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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
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		<title>指まん</title>
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				<updated>2018-11-17T06:16:45Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;垢BAN: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[ファイル:指マン.jpg|250px|thumb|指まん]]&lt;br /&gt;
'''指まん'''（ゆびまん）は、膣に指を入れたり、クリトリスを指でさわったりすること。「指まんを決める」という言い方もある。「指マン」とも書かれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
セックスの前戯でする場合もあれば、指いかせでする場合もある。指まんで入った指を、膣で締めるということもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ファッション・ヘルスで、本番禁止の場合でも、女をイカせるために、指まんを決めることもよくある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
有名写真家が、全裸のモデルの女性に撮影中に指まんをよく決めていたという話がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[手マン]]&lt;br /&gt;
* [[パンツの中に手]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ゆひまん}}&lt;br /&gt;
[[Category:性語]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>垢BAN</name></author>	</entry>

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		<title>指まん</title>
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				<updated>2018-11-17T06:12:23Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;垢BAN: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[ファイル:指マン.jpg|200px|thumb|指まん]]&lt;br /&gt;
'''指まん'''（ゆびまん）は、膣に指を入れたり、クリトリスを指でさわったりすること。「指まんを決める」という言い方もある。「指マン」とも書かれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
セックスの前戯でする場合もあれば、指いかせでする場合もある。指まんで入った指を、膣で締めるということもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ファッション・ヘルスで、本番禁止の場合でも、女をイカせるために、指まんを決めることもよくある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
有名写真家が、全裸のモデルの女性に撮影中に指まんをよく決めていたという話がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[手マン]]&lt;br /&gt;
* [[パンツの中に手]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ゆひまん}}&lt;br /&gt;
[[Category:性語]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>垢BAN</name></author>	</entry>

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		<title>手マン</title>
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				<updated>2018-11-17T06:10:28Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;垢BAN: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[ファイル:手マン.jpg|240px|thumb|手マン]]&lt;br /&gt;
'''手マン'''(てマン)とは、[[手]]や[[指]]で女性の[[内性器]]・[[外性器]]に触れる、もしくは指を挿入することを言う。もともとは[[手淫]]といい、手で行なう性的行為の全般を指したが、手淫という言葉自体が20世紀前半に[[自慰]]に言い換えられたので、1980年代後半以降の[[アダルトビデオ]]の隆盛に伴い手、もしくは指で行なう性行為という意味で用いられている俗語である。&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
女性に対して行なわれる手（指）で行なう性的行為全般のことをこう呼ぶ。[[愛撫]]との違いは性器への指の挿入、あるいは[[オルガスム]]を誘う目的の行為であるかどうかであるが、男性と異なり女性は快感を得る行為の幅が広いので必ずしも挿入が必要というわけではなく、その境界は曖昧である。類似の概念として'''[[指まん|指マン]]'''がある。指を男性器の代わりに女性器に挿入することを指マンと呼ぶ場合がある。指を挿入すると掌で女性器を包み込むような体勢になることが多く、指マンと手マンの境界もまた曖昧である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自己で行なう場合は自慰と変わらず（実際に国語辞典には手淫＝自慰と書かれている）、他人からされる場合は[[愛撫]]とそう変わらない。別称されているのはアダルトビデオのジャンルとして分類されて以降である。愛撫はどちらかと言えば性的興奮を高めるための性感帯への接触であり、手マンは性的絶頂を与えるための性器への接触・挿入という違いが、ある程度認識されている差異である。女性の裸体を（モザイクのかかっている性器周辺以外は）隠さずに、快感にあえぐ姿を描写する演出方法として用いられある程度定着している。行為の対象としては女性であるが、行なう側が男性である必要は無く、女性同士で行なっても呼称そのものは変化しない。また、同意であっても非同意であっても呼称は変わらないので特に別称する必要は無い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 画像 ==&lt;br /&gt;
* [[手マン画像]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[手コキ]]&lt;br /&gt;
*[[指まん]]&lt;br /&gt;
*[[潮吹き]]&lt;br /&gt;
*[[パンツの中に手]] &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{性}}&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:てまん}}&lt;br /&gt;
[[Category:Wikipediaで削除依頼された記事|{{PAGENAME}}]]&lt;br /&gt;
[[Category:性語]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>垢BAN</name></author>	</entry>

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		<title>指まん</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;垢BAN: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[ファイル:つぼみ 81.jpg|200px|thumb|指まん]]&lt;br /&gt;
'''指まん'''（ゆびまん）は、膣に指を入れたり、クリトリスを指でさわったりすること。「指まんを決める」という言い方もある。「指マン」とも書かれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
セックスの前戯でする場合もあれば、指いかせでする場合もある。指まんで入った指を、膣で締めるということもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ファッション・ヘルスで、本番禁止の場合でも、女をイカせるために、指まんを決めることもよくある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
有名写真家が、全裸のモデルの女性に撮影中に指まんをよく決めていたという話がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[手マン]]&lt;br /&gt;
* [[パンツの中に手]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ゆひまん}}&lt;br /&gt;
[[Category:性語]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>垢BAN</name></author>	</entry>

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		<title>指まん</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;垢BAN: /* 関連項目 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&lt;br /&gt;
[[ファイル:つぼみ 81.jpg]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''指まん'''（ゆびまん）は、膣に指を入れたり、クリトリスを指でさわったりすること。「指まんを決める」という言い方もある。「指マン」とも書かれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
セックスの前戯でする場合もあれば、指いかせでする場合もある。指まんで入った指を、膣で締めるということもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ファッション・ヘルスで、本番禁止の場合でも、女をイカせるために、指まんを決めることもよくある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
有名写真家が、全裸のモデルの女性に撮影中に指まんをよく決めていたという話がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[手マン]]&lt;br /&gt;
* [[パンツの中に手]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ゆひまん}}&lt;br /&gt;
[[Category:性語]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>垢BAN</name></author>	</entry>

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		<title>手マン</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;垢BAN: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[ファイル:つぼみ 81.jpg|240px|thumb|手マン]]&lt;br /&gt;
'''手マン'''(てマン)とは、[[手]]や[[指]]で女性の[[内性器]]・[[外性器]]に触れる、もしくは指を挿入することを言う。もともとは[[手淫]]といい、手で行なう性的行為の全般を指したが、手淫という言葉自体が20世紀前半に[[自慰]]に言い換えられたので、1980年代後半以降の[[アダルトビデオ]]の隆盛に伴い手、もしくは指で行なう性行為という意味で用いられている俗語である。&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
女性に対して行なわれる手（指）で行なう性的行為全般のことをこう呼ぶ。[[愛撫]]との違いは性器への指の挿入、あるいは[[オルガスム]]を誘う目的の行為であるかどうかであるが、男性と異なり女性は快感を得る行為の幅が広いので必ずしも挿入が必要というわけではなく、その境界は曖昧である。類似の概念として'''[[指まん|指マン]]'''がある。指を男性器の代わりに女性器に挿入することを指マンと呼ぶ場合がある。指を挿入すると掌で女性器を包み込むような体勢になることが多く、指マンと手マンの境界もまた曖昧である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自己で行なう場合は自慰と変わらず（実際に国語辞典には手淫＝自慰と書かれている）、他人からされる場合は[[愛撫]]とそう変わらない。別称されているのはアダルトビデオのジャンルとして分類されて以降である。愛撫はどちらかと言えば性的興奮を高めるための性感帯への接触であり、手マンは性的絶頂を与えるための性器への接触・挿入という違いが、ある程度認識されている差異である。女性の裸体を（モザイクのかかっている性器周辺以外は）隠さずに、快感にあえぐ姿を描写する演出方法として用いられある程度定着している。行為の対象としては女性であるが、行なう側が男性である必要は無く、女性同士で行なっても呼称そのものは変化しない。また、同意であっても非同意であっても呼称は変わらないので特に別称する必要は無い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 画像 ==&lt;br /&gt;
* [[手マン画像]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[手コキ]]&lt;br /&gt;
*[[指まん]]&lt;br /&gt;
*[[潮吹き]]&lt;br /&gt;
*[[パンツの中に手]] &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{性}}&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:てまん}}&lt;br /&gt;
[[Category:Wikipediaで削除依頼された記事|{{PAGENAME}}]]&lt;br /&gt;
[[Category:性語]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>垢BAN</name></author>	</entry>

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		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E6%8C%87%E3%83%9E%E3%83%B3&amp;diff=361663</id>
		<title>指マン</title>
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				<updated>2018-11-17T03:32:10Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;垢BAN: 手マンへの転送ページ&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;#リダイレクト [[手マン]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>垢BAN</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E5%B1%B1%E6%A0%B9%E5%81%A5%E4%B8%80&amp;diff=361661</id>
		<title>山根健一</title>
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				<updated>2018-11-17T03:25:15Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;垢BAN: /* 来歴 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''山根健一'''（ヤマネ　ケンイチ、[[1969年]][[12月27日]]生）元劇団東俳所属、元ジャニーズジュニア研修生、元暴走族総長、元任侠組織幹部、元ホスト経営者、元モデル、元任侠右翼団体会長である、元アウトロー有名人。現実業家、現スーパーヘビー級アマチュアキックボクサー&lt;br /&gt;
　身長１８０cm。Ｏ型。 神奈川県出身。　横浜市立永田台小学校、同市立永田中学校卒業、横浜市立港高校定時制卒業。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==人物==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
学歴高卒。幼少からグレ始め、以後不良の道は全て歩み、逮捕歴、逮捕件数２０件、少年時からの前歴・前科１２犯。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（その内の10種類の事件の、10件が、新聞に10回記載される。 &lt;br /&gt;
過去に逮捕され、拘留前釈放や、拘留後不起訴釈放や、 &lt;br /&gt;
拘留後処分保留釈放など、計五回の、示談なしでの無罪放免の記録。(その内二回は、執行猶予中の逮捕)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
世界一彫師である、三代目彫よしなどにて、全身の刺青を入れている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
数々の長身美人との、華麗なる交際歴も、自身のホームページやブログなどでもお馴染み。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
山根良縁大出世ジンクスや、山根悪縁大災難ジンクスなどの、超常現象が度々自身のブログで証明されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
酒・タバコ・ギャンブル・薬物を、昔から一切やらない、珍しいアウトローである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===来歴=== &lt;br /&gt;
異例経歴マルチ人間でスポーツ万能である。&lt;br /&gt;
[[1979年]]、小学校４年生～６年生まで、関東歴代（約３００チーム中）トップクラス強豪少年野球チーム、永田台少年野球部最年少エースピッチャー、横浜山元道院遠藤師範、最強武道、少林寺拳法を小学校４年～中学３年生まで習い一級茶帯を取得した。[[1983年]]に永田中学校へ進学、当時は珍しい１年で、初めてパンチパーマをかける（二日間だけ）。&lt;br /&gt;
[[1985年]]、永田中学校卒業し、横浜私立隼人高校入学するも同年自主退学した。&lt;br /&gt;
その前後、落ち着いた時期があったがメキメキと頭角を現し、日本一劇団として有名な劇団東俳へ所属した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1985年　日本一芸能プロダクション、ジャニーズ事務所研修生体験（二日間）&amp;lt;ref&amp;gt;[http://archive.is/gErvU]ジャニーズJr. 一覧 （五十音順検索）&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://archive.is/CgguB] ジャニーズJr.-ジャニーズ百科事典-Archive.is–webpage&amp;lt;/ref&amp;gt; (研修生として、ジャニーズJr.一覧(ジャニーズ百科事典)に記載&amp;lt;ref&amp;gt;[http://jpedia.web.fc2.com/jr.html] ジャニーズ百科事典・ジャニーズJr.一覧その二 &amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1986年]]港高校定時制入学(日本最大マンモス校、当時全校生徒660人)、浜連西口剣の同校の後輩からＣＢＸを購入し暴走族となる。翌年には当時としては日本一暴走族連合として有名な横浜連合淋姦強姦二代目永田一家へ入門し、僅か一年で暴走族横浜連合淋姦強姦永田一家二代目総会長となる。全日本麗心愚連盟横浜連合は当時、チームと支部を合わせると、約40チームの約1000人で構成されていた。 [[1988年]]、日本最大右翼団体大行社横浜支部行動隊として活動する傍ら、横浜西口ディスコＰＡＬＬＰＡＬＬ店員として勤めていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1989年]]暴走族横浜連合淋姦強姦永田一家総会長を引退。ＯＢとして浜連集会は、30歳まで参加した。港高校定時制リーダー(日本最大マンモス校、当時全校生徒660人)を務めていた。この年には、日本トップクラス任侠組織である[[稲川会]]三代目林一家(山際組行動隊副隊長)を脱会している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
好奇心旺盛で、長身で端正な顔立ちのために、1990年から出演のミリオン出版ヤンキーレディース伝説人気雑誌「ティーンズロード」出演している。 &lt;br /&gt;
それ以外にも翻訳家である母親譲りの血筋で作家として、「健一の定時制高校のマブだち達」をレギュラー連載コーナー ページを６ヶ月連載(当校卒業により終了)。ティーンズロードは23歳まで出演している。その他、ＴＶや雑誌などに人材を紹介や派遣をするコーディネーターもこなし、横浜東口ポルタ宝石店チャーミー田中」就職したが、同年退職している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1991年]]当時日本トップクラス、横浜最大ホストクラブ「ナイト横浜」にプレイヤーとして入店。翌年弱冠23歳で青年実業家として、横浜最年少ホストパブ「ダンディー」・ホストクラブ「ナイルクレセント」社長として独立した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1994年　モデル（東京某芸能プロダクション所属）、モデル管理監督ディレクター(会場ブースの男女のモデル達を取り仕切り、まとめる役)、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1994年　愚連隊会長、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1994年　当時日本最大最強二次団体山健組である、山健一門であった、五代目山口組二代目臥龍会井上組組員、同年脱会 &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
1996年　プロダクション退会&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1996年　初め弱冠27歳で、横浜最年少最強任侠右翼団体好健会会長(約30人)、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1996年　終り　井上組傘下櫻井総業組長の舎弟として復縁。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1998年　暴走族グループ横浜連合相談役(全日本麗心愚連盟横浜連合、浜連は全日本麗心愚連盟の &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中心グループで、全日本は当時約4000人で、浜連は当時約800人)、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1998年　数社会社顧問、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2000年　弱冠31歳で多種人種団体山根会会長として元プロキックボクサー、プロボクサー、空手有段者、柔道有段者、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元Ｊリーガーなどの格闘家や、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元、暴走族総長数人、アウトロー有名人数人、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五代目山口組三代目山健組鷲坂組系現役組員や &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五代目山口組二代目臥龍会系現役組長や組員や &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五代目山口組弘道会系現役幹部や&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元、五代目山口組古川組系組長や&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
稲川会碑文谷一家遠藤組現役組員や、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
会津小鉄会現役組員など、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全国強力任侠組織の極道達などで構成された、超武闘派極悪組織で大同団結を図り、傘下の横浜成人愚連隊、政治結社好健会、&lt;br /&gt;
政治結社魂龍会の三団体(約50人)を&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まとめていた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
過去様々な相手と数々の、喧嘩、タイマン、抗争、掛け合いに勝利し、様々な数々の、制裁加えや悪行や武勇伝や苦境や修羅場を経てきた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、様々な世界で、驚異的な人徳と人脈と経歴の持ち主。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
尚アンチ山根も存在するが、本人を支持、崇拝する多数の男女の山根派、山根信者、山根ファンが存在している人気者である。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして今回、体験談を基に自身の半生を顧みるべく執筆活動にたずさわる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
表社会裏社会の各分野を制覇し、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2003年　３４歳での刑務所入所を境に足を洗い、現在では、しっかりと更正し、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※運転回送経営(A{ア}運転回送サービス　事務所西区) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※芸能プロダクション経営(山根プロダクション　事務所西区) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※インターネット通信販売業（ネットショッパーオーク　事務所西区　代表山根企画秘書阿部 古物商許可番号第451370010631号 ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※新・中古車販売・一般修理・板金塗装・車検顧問(オートガレージ アスト 磯子区) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※（元顧問）医科器械店顧問２店(㈱増田医科器械店 本社南区　㈱東洋医科工業　本社南区　東京支社文京区) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　 同顧問・瀬谷区三ツ境横浜桐峰会病院：故・松本義峯院長 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
株式会社山根企画代表取締役社長(会社事務所：横浜西区横浜西口事務所) &lt;br /&gt;
として真面目な人生を歩んでいる。伝説の強力極悪カリスマアウトローの、偉大なる人間総合力人徳王者。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
尚、家系は、日本一超エリート有名一族の山根・後藤一族で、先祖代々、東京大学出身が多く、母方が鉄道省局長であり、全国私鉄経営者連盟代表の財界人の&lt;br /&gt;
故・後藤悌次であり、 &lt;br /&gt;
父方は、当時日本一の資産家で、故・山根銀一や、その実弟の日本一有名音楽評論家の故・山根銀二である。 &lt;br /&gt;
他には親戚にあの元ペルー大使の青木盛久がいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『父方の、先祖代々山根一族　系統図一覧表』&lt;br /&gt;
◎長男故人山根銀一（東京大学出身、元、工業倶楽部最高役員、当時の日本全国&lt;br /&gt;
日本一の金持ち、娘３女が元、ペルー大使青木盛久の妻）&lt;br /&gt;
◎二男　故人山根銀二（東京大学出身、元、日本一有名音楽評論家）&lt;br /&gt;
◎三男　故人山根銀三郎（慶応大学出身、元、会計士、健一の祖父）&lt;br /&gt;
◎四男　故人山根銀五郎（東京大学出身、元、九州の大学教授）&lt;br /&gt;
◎五男　故人山根銀六郎（東京大学出身、元、東京計器）&lt;br /&gt;
◎六男　故人山根銀七郎（東京大学出身、元、科学者）&lt;br /&gt;
三男銀三郎と中学校教師だった祖母の息子が、&lt;br /&gt;
◎健一の故人父ヒデトシ（東京の高校時代、ヨット選手で全国大会出場、慶応大学出身、元、三井グループ勤務、元、従業員約１００名本牧の海運会社取締役）&lt;br /&gt;
◎ヒデトシ実姉ミナコ（中国人の学者博士と結婚し、アメリカサンディエゴに永久在住）&lt;br /&gt;
◎ヒデトシ実弟マサトシ（元、世界トップクラスの大手会社勤務、元、スキーインストラクター）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『母方の、後藤一族一覧表　西東京市（旧保谷市）東伏見　集結在住』&lt;br /&gt;
◎健一の故・祖父(母方)は（医者）&lt;br /&gt;
その祖父の医者の妻であった、故人祖母の子供が５人兄弟で、&lt;br /&gt;
まず娘が、&lt;br /&gt;
◎健一の母四女朋子（青山学院大学英米文学科出身、元、翻訳家、元、自宅英語、ピアノ講師）&lt;br /&gt;
◎故人長男マサヒロ（開業医）&lt;br /&gt;
◎長女レイコ（元、東京某短期大学の教授）&lt;br /&gt;
◎二女キョウコの娘二女ジュンコ（元、スチュワーデスＣＡ）&lt;br /&gt;
◎マサヒロの息子長男ユタカ（現役医者）&lt;br /&gt;
二男ツカネ（現役開業医）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
健一の実弟は、４歳下で、早稲田大学出身で、タレント兼カリスマコピーライター糸井重里氏の会社に４年間勤めて、現在青山に会社事務所を構える社長である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
尚、作者と本人の因果関係は不明だが、横浜暴走族伝説の漫画『特攻の拓』のマー坊（鮎川真里）のモデルとも言われており、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ルックス（身長だけ違う)、丁寧な喋り方、普段は穏やかだがキレるとイケイケな性格、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
横浜暴走族総長、レディース達の憧れ、横浜の高校のカリスマ、弱い者イジメをしない、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
薬物大嫌い、甘党、などなど、全て瓜二つでソックリと言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な出演歴 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===メディア出演歴=== &lt;br /&gt;
【雑誌・写真集】&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1989年月刊チャンプロード &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1989年月刊投稿ライダー &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1989年かっ跳びチューニング写真集 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1991年月刊ティーンズロード（レギュラー出演） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1994年年月刊ＧＯＮ！（横浜の七色仮面　山根健一特集）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1994年週間プレイボーイ（世界一お洒落な横浜暴走族　山根健一特集）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1999年月刊ＢＵＲＳＴ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2000年吉永マサユキ写真集（申し訳ございません）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・2000年ファッション雑誌ＴＨＲＩＬＬ&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・2000年全世界発行有名雑誌ＣＯＬＯＲＳに日本代表映像として出演 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2014年週刊FRIDAY（関係者事件取材）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2014年サンデー毎日（関係者事件取材）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2016年週刊FLASH （エグザイルリーダー兼ＬＤＨ社長　ＨＩＲＯ（五十嵐広行）特集　ツーショットによる、便乗掲載）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【ビデオ】&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1994年暴走列島１９９４ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1994年ザ・レディース暴走紅烈伝&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
【テレビ】&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1986年ドラマ桃尻娘 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1992年NHK薬物特集報道番組(山根本人と後輩達でシンナーについて語る) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1993年フジテレビ笑っていいとも（昔ヤンキーに見えないコンテスト優勝で瞬間最高視聴率３０.７%を記録。ビデオリサーチ調べ）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1993年その後チャンピオン大会出場 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1994年ＴＢＳ明るい改造計画(ゴールデンタイム放映。レディース総長の憧れの先輩）として出演 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2014年テレビ朝日スーパーＪチャンネル（関係者事件電話取材出演）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【モデル】&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
