者でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[M-1グランプリ]]2002、2003準決勝進出。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[キングオブコント]]2009では初の決勝進出。1stラウンドを6位で折り返すものの、2ndラウンドで代表作｢乙女心を持った警官｣を披露し，全体で2位の「868点」を獲得。結果は4位。2011年、決勝進出組に返り咲く。優勝候補の呼び声が高かったが4位に終わる。板倉は優勝したロバートについて「1本目の点数に本気でムカついた」と語り、笑いを取った。また、ほとんどの芸人（審査員、前回王者含む）が司会のダウンタウンから話を振られてしどろもどろになるなか、堤下は松本人志に「豚はどう思う？」と3度振られ、3度とも即座に的確なツッコみを返して笑いを取った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==主なネタ==&lt;br /&gt;
;ヨハン&lt;br /&gt;
:板倉演じる｢しみず　かずたか｣という人物が何かしらのトラブル(キセル乗り，立ちションなど)を引き起こし、そのことについて堤下(板倉の設定に応じて駅員や家の住人など)が質問していくが、それに対して板倉は、｢名前は？｣と聞かれたら｢ヨハン・リーベルト｣と答え、｢年齢は？｣と聞かれたら｢私に年齢という概念はない｣など、無茶苦茶な返答をし、堤下が机を叩いたり、犬が吠えたりすればキチンと答える、というパターンで繰り広げられるコント。&lt;br /&gt;
:ちなみに、｢ヨハン・リーベルト｣とは板倉の愛読している漫画｢[[MONSTER]]｣の登場人物。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;女心&lt;br /&gt;
:板倉演じる何かしらの暗い過去を持った女性に、堤下が振り回されるというコント。ちなみに板倉の職業はウエイトレスや保育園の園長などで場合によっては板倉は'''男'''で警官だという場合もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演作品 ==&lt;br /&gt;
=== 現在の出演作品 ===&lt;br /&gt;
==== テレビ番組 ====&lt;br /&gt;
;レギュラー番組&lt;br /&gt;
* 水　[[はねるのトびら]]（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]）&lt;br /&gt;
; 準レギュラー番組&lt;br /&gt;
* 火　[[踊る!さんま御殿]]（[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]）※不定期&lt;br /&gt;
* 日　[[アッコにおまかせ!]]（[[TBSテレビ|TBS]]）※不定期&lt;br /&gt;
* 日　[[世界の果てまでイッテQ!]]（[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 過去の出演作品 ===&lt;br /&gt;
==== テレビ番組 ====&lt;br /&gt;
* [[爆笑オンエアバトル]]（[[NHK総合テレビジョン|NHK総合]]）戦績5勝1敗 最高509KB&lt;br /&gt;
* [[インパルス&amp;amp;ドランクドラゴンの年末感動列島]]（日本テレビ）メイン&lt;br /&gt;
* [[インドラの眼]]（日本テレビ）メイン&lt;br /&gt;
* [[はじめ人間インパルス]]（[[TBSテレビ]]）メイン&lt;br /&gt;
* [[マトモニンゲン!?YES・NO〜真夜中の史上最大国民意識調査]]（TBSテレビ）メインMC&lt;br /&gt;
* [[爆笑!!街角プロレス]]（日本テレビ）メインMC&lt;br /&gt;
* [[デジリポ]]（[[讀賣テレビ放送|よみうりテレビ]]）メインMC&lt;br /&gt;
* [[爆笑問題のバク天!]]（TBSテレビ）準レギュラー&lt;br /&gt;
* [[みちのくインパルス]]（[[宮城テレビ放送|ミヤギテレビ]]）メイン&lt;br /&gt;
* [[ワイ!ワイ!ワイ!]]（[[ヨシモトファンダンゴTV]]）メインMC&lt;br /&gt;
* [[〜本人発信バラエティ〜 てっぺん!]] [[バトルカード インパルセンス]]（ヨシモトファンダンゴTV）メイン&lt;br /&gt;
* [[仁義換金]]（[[テレビ東京]]）メインMC&lt;br /&gt;
* [[リンカーン (テレビ番組)|リンカーン]]（TBSテレビ）準レギュラー&lt;br /&gt;
* [[雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!|アメトーーク!]]（[[テレビ朝日]]）ゲスト出演&lt;br /&gt;
* [[もりすぎッ!]]（[[東海テレビ放送|東海テレビ]]）メイン&lt;br /&gt;
* [[アドレな!ガレッジ]]（テレビ朝日）準レギュラー&lt;br /&gt;
* [[タモリのボキャブラ天国|タモリのボキャブラ天国 大復活祭スペシャル]]（フジテレビ、2008年）キャッチコピーは「電気ビリビリ」&lt;br /&gt;
* [[おはスタ]]（1部）（テレビ東京、2008年4月 - 2009年4月）&lt;br /&gt;
* [[笑・神・降・臨]]（NHK総合、2009年4月）&lt;br /&gt;