･1995年お台場国際展示場(フィッティングモデル)&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
･1995年幕張メッセ(フィッティングモデル) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
･1995年モデル管理監督ディレクター(会場ブースの男女のモデル達を取り仕切り、まとめる役)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==資格==&lt;br /&gt;
横浜山元道院遠藤師範少林寺拳法を小学校４、５年生～中学３年生まで習い一級茶帯取得。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
(小学生から入門の場合は、無級からスタートで、次が八級からであり、白、黄、緑、茶、黒帯の順番である。中学３年生最高取得限度は二段黒帯の為、本人は第３位取得記録）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・原付・普通自動二輪・普通自動車・普通二種免許&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・[[2016年]][[5月13日]]46歳から、より総合強化とメタボ対策により、横浜東口エイワキックボクシンググループエイワ金融会社が、元スポンサーだった、日本トップクラス&lt;br /&gt;
ボクシングジムの、横浜西口大橋ジムの前身である、その横浜東口エイワキックボクシングジムにて、キックボクシングも始める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==その他==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・16歳から角松敏生の大ファンであり、角松凍結解凍前の曲を好み、自称世界一の角松ファンと豪語する程の角松フリークでもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
･趣味は海魚釣り&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・インターネット掲示板【2ちゃんねる】内の『アウトロー板』にて、約１７年間において、個人スレッド数と、掲示板レス数世界記録が続いており、時には、炎上もしてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『面識あり（一期一会も含む）や、仲良しや、関係者である著名人・芸能人・プロスポーツ選手』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジャニー喜多川・タモリ・研ナオコ・今田耕治・諸星和己・五十嵐ＨＩＲＯ（エグザイルリーダー）・斉藤由貴・斉藤隆治・&lt;br /&gt;
清水宏次朗・哀川翔・あべこうじ・飯島愛・篠原涼子・ももいろクローバーＺ高城れに・高田万由子・関根勤・勝俣州和・&lt;br /&gt;
堀部圭亮・宮川一郎太・柳沢慎吾・Def TechのMicro（マイクロ、本名：西宮佑騎）・黒沢博（ヒロシ＆キーボー）・紺野樹里（Ｔ－ＢＡＣＫＳ）・山口まなみ（80年代グラビアタレント）・セクシーアイドルグループいじめっ子倶楽部（ブレンダ・木戸こずえ）・比嘉ひとみ（セクシーアイドルグループ「シーエックス」）・山口初夏（80年代グラビアタレント）・Ｂ・Ｃ・Ｇ・かすみりさ（アイドルグループ元恵比寿マスカッツメンバーで現在ＡＶ&lt;br /&gt;
女優）・三条みく（ＡＶ女優）・前薗小百合（元セクシーアイドル、当時ジャニーズジュニア前薗宏一郎の実妹）・島田珠代・友成好宏（角松敏生専属バックバンド&lt;br /&gt;
キーボード）・少年忍者・前薗宏一郎（当時ジャニーズジュニア）・佐藤正人（元、ジャニーズジュニア）・大内（当時ジャニーズジュニア）･木村木（Ｖシネマ&lt;br /&gt;
俳優）・サニー北野(歌手)・倉持明(元ロッテオリオンズピッチャー、現、野球解説者)であり、元、ＡＫＢ48で現在タレント倉持明日香の父親）・遠藤一彦（元、横浜大洋ホエールズエースピッチャー）・松岡功佑（元横浜大洋ホエールズ内野手）・内藤雄太（元、横浜ベイスターズ内野手）・副島孔太（元、ヤクルトスワローズ）・&lt;br /&gt;
吉村禎章（元、読売ジャイアンツ外野手、現、一軍総合打撃コーチ）・デーブ大久保（元読売ジャイアンツ内野手、元、東北楽天ゴールデンーイーグルス監督、現、野球解説者、&lt;br /&gt;
タレント）・ラフィーニャ（横浜Ｆマリノス）・昆奈緒（永田中学出身元タレント）・バンドＬｉＬｉ（ミユキ）・六ッ川姉妹（ダンスユニット）・吉江豊（プロレスラー）・田端&lt;br /&gt;
信之（プロボクサー元、日本ウエルター級チャンピオン）・竹迫望美（元、女子プロレスラーアイドル）&lt;br /&gt;
・ビーバップハイスクールパート２～５愛徳高校大前均太郎役上野・パート５・６立花高校番長菊永役高橋・パート２城東高校副番長テル役白井光浩・パート6極東高校生徒役内田&lt;br /&gt;
ショウゴ・志藤健（東証一部上場　株式会社ヨロズ代表取締役社長 ）・井手大介（DJ、MC、モデル、ミュージシャン ）・杉山れおな（山根プロダクション所属グラビアアイドル）　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==典拠・注釈==&lt;br /&gt;
 &amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
•山根健一 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1969年12月27日生まれ。横浜市南区永田出身。O型。元「劇団東俳」所属（1986年時）。 3歳年下の劇団の同僚・大内（後に「十川 （そがわ）」姓に改名）が&lt;br /&gt;
ジャニーズJr.になったため、 山根も大内を通じて16歳の時にジャニーズの合宿所に一泊だけし、ダンスレッスンも一度だけだが体験した（1986年時）。 &lt;br /&gt;
 同じ1986年には、劇団東俳の仕事で単発ドラマ『桃尻娘』（1986年2月27日、フジテレビ）にもエキストラ出演した。 （同ドラマの続編『帰って来た桃尻娘』&lt;br /&gt;
（1986年8月28日）には三好圭一が出演） この頃、地元池袋の、山根と同じ年の、当時グラビアタレントだった、山口まなみと交際してた。&lt;br /&gt;
 横浜市立永田台小学校、同市立永田中学校、そして私立横浜隼人高校を経て、 横浜市立港商業高校（定時制）を卒業。（港商業高校では2歳下の後輩にジャニーズJr.の佐藤正人も在籍。[1]） &lt;br /&gt;
その後、1993年（23歳時）に横浜市中区にてホストクラブ「DANDY」と「ナイルクレセント」を一時経営。 この両店では、ジャニーズのダンスレッスン体験の際に&lt;br /&gt;
出会って以来親しくなっていた元Jr.の前薗宏一郎も、副社長 兼 ホストとして勤務していた。 [2]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
* [http://yamane1227.blog.fc2.com/ 山根健一ブログ]（規約違反で凍結）&lt;br /&gt;
* [http://yamanekenichi.blog.fc2.com/ 山根健一オフィシャルブログ]&lt;br /&gt;
* [http://yamanekenichi.web.fc2.com/ 自伝本「修羅の青春記」ホームページ]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:やまね けんいち}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の実業家]]&lt;br /&gt;
[[Category:1969年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:神奈川県出身の人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>垢BAN</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E5%B1%B1%E6%A0%B9%E5%81%A5%E4%B8%80&amp;diff=361660</id>
		<title>山根健一</title>
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				<updated>2018-11-17T03:23:52Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;垢BAN: /* 来歴 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''山根健一'''（ヤマネ　ケンイチ、[[1969年]][[12月27日]]生）元劇団東俳所属、元ジャニーズジュニア研修生、元暴走族総長、元任侠組織幹部、元ホスト経営者、元モデル、元任侠右翼団体会長である、元アウトロー有名人。現実業家、現スーパーヘビー級アマチュアキックボクサー&lt;br /&gt;
　身長１８０cm。Ｏ型。 神奈川県出身。　横浜市立永田台小学校、同市立永田中学校卒業、横浜市立港高校定時制卒業。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==人物==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
学歴高卒。幼少からグレ始め、以後不良の道は全て歩み、逮捕歴、逮捕件数２０件、少年時からの前歴・前科１２犯。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（その内の10種類の事件の、10件が、新聞に10回記載される。 &lt;br /&gt;
過去に逮捕され、拘留前釈放や、拘留後不起訴釈放や、 &lt;br /&gt;
拘留後処分保留釈放など、計五回の、示談なしでの無罪放免の記録。(その内二回は、執行猶予中の逮捕)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
世界一彫師である、三代目彫よしなどにて、全身の刺青を入れている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
数々の長身美人との、華麗なる交際歴も、自身のホームページやブログなどでもお馴染み。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
山根良縁大出世ジンクスや、山根悪縁大災難ジンクスなどの、超常現象が度々自身のブログで証明されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
酒・タバコ・ギャンブル・薬物を、昔から一切やらない、珍しいアウトローである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===来歴=== &lt;br /&gt;
異例経歴マルチ人間でスポーツ万能である。&lt;br /&gt;
[[1979年]]、小学校４年生～６年生まで、関東歴代（約３００チーム中）トップクラス強豪少年野球チーム、永田台少年野球部最年少エースピッチャー、横浜山元道院遠藤師範、最強武道、少林寺拳法を小学校４年～中学３年生まで習い一級茶帯を取得した。[[1983年]]に永田中学校へ進学、当時は珍しい１年で、初めてパンチパーマをかける（二日間だけ）。&lt;br /&gt;
[[1985年]]、永田中学校卒業し、横浜私立隼人高校入学するも同年自主退学した。&lt;br /&gt;
その前後、落ち着いた時期があったがメキメキと頭角を現し、日本一劇団として有名な劇団東俳へ所属した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1985年　日本一芸能プロダクション、ジャニーズ事務所研修生体験（二日間）&amp;lt;ref&amp;gt;[http://archive.is/gErvU]ジャニーズJr. 一覧 （五十音順検索）&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://archive.is/CgguB] ジャニーズJr.-ジャニーズ百科事典-Archive.is–webpage&amp;lt;/ref&amp;gt; (研修生として、ジャニーズJr.一覧(ジャニーズ百科事典)に記載&amp;lt;ref&amp;gt;[http://jpedia.web.fc2.com/jr.html] ジャニーズ百科事典・ジャニーズJr.一覧その二 &amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1986年]]港高校定時制入学(日本最大マンモス校、当時全校生徒660人)、浜連西口剣の同校の後輩からＣＢＸを購入し暴走族となる。翌年には当時としては日本一暴走族連合として有名な横浜連合淋姦強姦二代目永田一家へ入門し、僅か一年で暴走族横浜連合淋姦強姦永田一家二代目総会長となる。全日本麗心愚連盟横浜連合は当時、チームと支部を合わせると、約40チームの約1000人で構成されていた。 [[1988年]]、日本最大右翼団体大行社横浜支部行動隊として活動する傍ら、横浜西口ディスコＰＡＬＬＰＡＬＬ店員として勤めていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1989年]]暴走族横浜連合淋姦強姦永田一家総会長を引退。ＯＢとして浜連集会は、30歳まで参加した。港高校定時制リーダー(日本最大マンモス校、当時全校生徒660人)を務めていた。この年には、日本トップクラス任侠組織である[[稲川会]]三代目林一家(山際組行動隊副隊長)を脱会している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
好奇心旺盛で、長身で端正な顔立ちのために、1990年から出演のミリオン出版ヤンキーレディース伝説人気雑誌「ティーンズロード」出演している。 &lt;br /&gt;
それ以外にも翻訳家である母親譲りの血筋で作家として、「健一の定時制高校のマブだち達」をレギュラー連載コーナー ページを６ヶ月連載(当校卒業により終了)。ティーンズロードは23歳まで出演している。その他、ＴＶや雑誌などに人材を紹介や派遣をするコーディネーターもこなし、横浜東口ポルタ宝石店チャーミー田中」就職したが、同年退職している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1991年　当時日本トップクラス、横浜最大ホストクラブ「ナイト横浜」にプレイヤーとして入店。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1992年　弱冠23歳で青年実業家として、横浜最年少ホストパブ「ダンディー」・ホストクラブ「ナイルクレセント」社長として &lt;br /&gt;
独立し、店を経営し(約15人)、同年逮捕により閉鎖。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1994年　モデル（東京某芸能プロダクション所属）、モデル管理監督ディレクター(会場ブースの男女のモデル達を取り仕切り、まとめる役)、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1994年　愚連隊会長、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1994年　当時日本最大最強二次団体山健組である、山健一門であった、五代目山口組二代目臥龍会井上組組員、同年脱会 &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
1996年　プロダクション退会&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1996年　初め弱冠27歳で、横浜最年少最強任侠右翼団体好健会会長(約30人)、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1996年　終り　井上組傘下櫻井総業組長の舎弟として復縁。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1998年　暴走族グループ横浜連合相談役(全日本麗心愚連盟横浜連合、浜連は全日本麗心愚連盟の &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中心グループで、全日本は当時約4000人で、浜連は当時約800人)、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1998年　数社会社顧問、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2000年　弱冠31歳で多種人種団体山根会会長として元プロキックボクサー、プロボクサー、空手有段者、柔道有段者、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元Ｊリーガーなどの格闘家や、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元、暴走族総長数人、アウトロー有名人数人、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五代目山口組三代目山健組鷲坂組系現役組員や &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五代目山口組二代目臥龍会系現役組長や組員や &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五代目山口組弘道会系現役幹部や&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元、五代目山口組古川組系組長や&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
稲川会碑文谷一家遠藤組現役組員や、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
会津小鉄会現役組員など、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全国強力任侠組織の極道達などで構成された、超武闘派極悪組織で大同団結を図り、傘下の横浜成人愚連隊、政治結社好健会、&lt;br /&gt;
政治結社魂龍会の三団体(約50人)を&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まとめていた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
過去様々な相手と数々の、喧嘩、タイマン、抗争、掛け合いに勝利し、様々な数々の、制裁加えや悪行や武勇伝や苦境や修羅場を経てきた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、様々な世界で、驚異的な人徳と人脈と経歴の持ち主。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
尚アンチ山根も存在するが、本人を支持、崇拝する多数の男女の山根派、山根信者、山根ファンが存在している人気者である。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして今回、体験談を基に自身の半生を顧みるべく執筆活動にたずさわる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
表社会裏社会の各分野を制覇し、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2003年　３４歳での刑務所入所を境に足を洗い、現在では、しっかりと更正し、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※運転回送経営(A{ア}運転回送サービス　事務所西区) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※芸能プロダクション経営(山根プロダクション　事務所西区) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※インターネット通信販売業（ネットショッパーオーク　事務所西区　代表山根企画秘書阿部 古物商許可番号第451370010631号 ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※新・中古車販売・一般修理・板金塗装・車検顧問(オートガレージ アスト 磯子区) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※（元顧問）医科器械店顧問２店(㈱増田医科器械店 本社南区　㈱東洋医科工業　本社南区　東京支社文京区) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　 同顧問・瀬谷区三ツ境横浜桐峰会病院：故・松本義峯院長 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
株式会社山根企画代表取締役社長(会社事務所：横浜西区横浜西口事務所) &lt;br /&gt;
として真面目な人生を歩んでいる。伝説の強力極悪カリスマアウトローの、偉大なる人間総合力人徳王者。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
尚、家系は、日本一超エリート有名一族の山根・後藤一族で、先祖代々、東京大学出身が多く、母方が鉄道省局長であり、全国私鉄経営者連盟代表の財界人の&lt;br /&gt;
故・後藤悌次であり、 &lt;br /&gt;
父方は、当時日本一の資産家で、故・山根銀一や、その実弟の日本一有名音楽評論家の故・山根銀二である。 &lt;br /&gt;
他には親戚にあの元ペルー大使の青木盛久がいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『父方の、先祖代々山根一族　系統図一覧表』&lt;br /&gt;
◎長男故人山根銀一（東京大学出身、元、工業倶楽部最高役員、当時の日本全国&lt;br /&gt;
日本一の金持ち、娘３女が元、ペルー大使青木盛久の妻）&lt;br /&gt;
◎二男　故人山根銀二（東京大学出身、元、日本一有名音楽評論家）&lt;br /&gt;
◎三男　故人山根銀三郎（慶応大学出身、元、会計士、健一の祖父）&lt;br /&gt;
◎四男　故人山根銀五郎（東京大学出身、元、九州の大学教授）&lt;br /&gt;
◎五男　故人山根銀六郎（東京大学出身、元、東京計器）&lt;br /&gt;
◎六男　故人山根銀七郎（東京大学出身、元、科学者）&lt;br /&gt;
三男銀三郎と中学校教師だった祖母の息子が、&lt;br /&gt;
◎健一の故人父ヒデトシ（東京の高校時代、ヨット選手で全国大会出場、慶応大学出身、元、三井グループ勤務、元、従業員約１００名本牧の海運会社取締役）&lt;br /&gt;
◎ヒデトシ実姉ミナコ（中国人の学者博士と結婚し、アメリカサンディエゴに永久在住）&lt;br /&gt;
◎ヒデトシ実弟マサトシ（元、世界トップクラスの大手会社勤務、元、スキーインストラクター）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『母方の、後藤一族一覧表　西東京市（旧保谷市）東伏見　集結在住』&lt;br /&gt;
◎健一の故・祖父(母方)は（医者）&lt;br /&gt;
その祖父の医者の妻であった、故人祖母の子供が５人兄弟で、&lt;br /&gt;
まず娘が、&lt;br /&gt;
◎健一の母四女朋子（青山学院大学英米文学科出身、元、翻訳家、元、自宅英語、ピアノ講師）&lt;br /&gt;
◎故人長男マサヒロ（開業医）&lt;br /&gt;
◎長女レイコ（元、東京某短期大学の教授）&lt;br /&gt;
◎二女キョウコの娘二女ジュンコ（元、スチュワーデスＣＡ）&lt;br /&gt;
◎マサヒロの息子長男ユタカ（現役医者）&lt;br /&gt;
二男ツカネ（現役開業医）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
健一の実弟は、４歳下で、早稲田大学出身で、タレント兼カリスマコピーライター糸井重里氏の会社に４年間勤めて、現在青山に会社事務所を構える社長である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
尚、作者と本人の因果関係は不明だが、横浜暴走族伝説の漫画『特攻の拓』のマー坊（鮎川真里）のモデルとも言われており、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ルックス（身長だけ違う)、丁寧な喋り方、普段は穏やかだがキレるとイケイケな性格、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
横浜暴走族総長、レディース達の憧れ、横浜の高校のカリスマ、弱い者イジメをしない、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
薬物大嫌い、甘党、などなど、全て瓜二つでソックリと言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な出演歴 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===メディア出演歴=== &lt;br /&gt;
【雑誌・写真集】&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1989年月刊チャンプロード &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1989年月刊投稿ライダー &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1989年かっ跳びチューニング写真集 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1991年月刊ティーンズロード（レギュラー出演） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1994年年月刊ＧＯＮ！（横浜の七色仮面　山根健一特集）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1994年週間プレイボーイ（世界一お洒落な横浜暴走族　山根健一特集）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1999年月刊ＢＵＲＳＴ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2000年吉永マサユキ写真集（申し訳ございません）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・2000年ファッション雑誌ＴＨＲＩＬＬ&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・2000年全世界発行有名雑誌ＣＯＬＯＲＳに日本代表映像として出演 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2014年週刊FRIDAY（関係者事件取材）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2014年サンデー毎日（関係者事件取材）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2016年週刊FLASH （エグザイルリーダー兼ＬＤＨ社長　ＨＩＲＯ（五十嵐広行）特集　ツーショットによる、便乗掲載）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【ビデオ】&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1994年暴走列島１９９４ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1994年ザ・レディース暴走紅烈伝&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
【テレビ】&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1986年ドラマ桃尻娘 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1992年NHK薬物特集報道番組(山根本人と後輩達でシンナーについて語る) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1993年フジテレビ笑っていいとも（昔ヤンキーに見えないコンテスト優勝で瞬間最高視聴率３０.７%を記録。ビデオリサーチ調べ）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1993年その後チャンピオン大会出場 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1994年ＴＢＳ明るい改造計画(ゴールデンタイム放映。レディース総長の憧れの先輩）として出演 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2014年テレビ朝日スーパーＪチャンネル（関係者事件電話取材出演）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【モデル】&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
･1995年お台場国際展示場(フィッティングモデル)&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
･1995年幕張メッセ(フィッティングモデル) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
･1995年モデル管理監督ディレクター(会場ブースの男女のモデル達を取り仕切り、まとめる役)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==資格==&lt;br /&gt;
横浜山元道院遠藤師範少林寺拳法を小学校４、５年生～中学３年生まで習い一級茶帯取得。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
(小学生から入門の場合は、無級からスタートで、次が八級からであり、白、黄、緑、茶、黒帯の順番である。中学３年生最高取得限度は二段黒帯の為、本人は第３位取得記録）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・原付・普通自動二輪・普通自動車・普通二種免許&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・[[2016年]][[5月13日]]46歳から、より総合強化とメタボ対策により、横浜東口エイワキックボクシンググループエイワ金融会社が、元スポンサーだった、日本トップクラス&lt;br /&gt;
ボクシングジムの、横浜西口大橋ジムの前身である、その横浜東口エイワキックボクシングジムにて、キックボクシングも始める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==その他==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・16歳から角松敏生の大ファンであり、角松凍結解凍前の曲を好み、自称世界一の角松ファンと豪語する程の角松フリークでもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
･趣味は海魚釣り&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・インターネット掲示板【2ちゃんねる】内の『アウトロー板』にて、約１７年間において、個人スレッド数と、掲示板レス数世界記録が続いており、時には、炎上もしてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『面識あり（一期一会も含む）や、仲良しや、関係者である著名人・芸能人・プロスポーツ選手』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジャニー喜多川・タモリ・研ナオコ・今田耕治・諸星和己・五十嵐ＨＩＲＯ（エグザイルリーダー）・斉藤由貴・斉藤隆治・&lt;br /&gt;
清水宏次朗・哀川翔・あべこうじ・飯島愛・篠原涼子・ももいろクローバーＺ高城れに・高田万由子・関根勤・勝俣州和・&lt;br /&gt;
堀部圭亮・宮川一郎太・柳沢慎吾・Def TechのMicro（マイクロ、本名：西宮佑騎）・黒沢博（ヒロシ＆キーボー）・紺野樹里（Ｔ－ＢＡＣＫＳ）・山口まなみ（80年代グラビアタレント）・セクシーアイドルグループいじめっ子倶楽部（ブレンダ・木戸こずえ）・比嘉ひとみ（セクシーアイドルグループ「シーエックス」）・山口初夏（80年代グラビアタレント）・Ｂ・Ｃ・Ｇ・かすみりさ（アイドルグループ元恵比寿マスカッツメンバーで現在ＡＶ&lt;br /&gt;
女優）・三条みく（ＡＶ女優）・前薗小百合（元セクシーアイドル、当時ジャニーズジュニア前薗宏一郎の実妹）・島田珠代・友成好宏（角松敏生専属バックバンド&lt;br /&gt;
キーボード）・少年忍者・前薗宏一郎（当時ジャニーズジュニア）・佐藤正人（元、ジャニーズジュニア）・大内（当時ジャニーズジュニア）･木村木（Ｖシネマ&lt;br /&gt;
俳優）・サニー北野(歌手)・倉持明(元ロッテオリオンズピッチャー、現、野球解説者)であり、元、ＡＫＢ48で現在タレント倉持明日香の父親）・遠藤一彦（元、横浜大洋ホエールズエースピッチャー）・松岡功佑（元横浜大洋ホエールズ内野手）・内藤雄太（元、横浜ベイスターズ内野手）・副島孔太（元、ヤクルトスワローズ）・&lt;br /&gt;
吉村禎章（元、読売ジャイアンツ外野手、現、一軍総合打撃コーチ）・デーブ大久保（元読売ジャイアンツ内野手、元、東北楽天ゴールデンーイーグルス監督、現、野球解説者、&lt;br /&gt;
タレント）・ラフィーニャ（横浜Ｆマリノス）・昆奈緒（永田中学出身元タレント）・バンドＬｉＬｉ（ミユキ）・六ッ川姉妹（ダンスユニット）・吉江豊（プロレスラー）・田端&lt;br /&gt;
信之（プロボクサー元、日本ウエルター級チャンピオン）・竹迫望美（元、女子プロレスラーアイドル）&lt;br /&gt;
・ビーバップハイスクールパート２～５愛徳高校大前均太郎役上野・パート５・６立花高校番長菊永役高橋・パート２城東高校副番長テル役白井光浩・パート6極東高校生徒役内田&lt;br /&gt;
ショウゴ・志藤健（東証一部上場　株式会社ヨロズ代表取締役社長 ）・井手大介（DJ、MC、モデル、ミュージシャン ）・杉山れおな（山根プロダクション所属グラビアアイドル）　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==典拠・注釈==&lt;br /&gt;
 &amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
•山根健一 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1969年12月27日生まれ。横浜市南区永田出身。O型。元「劇団東俳」所属（1986年時）。 3歳年下の劇団の同僚・大内（後に「十川 （そがわ）」姓に改名）が&lt;br /&gt;
ジャニーズJr.になったため、 山根も大内を通じて16歳の時にジャニーズの合宿所に一泊だけし、ダンスレッスンも一度だけだが体験した（1986年時）。 &lt;br /&gt;
 同じ1986年には、劇団東俳の仕事で単発ドラマ『桃尻娘』（1986年2月27日、フジテレビ）にもエキストラ出演した。 （同ドラマの続編『帰って来た桃尻娘』&lt;br /&gt;
（1986年8月28日）には三好圭一が出演） この頃、地元池袋の、山根と同じ年の、当時グラビアタレントだった、山口まなみと交際してた。&lt;br /&gt;
 横浜市立永田台小学校、同市立永田中学校、そして私立横浜隼人高校を経て、 横浜市立港商業高校（定時制）を卒業。（港商業高校では2歳下の後輩にジャニーズJr.の佐藤正人も在籍。[1]） &lt;br /&gt;
その後、1993年（23歳時）に横浜市中区にてホストクラブ「DANDY」と「ナイルクレセント」を一時経営。 この両店では、ジャニーズのダンスレッスン体験の際に&lt;br /&gt;
出会って以来親しくなっていた元Jr.の前薗宏一郎も、副社長 兼 ホストとして勤務していた。 [2]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
* [http://yamane1227.blog.fc2.com/ 山根健一ブログ]（規約違反で凍結）&lt;br /&gt;
* [http://yamanekenichi.blog.fc2.com/ 山根健一オフィシャルブログ]&lt;br /&gt;
* [http://yamanekenichi.web.fc2.com/ 自伝本「修羅の青春記」ホームページ]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:やまね けんいち}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の実業家]]&lt;br /&gt;
[[Category:1969年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:神奈川県出身の人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>垢BAN</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E5%B1%B1%E6%A0%B9%E5%81%A5%E4%B8%80&amp;diff=361659</id>
		<title>山根健一</title>
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				<updated>2018-11-17T03:17:45Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;垢BAN: /* 来歴 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''山根健一'''（ヤマネ　ケンイチ、[[1969年]][[12月27日]]生）元劇団東俳所属、元ジャニーズジュニア研修生、元暴走族総長、元任侠組織幹部、元ホスト経営者、元モデル、元任侠右翼団体会長である、元アウトロー有名人。現実業家、現スーパーヘビー級アマチュアキックボクサー&lt;br /&gt;
　身長１８０cm。Ｏ型。 神奈川県出身。　横浜市立永田台小学校、同市立永田中学校卒業、横浜市立港高校定時制卒業。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==人物==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
学歴高卒。幼少からグレ始め、以後不良の道は全て歩み、逮捕歴、逮捕件数２０件、少年時からの前歴・前科１２犯。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（その内の10種類の事件の、10件が、新聞に10回記載される。 &lt;br /&gt;
過去に逮捕され、拘留前釈放や、拘留後不起訴釈放や、 &lt;br /&gt;
拘留後処分保留釈放など、計五回の、示談なしでの無罪放免の記録。(その内二回は、執行猶予中の逮捕)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
世界一彫師である、三代目彫よしなどにて、全身の刺青を入れている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
数々の長身美人との、華麗なる交際歴も、自身のホームページやブログなどでもお馴染み。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
山根良縁大出世ジンクスや、山根悪縁大災難ジンクスなどの、超常現象が度々自身のブログで証明されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
酒・タバコ・ギャンブル・薬物を、昔から一切やらない、珍しいアウトローである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===来歴=== &lt;br /&gt;
異例経歴マルチ人間でスポーツ万能である。&lt;br /&gt;
[[1979年]]、小学校４年生～６年生まで、関東歴代（約３００チーム中）トップクラス強豪少年野球チーム、永田台少年野球部最年少エースピッチャー、横浜山元道院遠藤師範、最強武道、少林寺拳法を小学校４年～中学３年生まで習い一級茶帯を取得した。[[1983年]]に永田中学校へ進学、当時は珍しい１年で、初めてパンチパーマをかける（二日間だけ）。&lt;br /&gt;
[[1985年]]、永田中学校卒業し、横浜私立隼人高校入学するも同年自主退学した。&lt;br /&gt;
その前後、落ち着いた時期があったがメキメキと頭角を現し、日本一劇団として有名な劇団東俳へ所属した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1985年　日本一芸能プロダクション、ジャニーズ事務所研修生体験（二日間）&amp;lt;ref&amp;gt;[http://archive.is/gErvU]ジャニーズJr. 一覧 （五十音順検索）&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://archive.is/CgguB] ジャニーズJr.-ジャニーズ百科事典-Archive.is–webpage&amp;lt;/ref&amp;gt; (研修生として、ジャニーズJr.一覧(ジャニーズ百科事典)に記載&amp;lt;ref&amp;gt;[http://jpedia.web.fc2.com/jr.html] ジャニーズ百科事典・ジャニーズJr.一覧その二 &amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1986年]]港高校定時制入学(日本最大マンモス校、当時全校生徒660人)、浜連西口剣の同校の後輩からＣＢＸを購入し暴走族となる。翌年には当時としては日本一暴走族連合として有名な横浜連合淋姦強姦二代目永田一家へ入門し、僅か一年で暴走族横浜連合淋姦強姦永田一家二代目総会長となる。全日本麗心愚連盟横浜連合は当時、チームと支部を合わせると、約40チームの約1000人で構成されていた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1988年初め　日本最大右翼団体大行社横浜支部行動隊、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1988年終わり　横浜西口ディスコＰＡＬＬＰＡＬＬ店員 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1989年　暴走族横浜連合淋姦強姦永田一家総会長引退。ＯＢとして浜連集会は、たまに３０歳まで参加する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1989年　港高校定時制リーダー(日本最大マンモス校、当時全校生徒660人)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1989　日本トップクラス任侠組織、稲川会三代目林一家(山際組行動隊副隊長)同年脱会。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
など10代や20歳で経験すると共に、好奇心旺盛で、長身で端正な顔立ちのために、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1990年から出演の、ミリオン出版ヤンキーレディース伝説人気雑誌「ティーンズロード」出演。 &lt;br /&gt;
翻訳家である母親譲りの血筋で、ライター、作家として、「健一の定時制高校のマブだち達」をレギュラー連載コーナー &lt;br /&gt;
ページを６ヶ月連載。当校卒業により終了。ティーンズロードは23歳まで出演。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その他、ＴＶや雑誌などに人材を紹介や派遣をするコーディネーターもこなし、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1990年　横浜東口ポルタ宝石店チャーミー田中」就職入店。同年退店。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1991年　当時日本トップクラス、横浜最大ホストクラブ「ナイト横浜」にプレイヤーとして入店。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1992年　弱冠23歳で青年実業家として、横浜最年少ホストパブ「ダンディー」・ホストクラブ「ナイルクレセント」社長として &lt;br /&gt;
独立し、店を経営し(約15人)、同年逮捕により閉鎖。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1994年　モデル（東京某芸能プロダクション所属）、モデル管理監督ディレクター(会場ブースの男女のモデル達を取り仕切り、まとめる役)、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1994年　愚連隊会長、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1994年　当時日本最大最強二次団体山健組である、山健一門であった、五代目山口組二代目臥龍会井上組組員、同年脱会 &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
1996年　プロダクション退会&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1996年　初め弱冠27歳で、横浜最年少最強任侠右翼団体好健会会長(約30人)、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1996年　終り　井上組傘下櫻井総業組長の舎弟として復縁。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1998年　暴走族グループ横浜連合相談役(全日本麗心愚連盟横浜連合、浜連は全日本麗心愚連盟の &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中心グループで、全日本は当時約4000人で、浜連は当時約800人)、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1998年　数社会社顧問、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2000年　弱冠31歳で多種人種団体山根会会長として元プロキックボクサー、プロボクサー、空手有段者、柔道有段者、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元Ｊリーガーなどの格闘家や、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元、暴走族総長数人、アウトロー有名人数人、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五代目山口組三代目山健組鷲坂組系現役組員や &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五代目山口組二代目臥龍会系現役組長や組員や &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五代目山口組弘道会系現役幹部や&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元、五代目山口組古川組系組長や&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
稲川会碑文谷一家遠藤組現役組員や、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
会津小鉄会現役組員など、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全国強力任侠組織の極道達などで構成された、超武闘派極悪組織で大同団結を図り、傘下の横浜成人愚連隊、政治結社好健会、&lt;br /&gt;
政治結社魂龍会の三団体(約50人)を&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まとめていた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
過去様々な相手と数々の、喧嘩、タイマン、抗争、掛け合いに勝利し、様々な数々の、制裁加えや悪行や武勇伝や苦境や修羅場を経てきた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、様々な世界で、驚異的な人徳と人脈と経歴の持ち主。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
尚アンチ山根も存在するが、本人を支持、崇拝する多数の男女の山根派、山根信者、山根ファンが存在している人気者である。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして今回、体験談を基に自身の半生を顧みるべく執筆活動にたずさわる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
表社会裏社会の各分野を制覇し、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2003年　３４歳での刑務所入所を境に足を洗い、現在では、しっかりと更正し、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※運転回送経営(A{ア}運転回送サービス　事務所西区) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※芸能プロダクション経営(山根プロダクション　事務所西区) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※インターネット通信販売業（ネットショッパーオーク　事務所西区　代表山根企画秘書阿部 古物商許可番号第451370010631号 ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※新・中古車販売・一般修理・板金塗装・車検顧問(オートガレージ アスト 磯子区) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※（元顧問）医科器械店顧問２店(㈱増田医科器械店 本社南区　㈱東洋医科工業　本社南区　東京支社文京区) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　 同顧問・瀬谷区三ツ境横浜桐峰会病院：故・松本義峯院長 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
株式会社山根企画代表取締役社長(会社事務所：横浜西区横浜西口事務所) &lt;br /&gt;
として真面目な人生を歩んでいる。伝説の強力極悪カリスマアウトローの、偉大なる人間総合力人徳王者。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
尚、家系は、日本一超エリート有名一族の山根・後藤一族で、先祖代々、東京大学出身が多く、母方が鉄道省局長であり、全国私鉄経営者連盟代表の財界人の&lt;br /&gt;
故・後藤悌次であり、 &lt;br /&gt;
父方は、当時日本一の資産家で、故・山根銀一や、その実弟の日本一有名音楽評論家の故・山根銀二である。 &lt;br /&gt;
他には親戚にあの元ペルー大使の青木盛久がいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『父方の、先祖代々山根一族　系統図一覧表』&lt;br /&gt;
◎長男故人山根銀一（東京大学出身、元、工業倶楽部最高役員、当時の日本全国&lt;br /&gt;
日本一の金持ち、娘３女が元、ペルー大使青木盛久の妻）&lt;br /&gt;
◎二男　故人山根銀二（東京大学出身、元、日本一有名音楽評論家）&lt;br /&gt;
◎三男　故人山根銀三郎（慶応大学出身、元、会計士、健一の祖父）&lt;br /&gt;
◎四男　故人山根銀五郎（東京大学出身、元、九州の大学教授）&lt;br /&gt;
◎五男　故人山根銀六郎（東京大学出身、元、東京計器）&lt;br /&gt;
◎六男　故人山根銀七郎（東京大学出身、元、科学者）&lt;br /&gt;
三男銀三郎と中学校教師だった祖母の息子が、&lt;br /&gt;
◎健一の故人父ヒデトシ（東京の高校時代、ヨット選手で全国大会出場、慶応大学出身、元、三井グループ勤務、元、従業員約１００名本牧の海運会社取締役）&lt;br /&gt;
◎ヒデトシ実姉ミナコ（中国人の学者博士と結婚し、アメリカサンディエゴに永久在住）&lt;br /&gt;
◎ヒデトシ実弟マサトシ（元、世界トップクラスの大手会社勤務、元、スキーインストラクター）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『母方の、後藤一族一覧表　西東京市（旧保谷市）東伏見　集結在住』&lt;br /&gt;
◎健一の故・祖父(母方)は（医者）&lt;br /&gt;
その祖父の医者の妻であった、故人祖母の子供が５人兄弟で、&lt;br /&gt;
まず娘が、&lt;br /&gt;
◎健一の母四女朋子（青山学院大学英米文学科出身、元、翻訳家、元、自宅英語、ピアノ講師）&lt;br /&gt;
◎故人長男マサヒロ（開業医）&lt;br /&gt;
◎長女レイコ（元、東京某短期大学の教授）&lt;br /&gt;
◎二女キョウコの娘二女ジュンコ（元、スチュワーデスＣＡ）&lt;br /&gt;
◎マサヒロの息子長男ユタカ（現役医者）&lt;br /&gt;
二男ツカネ（現役開業医）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
健一の実弟は、４歳下で、早稲田大学出身で、タレント兼カリスマコピーライター糸井重里氏の会社に４年間勤めて、現在青山に会社事務所を構える社長である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
尚、作者と本人の因果関係は不明だが、横浜暴走族伝説の漫画『特攻の拓』のマー坊（鮎川真里）のモデルとも言われており、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ルックス（身長だけ違う)、丁寧な喋り方、普段は穏やかだがキレるとイケイケな性格、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
横浜暴走族総長、レディース達の憧れ、横浜の高校のカリスマ、弱い者イジメをしない、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
薬物大嫌い、甘党、などなど、全て瓜二つでソックリと言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な出演歴 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===メディア出演歴=== &lt;br /&gt;
【雑誌・写真集】&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1989年月刊チャンプロード &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1989年月刊投稿ライダー &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1989年かっ跳びチューニング写真集 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1991年月刊ティーンズロード（レギュラー出演） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1994年年月刊ＧＯＮ！（横浜の七色仮面　山根健一特集）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1994年週間プレイボーイ（世界一お洒落な横浜暴走族　山根健一特集）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1999年月刊ＢＵＲＳＴ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2000年吉永マサユキ写真集（申し訳ございません）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・2000年ファッション雑誌ＴＨＲＩＬＬ&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・2000年全世界発行有名雑誌ＣＯＬＯＲＳに日本代表映像として出演 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2014年週刊FRIDAY（関係者事件取材）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2014年サンデー毎日（関係者事件取材）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2016年週刊FLASH （エグザイルリーダー兼ＬＤＨ社長　ＨＩＲＯ（五十嵐広行）特集　ツーショットによる、便乗掲載）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【ビデオ】&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1994年暴走列島１９９４ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1994年ザ・レディース暴走紅烈伝&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
【テレビ】&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1986年ドラマ桃尻娘 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1992年NHK薬物特集報道番組(山根本人と後輩達でシンナーについて語る) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1993年フジテレビ笑っていいとも（昔ヤンキーに見えないコンテスト優勝で瞬間最高視聴率３０.７%を記録。ビデオリサーチ調べ）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1993年その後チャンピオン大会出場 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1994年ＴＢＳ明るい改造計画(ゴールデンタイム放映。レディース総長の憧れの先輩）として出演 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2014年テレビ朝日スーパーＪチャンネル（関係者事件電話取材出演）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【モデル】&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
･1995年お台場国際展示場(フィッティングモデル)&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
･1995年幕張メッセ(フィッティングモデル) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
･1995年モデル管理監督ディレクター(会場ブースの男女のモデル達を取り仕切り、まとめる役)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==資格==&lt;br /&gt;
横浜山元道院遠藤師範少林寺拳法を小学校４、５年生～中学３年生まで習い一級茶帯取得。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
(小学生から入門の場合は、無級からスタートで、次が八級からであり、白、黄、緑、茶、黒帯の順番である。中学３年生最高取得限度は二段黒帯の為、本人は第３位取得記録）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・原付・普通自動二輪・普通自動車・普通二種免許&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・[[2016年]][[5月13日]]46歳から、より総合強化とメタボ対策により、横浜東口エイワキックボクシンググループエイワ金融会社が、元スポンサーだった、日本トップクラス&lt;br /&gt;
ボクシングジムの、横浜西口大橋ジムの前身である、その横浜東口エイワキックボクシングジムにて、キックボクシングも始める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==その他==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・16歳から角松敏生の大ファンであり、角松凍結解凍前の曲を好み、自称世界一の角松ファンと豪語する程の角松フリークでもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
･趣味は海魚釣り&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・インターネット掲示板【2ちゃんねる】内の『アウトロー板』にて、約１７年間において、個人スレッド数と、掲示板レス数世界記録が続いており、時には、炎上もしてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『面識あり（一期一会も含む）や、仲良しや、関係者である著名人・芸能人・プロスポーツ選手』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジャニー喜多川・タモリ・研ナオコ・今田耕治・諸星和己・五十嵐ＨＩＲＯ（エグザイルリーダー）・斉藤由貴・斉藤隆治・&lt;br /&gt;
清水宏次朗・哀川翔・あべこうじ・飯島愛・篠原涼子・ももいろクローバーＺ高城れに・高田万由子・関根勤・勝俣州和・&lt;br /&gt;
堀部圭亮・宮川一郎太・柳沢慎吾・Def TechのMicro（マイクロ、本名：西宮佑騎）・黒沢博（ヒロシ＆キーボー）・紺野樹里（Ｔ－ＢＡＣＫＳ）・山口まなみ（80年代グラビアタレント）・セクシーアイドルグループいじめっ子倶楽部（ブレンダ・木戸こずえ）・比嘉ひとみ（セクシーアイドルグループ「シーエックス」）・山口初夏（80年代グラビアタレント）・Ｂ・Ｃ・Ｇ・かすみりさ（アイドルグループ元恵比寿マスカッツメンバーで現在ＡＶ&lt;br /&gt;
女優）・三条みく（ＡＶ女優）・前薗小百合（元セクシーアイドル、当時ジャニーズジュニア前薗宏一郎の実妹）・島田珠代・友成好宏（角松敏生専属バックバンド&lt;br /&gt;
キーボード）・少年忍者・前薗宏一郎（当時ジャニーズジュニア）・佐藤正人（元、ジャニーズジュニア）・大内（当時ジャニーズジュニア）･木村木（Ｖシネマ&lt;br /&gt;
俳優）・サニー北野(歌手)・倉持明(元ロッテオリオンズピッチャー、現、野球解説者)であり、元、ＡＫＢ48で現在タレント倉持明日香の父親）・遠藤一彦（元、横浜大洋ホエールズエースピッチャー）・松岡功佑（元横浜大洋ホエールズ内野手）・内藤雄太（元、横浜ベイスターズ内野手）・副島孔太（元、ヤクルトスワローズ）・&lt;br /&gt;
吉村禎章（元、読売ジャイアンツ外野手、現、一軍総合打撃コーチ）・デーブ大久保（元読売ジャイアンツ内野手、元、東北楽天ゴールデンーイーグルス監督、現、野球解説者、&lt;br /&gt;
タレント）・ラフィーニャ（横浜Ｆマリノス）・昆奈緒（永田中学出身元タレント）・バンドＬｉＬｉ（ミユキ）・六ッ川姉妹（ダンスユニット）・吉江豊（プロレスラー）・田端&lt;br /&gt;
信之（プロボクサー元、日本ウエルター級チャンピオン）・竹迫望美（元、女子プロレスラーアイドル）&lt;br /&gt;
・ビーバップハイスクールパート２～５愛徳高校大前均太郎役上野・パート５・６立花高校番長菊永役高橋・パート２城東高校副番長テル役白井光浩・パート6極東高校生徒役内田&lt;br /&gt;
ショウゴ・志藤健（東証一部上場　株式会社ヨロズ代表取締役社長 ）・井手大介（DJ、MC、モデル、ミュージシャン ）・杉山れおな（山根プロダクション所属グラビアアイドル）　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==典拠・注釈==&lt;br /&gt;
 &amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
•山根健一 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1969年12月27日生まれ。横浜市南区永田出身。O型。元「劇団東俳」所属（1986年時）。 3歳年下の劇団の同僚・大内（後に「十川 （そがわ）」姓に改名）が&lt;br /&gt;
ジャニーズJr.になったため、 山根も大内を通じて16歳の時にジャニーズの合宿所に一泊だけし、ダンスレッスンも一度だけだが体験した（1986年時）。 &lt;br /&gt;
 同じ1986年には、劇団東俳の仕事で単発ドラマ『桃尻娘』（1986年2月27日、フジテレビ）にもエキストラ出演した。 （同ドラマの続編『帰って来た桃尻娘』&lt;br /&gt;
（1986年8月28日）には三好圭一が出演） この頃、地元池袋の、山根と同じ年の、当時グラビアタレントだった、山口まなみと交際してた。&lt;br /&gt;
 横浜市立永田台小学校、同市立永田中学校、そして私立横浜隼人高校を経て、 横浜市立港商業高校（定時制）を卒業。（港商業高校では2歳下の後輩にジャニーズJr.の佐藤正人も在籍。[1]） &lt;br /&gt;
その後、1993年（23歳時）に横浜市中区にてホストクラブ「DANDY」と「ナイルクレセント」を一時経営。 この両店では、ジャニーズのダンスレッスン体験の際に&lt;br /&gt;
出会って以来親しくなっていた元Jr.の前薗宏一郎も、副社長 兼 ホストとして勤務していた。 [2]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
* [http://yamane1227.blog.fc2.com/ 山根健一ブログ]（規約違反で凍結）&lt;br /&gt;
* [http://yamanekenichi.blog.fc2.com/ 山根健一オフィシャルブログ]&lt;br /&gt;
* [http://yamanekenichi.web.fc2.com/ 自伝本「修羅の青春記」ホームページ]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:やまね けんいち}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の実業家]]&lt;br /&gt;
[[Category:1969年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:神奈川県出身の人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>垢BAN</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E5%B1%B1%E6%A0%B9%E5%81%A5%E4%B8%80&amp;diff=361658</id>
		<title>山根健一</title>
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				<updated>2018-11-17T03:13:10Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;垢BAN: /* 来歴 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''山根健一'''（ヤマネ　ケンイチ、[[1969年]][[12月27日]]生）元劇団東俳所属、元ジャニーズジュニア研修生、元暴走族総長、元任侠組織幹部、元ホスト経営者、元モデル、元任侠右翼団体会長である、元アウトロー有名人。現実業家、現スーパーヘビー級アマチュアキックボクサー&lt;br /&gt;
　身長１８０cm。Ｏ型。 神奈川県出身。　横浜市立永田台小学校、同市立永田中学校卒業、横浜市立港高校定時制卒業。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==人物==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
学歴高卒。幼少からグレ始め、以後不良の道は全て歩み、逮捕歴、逮捕件数２０件、少年時からの前歴・前科１２犯。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（その内の10種類の事件の、10件が、新聞に10回記載される。 &lt;br /&gt;
過去に逮捕され、拘留前釈放や、拘留後不起訴釈放や、 &lt;br /&gt;
拘留後処分保留釈放など、計五回の、示談なしでの無罪放免の記録。(その内二回は、執行猶予中の逮捕)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
世界一彫師である、三代目彫よしなどにて、全身の刺青を入れている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
数々の長身美人との、華麗なる交際歴も、自身のホームページやブログなどでもお馴染み。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
山根良縁大出世ジンクスや、山根悪縁大災難ジンクスなどの、超常現象が度々自身のブログで証明されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
酒・タバコ・ギャンブル・薬物を、昔から一切やらない、珍しいアウトローである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===来歴=== &lt;br /&gt;
異例経歴マルチ人間でスポーツ万能である。&lt;br /&gt;
[[1979年]]、小学校４年生～６年生まで、関東歴代（約３００チーム中）トップクラス強豪少年野球チーム、永田台少年野球部最年少エースピッチャー、横浜山元道院遠藤師範、最強武道、少林寺拳法を小学校４年～中学３年生まで習い一級茶帯を取得した。[[1983年]]に永田中学校へ進学、当時は珍しい１年で、初めてパンチパーマをかける（二日間だけ）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1985　各分野有名人日本一番多数輩出、永田中学校卒業、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1985　横浜私立隼人高校入学　同年自主退学&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その前後、落ち着いた時期があったがメキメキと頭角を現し、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1985　日本一劇団、劇団東俳所属、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1985年　日本一芸能プロダクション、ジャニーズ事務所研修生体験（二日間）&amp;lt;ref&amp;gt;[http://archive.is/gErvU]ジャニーズJr. 一覧 （五十音順検索）&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://archive.is/CgguB] ジャニーズJr.-ジャニーズ百科事典-Archive.is–webpage&amp;lt;/ref&amp;gt; (研修生として、ジャニーズJr.一覧(ジャニーズ百科事典)に記載&amp;lt;ref&amp;gt;[http://jpedia.web.fc2.com/jr.html] ジャニーズ百科事典・ジャニーズJr.一覧その二 &amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1986年　港高校定時制入学(日本最大マンモス校、当時全校生徒660人)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1986年　浜連西口剣の、同校の後輩から、ＣＢＸを購入し、暴走族となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1987年　当時、日本一暴走族連合、横浜連合淋姦強姦二代目永田一家入門&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1988年　暴走族横浜連合淋姦強姦永田一家二代目総会長(全日本麗心愚連盟横浜連合は &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時、チームと支部を合わせると、約40チームの約1000人)、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1988年初め　日本最大右翼団体大行社横浜支部行動隊、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1988年終わり　横浜西口ディスコＰＡＬＬＰＡＬＬ店員 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1989年　暴走族横浜連合淋姦強姦永田一家総会長引退。ＯＢとして浜連集会は、たまに３０歳まで参加する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1989年　港高校定時制リーダー(日本最大マンモス校、当時全校生徒660人)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1989　日本トップクラス任侠組織、稲川会三代目林一家(山際組行動隊副隊長)同年脱会。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