* [[歌うま芸人をぶっ飛ばせ!　うまカラ!ちゃん]]（[[FBS福岡放送]]）&lt;br /&gt;
* [[メレンゲの気持ち]]（日本テレビ）ゲスト出演&lt;br /&gt;
* [[エンタの神様]]（日本テレビ）キャッチコピーは「ボケとツッコミの化学反応」、「台詞（ことば）の妖術師」（板倉のみ）&lt;br /&gt;
* [[爆笑レッドシアター]]（フジテレビ）ゲスト出演&lt;br /&gt;
* [[タモリ倶楽部]]（テレビ朝日）ゲスト出演&lt;br /&gt;
* [[ぐるぐるナインティナイン]]（日本テレビ、2010年10月21日）「[[グルメチキンレース・ゴチになります!]]」に、休養中の[[岡村隆史]]（[[ナインティナイン]]）の代役として出演&lt;br /&gt;
* [[VS嵐]]（フジテレビ）ゲスト出演&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== テレビドラマ ===&lt;br /&gt;
* [[整形美人。]]（フジテレビ、2002年）ゲスト&lt;br /&gt;
* [[ナースマン#ナースマンがゆく|ナースマンがゆく]]（日本テレビ、2004年）堤下のみレギュラー、最終話に板倉がゲスト出演&lt;br /&gt;
* [[危険なアネキ]]（フジテレビ、2005年）第1話、板倉…飛行機の乗客役、堤下…焼き芋屋の役&lt;br /&gt;
* [[エリートヤンキー三郎]]（テレビ東京、2007年）板倉が河井星矢役でレギュラー出演&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 映画 ====&lt;br /&gt;
*[[エリートヤンキー|激情版エリートヤンキー三郎]](2009年公開)板倉が河井星矢役で出演&lt;br /&gt;
* [[アフロ田中]]（2012年公開予定）堤下が大沢みきお役で出演&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ラジオ番組 ===&lt;br /&gt;
* [[インパルス・ラジオパニック]]（[[ニッポン放送]]）&lt;br /&gt;
* [[ガッチャガッチャ|インパルスのガッチャガッチャ]]（[[文化放送]]「[[レコメン!]]」内）水曜日&lt;br /&gt;
* [[ガッチャガッチャガッチャ|インパルスのガッチャガッチャガッチャ]]（文化放送「レコメン!」内）水曜日&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== CM ===&lt;br /&gt;
* [[アサヒビール]] [[ノンアルコールビール|ビールテイスト飲料]]「ポイントワン」（2005年3月 - ）&lt;br /&gt;
* [[アウトソーシング]]（2005年）主役バージョンは堤下のみ、板倉は北陽の虻川バージョンに出演&lt;br /&gt;
** はねるのトびらにて、自動車、MINIBANに出演。&lt;br /&gt;
* [[吉野家]]（2007年5月 - ）&lt;br /&gt;
* [[ジョージア (缶コーヒー)|ジョージア]]・エメラルドマウンテンブレンド（2010年・[[松本人志|松本]]率いる「スッキリ派」）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== DVD・ビデオ ==&lt;br /&gt;
* 「はねるのトびら」&lt;br /&gt;
* 「はねるのトびらII」&lt;br /&gt;
* 「はねるのトびらIII」&lt;br /&gt;
* 「はねるのトびらIV」&lt;br /&gt;
* 「おちゃらけソーセージ」(単独ライブ)&lt;br /&gt;
* 「球根」(単独ライブ)&lt;br /&gt;
* 「球根2」(単独ライブ)&lt;br /&gt;
* 「非売よしもと本物流」レンタル専用。HMVでも販売あり。&lt;br /&gt;
** 2005年7月号・赤版には板倉主演ショートムービー「THE ZOMBIE TEACHERRRR」&lt;br /&gt;
** 2005年8月号・赤版には板倉監督・主演ショートムービー「囚人29号」を収録。&lt;br /&gt;
** 2005年10月号・赤版「デブだらけの大運動会」&lt;br /&gt;
** 2005年12月号・赤版「デブだらけの大忘年会」では板倉が司会・堤下が競技者&lt;br /&gt;
** 2006年3月号・赤版「芸人の休日のススメ」板倉の部屋に芸人が集まり、板倉の考えた「芸人人生ゲーム」で盛り上がる。&lt;br /&gt;
** 2006年6月号・青版「デブだらけの氷上運動会」&lt;br /&gt;
* 「村雨～むらさめ～」(単独ライブ)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 写真集 ==&lt;br /&gt;
* 「男写」（[[ワニブックス]]、2005年9月）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[ルミネtheよしもと]]&lt;br /&gt;
* [[キングコング (お笑い)|キングコング]]&lt;br /&gt;
* [[ロバート (お笑い)|ロバート]]&lt;br /&gt;
* [[ドランクドラゴン]]&lt;br /&gt;
* [[北陽]]&lt;br /&gt;
* [[日枝久]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://search.yoshimoto.co.jp/#/r/s=w=190/r=046 公式プロフィール]&lt;br /&gt;