など10代や20歳で経験すると共に、好奇心旺盛で、長身で端正な顔立ちのために、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1990年から出演の、ミリオン出版ヤンキーレディース伝説人気雑誌「ティーンズロード」出演。 &lt;br /&gt;
翻訳家である母親譲りの血筋で、ライター、作家として、「健一の定時制高校のマブだち達」をレギュラー連載コーナー &lt;br /&gt;
ページを６ヶ月連載。当校卒業により終了。ティーンズロードは23歳まで出演。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その他、ＴＶや雑誌などに人材を紹介や派遣をするコーディネーターもこなし、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1990年　横浜東口ポルタ宝石店チャーミー田中」就職入店。同年退店。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1991年　当時日本トップクラス、横浜最大ホストクラブ「ナイト横浜」にプレイヤーとして入店。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1992年　弱冠23歳で青年実業家として、横浜最年少ホストパブ「ダンディー」・ホストクラブ「ナイルクレセント」社長として &lt;br /&gt;
独立し、店を経営し(約15人)、同年逮捕により閉鎖。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1994年　モデル（東京某芸能プロダクション所属）、モデル管理監督ディレクター(会場ブースの男女のモデル達を取り仕切り、まとめる役)、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1994年　愚連隊会長、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1994年　当時日本最大最強二次団体山健組である、山健一門であった、五代目山口組二代目臥龍会井上組組員、同年脱会 &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
1996年　プロダクション退会&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1996年　初め弱冠27歳で、横浜最年少最強任侠右翼団体好健会会長(約30人)、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1996年　終り　井上組傘下櫻井総業組長の舎弟として復縁。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1998年　暴走族グループ横浜連合相談役(全日本麗心愚連盟横浜連合、浜連は全日本麗心愚連盟の &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中心グループで、全日本は当時約4000人で、浜連は当時約800人)、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1998年　数社会社顧問、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2000年　弱冠31歳で多種人種団体山根会会長として元プロキックボクサー、プロボクサー、空手有段者、柔道有段者、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元Ｊリーガーなどの格闘家や、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元、暴走族総長数人、アウトロー有名人数人、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五代目山口組三代目山健組鷲坂組系現役組員や &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五代目山口組二代目臥龍会系現役組長や組員や &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五代目山口組弘道会系現役幹部や&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元、五代目山口組古川組系組長や&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
稲川会碑文谷一家遠藤組現役組員や、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
会津小鉄会現役組員など、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全国強力任侠組織の極道達などで構成された、超武闘派極悪組織で大同団結を図り、傘下の横浜成人愚連隊、政治結社好健会、&lt;br /&gt;
政治結社魂龍会の三団体(約50人)を&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まとめていた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
過去様々な相手と数々の、喧嘩、タイマン、抗争、掛け合いに勝利し、様々な数々の、制裁加えや悪行や武勇伝や苦境や修羅場を経てきた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、様々な世界で、驚異的な人徳と人脈と経歴の持ち主。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
尚アンチ山根も存在するが、本人を支持、崇拝する多数の男女の山根派、山根信者、山根ファンが存在している人気者である。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして今回、体験談を基に自身の半生を顧みるべく執筆活動にたずさわる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
表社会裏社会の各分野を制覇し、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2003年　３４歳での刑務所入所を境に足を洗い、現在では、しっかりと更正し、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※運転回送経営(A{ア}運転回送サービス　事務所西区) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※芸能プロダクション経営(山根プロダクション　事務所西区) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※インターネット通信販売業（ネットショッパーオーク　事務所西区　代表山根企画秘書阿部 古物商許可番号第451370010631号 ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※新・中古車販売・一般修理・板金塗装・車検顧問(オートガレージ アスト 磯子区) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※（元顧問）医科器械店顧問２店(㈱増田医科器械店 本社南区　㈱東洋医科工業　本社南区　東京支社文京区) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　 同顧問・瀬谷区三ツ境横浜桐峰会病院：故・松本義峯院長 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
株式会社山根企画代表取締役社長(会社事務所：横浜西区横浜西口事務所) &lt;br /&gt;
として真面目な人生を歩んでいる。伝説の強力極悪カリスマアウトローの、偉大なる人間総合力人徳王者。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
尚、家系は、日本一超エリート有名一族の山根・後藤一族で、先祖代々、東京大学出身が多く、母方が鉄道省局長であり、全国私鉄経営者連盟代表の財界人の&lt;br /&gt;
故・後藤悌次であり、 &lt;br /&gt;
父方は、当時日本一の資産家で、故・山根銀一や、その実弟の日本一有名音楽評論家の故・山根銀二である。 &lt;br /&gt;
他には親戚にあの元ペルー大使の青木盛久がいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『父方の、先祖代々山根一族　系統図一覧表』&lt;br /&gt;
◎長男故人山根銀一（東京大学出身、元、工業倶楽部最高役員、当時の日本全国&lt;br /&gt;
日本一の金持ち、娘３女が元、ペルー大使青木盛久の妻）&lt;br /&gt;
◎二男　故人山根銀二（東京大学出身、元、日本一有名音楽評論家）&lt;br /&gt;
◎三男　故人山根銀三郎（慶応大学出身、元、会計士、健一の祖父）&lt;br /&gt;
◎四男　故人山根銀五郎（東京大学出身、元、九州の大学教授）&lt;br /&gt;
◎五男　故人山根銀六郎（東京大学出身、元、東京計器）&lt;br /&gt;
◎六男　故人山根銀七郎（東京大学出身、元、科学者）&lt;br /&gt;
三男銀三郎と中学校教師だった祖母の息子が、&lt;br /&gt;
◎健一の故人父ヒデトシ（東京の高校時代、ヨット選手で全国大会出場、慶応大学出身、元、三井グループ勤務、元、従業員約１００名本牧の海運会社取締役）&lt;br /&gt;
◎ヒデトシ実姉ミナコ（中国人の学者博士と結婚し、アメリカサンディエゴに永久在住）&lt;br /&gt;
◎ヒデトシ実弟マサトシ（元、世界トップクラスの大手会社勤務、元、スキーインストラクター）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『母方の、後藤一族一覧表　西東京市（旧保谷市）東伏見　集結在住』&lt;br /&gt;
◎健一の故・祖父(母方)は（医者）&lt;br /&gt;
その祖父の医者の妻であった、故人祖母の子供が５人兄弟で、&lt;br /&gt;
まず娘が、&lt;br /&gt;
◎健一の母四女朋子（青山学院大学英米文学科出身、元、翻訳家、元、自宅英語、ピアノ講師）&lt;br /&gt;
◎故人長男マサヒロ（開業医）&lt;br /&gt;
◎長女レイコ（元、東京某短期大学の教授）&lt;br /&gt;
◎二女キョウコの娘二女ジュンコ（元、スチュワーデスＣＡ）&lt;br /&gt;
◎マサヒロの息子長男ユタカ（現役医者）&lt;br /&gt;
二男ツカネ（現役開業医）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
健一の実弟は、４歳下で、早稲田大学出身で、タレント兼カリスマコピーライター糸井重里氏の会社に４年間勤めて、現在青山に会社事務所を構える社長である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
尚、作者と本人の因果関係は不明だが、横浜暴走族伝説の漫画『特攻の拓』のマー坊（鮎川真里）のモデルとも言われており、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ルックス（身長だけ違う)、丁寧な喋り方、普段は穏やかだがキレるとイケイケな性格、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
横浜暴走族総長、レディース達の憧れ、横浜の高校のカリスマ、弱い者イジメをしない、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
薬物大嫌い、甘党、などなど、全て瓜二つでソックリと言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な出演歴 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===メディア出演歴=== &lt;br /&gt;
【雑誌・写真集】&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1989年月刊チャンプロード &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1989年月刊投稿ライダー &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1989年かっ跳びチューニング写真集 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1991年月刊ティーンズロード（レギュラー出演） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1994年年月刊ＧＯＮ！（横浜の七色仮面　山根健一特集）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1994年週間プレイボーイ（世界一お洒落な横浜暴走族　山根健一特集）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1999年月刊ＢＵＲＳＴ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2000年吉永マサユキ写真集（申し訳ございません）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・2000年ファッション雑誌ＴＨＲＩＬＬ&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・2000年全世界発行有名雑誌ＣＯＬＯＲＳに日本代表映像として出演 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2014年週刊FRIDAY（関係者事件取材）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2014年サンデー毎日（関係者事件取材）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2016年週刊FLASH （エグザイルリーダー兼ＬＤＨ社長　ＨＩＲＯ（五十嵐広行）特集　ツーショットによる、便乗掲載）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【ビデオ】&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1994年暴走列島１９９４ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1994年ザ・レディース暴走紅烈伝&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
【テレビ】&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1986年ドラマ桃尻娘 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1992年NHK薬物特集報道番組(山根本人と後輩達でシンナーについて語る) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1993年フジテレビ笑っていいとも（昔ヤンキーに見えないコンテスト優勝で瞬間最高視聴率３０.７%を記録。ビデオリサーチ調べ）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1993年その後チャンピオン大会出場 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1994年ＴＢＳ明るい改造計画(ゴールデンタイム放映。レディース総長の憧れの先輩）として出演 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2014年テレビ朝日スーパーＪチャンネル（関係者事件電話取材出演）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【モデル】&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
･1995年お台場国際展示場(フィッティングモデル)&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
･1995年幕張メッセ(フィッティングモデル) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
･1995年モデル管理監督ディレクター(会場ブースの男女のモデル達を取り仕切り、まとめる役)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==資格==&lt;br /&gt;
横浜山元道院遠藤師範少林寺拳法を小学校４、５年生～中学３年生まで習い一級茶帯取得。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
(小学生から入門の場合は、無級からスタートで、次が八級からであり、白、黄、緑、茶、黒帯の順番である。中学３年生最高取得限度は二段黒帯の為、本人は第３位取得記録）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・原付・普通自動二輪・普通自動車・普通二種免許&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・[[2016年]][[5月13日]]46歳から、より総合強化とメタボ対策により、横浜東口エイワキックボクシンググループエイワ金融会社が、元スポンサーだった、日本トップクラス&lt;br /&gt;
ボクシングジムの、横浜西口大橋ジムの前身である、その横浜東口エイワキックボクシングジムにて、キックボクシングも始める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==その他==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・16歳から角松敏生の大ファンであり、角松凍結解凍前の曲を好み、自称世界一の角松ファンと豪語する程の角松フリークでもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
･趣味は海魚釣り&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・インターネット掲示板【2ちゃんねる】内の『アウトロー板』にて、約１７年間において、個人スレッド数と、掲示板レス数世界記録が続いており、時には、炎上もしてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『面識あり（一期一会も含む）や、仲良しや、関係者である著名人・芸能人・プロスポーツ選手』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジャニー喜多川・タモリ・研ナオコ・今田耕治・諸星和己・五十嵐ＨＩＲＯ（エグザイルリーダー）・斉藤由貴・斉藤隆治・&lt;br /&gt;
清水宏次朗・哀川翔・あべこうじ・飯島愛・篠原涼子・ももいろクローバーＺ高城れに・高田万由子・関根勤・勝俣州和・&lt;br /&gt;
堀部圭亮・宮川一郎太・柳沢慎吾・Def TechのMicro（マイクロ、本名：西宮佑騎）・黒沢博（ヒロシ＆キーボー）・紺野樹里（Ｔ－ＢＡＣＫＳ）・山口まなみ（80年代グラビアタレント）・セクシーアイドルグループいじめっ子倶楽部（ブレンダ・木戸こずえ）・比嘉ひとみ（セクシーアイドルグループ「シーエックス」）・山口初夏（80年代グラビアタレント）・Ｂ・Ｃ・Ｇ・かすみりさ（アイドルグループ元恵比寿マスカッツメンバーで現在ＡＶ&lt;br /&gt;
女優）・三条みく（ＡＶ女優）・前薗小百合（元セクシーアイドル、当時ジャニーズジュニア前薗宏一郎の実妹）・島田珠代・友成好宏（角松敏生専属バックバンド&lt;br /&gt;
キーボード）・少年忍者・前薗宏一郎（当時ジャニーズジュニア）・佐藤正人（元、ジャニーズジュニア）・大内（当時ジャニーズジュニア）･木村木（Ｖシネマ&lt;br /&gt;
俳優）・サニー北野(歌手)・倉持明(元ロッテオリオンズピッチャー、現、野球解説者)であり、元、ＡＫＢ48で現在タレント倉持明日香の父親）・遠藤一彦（元、横浜大洋ホエールズエースピッチャー）・松岡功佑（元横浜大洋ホエールズ内野手）・内藤雄太（元、横浜ベイスターズ内野手）・副島孔太（元、ヤクルトスワローズ）・&lt;br /&gt;
吉村禎章（元、読売ジャイアンツ外野手、現、一軍総合打撃コーチ）・デーブ大久保（元読売ジャイアンツ内野手、元、東北楽天ゴールデンーイーグルス監督、現、野球解説者、&lt;br /&gt;
タレント）・ラフィーニャ（横浜Ｆマリノス）・昆奈緒（永田中学出身元タレント）・バンドＬｉＬｉ（ミユキ）・六ッ川姉妹（ダンスユニット）・吉江豊（プロレスラー）・田端&lt;br /&gt;
信之（プロボクサー元、日本ウエルター級チャンピオン）・竹迫望美（元、女子プロレスラーアイドル）&lt;br /&gt;
・ビーバップハイスクールパート２～５愛徳高校大前均太郎役上野・パート５・６立花高校番長菊永役高橋・パート２城東高校副番長テル役白井光浩・パート6極東高校生徒役内田&lt;br /&gt;
ショウゴ・志藤健（東証一部上場　株式会社ヨロズ代表取締役社長 ）・井手大介（DJ、MC、モデル、ミュージシャン ）・杉山れおな（山根プロダクション所属グラビアアイドル）　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==典拠・注釈==&lt;br /&gt;
 &amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
•山根健一 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1969年12月27日生まれ。横浜市南区永田出身。O型。元「劇団東俳」所属（1986年時）。 3歳年下の劇団の同僚・大内（後に「十川 （そがわ）」姓に改名）が&lt;br /&gt;
ジャニーズJr.になったため、 山根も大内を通じて16歳の時にジャニーズの合宿所に一泊だけし、ダンスレッスンも一度だけだが体験した（1986年時）。 &lt;br /&gt;
 同じ1986年には、劇団東俳の仕事で単発ドラマ『桃尻娘』（1986年2月27日、フジテレビ）にもエキストラ出演した。 （同ドラマの続編『帰って来た桃尻娘』&lt;br /&gt;
（1986年8月28日）には三好圭一が出演） この頃、地元池袋の、山根と同じ年の、当時グラビアタレントだった、山口まなみと交際してた。&lt;br /&gt;
 横浜市立永田台小学校、同市立永田中学校、そして私立横浜隼人高校を経て、 横浜市立港商業高校（定時制）を卒業。（港商業高校では2歳下の後輩にジャニーズJr.の佐藤正人も在籍。[1]） &lt;br /&gt;
その後、1993年（23歳時）に横浜市中区にてホストクラブ「DANDY」と「ナイルクレセント」を一時経営。 この両店では、ジャニーズのダンスレッスン体験の際に&lt;br /&gt;
出会って以来親しくなっていた元Jr.の前薗宏一郎も、副社長 兼 ホストとして勤務していた。 [2]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
* [http://yamane1227.blog.fc2.com/ 山根健一ブログ]（規約違反で凍結）&lt;br /&gt;
* [http://yamanekenichi.blog.fc2.com/ 山根健一オフィシャルブログ]&lt;br /&gt;
* [http://yamanekenichi.web.fc2.com/ 自伝本「修羅の青春記」ホームページ]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:やまね けんいち}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の実業家]]&lt;br /&gt;
[[Category:1969年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:神奈川県出身の人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>垢BAN</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E5%B1%B1%E6%A0%B9%E5%81%A5%E4%B8%80&amp;diff=361657</id>
		<title>山根健一</title>
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				<updated>2018-11-17T03:10:53Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;垢BAN: /* 資格 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''山根健一'''（ヤマネ　ケンイチ、[[1969年]][[12月27日]]生）元劇団東俳所属、元ジャニーズジュニア研修生、元暴走族総長、元任侠組織幹部、元ホスト経営者、元モデル、元任侠右翼団体会長である、元アウトロー有名人。現実業家、現スーパーヘビー級アマチュアキックボクサー&lt;br /&gt;
　身長１８０cm。Ｏ型。 神奈川県出身。　横浜市立永田台小学校、同市立永田中学校卒業、横浜市立港高校定時制卒業。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==人物==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
学歴高卒。幼少からグレ始め、以後不良の道は全て歩み、逮捕歴、逮捕件数２０件、少年時からの前歴・前科１２犯。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（その内の10種類の事件の、10件が、新聞に10回記載される。 &lt;br /&gt;
過去に逮捕され、拘留前釈放や、拘留後不起訴釈放や、 &lt;br /&gt;
拘留後処分保留釈放など、計五回の、示談なしでの無罪放免の記録。(その内二回は、執行猶予中の逮捕)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
世界一彫師である、三代目彫よしなどにて、全身の刺青を入れている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
数々の長身美人との、華麗なる交際歴も、自身のホームページやブログなどでもお馴染み。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
山根良縁大出世ジンクスや、山根悪縁大災難ジンクスなどの、超常現象が度々自身のブログで証明されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
酒・タバコ・ギャンブル・薬物を、昔から一切やらない、珍しいアウトローである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===来歴=== &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
異例経歴マルチ人間として、スポーツ万能、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1979年　小学校４年生～６年生まで、関東歴代（約３００チーム中）トップクラス強豪少年野球チーム、永田台少年野球部最年少エースピッチャー、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1979年　横浜山元道院遠藤師範、最強武道、少林寺拳法を小学校４年～中学３年生まで習い一級茶帯取得、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
小学生番長、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1983年　永田中学校、当時は珍しい１年で、初めてパンチパーマをかける（二日間だけ）、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1985　各分野有名人日本一番多数輩出、永田中学校卒業、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1985　横浜私立隼人高校入学　同年自主退学&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その前後、落ち着いた時期があったがメキメキと頭角を現し、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1985　日本一劇団、劇団東俳所属、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1985年　日本一芸能プロダクション、ジャニーズ事務所研修生体験（二日間）&amp;lt;ref&amp;gt;[http://archive.is/gErvU]ジャニーズJr. 一覧 （五十音順検索）&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://archive.is/CgguB] ジャニーズJr.-ジャニーズ百科事典-Archive.is–webpage&amp;lt;/ref&amp;gt; (研修生として、ジャニーズJr.一覧(ジャニーズ百科事典)に記載&amp;lt;ref&amp;gt;[http://jpedia.web.fc2.com/jr.html] ジャニーズ百科事典・ジャニーズJr.一覧その二 &amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1986年　港高校定時制入学(日本最大マンモス校、当時全校生徒660人)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1986年　浜連西口剣の、同校の後輩から、ＣＢＸを購入し、暴走族となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1987年　当時、日本一暴走族連合、横浜連合淋姦強姦二代目永田一家入門&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1988年　暴走族横浜連合淋姦強姦永田一家二代目総会長(全日本麗心愚連盟横浜連合は &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時、チームと支部を合わせると、約40チームの約1000人)、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1988年初め　日本最大右翼団体大行社横浜支部行動隊、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1988年終わり　横浜西口ディスコＰＡＬＬＰＡＬＬ店員 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1989年　暴走族横浜連合淋姦強姦永田一家総会長引退。ＯＢとして浜連集会は、たまに３０歳まで参加する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1989年　港高校定時制リーダー(日本最大マンモス校、当時全校生徒660人)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1989　日本トップクラス任侠組織、稲川会三代目林一家(山際組行動隊副隊長)同年脱会。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
など10代や20歳で経験すると共に、好奇心旺盛で、長身で端正な顔立ちのために、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1990年から出演の、ミリオン出版ヤンキーレディース伝説人気雑誌「ティーンズロード」出演。 &lt;br /&gt;
翻訳家である母親譲りの血筋で、ライター、作家として、「健一の定時制高校のマブだち達」をレギュラー連載コーナー &lt;br /&gt;
ページを６ヶ月連載。当校卒業により終了。ティーンズロードは23歳まで出演。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その他、ＴＶや雑誌などに人材を紹介や派遣をするコーディネーターもこなし、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1990年　横浜東口ポルタ宝石店チャーミー田中」就職入店。同年退店。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1991年　当時日本トップクラス、横浜最大ホストクラブ「ナイト横浜」にプレイヤーとして入店。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1992年　弱冠23歳で青年実業家として、横浜最年少ホストパブ「ダンディー」・ホストクラブ「ナイルクレセント」社長として &lt;br /&gt;
独立し、店を経営し(約15人)、同年逮捕により閉鎖。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1994年　モデル（東京某芸能プロダクション所属）、モデル管理監督ディレクター(会場ブースの男女のモデル達を取り仕切り、まとめる役)、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1994年　愚連隊会長、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1994年　当時日本最大最強二次団体山健組である、山健一門であった、五代目山口組二代目臥龍会井上組組員、同年脱会 &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
1996年　プロダクション退会&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1996年　初め弱冠27歳で、横浜最年少最強任侠右翼団体好健会会長(約30人)、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1996年　終り　井上組傘下櫻井総業組長の舎弟として復縁。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1998年　暴走族グループ横浜連合相談役(全日本麗心愚連盟横浜連合、浜連は全日本麗心愚連盟の &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中心グループで、全日本は当時約4000人で、浜連は当時約800人)、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1998年　数社会社顧問、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2000年　弱冠31歳で多種人種団体山根会会長として元プロキックボクサー、プロボクサー、空手有段者、柔道有段者、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元Ｊリーガーなどの格闘家や、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元、暴走族総長数人、アウトロー有名人数人、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五代目山口組三代目山健組鷲坂組系現役組員や &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五代目山口組二代目臥龍会系現役組長や組員や &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
五代目山口組弘道会系現役幹部や&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元、五代目山口組古川組系組長や&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
稲川会碑文谷一家遠藤組現役組員や、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
会津小鉄会現役組員など、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
全国強力任侠組織の極道達などで構成された、超武闘派極悪組織で大同団結を図り、傘下の横浜成人愚連隊、政治結社好健会、&lt;br /&gt;
政治結社魂龍会の三団体(約50人)を&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まとめていた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
過去様々な相手と数々の、喧嘩、タイマン、抗争、掛け合いに勝利し、様々な数々の、制裁加えや悪行や武勇伝や苦境や修羅場を経てきた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、様々な世界で、驚異的な人徳と人脈と経歴の持ち主。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
尚アンチ山根も存在するが、本人を支持、崇拝する多数の男女の山根派、山根信者、山根ファンが存在している人気者である。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして今回、体験談を基に自身の半生を顧みるべく執筆活動にたずさわる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
表社会裏社会の各分野を制覇し、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2003年　３４歳での刑務所入所を境に足を洗い、現在では、しっかりと更正し、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※運転回送経営(A{ア}運転回送サービス　事務所西区) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※芸能プロダクション経営(山根プロダクション　事務所西区) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※インターネット通信販売業（ネットショッパーオーク　事務所西区　代表山根企画秘書阿部 古物商許可番号第451370010631号 ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※新・中古車販売・一般修理・板金塗装・車検顧問(オートガレージ アスト 磯子区) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※（元顧問）医科器械店顧問２店(㈱増田医科器械店 本社南区　㈱東洋医科工業　本社南区　東京支社文京区) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　 同顧問・瀬谷区三ツ境横浜桐峰会病院：故・松本義峯院長 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
株式会社山根企画代表取締役社長(会社事務所：横浜西区横浜西口事務所) &lt;br /&gt;
として真面目な人生を歩んでいる。伝説の強力極悪カリスマアウトローの、偉大なる人間総合力人徳王者。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
尚、家系は、日本一超エリート有名一族の山根・後藤一族で、先祖代々、東京大学出身が多く、母方が鉄道省局長であり、全国私鉄経営者連盟代表の財界人の&lt;br /&gt;
故・後藤悌次であり、 &lt;br /&gt;
父方は、当時日本一の資産家で、故・山根銀一や、その実弟の日本一有名音楽評論家の故・山根銀二である。 &lt;br /&gt;
他には親戚にあの元ペルー大使の青木盛久がいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『父方の、先祖代々山根一族　系統図一覧表』&lt;br /&gt;
◎長男故人山根銀一（東京大学出身、元、工業倶楽部最高役員、当時の日本全国&lt;br /&gt;
日本一の金持ち、娘３女が元、ペルー大使青木盛久の妻）&lt;br /&gt;
◎二男　故人山根銀二（東京大学出身、元、日本一有名音楽評論家）&lt;br /&gt;
◎三男　故人山根銀三郎（慶応大学出身、元、会計士、健一の祖父）&lt;br /&gt;
◎四男　故人山根銀五郎（東京大学出身、元、九州の大学教授）&lt;br /&gt;
◎五男　故人山根銀六郎（東京大学出身、元、東京計器）&lt;br /&gt;
◎六男　故人山根銀七郎（東京大学出身、元、科学者）&lt;br /&gt;
三男銀三郎と中学校教師だった祖母の息子が、&lt;br /&gt;
◎健一の故人父ヒデトシ（東京の高校時代、ヨット選手で全国大会出場、慶応大学出身、元、三井グループ勤務、元、従業員約１００名本牧の海運会社取締役）&lt;br /&gt;
◎ヒデトシ実姉ミナコ（中国人の学者博士と結婚し、アメリカサンディエゴに永久在住）&lt;br /&gt;
◎ヒデトシ実弟マサトシ（元、世界トップクラスの大手会社勤務、元、スキーインストラクター）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『母方の、後藤一族一覧表　西東京市（旧保谷市）東伏見　集結在住』&lt;br /&gt;
◎健一の故・祖父(母方)は（医者）&lt;br /&gt;
その祖父の医者の妻であった、故人祖母の子供が５人兄弟で、&lt;br /&gt;
まず娘が、&lt;br /&gt;
◎健一の母四女朋子（青山学院大学英米文学科出身、元、翻訳家、元、自宅英語、ピアノ講師）&lt;br /&gt;
◎故人長男マサヒロ（開業医）&lt;br /&gt;
◎長女レイコ（元、東京某短期大学の教授）&lt;br /&gt;
◎二女キョウコの娘二女ジュンコ（元、スチュワーデスＣＡ）&lt;br /&gt;
◎マサヒロの息子長男ユタカ（現役医者）&lt;br /&gt;
二男ツカネ（現役開業医）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
健一の実弟は、４歳下で、早稲田大学出身で、タレント兼カリスマコピーライター糸井重里氏の会社に４年間勤めて、現在青山に会社事務所を構える社長である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
尚、作者と本人の因果関係は不明だが、横浜暴走族伝説の漫画『特攻の拓』のマー坊（鮎川真里）のモデルとも言われており、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ルックス（身長だけ違う)、丁寧な喋り方、普段は穏やかだがキレるとイケイケな性格、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
横浜暴走族総長、レディース達の憧れ、横浜の高校のカリスマ、弱い者イジメをしない、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
薬物大嫌い、甘党、などなど、全て瓜二つでソックリと言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な出演歴 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===メディア出演歴=== &lt;br /&gt;
【雑誌・写真集】&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1989年月刊チャンプロード &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1989年月刊投稿ライダー &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1989年かっ跳びチューニング写真集 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1991年月刊ティーンズロード（レギュラー出演） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1994年年月刊ＧＯＮ！（横浜の七色仮面　山根健一特集）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1994年週間プレイボーイ（世界一お洒落な横浜暴走族　山根健一特集）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1999年月刊ＢＵＲＳＴ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2000年吉永マサユキ写真集（申し訳ございません）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・2000年ファッション雑誌ＴＨＲＩＬＬ&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・2000年全世界発行有名雑誌ＣＯＬＯＲＳに日本代表映像として出演 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2014年週刊FRIDAY（関係者事件取材）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2014年サンデー毎日（関係者事件取材）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2016年週刊FLASH （エグザイルリーダー兼ＬＤＨ社長　ＨＩＲＯ（五十嵐広行）特集　ツーショットによる、便乗掲載）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【ビデオ】&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1994年暴走列島１９９４ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1994年ザ・レディース暴走紅烈伝&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
【テレビ】&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1986年ドラマ桃尻娘 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1992年NHK薬物特集報道番組(山根本人と後輩達でシンナーについて語る) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1993年フジテレビ笑っていいとも（昔ヤンキーに見えないコンテスト優勝で瞬間最高視聴率３０.７%を記録。ビデオリサーチ調べ）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
・1993年その後チャンピオン大会出場 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・1994年ＴＢＳ明るい改造計画(ゴールデンタイム放映。レディース総長の憧れの先輩）として出演 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・2014年テレビ朝日スーパーＪチャンネル（関係者事件電話取材出演）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【モデル】&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
･1995年お台場国際展示場(フィッティングモデル)&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
･1995年幕張メッセ(フィッティングモデル) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
･1995年モデル管理監督ディレクター(会場ブースの男女のモデル達を取り仕切り、まとめる役)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==資格==&lt;br /&gt;
横浜山元道院遠藤師範少林寺拳法を小学校４、５年生～中学３年生まで習い一級茶帯取得。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
(小学生から入門の場合は、無級からスタートで、次が八級からであり、白、黄、緑、茶、黒帯の順番である。中学３年生最高取得限度は二段黒帯の為、本人は第３位取得記録）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・原付・普通自動二輪・普通自動車・普通二種免許&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・[[2016年]][[5月13日]]46歳から、より総合強化とメタボ対策により、横浜東口エイワキックボクシンググループエイワ金融会社が、元スポンサーだった、日本トップクラス&lt;br /&gt;
ボクシングジムの、横浜西口大橋ジムの前身である、その横浜東口エイワキックボクシングジムにて、キックボクシングも始める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==その他==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・16歳から角松敏生の大ファンであり、角松凍結解凍前の曲を好み、自称世界一の角松ファンと豪語する程の角松フリークでもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
･趣味は海魚釣り&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・インターネット掲示板【2ちゃんねる】内の『アウトロー板』にて、約１７年間において、個人スレッド数と、掲示板レス数世界記録が続いており、時には、炎上もしてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『面識あり（一期一会も含む）や、仲良しや、関係者である著名人・芸能人・プロスポーツ選手』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジャニー喜多川・タモリ・研ナオコ・今田耕治・諸星和己・五十嵐ＨＩＲＯ（エグザイルリーダー）・斉藤由貴・斉藤隆治・&lt;br /&gt;
清水宏次朗・哀川翔・あべこうじ・飯島愛・篠原涼子・ももいろクローバーＺ高城れに・高田万由子・関根勤・勝俣州和・&lt;br /&gt;
堀部圭亮・宮川一郎太・柳沢慎吾・Def TechのMicro（マイクロ、本名：西宮佑騎）・黒沢博（ヒロシ＆キーボー）・紺野樹里（Ｔ－ＢＡＣＫＳ）・山口まなみ（80年代グラビアタレント）・セクシーアイドルグループいじめっ子倶楽部（ブレンダ・木戸こずえ）・比嘉ひとみ（セクシーアイドルグループ「シーエックス」）・山口初夏（80年代グラビアタレント）・Ｂ・Ｃ・Ｇ・かすみりさ（アイドルグループ元恵比寿マスカッツメンバーで現在ＡＶ&lt;br /&gt;
女優）・三条みく（ＡＶ女優）・前薗小百合（元セクシーアイドル、当時ジャニーズジュニア前薗宏一郎の実妹）・島田珠代・友成好宏（角松敏生専属バックバンド&lt;br /&gt;
キーボード）・少年忍者・前薗宏一郎（当時ジャニーズジュニア）・佐藤正人（元、ジャニーズジュニア）・大内（当時ジャニーズジュニア）･木村木（Ｖシネマ&lt;br /&gt;
俳優）・サニー北野(歌手)・倉持明(元ロッテオリオンズピッチャー、現、野球解説者)であり、元、ＡＫＢ48で現在タレント倉持明日香の父親）・遠藤一彦（元、横浜大洋ホエールズエースピッチャー）・松岡功佑（元横浜大洋ホエールズ内野手）・内藤雄太（元、横浜ベイスターズ内野手）・副島孔太（元、ヤクルトスワローズ）・&lt;br /&gt;
吉村禎章（元、読売ジャイアンツ外野手、現、一軍総合打撃コーチ）・デーブ大久保（元読売ジャイアンツ内野手、元、東北楽天ゴールデンーイーグルス監督、現、野球解説者、&lt;br /&gt;
タレント）・ラフィーニャ（横浜Ｆマリノス）・昆奈緒（永田中学出身元タレント）・バンドＬｉＬｉ（ミユキ）・六ッ川姉妹（ダンスユニット）・吉江豊（プロレスラー）・田端&lt;br /&gt;
信之（プロボクサー元、日本ウエルター級チャンピオン）・竹迫望美（元、女子プロレスラーアイドル）&lt;br /&gt;
・ビーバップハイスクールパート２～５愛徳高校大前均太郎役上野・パート５・６立花高校番長菊永役高橋・パート２城東高校副番長テル役白井光浩・パート6極東高校生徒役内田&lt;br /&gt;
ショウゴ・志藤健（東証一部上場　株式会社ヨロズ代表取締役社長 ）・井手大介（DJ、MC、モデル、ミュージシャン ）・杉山れおな（山根プロダクション所属グラビアアイドル）　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==典拠・注釈==&lt;br /&gt;
 &amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
•山根健一 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1969年12月27日生まれ。横浜市南区永田出身。O型。元「劇団東俳」所属（1986年時）。 3歳年下の劇団の同僚・大内（後に「十川 （そがわ）」姓に改名）が&lt;br /&gt;
ジャニーズJr.になったため、 山根も大内を通じて16歳の時にジャニーズの合宿所に一泊だけし、ダンスレッスンも一度だけだが体験した（1986年時）。 &lt;br /&gt;
 同じ1986年には、劇団東俳の仕事で単発ドラマ『桃尻娘』（1986年2月27日、フジテレビ）にもエキストラ出演した。 （同ドラマの続編『帰って来た桃尻娘』&lt;br /&gt;
（1986年8月28日）には三好圭一が出演） この頃、地元池袋の、山根と同じ年の、当時グラビアタレントだった、山口まなみと交際してた。&lt;br /&gt;
 横浜市立永田台小学校、同市立永田中学校、そして私立横浜隼人高校を経て、 横浜市立港商業高校（定時制）を卒業。（港商業高校では2歳下の後輩にジャニーズJr.の佐藤正人も在籍。[1]） &lt;br /&gt;
その後、1993年（23歳時）に横浜市中区にてホストクラブ「DANDY」と「ナイルクレセント」を一時経営。 この両店では、ジャニーズのダンスレッスン体験の際に&lt;br /&gt;
出会って以来親しくなっていた元Jr.の前薗宏一郎も、副社長 兼 ホストとして勤務していた。 [2]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
* [http://yamane1227.blog.fc2.com/ 山根健一ブログ]（規約違反で凍結）&lt;br /&gt;
* [http://yamanekenichi.blog.fc2.com/ 山根健一オフィシャルブログ]&lt;br /&gt;
* [http://yamanekenichi.web.fc2.com/ 自伝本「修羅の青春記」ホームページ]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:やまね けんいち}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の実業家]]&lt;br /&gt;
[[Category:1969年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:神奈川県出身の人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>垢BAN</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E6%B2%96%E7%B8%84%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%B9&amp;diff=361655</id>
		<title>沖縄タイムス</title>
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				<updated>2018-11-17T03:07:02Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;垢BAN: /* 概要 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''沖縄タイムス'''（おきなわタイムス）は、[[沖縄県]]を対象に発行されている[[新聞]]である。'''株式会社沖縄タイムス社'''が発行する。[[1948年]][[7月1日]]創刊。沖縄県民には「タイムス」の略称で呼ばれている。[[琉球新報]]（本紙とともに「沖縄2大紙」と呼ばれることがある）とともに沖縄県民の[[情報源]]の一つでもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
報道姿勢は[[反体制]]、親中反米、[[左翼思想]]を明確に打ち出している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
[[沖縄本島]]で地上戦開始後、[[首里市]]の新聞社壕で発行を続けていた沖縄新報は、1945年5月25日に解散した。最後まで壕にとどまった沖縄朝日新聞を中心とした社員10人のうち9人（社長代行の高嶺朝光、編集局長の豊平良顕、具志堅政冶、前田宗信、牧港篤三、大山一雄、稲嶺盛国、仲本政基、島袋俊一）が創設メンバー。1945年7月時点で米軍の準機関紙「ウルマ新報」（現・琉球新報）が、[[教師]]などの新聞発行未経験者の手により発行されていたが、沖縄タイムスは「新聞人による新聞発行」を目指し、1948年7月1日創刊された。創刊号発行前の6月29日、米軍占領下の軍票（B円）への通貨切り替えのスクープを[[号外]]で出し、これが実質的な創刊となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
論調としては[[琉球新報]]と同じく、[[平和主義]]・[[在日米軍|アメリカ合衆国軍基地]]撤廃・[[死刑存廃問題#日本における死刑制度に対する近年の動き|死刑廃止]]といわゆる[[リベラリズム|リベラル]]・[[左派]]のスタンスをとっている。[[1990年代]]に、由井晶子が全国紙、地方紙を通じ、初めて女性として編集局長に就任した。『新南島風土記』などを著した新川明、川満信一ら沖縄の文化を牽引する記者を輩出した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[朝日新聞]]那覇総局と[[共同通信]]那覇支局が沖縄タイムス本社内に入居している（[[毎日新聞]]、[[読売新聞]]、[[産経新聞]]、[[時事通信]]の支局は[[琉球新報]]本社内に入居）。創刊メンバーの[[豊平良顕]]が戦前、大阪朝日新聞那覇通信部の記者だったことから朝日新聞社とは特に縁が深く、創刊時から協力関係にあった。[[世論調査]]を共同で実施し、現在も人事交流がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
沖縄県では、全国紙の多くが本土との同時発行を行っていないことから、ライバル紙である琉球新報と合わせて県内でのシェアは99%近くを占め、地元紙でほぼ寡占状態となっている。長年、諸事情により[[日本ABC協会]]非加盟であったが最近加盟した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、この経緯から朝日系の[[日刊スポーツ新聞社]]とフランチャイズを結び、[[日刊スポーツ]]を発行しているが、本来発行対象地域である[[日刊スポーツ新聞西日本|西日本]]版（九州は福岡本社発行分）ではなく、東京本部版の内容を掲載しており、[[中央競馬]]以外の公営競技欄・[[番組表]]など一部は未収録である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年3月より夕刊を廃止し、朝刊のみの発行となる。社告ではその理由を「広告需要が急速に落ち込む一方、新聞用紙代の値上げで新聞製作コストが上昇しているため」と説明し、夕刊時間帯のニュース報道はインターネットでの速報体制を強化するとしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==沿革==&lt;br /&gt;
*[[1948年]] - 創刊号発行。号外が創刊号となる&lt;br /&gt;
*[[1949年]] - 創刊1周年記念事業として沖縄美術展（沖展）開催。&lt;br /&gt;
*[[1951年]] - 関西支社開設、本社主催の芸術祭開幕。&lt;br /&gt;
*[[1953年]] - 東京支社開設、第1回図画・作文、[[書道|書道展]]開催。&lt;br /&gt;
*[[1954年]] - 朝夕刊セット制実施。&lt;br /&gt;
*[[1956年]] - 福岡支社開設、第1回[[全琉音楽祭]]開催。&lt;br /&gt;
*[[1957年]] - [[那覇市]]久茂地に新社屋完成、第1回タイムス文化講座開催。&lt;br /&gt;
*[[1958年]] - 日本新聞協会に加盟。&lt;br /&gt;
*[[1964年]] &lt;br /&gt;
** 第1回沖縄タイムス教育賞贈呈式。&lt;br /&gt;
**「みどり丸遭難事件」の報道記事と報道写真で新聞協会表彰&lt;br /&gt;
*[[1966年]] - 『新沖縄文学』創刊&lt;br /&gt;
*[[1967年]] - 第1回沖縄タイムス芸術選賞贈呈式。&lt;br /&gt;
*[[1968年]] - 「みどりと花いっぱい運動」提唱、沖縄政経懇話会設立。&lt;br /&gt;
*[[1971年]] -　「沖縄毒ガス移送報道」でJCJ奨励賞&lt;br /&gt;
*[[1972年]] -　連載「沖縄基地協定を点検する」「沖縄と自衛隊」（玉城真幸　記者他、企画連載協力者）がJCJ奨励賞&lt;br /&gt;
*[[1983年]] - 『沖縄大百科辞典』発刊&lt;br /&gt;
*[[1984年]] - 『[[日刊スポーツ]]』の沖縄現地印刷開始。&lt;br /&gt;
*[[1985年]] - 第1回[[NAHAマラソン]]開催。&lt;br /&gt;
*[[1989年]] -「ちゃーすが沖縄」でJCJ奨励賞&lt;br /&gt;
*[[1993年]] - 『新沖縄文学』休刊&lt;br /&gt;
*[[1996年]] &lt;br /&gt;
** [[ウェブサイト]]開設。&lt;br /&gt;
**「脱基地元年－127万人の実験」でJCJ奨励賞&lt;br /&gt;
**総集「沖縄・米軍基地問題」で新聞協会賞&lt;br /&gt;
*[[1997年]] - [[金城真吉]]に沖縄タイムス賞体育賞を授与&lt;br /&gt;
*[[1998年]] - 創刊50周年。&lt;br /&gt;
*[[1999年]] -「新聞制作システムOCEANの開発・導入」で新聞協会賞&lt;br /&gt;
*[[2001年]] - [[1月3日]]付朝刊を発行開始（琉球新報も同様）&lt;br /&gt;
*[[2002年]] - 那覇市久茂地から同市おもろまちに本社移転。&lt;br /&gt;
*[[2003年]] - 創刊55周年、題字を一新。&lt;br /&gt;
*[[2005年]] -『戦後60年キャンペーン／新たな視点・証言で探る沖縄戦』でJCJ賞&lt;br /&gt;
*[[2007年]] -『挑まれる沖縄戦／「集団自決」問題キャンペーン』でJCJ賞&lt;br /&gt;
*[[2008年]] - 創刊60周年&lt;br /&gt;
*[[2009年]]&lt;br /&gt;
**3月より夕刊を廃止。朝刊のみの発行となる。&lt;br /&gt;
**[[琉球新報|琉球新報社]]との間で、災害時やシステム障害などの際の「緊急時における新聞発行の援助に関する協定」を締結。&lt;br /&gt;
*[[2010年]] - 連載｢迷走『普天間』｣を中心とする一連の報道でJCJ賞&lt;br /&gt;
*[[2011年]]　&lt;br /&gt;
**那覇市久茂地に新社屋建設を発表（2012年12月完成予定）&lt;br /&gt;
**子ども新聞「ワラビー」を8ページに拡張&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==注目を集めた報道==&lt;br /&gt;
===評価を受けた報道===&lt;br /&gt;
報道内容への評価として、[[2010年]]度には「日本ジャーナリスト会議賞」「新聞労連優秀賞」「同疋田桂一郎賞」「第16回平和･協同ジャーナリスト基金賞」「第29回ファイザー医学記事賞優秀賞」「貧困ジャーナリズム大賞」を受賞している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===批判を受けた報道===&lt;br /&gt;
[[太平洋戦争]]末期の[[沖縄戦]]で起きたとされる[[沖縄戦における集団自決|集団自決]]について、[[2007年]][[9月28日]]付で『9.29県民大会特集』と称する記事を掲載。その中に無残な姿で死んでいる住民の写真を「沖縄戦の『集団自決』で亡くなったとみられる住民たち」とキャプションを付けて掲載した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これに関し、[[世界基督教統一神霊協会|統一教会]]系右派新聞社である『[[世界日報 (日本)|世界日報]]』（[[9月29日|翌29日]]付）が『歪曲される沖縄戦』と題し（[[鴨野守]]・編集委員の署名記事）、「この写真は『決定版 日本の終戦46人の目撃者 米国国防総省報道写真班の証言秘録』（1985年[[双葉社]]刊）17ページに掲載されている、米軍の火砲、銃弾攻撃によって無残にも亡くなった沖縄の住民達の写真であり、写真を捏造してでも県民の被害者感情を煽ろうとしている」と指摘し、「『真実を次代へ』と呼号しながら、麗々しくこんな偽写真を掲げるのでは運動自体への信用を落とすことにもなろう」という[[獨協大学]]名誉教授[[中村粲]]のコメントを掲載した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そもそもこの写真は、[[大田昌秀]]が米国での情報公開で発見し、著書『[[これが沖縄戦だ]]』（1977年刊）に掲載されたのが初とされている。大田は「米側の説明では『砲撃による死』となっているが、集団自決だろう」と記しているが、その根拠は示されていない。現在は[[沖縄県平和祈念資料館]]で展示され、案内冊子には「犠牲になった住民、糸満市、6月21日」と説明されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 北朝鮮より自衛隊が脅威(2012年3月紙面) ==&lt;br /&gt;
[[北朝鮮]]当局は[[2012年]]4月12～16日に「地球観測衛星」をロケットで打ち上げる、と発表した。ロケットの1段目が韓国の西方沖、2段目がフィリピン東方沖に落下するとしている。2段目は南西諸島を通過する可能性が高く、県民の不安をかき立てている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
北朝鮮の発表にもかかわらず、国際社会は事実上の長距離弾道ミサイルの発射実験とみているロケットと長距離弾道ミサイルは技術的に同じで、何を搭載するかの違いだけだからである。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[田中直紀]]防衛相は[[3月19日]]の[[参院予算委員会]]で[[自衛隊]]に破壊措置命令を出すことを検討すると表明した。日本政府は北朝鮮の意図をどれだけ押さえた上で判断したのだろうか。不安をあおるような前のめりの姿勢には危うさを感じざるを得ない。冷静な対応が必要だ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本のミサイル防衛（ＭＤ）システムは[[海上自衛隊]]の[[イージス艦]]による迎撃、さらに[[航空自衛隊]]の地対空誘導弾パトリオット(PAC3)による迎撃の2段構えである。南西諸島に迎撃態勢を敷くことは範囲が広すぎ、現実的ではない。弾丸を弾丸で撃ち落とすようなMDは技術的に多くの問題を抱える。南西諸島に新たな緊張を持ち込むことにならないか心配だ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 孫が迷彩服の隊員の姿に怖がっている(2012年4月) ==&lt;br /&gt;
4月5日、[[北朝鮮]]のミサイル発射に備え[[PAC3]]が配備された[[石垣市]]。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
PAC3を構成する車両32台は海上自衛隊の輸送艦「くにさき」で午前7時すぎに石垣港に到着。午前8時すぎから市街地を経由して配備地の新港地区に入った。同日には民間チャーター船も新港地区に接岸し、特殊車両など100台以上を降ろした。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
通り沿いで車両通過を見守った自営業の女性(41)は&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ここ数年、島に自衛隊がどんどん入ってくるようになった。この光景が日常になってしまうのが怖い」と困惑した表情を見せる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同地区内では空自隊員によりレーダーや発射機の設置作業が進められ、発射口が数度、北へ向けられた。海側数カ所には監視要員が立ち、通過する船舶に双眼鏡やカメラを向けた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
市内の女性(70)は「孫が迷彩服の隊員の姿に、テレビで見た戦争を重ねて怖がっている」と憤る。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「そもそも、これだけの人や車が石垣に入る必要があるのか。燃料費も上がり、飲食を切り詰めて税金を支払っている。税金の無駄遣いじゃないか」と吐き捨てた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 中国の機嫌を損ねるな(東京都の尖閣諸島購入) ==&lt;br /&gt;
石原氏の狙いは何なのか。国民の注目を集めるための石原氏一流の政治的パフォーマンスのようにも見えるが、日中双方に新たな混乱を招き、緊張感を高めることにつながらないか、危惧する。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[東京都]]が[[沖縄県]]、[[石垣市]]を飛び越えて買い取るのは釈然としない。都民の税金が使われるが東京から遠く離れた[[尖閣諸島]]を購入することに理解が得られるだろうか。都は寄付を募り、国民運動的な広がりにしたい考えのようだ。領土、領海に関しては国の専権事項である。仮に領土をめぐって中国とトラブルが起きたとしても東京都が何か手出しできるわけではない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ことしは日中国交正常化から40周年を迎える記念すべき年であるのに、ぎくしゃくが続いている。2010年9月には中国漁船衝突事件が起き、日中間は最悪の状態に陥った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ことしに入ってからも[[河村たかし]]名古屋市長が「[[南京虐殺事件]]」はなかったと発言し、友好都市の南京市との交流が冷え込んでいる。日本政府が尖閣の島々に名前を付けると、中国も対抗して独自の名称を付け、尖閣諸島を初めて「核心的利益」と位置付けるなど対立が激しくなっている。漁業監視船が領海侵犯するなど海洋権益のため活動を活発化させる中国の行動はエスカレートする &lt;br /&gt;
傾向にある。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
石原氏は国民の一部にある中国への警戒感に火を付けようとしているのだろうか。それとも有効な手だてを打てないでいる民主党政権を覚醒させようとするつもりなのだろうか。都民からも戸惑いと評価の声が上がっている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[東シナ海]]でトラブルが起きた場合の危機管理を話し合う日中の「海洋協議」の初会合が5月に開かれ、解決の糸口を探ることになっていただけに、このタイミングでの石原氏の発言は残念だ。低迷から抜け出せない経済など日本を覆う閉塞感のはけ口として領土ナショナリズムに向かっていくことにならないか懸念する。中国もナショナリズムを刺激され、さらに対立が深まることになりかねない。政府には国民感情に配慮しながら慎重なかじ取りを求めたい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 中国人がビザ無しで日本に渡航できるようにすべきだ(2013年2月) ==&lt;br /&gt;