* [http://tsutsumishita.laff.jp/ インパルス堤下敦のブログ「俺とバーボン」]&lt;br /&gt;
* [http://www.randc.jp/impulse/top.html インパルス‐よしもとアール・アンド・シー]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:いんはるす}}&lt;br /&gt;
[[Category:吉本興業]]&lt;br /&gt;
[[category:日本のお笑いコンビ]]&lt;br /&gt;
[[Category:はねるのトびら]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>ドランクドラゴン</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ドランクドラゴン'''(DRANK DRAGON)は、[[プロダクション人力舎]]所属のお笑いコンビ。通称「ドラドラ」。専攻はコント。[[スクールJCA]]5期生。塚地武雅と鈴木拓がであって結成された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== '''メンバー''' ==&lt;br /&gt;
* '''鈴木 拓'''（すずきたく　[[1975年]][[12月]][[7日]]ー）[[神奈川県]][[綾瀬市]]出身。ツッコミ担当。&lt;br /&gt;
**身長167cm、体重50kg。血液型A型。&lt;br /&gt;
** ツッコミだが、天然ボケである。ネタでも時々間違え、塚地に突っ込まれることがある。&lt;br /&gt;
** 眼鏡をかけている。&lt;br /&gt;
**コントでは、一般人を演じているがまれにボケをすることもある。&lt;br /&gt;
**趣味で「グレイシー柔術」を習っている。有段者で、実力は未知数である。&lt;br /&gt;
**また、趣味は釣りである。&lt;br /&gt;
**歌が上手。&lt;br /&gt;
**芸人になった理由は、憧れた芸人がいたわけでは無くなりやすい職業だったから。&lt;br /&gt;
**イジラれキャラ。イジられると不満げになる。&lt;br /&gt;
**ざるそばをフーフーしながら食べる。周りに注意してもそうしないと食べられないらしい。&lt;br /&gt;
**塚地が出演しているドラマにバーターとして出演する。&lt;br /&gt;
**塚地曰く「性格が悪い」らしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* '''塚地 武雅'''（つかじむが　[[1971年]][[11月]][[25日]]ー）[[大阪府]][[阪南市]]出身。ボケ担当。ネタ作り担当。&lt;br /&gt;
**身長167センチ、体重90kg。血液型A型。  &lt;br /&gt;
**ボケを担当しているが、それ以外ではツッコミを入れることもある。&lt;br /&gt;
**愛嬌のある丸顔が特徴。&lt;br /&gt;
**ネタでは、痛いキャラを演じている。&lt;br /&gt;
**ボケ担当ではあるが、ツッコミも出来、一発ギャグも行うことができるお笑いのオールラウンダーである。&lt;br /&gt;
**幼少時代から現在に至るまで、[[特撮]]のファン。[[フィギュア]]の収集が趣味。&lt;br /&gt;
**良く言えば合理的かつ、効率的。悪く言えばズボラで無頓着。&lt;br /&gt;
**芸人を始めた年齢が遅い為、年下の先輩が多い。&lt;br /&gt;
**デビュー当時はそんなに太っていなかった。&lt;br /&gt;
**ヘビースモーカーである。&lt;br /&gt;
**芸人になる前は仏壇メーカーに勤めていた。&lt;br /&gt;
**俳優としても活動している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== '''出演番組''' ==&lt;br /&gt;
* [[はねるのトビラ]]（[[フジテレビ]]）&lt;br /&gt;
* [[爆笑オンエアバトル]]（[[NHK]]）&lt;br /&gt;
* [[エンタの神様]]（[[日本テレビ]]）キャッチコピーは「絶妙!個性派コンビ」&lt;br /&gt;
* [[ドラゴン＆ボールアワー]]（[[TBS]]系）&lt;br /&gt;
* [[完売劇場]]（[[テレビ朝日]]）&lt;br /&gt;
* [[にっぽん愉快家族]]（NHK総合 純レギュラー）&lt;br /&gt;
* [[所さん＆おすぎの偉大なるトホホ人物伝]]（[[テレビ東京]]系）&lt;br /&gt;
== '''VHS・DVD''' ==&lt;br /&gt;
* ドランクドラゴン（カンフー）（2002年11月12日発売）&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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				<updated>2012-04-02T16:55:52Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ドランクドラゴン'''(DRANK DRAGON)は、[[プロダクション人力舎]]所属のお笑いコンビ。通称「ドラドラ」。専攻はコント。[[スクールJCA]]5期生。塚地武雅と鈴木拓がであって結成された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== '''メンバー''' ==&lt;br /&gt;
* '''鈴木 拓'''（すずきたく　[[1975年]][[12月]][[7日]]ー）[[神奈川県]][[綾瀬市]]出身。ツッコミ担当。&lt;br /&gt;
**身長167cm、体重50kg。血液型A型。&lt;br /&gt;
** ツッコミだが、天然ボケである。ネタでも時々間違え、塚地に突っ込まれることがある。&lt;br /&gt;
** 眼鏡をかけている。&lt;br /&gt;
**コントでは、一般人を演じているがまれにボケをすることもある。&lt;br /&gt;
**趣味で「グレイシー柔術」を習っている。有段者で、実力は未知数である。&lt;br /&gt;
**また、趣味は釣りである。&lt;br /&gt;
**歌が上手。&lt;br /&gt;
**芸人になった理由は、憧れた芸人がいたわけでは無くなりやすい職業だったから。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* '''塚地 武雅'''（つかじむが　[[1971年]][[11月]][[25日]]ー）[[大阪府]][[阪南市]]出身。ボケ担当。ネタ作り担当。&lt;br /&gt;
**身長167センチ、体重90kg。血液型A型。  &lt;br /&gt;
**ボケを担当しているが、それ以外ではツッコミを入れることもある。&lt;br /&gt;
**愛嬌のある丸顔が特徴。&lt;br /&gt;
**ネタでは、痛いキャラを演じている。&lt;br /&gt;
**ボケ担当ではあるが、ツッコミも出来、一発ギャグも行うことができるお笑いのオールラウンダーである。&lt;br /&gt;
**幼少時代から現在に至るまで、[[特撮]]のファン。[[フィギュア]]の収集が趣味。&lt;br /&gt;
**良く言えば合理的かつ、効率的。悪く言えばズボラで無頓着。&lt;br /&gt;
**芸人を始めた年齢が遅い為、年下の先輩が多い。&lt;br /&gt;
**デビュー当時はそんなに太っていなかった。&lt;br /&gt;
**ヘビースモーカーである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== '''出演番組''' ==&lt;br /&gt;
* [[はねるのトビラ]]（[[フジテレビ]]）&lt;br /&gt;
* [[爆笑オンエアバトル]]（[[NHK]]）&lt;br /&gt;
* [[エンタの神様]]（[[日本テレビ]]）キャッチコピーは「絶妙!個性派コンビ」&lt;br /&gt;
* [[ドラゴン＆ボールアワー]]（[[TBS]]系）&lt;br /&gt;
* [[完売劇場]]（[[テレビ朝日]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== '''VHS・DVD''' ==&lt;br /&gt;
* ドランクドラゴン（カンフー）（2002年11月12日発売）&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>ドランクドラゴン</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ドランクドラゴン'''(DRANK DRAGON)は、[[プロダクション人力舎]]所属のお笑いコンビ。通称「ドラドラ」。専攻はコント。[[スクールJCA]]5期生。塚地武雅と鈴木拓がであって結成された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== メンバー ==&lt;br /&gt;
* '''鈴木 拓'''（すずきたく　[[1975年]][[12月]][[7日]]ー）[[神奈川県]][[綾瀬市]]出身。ツッコミ担当。&lt;br /&gt;
**身長167cm、体重50kg。血液型A型。&lt;br /&gt;
** ツッコミだが、天然ボケである。ネタでも時々間違え、塚地に突っ込まれることがある。&lt;br /&gt;
** 眼鏡をかけている。&lt;br /&gt;
**コントでは、一般人を演じているがまれにボケをすることもある。&lt;br /&gt;
**趣味で「グレイシー柔術」を習っている。有段者で、実力は未知数である。&lt;br /&gt;
**また、趣味は釣りである。&lt;br /&gt;
**歌が上手。&lt;br /&gt;
**芸人になった理由は、憧れた芸人がいたわけでは無くなりやすい職業だったから。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* '''塚地 武雅'''（つかじむが　[[1971年]][[11月]][[25日]]ー）[[大阪府]][[阪南市]]出身。ボケ担当。ネタ作り担当。&lt;br /&gt;
**身長167センチ、体重90kg。血液型A型。  &lt;br /&gt;
**ボケを担当しているが、それ以外ではツッコミを入れることもある。&lt;br /&gt;
**愛嬌のある丸顔が特徴。&lt;br /&gt;
**ネタでは、痛いキャラを演じている。&lt;br /&gt;
**ボケ担当ではあるが、ツッコミも出来、一発ギャグも行うことができるお笑いのオールラウンダーである。&lt;br /&gt;
**幼少時代から現在に至るまで、[[特撮]]のファン。[[フィギュア]]の収集が趣味。&lt;br /&gt;
**良く言えば合理的かつ、効率的。悪く言えばズボラで無頓着。&lt;br /&gt;
**芸人を始めた年齢が遅い為、年下の先輩が多い。&lt;br /&gt;
**デビュー当時はそんなに太っていなかった。&lt;br /&gt;
**ヘビースモーカーである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== '''出演番組''' ==&lt;br /&gt;
* [[はねるのトビラ]]（[[フジテレビ]]）&lt;br /&gt;