日本から中国に観光で行くのにビザはいらない。商用も含めて15日間滞在できる。日本人に対するビザなし渡航が認められたのが2003年9月というから、もうすぐ10年になる &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ところが、中国人が日本を訪問するときにはビザがいる。これには多くの親日派が不満をもっている。民間交流の阻害要因の一つだ、と言い切る人さえいる。作家の劉檸さんは6日付本紙くらし面で、民間交流を盛んにする重要性を説きつつ「中国人の訪日観光ビザを撤廃するくらいの決断をしてほしい」と日本政府に求めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ビザ申請にはかなりの労力と時間を要する。招聘理由書、身元保証書、滞在日程表、招聘人が個人の場合は所得証明、納税証明、住民票、所属組織の在籍証明の添付が必要だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ビザ申請人はこれらの書類と一緒に自分の戸籍の写しなど必要書類を添えて代理機関を通じて総領事館に申請する。一人一人の本籍地が異なる団体を招聘するときは戸籍の写しをそろえるだけで大変だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一昨日、在上海日本国総領事館にビザ発給を春節休暇前にしてくれと申請人に代わって電話で頼んだ。担当者は「問題あれば申請人に連絡する」と取り合ってくれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
言っても詮無いが、発給が遅れると交流事業の開催が危ぶまれるのだ。ああ、ビザなし渡航はいつになるやら。（上間昭一）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 韓国人元慰安婦のキム・ボットンさん、証言と自身の年齢のつじつまが合わず1947年まで強いられた計算 ==&lt;br /&gt;
沖縄タイムスは2013年[[5月20日]]、［元「慰安婦」証言］「私の存在が証拠です」と題した社説を掲載し。その社説には、旧日本軍慰安婦とされる韓国人の金福童（キムボクトン）さん（87歳）が5月18日に沖縄の証言集会に参加したことに触れて、以下のように書かれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『金さんは14歳のころ、旧日本軍に「軍服を作るために日本へ行く」と日本統治下の韓国から連行された。アジア各地の前線を転々とし、8年間、「慰安婦」を強いられた』。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、時事通信社の『時事ドットコム』が25日付で伝えたニュースによると、金さんは25日に大阪で開催された集会においても「工場に行くと言われたのは14歳」と沖縄タイムスの社説と同様の発言をしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここで注目すべきは金さんの誕生年への言及がないことだ。もし彼女が現在87歳であれば、14歳当時は1940年。2013年に満88歳を迎えるのなら、14歳当時は1939年。日本は1945年に終戦を迎えたので、彼女の証言に基づくと、終戦後の数年間も慰安婦を強いられたということを意味する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、ツイッター上では、記事を読んだネットユーザーの「マスコミは足し算や引き算が出来ないのか」「慰安婦自らが証言する言葉に耳を傾けるべき」「私は橋下（徹）大阪市長の味方ではないが、肝心の証言が疑いをかけられるようなものでは…」「計算が合わないことは問題ではない」といったさまざまな意見がつぶやかれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 「中国の『琉球は中国のもので日本が強奪した』論、一理ある。沖縄県民の反応は、中国批判だけではない」 ==&lt;br /&gt;
中国共産党機関紙、人民日報が2013年[[5月8日]]、「琉球王国は独立国家で中国の属国」だったとして、日本の「強奪」を批判する論文を掲載した。政府は、中国に抗議したが、琉球処分で「武力を派遣して強制的に併呑」したのは歴史的事実。沖縄の反応は複雑で、中国批判一辺倒ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[考古学者]]の[[安里嗣淳]]さん(67)は、自分で考えた中国名「孫中路」を名刺に刷っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「琉球の士族は皆、中国名を持っていた。日中両国とうまく付き合った沖縄の歴史と文化にこだわりがある」からだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
県による県民意識調査も同じ8日に発表され、中国への印象は89％が否定的だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「県民は現在の中国には批判的だが、歴史的な親近感はある」とみる。「その沖縄だからこそ、冷静に日中友好の先導役を果たせる」と強調した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「琉球民族独立総合研究学会」設立準備委員会のメンバーで、[[龍谷大]]教授の[[松島泰勝]]さん(50)は、「日本が琉球を暴力的に組み込んだ点は正当化できない」と論文の一部に同調する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方で、「中国と儀礼的な朝貢関係はあっても属国ではなかった。琉球は中国のものというニュアンスがあるが、日本、中国のどちらでもない」と反論。中国での報道を「琉球の問題を国際的な視点で捉える点で意義がある」と評価した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
北京出身で、日中関係に詳しい[[沖縄大]]教授の劉剛さん(55)は&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「論文には、新しい資料や見方が全くない。古い話の繰り返し」と指摘。「尖閣問題で日本側が妥協しなければ琉球の問題を取り上げますよ、というけん制で、中国側の戦術だ」と分析した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その上で、「中国国内の研究者は琉球、沖縄の歴史的な変化や現状に詳しくない。もっと事情を理解して論文を書かなければ、国民同士の理解は生まれない」と話した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 「離島奪還訓練で地域の緊張を高めるな。民主党の東アジアを重視する外交構想は新鮮だった。安倍首相はどうだろうか」 ==&lt;br /&gt;
[[防衛省]]は、陸海空[[自衛隊]]を動員した大規模実動演習を2013年11月1日から、[[九州]]や[[沖縄県]]を中心に実施すると発表した。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
上陸作戦や輸送訓練を予定しており、事実上の離島奪還訓練となる。主な訓練場所は[[那覇]]の南東約400キロにある無人島で、[[米軍]]の射爆撃場となっている[[沖大東島]]([[北大東村]])だという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[尖閣諸島]]周辺で続く[[中国]]との緊張関係などを踏まえた演習であるのは明らかだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
尖閣周辺海域や空域での中国の挑発行為は許し難い。だが、口で言っても聞かない相手には軍事で対抗する、という短絡的思考にはまることは避けなければならない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
軍事的な対応能力を見せつけた上で、その先に外交交渉で協調関係に持ち込む手だてが今の日本政府にあるのだろうか。中国を敵視して圧力をかけつつ、米軍との協調関係をアピールする。それ以外の対中国外交の青写真が安倍政権にあるようにはみえない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
軍事に軍事で対抗するのが抑止につながる、との考え方は根本的解決にはつながらない。一時しのぎというだけでなく、軍事的なエスカレートを招くジレンマも抱える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
沖縄で暮らす住民の立場として沖縄周辺の緊張をさらに高めることにならないか、危惧しないわけにはいかない。自衛隊は今回、米軍提供施設を利用する。共同使用は今後加速していくだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「中国の脅威」と「日米一体化」と「共同使用」はセットで日本の安全保障政策に盛り込まれている。これでは沖縄の負担軽減が図られる要素は容易に見いだし得ない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[民主党]]は[[2009年]]の[[衆院選]][[マニフェスト]]で「[[東アジア共同体]]」を掲げた。東アジアを重視する外交構想は新鮮だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あれから4年余り。日中、日韓関係は領有権問題をめぐり険悪化した。歴史認識問題もひきずり、日本は東アジアにありながら孤立感が深い。過度な対米追従からの脱却を図ろうとした[[鳩山政権]]は[[普天間問題]]で挫折。[[鳩山由紀夫]]氏は「対米関係」という虎の尾を踏むかたちとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[安倍晋三]]首相はどうだろうか。首相は現憲法を「米国に押し付けられた」と捉え、改正を唱えている。過去の植民地支配と侵略を謝罪した「[[村山談話]]」については、国会答弁で「継承しているわけではない」「『侵略』の定義は国際的にも定まっていない」などと発言したこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
首相の歴史認識に対する警戒は中国や韓国だけでなく、[[オバマ政権]]内部にも根強い。安倍首相の本心はどこにあるのか。軍備強化による自主路線に向かう過程として対米協調を装っているのか。いずれにせよ、中国敵視の政策に傾く現状は危うい。米国は、領有権問題に関しては中立の立場を堅持しており、過度な期待は禁物である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
対中包囲網は中国との軍事的な緊張を固定化する。旧来型の軍事的抑止力に過度に依存した安全保障観では軍拡競争にはまり、地域秩序を不安定にするだけだ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本の東アジア外交は危機的である。この現実を打破する手腕こそ求められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 「朝日新聞ですら右派」はウソでなかった。沖縄で見た地元メディア。山城博治被告は1面トップで英雄扱い(2017年4月) ==&lt;br /&gt;
[[沖縄県]]に3泊4日で出張取材に行ってきた。沖縄教育オンブズマン協会会長で、[[普天間基地]]移設反対派などの暴力を伴う抗議活動などをネットで配信している手登根安則(てどこん・やすのり)さんが「[[朝日新聞]]ですら沖縄では右派だ」と言っていたが、その言葉はウソではなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
約束していた「琉球新報・沖縄タイムスを正す県民・国民の会」代表運営委員、[[我那覇真子]]さん(27)のインタビュー取材を終えたとき、我那覇さんが「ここ5日の新報とタイムスです」と言って、新聞の束を渡してくれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
古新聞の束を抱えて空港をうろうろするのは気恥ずかしかったが、東京で腰を落ち着けて読んでみると、聞きしに勝る「偏向」ぶりに、人の目を気にしながらも持って帰ってきて良かったと思った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まず沖縄平和運動センターの[[山城博治]]被告(64)が保釈された事実を伝える[[3月19日]]付の両紙。ともに1面トップに社会面トップの受け、第2社会面にまで関連記事がある。まるで[[ミャンマー]]の[[アウン・サン・スー・チー]]国家顧問兼外相が[[2010年]]に自宅軟禁を解かれたときも地元ではかくや、と思うような騒ぎだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
琉球新報は特にすごい。「山城議長　保釈」のメーン見出しのそばに「勾留５カ月『不当弾圧』」と4段にわたるこちらも大きな見出し。今どき、一般紙を標榜する新聞で「不当弾圧」の文字にお目にかかれるとは、ある種の感慨を覚える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに山城被告は威力業務妨害、傷害、器物損壊の罪に問われている。が、山城被告の「私たちの容疑は広く言えば、県民への弾圧でもあるだろう」という主張を紹介、トップ写真は支援者と抱き合って喜んでいるものだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
沖縄タイムスも負けていない。第2社会面に「行動制限　遠い自由」との大見出しの下、沖縄の日本復帰前に那覇市長などを務め、[[日本共産党]]に所属するなどし、衆院議員も歴任した[[瀬長亀次郎]](1907～2001)に重なる不屈の闘志と褒め称えている。[[森川恭剛]](もりかわ・やすたか)[[琉球大]]教授(刑法)の顔写真入りのコメントも載せ「勾留は職権乱用」としているが、そもそもこの方、山城被告を釈放するよう刑法学者41人が声明を出した際の呼びかけ人だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実は18日、[[尖閣諸島]]([[沖縄県]][[石垣市]])周辺の接続水域に中国海警局の船4隻が出没したのだが、こちらはたったの4行。「米軍MH60ヘリが初の実弾訓練か」という記事の方がよほど扱いが大きかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
琉球新報はそれでも山城被告を勾留した検察に怒りが収まらないのか、「『運動萎縮狙いか』山城議長長期勾留　県幹部が批判」との見出しで、20日にも2段記事を掲載した。仮にも公の立場を持つ沖縄県の幹部である。「反対運動のリーダーを5カ月にわたり勾留するのは、運動の萎縮を狙ったのではないかと疑ってしまう」と言ったとされる。県幹部って一体誰だ?&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[3月21日]]は、犯罪を計画段階で処罰する「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ「テロ等準備罪」を新設する[[組織犯罪処罰法]]改正案が閣議決定され、衆院に提出された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
22日の両紙は1面や社会面などで大展開。琉球新報は「反基地適用を危惧」「市民運動萎縮狙う」との見出しで、乱用防止に担保がないなどと報じた。沖縄タイムスも「反基地運動を弾圧」「戦前へ回帰」などと扇情的な見出しを掲載。元基地従業員の男性(70)の「弾圧するためとしか思えない」とのコメントを紹介しているが、この方は反基地運動では有名な人で、[[日本共産党]]の方。琉球新報も県内の弁護士に取材し、「抗議活動を抑圧するための法案だ」とのコメントを掲載しているが、この弁護士も普天間基地移設反対運動での逮捕者の弁護人だという。登場してくる人がやたら利害関係者なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
22日の琉球新報社会面トップは『共謀罪』国会提出　反基地適用を危惧」、カタ(左上の記事)が「宮古島市議に攻撃メール」、ヘソ(中央付近)には「『添田さん釈放を』那覇地裁前で70人抗議集会」だった。ほぼ全面を基地絡みの記事が埋めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに山城被告と添田充啓(そえだ・あつひろ)被告(44)の呼称は、琉球新報では山城被告は「議長」、添田被告は「添田さん」となっている。山城被告は2紙とも「山城議長」だ。沖縄タイムスは添田被告を「添田氏」と呼称している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
添田被告は傷害罪などに問われているのだが、琉球新報の記事中にその事実は書かれておらず、「山城博治さんたちの早期釈放を求める会」の共同代表らの「どうして不当な長期勾留が沖縄では許されるのか」「日本の三権分立は危機に瀕している」という声が紹介されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==著名な人物==&lt;br /&gt;
*[[新川明]]&lt;br /&gt;
*[[川満信一]]&lt;br /&gt;
*[[牧港篤三]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==連載漫画==&lt;br /&gt;
*「時事漫評」渡嘉敷唯夫　砂川友弘&lt;br /&gt;
*「グルくん」はらたいら　朝刊　1981年4月～1983年9月、1989年3月～1990年3月&lt;br /&gt;
*「おばぁタイムス」大城さとし　ダーヴァ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==本社・印刷工場所在地==&lt;br /&gt;
*本社&lt;br /&gt;
**[[那覇市]]おもろまち1-3-31&lt;br /&gt;
*浦添印刷センター（印刷工場）。UP（ユーピー）センターともいう&lt;br /&gt;
**[[浦添市]]伊奈武瀬1-10-5&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==支社・支局==&lt;br /&gt;
*中部支社 - [[沖縄市]]仲宗根町35-3&lt;br /&gt;
*北部支社 - [[名護市]]港2-6-5 2F&lt;br /&gt;
*南部総局 - [[島尻郡]][[八重瀬町]]字東風平268&lt;br /&gt;
*宮古支局 - [[宮古島市]]平良字西里384 2F&lt;br /&gt;
*八重山支局 - [[石垣市]]字石垣416-4 1F&lt;br /&gt;
*東京支社 - [[東京都]][[中央区 (東京都)|中央区]][[銀座]]2-4-1&lt;br /&gt;
*関西支社 - [[大阪府]][[大阪市]][[中央区 (大阪市)|中央区]][[北浜]]3-1-12&lt;br /&gt;
*福岡営業所 - [[福岡県]][[福岡市]][[中央区 (福岡市)|中央区]][[天神 (福岡市)|天神]]1-9-17 ダヴィンチ福岡天神ビル13F（[[琉球放送]]、[[琉球朝日放送]]の福岡支社も同居）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==番組表==&lt;br /&gt;
*[[番組表]]は[[日刊編集センター]]から配信されている。また、[[ステレオ放送]]は番組表内の文字表記（略記号）で'''「［立］」'''と表記されている。立体音声の略と思われるが、この表記は全国でも[[福島民報]]と本紙のみである。&lt;br /&gt;
*最終面（地上波テレビ） [[NHK総合テレビジョン|NHK総合テレビ]]・[[NHK教育テレビジョン|Eテレ]]、[[琉球放送]]、[[琉球朝日放送]]、[[沖縄テレビ放送|沖縄テレビ]]（フルサイズ）、[[NHK BS1]]・[[NHK BSプレミアム|BSプレミアム]]、[[WOWOW]]プライム（ハーフサイズ）、解説欄&lt;br /&gt;
*中面（衛星放送・ラジオ）　民放系BS放送、[[沖縄ケーブルネットワーク]]、[[宮古テレビ]]、[[石垣ケーブルテレビ]]（3局とも自主編成のチャンネル。宮古テレビと石垣ケーブルテレビは上下2段で2チャンネル分掲載）、[[AFN]]（テレビ。「AFRTS」と表記）、一部CS放送、[[NHKラジオ第1放送|NHKラジオ第1]]・[[NHKラジオ第2放送|ラジオ第2]]、RBC iラジオ、[[ラジオ沖縄]]、[[NHK-FM放送|NHK-FM]]、[[エフエム沖縄|FM沖縄]]、[[コミュニティ放送|コミュニティFM放送]]（FM石垣を除く。ただしFM石垣もかつては掲載されていた）&lt;br /&gt;
:※県外放送局と[[日経ラジオ社|ラジオNIKKEI]]は掲載されていない（[[ケーブルテレビ]]では[[区域外再送信|県外局の再配信]]をしているところがないが、[[鹿児島県]]の一部テレビ局を沖縄本島北部で直接受信できる地域がある。ラジオも一部受信できる局あり）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==備考==&lt;br /&gt;
*[[1974年]]（昭和49年）[[9月8日]]、アテネ発ローマ経由ニューヨーク行きの[[トランスワールド航空|TWA]]841便ボーイング707型機が、イオニア海ケフェロニア島近くで爆破され（[[トランスワールド航空841便爆破事件]]）、事故機に沖縄タイムスのタイムス・ヨーロッパ産業視察団の上地一史社長（当時）ほか、沖縄タイムスの有力広告主13人が搭乗し、社の上層部と有力スポンサーを失うという惨事があった。&lt;br /&gt;
*本紙購読者は[[朝日新聞デジタル]]を本誌購読料+1000円/月で利用する事が出来る。&lt;br /&gt;
*マスコットは「ワラビー」。こどもを意味する沖縄の方言「わらび」と動物の「[[ワラビー]]」をかけている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連放送局==&lt;br /&gt;
*[[琉球放送]]&lt;br /&gt;
*[[琉球朝日放送]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[プロ市民]]&lt;br /&gt;
*[[ネット左翼]]&lt;br /&gt;
*[[沖展]]（戦後の美術復興のために始まった総合美術展）&lt;br /&gt;
*[[NAHAマラソン]]（走者25000人、「太陽と海とジョガーの祭典」として知られる沖縄県内最大のマラソン大会）&lt;br /&gt;
*[[全琉音楽祭]]（沖縄タイムスが毎年1月に開催している音楽行事）&lt;br /&gt;
*[[筑紫哲也]]（かつて『沖縄版多事争論』として連載、復帰前に朝日新聞那覇支局に勤務していた）&lt;br /&gt;
*[[牧港襄一]]（元[[日本放送協会|NHK]]アナウンサー。父・篤三が設立に関与し、記者として活躍した）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://www.okinawatimes.co.jp/ 沖縄タイムス]&lt;br /&gt;
* {{Twitter|theokinawatimes|沖縄タイムス}}&lt;br /&gt;
* {{Facebook|okinawatimes|沖縄タイムス}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:おきなわたいむす}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の新聞]]&lt;br /&gt;
[[Category:沖縄県のマスメディア]]&lt;br /&gt;
[[Category:那覇市の企業]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の左翼]]&lt;br /&gt;
[[Category:反日主義]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>垢BAN</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E7%90%89%E7%90%83%E6%96%B0%E5%A0%B1&amp;diff=361654</id>
		<title>琉球新報</title>
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				<updated>2018-11-17T03:05:41Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;垢BAN: /* 外部リンク */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:スイス政府の民間防衛.jpg|600px|thumb|スイス政府「民間防衛」]]&lt;br /&gt;
'''琉球新報'''（りゅうきゅうしんぽう）は、[[沖縄県]]を中心に発行されている日刊[[新聞]]。'''株式会社琉球新報社'''が発行している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
反日・反米、[[中国]]による沖縄支配を要望している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
沖縄県で最も古い新聞会社（1951年に「うるま新報」を復元改題した「琉球新報」は法人としては別組織）。旧「琉球新報」は、首里出身の尚順、高嶺朝教、太田朝敷ら旧支配層によって創設。創刊目的&amp;lt;ref&amp;gt;琉球新報創刊目的「偏狭の陋習を打破して地方的島国根性を去りて国民的同化をはかること」&amp;lt;/ref&amp;gt;に明言するように、日本に国民的に「同化」することを目指した。当時の寄留商人に牛耳られた沖縄社会を取り戻すためには、日本に「同化」する必要があると判断し、それが成功した結果、「支配階級の機関紙」と言われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
社内の分裂も経ながら、3紙統合がなされた沖縄戦直前まで生き延びたのも、経営者が資産家であったこと、また県当局に妥協し、民権運動を弾圧するなど事大主義的な編集方針が幸いしたといわれる。1940年に「沖縄朝日新聞」「沖縄日報」とともに「沖縄新報」に統合され、沖縄戦とともに姿を消した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦後「うるま新報」として創刊され、旧琉球新報の題字を改題復活させた新「琉球新報」は、現在も県内では、ライバル紙「[[沖縄タイムス]]」とシェアを二分する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1969年]]には[[労働組合]]の[[ストライキ]]（春闘）の影響で約2週間新聞休刊したこともあった。[[1979年]]には[[九州]]・沖縄地区初のカラー印刷を開始。更に[[1981年]]には1面など主要ページを全国主要地方紙として初めて連日カラー化に踏み切った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]]3月期の売上構成は新聞購読料が38%、広告料収入37%、その他25%となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マスコットキャラクターは[[りゅうちゃん]]。ゆるキャラとして人気があり、グッズも販売されている。琉球新報本社のほか、[[国際通り]]の商店などで入手可能である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年3月より夕刊を廃止し、朝刊のみの発行となる（それ以前からも[[1993年]][[10月]]から第2土曜日が休刊となっていた。これは週休2日制が定着したことを受けてのものである）。社告ではその理由を「広告需要の長期低迷と、用紙代やインキ代など資材高騰による新聞製作コスト上昇」と説明し、夕刊時間帯のニュース報道はインターネットを活用して速報態勢を強化するとしている。なお夕刊廃止は大手紙・地方紙の別を問わず全国的な流れとなっており、沖縄タイムスも同時期に夕刊廃止を行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革 ==&lt;br /&gt;
* [[1893年]][[9月15日]] - [[沖縄県]]初の新聞として、隔日刊新聞「'''琉球新報'''」が発行される。尚順が社長、太田朝敷が編集担当。社屋は那覇西村123番地。紙面は縦35.6cm、横28.5cmで4ページ建て、隔日刊。（現在の同紙とは題字が同一だが、企業体は別である）。&lt;br /&gt;
* [[1906年]] - 日刊紙となる。&lt;br /&gt;
* [[1914年]][[4月25日]] - 紙齢（号数）5000号を数える。&lt;br /&gt;
* [[1915年]][[6月16日]] - 記事「飛行機の話」に言文一致の新聞文章が沖縄県内で初めて使われた。&lt;br /&gt;
* [[1940年]][[12月20日]] - 全国的に行われた「一県一紙化」を目的とする政府指導により「琉球新報」、「[[沖縄朝日新聞]]」、「[[沖縄日報]]」の三紙が統合し、新たな新聞「[[沖縄新報]]」を発行した。&lt;br /&gt;
* [[1945年]]&lt;br /&gt;
** [[3月23日]]から始まった[[沖縄戦]]の最中も、首里城地下の32軍司令部壕の近くにあった新聞社壕で発行が続けられた。壕内の新聞発行は元「沖縄朝日新聞」記者らが中心となって発行を続けており、元「琉球新報」記者はすでにこの時点で制作に携わっていなかった。同年[[5月27日]]に[[第32軍 (日本軍)|第32軍]]が沖縄本島南部へ撤退したため、新聞発行を続けることが困難になり事実上終刊。全国で唯一、戦争によって廃刊された新聞となった。&lt;br /&gt;
** [[7月26日]] - 沖縄戦終戦によって戦後初めての新聞「'''ウルマ新報'''」(のち「うるま新報」と変更される)が米軍の準機関紙として発行された。タブロイド版週刊2ページ建てで、発行2万部を無料配布。米軍が戦前の新聞関係者による新聞発行を嫌ったため、新聞発行に経験がない素人によって発行されることとなった。そのため、戦時中に発行されていた「沖縄新報」や、戦前の「琉球新報」との人的つながりは島清を除くと編集部門ではなく、新聞壕の活字を掘り起こした技術部門の人々が、実質的に戦前の琉球新報とのつながりを示している。&lt;br /&gt;
* [[1946年]]&lt;br /&gt;
** [[4月]] - 池宮城秀意が編集長に就任。新聞記者としての職歴をもつ唯一の職員。&lt;br /&gt;
** [[5月22日]] - 米軍政府と沖縄民政府の機関紙に正式に指定。&lt;br /&gt;
* [[1949年]]2月 - 「琉球新報」復刊を目指し株式会社琉球新報社を設立。&lt;br /&gt;
* [[1951年]][[9月10日]] - [[サンフランシスコ平和条約]]締結を機に「'''琉球新報'''」に復元改題。再び、琉球新報の名で発行され始める」。沖縄民政府副知事を退任し、戦前の「琉球新報」社長を務めた又吉康和が題字へのこだわりと郷愁が背景にあった。高良一が「琉球日報」という新聞を買い取り、「琉球新報」と改題しようとするのを、やめさせて、自らの新聞の題字に採用した」。&lt;br /&gt;
* [[1955年]][[3月1日]] - [[夕刊]]が発行され始める。&lt;br /&gt;
* [[1961年]][[2月16日]] - [[日本新聞協会]]に入会。&lt;br /&gt;
* [[1963年]][[9月15日]] - 戦前の琉球新報との一体感を打ち出すために、親泊政博社長が「復刊17年、紙齢5000号を迎えた」と表現。9月15日に「創刊70周年」（ウルマ新報創刊18年）を打ち出した。&lt;br /&gt;
* [[1965年]]1月 - 那覇市下泉町2の8に地上4階、地下1階の新社屋が落成、移転。&lt;br /&gt;
* [[1966年]]&lt;br /&gt;
** [[4月1日]] - 琉球新報社の提唱で「[[ノグチゲラ]]」を沖縄県鳥に選定。&lt;br /&gt;
** [[12月20日]] - 琉球政府と共催で沖縄県木選定運動を提唱、「[[リュウキュウマツ]]」が県木に選定される。&lt;br /&gt;
* [[1968年]][[2月1日]] - 前日1月31日付けの朝刊の発行号数6815号を、2月1日付けで発行号数21058号に変更。この年の9月15日創刊75周年（ウルマ新報創刊23年）を祝う。&lt;br /&gt;
* [[1969年]][[5月20日]] - 労働組合のストライキが勃発。[[6月3日]]まで新聞発行が事実上停止。&lt;br /&gt;
* [[1979年]]8月 - 九州・沖縄地区では初の超高速多色カラー・オフセット新聞印刷輪転機を設置。&lt;br /&gt;
* [[1979年]][[10月7日]] - 朝刊から連日多色カラーの報道写真を掲載。&lt;br /&gt;
* [[1981年]][[7月18日]] - 全国に先駆けて紙面の文字を大型化、従来の1段93行、1行15字詰めの文字配列体裁を1段90行、1行14字詰めに改める。&lt;br /&gt;
* [[1981年]][[12月7日]] - 全国初の朝夕刊連日カラー印刷となり、天気図を朝夕刊カラー化。&lt;br /&gt;
* [[1983年]][[9月1日]] - 株式会社琉球新報開発を設立。&lt;br /&gt;
* [[1984年]][[3月1日]] - [[名護市]]に北部本社を開設。これにより今まで不可能だった[[伊江島]]、[[宮古諸島]]、[[八重山列島|八重山]]、[[久米島]]など離島での夕刊の即日配達を可能にした。&lt;br /&gt;
* [[1985年]][[4月1日]] - 週刊「レキオ」を発行。&lt;br /&gt;
* [[1990年]][[7月1日]] - 同社のスポーツ新聞「[[新報スポニチ]]」を発行。（[[スポーツニッポン]]新聞社と提携=事実上の地域フランチャイズ契約）。&lt;br /&gt;
* [[1993年]]&lt;br /&gt;
** [[9月15日]] - 創刊100年（ウルマ新報創刊48年）。&lt;br /&gt;
** [[10月9日]] - 第2土曜日付夕刊廃止。&lt;br /&gt;
* [[1994年]][[9月15日]] - 縦題字から横題字に変更。&lt;br /&gt;
* [[1996年]][[5月24日]] - ウェブサイト開設。&lt;br /&gt;
* [[1997年]][[2月19日]] - 台湾最大の発行部数を誇る中国時報社と記事交換協定を結ぶ。&lt;br /&gt;
* [[1999年]][[11月15日]] - 那覇市天久に制作センター完成。&lt;br /&gt;
* [[2001年]][[1月3日]] - 正月休みとして[[1975年]]以来、同日付け新聞は休刊していたが、当年に25年ぶりに1月3日号発行（沖縄タイムスも同様）。&lt;br /&gt;
* [[2005年]]&lt;br /&gt;
** [[3月15日]] - 本社を現在の那覇市天久に移転。&lt;br /&gt;
** [[4月20日]] - 県内初の琉球新報新聞博物館を本社に併設。&lt;br /&gt;
** [[9月15日]] - 琉球新報キャラクター「りゅうちゃん」が誕生。&lt;br /&gt;
* [[2008年]][[11月1日]] - 「[[日本経済新聞]]」の委託印刷を開始。全国紙では初めての沖縄現地印刷。&lt;br /&gt;
* [[2009年]]&lt;br /&gt;
** [[3月1日]] - 夕刊を廃止。朝刊単独紙に移行。&lt;br /&gt;
** [[10月5日]] - [[沖縄タイムス]]との間で、災害時やシステム障害の際の「緊急時における新聞発行の援助に関する協定」を締結。&lt;br /&gt;
* [[2011年]][[1月9日]] - 小中学生新聞「りゅうPON」創刊。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 注目を集めた報道 ==&lt;br /&gt;
=== 受賞した報道・連載 ===&lt;br /&gt;
* [[1968年]] - 「黒い政治」で日本ジャーナリスト会議（JCJ）奨励賞&lt;br /&gt;
* [[1978年]][[10月15日]] - 中国漁船団の尖閣諸島領海侵犯の写真報道で日本新聞協会賞を受賞&lt;br /&gt;
* [[1985年]] - 前泊博盛記者が連載「子供たちの赤信号〜学校保健室はいま」でアップジヨン医学記事賞特別賞&lt;br /&gt;
* [[1987年]] - 編集局が「国家機密法と沖縄」でJCJ奨励賞&lt;br /&gt;
* [[1988年]][[4月23日]] - 連載企画「沖縄農業の最先端」で国吉克俊記者が農業ジャーナリスト賞を受賞&lt;br /&gt;
* [[1996年]] - 「異議申し立て基地沖縄」でJCJ奨励賞&lt;br /&gt;
* [[1998年]][[10月15日]] - キャンペーン「検証 老人デイケア」報道で日本新聞協会賞受賞&lt;br /&gt;
* [[2000年]] - 「平和資料館展示変更問題」でJCJ賞&lt;br /&gt;
* [[2003年]] - 琉球新報社編「ルポ 軍事基地と闘う住民たち」で平和協同ジャーナリスト基金奨励賞&lt;br /&gt;
* [[2004年]]&lt;br /&gt;
** [[8月14日]] - 外務省機密文書の暴露と地位協定の改定を目指すキャンペーン報道でJCJ大賞を受賞&lt;br /&gt;
** 地位協定取材班の連載「検証地位協定〜不平等の源流」がJCJ大賞&lt;br /&gt;
** 同企画で第4回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞を受賞&lt;br /&gt;
** 同企画で新聞労連ジャーナリズム大賞特別賞受賞&lt;br /&gt;
* [[2005年]]&lt;br /&gt;
** [[9月7日]] - 沖縄戦60年企画「沖縄戦新聞」が日本新聞協会賞を受賞&lt;br /&gt;
** [[10月5日]] - 同企画で第5回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞を受賞&lt;br /&gt;
* [[2010年]]&lt;br /&gt;
** 連載「呪縛（じゅばく）の行方」を中心とする「普天間基地問題」のキャンペーン報道でJCJ賞受賞&lt;br /&gt;
** 与那嶺路代ワシントン特派員の「普天間問題を巡るワシントン発の一連の報道」で平和協同ジャーナリスト基金奨励賞&lt;br /&gt;
* [[2011年]]&lt;br /&gt;
** 1月 - 「普天間飛行場問題の本質に迫る報道」で第15回新聞労連ジャーナリスト大賞を高知新聞と共同受賞&lt;br /&gt;
** 連載「それぞれの歩幅で〜発達支援を考える〜」で第30回ファイザー医学記事賞優秀賞を受賞&lt;br /&gt;
** 「ひずみの構造――基地と沖縄経済」で平和協同ジャーナリスト基金奨励賞 &lt;br /&gt;
* [[2012年]]&lt;br /&gt;
** 1月 - 「米軍普天間飛行場返還・移設問題をめぐる沖縄防衛局長による不適切発言の報道」で第15回新聞労連ジャーナリスト大賞を受賞&lt;br /&gt;
** 7月 - 「沖縄防衛局長の『オフレコ』暴言スクープをはじめとする米軍普天間飛行場移設問題をめぐる一連の報道」で第55回JCJ賞を受賞&lt;br /&gt;
** 9月 - 玉城江梨子記者の連載「住民と共に生きて―復帰39年　医療保健の足跡」が第31回「ファイザー医学記事賞」優秀賞&lt;br /&gt;
** 12月 - 連載「米海兵隊のオスプレイ配備に抗（あらが）う一連の報道」が、平和・協同ジャーナリスト基金（PCJF）賞奨励賞を受賞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 沖縄方言論争 ===&lt;br /&gt;
* 1940年、沖縄県庁と日本民芸協会の[[柳宗悦]]との間で起こった。沖縄県庁の「標準語励行」推進に対し、柳は沖縄語の重要性を指摘し、批判した。琉球新報は沖縄県庁とともに「標準語推進」の論陣をはった。現在の琉球新報は、当時の琉球新報とは全く別の新聞であるにもかかわらず、会社の連続性を主張している。しかしながら、戦前の琉球新報がかかわったこの方言論争について、現在の琉球新報が自社の責任にふれて論ずることは全くない。また、上司が方言で指示をしたため、部下が意味を取りちがえた結果、ねつ造記事を書くということが起こった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 誤報 ===&lt;br /&gt;
* [[2010年]][[11月28日]]付、[[宜野湾市]]長選挙'''投票日'''の紙面で選挙を報道する際、候補者・[[安次富修]]の写真に「市民税の'''引き上げ'''や中学校3年生までの医療費無料化などを掲げ、市政の変革を訴える安次富修氏」とのキャプションをつけてしまう。安次富は公約に「市民税の'''引き下げ'''」を掲げており、キャプションは'''全く逆'''である。安次富を支援する宜野湾市議会議員などの指摘を受けた琉球新報は、直ちに投票所に訂正とお詫びを掲示する手配をし、ホームページでは即日、紙面では翌29日に訂正記事を掲載した。選挙で安次富は21742票を獲得したが、対立候補の[[安里猛]]に1856票差で敗れている。&lt;br /&gt;
* 11月26日の朝刊5面に、「磁石の力で発電　エコエンジン研究へ」と題する記事が発表され、磁石による回転運動によって発電する装置を[[沖縄工業高等専門学校]]が開発しているとした。しかし、沖縄高専は、取材を受けた事は事実だが「発電を実現する」というコメントはしていないとこの記事を否定した。なお、この記事は琉球新報のサイトでは削除されている。&lt;br /&gt;
*2013年1月31日、読者の投稿欄に小学1年生の女児が、祖父のために[[紙巻きタバコ|タバコ]]を購入したという投書が載った。しかし、この女児が所属しているとされた小学校に、この名前の児童は在籍しておらず、学校側が琉球新報に連絡を入れた。2月6日、琉球新報は「第三者による学校名・氏名を偽った投稿であり、内容も不適切だった」として「おわび」を掲載した。医療関係者が、不適切な内容とは何のことかを尋ねると、「おわび記事に書いている以上のことはお話できません」と断られた。この投稿には、「祖父のため」といえば小学生にでもタバコを売ってくれるという宣伝ではないかという疑いがある。また、小学生が習っていない[[漢字]]が使われていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 論調 ==&lt;br /&gt;
* その論調は地方紙の中では[[左派]]的・[[進歩的]]で、[[非武装中立]]を主張し[[日米安全保障条約]]にも批判的である。[[歴史認識]]も進歩的な観点での主張に終始している。[[在日米軍]]の駐留そのものにも軍事行動以外の事柄に対しても批判的で、[[東日本大震災]]の際の[[トモダチ作戦]]と称した救援活動に対しても、最前線で活動する兵士の活動を含めて[[売名]]目的と厳しく批判したほぼ唯一の新聞である（トモダチ作戦を同じ論調で非難していた沖縄タイムズですら、最前線で活動する兵士を賞賛している）。また東日本大震災発生後も、その直前に報じられた｢沖縄はゆすり･ごまかしの名人｣と発言したとされる[[ケヴィン・メア|メア]]氏に対するバッシングを続けた。&lt;br /&gt;
* [[東日本大震災]]後は、[[琉球大学]][[教授]]の[[矢ヶ崎克馬]]を皮切りに[[福島第一原子力発電所事故|原発事故]]と[[在日米軍#沖縄県の基地問題|基地問題]]を同列に扱い、[[普天間基地移設問題|普天間問題]]を始めとする[[在日米軍#沖縄県の基地問題|基地問題]]反対を主張する論調も見られるようになった。&lt;br /&gt;
: [[福島第一原子力発電所事故|原発事故]]関連では他に、[[2012年]][[2月23日]]に[[那覇市]]内で開催予定だった'''[[青森県]]'''からの雪による雪遊びイベントが中止になった件について、実際に中止を求めたのは反原発団体のメンバーらであり、そのイベントについての説明会に地元の那覇市民の姿はなかったにもかかわらず、翌[[2012年]][[2月23日]]のコラムで、あたかも地元の那覇市民もイベント中止を求めたかのような印象を与える文体で、政府、そして[[石原慎太郎|石原]]都知事を批判した。&lt;br /&gt;
: なお、この騒動の約2週間前の[[2012年]][[2月10日]]、[[那覇市]]のとなりの[[浦添市]]内の小学校を'''[[福島県]]'''からの[[雪だるま]][[親善大使]]の[[小学生]]が訪問し、その小学校の児童らといっしょに'''[[福島県]]'''からの雪で遊ぶ交流会が行われたが、そのことについての記事は、[[2009年]][[1月]]の記事を最後に、現時点で確認できない。&lt;br /&gt;
* その[[左派]]的、[[進歩的]]な論調は、4コママンガ｢[[がじゅまるファミリー]]｣にも時折その影響が見られる。&lt;br /&gt;
: たとえば[[2007年]]の大会当日、[[2010年]]の大会前日の紙面で県民大会について描いたり、[[2010年]][[6月]]には作者の実母の体験とされる[[沖縄戦]]体験談をモデルにし、[[沖縄戦における集団自決|集団自決]]を連想させる内容を4コママンガに描いている。&lt;br /&gt;
: また、[[2012年]][[6月]]には｢'''平和の音'''｣と題し、過去に[[嘉手納飛行場|嘉手納基地]]の司令官が発言し、[[ケヴィン・メア]]氏も発言したとされる、米軍機の騒音を表す｢'''自由の音'''｣発言を批判するような内容を描いてる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 中国が尖閣諸島を「奪う」メリットがあるとは思えない。従って「奪還」のためにオスプレイが役立つこともない ==&lt;br /&gt;
米軍[[普天間飛行場]]に強行配備された新型輸送機[[オスプレイ]]をめぐる二つの「公開」の動きには、きな臭さを感じざるを得ない。[[陸上自衛隊]]と米海兵隊は米[[カリフォルニア州]]で行った日米共同訓練で、陸自隊員がオスプレイに搭乗し、敵に奪われた島を奪還する作戦を報道関係者に公開した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
沖縄県民の反発や、全国的に設定されている飛行訓練ルート下の地域住民の不安を和らげるために、オスプレイの「安全性」や「有用性」をアピールする狙いがあるのは明白だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自衛隊も持ち出して緊張状態が続く[[尖閣問題]]を意識させれば、[[日米同盟]]強化もオスプレイ配備も納得してもらえるという算段だろうが、あまりにも作戦の想定が安直で非現実的ではないか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国際社会への影響の大きさやその後の維持管理コストなどを考えると、中国が尖閣諸島を「奪う」メリットがあるとは思えない。従って「奪還」のためにオスプレイが役立つこともないだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
射撃管制用レーダー照射問題に見られるように、偶発的な衝突が起こる危険性は確かにある。しかし、関係国はこうした事態の回避にこそ力を注ぐべきであり、「奪還訓練」はむしろ、中国を刺激して危険性を高めるだけである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「敵に奪われた島を奪還」というなら韓国が実効支配する[[竹島]]も浮かぶが、不思議とそういった話は聞かない。全てが中国の動きをにらんだ南西諸島の防衛強化に向けて印象操作されているようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
オスプレイに関しては、防衛省は将来の導入に向け2013年度予算案に調査研究費を計上しているが、自衛隊内にも、どうしても必要というものではない、といった戸惑いや懸念があるという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
米軍にとって膨大な開発費をつぎ込んだオスプレイは、何が何でも売り込みたい代物だろう。しかし、重大な欠陥が指摘されている1機100億円の機材を導入する必要が本当にあるのか、防衛省は精査すべきだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした中、米軍は3月3日に普天間飛行場で、県民を対象にオスプレイの公開見学会を開催するという。あからさまな宣撫工作だが、オスプレイに対する反発や不安の大きさに、米軍が焦りを抱いている証左でもあろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
既成事実を積み重ねる形で「離島防衛」が喧伝され、オスプレイ配備定着が図られている。注視して対応する必要がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 「朝日新聞ですら右派」はウソでなかった。沖縄で見た地元メディア。山城博治被告は1面トップで英雄扱い(2017年4月) ==&lt;br /&gt;
[[沖縄県]]に3泊4日で出張取材に行ってきた。沖縄教育オンブズマン協会会長で、[[普天間基地]]移設反対派などの暴力を伴う抗議活動などをネットで配信している手登根安則(てどこん・やすのり)さんが「[[朝日新聞]]ですら沖縄では右派だ」と言っていたが、その言葉はウソではなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
約束していた「琉球新報・沖縄タイムスを正す県民・国民の会」代表運営委員、[[我那覇真子]]さん(27)のインタビュー取材を終えたとき、我那覇さんが「ここ5日の新報とタイムスです」と言って、新聞の束を渡してくれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
古新聞の束を抱えて空港をうろうろするのは気恥ずかしかったが、東京で腰を落ち着けて読んでみると、聞きしに勝る「偏向」ぶりに、人の目を気にしながらも持って帰ってきて良かったと思った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まず沖縄平和運動センターの[[山城博治]]被告(64)が保釈された事実を伝える[[3月19日]]付の両紙。ともに1面トップに社会面トップの受け、第2社会面にまで関連記事がある。まるで[[ミャンマー]]の[[アウン・サン・スー・チー]]国家顧問兼外相が[[2010年]]に自宅軟禁を解かれたときも地元ではかくや、と思うような騒ぎだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
琉球新報は特にすごい。「山城議長　保釈」のメーン見出しのそばに「勾留５カ月『不当弾圧』」と4段にわたるこちらも大きな見出し。今どき、一般紙を標榜する新聞で「不当弾圧」の文字にお目にかかれるとは、ある種の感慨を覚える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに山城被告は威力業務妨害、傷害、器物損壊の罪に問われている。が、山城被告の「私たちの容疑は広く言えば、県民への弾圧でもあるだろう」という主張を紹介、トップ写真は支援者と抱き合って喜んでいるものだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
沖縄タイムスも負けていない。第2社会面に「行動制限　遠い自由」との大見出しの下、沖縄の日本復帰前に那覇市長などを務め、[[日本共産党]]に所属するなどし、衆院議員も歴任した[[瀬長亀次郎]](1907～2001)に重なる不屈の闘志と褒め称えている。[[森川恭剛]](もりかわ・やすたか)[[琉球大]]教授(刑法)の顔写真入りのコメントも載せ「勾留は職権乱用」としているが、そもそもこの方、山城被告を釈放するよう刑法学者41人が声明を出した際の呼びかけ人だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実は18日、[[尖閣諸島]]([[沖縄県]][[石垣市]])周辺の接続水域に中国海警局の船4隻が出没したのだが、こちらはたったの4行。「米軍MH60ヘリが初の実弾訓練か」という記事の方がよほど扱いが大きかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
琉球新報はそれでも山城被告を勾留した検察に怒りが収まらないのか、「『運動萎縮狙いか』山城議長長期勾留　県幹部が批判」との見出しで、20日にも2段記事を掲載した。仮にも公の立場を持つ沖縄県の幹部である。「反対運動のリーダーを5カ月にわたり勾留するのは、運動の萎縮を狙ったのではないかと疑ってしまう」と言ったとされる。県幹部って一体誰だ?&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[3月21日]]は、犯罪を計画段階で処罰する「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ「テロ等準備罪」を新設する[[組織犯罪処罰法]]改正案が閣議決定され、衆院に提出された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
22日の両紙は1面や社会面などで大展開。琉球新報は「反基地適用を危惧」「市民運動萎縮狙う」との見出しで、乱用防止に担保がないなどと報じた。沖縄タイムスも「反基地運動を弾圧」「戦前へ回帰」などと扇情的な見出しを掲載。元基地従業員の男性(70)の「弾圧するためとしか思えない」とのコメントを紹介しているが、この方は反基地運動では有名な人で、[[日本共産党]]の方。琉球新報も県内の弁護士に取材し、「抗議活動を抑圧するための法案だ」とのコメントを掲載しているが、この弁護士も普天間基地移設反対運動での逮捕者の弁護人だという。登場してくる人がやたら利害関係者なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
22日の琉球新報社会面トップは『共謀罪』国会提出　反基地適用を危惧」、カタ(左上の記事)が「宮古島市議に攻撃メール」、ヘソ(中央付近)には「『添田さん釈放を』那覇地裁前で70人抗議集会」だった。ほぼ全面を基地絡みの記事が埋めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに山城被告と添田充啓(そえだ・あつひろ)被告(44)の呼称は、琉球新報では山城被告は「議長」、添田被告は「添田さん」となっている。山城被告は2紙とも「山城議長」だ。沖縄タイムスは添田被告を「添田氏」と呼称している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
添田被告は傷害罪などに問われているのだが、琉球新報の記事中にその事実は書かれておらず、「山城博治さんたちの早期釈放を求める会」の共同代表らの「どうして不当な長期勾留が沖縄では許されるのか」「日本の三権分立は危機に瀕している」という声が紹介されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著名な記者 ==&lt;br /&gt;
* 池宮城秀意&lt;br /&gt;
* 近田洋一&lt;br /&gt;
* 三木健&lt;br /&gt;
* 松元剛&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 連載漫画 ==&lt;br /&gt;
* 「[[がじゅまるファミリー]]」（[[ももココロ]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 放送番組表 ==&lt;br /&gt;
* 最終面（地上波テレビ）　[[NHK沖縄放送局|NHK沖縄]][[NHK総合テレビジョン|総合]]・[[NHK教育テレビジョン|Eテレ]]、[[琉球放送]]、[[琉球朝日放送]]、[[沖縄テレビ放送]]（フルサイズ）、[[NHK BS1]]、[[NHK BSプレミアム|BSプレミアム]]、[[WOWOW]]プライム（ハーフサイズ）、解説欄&lt;br /&gt;
* 中面（衛星放送・ラジオ）　民放系BS放送、[[WOWOW]]ライブ・シネマ、[[日本BS放送|BS11]]、[[沖縄ケーブルネットワーク]]、[[宮古テレビ]]、[[石垣ケーブルテレビ]]（3局とも自主編成のチャンネル）、NHK沖縄[[NHKラジオ第1放送|ラジオ第1]]、[[NHKラジオ第2放送|ラジオ第2]]、[[ラジオ沖縄]]、RBCiラジオ、NHK沖縄[[NHK-FM放送|FM]]、[[エフエム沖縄]]、[[コミュニティ放送|コミュニティFM放送]]（以前は離島の[[石垣コミュニティーエフエム]]は掲載されていなかった。しかし、[[FMとよみ]]が開局してからはスペース確保ができるようになったため掲載するようになった）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: ※県外放送局と[[日経ラジオ社|ラジオNIKKEI]]は掲載されていない。（[[ケーブルテレビ]]では[[区域外再放送|県外局の再配信]]をしているところがないが、[[鹿児島県]]の一部テレビ局を沖縄本島北部で直接受信できる地域がある。ラジオも一部受信できる局あり）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: ※[[2011年]][[10月1日]]より、最終面の地上波テレビはリモコンキーIDの若い順に再編された（沖縄タイムスと同じ順番）。以前は、Eテレ・総合、沖縄テレビ放送、琉球放送、琉球朝日放送と、民放は沖縄テレビが最初になっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 備考 ==&lt;br /&gt;
* [[番組表|テレビ欄]]は[[日刊編集センター]]から配信されている(沖縄タイムスもここからの配信)。&lt;br /&gt;
* 2011年1月17日から、[[共同通信社]]が[[方正]]と組んで構築した電子新聞プラットフォーム「NewsOasis（ニュースオアシス）」を用い、インターネットに接続したパソコン、[[iPhone]]又は[[iPad]]により紙面を有料で閲覧できるサービス「琉球新報電子版」を開始した。それ以前から紙面よりも早く最新ニュースをWebサイトに掲載する際、記事末尾に【琉球新報電子版】とクレジットしてきたが、インターネットによる紙面配信とは直接関係ない。2012年6月15日に県内向けサービスを開始したのを機に、紙面配信サービスを「琉球新報電子新聞」と改称している。&lt;br /&gt;
* 泉崎ビルに[[読売新聞那覇支局]]、[[産経新聞那覇支局]]、[[毎日新聞那覇支局]]、[[日本テレビ那覇支局]]、[[八重山毎日新聞那覇支局]]、[[宮古毎日新聞那覇支社]]、[[宮古新報那覇支局]]がある(ちなみに朝日の那覇支局は沖縄タイムス本社内)。&lt;br /&gt;
* 東日本大震災発生後の2011年3月11日、12日、14日に号外発行、15日から18日までの4日間、夕刊発行時間帯に4ページ建ての特別版を発行した。&lt;br /&gt;
: ただし、号外･特別号いずれの内容も、3月11日の号外と3月12日の特別号以外はほぼ[[福島第一原子力発電所事故|原発事故]]に偏りの見られるものだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 所在地 ==&lt;br /&gt;
'''[http://ryukyushimpo.jp/ 株式会社琉球新報社]'''　&lt;br /&gt;
* 〒900-8525 沖縄県那覇市天久905&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''琉球新報泉崎ビル'''&lt;br /&gt;
* 〒900-0021 沖縄県那覇市泉崎1-10-3&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''[http://www.shimpo-k.co.jp/ 株式会社琉球新報開発]'''&lt;br /&gt;
* 〒900-0001 沖縄県那覇市港町2-16-1(琉球新報開発ビル7階)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''[http://www.lequio.co.jp/ 株式会社週刊レキオ社]'''&lt;br /&gt;
* 〒900-0001 沖縄県那覇市港町2-16-1(琉球新報開発ビル6階)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''株式会社新報発送'''&lt;br /&gt;
* 〒900-0005 沖縄県那覇市天久905 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''株式会社オキナワグラフ社'''&lt;br /&gt;
* 〒900-0001 沖縄県那覇市港町2-16-1(琉球新報開発ビル4階)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 支社・支局 ==&lt;br /&gt;
* 北部支社 - 〒905-0014 沖縄県[[名護市]]港二丁目3-1 1階&lt;br /&gt;
* 中部支社 - 〒904-0014 沖縄県[[沖縄市]]仲宗根町25-6&lt;br /&gt;
* 宮古支局 - 〒906-0012 沖縄県[[宮古島市]]平良字西里393&lt;br /&gt;
* 八重山支局 - 〒907-0013 沖縄県[[石垣市]]浜崎町二丁目6-19&lt;br /&gt;
* 東京支社 - 〒104-0061 [[東京都]][[中央区 (東京都)|中央区]][[銀座]]四丁目9-6　陽光銀座三原橋ビル3階&lt;br /&gt;
* 大阪支社 - 〒530-0003 [[大阪府]][[大阪市]][[北区 (大阪市)|北区]][[堂島]]二丁目1-2　中村屋ビル4階&lt;br /&gt;
* 福岡支社 - 〒810-0001 [[福岡県]][[福岡市]][[中央区 (福岡市)|中央区]][[天神 (福岡市)|天神]]二丁目8-30　福岡天神第一生命ビル8階&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連放送事業者・有線テレビジョン放送事業者 ==&lt;br /&gt;
* 株式会社[[ラジオ沖縄]]&lt;br /&gt;
* [[沖縄テレビ放送]]株式会社 - 上位9位に名を列ねていない（[[2004年]][[3月31日]]時点）ものの、繋がりは深い。大株主はキー局の[[フジテレビジョン]]。&lt;br /&gt;
* [[沖縄ケーブルネットワーク]]株式会社&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出典 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[新報スポニチ]] - [[スポーツニッポン]]新聞社から沖縄県における印刷・発行業務を受託。&lt;br /&gt;
* [[ROKニュース]] - 一部の沖縄県内のニュースの項目で「'''琉球新報ニュース'''」として当社の新聞記事の提供を受けている。&lt;br /&gt;
* [[エフエム沖縄|FM沖縄]] - 平日15:55からのニュース枠は「琉球新報ニュース」として当社の新聞記事の提供を受けている。&lt;br /&gt;
* [[なは (列車)]] - 愛称は本紙で公募されたものから選ばれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://ryukyushimpo.jp/ 琉球新報]&lt;br /&gt;
* [http://english.ryukyushimpo.jp/ english.ryukyushimpo.jp]（英語版）&lt;br /&gt;
* [http://diary.ryuchan.jp/ りゅうちゃん日記]&lt;br /&gt;
* {{YouTube channel|ryukyushimpo|琉球新報りゅうちゃんねる}}&lt;br /&gt;
* {{Facebook|ryukyushimpo|琉球新報}}&lt;br /&gt;
* {{Twitter|ryukyushimpo|琉球新報}}&lt;br /&gt;
* {{Twitter|ryukyushimpo2|琉球新報}}（ニュース配信）&lt;br /&gt;
* {{Twitter|shimpolinked|琉球新報のRT&amp;amp;はてブ}}（リツイート・ブックマーク情報）&lt;br /&gt;
* [https://newsoasis.kyodonews.jp/newsoasis/N0120.do?command=enter&amp;amp;mediaId=237 NewsOasis 琉球新報電子版]&lt;br /&gt;
*[http://yaplog.jp/u-sugu/archive/719 イオンモール沖縄ライカムでやりたいこと]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{日本の主な新聞}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:りゆうきゆうしんほう}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の新聞]]&lt;br /&gt;
[[Category:那覇市の企業]]&lt;br /&gt;
[[Category:沖縄県のマスメディア]]&lt;br /&gt;
[[Category:1893年設立]]&lt;br /&gt;
[[Category:反日主義]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>垢BAN</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E7%90%89%E7%90%83%E6%96%B0%E5%A0%B1&amp;diff=361653</id>
		<title>琉球新報</title>
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				<updated>2018-11-17T03:05:05Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;垢BAN: /* 概要 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:スイス政府の民間防衛.jpg|600px|thumb|スイス政府「民間防衛」]]&lt;br /&gt;
'''琉球新報'''（りゅうきゅうしんぽう）は、[[沖縄県]]を中心に発行されている日刊[[新聞]]。'''株式会社琉球新報社'''が発行している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
反日・反米、[[中国]]による沖縄支配を要望している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
沖縄県で最も古い新聞会社（1951年に「うるま新報」を復元改題した「琉球新報」は法人としては別組織）。旧「琉球新報」は、首里出身の尚順、高嶺朝教、太田朝敷ら旧支配層によって創設。創刊目的&amp;lt;ref&amp;gt;琉球新報創刊目的「偏狭の陋習を打破して地方的島国根性を去りて国民的同化をはかること」&amp;lt;/ref&amp;gt;に明言するように、日本に国民的に「同化」することを目指した。当時の寄留商人に牛耳られた沖縄社会を取り戻すためには、日本に「同化」する必要があると判断し、それが成功した結果、「支配階級の機関紙」と言われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
社内の分裂も経ながら、3紙統合がなされた沖縄戦直前まで生き延びたのも、経営者が資産家であったこと、また県当局に妥協し、民権運動を弾圧するなど事大主義的な編集方針が幸いしたといわれる。1940年に「沖縄朝日新聞」「沖縄日報」とともに「沖縄新報」に統合され、沖縄戦とともに姿を消した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦後「うるま新報」として創刊され、旧琉球新報の題字を改題復活させた新「琉球新報」は、現在も県内では、ライバル紙「[[沖縄タイムス]]」とシェアを二分する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1969年]]には[[労働組合]]の[[ストライキ]]（春闘）の影響で約2週間新聞休刊したこともあった。[[1979年]]には[[九州]]・沖縄地区初のカラー印刷を開始。更に[[1981年]]には1面など主要ページを全国主要地方紙として初めて連日カラー化に踏み切った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]]3月期の売上構成は新聞購読料が38%、広告料収入37%、その他25%となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マスコットキャラクターは[[りゅうちゃん]]。ゆるキャラとして人気があり、グッズも販売されている。琉球新報本社のほか、[[国際通り]]の商店などで入手可能である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年3月より夕刊を廃止し、朝刊のみの発行となる（それ以前からも[[1993年]][[10月]]から第2土曜日が休刊となっていた。これは週休2日制が定着したことを受けてのものである）。社告ではその理由を「広告需要の長期低迷と、用紙代やインキ代など資材高騰による新聞製作コスト上昇」と説明し、夕刊時間帯のニュース報道はインターネットを活用して速報態勢を強化するとしている。なお夕刊廃止は大手紙・地方紙の別を問わず全国的な流れとなっており、沖縄タイムスも同時期に夕刊廃止を行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革 ==&lt;br /&gt;
* [[1893年]][[9月15日]] - [[沖縄県]]初の新聞として、隔日刊新聞「'''琉球新報'''」が発行される。尚順が社長、太田朝敷が編集担当。社屋は那覇西村123番地。紙面は縦35.6cm、横28.5cmで4ページ建て、隔日刊。（現在の同紙とは題字が同一だが、企業体は別である）。&lt;br /&gt;
* [[1906年]] - 日刊紙となる。&lt;br /&gt;
* [[1914年]][[4月25日]] - 紙齢（号数）5000号を数える。&lt;br /&gt;
* [[1915年]][[6月16日]] - 記事「飛行機の話」に言文一致の新聞文章が沖縄県内で初めて使われた。&lt;br /&gt;
* [[1940年]][[12月20日]] - 全国的に行われた「一県一紙化」を目的とする政府指導により「琉球新報」、「[[沖縄朝日新聞]]」、「[[沖縄日報]]」の三紙が統合し、新たな新聞「[[沖縄新報]]」を発行した。&lt;br /&gt;
* [[1945年]]&lt;br /&gt;
** [[3月23日]]から始まった[[沖縄戦]]の最中も、首里城地下の32軍司令部壕の近くにあった新聞社壕で発行が続けられた。壕内の新聞発行は元「沖縄朝日新聞」記者らが中心となって発行を続けており、元「琉球新報」記者はすでにこの時点で制作に携わっていなかった。同年[[5月27日]]に[[第32軍 (日本軍)|第32軍]]が沖縄本島南部へ撤退したため、新聞発行を続けることが困難になり事実上終刊。全国で唯一、戦争によって廃刊された新聞となった。&lt;br /&gt;
** [[7月26日]] - 沖縄戦終戦によって戦後初めての新聞「'''ウルマ新報'''」(のち「うるま新報」と変更される)が米軍の準機関紙として発行された。タブロイド版週刊2ページ建てで、発行2万部を無料配布。米軍が戦前の新聞関係者による新聞発行を嫌ったため、新聞発行に経験がない素人によって発行されることとなった。そのため、戦時中に発行されていた「沖縄新報」や、戦前の「琉球新報」との人的つながりは島清を除くと編集部門ではなく、新聞壕の活字を掘り起こした技術部門の人々が、実質的に戦前の琉球新報とのつながりを示している。&lt;br /&gt;
* [[1946年]]&lt;br /&gt;
** [[4月]] - 池宮城秀意が編集長に就任。新聞記者としての職歴をもつ唯一の職員。&lt;br /&gt;
** [[5月22日]] - 米軍政府と沖縄民政府の機関紙に正式に指定。&lt;br /&gt;
* [[1949年]]2月 - 「琉球新報」復刊を目指し株式会社琉球新報社を設立。&lt;br /&gt;
* [[1951年]][[9月10日]] - [[サンフランシスコ平和条約]]締結を機に「'''琉球新報'''」に復元改題。再び、琉球新報の名で発行され始める」。沖縄民政府副知事を退任し、戦前の「琉球新報」社長を務めた又吉康和が題字へのこだわりと郷愁が背景にあった。高良一が「琉球日報」という新聞を買い取り、「琉球新報」と改題しようとするのを、やめさせて、自らの新聞の題字に採用した」。&lt;br /&gt;
* [[1955年]][[3月1日]] - [[夕刊]]が発行され始める。&lt;br /&gt;
* [[1961年]][[2月16日]] - [[日本新聞協会]]に入会。&lt;br /&gt;
* [[1963年]][[9月15日]] - 戦前の琉球新報との一体感を打ち出すために、親泊政博社長が「復刊17年、紙齢5000号を迎えた」と表現。9月15日に「創刊70周年」（ウルマ新報創刊18年）を打ち出した。&lt;br /&gt;
* [[1965年]]1月 - 那覇市下泉町2の8に地上4階、地下1階の新社屋が落成、移転。&lt;br /&gt;
* [[1966年]]&lt;br /&gt;
** [[4月1日]] - 琉球新報社の提唱で「[[ノグチゲラ]]」を沖縄県鳥に選定。&lt;br /&gt;
** [[12月20日]] - 琉球政府と共催で沖縄県木選定運動を提唱、「[[リュウキュウマツ]]」が県木に選定される。&lt;br /&gt;
* [[1968年]][[2月1日]] - 前日1月31日付けの朝刊の発行号数6815号を、2月1日付けで発行号数21058号に変更。この年の9月15日創刊75周年（ウルマ新報創刊23年）を祝う。&lt;br /&gt;