* [[爆笑オンエアバトル]]（[[NHK]]）&lt;br /&gt;
* [[エンタの神様]]（[[日本テレビ]]）キャッチコピーは「絶妙!個性派コンビ」&lt;br /&gt;
* [[ドラゴン＆ボールアワー]]（[[TBS]]系）&lt;br /&gt;
* [[完売劇場]]（[[テレビ朝日]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== '''VHS・DVD''' ==&lt;br /&gt;
* ドランクドラゴン（カンフー）（2002年11月12日発売）&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<title>ドランクドラゴン</title>
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				<updated>2012-04-02T12:52:10Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ドランクドラゴン'''(DRANK DRAGON)は、[[プロダクション人力舎]]所属のお笑いコンビ。通称「ドラドラ」。専攻はコント。[[スクールJCA]]5期生。塚地武雅と鈴木拓がであって結成された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== メンバー ==&lt;br /&gt;
* '''鈴木 拓'''（すずきたく　[[1975年]][[12月]][[7日]]ー）[[神奈川県]][[綾瀬市]]出身。ツッコミ担当。&lt;br /&gt;
**身長167cm、体重50kg。血液型A型。&lt;br /&gt;
** ツッコミだが、天然ボケである。ネタでも時々間違え、塚地に突っ込まれることがある。&lt;br /&gt;
** 眼鏡をかけている。&lt;br /&gt;
**コントでは、一般人を演じているがまれにボケをすることもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* '''塚地 武雅'''（つかじむが　[[1971年]][[11月]][[25日]]ー）[[大阪府]][[阪南市]]出身。ボケ担当。ネタ作り担当。&lt;br /&gt;
**身長167センチ、体重90kg。血液型A型。  &lt;br /&gt;
**ボケを担当しているが、それ以外ではツッコミを入れることもある。&lt;br /&gt;
**愛嬌のある丸顔が特徴。&lt;br /&gt;
**ネタでは、痛いキャラを演じている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== '''出演番組''' ==&lt;br /&gt;
* [[はねるのトビラ]]（[[フジテレビ]]）&lt;br /&gt;
* [[爆笑オンエアバトル]]（[[NHK]]）&lt;br /&gt;
* [[エンタの神様]]（[[日本テレビ]]）&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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		<summary type="html">&lt;p&gt;Dogonim: ページの作成：「'''ドランクドラゴン'''(DRANK DRAGON)は、プロダクション人力舎所属のお笑いコンビ。通称「ドラドラ」。専攻はコント。[[スク...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ドランクドラゴン'''(DRANK DRAGON)は、[[プロダクション人力舎]]所属のお笑いコンビ。通称「ドラドラ」。専攻はコント。[[スクールJCA]]5期生。塚地武雅と鈴木拓がであって結成された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== メンバー ==&lt;br /&gt;
* '''鈴木 拓'''（すずきたく　[[1975年]][[12月]][[7日]]ー）[[神奈川県]][[綾瀬市]]出身。ツッコミ担当。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* '''塚地 武雅'''（つかじむが　[[1971年]][[11月]][[25日]]ー）[[大阪府]][[阪南市]]出身。ボケ担当。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== '''出演番組''' ==&lt;br /&gt;
* [[はねるのトビラ]]（[[フジテレビ]]）&lt;br /&gt;
* [[爆笑オンエアバトル]]（[[NHK]]）&lt;br /&gt;
* [[エンタの神様]]（[[日本テレビ]]）&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Dogonim</name></author>	</entry>

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