* [[1969年]][[5月20日]] - 労働組合のストライキが勃発。[[6月3日]]まで新聞発行が事実上停止。&lt;br /&gt;
* [[1979年]]8月 - 九州・沖縄地区では初の超高速多色カラー・オフセット新聞印刷輪転機を設置。&lt;br /&gt;
* [[1979年]][[10月7日]] - 朝刊から連日多色カラーの報道写真を掲載。&lt;br /&gt;
* [[1981年]][[7月18日]] - 全国に先駆けて紙面の文字を大型化、従来の1段93行、1行15字詰めの文字配列体裁を1段90行、1行14字詰めに改める。&lt;br /&gt;
* [[1981年]][[12月7日]] - 全国初の朝夕刊連日カラー印刷となり、天気図を朝夕刊カラー化。&lt;br /&gt;
* [[1983年]][[9月1日]] - 株式会社琉球新報開発を設立。&lt;br /&gt;
* [[1984年]][[3月1日]] - [[名護市]]に北部本社を開設。これにより今まで不可能だった[[伊江島]]、[[宮古諸島]]、[[八重山列島|八重山]]、[[久米島]]など離島での夕刊の即日配達を可能にした。&lt;br /&gt;
* [[1985年]][[4月1日]] - 週刊「レキオ」を発行。&lt;br /&gt;
* [[1990年]][[7月1日]] - 同社のスポーツ新聞「[[新報スポニチ]]」を発行。（[[スポーツニッポン]]新聞社と提携=事実上の地域フランチャイズ契約）。&lt;br /&gt;
* [[1993年]]&lt;br /&gt;
** [[9月15日]] - 創刊100年（ウルマ新報創刊48年）。&lt;br /&gt;
** [[10月9日]] - 第2土曜日付夕刊廃止。&lt;br /&gt;
* [[1994年]][[9月15日]] - 縦題字から横題字に変更。&lt;br /&gt;
* [[1996年]][[5月24日]] - ウェブサイト開設。&lt;br /&gt;
* [[1997年]][[2月19日]] - 台湾最大の発行部数を誇る中国時報社と記事交換協定を結ぶ。&lt;br /&gt;
* [[1999年]][[11月15日]] - 那覇市天久に制作センター完成。&lt;br /&gt;
* [[2001年]][[1月3日]] - 正月休みとして[[1975年]]以来、同日付け新聞は休刊していたが、当年に25年ぶりに1月3日号発行（沖縄タイムスも同様）。&lt;br /&gt;
* [[2005年]]&lt;br /&gt;
** [[3月15日]] - 本社を現在の那覇市天久に移転。&lt;br /&gt;
** [[4月20日]] - 県内初の琉球新報新聞博物館を本社に併設。&lt;br /&gt;
** [[9月15日]] - 琉球新報キャラクター「りゅうちゃん」が誕生。&lt;br /&gt;
* [[2008年]][[11月1日]] - 「[[日本経済新聞]]」の委託印刷を開始。全国紙では初めての沖縄現地印刷。&lt;br /&gt;
* [[2009年]]&lt;br /&gt;
** [[3月1日]] - 夕刊を廃止。朝刊単独紙に移行。&lt;br /&gt;
** [[10月5日]] - [[沖縄タイムス]]との間で、災害時やシステム障害の際の「緊急時における新聞発行の援助に関する協定」を締結。&lt;br /&gt;
* [[2011年]][[1月9日]] - 小中学生新聞「りゅうPON」創刊。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 注目を集めた報道 ==&lt;br /&gt;
=== 受賞した報道・連載 ===&lt;br /&gt;
* [[1968年]] - 「黒い政治」で日本ジャーナリスト会議（JCJ）奨励賞&lt;br /&gt;
* [[1978年]][[10月15日]] - 中国漁船団の尖閣諸島領海侵犯の写真報道で日本新聞協会賞を受賞&lt;br /&gt;
* [[1985年]] - 前泊博盛記者が連載「子供たちの赤信号〜学校保健室はいま」でアップジヨン医学記事賞特別賞&lt;br /&gt;
* [[1987年]] - 編集局が「国家機密法と沖縄」でJCJ奨励賞&lt;br /&gt;
* [[1988年]][[4月23日]] - 連載企画「沖縄農業の最先端」で国吉克俊記者が農業ジャーナリスト賞を受賞&lt;br /&gt;
* [[1996年]] - 「異議申し立て基地沖縄」でJCJ奨励賞&lt;br /&gt;
* [[1998年]][[10月15日]] - キャンペーン「検証 老人デイケア」報道で日本新聞協会賞受賞&lt;br /&gt;
* [[2000年]] - 「平和資料館展示変更問題」でJCJ賞&lt;br /&gt;
* [[2003年]] - 琉球新報社編「ルポ 軍事基地と闘う住民たち」で平和協同ジャーナリスト基金奨励賞&lt;br /&gt;
* [[2004年]]&lt;br /&gt;
** [[8月14日]] - 外務省機密文書の暴露と地位協定の改定を目指すキャンペーン報道でJCJ大賞を受賞&lt;br /&gt;
** 地位協定取材班の連載「検証地位協定〜不平等の源流」がJCJ大賞&lt;br /&gt;
** 同企画で第4回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞を受賞&lt;br /&gt;
** 同企画で新聞労連ジャーナリズム大賞特別賞受賞&lt;br /&gt;
* [[2005年]]&lt;br /&gt;
** [[9月7日]] - 沖縄戦60年企画「沖縄戦新聞」が日本新聞協会賞を受賞&lt;br /&gt;
** [[10月5日]] - 同企画で第5回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞を受賞&lt;br /&gt;
* [[2010年]]&lt;br /&gt;
** 連載「呪縛（じゅばく）の行方」を中心とする「普天間基地問題」のキャンペーン報道でJCJ賞受賞&lt;br /&gt;
** 与那嶺路代ワシントン特派員の「普天間問題を巡るワシントン発の一連の報道」で平和協同ジャーナリスト基金奨励賞&lt;br /&gt;
* [[2011年]]&lt;br /&gt;
** 1月 - 「普天間飛行場問題の本質に迫る報道」で第15回新聞労連ジャーナリスト大賞を高知新聞と共同受賞&lt;br /&gt;
** 連載「それぞれの歩幅で〜発達支援を考える〜」で第30回ファイザー医学記事賞優秀賞を受賞&lt;br /&gt;
** 「ひずみの構造――基地と沖縄経済」で平和協同ジャーナリスト基金奨励賞 &lt;br /&gt;
* [[2012年]]&lt;br /&gt;
** 1月 - 「米軍普天間飛行場返還・移設問題をめぐる沖縄防衛局長による不適切発言の報道」で第15回新聞労連ジャーナリスト大賞を受賞&lt;br /&gt;
** 7月 - 「沖縄防衛局長の『オフレコ』暴言スクープをはじめとする米軍普天間飛行場移設問題をめぐる一連の報道」で第55回JCJ賞を受賞&lt;br /&gt;
** 9月 - 玉城江梨子記者の連載「住民と共に生きて―復帰39年　医療保健の足跡」が第31回「ファイザー医学記事賞」優秀賞&lt;br /&gt;
** 12月 - 連載「米海兵隊のオスプレイ配備に抗（あらが）う一連の報道」が、平和・協同ジャーナリスト基金（PCJF）賞奨励賞を受賞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 沖縄方言論争 ===&lt;br /&gt;
* 1940年、沖縄県庁と日本民芸協会の[[柳宗悦]]との間で起こった。沖縄県庁の「標準語励行」推進に対し、柳は沖縄語の重要性を指摘し、批判した。琉球新報は沖縄県庁とともに「標準語推進」の論陣をはった。現在の琉球新報は、当時の琉球新報とは全く別の新聞であるにもかかわらず、会社の連続性を主張している。しかしながら、戦前の琉球新報がかかわったこの方言論争について、現在の琉球新報が自社の責任にふれて論ずることは全くない。また、上司が方言で指示をしたため、部下が意味を取りちがえた結果、ねつ造記事を書くということが起こった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 誤報 ===&lt;br /&gt;
* [[2010年]][[11月28日]]付、[[宜野湾市]]長選挙'''投票日'''の紙面で選挙を報道する際、候補者・[[安次富修]]の写真に「市民税の'''引き上げ'''や中学校3年生までの医療費無料化などを掲げ、市政の変革を訴える安次富修氏」とのキャプションをつけてしまう。安次富は公約に「市民税の'''引き下げ'''」を掲げており、キャプションは'''全く逆'''である。安次富を支援する宜野湾市議会議員などの指摘を受けた琉球新報は、直ちに投票所に訂正とお詫びを掲示する手配をし、ホームページでは即日、紙面では翌29日に訂正記事を掲載した。選挙で安次富は21742票を獲得したが、対立候補の[[安里猛]]に1856票差で敗れている。&lt;br /&gt;
* 11月26日の朝刊5面に、「磁石の力で発電　エコエンジン研究へ」と題する記事が発表され、磁石による回転運動によって発電する装置を[[沖縄工業高等専門学校]]が開発しているとした。しかし、沖縄高専は、取材を受けた事は事実だが「発電を実現する」というコメントはしていないとこの記事を否定した。なお、この記事は琉球新報のサイトでは削除されている。&lt;br /&gt;
*2013年1月31日、読者の投稿欄に小学1年生の女児が、祖父のために[[紙巻きタバコ|タバコ]]を購入したという投書が載った。しかし、この女児が所属しているとされた小学校に、この名前の児童は在籍しておらず、学校側が琉球新報に連絡を入れた。2月6日、琉球新報は「第三者による学校名・氏名を偽った投稿であり、内容も不適切だった」として「おわび」を掲載した。医療関係者が、不適切な内容とは何のことかを尋ねると、「おわび記事に書いている以上のことはお話できません」と断られた。この投稿には、「祖父のため」といえば小学生にでもタバコを売ってくれるという宣伝ではないかという疑いがある。また、小学生が習っていない[[漢字]]が使われていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 論調 ==&lt;br /&gt;
* その論調は地方紙の中では[[左派]]的・[[進歩的]]で、[[非武装中立]]を主張し[[日米安全保障条約]]にも批判的である。[[歴史認識]]も進歩的な観点での主張に終始している。[[在日米軍]]の駐留そのものにも軍事行動以外の事柄に対しても批判的で、[[東日本大震災]]の際の[[トモダチ作戦]]と称した救援活動に対しても、最前線で活動する兵士の活動を含めて[[売名]]目的と厳しく批判したほぼ唯一の新聞である（トモダチ作戦を同じ論調で非難していた沖縄タイムズですら、最前線で活動する兵士を賞賛している）。また東日本大震災発生後も、その直前に報じられた｢沖縄はゆすり･ごまかしの名人｣と発言したとされる[[ケヴィン・メア|メア]]氏に対するバッシングを続けた。&lt;br /&gt;
* [[東日本大震災]]後は、[[琉球大学]][[教授]]の[[矢ヶ崎克馬]]を皮切りに[[福島第一原子力発電所事故|原発事故]]と[[在日米軍#沖縄県の基地問題|基地問題]]を同列に扱い、[[普天間基地移設問題|普天間問題]]を始めとする[[在日米軍#沖縄県の基地問題|基地問題]]反対を主張する論調も見られるようになった。&lt;br /&gt;
: [[福島第一原子力発電所事故|原発事故]]関連では他に、[[2012年]][[2月23日]]に[[那覇市]]内で開催予定だった'''[[青森県]]'''からの雪による雪遊びイベントが中止になった件について、実際に中止を求めたのは反原発団体のメンバーらであり、そのイベントについての説明会に地元の那覇市民の姿はなかったにもかかわらず、翌[[2012年]][[2月23日]]のコラムで、あたかも地元の那覇市民もイベント中止を求めたかのような印象を与える文体で、政府、そして[[石原慎太郎|石原]]都知事を批判した。&lt;br /&gt;
: なお、この騒動の約2週間前の[[2012年]][[2月10日]]、[[那覇市]]のとなりの[[浦添市]]内の小学校を'''[[福島県]]'''からの[[雪だるま]][[親善大使]]の[[小学生]]が訪問し、その小学校の児童らといっしょに'''[[福島県]]'''からの雪で遊ぶ交流会が行われたが、そのことについての記事は、[[2009年]][[1月]]の記事を最後に、現時点で確認できない。&lt;br /&gt;
* その[[左派]]的、[[進歩的]]な論調は、4コママンガ｢[[がじゅまるファミリー]]｣にも時折その影響が見られる。&lt;br /&gt;
: たとえば[[2007年]]の大会当日、[[2010年]]の大会前日の紙面で県民大会について描いたり、[[2010年]][[6月]]には作者の実母の体験とされる[[沖縄戦]]体験談をモデルにし、[[沖縄戦における集団自決|集団自決]]を連想させる内容を4コママンガに描いている。&lt;br /&gt;
: また、[[2012年]][[6月]]には｢'''平和の音'''｣と題し、過去に[[嘉手納飛行場|嘉手納基地]]の司令官が発言し、[[ケヴィン・メア]]氏も発言したとされる、米軍機の騒音を表す｢'''自由の音'''｣発言を批判するような内容を描いてる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 中国が尖閣諸島を「奪う」メリットがあるとは思えない。従って「奪還」のためにオスプレイが役立つこともない ==&lt;br /&gt;
米軍[[普天間飛行場]]に強行配備された新型輸送機[[オスプレイ]]をめぐる二つの「公開」の動きには、きな臭さを感じざるを得ない。[[陸上自衛隊]]と米海兵隊は米[[カリフォルニア州]]で行った日米共同訓練で、陸自隊員がオスプレイに搭乗し、敵に奪われた島を奪還する作戦を報道関係者に公開した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
沖縄県民の反発や、全国的に設定されている飛行訓練ルート下の地域住民の不安を和らげるために、オスプレイの「安全性」や「有用性」をアピールする狙いがあるのは明白だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自衛隊も持ち出して緊張状態が続く[[尖閣問題]]を意識させれば、[[日米同盟]]強化もオスプレイ配備も納得してもらえるという算段だろうが、あまりにも作戦の想定が安直で非現実的ではないか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国際社会への影響の大きさやその後の維持管理コストなどを考えると、中国が尖閣諸島を「奪う」メリットがあるとは思えない。従って「奪還」のためにオスプレイが役立つこともないだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
射撃管制用レーダー照射問題に見られるように、偶発的な衝突が起こる危険性は確かにある。しかし、関係国はこうした事態の回避にこそ力を注ぐべきであり、「奪還訓練」はむしろ、中国を刺激して危険性を高めるだけである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「敵に奪われた島を奪還」というなら韓国が実効支配する[[竹島]]も浮かぶが、不思議とそういった話は聞かない。全てが中国の動きをにらんだ南西諸島の防衛強化に向けて印象操作されているようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
オスプレイに関しては、防衛省は将来の導入に向け2013年度予算案に調査研究費を計上しているが、自衛隊内にも、どうしても必要というものではない、といった戸惑いや懸念があるという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
米軍にとって膨大な開発費をつぎ込んだオスプレイは、何が何でも売り込みたい代物だろう。しかし、重大な欠陥が指摘されている1機100億円の機材を導入する必要が本当にあるのか、防衛省は精査すべきだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした中、米軍は3月3日に普天間飛行場で、県民を対象にオスプレイの公開見学会を開催するという。あからさまな宣撫工作だが、オスプレイに対する反発や不安の大きさに、米軍が焦りを抱いている証左でもあろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
既成事実を積み重ねる形で「離島防衛」が喧伝され、オスプレイ配備定着が図られている。注視して対応する必要がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 「朝日新聞ですら右派」はウソでなかった。沖縄で見た地元メディア。山城博治被告は1面トップで英雄扱い(2017年4月) ==&lt;br /&gt;
[[沖縄県]]に3泊4日で出張取材に行ってきた。沖縄教育オンブズマン協会会長で、[[普天間基地]]移設反対派などの暴力を伴う抗議活動などをネットで配信している手登根安則(てどこん・やすのり)さんが「[[朝日新聞]]ですら沖縄では右派だ」と言っていたが、その言葉はウソではなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
約束していた「琉球新報・沖縄タイムスを正す県民・国民の会」代表運営委員、[[我那覇真子]]さん(27)のインタビュー取材を終えたとき、我那覇さんが「ここ5日の新報とタイムスです」と言って、新聞の束を渡してくれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
古新聞の束を抱えて空港をうろうろするのは気恥ずかしかったが、東京で腰を落ち着けて読んでみると、聞きしに勝る「偏向」ぶりに、人の目を気にしながらも持って帰ってきて良かったと思った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まず沖縄平和運動センターの[[山城博治]]被告(64)が保釈された事実を伝える[[3月19日]]付の両紙。ともに1面トップに社会面トップの受け、第2社会面にまで関連記事がある。まるで[[ミャンマー]]の[[アウン・サン・スー・チー]]国家顧問兼外相が[[2010年]]に自宅軟禁を解かれたときも地元ではかくや、と思うような騒ぎだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
琉球新報は特にすごい。「山城議長　保釈」のメーン見出しのそばに「勾留５カ月『不当弾圧』」と4段にわたるこちらも大きな見出し。今どき、一般紙を標榜する新聞で「不当弾圧」の文字にお目にかかれるとは、ある種の感慨を覚える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに山城被告は威力業務妨害、傷害、器物損壊の罪に問われている。が、山城被告の「私たちの容疑は広く言えば、県民への弾圧でもあるだろう」という主張を紹介、トップ写真は支援者と抱き合って喜んでいるものだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
沖縄タイムスも負けていない。第2社会面に「行動制限　遠い自由」との大見出しの下、沖縄の日本復帰前に那覇市長などを務め、[[日本共産党]]に所属するなどし、衆院議員も歴任した[[瀬長亀次郎]](1907～2001)に重なる不屈の闘志と褒め称えている。[[森川恭剛]](もりかわ・やすたか)[[琉球大]]教授(刑法)の顔写真入りのコメントも載せ「勾留は職権乱用」としているが、そもそもこの方、山城被告を釈放するよう刑法学者41人が声明を出した際の呼びかけ人だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実は18日、[[尖閣諸島]]([[沖縄県]][[石垣市]])周辺の接続水域に中国海警局の船4隻が出没したのだが、こちらはたったの4行。「米軍MH60ヘリが初の実弾訓練か」という記事の方がよほど扱いが大きかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
琉球新報はそれでも山城被告を勾留した検察に怒りが収まらないのか、「『運動萎縮狙いか』山城議長長期勾留　県幹部が批判」との見出しで、20日にも2段記事を掲載した。仮にも公の立場を持つ沖縄県の幹部である。「反対運動のリーダーを5カ月にわたり勾留するのは、運動の萎縮を狙ったのではないかと疑ってしまう」と言ったとされる。県幹部って一体誰だ?&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[3月21日]]は、犯罪を計画段階で処罰する「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ「テロ等準備罪」を新設する[[組織犯罪処罰法]]改正案が閣議決定され、衆院に提出された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
22日の両紙は1面や社会面などで大展開。琉球新報は「反基地適用を危惧」「市民運動萎縮狙う」との見出しで、乱用防止に担保がないなどと報じた。沖縄タイムスも「反基地運動を弾圧」「戦前へ回帰」などと扇情的な見出しを掲載。元基地従業員の男性(70)の「弾圧するためとしか思えない」とのコメントを紹介しているが、この方は反基地運動では有名な人で、[[日本共産党]]の方。琉球新報も県内の弁護士に取材し、「抗議活動を抑圧するための法案だ」とのコメントを掲載しているが、この弁護士も普天間基地移設反対運動での逮捕者の弁護人だという。登場してくる人がやたら利害関係者なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
22日の琉球新報社会面トップは『共謀罪』国会提出　反基地適用を危惧」、カタ(左上の記事)が「宮古島市議に攻撃メール」、ヘソ(中央付近)には「『添田さん釈放を』那覇地裁前で70人抗議集会」だった。ほぼ全面を基地絡みの記事が埋めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに山城被告と添田充啓(そえだ・あつひろ)被告(44)の呼称は、琉球新報では山城被告は「議長」、添田被告は「添田さん」となっている。山城被告は2紙とも「山城議長」だ。沖縄タイムスは添田被告を「添田氏」と呼称している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
添田被告は傷害罪などに問われているのだが、琉球新報の記事中にその事実は書かれておらず、「山城博治さんたちの早期釈放を求める会」の共同代表らの「どうして不当な長期勾留が沖縄では許されるのか」「日本の三権分立は危機に瀕している」という声が紹介されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著名な記者 ==&lt;br /&gt;
* 池宮城秀意&lt;br /&gt;
* 近田洋一&lt;br /&gt;
* 三木健&lt;br /&gt;
* 松元剛&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 連載漫画 ==&lt;br /&gt;
* 「[[がじゅまるファミリー]]」（[[ももココロ]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 放送番組表 ==&lt;br /&gt;
* 最終面（地上波テレビ）　[[NHK沖縄放送局|NHK沖縄]][[NHK総合テレビジョン|総合]]・[[NHK教育テレビジョン|Eテレ]]、[[琉球放送]]、[[琉球朝日放送]]、[[沖縄テレビ放送]]（フルサイズ）、[[NHK BS1]]、[[NHK BSプレミアム|BSプレミアム]]、[[WOWOW]]プライム（ハーフサイズ）、解説欄&lt;br /&gt;
* 中面（衛星放送・ラジオ）　民放系BS放送、[[WOWOW]]ライブ・シネマ、[[日本BS放送|BS11]]、[[沖縄ケーブルネットワーク]]、[[宮古テレビ]]、[[石垣ケーブルテレビ]]（3局とも自主編成のチャンネル）、NHK沖縄[[NHKラジオ第1放送|ラジオ第1]]、[[NHKラジオ第2放送|ラジオ第2]]、[[ラジオ沖縄]]、RBCiラジオ、NHK沖縄[[NHK-FM放送|FM]]、[[エフエム沖縄]]、[[コミュニティ放送|コミュニティFM放送]]（以前は離島の[[石垣コミュニティーエフエム]]は掲載されていなかった。しかし、[[FMとよみ]]が開局してからはスペース確保ができるようになったため掲載するようになった）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: ※県外放送局と[[日経ラジオ社|ラジオNIKKEI]]は掲載されていない。（[[ケーブルテレビ]]では[[区域外再放送|県外局の再配信]]をしているところがないが、[[鹿児島県]]の一部テレビ局を沖縄本島北部で直接受信できる地域がある。ラジオも一部受信できる局あり）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
: ※[[2011年]][[10月1日]]より、最終面の地上波テレビはリモコンキーIDの若い順に再編された（沖縄タイムスと同じ順番）。以前は、Eテレ・総合、沖縄テレビ放送、琉球放送、琉球朝日放送と、民放は沖縄テレビが最初になっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 備考 ==&lt;br /&gt;
* [[番組表|テレビ欄]]は[[日刊編集センター]]から配信されている(沖縄タイムスもここからの配信)。&lt;br /&gt;
* 2011年1月17日から、[[共同通信社]]が[[方正]]と組んで構築した電子新聞プラットフォーム「NewsOasis（ニュースオアシス）」を用い、インターネットに接続したパソコン、[[iPhone]]又は[[iPad]]により紙面を有料で閲覧できるサービス「琉球新報電子版」を開始した。それ以前から紙面よりも早く最新ニュースをWebサイトに掲載する際、記事末尾に【琉球新報電子版】とクレジットしてきたが、インターネットによる紙面配信とは直接関係ない。2012年6月15日に県内向けサービスを開始したのを機に、紙面配信サービスを「琉球新報電子新聞」と改称している。&lt;br /&gt;
* 泉崎ビルに[[読売新聞那覇支局]]、[[産経新聞那覇支局]]、[[毎日新聞那覇支局]]、[[日本テレビ那覇支局]]、[[八重山毎日新聞那覇支局]]、[[宮古毎日新聞那覇支社]]、[[宮古新報那覇支局]]がある(ちなみに朝日の那覇支局は沖縄タイムス本社内)。&lt;br /&gt;
* 東日本大震災発生後の2011年3月11日、12日、14日に号外発行、15日から18日までの4日間、夕刊発行時間帯に4ページ建ての特別版を発行した。&lt;br /&gt;
: ただし、号外･特別号いずれの内容も、3月11日の号外と3月12日の特別号以外はほぼ[[福島第一原子力発電所事故|原発事故]]に偏りの見られるものだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 所在地 ==&lt;br /&gt;
'''[http://ryukyushimpo.jp/ 株式会社琉球新報社]'''　&lt;br /&gt;
* 〒900-8525 沖縄県那覇市天久905&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''琉球新報泉崎ビル'''&lt;br /&gt;
* 〒900-0021 沖縄県那覇市泉崎1-10-3&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''[http://www.shimpo-k.co.jp/ 株式会社琉球新報開発]'''&lt;br /&gt;
* 〒900-0001 沖縄県那覇市港町2-16-1(琉球新報開発ビル7階)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''[http://www.lequio.co.jp/ 株式会社週刊レキオ社]'''&lt;br /&gt;
* 〒900-0001 沖縄県那覇市港町2-16-1(琉球新報開発ビル6階)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''株式会社新報発送'''&lt;br /&gt;
* 〒900-0005 沖縄県那覇市天久905 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''株式会社オキナワグラフ社'''&lt;br /&gt;
* 〒900-0001 沖縄県那覇市港町2-16-1(琉球新報開発ビル4階)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 支社・支局 ==&lt;br /&gt;
* 北部支社 - 〒905-0014 沖縄県[[名護市]]港二丁目3-1 1階&lt;br /&gt;
* 中部支社 - 〒904-0014 沖縄県[[沖縄市]]仲宗根町25-6&lt;br /&gt;
* 宮古支局 - 〒906-0012 沖縄県[[宮古島市]]平良字西里393&lt;br /&gt;
* 八重山支局 - 〒907-0013 沖縄県[[石垣市]]浜崎町二丁目6-19&lt;br /&gt;
* 東京支社 - 〒104-0061 [[東京都]][[中央区 (東京都)|中央区]][[銀座]]四丁目9-6　陽光銀座三原橋ビル3階&lt;br /&gt;
* 大阪支社 - 〒530-0003 [[大阪府]][[大阪市]][[北区 (大阪市)|北区]][[堂島]]二丁目1-2　中村屋ビル4階&lt;br /&gt;
* 福岡支社 - 〒810-0001 [[福岡県]][[福岡市]][[中央区 (福岡市)|中央区]][[天神 (福岡市)|天神]]二丁目8-30　福岡天神第一生命ビル8階&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連放送事業者・有線テレビジョン放送事業者 ==&lt;br /&gt;
* 株式会社[[ラジオ沖縄]]&lt;br /&gt;
* [[沖縄テレビ放送]]株式会社 - 上位9位に名を列ねていない（[[2004年]][[3月31日]]時点）ものの、繋がりは深い。大株主はキー局の[[フジテレビジョン]]。&lt;br /&gt;
* [[沖縄ケーブルネットワーク]]株式会社&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出典 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[新報スポニチ]] - [[スポーツニッポン]]新聞社から沖縄県における印刷・発行業務を受託。&lt;br /&gt;
* [[ROKニュース]] - 一部の沖縄県内のニュースの項目で「'''琉球新報ニュース'''」として当社の新聞記事の提供を受けている。&lt;br /&gt;
* [[エフエム沖縄|FM沖縄]] - 平日15:55からのニュース枠は「琉球新報ニュース」として当社の新聞記事の提供を受けている。&lt;br /&gt;
* [[なは (列車)]] - 愛称は本紙で公募されたものから選ばれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://ryukyushimpo.jp/ 琉球新報]&lt;br /&gt;
* [http://english.ryukyushimpo.jp/ english.ryukyushimpo.jp]（英語版）&lt;br /&gt;
* [http://diary.ryuchan.jp/ りゅうちゃん日記]&lt;br /&gt;
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&lt;br /&gt;
{{日本の主な新聞}}&lt;br /&gt;
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&lt;br /&gt;
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[[Category:日本の新聞]]&lt;br /&gt;
[[Category:那覇市の企業]]&lt;br /&gt;
[[Category:沖縄県のマスメディア]]&lt;br /&gt;
[[Category:1893年設立]]&lt;br /&gt;
[[Category:反日主義]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>垢BAN</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://a62c7c05838141131.awsglobalaccelerator.com/mediawiki/index.php?title=%E6%A3%AE%E6%88%B8%E7%9F%A5%E6%B2%99%E5%B8%8C&amp;diff=361652</id>
		<title>森戸知沙希</title>
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				<updated>2018-11-17T03:03:43Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;垢BAN: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''森戸 知沙希'''（もりと ちさき、[[2000年]][[2月19日]] - ）は、[[日本]]の[[歌手]]、[[アイドル]]で、[[ハロー!プロジェクト]]に所属する[[カントリー・ガールズ]]のメンバー、そして[[モーニング娘。]]の14期メンバー。愛称は'''ちぃちゃん'''&amp;lt;ref name=&amp;quot;profile&amp;quot;/&amp;gt;、'''ちぃ'''&amp;lt;ref name=&amp;quot;ameblo20170219&amp;quot;/&amp;gt;、'''もりとち'''&amp;lt;ref name=&amp;quot;ameblo20170219&amp;quot;/&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;ameblo20170628&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web|url=https://ameblo.jp/countrygirls/entry-12287807559.html|title=１３（ももち）|author=嗣永桃子|work=カントリー・ガールズオフィシャルブログ|date=2017-06-28|accessdate=2017-10-01}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。イメージカラーはオレンジ（カントリー・ガールズ）および白（モーニング娘。）&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web | url=https://ameblo.jp/morningm-13ki/entry-12301279354.html | title=『決まりました！』森戸知沙希 | author=森戸知沙希 | work=モーニング娘。’17 13期・14期オフィシャルブログ | date=2017-08-13 | accessdate=2017-10-01}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[栃木県]][[足利市]]出身&amp;lt;ref name=&amp;quot;ameblo20150531&amp;quot;/&amp;gt;。血液型A型&amp;lt;ref name=&amp;quot;profile&amp;quot;/&amp;gt;。身長150.2cm&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|url=https://ameblo.jp/countrygirls/entry-12084234988.html|title=＼Happy Birthday／森戸知沙希|author=森戸知沙希|work=カントリー・ガールズオフィシャルブログ|date=2015-10-14|accessdate=2017-10-01}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[アップフロントプロモーション]]所属。&lt;br /&gt;
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カントリー・ガールズ加入直前まで所属していたCoCoRo学園では、「'''ちぃ'''」の名前で活動しており、メンバーカラーはオレンジだった&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|url=https://ameblo.jp/cocorogakuen/entry-11926909659.html|title=くるみちゃん生誕祭♡|work=CoCoRo学園の虹色ブログ|date=2014-09-18|accessdate=2017-02-17}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
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		<author><name>垢BAN</name></author>	</entry>

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